愚者空間

KDP作家牛野小雪のサイトです。小説の紹介や雑記を置いています。

真論君家の猫

『真論君家の猫』の最新版

 かねてからの予定通り『真論君家の猫』に少し手を加えていた。初期のKDPはwordファイルをアップすると色々不具合が出たものだが、最近はほぼそのままの形で変換されているように感じる。ルビなんかは時々表示がおかしくなるが体感95%ぐらいで変換できている。もう実用的と言って良いのではないだろうか。

 最近は罫線も使えることを発見したので、ミータンが新聞の切り抜き記事を読んでいるところは記事ごとに罫線で囲んだ。まだ少しうまく変換できていないような気もするが、まぁ良しとしよう。
(もう少し贅沢を言えばルビを挿入した字の前後に空く隙間をなんとかして欲しいな。それとは逆に罫線は文字との隙間を少しだけ開けて欲しい)

 Amazonの修正版更新申請はちょっと変だったりする。
(
修正版更新申請とは既にKindle本を買った読者が最新版に更新できるようにすることである)
 誤字脱字、表記ミスは速攻で申請が通るのに、描写や言い回しの変更だとまず受理されない。加筆もたぶん駄目だろう。Amazonにとって修正とは、皿のふちについたソースを拭うことであって、味付けや、盛りつけ方を変えることではないのだ。ヘルプにもそう書いてある。


 
1.「Kindle コンテンツの品質ガイド」に含まれない変更の場合
    例:
    • 誤植を修正する目的ではない文や章の追加・削除
    • 言い回しの変更
    • 内容の変更 (ストーリーや登場人物等)
    注: 本の内容の大幅な変更、タイトル、号、版の変更が発生する場合は、別の本として新たに出版してください。



 よっぽど酷い誤植でないかぎり(登場人物の名前を間違える作家がいるらしい)、私はそれほど重要なこととは思えない。むしろ話の筋、描写、言い回しの方が重要な気がするがAmazon的にはそうではないようだ。私には何だかそれが不思議なことに思える。
 向こうも商売があるのだから、作家の版変更にいちいち対応していたら手間もかかるし、お金もかかる。明らかな瑕疵でなければ版の更新なんてしたくないのかもしれない。

 この前来たKDPのアンケートにもっと修正版が気軽に更新できるようにしてくださいと書いておけば良かった。

(2016/12/09 牛野小雪 記)

本音:というわけで『真論君家の猫』を既に購入している人は最新版に更新できないよ、という言い訳。あえてAmazonに更新申請すればできないこともないんだけど、そこまでする人はいないよなぁ。とはいえ統合版と分冊版、両方買っている人はいないだろうから、unlimitedなら最新版が読めますよ。どちらも中身は一緒。もちろん買ってもOK。でもunlimitedの方が容量取らないし、再読する時は最新版で読めるので、こっちの方が良いと思う。

疑惑:『真論君家の猫』の読みが分からない人は意外に多い?

発見?:プレビューファイルをmobiファイルのままKindle端末に移すと、なかなかホーム画面に表示されないが、空の新しいフォルダを作って、その中にmobiファイルを入れて移すとすぐにホーム画面で表示されるような気がする。

体験談:『幽霊になった私』の初版では看護師が看護士となっているのだが、それを看護師に修正した時はすぐに修正版更新申請が通った。

 牛野小雪の小説はこちらへ→Kindleストア:牛野小雪

近所のチャトランについて


 10歳の頃にシベリアンハスキーの野良犬が近所を徘徊する事件があってから野良犬の姿をとんと見なくなった。そのハスキーは本当に巨大な犬で、私が砂を掘っていたらいつの間にか後ろにいてかなり恐かった思い出がある。ホラー映画ばりの叫び声が出てきて、犬もびっくりしていた。その隙に隣の家の塀を飛越えてなんとか事無きを得た。

その犬は本当に大きくて、中学生が塀の上に取り残されていても大人は家の中から出てこなかった。ちなみにその騒動の元になったシベリアンハスキーは近所の家に飼われている。もうけっこうな年のはずだがいまだに飼い主を引っ張っている姿を見る。実は二代目だろうか?

 野良犬はいなくなったのだが、それに入れ替わって野良猫が現れるようになった。たぶんそれまでは犬に食われていたんだろう。

 最初の野良はアメリカンショートヘアーでキャロルと名付けた。夕方四時になるとどこからともなく現れて、一緒に遊んでいた記憶がある。たいていは屋根から松の木へ飛び移り、するすると下まで降りてくる。そのキャロルは五時になると突然何かの用事を思い出したようにどこかへと去っていった。

 よっぽど懐いていたので家で飼いたいなと思っていたらキャロルは突然姿を見せなくなった。それで方々探し回っているとある家の敷地で、キャロルがたくさんの猫と一緒に座っているのを見つけた。それでやつの名前を呼んでいると、不意に窓が開いて「猫、いじめんといてな」見知らぬばあさんに怒られる。猫達はばあさんの元に駆け寄っていき、キャロルもその中の一匹に混じっていた。この裏切り者めと思って、それ以来ばあさんの家には行かなかったし、キャロルの姿も見なくなった。

 次に来たのは黒猫で毎晩松の木の下に寝そべって、尻尾を体に巻きつけていた。私を見るとさっと逃げたので何だかよく分からない。基本的に野良はよく逃げる。ちなみにこの黒、斜め隣で飼われていたコーギー犬のエサを横取りしていたせいか飼い猫みたいに毛並みがツヤツヤしていた。だけど、その黒猫が姿を消すと何故かコーギーも後を追うように死んだのは不思議だ。ケンカするほど仲が良かったのかもしれない。

 そのあと松の木の下はサバトラ、黒、シャム、サバトラ、黒、と入れ替わって、今年の夏は茶トラが出没するようになった。この辺で茶トラは珍しいのでちょっと気になっていた。

 この茶トラ。オス猫なのだが太ましい体つきをしていて、最初から只者ではない風貌をしていた。近所にいる先住の黒とキジが難癖をつけようとしても、足を止めずに片手であしらうほどだった。

三匹同時に囲まれても何のそので、オーン、オーーンの大合唱の中、退屈そうに大きなあくびをしていた。これは敵わんと悟ったのか最初に小さい方のキジトラが逃げて、次に黒が離れて、最後まで粘っていたキジトラは突然何かの用事を思い出したように立ち上がると、何度も後ろを振り返りながら忍び足で退散していった。

 しかしこの茶トラ、オス猫界では強いのかもしれないが世間の波を泳ぐのは下手だったようだ。例えば小さいキジトラは、しょっちゅう誰かれに近付いては撫でてもらっている。たぶんエサも貰っているのだろう。(と、思っていたら首輪付きになっていた 2015/9/2追記)黒だって、たまには私の足元に毛を擦りつけてくる。大きい方のキジトラにしても、冬を越して生きているぐらいだから何かしら人の手を借りているに違いない。ただし、この茶トラだけは人間を見るやいなや、さっと逃げてしまう。かなり警戒心が強い。そのくせ私が夜散歩に出る時は玄関の松の木の下で体と尻尾を巻いている。懐こうとしているのかと思って近付いたらやっぱり逃げた。

 都会ではないとはいえ、しょせんここは牛より車が多い場所だ。道端に猫が食う物もそれほど落ちていない。茶トラは日を追う毎に痩せていき、しまいには皮が余ってみすぼらしくなった。それでもやっぱり人間を見ると逃げた。

 それでこの前の台風が去った後に黒が後ろ足を曳きながら歩いているのを見て、あの茶トラはどうなったのだろうかと心配していた。黒が足を曳いているぐらいだから死んだのかもしれないと思っていたが、つい先日また太ましい体つきをしているのを見た。松の木の下で尻尾と体を巻いていた。そして私を見るとすぐさま逃げていく。最近は振り返りもしない。どうやって台風と飢えをしのいだのかは謎である。

 

(2015年9月1日 牛野小雪 記)

 

(おわり)

 

追記:一昔前にあれだけ流行ったゴールデンレトリバーやラブラドールはどうなったんでしょうか。前は石を投げれば当たるぐらいいたのに。最近は小型犬ばかり見る。中型犬でも珍しい。最近はツイッターで柴犬を見るぐらいだ。

 

追記2:野良の黒はちょうど真論君家の猫を書いた後に出没するようになったので大変驚かされた。しかも金目の黒猫。肉球まで黒い。ただし真論君家の猫とは違って体はあまり大きくない。子猫の様にも見えないので、これから先も大きくはならないだろう。

『真論君家の猫』のリリース記事

クロスケは金目の黒猫。母上や兄弟達と違って頭から爪先まで黒い。
ある日突然主さんに捨てられたが、偶然そこを通りかかった真論君に拾われる。
名前はミータンに変わり、首には赤い首輪が付いた。エサは毎日くれるがカツオブシはケチり気味のようだ。
しばらく真論君家の猫として暮らしていたが、それにも飽きて家を抜け出したある日、ミータンは隣の家で飼われているサバ猫のサバトンさんに導かれて家の裏山で開かれている猫の集会へ行き、そこで新たな猫達と出会う。


他の小説と何が違うか
『真論君家の猫』が他の小説と異なる点は、その独特な視点とテーマにあります。主に以下の三つの要素が際立っています。

1. 猫視点の深い描写
物語は猫の視点で描かれています。主人公である「ミータン」が、自分の世界をどのように感じ、考え、成長していくかが、非常に詳細かつ感情的に描かれています。特に、猫が抱える小さな疑問や不安、他者との関わり方が、リアルに反映されています。猫の独特な視点が人間社会や日常を新鮮に描き出しており、読者にとって新しい視点から世界を再発見する機会を提供しています。

2. 擬人化しすぎないリアリズム
擬人化された猫が主人公ではありますが、この小説はあくまで「猫」としてのリアリティを強調しています。たとえば、猫特有の行動や思考が、擬人化しすぎず、自然な形で物語に組み込まれています。これにより、ファンタジー的な要素がありながらも、現実感を失わないバランスが取られています。

3. 感情的で哲学的なテーマ
猫たちの生活を通じて、人生や社会に対する洞察が描かれています。特に「存在の価値」や「居場所」というテーマが強く表現されており、猫の視点を借りて、人間社会や人間関係に対する深い洞察がなされています。主人公ミータンが、新しい環境での適応や、過去の猫との対比を通じて、自身の存在意義を見つけていく過程は、哲学的でありながら感情的な共鳴を生み出します。

これらの要素により、『真論君家の猫』は、ただの動物物語ではなく、より深い意味合いを持つ作品となっています。

真論君家の猫 上をAmazonで見る
レビュー

試し読み


1 吾輩とはどんな猫?


 どんなものにも抜け道はある。法律、税金、就職活動。

 ぼくは家の外に出る抜け道を見つけた。猫でなければ通れないような小さな穴だ。もちろんどこにあるのかは秘密である。ぼくはその穴を通って家の外に出た。

 真論君家のすぐ後ろには山があった。それとは逆に家の前には道路があって、一段低い場所に畑が広がっていた。そこで真論君の父上と母上が腰を屈めている。そのさらに遠くには家が立並んだ場所があり、どうも一日では回りきれない広さだった。

 その日は家の周りを歩いているだけで一日が潰れた。真論君が学校から帰ってきたので、ぼくは家の中に戻った。

「ミータン」と真論君が呼んだので、彼の足元に駆け寄った。真論君はぼくを抱き上げてアゴの下を指先で撫でてくれた。頭の中が溶けていく。ノドがゴロゴロと鳴る。

 一通り撫で終わると、真論君はチカチカ光る板3を一心不乱に見つめ始めた。相手をしてくれないので「みゃあ、みゃあ」鳴いてみたが何の反応もない。どうやらあの光る板を見ていると耳が聞こえなくなるようだ。それならと彼の膝におでこや胴体を擦りつけてみると「いまちょっと忙しいから」とぼくを脇にどけた。

 母上は「もうやめなさい。馬鹿になるわよ」と言ったが全くその通りだ。口を半開きにして画面を見つめる彼の顔を見れば一目瞭然だ。彼の将来のために良くないことは明白で、このままでは目と耳をあの板に奪われてしまうだろう。頭の中まで駄目になる前に、今すぐ打ち壊してしまうのが正解だ。

「違うよ。本を読んでいるんだよ」

 真論君はそう言ったが、母上は「嘘おっしゃい。本なんか開いていないじゃない」と言った。

「母さん、古いよ。今じゃこれで本が読める時代なんだ。紙の本は教科書だけさ。あ~あ、教科書も電子化されたら良いのに」

「古くても何でも良いから、もうやめなさい。宿題はしたの? お父さんに言うわよ」

「はいはい」

 真論君はそう言って自分の部屋に戻ると宿題に取りかかった。さっきとはうって変わって向こうから遊ぼうとしてくるし、頼んでもいないのに撫でてくる。宿題という物が何かは分からなかったが、何も進んでいないことは分かった。そうして何もしないまま夕飯の時間になった。

 食事の席で父親は言った。

「宿題は終わったのか」

「やろうとはしたんだけどミータンが邪魔するから全然進まなくて」

 ミータンとはぼくのことだ。とんだとばっちりだと思った。

「飼うのは良いが宿題はしないと駄目だぞ。ミータンはここに置いていきなさい」

「うん」

 猫が人語を話せないのを良いことに勝手な罪を擦りつけられた。「それは違う」と抗議してみたが、猫語は全く通じなかった。

 夕飯が終わると真論君は部屋に戻り、ぼくは父上の膝に置かれた。ぼくはこの家の真の権力者が父上だと見抜いていたので、うっかり粗相をしないように身を静かに保ちながら、一緒にテレビを見ていると「なんだ、この猫。やけに大人しいじゃないか。まるで借りてきた猫だな」と父上が背中を撫でてきた。

 ずいぶん乱暴な撫で方で「みゃあ」と抗議すると、何を勘違いしたのか、父親はぼくが喜んでいるものだと勘違いして「そんなに良いか」と撫で続けてきたのにはまいった。

 酒に酔っぱらった父上の顔は真っ赤に染まっていて、笑うたびに口から臭い息が漏れている。力任せに撫でるので体が回る。頭も回る。生きた心地がしない。上も下も分からないほど揉みくちゃにされていると部屋のドアが開いた。においで真論君だと分かったので、これ幸いと父上から脱出して真論君の膝に座を改めた。

「宿題は終わったのか」と父上が訊くと「うん」とそっけなく真論君は答えた。手にはまたあの光る板を持っていた。

「おい、ゲームもネットも九時以降は禁止だぞ」と父親は言った。

「違うよ。本を読んでいるんだ」

「親は騙(だま)せないぞ。ちょっと見せてみろ」

「だって本当だから」

「エロ本でも読んでるのか?」

「違う!」

 真論君は父上に光る板を渡した。

「あぁ『吾輩は猫である』か。夏目漱石。へえ、こんな物で本が読めるなんて時代も変わったなあ」

「そんな言い方、年寄りみたいだよ」

 そう言って真論君は父上から光る板を取り返した。

「ところで吾輩はどんな猫か知っているか」

「さあ」

「読んでいるのに知らない?」

「青と白の縞模様じゃないかな?」

「お~い、『吾輩は猫である』の吾輩はどんな猫か知っているか?」

 父上は少し離れた場所にいる母上に訊いた。

「さあ、茶色の縞模様じゃない?」

「いきなり意見が分かれたか。実を言うと俺はずっと黒猫だと思っていた。他の人に聞くと、白猫と言う人もいれば、茶トラ、キジトラ、三毛にヒョウ柄、聞く人によって違う猫が出てきた。それで実際に読んでみると正解した人は誰もいなかった。黒でも白でも縞模様でもない」

「結局、どんな猫だったの?」

「それは忘れてしまったが、よく分からない色だったことは覚えている。小説なんていい加減な物だ。どんな猫かは書かれているのに、皆が勝手に自分の吾輩を想像しているんだ。それでも読む事ができるのだから、猫の毛なんてどうでも良いんだ。猫だけじゃない。人間でも同じで、読み手は自分だけの登場人物を想像しながら読むから、小説の人物描写なんて読み飛ばしても問題ないんだ」

「真に受けちゃ駄目よ」と母上が言う。

「とんでもない。昔々、大学で論文の課題が出た時に思い切ってそれを書いてみたんだ。すると教授から『君の書く論文は良いね。一番面白いよ』とお褒めの言葉を貰った。つまりこれは大学の先生も認めた立派な考えなんだな」

「それじゃあ、どうしてもっと立派な人にならなかったの?」

「というのも先の論文に味をしめて、同じ調子で書き飛ばしていたら、別の教授達からお叱りの言葉を貰ってね。お情けで卒業はできたものの成績はギリギリだったから、箸にも棒にもかからずこんなT島県の片田舎で埋れることになったのさ。今思えばあの教授の褒め言葉で人生が狂ってしまった。あの時真面目に頭をひねり続けていれば、総理大臣は無理でも博士ぐらいにはなれたはずだ」

「無理無理、だって分数の割り算ができないもの」

「できないんじゃない。詐欺だということを見抜いているだけだ。あれはこの世の道理に合わないことだ。なぜ割る時に分母と分子を入れ替えなければならない。昔、学校の先生に訊いてみると、これはこういう物だからこうなんだという強引な答えが返ってきた。道理も分からない物を子供に教えるとはどういうことかと怪しんで、俺は授業中考えに考え抜き、ついにはこれが国家的な詐欺だということを見抜いた。いや、正確には騙している側でも怪しいと思いながら、これはこうでこういうものだと昔から教えられたという理屈で、空虚な教えを子供に語り継いでいるんだ」

「考えすぎじゃない?」

「考えてもみろ。3分の1とは何だ。1は3で割り切れないのだから、そんな物は存在しないはずで、存在しない物をさもあるかのように扱うのはおかしい話だ。3分の1を3分の1で割れば1になるのはさらにおかしい。嘘に嘘を重ねれば本当になると言っているようなものだ。だがこんなことは世間によくある話で、存在しない物をさもあるかのように騒ぎ、存在する物を存在しないように扱うことがごまんとある。それと同じように分数の割り算も存在するように見えるが本当は存在しない詐欺のようなものだ」

「あなた疲れているのよ。お酒の飲みすぎだわ。お風呂に入ってきたら」

「分数は存在しない。どれだけ理屈を並べ立られても俺は騙されにゃい」

 最後には口がもつれていた。足も同じようにふらふらしていて、父親は風呂場へ行く間にドスンドスンと何度も壁にぶつかっていた。
 ぼくは鏡で自分の体を見た。人間にとって猫の毛など、どうでもいい話かもしれないが、猫の身としては一生の一大事である。

 ぼくの毛色は爪先から頭の天辺まで全て黒一色で、ヒゲや肉球でさえ黒い色をしている。黒でないのは舌と爪と目の色ぐらいだ。母上は白い毛並みに青と灰色の縞模様を頭から被った美猫で、兄弟達もまた同じような毛色だったのに、一匹だけ黒一色に生まれたのは全くの不思議である。

創作ノート 真論君家の猫 チラシのウラ編

前記事ー創作ノート 真論君家の猫

 以下、これを見ながら執筆したチラシの裏篇(ルーズリーフだが)
 創作ノートを見ながら時に書き足し、あるいは削り、そして変更する。

1クロスケが真論君に拾われるまで
 一章ミータンが真論君と出会うまで、2000字で終わらせたかったのだけれど丸々一章使ってしまった。クロスケという名前は後に再利用される。この章を書き終えたときにはもう最後の形はイメージできていた。
mc t1

2ミータンが成猫になるまで
 ミータンがマートンの遺影を見たときに戒名があるのを見るというのがあったが長くなるのでやめた。真論君は禿げないが(小六だし)、ミータンの体毛は禿げてしまう。
mc t2
3ミータンが平成町を旅立つまで
 本来は3章だけ。ミータンが平成町を旅立ってすぐに、大化町の猫又アラーニャンと出会う。でもほんの短い数行にミータンの長旅を書き表せることができなかったので、話を追加した。
 この時はまだ大化町の猫達がアラーニャ、マーニャ、カラマーニャとなっている。
mc t3
4ミータンが猫又のアラーニャンに会い、平成町に帰るまで
 明治町から始まって大化町までの長い旅。ターンワールドに通ずるものがある。というかこれが意外に良かったので、書こうと思った。
 
mc t4
5シラコさんの七変化
 シラコさんの七変化(たぶん七つは無いけど)、各章で最後に語られる不定の世界というわけだ。
mc t5
6最期のミータン+3匹目ムートン
 3匹目ムートンの種が播かれ始める。ミータンの物語は猫又のアラーニャンと出会い、平成町に帰ってきたところで実質終わりだと思うのだが、読んだ人はどう思っただろうか。少なくともミータンという花は枯れ落ちる方向に向かっている。ミータンが死んだ後は、ムートンの芽が出てくる。そこで真論君家の猫は終わり。
mc t6


真論君家の猫の創作ノート

 ターンワールドは本当に余裕がなかったので、『真論君家の猫』の創作ノートを公開できなかった。
 やっとやっとの休息なのでここに公開する。
 画像加工の腕が多少上がったので、写真には書き込みがある。
 その前に撮影の腕を上げろと言われそうだけど。


mc 1

1真論君家の猫の原案
 ルーズリーフ11枚分。間違いなくこれで書けるという確信を持つ。
 元々の話は真論君と虚頓君(まだこのときは名無し)が真論君の部屋でああだこうだと屁理屈をこねるだけの話。
 最期は真論君が虚頓君の妹を妊娠させてしまって、責任を取って結婚する。
 子供が生まれてミータン(この時名無し)が赤ん坊を覗き込み、人間とは生まれたときから猫より大きくて態度がでかいと考える所で話が終わる。


mc 2
2没案にした話
 直接は関係ないのだが、影響はしている。
 5章のシラコさんが死ぬ話は立場が逆転しているが、同じ様な話がある。
 鳥はなじみがないから、猫になったのかもしれない。
 ノートに3枚ぐらいは書いた。ちっとも物にならないのでやめた。


mc3
3真論君家の猫の一生
 真論君と虚頓君のふざけた話がずっと続く。それを猫が見ている。そんな話だった。
 つまりは物語の主人公は実質真論君だったわけだ。
 あの時はこうだった。あれはどうなったと
 部屋でする会話の中で物語が進んでいく。

mc4
4プロットの作り直し
 実を言うと、真論君家の猫を書き始めるまで猫の一生は3、4年と思っていた。
 ネットで調べると野良猫の一生はだいたい3、4年だが、飼い猫は普通に10年単位で生きると知って驚く。
 私の記憶では飼い猫でも3、4年だった気がするが、よくよく考えてみると、昔は(今でもそういう家があるが)飼い猫をその辺に歩かせていたのでエサは家で食べていても、実質は野良と変わらないわけだ。
 高校の頃、友達の猫が5年以上生きていて、まだ生きているのかと内心思っていたけれど、ずっと室内で飼っているならそれぐらいは余裕で生きるのかもしれない。ことによるとまだ息をしている可能性がある。
 さて、原案では3、4年の想定で考えていたので早速予定が狂った。猫の月齢表を見ながら案を考える。


mc5
5.10年スパンで話を考える
 ミータンの寿命を10年にして、一年一万字で話を練り直す。
 真論君が頭髪の薄さを気にして、虚頓君から熱したこんにゃくを頭に載せればハゲが治るという話を真に受け(試したわけじゃないが、たぶん治らないと思う)、両親が不在の間にこんにゃくを鍋で煮て頭に載せるという話があった。猫がそれを食器棚の上から見ている。
 当然こんにゃくは熱過ぎて、真論君は頭からこんにゃくを落とす。落ちたこんにゃくは弾力があるものだから床を跳ねる。それが足に当たった真論君は驚いて足を上げる。まるで踊っているようだった。という落ちだ。ちなみにそのこんにゃくは両親が帰ってくる前に、からしとしょうゆで真論君が食べてしまう。
 この話は形を変えて、ミータン自身が禿げる事になる。こんにゃくは出てこないけれど。

mc6
6特にまだ形はできていない
 まだ全体像はできていない。とにかく色んな案を書いていた。

mc7

7サバトンさんが宇宙の話をする
 ミータンがサバトンさんにこの世界の事について尋ねるのだが、その時に無限の宇宙を語らせようとした。しかしそれは有限の存在である牛野小雪には扱えないものだった。頭がふわふわして気が狂いそうになる。論理ガバガバのドーナツ理論でお茶を濁した。


mc8
8大体の形ができてくる
 今まで書いてきた案をまとめて整えて形になってくる。
 主客転倒して真論君の物語から猫の物語へ。


mc9
9真論君家の周辺地図
 作中では明言されていないが、ミータンが歩いていた場所はほとんどが真論君家の敷地。
 彼は真論君家に根を生やしているわけだ。



mc10

10.3章と4章が合わさったところ
 屋根党員には知識派と遊行派がいるが、作中では知識派しか出てこない。
 では遊行派はどこに? きっとその辺で遊んでいるのだろう。
 この時点では3章でミータンが平成町を出てから、次の章ではすぐにアラーニャンと出会っている。


mc11
11 5章6章
 白紙のときは無限の可能性があるが、書くごとにその幅は狭まってくる。
 可能性が狭まってくると書くことはおのずと決まってくる。

 物語は終わろうとしているのに新しい猫ばかり出てくる。 



mc12
12最期のミータン
 結局ここまできて、蒲生田岬の頃から半年以上書き溜めてきた原案は一つも使われなかった。
 あるとすれば真論君の部屋で4人が語り合うという状況だけ。
 でも、元々似た様なことを考えていただけに、この部分だけはあっという間に書けた。あそこは結構長いが一日の執筆で書きあがっている。その意味では無駄ではなかったのかな。

続くー創作ノート 真論君家の猫 チラシの裏篇


牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪


神主から聞いた猫の話

 一回目の改稿はいつも長くかかるのだが、今回は一週間経っても半分も終わらない。最低三回は回すので今日までのペースが続くならあと三、四週間後? まあ、二回目、三回目と修正する部分が減ってくるので一概には言えないけれど、リリースはまだまだ先の話になりそうです。
 リリースはまだですが、目処は付いてきたので神社にお参り&籤引きをしてきました。籤引きの方はちょっといわくがあるので来週の進捗状況に結果を書こうと思います。

 その神社は猫を奉っている神社のせいか行くと必ず猫がうろうろしているのですが、人馴れしているので呼べばたいてい寄ってきます。絶好の猫ポイントだ。私が白に黒のぶち猫の猫(子供に一番人気だそうだ:神主談)を撫でていたら、神主の人が猫を集めてい少し話をした。
 
 何でも昔は2、30匹ぐらい猫を放し飼いにしていたのだが、ある時から夜な夜な猫を襲う輩が出てきて、手足や尻尾を切られたり、殺されたりするので今は2、3匹しか飼っていないのだとか(ちなみにそう話す神主の側には猫が4匹いた。遠くにも猫の姿が見えるので計算が合わないが黙っておいた。それとも私が見ていたのは猫の幽霊か!?)。
 
 話を補足すると、元々神社のある辺りは捨て猫の多い場所で、その捨て猫を神社が飼うという形だったのだろう。じゃあその神社の庇護を受けられない猫はどうなるのかというと、今は裏山で群れを作っているそうだ。全部で60匹もいるらしく、その猫達が神社の猫をいじめるらしい。

 なるほど、ときどき見る愛想のないやさぐれ猫はそういう意味だったのかと納得する。

『真論君家の猫』では屋根党員と野良党員は別段仲は悪くないという設定で、ミータンがジロスケから狩りを教わるという話があったが、現実ではそうでもないようだ。

 猫、人、両方に襲われるので暗くなる前に神社の猫は社殿に匿うらしい。日向で体を伸ばしているような猫も見えないところでは苦労しているのだというお話でした。


ちなみにこの話に出てくる猫のモデルはこの神社猫である。大傑作を書けないのは猫を誘拐していないせいだろうか?
カウフィールドは牛野小雪の別人格。
ー読み切り短編 猫との密約/T・S・カウフィールド

真論君家の猫もよろしく。


 

続報『真論君家の猫』はまだまだ推敲します5

『真論君家の猫』を三回まわしました。
三回目ともなると徐々に憎しみを覚えてきます。
直したところは多数、段落ごと消したところもあります。

さて、いつもは三回回せばリリースするのですが、今回はまだ納得がいきません。
出しても良いとは思うのですが、ここはあえてもう一回だけ回してみようかと。
自分の腕が拙く気になるところもあるのですが、やれるところまでやりましょう。 
四回目ですから、かなり時間がかかりそうです。

多分、次は『真論君家の猫』より凄いのは出せない気がします。
前作が自分史上最高の力み作なら、カツオとコンブの合わせダシみたいなものです。
私なんかはもうダシの抜けたカツオ節状態です。二番ダシも出ません。
 

『真論君家の猫』各章のあらすじ

発売前にここで各章のあらすじを紹介しておきます。
これを読めば実際読まなくてもいいかも。
読むときの道しるべになれば幸いです。

○二匹目 ミータン
ミータンは金目の黒猫。ヒゲや肉球まで黒い。普通の猫より手足や尻尾が長く、
首には赤い首輪を巻いている。以前はクロスケと言う名前だった。
ある日突然捨てられたところを真論君に拾われて彼の猫となる。
(1 ぼくはミータン)

真論君家(芋と野菜を育てる家)の猫となったミータンが不定の世界を歩き始める。
隣の猫のサバトンさんに裏山で開かれる竹林集会に導かれて様々な猫と出会う。
知識派の猫達と交流して知識を深めるミータンだが、最古老チャトランさんの死を
きっかけに自分の死について考え始める。そんなミータンに死の影が迫る。
(2 子猫から成猫へ)

死の淵を脱したミータンは知識派から離れて野良の真似事を始める。
狩猟派のジロスケに教えを乞い、畑のスズメを狩れるようになる。
やがて、ジロスケとも肩を並べられると称されるようになるが、
竹林集会に猫を食う凶暴な黒犬が現れる。その犬はミータンとジロスケでも敵わなかった。
ミータンは黒犬を退治するためにアラーニャンを訪ねる旅に出る。
(3 屋根から野良へ)

旅の途中で黒猫と白猫の争いに巻き込まれたミータン。
白猫達は5年前に風鈴公園から猫達を追い出した暴虐な猫達だった。
ヨリサブロウとツネクロウは河川敷に猫達を集結させて戦機をうかがっていた。
そんな中、白猫を束ねていたキヨカズが謎の死を遂げる。
これを機にヨリサブロウは河川敷の猫達に風鈴公園を攻める号令を下す。
保元町で黒猫と白猫の運命が決まろうとしていた。
(4 野良から屋根へ)

ミータンは平成町に帰りふたたび真論君家の猫になる。
黒犬の脅威が無くなった竹林集会で旅を完遂させたミータンはその名を上げる。
思いを寄せるシラコさんとも仲良くなった。
チャコさんに誘われてシラコさんとバーガー屋へ行くと、
帰り際にミータンはシラコさんと三日後に二匹だけで逢うことを約束した。
(5 恋心が恐怖心へ)

物語はいきなり数年後に飛ぶ。
ミータンも老猫となり、竹林集会の猫も年下ばかりになった。
ある日、変わらない風景を探しに散歩中へ出かけたミータンは
名前も主さんも自在に変える雌猫に出会う。
猫の集会から足が遠退いたミータンは人間の集会を観察することにした。
(6 最期のミータン)

○三匹目 ムートン
ムートンは全身灰色の雄猫。生まれたときから名前はムートンだ。
ピアノの音に包まれた優雅な生活をしていたが、ある日突然真論君家の猫にされてしまう。
一杯食わされてアジの唐揚げを食えないようにされ、缶入りのエサも食わせてくれない。
ないない尽くしの困った家だがこれも何かの縁なので、この家で暮らすことにしたムートンであった。
(1 真論君家の猫)

『真論君家の猫』の初稿が完成

やっとやっとで初稿を書き上げた。
今回はかなり難しい話を書いた。それでいて読むのは簡単。分かる人だけ分かれば良いというかなりわがままな話。

今作を書くにあたって考えたのは、人に媚びたものというのは面白くないんじゃないかということだ。
前に『竹藪の柩』と『ぼくとリカルド』の短編2つをほぼ同時に出して、どっちが売れるかを試してみた。
事前の予想では『ぼくとリカルド』が売れまくると予想。それというのもこっちは読者に媚び媚びの気持ちで書いたからだ。『竹藪の柩』なんてお情けで1冊ぐらい売れるかなという勝手な気持ちで書いた。
しかし、フタを開けてみれば後者の方が20倍以上売れた。
たぶん冊数でいえば今までで一番売れたと思う。

両者の結果が鮮明になった頃には冒頭を少し書き始めていたのだが、よしそれじゃあ今回は思いっきり振り抜いて、思いっきりわがままに書いてやろうと決めた。自棄みたいな物だ。
そのせいか、当初考えていた物とは全然違う物に仕上がった。

今回は『真論君家の猫』という話なのだが、明らかに『吾輩は猫である』を意識して書きはじめた。
ネタは今作のために去年の10月からちびちびと貯めてきたものを満を持して出す感じだった。 
本格的に取りかかったのは5月からだが、本腰を入れていない期間をはめるとほぼ1年構想の話だ。 
原案では真論君家の猫が見た真論君というのが話の流れだったのだが、主客転倒して猫が中心の話になった。それだけにボツになった話や設定も多い。今でもガッカリしているが、どうやっても話に組み込めない。
 
話の筋を変える前から今の自分では絶対に最後まで書けないだろうと不安だったが、未来の自分なら書けるだろうと信頼してずっと書いていたら、意外と書き通せた。
今日は3割ほど推敲を進めたのだが、今のところ100%に近い。ラストで未熟さが出るかもしれないが、たぶん高崎望より良い。これより凄いのは、たぶんしばらく書けない・・・・ってのは高崎望の時にも書いたっけ。
まあ超自分勝手に書いたのだから、そうじゃなきゃ困る。

来月には出せると思います。
それまでは乞うご期待。

牛野小雪より

あと一押しが踏み出せない

もうじき初稿が完成する。最後の最後、どん詰まりのところまできた。
ここまでためてきたのを消化していくだけだから、書くことはほぼ決まっている。あとは気力の問題。今書いている章の最後1行はすでに頭の中にある。
正直な話、その1行が頭に閃いたときは声を出して泣いた。
小説はそこで終わりではないのだが、ほぼ終わったような物だ。 
たぶん労力的には軽い場所なんだけど、それを書くには断固たる精神力が必要だと感じている。
いよいよあと4千字でそこへ行くとなったとき、はたと手が止まった。
絶対に書けることは微塵も疑っていないのだが、どうしても気力というか覇気というか、こう書いてやろうって気にならない。
一時間机に座って書きあぐねたので、今日はひとまずパソコンの電源を切った。
もし明日気力が戻ったら、とっても楽だが気の重い文章を書かなくてはならない。
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