哲学者というと、だいたい「難しいことをもっと難しく言う人たち」だと思われている。読んでもわからん。読んでも読んでも、わからん。
しかし、その中にあってフリードリヒ・ニーチェという男、こいつだけは違う。なんというか、妙にキレッキレなのである。
たとえば彼の代表作『ツァラトゥストラ』。
いきなり謎の預言者みたいな人が山から下りてきて、「神は死んだ」とか言い出す。いやお前、なんでそんな重要情報を山で温めてたんだよ、とツッコミたくなるのだが、ここがニーチェの天才的な目の付け所なのである。
普通の人が「人間とは理性的な動物である」とか言ってるときに、ニーチェは平然と「人間とは、乗り越えるべき何かである」とか言い出す。
おい、進化論の途中みたいに言うな。
しかもこの発言、地味に人類全員をディスってる。
君も私も「まだ未完成」だというのだ。ひどくない? でも不思議と、ちょっと納得しちゃう。
なぜなら我々の生活は、だいたいポテチ食って罪悪感を抱くことで成り立っているからだ。
ニーチェはまた「永劫回帰」とかいう、超面倒くさい概念も持ち出す。
「お前の今の人生、このままずっと繰り返すとして、それでもお前は“はい”って言えるか?」って、急に就活の面接みたいな質問をぶつけてくるのだ。
いや待って。
昨日の夜にYouTubeショートを3時間見てしまったワイの人生、繰り返す価値あるか……?
でもそこで「NO」って言うと、「じゃあ変えてみたら?」とニーチェは静かに煽ってくる。
やだ、意識高い……!
あと、「キリスト教は奴隷道徳」とか言って世界中の神父をザワつかせたのも、この男である。
彼は、支配される者が「弱いのが美徳」と言い始めたことにガチギレして、「強くて何が悪いんだよ!!」とブチ上げたのだ。
このへん、ジャンプの悪役が最終章で言いそうなセリフとだいたい同じである。
いやマジで「この世界は弱者に優しすぎる」って言いながらビーム撃つ悪役、ニーチェ読んでるやろ?
でもなによりもスゴいのは、ニーチェが全部ひとりでやってたってことだ。
ガチで孤独。教授にもなれなかった。友だちともケンカした。読者いなかった。
なのに、
「私は未来の耳に向かって書いている」
……めっちゃカッコいい。
厨二病? 違う。これは厨神病である。
今、ニーチェは教科書にも載ってる。
大学でも習うし、ネットでも人気だ。
「自分を生きろ」
「お前の人生を肯定しろ」
「もっと強くなれ」
どこかの筋トレ系YouTuberかと思うような言葉だけど、元をたどると、だいたいニーチェである。
こんなふうに、誰も目を向けなかったところに「おい見ろよ」って指さしてきたのが、ニーチェの天才的な目の付け所なのだ。
あとついでに、ヒゲがすごい。
このヒゲのボリュームもまた、神を殺すためのバフ効果だったのかもしれない。
……うん、たぶん違うけど。









