愚者空間

KDP作家牛野小雪のサイトです。小説の紹介や雑記を置いています。

銀座の中心で稲を育てる

現代小説の位置と、自分の小説がどこにカテゴライズされるか考えてみる

文学部唯野教授 (岩波現代文庫)
筒井 康隆
岩波書店
2014-12-18



筒井康隆の『文学部唯野教授』に文学作品の主人公を五分類するくだりがある。それによると小説の主人公は以下に分類される。

1.主人公が普通の人間や環境よりも優れている場合。つまり神様のこと
2.主人公が普通の人間や環境よりもちょっぴり優れている場合
3.主人公が普通の人間よりも優れているけれど環境に負ける場合
4.主人公が普通の人間や環境よりも優れても劣ってもいない場合
5.主人公が普通の人間よりも劣っている場合。この場合は読者が見下すような人物


こうした主人公が登場する作品はそれぞれ以下のような文学作品になる。

1.神話
2.恋愛小説、冒険小説、伝奇小説
3.悲劇、叙事詩
4.喜劇、リアリズム小説
5.風刺、アイロニー


どの小説が良いというわけではなく時代と共にメインストリームがサイクルする。

小説なんて今の時代、斜陽もいいところだがそれでも読まれているなろう系と呼ばれるものを考えてみるに、現代は1の時代かもしれないと思う。批評的には努力が報われなくなった現代の風刺として語られることもあるし、追放物は教育や社員へのケアを怠ってきたことのよる産業の空洞化を風刺しているという説もあるので5寄りの1かもしれない。

どちらにせよ、上を前提にしてみると牛野小雪は3に位置する気がする。時代外れも良いところ。サブにすら位置していない。

『火星へ行こう君の夢がそこにある』だと主人公の一郎は宇宙飛行士の試験に合格するが、火星開発公団のずさんな計画に振り回されるだけで彼らに一泡吹かせるわけではないし、そもそも火星開発公団の代表とは会ってもただそれだけで、彼らは物語の背景にすらなっていない。そして一郎は火星で偉大なことをするわけでもなく、実験の条件に合った一装置の役目を果たすだけ。『グッドライフ高崎望』では主人公の望が赤髪を倒して不良界での名を上げるが、人生に対しては何の意味もなかったりする。最新作の『銀座の中心で稲を育てる』でも金持ちの主人公が銀座の中心に田んぼを作るが、宇宙的絶対無意味性を体現する。

恋愛至上主義の代名詞ともいえる月9の象徴トレンディドラマが流行ったのはウィキペディアによると1980年代後半から1990年代前半らしい。そういえばシュワちゃんことアーノルド・シュワルツェネガーちゃんの人気が出たのもその頃だ。ここが恋愛小説、冒険小説の時代だとすると、1の時代の2023年までに約40年かかっている。つまり十年一時代という別に新しくもない概念を発見したということ。

1995年からが3の時代となると、ちょうどエヴァンゲリオンが始まった頃で主人公のシンジくんは今までのロボアニメと違って主人公らしからぬ弱虫として描かれている。現代だと、そりゃあの環境じゃああなるよ、むしろ大人が弱い的な話はあるが、リアタイで見ていた人ならエヴァは強いけどシンジくんは弱いって思ってたよね? そういう見方が変わったのも時代が変わった証かもしれない。話を一個前に戻すと今の時代に『ロングバケーション』みたいなのが放送されてもちょっと鼻白んでしまうかもしれない(なんならエヴァも同じ)。その証拠に月9の視聴率は年々下がっているし、ど真ん中な恋愛をドラマでやらなくなっている。村上春樹だってねじまき鳥からそういうのから距離を取り始めたように見える。でも時代がサイクルするならあと10年以内にまた恋愛ドラマ全盛になる。それとかシュワちゃんみたいなアクションスターが出てくるとかね。そういえば『シン・エヴァンゲリオン』はシンジとマリが結ばれるエンドだった。これって2の時代の先取りかも・・・? 

4はちょっと分からないがエンタの神様が始まったのが2003年だ。これは喜劇か? こじつけになってきたな~

5は本気で分からない。むしろこれこそなろうの走りじゃないか・・・・? あるいは牛野小雪が3のタイプだからこの辺りは感性にピンとこないだけかも。

時代サイクルで考えると牛野小雪に時代のチャンスが巡ってくるまであと20年。生きているかどうかはあやしい。ワンチャン死んでいる可能性もある。出てくるのが遅かったな! 中2の時に小説を発表していれば時代が後押ししていたかもしれない。あの頃のメンタリティで自分が書いた物を世間に公表できたとは思わないけど(笑)

持って生まれた性を変えるのは難しい。小説家が物語の書き方を変えるのが難しいのと同じだ。シェイクスピアみたいな天才なら何でも書けると言うかもしれないが、彼の作品で語られるのは『マクベス』か『リア王』だろう。あ、『ロミオとジュリエット』『ハムレット』もある。ほら、でもみんな悲劇だ。何でも書けても、うまくやれるのは一つだけ。「バカ言うな『じゃじゃ馬ならし』があるぞ!」なんて言い出すのは文学オタクぐらい。私は3から1や2の作家にはなれないだろう。自著の『蒲生田岬』や『エバーホワイト』を恋愛小説の文脈で読んだ人がいるとはちょっと考えられない。

時代から外れた人に時代外れの小説を読ませる。そういう小説家でいいんじゃないかな。そういうところから牛野小雪を読む人を増やしていけないかと考えている。さて、どうやったら時代外れの人を集められるだろう?

(おわり)

牛野小雪のページ


なんだかんだで改稿は効果がある

 新作を書くたびに旧作の改稿もしていて、今回は『グッドライフ高崎望』を改稿した。昔書いた小説は教科書みたいにきちんと構成を考えていて、いかにも小説って感じがして面白い。時には声を出して笑うこともあった。でも、やっぱり今書いているやつの方が魂に刺さる感じがする。面白い=魂に刺さるではないのだ。そんなことを考えつつも自分の魂を目指して書いていたらシュリンクしないか? という気持ちもある。かといって誰にでも向けた小説が良いとも思えないし、書ける気もしない。難しいね。

 改稿は基本的に原稿を印刷して、赤入れて、wordで打ち直す。という作業で、高崎望の場合は聖者の行進を書いている時にまったく書けなくなった時期があるので、第一部だけを改稿していた時がある。そのおかげかほとんどのページはwordで打ち直すのに1ページ平均1分かかっていたのに第一部は30秒でやれた。赤を入れている時は気付かなかったけれど打ち直しの時に気付いた。赤も少なかった。読んだ時は同じように見えても、作業時間を出すとちゃんと効果があったんだと分かってちょっと嬉しかった。まぁ2%の変化を意識で掴めるほど繊細な人間ではないってことでもあるけど。

『銀座の中心で稲を育てる』は完成したけれど、いつ出版するのかは未定。まだ暑いし10月頃に出そうかな。でも10月だと北海道でも稲刈りも終わってるだろうし・・・・・出しちゃおうかな

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追記:グッドライフ高崎望の高校三年生だけはプロット通りに書かなかった。小林君を絡めて赤髪ともう一度戦うことになっていたがクドくなるので、あっという間に一年が過ぎるという話になっている。実際に高校三年生ってあっという間じゃなかった?
 殴り合いの描写がある方が面白いとは思うけれど、望が殴らないところの方が私は好きだな。そういう戦いもある。

表紙を作るのは難しい

『銀座の中心で稲を育てる』の推敲が終わったので表紙を作っているのだが、今のところこんな感じになっている
005 表紙

 この表紙を見た人は(ふ~ん、お米を育てる話なんだね。それも銀座で)って思ってしまいそうだ。間違ってはいない‥‥‥決して間違ってはいないが‥‥‥この表紙のイメージだと小説ではなく、ある農家が東京の、都会の、それも銀座の中心で稲を育てます。他の人達は無理だと言っていて、実際に紆余曲折はありましたが、今ではこんなに立派なお米が取れるようになりました!みたいなノンフィクションの農業サクセス本と間違えられそうだ。

 とはいえ『銀座の中心で稲を育てる』はどういう話なのか、と考えてみると稲を育てる話で、やはり上のイメージ以外には考えられない。銀座を意識した都会の絵だとイメージはズレる。稲を育てる話なのでメインはやはり稲でなければならない。

 AIに絵を描かせるのが最近流行っている。自分でやってさえ「う~ん、間違ってはいないけど、なにか違うんだよな~」になってしまうのだから、AIで描きましたの方が「まぁそれならしかたがない」と納得できそうだ。ホントにどうしたらいいんだろう。でもさ、やっぱりこれ以外の表紙なんてありえない気がする。だって稲を育てる話なんだもん。たぶん一ページに一回は稲か、米か、田んぼの文字が出てくる。

 イメージを形にするのは難しい。言葉にすれば稲を育てる話なのだが、なんというか、もしその言葉のまま読んだらそれは違うと思う。でもどういう話かと考えてみてもやっぱり稲を育てる話なんだよなぁ。言葉にできるのはしょせんそこまでなだけであって、実際のイメージとは全然違う。言葉にできるイメージが狭いんだな、私は。ちなみに東京銀座は日本で一番キラキラしているにぎやかな場所という勝手なイメージで書いたのだが、実際の銀座がどんなのかは知らない。もし寂れたところだったらどうしよう?

(おわり)

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※追記:稲の画像はぱくたそさんからです
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