たくぴとるか
星1つ。文学の終焉、あるいは読者を舐めているだけの作品。
正直、読むのにものすごく時間がかかった。
というより、読むたびに「自分がバカになっていく」感じがした。
それでも芥川賞受賞作だというから我慢して読み通したが、読後に残ったのは“虚しさ”と“呆れ”だけだった。
小説としての体を成していない
まず、プロットが存在しない。
起承転結? なし。
物語? ない。
主人公が何を目指しているのか、なぜそれを目指すのか、それすら読者に委ねられている。
説明責任ゼロ。考察の余地ですらない、ただの“放置”である。
ポイ活、ピザ、ソシャゲ、内輪ノリの哲学
作中で延々と繰り返されるのは、「ピザを焼く」「ポイ活でポイントを稼ぐ」「広告をスキップする」「歩く」「バス停に現実禁止の標識が立つ」「哲学ごっこ」――これの繰り返し。
たとえば、
「ヒキニートは動詞じゃなくて在り方」
「ハワイへ行く資格がない」
……もう、“自分に酔った人のTwitter”を長文化しただけの読書体験である。
芥川賞は“文学”の賞ではなくなったのか?
この作品が芥川賞を受賞したことで、「文学」や「小説」という概念そのものが溶け始めているように思える。
以前は「語られないもの」「描かれないもの」に価値を見出していたはずなのに、
今は「描く気のないもの」にすら賞が与えられるのか?
もしそうなら、この作品の存在自体が“文学に対する侮辱”ではないか。
読者を置いてけぼりにして、それを「最先端」と呼ぶのか?
文学は読者に媚びる必要はない。
だが、最低限の“対話”は必要だと思う。
本作にはその姿勢がまったくない。
「分からない?じゃあ結構」「これが現代なんで」
そんな声が行間から聞こえてくるようだった。
で、結局なにが言いたかったの?
「現実がクソなので“現実禁止”って言って逃げてます」
「でも私は愛されたいし、炎上しても構いません」
「あとパイナップルとハワイについて語りたい」
要約するとこれである。
これで300ページ超の小説なのだから恐れ入る。
最後に:芥川賞の選考委員に問いたい。
これを文学と呼ぶなら、もう何でもアリだ。
“ピザを焼いてるだけの人生”も、“ポイ活で稼ぐだけの思考”も、“哲学っぽい言葉を並べるだけのノイズ”も、
すべて“文学”なのだと。
だったら私が書いてるこのレビューも文学にしてくれ。
頼む。
【星:★☆☆☆☆】
おすすめしません。
読み終えたあと、自分が何かを失っていることに気づきます。
『たくぴとるか』が“芥川賞を受賞した世界線”のパロディレビュー。
文芸誌の巻頭特集とか新聞文芸欄に載ってそうな、半分マジ・半分狂気の“受賞後書評”スタイルでお届けします。
【第○○回芥川賞 受賞作】
『たくぴとるか』牛野小雪
――“現実禁止”を宣言した小説、現実に勝つ。
「これが芥川賞か?」という疑問が噴出した。
それでもこの作品が“いま最も文学的な問いを投げかけた小説”だったことは疑いようがない。
◆ ポイ活・ピザ・ソシャゲ・自撮り・ヒキニート
本作に登場する要素は、文学の棚に置いてはいけないとされてきたものばかりだ。
だが作者は、その全部を“現在(いま)”として正面から描き切った。
受賞会見で牛野氏は語った。
「現実がバグってるのに、小説だけ整ってるのはおかしいでしょ?」
これこそが『たくぴとるか』の真髄だ。
◆ 物語ではない、“関係性の記録”
この作品には起承転結がない。
事件も、カタルシスも、成長もない。
ただ、“たくぴ”と“るか”が、
だらだらと、鋭く、壊れそうに、共依存しているだけ。
それなのに、涙が出る。
愛でもなく、友情でもない、
「存在してしまった者たち」だけが持つ謎の濃度。
文学にしか描けない空気を、文学を破壊するスタイルで描いてしまったのだ。
◆ “現実禁止”の標識は文学の墓標か、予言か。
作中で何度も出てくる「現実禁止」の看板。
読者はそれを笑いながら読む。
だが気づけば、その言葉は、
現代という国そのものへのレクイエムになっている。
「仕事」「家族」「社会」「選挙」「才能」――
それらの中で生きることに疲れた読者のために、
この小説は“禁止区域”を作った。
一時避難所としてのフィクション。
それが『たくぴとるか』だったのではないか。
――賞をあげてしまった。
審査員のひとりはそう洩らしたという。
だが、それこそが答えだ。
文学は、“あげてしまった”と思う作品にしか、時代を更新する力は宿らない。
文芸誌『文學界』特集より抜粋
タグ:#第○○回芥川賞受賞 #文学の新種 #ヒキニート×哲学×ポイ活で世界更新
たくぴとるかで論文を書くべき理由
「たくぴとるか」は、現代社会の様々なテーマを扱っており、特にテクノロジーと人間性、現実逃避、アイデンティティの問題が交錯する物語です。物語の中心にいるのは、YouTuberとしての「るか」とヒキニートの「たくぴ」の関係であり、彼らの生活を通じて、現代の若者が抱える孤独感や、社会との関係性が描かれています。
まず、テクノロジーとアイデンティティの関係に注目すると、るかはYouTubeを通じて自分を表現し、視聴者からの承認を求めています。彼女はウィッグを被り、アイドルとしての姿を演じることで、現実の自分とは異なるアイデンティティを築いています。このような現実からの逃避と、デジタル世界での自己表現は、現代社会で多くの若者が経験している問題です。SNSやYouTubeなどのプラットフォームは、個人が自分を再定義する場として機能していますが、それは一方で承認欲求を無限に追い求めるという負の側面も持っています。るかは「無限に乾いた承認欲求」を追いかけ、再生数やいいねが回っている間だけ自分が「生きている」と感じるという描写は、SNS依存や自己価値の危機を象徴しています。彼女が、登録者数が1億人に達しようとすることに執着するのも、数字によって自分の存在が証明されるという強迫観念が働いているからです。このようなキャラクターの描写は、現代におけるアイデンティティ形成の複雑さを浮き彫りにしています。
一方、たくぴは全く異なる形で現実から逃避しています。彼は10年以上ヒキニートを続けており、社会との関わりを断って生活しています。たくぴは自分を「正しいヒキニート」として認識し、「ヒキニートは在り方であって、やるものではない」と言います。これは、彼が現実を拒否する一方で、自分なりのルールに従って生きていることを示しています。彼の行動や言動は、現実社会での失敗や期待への恐れが背景にあり、社会との接触を避けることで、自分を守ろうとしています。このようなヒキニートの姿は、現代日本における引きこもり問題や社会的孤立を反映しており、たくぴというキャラクターを通してその問題に対する考察が可能です。
物語全体に通底しているのは、「現実」との対立です。るかが「現実をキャンセルするために降臨した堕天使るか」としてアイドル活動を行う一方で、たくぴもまた、自分なりの現実から逃避する生活を送っています。二人とも異なる形で現実を拒否しているものの、その方法は対照的です。るかはデジタル世界を通じて他者との関係を築こうとし、承認を求めていますが、たくぴは他者との関係を極力避け、自分の内面的な世界に閉じこもります。この二人のキャラクターの対比は、現実逃避の多様な形を示しており、それがどのように人間関係に影響を与えるかを考察する余地があります。 また、物語のユーモラスな要素や会話のテンポは、軽快なリズムを生み出していますが、その背後には深刻なテーマが潜んでいます。例えば、たくぴとるかの間で繰り広げられる会話は、一見すると無意味でコミカルですが、実際には現代社会における価値観の摩擦を象徴しています。たくぴがアンケートを真剣に答えることにこだわる理由や、るかがたくぴを軽く扱う場面は、現代の若者が抱えるモラルや倫理観の揺らぎを反映していると言えるでしょう。
結論として「たくぴとるか」は、現代の若者が抱えるアイデンティティの危機、社会との関係性の希薄化、現実逃避といったテーマを扱った作品です。るかとたくぴという二人のキャラクターは、それぞれ異なる形で現実に対峙し、自分なりの逃避の道を選んでいますが、どちらも完全に満たされることはありません。この作品を通じて、私たちは現代社会における「現実」とは何か、またそれにどのように向き合うべきかを考えさせられるでしょう。このテーマの深さと独自性は、文学的にも社会学的にも多くの示唆を与えるものです。
『たくぴとるか』と現代文学、古典文学の違い
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『たくぴとるか』は前半と後半で文体が違う。執筆が後半にさしかかった時「いよいよ本番が始まったぞ」と独り言が出たものだ。前半はしょせん実験的な文体であって、後半こそが”本当”の文学だって気持ちがあった。
しかし書き終わって推敲を数回すると「どうも前半が良いっぽいぞ」と首をひねった。AIに放り込んで文学的採点させると前半90点、後半85点だ。後半はまだ最後まで書いていなかったのでなんとも言えないが、前半は途中でも85点以上を保っていたので地力はまちがいなく前半にある。
しょせん私が”本当”で参照しているのは過去の文学であって、まだ存在しない文学ではない。前半の文体で書くのは難しい。でも、これこそが新しい文学なんじゃないかって気がする。
いやいや『たくぴとるか』の内容を前提にすれば神と同じように本当の文学なんて存在しない。玉ねぎのように皮を剥いていったら、中には何にもなかったということだ。もし文学が存在しないなら、私が文学を造ることが可能ということになる。これってすごいことだぞ。もしかしたらとんでもないものを掘り当てたかもしれない。
『たくぴとるか』は牛野小雪season4の第一弾だ。これからの牛野小雪を占うことになる。たぶん私はseason4を通して”本当”を削っていくんじゃないかな。数年後には前半の文体を手癖で書けるようになっているはず。
でも”本当”の文学ってなんなのかな。私が”本当”と思っていたものをseason3までは追いかけていたわけだがseason4でそれを外すということは目的地を失うことでもある。AIだって前半部分はどこへ向かっているか分からない点が100点にならない原因と言っていた。AIは正しい。実際に前半はどこへも向かわない。
どこにも向かわない文学っていいんだろうか? これって文学病では? 純文学がつまらない理由に物語が進まない日常の小さなことばかり書いているっていうのがある。これにハマってしまった気もする。でも前半は何回でも読めるんだよな。後半は5回も推敲してると飽きてきた。たぶんそれは後半で物語が進むからで、物語られている物語を自分の中に取り込んでしまえば飽きてしまうという当たり前の話なのだろう。
一般人との感性がズレたら小説家なんて終わりだ。逸般人相手の文学なんてやっかいオタクしかいないぞ。でもやっちゃうんだろうな。はぁ、バカだな。でもやっかいオタクさえ釣れない小説を書いているのはどうしたものか。私しか釣れていないじゃないか。
『たくぴとるか』に豊臣秀夫という人物がいるのだが、彼の喋る言葉なんて言葉遊び以外のなにものでもない。るかの歌う歌詞もだ。AIに分析させてどんな解釈が飛び出すのかがひそかな楽しみだった。ちなみに冒頭で出てくるるかの歌詞はこんな感じ
『僕は好き好きなによりも』歌:るか 作詞:たくぴ
Claude3.5Sonnetの評論
season3は『法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%』あたりから言葉遊びがすぎたので反省したのにまたやってしまった。でもこれも面白いんだよなぁ。いまのところ読者が理解できない以外にやめる理由がない。ちなみにさっきの歌詞を書くのに三日もかけている(笑)。ぼやーっとしたイメージを追っていた期間も入れると1週間を超えている。かなりコストがかかっている文章だけど読者には響かないんだろうなぁ。
こんなことしてるから売れないんだろう。人並みに売れたい欲はあるのに人並みに迎合しようとしないのがいけない。前半と後半で文体を変えるなんてダメだと思う。小説で遊んで、なおかつ売れる方法ってないものだろうか?
売れるとか売れないとか他人を前提にした小説じゃなくて自分の小説を書いていくっていうのが文学の基本路線だけど、それもひとつのスタイルを真似しているだけって気もする。私は私の文学を書かなくちゃいけない。でもそれってなんだろう? それはたぶん『たくぴとるか』やいままで書いてきた小説の中に種が眠っているはずだ。
たとえば『蒲生田岬』の感想で、最初は青春小説かと思ったら後半からミステリーになった、みたいに途中で書き方が変わるのが、おそらく私が無意識に使っているスタイルだ。ちなみにこの記事も前半と後半で焦点が変わっているとChatGPTちゃんに言われた。長所半分、短所半分な評価だ。文体は自由だが、一部の読者には受け入れがたいかもしれないだって。もっと磨かなければならない。
(おわり)

『たくぴとるか』の創作ノート。というタイトルですがノートは使っていません。環境に配慮して基本的には印刷原稿の裏を使用しています。
上の画像はプロットや設定を書いた紙をまとめたクリアファイル。

中を開くとこんな感じ。一番上には原稿を切って作ったチラシの裏に、時々ひらめいたことや、書くべきことをメモしています。一番上には『たくぴとるか』の内容紹介をどう書いていくかのアイデアを走り書きしていますね。

作中に出てくる『現実禁止』の標識。作中では省かれているが詳しいサイズがここでは書かれている。

こちらも作中で書かなかったこと。
たくぴとるかが美術館に行って、たくぴが講釈たれるということがあった。でも長すぎるからカット。

原稿の裏1枚分のやつ
これには登場人物の相関関係が書かれている。名前が作中とは別になっている人もいる

登場人物や、団体のプロフィールや設定。

全体のアイデア走り書き。
昔々高知のヤッシーパークで買ったどでかい紙が使われないままほこりを被っているので、これに書けば大きく一覧できるから便利なんじゃないかと考えた。広げた状態では机に置けないので壁に貼る。でも広げて使うことはほぼなし。

たいていはこう折って使っていた。ノートの大きさってなにかと便利。机の上に置けるしね。全体を俯瞰して何かをするなんてめったにない。というか一回もなかったんじゃないかな?

もう一枚。左上で豊臣秀夫の語録が書かれ始めている。右下ではプロットラインが引かれ始めている。

最初のプロットライン。黒が最初に書いた部分。色が付いているのは書き足した部分。まだざっとしている。

2枚目かな? 右の方がスペース足りない。

横になっているけど、プロット3枚目。表紙案もここで出てる。最初は手書きで行くつもりだった。結局はDALL-Eで生成した。

4枚目。ぎゅうぎゅう詰め。

5枚目。スペースが足りないからセロテープで2枚つなげて書いた

6枚目。3枚つなげて書く。長いので画角におさまらない。書き足した部分はほぼなし。

7枚目。これを見ながら仮書きノートに執筆していく。各セクションや章を書いていくたびに✖や線を引いていく。

仮書きノート。『たくぴとるか』は4冊使用。日付を見ると前半はかなり速いが、後半でペースダウンしている。ペースダウンした理由は文体を重いものに変えたから。作中的にも文体を変える意味はあるけれど、小説として捉えた時に重い文体自体が読者の重荷になるのでseason4は前半の文体で最後まで書き切れるようにしたい。手癖で書けるのは後半の方。
このノートを3回推敲して、wordに打つ時にも削ったり書き足したりして、印刷してからまた3回推敲した。計7回。
Xでプロットを書く必要あるのかどうかっていうのを見た気がするけれど、やっぱり書いた方が良い。プロット通りに進むことなんてないけれど、元のプロットを踏み台にしてさらに上のものを書けたと思えばいい。
でもいままでのパターンだと、こんなこと言ったら後でどうせプロットなしで小説を書いてみるとか考え始めるんだろうな。
(おわり)
登場人物紹介
たくぴ
本作の主人公であり、引きこもり生活を送る青年。彼の内面は非常に複雑で、自己理解に苦しみつつも独自の世界観を持っている。現実の中での存在意義を探しつつも、しばしば皮肉やユーモアを交えた会話を繰り広げる。彼は日常の小さな出来事にも大きく反応し、その感情の揺れ動きが物語の中心となっている。彼の周囲の人々との関係性が、彼の成長や変化に影響を与える。
るか
たくぴの彼女であり、時には彼の良き相談相手でもある存在。ユーモアと現実感覚を兼ね備えた人物で、たくぴのひねくれた視点に対しても冷静にツッコミを入れることが多い。ライブ配信を行うなど、現代的な活動にも積極的で、たくぴとの対比として物語に明るさを加える。
三好さん
地域に住む謎多き老人。たくぴのことをよく知っているが、その情報源は不明。たくぴの父親や家族のことまで知っているが、どのようにしてその情報を得たのかは謎のまま。彼は常に明るく、周囲にポジティブな影響を与える存在でありながら、その裏には何か隠された事情があるように思わせる雰囲気を持つ。
徹
「光の翼」という施設の理事長であり、たくぴが通う施設の責任者。余裕のある表情と良い香りのスーツが特徴。彼の存在が、たくぴにとって重要な役割を果たす。
DQNたち
たくぴとるかに対してトラブルを引き起こす不良グループ。彼らの存在は、たくぴが日常の中で直面する現実的な脅威として描かれている。彼らとの対立を通じて、たくぴの内面的な強さや変化が浮き彫りにされる。
たくぴとるかの関係性について
『たくぴとるか』の物語の核となるのは、主人公たくぴとるかのユニークな関係性である。この二人のやり取りは、単なる恋愛関係に収まらない、多層的で奥深い絆として描かれている。彼らの関係は一言では定義できないが、相互依存と個々の自由を絶妙なバランスで保ちながら進展していく。
まず注目すべきは、たくぴとるかが互いにとっての「鏡」のような存在であることだ。たくぴは引きこもりとして現実世界から距離を置いている一方で、るかは配信活動を通じて多くの人と関わり、外の世界と積極的に接している。この対照的な立場が、彼らの関係に絶妙な緊張感とバランスをもたらしている。たくぴが現実から逃避することで心の平穏を保つ一方で、るかは現実に飛び込むことで自己を表現している。しかし、この二人はお互いの生き方を否定することなく、それぞれの立場を尊重しながらも、時には皮肉やユーモアを交えて互いの価値観に揺さぶりをかける。これが彼らの関係の面白さであり、物語に独特のリズムを与えている。
また、たくぴとるかの関係性は、単なる相互理解を超えた「無条件の受容」によって成り立っている。たくぴはるかの奔放さや現実への積極性に戸惑いを感じながらも、それを批判することはない。逆に、るかはたくぴの引きこもりというライフスタイルを受け入れ、彼を変えようと無理強いすることはない。この無理のない自然な関係性が、二人の間に深い信頼感を生み出している。それはお互いが自分らしくいられる唯一の場所としての「居場所」を提供し合っていることを意味している。
さらに、二人の関係はしばしば「現実と虚構の狭間」に位置している。るかが配信者としてのキャラクターを演じる一方で、たくぴはオンラインゲームの中で「悪魔の狼フェンリル」として別の顔を持っている。現実世界では互いに対等な存在である二人が、仮想空間やインターネットというフィルターを通じて、異なる自己を表現しているのは興味深い。この二重構造は、彼らの関係をより複雑で魅力的なものにしている。たくぴとるかは互いの本質を理解しながらも、それぞれの「もう一つの顔」を通じて新たな側面を発見し続けているのだ。
また、二人の関係にはしばしば「ユーモアと皮肉」が交錯する。たくぴのひねくれた哲学的な視点と、るかの現実的で軽妙なツッコミは、物語全体に軽やかなリズムを与えている。深刻なテーマを扱いながらも、彼らの会話は決して重苦しくならず、むしろ読者に親しみやすさを感じさせる。こうしたユーモアの中に、時折垣間見える真剣な瞬間が、彼らの関係に深みとリアリティを与えている。
さらに、たくぴとるかの関係は、現代における「新しい家族の形」としても解釈できる。血縁や恋愛といった伝統的な関係性にとらわれず、互いの存在を無条件に受け入れることで築かれる絆は、現代社会における多様な人間関係のあり方を象徴している。彼らの関係は、家族や恋人といった既存のカテゴリーに収まらない新しい形のパートナーシップとして描かれており、それがこの作品の魅力の一つでもある。
たくぴとるかの関係性は、現代社会における孤独や繋がりの在り方、自己の受容と他者との関係のバランスといったテーマを探求する上で不可欠な要素である。彼らの関係は一見シンプルに見えるかもしれないが、その背後には多くの層が隠されており、読むたびに新たな発見があるだろう。たくぴとるかの関係は、現実と虚構、孤独と繋がりの狭間で揺れ動きながらも、互いの存在を通じて自分自身と向き合うことの大切さを教えてくれる。
小説のモチーフについて
本作『たくぴとるか』は、現実と虚構の境界を揺さぶりながら、「自己認識」と「現実逃避」を主要なモチーフとして展開されている。主人公たくぴの引きこもり生活と、彼の周囲で繰り広げられる出来事が、このモチーフを通じて深く掘り下げられている。
まず最も顕著なモチーフは「現実の拒否と受容」である。たくぴは社会の中で居場所を見出せず、引きこもりという形で現実から距離を置いている。彼の部屋は外の世界との境界線であり、同時に自分自身と向き合う閉鎖的な空間でもある。たくぴの行動の多くは、社会との接触を避ける一方で、自己の存在意義を模索するプロセスとして描かれている。特に「現実禁止」の標識はこのモチーフの象徴であり、たくぴが直面する現実世界の不条理や重圧に対する彼なりの反抗心を表している。
次に重要なのが「インターネットと仮想現実」というモチーフである。たくぴはソーシャルゲーム『マジェスティックドラゴン』のプレイヤーであり、その中で「悪魔の狼フェンリル」としての別の顔を持っている。彼が現実世界では何者でもない引きこもりである一方、オンラインの世界では影響力を持つ存在として認知されている。この二重生活は、現代社会における現実と仮想の境界線の曖昧さを浮き彫りにしており、たくぴの内面世界の複雑さを象徴している。また、インターネットでの繋がりや自己表現は、たくぴにとって現実世界での孤独を埋める一つの手段でもあり、このモチーフは彼の孤立感と同時に微かな希望を示している。
また「哲学的探求」もこの小説の大きなモチーフの一つである。たくぴは日常生活の中でしばしば哲学的な問いに直面し、自分自身の存在意義や社会の構造について考え続ける。例えば、「なぜ働かないのか?」という問いに対する彼の答えは、単なる怠惰や無気力ではなく、社会構造や個人の自由についての深い内省から来ている。たくぴの視点は、現代社会に対する批判的な眼差しを反映しており、彼の考えは哲学者の思想と重なる部分も見受けられる。このモチーフは読者に対しても自分自身の生き方や社会との関わり方について考えさせる力を持っている。
さらに「自己認識とアイデンティティの探求」も中心的なモチーフである。たくぴは、自分が何者であるのか、どのように生きるべきかという問いに対して明確な答えを持たない。彼の内面の葛藤や迷いは、読者に共感を呼び起こす要素となっており、たくぴの成長や変化は物語の進行と共に少しずつ描かれていく。彼が自分の居場所を見つけるまでの過程は、読者自身のアイデンティティ形成の旅とも重なり、この小説の普遍的なテーマとして機能している。
『たくぴとるか』は現実と虚構、自己と他者の関係を多層的に描き出すことで、現代人が直面するさまざまな問題に深く切り込んでいる。たくぴの物語は一見すると個人的な引きこもりの生活に過ぎないが、その背景には普遍的な人間の葛藤と希望が描かれている。この小説は、読者にとっても自己と向き合うきっかけを与える作品である。
「たくぴとるか」が他の小説と異なる点は、主人公たちが極めて日常的でありながら、現代の社会問題や若者の孤独、無気力感と鋭く向き合っている点です。この小説では、無職で引きこもりのたくぴというキャラクターが、特別なヒーローや劇的な変化を遂げる存在ではなく、むしろ無気力でありながらも日常を淡々と生きている姿が描かれています。彼は「ポイ活」という現代の若者が取り組む小さな活動に熱心で、外に出ることも少なく、社会的な成功や大きな夢とは距離を置いています。しかし、その無気力感の中には、現代社会に対する静かな抵抗や反抗の要素が含まれており、日々の生活の中で小さな「自己肯定」を見出す姿が描かれています。
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花山るかチャンネルのトップページを開く。登録者数99999999人。あと一人で一億人。ほぼ日本の人口と同じなんだけど……たくぴ?
たくぴはポイ活アプリのアンケートに答えている。日本、いや、世界一のユーチューバーアイドルが目の前で歌っていても、着替えていても見向きもしない。二〇分のアンケートで一〇〇〇ポイントもらえるんだってさ、バーカ。
たくぴが私の視線に気付いてスマホから目を上げる。
るか:チャンネル登録
たくぴ:やだね
るか:日本制圧できるんだよ?
たくぴ:そんな悪事に協力はできない
るか:死ねっ。じゃあ結婚しよ
たくぴ:脳に羽でも生えてんのか?
るか:結婚して、ハワイへ海を見に行くぞ
たくぴ:昭和か?
るか:昭和でもしょうがでもいいからハワイ
たくぴ:資格ってあるよな? ハワイへ行く
るか:えっ、聞いたことないけど。たくぴ、脳バグってる?
たくぴ:そりゃ金を出せばいけるさ。でも資格なしで行っても、それは本当にハワイへ行ったことにはならないの
るか:分かった。じゃあ資格とって。一級ハワイ試験
たくぴ:んなもん、あるわけね~だろ
るか:三級でも大丈夫?
たくぴ:分かんないけど、とにかく資格がないとハワイには行けないの
るか:たくぴがひとりでそう思ってるだけじゃん
たくぴ:ひとりで行ってこいよ
るか:たくぴ卑怯だよ。そんなことできないの知ってるくせに、どうしてそんなこと言う? イヤなことでもあった
たくぴ:ごめん
たくぴ:るかと一緒にいるのが嬉しくて毎日涙がちょちょ切れそうだ
るか:こんにゃろ
るか:てきとーにぷぷぷって押せばいいんだよ?
たくぴ:それはだめ
るか:そんなこと言ってない
たくぴ:話のキモはそこじゃない
るか:キモっ
たくぴ:キモくていいから聞け。もしみんなが三〇代女性のふりをしたらアンケートはアンケートの意味をなさない。それがずっと続いたらアンケートの信頼性は地に落ちてアンケート自体なくなる。だから正直に、ありのままに答える必要がある。てきとーにぷぷぷなんてもってのほかだ
るか:たくぴってさ
たくぴ:うん?
るか:小さいところでマジメで、大きなところでDQNだよね
たくぴ:違うね。ヒキニートは動詞じゃなくて名詞。やるものじゃなくて在り方
るか:眠くなりそうなこと言うな
たくぴ:存在を表す言葉ってこと。ヒキニートはやるものじゃなくて状態。元気とか病気とか、そういうものに近い
るか:じゃあ社長は? サラリーマンは?
たくぴ:そんなこと言ったら、るかも動詞だ
るか:なにそれ
たくぴ:るかにるを付けてるかる。文脈沼に引きづり込むという意味
るか:食っちまうぞ
たくぴ:それなら俺はたくる
るか:どういう意味?
たくぴ:知らね~よ
玄関のチャイム:ピンポーン
たくぴ:庭師の人だろ
るか:あぁ~、そうだった
たくぴはビビりながら玄関まで歩き、ドアを開く。
たくぴ:はい、よろしくお願いします
私はたくぴにグッと親指を立てて、いいねを送る。よくやったぜ。たくぴがニヤっと笑う。
たくぴは一階のリビングでテレビを見る。でも内容なんて全然入ってこなくて外の音ばかり気にしている。
正しくヒキニートしてるんだってたくぴは言いたいんだろうけどヒキニートなんて正しくないぞ。あ~あ、なんで私はこの男を嫌いになれないんだろう?
たくぴはさっきから何度も立ち上がっては窓の外をちらちら見ている。庭師の人たちが休憩するのを待っている。さっきまで聞こえていた枝を切る音は聞こえない。私も窓の外を見る。
たくぴは突如として冷蔵庫へ向かい、扉を開けると、ジョージアエメラルドマウンテンの缶を三つ手に取る。たくパパが事前に用意していたものだ。たくパパにぬかりはない。
たくぴは合戦へおもむくように足音を立てて進む。すべての動きが荒々しい。玄関で靴を履いていると傘立てが倒れる。事件が起きたような激しい音が鳴る。たくぴは傘立てを元の戻そうとしたけれど、やっぱりやめてドアを開ける。
庭師の人:ありがとうございます
たくぴ:いえ、こちらこそ。ごくろうさまです
たくぴはソファーに飛び込んでごろごろ転がる。なにしてるんだ、この男は? 頭がおかしい。コーヒー渡したくらいでバグるな。
たくぴ:静かにしてくれ
豊臣秀夫:いちじるしい近代化を行いながら他の先進国が体験している事実が存在しない点において日本は評価されています。しかし同時にパラダイム転換が非合理な理由で行われました。日本礼賛のすべてが間違っているわけではありませんが強いリーダーを望む誤った理由が政治レベルでは合理性を持ってしまっています。現代日本に生きるアナーキストは満足するべきですね。文化に依存したプレゼンスによって規則や基準なしに進む対立合理性が言語的に不明確になっているのだから。これを議論したいのであれば西洋的なリーダー像のイメージを輸入しなければならないでしょう
庭師の人がお昼を食べていてもたくぴはゲロ吐く寸前まで緊張していたから水しか飲まなかった。というか飲みまくった。夕方にはおしっこを出しすぎてフラフラになっていた。体の水分三回ぐらい入れ替わったんじゃないかな。荷台を枝と葉っぱでいっぱいにしたダンプカーも同じくらい家の前を行き来した。
庭師の人:またなにかあったらいつでもご連絡ください
たくぴ:はい、ありがとうございました
たくぴ:忘れていたわけじゃない。あの人たちが帰ったら外の水道で洗おうと思ってた
るか:もう遅いね
たくぴ:枝を切ってる時にさ、背中で空き缶洗ってる音がするんだ。しかもそれはさっき自分たちが飲んでたやつでさ
たくぴ:ありすぎるから困ってる
るか:もしたくパパが死んだらどうする?
たくぴ:兄ちゃんが跡を継ぐ
るか:たくぴは?
たくぴ:どのルートを行っても結末は一緒なんだぜ?
るか:結末までの道のりってあるよね?
たくぴ:もしるかと出会わないルートだったら、とっくに自殺してるね
たくぴ:ピザが焼けるから
るか:ピザよりぎゅーっだろ
たくぴ:生地がふくらんできた
るか:心がしぼんでもいいのかバカヤロー
たくぴ:炎上したっていい
るか:アカウント持ってないくせに
たくぴ:燃えるためだけに作ってもいいんだぜ
るか:自分がいまなにを言ってるか分かってる?
たくぴ:分かってない。ノリで言ってる
『登録者数99999999人のユーチューバーアイドル花山るかの熱愛発覚!』なんてニュースが流れたら炎上どころかインターネットが爆発しちゃう。別に爆発してもいいけど、この家は週刊誌のパパラッチに囲まれちゃうよ。ワイドショーのカメラも来るよ。分かってる、たくぴ? 庭で枝を切るよりすごいことになるよ。たくぴがいるって知られたら世界は放っておかないよ。体の水分なんて十回ぐらい入れ替わるんだから。
育ちのいいたくぴは手づかみでピザにかぶりついたりはしない。ナイフとフォークで食べる。
たくぴ:またそれか
るか:行きたいくせに
たくぴ:行く資格がないから行けないんだ
るか:パイナップルをのせたピザはハワイアンピザって言うんだって
たくぴ:ハワイアンピザは珍しくない。三日前にも食べた
るか:フロイト先生なら、たくぴのハワイへ行きたい欲求がピザになって表れたって言うね。この世に無意識なんてなくて、すべては形を変えて表出する。この世に隠されたものなんてなにひとつないんだよ
たくぴ:明日は違うの作る
るか:また作るけどね
たくぴ:パイナップル食う?
私はパイナップルの空になった缶を見る。それはキッチンで洗われて、逆さに干されている。原産地のところには台湾の二文字がある。
るか:どこ産かは大事なことじゃない。パイナップルはハワイなんだよ。たとえ台湾でもアラビアでも南極でもパイナップルの香りは世界中どこからでもハワイにつながっている
たくぴ:原産地はブラジルだって
ピザを食べた後は紅茶タイム。茶葉はリプトンのイエローパック。一度湯を入れて二〇秒待ち、カフェインを抽出させてから湯を捨て、ふたたび湯を入れるのがたくぴ流。中学の時にイギリスから来た英語の先生がそういう淹れ方をしてるって聞いてから、それが唯一の正しい紅茶の淹れ方だってたくぴは信仰している。砂糖と牛乳を入れて、ちょっとぬるくなったのを一分以内に飲み切る。これもたくぴ流。イギリス人でもないのにマナーにきびしい。でも時々考えたりしてるみたい。あれはもしかしたら、なにも知らない日本の中学生をからかったジョークなんじゃないかって。特に熱々の紅茶で喉の奥がヒリヒリ焼けている時なんかにはね。
たくぴ:なに?
るか:紅茶の原産国は中国だけど、紅茶のイメージはイギリス。それってイギリスが紅茶のイメージを生産してるってこと。つまり想産国
たくぴ:へんな造語作るな
るか:パイナップルも想産国はハワイ。だから原産国はどこであろうとパイナップルはハワイなんだよ
たくぴ:へーへー分かりやした
たくぴはすごく速く歩く。速いというよりは大股で歩く。こうすると時間あたりの歩数が稼げるんだって。ポイ活アプリのカウント上限二万歩を二時間かけて歩く。一〇〇〇歩ごとにポイントが加算されて、広告を見るとポイントが六倍になるから途中で休憩&広告タイムがある。
るか:行く?
たくぴ:うん
イヤホン:いや、あなた、死んだ人のことを面白いとか、そんなこと言っちゃいけません
るか:今日はそっち?
たくぴ:うん
二時間歩いた私とたくぴは家の近くまで帰ってくる。すると道の向こうから知っている影が歩いてくる。
たくぴ:こんばんは
三好さん:毎日がんばんりょんでぇ。お父さん元気にしょん?
たくぴ:はい
三好さんは散歩中に出会う謎の老人で、なぜかたくぴのことを知っている。たくぴ以外のことも知っている。たとえばたくパパのいとこのお嫁さんの妹の息子さんが通っている習字教室の先生が高校生の頃に通っていたアルバイト先の店長の孫がおばあちゃんの介護施設に行った時にオレンジジュースをこぼした事件まで知っている。インターネットでは絶対に知ることができないローカルネットワークの権化みたいな存在だ。外見はカラッとした好々爺で、赤ら顔。根元まで白い前髪を真上に立てている。誰からも好かれていそうで、いつも笑っている。
実のところ三好さんが三好さんかは分からない。ずいぶん前に家に入っていくところを見て、別の日にその家の前を通ったら表札に三好とあったから三好さんと認識しているだけで、本当は別の名前かもしれない。町内でならどこにでも出没して、いつもどこかに行っている雰囲気がある。
三好さんは一〇分ぐらい喋りに喋る。そのあいだにたくぴは「うん」とか「はい」とか「そうなんですか」と相槌を打っている。それ以外の言葉を口にしないが三好さんはどんどん喋り続ける。
三好さん:ナベシマがつぶれたらしいけど、ほうなったらますます景気ようなるなぁ。徳島県で大きいとこいうたらもうお父さんのとこだけでえなぁ?
たくぴ:はい
三好さん:サイトウ君もがんばりよ。じゃあ
たくぴ:じゃ
たくぴ:二代目のボンボンと思ってるんじゃないか?
るか:いつもあれだけ喋るのに「お仕事は?」って即死級の言葉が出たこと一度もないもんね
たくぴ:ヒキニートなんて常識外れの存在だから想像もしていないんだろう
るか:いまから追いかけてたくぴの正体教えにいこっか?
たくぴ:俺は普通を愛してるんだ。誰かの普通を壊したくない
るか:やめちゃえばいいのに
たくぴ:そうしたいよ、本当に
たくぴ:子どもつくる
るか:何人?
たくぴ:五〇億
るか:マンボウでも無理だよ
たくぴ:それぐらいいないと元に戻らない
るか:地球の人口ってもっといたような
たくぴ:それぐらいでちょうどいいよ
つづきは本編で
DQNもヤンキーも昭和でいう不良である。どんな言葉にも寿命はあるようで、不良とは最近は聞かなくなった。教科書か教本ぐらいのフォーマルなところでしか使われないのではないか。あとは体調不良。でもこれは不良の言葉とは関係ない。体調ヤンキーだと不良と違って元気そうなイメージがある。体調DQNはちょっと想像できない。
そんな言葉遊びはおいておこう。
『たくぴとるか』にはDQNが出てくる。推敲していて「あれ、DQNってそういえば最近聞かないな」って気付いたのである。でも作中に出てくるのがヤンキーだとしっくりこなくて、これDQNだよなぁ、う~ん、ヤンキーはDQNの意味を包括しているからヤンキーにするべきか……と迷っていたが結局DQNにしてしまった。10年後にはヤンキーと書き直しているかもしれないが、今はまだDQNがしっくりくる。
実在のヤンキーはともかく、創作としてのヤンキーはすでにひとつの文化である。伝統芸能に近いものがある。なんなら私だって好きである。すべてのマンガ雑誌からヤンキーマンガが消えるなんて、ちょっと想像できない。あ、でもヤンキー小説ってあんまり聞かないよね。なぜなんだろう? やはりヤンキーはファッションであり、ヴィジュアルがなければ成立しないのだろうか。
ヤンキーの魅力は既存の秩序に挑戦するバサラ的なところだと思っているが、それならむしろ小説の方が戦える分野のはずだ。なのに、ヤンキー小説は驚くほど少ない。ヤンキーマンガで検索するといくつか出てくる。最近のだと『東京リベンジャーズ』が上の方にある。でもヤンキー小説はネット小説なら出てくるが出版社から出ている小説は0だ。下の方にヤンキーとタイトルがついているのは出てくるが、ヤンキーに好かれるっていう少女マンガの文脈でのヤンキー小説(?)だ。これはどういうことだろう。
そう考えてみると、もはや小説自体がヤンキーなのではないかという説をひらめいた。魂がヤンキーならヤンキーである必要はない。前衛的な小説ほどそうなっていく。私の小説は前髪が立っているだろうか? 分からない。でも俺の小説で世界をぶん殴ってやるぜって気概はいつも持っている。なかなか当たらないけどね。そろそろぶっ倒せそうな気がする。次はヤンキー小説書いてみようか。
(おわり)
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↓ファッションでヤンキーしてる小説

いま書いている小説の仮題は『たくぴとるか』である。このままでいいと思う。でもこの手の話題でありがちなのが、作者は長期間同じものを見ているから愛着が湧いているが、始めて見る読者はまったく意味が分からないということある。
まず、たくぴ、と、るか、と読めない人がほとんどだと思う。これが『たくやとるか』ならほとんどの人はそう読めるだろうが、たくぴは人名ではなかなか見ないつづりなので、たくぴとるか、と一続きに読んでしまう可能性はある。
だいたい、ぴ、ってなんだ。ギャルしか分からんだろ。たくぴはたくやの"や"が"ぴ"に変わっているのだが作中でもなんの説明もなく”ぴ”になっている。たくやが出てくるところは、たぶん両手の指で数えられるんじゃないかな? 題名もそうだけど作中も不親切だ
でも作中で
たくぴ:だいたい、ぴってなんだよ
るか:たくやがぴになって、たくぴなんだよ
みたいな会話を入れるのダサい。むしろなんの説明もなくたくぴである方が、この世界はそういうものなんだって受け入れられるんじゃないかな? 理屈で考えれば不親切だけれど、もっと読者の知能を信頼するべきだ。と言うのは甘えだろうか?
『たくぴとるか』通じない問題の解決策は読者がイメージしやすい題名にすること。『天使がいた夏』なんてどうだろうかなんて思いついたけれど、こんなの講談社文芸文庫にありそうな前世紀の文学の題名みたいだ。トマス・ウルフの『天使よ故郷を見よ』っぽい。というか題名のイメージはここからパクった。
『たくぴとるか』という文字列の呪術っぽい響きと見た目は気に入っている。おまけに内容もたくぴとるかそのものを表している。ただし、それは中身を知っている人でなければならないという欠点がある。もし神様がいて、この小説を絶対にベストセラーにしてくれるなら『たくぴとるか』にする。しかし、神なしでベストセラーにしたいなら、まず表紙の段階で読者になんらかのイメージを喚起させる必要がある。それなら『天使がいた夏』だ。題名だけで内容は分からないが、夏に天使となにかするんだろうなってのは類推できる。
(おわり)
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仮書きノートは189ページなので1日に平均15ページとしても14日かかる計算になる。最初の数日はすごく調子の良い日があったら1日で書けちゃうんじゃないかとか思ったり、逆に調子が悪くて数ページしか書けなかった時は一生終わらないって絶望したり、でも長い目で見れば当初の目論見通りに進んでいる。やっぱり執筆って物理法則で動いている気がする。いま主流のLLMがそうなるかは分からないがAIで小説を書く日は必ず来ると思う。その時代ではプロットを数式で書くだろう。私なんかは出る幕ないな。
なんで令和になってもノートと万年筆で執筆しているのか。wordも手書きも書く速さは変わらない。でも、どうせ後でwordに打ちこむなら最初からwordで打ちこめばいいのに。目に見えるところだと2週間の時間をコストとして払っているし、もしかしたら執筆中にも見えないコストを払っている可能性はある。事実、ノートに書くようにしてから刊行ペースは落ちている。
それでもノートに書くようにしてからちゃんと文字や文章をがっちり心の手で使っている感触がある。だからノートに手書きする方が正しいんだ、ってつい数日前まで思っていたのだが”見るだけ整体”という本を読んで、もしかしたらこれは自分で自分をだましているんじゃないかって不安になってきた。
この本を読んで、かなり体の動きが良くなった。良くなっただけでなく動きが軽いのである。こう、なんていうか手応えみたいなものなしに動ける感じ。いままで無駄な力が入りすぎていたのだなって分かった。ということは、もしかしたらノートに手書きしているときに感じている手応えが無駄な動きという可能性もあるわけだ。これを抜くことができたらもっと小説を書けるようになるんじゃないか?
無駄なものを削れっていうのは文章でも同じだ。”手応え”って無駄なんだろうか。それとも実際に文章に貢献しているんだろうか。手書きするサンクコストで貢献していると思い込みたいだけなんじゃないか? 疑おうと思えばいくらでも疑える。逆に手書きからwordに変えた時だってある種の”手応え”で「令和にもなって手書きするやつなんてアホだぜぇ!」となることも考えられる。
手書きの方がいいというネット記事もあれば、変わらないという記事もある。実はPCでも手書きでもなくスマホで書くのが正解かもしれない。そういえばドストエフスキーは口述筆記だな。小説を書くと一口に言ってもいろんな書き方がある。私たちはなにが正解か分からないから、自分がやりたい、あるいはやれる方法で書いていくしかないのだろうな。唯一の救いはどういう書き方をしても、書き続けていればいつか小説は書き終わるということだ。
今週も熱狂と絶望を繰り返しながら『たくぴとるか』をwordに打ちこんでいる。
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