小説なら牛野小雪がおすすめ【kindle unlimitedで読めます】
レビュー
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(おわり)
『武器よさらば』は、第一次世界大戦下のイタリアを舞台に、アメリカ人青年フレドリック・ヘンリーとイギリス人看護師キャサリン・バークリーの熱愛を描いた作品である。ヘミングウェイ独特の簡潔で畳み掛けるような文章で、生死の境をさまよう過酷な日々の中で芽生えた二人の愛を鮮明に浮かび上がらせている。
(おわり)
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『荒れ地の家族』は、東日本大震災から10年が経過した被災地を舞台に、そこに暮らす人々の日常と心情を描いた作品です。主人公の坂井祐治は、震災後にインフルエンザ脳症で妻を亡くし、小学生の息子啓太と自身の母和子と共に暮らしています。再婚した女性との間に子供を授かるも、流産により関係が破綻し、離婚に至ります。
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『この世の喜びよ』は、二人称の語り口で書かれた珍しい小説集です。表題作では、ショッピングセンターの喪服売り場で働く女性を「あなた」と呼びかけ、その日常を描きます。彼女は同僚や客との交流を通して、娘たちを育てた思い出や現在の関係を反芻しながら、人生の甘さと苦さ、愛おしさを感じています。
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(おわり)
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『さよなら楓ちゃん』にはふたりの女の子が出てくる。しずるちゃんとKちゃん。ふたりは小中と一緒だったけれど高校は離れ離れになってしまう。そのせいかしずるちゃんは泣いたり呼吸困難になったりで咽の詰まる思いに苦しめられていた。
しずるちゃんは高校三年間をただ通り過ぎるように終わらせるのだけれど、大学受験に失敗して予備校に通い始める。そこでまたKちゃんと一緒になる。三年間の溝は無かったようでふたりはまた仲良くなる。
ヤッター、バンザイという感じだが、実はしずるちゃんとKちゃんは希望する進学先が違うので、大学に合格した時点でふたりはまた離れ離れになることが決まっている。実はこのことは物語であまり語られていないことだ。ふたりとも避けていたのだろうか。それとも重要なこととは思っていなかった?
物語の途中からふたりに、もうひとりの仲間が加わる。人間ではなく、Kちゃんのぬいぐるみのふゆかちゃん。彼女はKちゃんの巾着袋からひょっこり出てくる。真面目な性格で、ふたりが勉強をサボらないように注意したりする。もちろんぬいぐるみがひとりでに喋りだすわけがないので、本当はふゆかちゃんの姿を借りたKちゃんなわけだ。
勉強をがんばるという事はふたりが別れる方向に進むという事である。でもそれはあまりしたくはない。それに真面目な事を言うのは白けるものだから、Kちゃんはふゆかちゃんを通して言いづらい事を伝えている。
物語が進むと、しずるちゃんとKちゃんはまた大学に落ちる。するとKちゃんの巾着袋に、れんげちゃん、なつえちゃん、かえでちゃんというぬいぐるみが増えていく。しずるちゃんの方でもバムセというぬいぐるみを出してくる。こちらはしずるちゃんが元々持っていたぬいぐるみだ。
Kちゃんのぬいぐるみの中でもかえでちゃんは積極的だ。バムセに対して最初は遠慮がちに、徐々に大胆に好きという感情を表現する。効果音もぴとぴと、ひしっ、っといった感じでとにかくくっつきたがる。バムセのほうでもそれを嫌がることなくお互いに好き合っている。
もちろんぬいぐるみが感情を持つ事はありえない。動くのも喋るのにもしずるちゃんとKちゃんがいなければならない。ということはぬいぐるみの気持ちはふたりの気持ちということになる。
冒頭で出て行った思いはどこへ行くのだろう? と書いた。それは物や場所に染み込んでいくものではないだろうか。長年使っていた携帯電話を捨てられないのは何故だろう。ガンダムのプラモデルも押入れの中に沈んでいる。頭ではもう二度と使わない物だと分かっているのに何故か捨てられない。それは思い出が染み込んでいるからではないか。
誰かが長年使っていた物にはその人の思いが染み込んでいる。文字の無い日記帳みたいなもので、愛が着いて愛着になる。しずるちゃんとKちゃんのぬいぐるみはふたりの思い出が染み込んだ『思入り』といえるもので、心の一部みたいなものだ。
その心の一部であるしずるちゃんのぬいぐるみバムセをKちゃんは借りていく。しずるちゃんも貸したつもりで、貸してしまう。でもバムセは返ってくる事もなく、それどころかKちゃんとも疎遠になってしまう。バムセも返ってこない。
きっとKちゃんもしずるちゃんと離れたくなかったのだろう。もしかするとKちゃんも一度離れ離れになる時、しずるちゃんみたいに傷ついていた可能性はある。でもまたいつかは離れなくてはならないことを頭の良いKちゃんなら察していたのかもしれない。
意識してそうしたのではないだろう。彼女はしずるちゃんのバムセを借りたままどこかへ行ってしまう。しずるちゃんの方でもバムセの思い出はどこかへ行って、いつしか意識することもなくなるが、ある日写真を見て失くしてしまった思い出(バムセ)があったことに気付く。
『さよなら楓ちゃん』は徹頭徹尾しずるちゃんとKちゃんの話である。そして別れの話でもある。最後にしずるちゃんは傷つきながらKちゃんと離れ離れになってしまう。Kちゃんはどうだっただろう。涙のひとつでもこぼしたのだろうか。離れてしまった彼女を知るすべはない。
しかし、ふたりの思い出が染み込んでいるバムセとかえでちゃん達は今もきっとKちゃんの巾着袋の中で一緒にいる。そのことがしずるちゃんにある種の救いを与えているのではないだろうか。ベタな言葉だが離れていても心は一緒にいる。なので、しずるちゃんは失くした思い出を、バムセを取り戻そうとはしないのだ。
『さよなら楓ちゃん』はしずるちゃんとKちゃんにとっては喪失の物語であるが、バムセとかえでちゃんにとっては結合の物語でもある。ふたりは思い出のやりとりをしながら混ざり合っていたのだ。
(おわり 牛野小雪 記)
先週(今週も)twitter上にKDPにはレビューが少ないという話がいくつか出ていた。これは本当にそう思う。二年前はもうちょっとレビューがついていて、名の知れたレビュワーが何人かいた(今も書いてる?)。
この件については簡単な話で、ただ単純にレビューに需要がないからではと私は思っている。だって、本屋に行ってアマゾンレビューやブックメーターを見ながら本を買ったりはしない。もちろん行く前にも見ない。たぶん私の人生で書評やレビューを読んでこの本を買おうと思ったことは一度もないのでは?
そこまで行ったときはもう買うかどうかが決まっている段階か、もしくは読んだ後で、本を買うときの決め手は書評よりも評判じゃないかなと私は思った。(4千字の書評1個より、40字以下の読書メモ100個に訴求力があるということ"数は力だよ兄貴!")
私も評判の本は内容を知らなくても手に取ることがある。というより読んでみるまで本当に中身を知ることはできないのだから、ある本を手に取る決め手は評判と表紙のふたつしかないんじゃないか?
今日はレビューについての話。これはKDP本だけに限る話ではないけれど、星一個をくらった作者からは狂おしいの声が聞こえてくる。実を言うと私も食らったことがある(そのレビューは何故か消えてしまったが、星4個も消えたからこの件についてはあおいこかな。でもいつかは完全に食らわなきゃいけない。そうでなければ全部無視するか。KDPは編集者が感想の選別をしてくれないのだから)。
星一個をくらってしばらく思ったのは、どうして星一個のレビューはあんなに情熱的な文章なのかということだ。星一個と五個のレビューの信憑性は同じぐらいだが、読んでいて真に迫るものがあるのは星一個の方だ。本当に良く書けている。この調子で書けば良い短篇になると思えるぐらいの出来だ。
では、その星一個の情熱的なレビューを書いた人が星五個のレビューを書くとどうなるのか。不思議や不思議。文章が固くなっている。私自身も五個のレビューを書くときはどこかうまくいかない。これはどういうことなのか考えてみた。
実生活で「いや~、本当に素晴らしいですね!」と声に出す時は、全然素晴らしいと思っていない時だ。若い人に「若いですね」とは言わないし、綺麗な人に「お綺麗ですね」とは言わない。
それとは逆に「最低な奴だな、さっさと死ねよ」は私より先に死んで欲しくない最高な奴にしか言わないし、「まぁ、悪くはないんじゃない?」は良いときに使う。
んっ? 待てよ?
なにか悪い物を見たときに私がなんと言うかといえば「まぁ、良いんじゃないか?」と何かが奥歯に挟まったような口調で言って、そのあとに”でも”がついてくる。
・・・なんてこった。”何々が良い”という時はきまって何か悪いことがあるときだ。”良い=悪い”で”これは凄く良いよ!=どうにかしないとヤバイぞ!”だと気付いた。
私が思うに、これは良い物を素直に良いと表現する文法を持っていないからなのではないかと考えた。
"悪い+否定" → 悪くない → つまり良い
最近使われるようになった二重否定だと、ちょっと複雑になって
"良い+否定+否定" → 良くないことはない → つまり良い
どうして何でも否定形を使いたがるのだろう。どうしてこんなにツンデレなんだろう。ひどい言葉ばかり使い方が上手くなっていく。
まぁ、もしダイレクトに良いと表現する時は"マジ"とか"ヤバイ"を使うかな。でもよく考えると、それは文脈として良い意味になっているだけで、言葉本来の意味では悪いということになる。なんだ、やっぱり素直に良いとは言えていないんだ。
でも"とてもいい"とか"すごく素晴らしい"はなんだかうさんくさい。
なので、私がときどき書いている書評は文脈の提示にとどめて、良いとも悪いとも書かないようにしている(だから、良いか悪いかなんて聞かないで欲しいな。)。
そこで私は考えた。もし仮に牛野小雪が気の置けない友人で"マジ"で"ヤバイ"物を書いてきたとしたら、どう書くのか。
本当は他の人の本でやろうと思ったのだが、KDP界隈で実際に顔を知っている人はいないし、誤解から戦争に発展するのは嫌なので自分の本でやることにした。レビュー対象は『竹薮の柩』。レビューを書きやすく、多少しくじってもダメージが少ない物を選んだ。
5364645人中、28114人の人が、「このレビューは参考になった」と投票しています。
★★★★★ まあまあ
投稿者 沈黙のサイレンサー
私の率直な感想で言えば凄く悪いということはない。
ただ主人公がただ苦しむ様を読んで楽しめる読者がどれだけいるのか私には疑問だ。この小説にはヒーローもヒロインも出てこない。主人公が貧しい境涯から脱出するわけでもなければ、救いがあるわけでもない。冒頭で死んだ父親から遺産を受け取っても、生活費にあっさり消えてしまうところなど、とうてい読者の共感を得られる人物像ではない。作者はまず物語のいろはを学んだ方がいいだろう。
ロマンスなし、サクセスなし。短篇なのに作中の登場人物はたくさん死ぬし、主人公の状況はどんどん悪くなっていく。良いところはひとつもない。遺産で受け取った山が最後の伏線になるのかと思っていたが本当に何もなかった。作者は何を思ってこんな話を書いたのだろうか。理解できる人は誰もいないだろう。
だがもう一度読めと言われたら読んでもいいかもしれない。まぁ、それぐらいの出来ではあった。そんな物好きは私だけだろうが。
なんというツンデレ。ケンカを売っているようにしか見えない。でも現実に気心がしれた相手で"マジ"ならこれぐらい書くと思う。でもこの書き方で星五個というのはおかしい。星三個にするだろうな。レビューって本当に難しい。なかなか書く人がいないわけだ。(個人的にはAmazon の星システムを無くした方がいいと思う。もしくは星の選択がないレビューを書けるとか。星一個と五個はそれを選択した時点でレビューが極端に走っているように見える)
もし仮に牛野小雪が会社の上司で、『竹薮の柩』が"とてもいい" & "すごく素晴らしい"小説だったならこう書くだろう(こう書くと変ですが『竹藪の柩』は良い小説ですよ、皮肉じゃなくて:作者談)。
16人中、3人の人が、「このレビューは参考になった」と投票しています。
★★★★★ 大傑作です!とんでもないのが出てきた!
投稿者 激甘チリソース
超傑作です!読んで感動しました!!
貧しい労働者が苦悩するさまは誰もが共感できるでしょう。私は『竹薮の柩』にこの世の真実を見ました。
冒頭の父親の死から結末まで緊張感が途切れることなく、最後の結末まで読者を良い意味で裏切り続ける作者の力量に脱帽です。これを読まずにいるのは人生もったいない。
この短編には人生が詰まっています。世に溢れる凡百の小説よりはるかに中身が詰まっています。文章をインクで伸ばしたような物では決してありません。文章の一語一語に作者の血と汗がにじんでいます。
よくぞ書いてくれました。これは人類の宝になる小説です。
みなさんも『竹薮の柩』を読まれることを期待します。
これは真実絶対に超傑作です。
ちょっと大げさ過ぎたが我ながら良い出来。これこそ、うさんくさい星五個のレビュー。
ちなみに、もしこれがシニカルレビューだとするなら、意訳するとこうなるだろう。
6911人中、5888人の人が、「このレビューは参考になった」と投票しています。
★すくいようのないクソ
投稿者 塩辛ソルジャー
超駄作で最後まで読めた自分に感動した。
酒の席でくだを巻くような誰にも共感してもらえない話で、何度も夢の世界へ落ちそうになった。酒の席で目下の人間から賞賛を勝ち取ったような下らないネタをいくつも披露して、最後の結末まで読者を退屈させた力量には怒りすら覚える。どの段落を読んでも人生の浪費になるだろう。嫌いな相手に読ませるのがいい。
この小説にはクソが詰まっている。作者の内臓で発酵したクソネタが、クソを煮詰めて作ったインクで書かれている。よくこんな恥ずかしいネタを他人に読ませる気になった。その度胸だけは本当に素晴らしい。押入れから出さなければもっと良かった。
これぐらいの文章は本当に星一個のレビューでしか読めない。
そういえば前に村上春樹のレビュー(星一個のやつね)で本を出した人がいた。なかなか書く人だと思っていたが、彼のブログを読んでいると"マジ"な文章を書こうとして書けずに苦しんでいて、ついにはブログが止まってしまった(ちなみにブログを読んでいると彼は村上春樹に対してツンデレしているようにしか見えなかったので、途中から素直になれよと言いたくなった)。
どうして私達は素直に人を誉める文章を持ち合わせていないのだろう。うまいのは人をけなす言葉ばかりだ。ちょっと悲しいねというお話。
(おしまい)
補記:最初のレビューの意訳は恥ずかしくって一行も書けなかった。恥ずかしいというのがうまく賞賛の言葉を出せない理由かもしれない(素直に好きとは言えないのと一緒?)。
推薦文『未来劇剣浪漫譚 Human Possibility』
もう一つは無二さんが天心流の心構えを会得できるかどうか。
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『魔女と機械と遺世界と/舟渡攻』を読んで考えてみた
この小説のテーマは主人公の心の中で分けられた旧世界と遺世界、現在と過去の融合。それを繋げたのは愛っていう話でした。
ラーメン同盟の話にちょっと似ていると思った。執筆時期はかなり近い作品だと予想する。
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