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リリース記事

『牛野小雪の小説Season1』リリース記事

なぜ牛野小雪の小説シーズン1を読むべきか

牛野小雪の小説『Season1』は、一冊で多様なジャンルの世界に没入できる、魅力的な小説集です。SF、ホラー、ミステリー、青春ドラマ、そしてファンタジーまで、著者の巧みな筆致が光る物語は、読む者の心を捉えて離しません。なぜ、あなたがこの本を手に取るべきなのか、その理由を各作品の魅力とともにご紹介します。

孤独と希望を描くSF叙事詩『火星へ行こう君の夢がそこにある』

もしあなたが、宇宙の広大さと人間の心の深淵に興味があるなら、この物語は必読です。物語は、失業中の若者・一郎が、人類初の火星有人飛行に挑むという壮大なスケールで描かれます。選抜理由は「運」という一風変わった採用試験から始まり、読者は一郎と共に過酷な訓練と宇宙への旅を体験します。

この作品の魅力は、単なる宇宙冒険譚にとどまらない点にあります。何もない宇宙空間での孤独、地球との通信が絶たれた際の絶望、そして火星で雪が降るといった予期せぬ出来事を通じて、極限状態における人間の心理が丁寧に描かれています 。閉鎖空間での生活や、限られた物資でのサバイバルは、読む者に強烈な緊張感と没入感を与えます 。これは、非日常の中に日常の尊さを見出す、感動的な人間ドラマです。

日常の隙間に潜む恐怖『ドアノッカー』

現代社会に潜む恐怖を巧みに描き出した『ドアノッカー』は、ホラーやサスペンスが好きなあなたにおすすめです。物語は、主人公・恵の友人、玲美がストーカー被害に遭うところから始まります。当初はありふれた女子会の会話から始まる物語が、玲美の語る「ドアをノックされる」という不気味な体験をきっかけに、じわじわと読者の日常を侵食していきます。

玲美が殺害された後、恵自身も同じ恐怖に苛まれるようになり、物語のサスペンスは頂点に達します。防犯グッズ「マモルクン」を購入するも、その恐怖は現実なのか、それとも恵の妄想なのか、境界線は曖昧になっていきます。物語の結末は読者の想像に委ねられ、読了後も長く心に残る恐怖を植え付けるでしょう。

記憶と真実が交錯するSFミステリー『蒲生田岬~夕方午後五時の彼氏~』

ミステリーとSF、そして恋愛が融合したこの物語は、先の読めない展開を好む読者を魅了するでしょう。物語の鍵を握るのは、心で思ったことを写真などに写し出す「念写」という超能力です。主人公の秀子は、友人・奈津美の不可解な行動や、自身の周りで起こる不思議な出来事に翻弄されていきます。

プロのカメラマンと名乗る男との出会い、恋人・正人の謎めいた言動、そして携帯電話に送られてくる奇妙な画像 。散りばめられた謎が一つにつながる時、読者は衝撃の真実を目の当たりにします。友情、恋愛、そして裏切りが交錯する中で、人間の記憶と真実のもろさが描かれる、悲しくも美しい物語です。

不器用な青春と成長の物語『グッドライフ高崎望』

『グッドライフ高崎望』は、過去の自分を乗り越え、新しい一歩を踏み出す若者の姿を描いた青春ドラマです。中学時代に不登校だった主人公・望が、不良が多いことで知られる上等高校へ入学するところから物語は始まります 。

「強い男」に憧れ、リーゼントという髪型で気合を入れる望ですが、内面はまだ弱さを抱えています。しかし、不良たちとの出会いや喧嘩、友人・小林との交流を通じて、彼は少しずつ本当の強さを見つけていきます 。不器用ながらも必死に自分の居場所を探し、成長していく望の姿は、読む者に勇気と共感を与えるでしょう。

猫の視点で描かれる、生命と輪廻のファンタジー『真論君家の猫』

この物語は、猫の「ミータン」を語り部に、その一生と輪廻転生を描いた独創的なファンタジーです。猫の視点から見た人間社会や、猫同士のコミュニティ(竹林集会)がユーモラスかつ温かく描かれています。

野良猫と飼い猫の派閥争い、猫又伝説、そして種族を超えた友情や愛情。猫の世界を通じて、生命の不思議さや、時を超えて続く絆が描かれています。日々の生活に疲れた時、この物語はあなたの心に温かい光を灯してくれるはずです。

牛野小雪の『Season1』は、物語の力と多様性を存分に感じさせてくれる一冊です。それぞれの物語が持つ独自の世界観は、あなたを日常から解き放ち、新たな感動へと誘うでしょう。ぜひ、この多彩な物語の扉を開いてみてください。

試し読み


収録作1:火星へ行こう君の夢がそこにある


 星ひとつ見えない暗闇に青白い光に包まれた球体が孤独に浮かんでいる。種子島宇宙センターはもう見えないが、日本列島はまだ見えていた。

 宇宙船が地球を三周しながら航行速度まで加速すると、加速のGが無くなり船内を自由に移動できるようになった。その時に一郎は宇宙船の窓から地球を見たのだ。

 宇宙船はさらに地球を半周すると地球を離れ、火星まで行くことになっていた。人類初の有人火星飛行をするのだ。
 操縦席の赤いランプを点滅していた。

「こちら宇宙管制局。一郎さん、そちらに異常はありませんか?」

 管制局からの電話だった。一郎はイヤホンとマイクを着けていたので通話ボタンを押せばそのまま会話ができた。
「はい、今のところ異常ありません」と一郎は言った。

 五秒ほど間があった。地球にある管制局と距離があるので、電波が届くまでに時間がかかる。

「そうですか、貨物室の点検は終わりましたか? 終わったらまた連絡してください」

「これから確認してきます」

 一郎はそう言ってからしばらく待ったが、イヤホンは静かなままだったので電話を切った。

 操縦室から居住空間へ出た。広さは十畳ほど。

 その居住空間の奥に貨物室がある。廊下は無いのでドアを開けるとすぐに貨物室だった。貨物室のスペースは居住空間より三倍広い。居住室の下にはさらに大きな貨物室がある。

貨物のほとんどは水と食料で占められていた。他には火星で活動するための火星四輪車と、火星で生育実験をするためのバラの苗が十株あった。

 火星四輪車は電気で動く大きなバギー車で、宇宙船の太陽光パネルからバッテリーに充電する。満タンまで充電すれば三時間運転ができる。最高速度は時速二十キロ。

 バラは極地植生技術で作られた砂王と青姫というバラだ。

 砂王は太陽が照りつける砂漠でも育ち、半年間水が無くても枯れない品種で、葉っぱは針のように細くて硬い。白の五枚葉をしている。枝は薄い黄緑色でゴムのように柔らかかった。

 青姫は南極でも育ち、氷点下でも枯れないバラで、枝は深緑に黒を足したような暗い色をしている。そして鉄のように硬い。その枝からうちわみたいに大きな五枚葉が垂れ下がっていた。

 貨物は全て床にひもで縛りつけていた。床には紐をかけるための穴とフックがある。

 一郎は紐がゆるんでいないか確認した。特に火星四輪車は念のために紐を一度解いて結び直した。火星四輪車は貨物の中でも特に重いので壁にぶつかれば、宇宙船に穴を開けてしまう恐れがある。

 一郎が運転室に戻ると地球は夜に変わっていた。地上には人工的な黄色い光がクモの巣状に広がっている。

「貨物室の点検終わりました」

 一郎は管制局に電話をした。

「ごくろうさまでした、これから船は火星に向かうコースを取ります」と返事があった。

 船の進行方向が変わり操縦席から地球が見えなくなる。その代わりに今度は月が見えた。

 宇宙船には三台のノートパソコンがある。それを使って地球の管制局とメールのやり取りをする。インターネットも使えた。液晶テレビが一台あって、それで衛星放送を観ることもできた。カメラもあるが、一郎は地球を撮り忘れた事に気付いた。火星から帰ってくる時には忘れないようにしなければならない。

 紙の本は重量があるので持ってくることはできなかったが、電子書籍端末は持ちこめた。地球を出発する前になるべくたくさん本のデータを入れておいた。壊れた時のために同じ物を二つ持ってきている。あとは携帯ゲーム機。これも同じ物を二つ。

 一郎は居住空間に戻ると、本を読んだりゲームをしたりして時間を過ごした。

窓の外を見る度に月は大きくなり、やがて視界から消えた。

管制局から電話がきた。

「月を越えました。ここから先はまだ誰も行った事がない世界です。いってらっしゃい」

「それじゃあ、いってきます」

 一郎はそう言って電話を切った。目の前には黒い空間が見えているだけで火星はまだ見えない。

 時計を見ると地球時間で十九時になっていた。宇宙船には時計が二つある。青と赤のアナログ時計。青の時計は地球時間を表していて二十四まで数字が刻まれている。赤の時計は火星時間を表していて、二十五まで数字が刻まれている。二十四と二十五の間は他の数字より間隔が狭い。

 お腹が空いたので晩ごはんにした。貨物室から、きつねうどん、おにぎり、それとほうじ茶を持ってきた。

 きつねうどんはパック詰めされていて、レンジで温めて食べる。温めなくても食べることはできるが、あまりおいしくない。だしは地球で食べていた物と違い、粘り気があって粉っぽい。そして、うどんに絡む程度の量しかなかった。粘り気があるのは宇宙でだしを飲みこぼしても水分が四方八方に飛ぶことないようにするためだ。

 食べ物はうどんの他にもラーメン、カレー、肉じゃが、みそ汁、豚汁、たこ焼き、梅干し、白米、炊き込みごはん。とにかくスーパーで缶詰やレトルト食品として売られている物はたいていあった。汁物は全て粘り気がついていて粉っぽい。

 食後はほうじ茶をレンジで温めて飲んだ。これもパック入りでストローを使って飲む。

 それから歯を磨いた。宇宙で水は貴重品だ。歯ブラシではなくガムを噛んで磨く。宇宙用に作られた噛み歯磨きだった。最初はカチカチと音が鳴るほど硬いが、噛み続けているうちにガムは柔らかくなり、徐々に小さくなっていく。最後は飲み込んで終わり。

 ネット掲示板で人類初の有人火星行きの話題を探すと、一日で読みきれない量の書き込みがあった。三時間ほど掲示板を読んでいると、一郎は疲れたので眠ることにした。読み終わっていないところはパソコンにコピーして保存した。

 ベッドに入るとゴム製のベルトで体をベッドに固定した。宇宙だと体が浮いてあいまいな空間に投げ出された感じがする。

 部屋の明かりを消して、豆電球に変えた。初めての宇宙で眠れないと思っていたが、一郎は五分もしない内に眠り、眠ったと思ったらすぐに目が覚めた。宇宙では昼も夜も無いが、青い時計を見ると六時になっていた。地球ではもう明るい時間だ。一郎は窓の外に目を向けると暗い宇宙空間が見えた。

 朝ごはんのおにぎりとみそ汁を食べて、歯磨きも終えると、管制局に電話をした。

「おはようございます。定時(ていじ)連絡をします。火星はまだ見えません。異常も無しです」

 毎朝十時は管制局に連絡をすることになっていた。三分ほど待つと返事がきた。

「おはようございます。船は火星のコースを順調に進んでいます。良い一日を」

 地球から離れたので電波が届くまでに時間がある。火星まで行くと、地球と通信するに一時間もかかると聞いていた。

 一郎は居住空間に戻ると、ネット掲示板で自分のことが書かれていないか検索した。一回クリックして画面が切り替わるのに三分もかかった。今日も書き込みはあったが、三時間で読み終えた。一郎の事は、他の話題が埋め始めていた。

 昼ごはんを食べ終えると管制局から電話があった。電話に出て十分ほど無言のままだった。

「地球から距離が離れたので、これからの連絡をメールに切り替えます」

 電話から管制局からの声が聞こえた。

「はい、分かりました」

 一郎が電話を切ってから五分ほど経つとパソコンにメールが届いた。

〈メール確認です。このメールはそちらへ届いていますか? 届いていたら返信をしてください。〉

 一郎は返信の内容を考えたが気の効いた事が思い浮かばなかったので

〈メールは届きました。ちゃんと届いています。〉とだけ書いて送った。それから十分が経った。

〈返信を受け取りました。メールの送受信に問題はありません。確認を終わります。〉と管制局から返信がきた。

 これで一郎がすることは何も無かった。船は自動操縦なので勝手に火星まで飛んでいく。これから三十日間、一郎がやらなければならない事は火星に着くまでの時間を一人で過ごすことだ。といっても火星に行けば誰かが待っているわけではないので結局はずっと一人のままだ。

 火星に一年近く滞在し、十五日の日数で帰還する予定だった。帰りの日数が短いのは地球と火星の距離が一番近い時期に合わせているからだ。

 地球時間で夜になったのでベッドに入った。なかなか眠れないので、一郎は何故火星へ行くことになったのか思い出していた。


一年前に宇宙飛行士を募集する広告が、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネット、あらゆる媒体で流された。『火星へ行こう、君の夢がそこにある』というのが宣伝文句だ。企画したのは火星開発公団という組織だ。

 募集要項には採用人数一人。仕事内容は人類初の火星到達、火星での簡単な実験と調査、そして火星からの帰還。健康な心と体を持つ人材を求む、と書いてあり、火星から帰還すれば報奨金一億円と書いてあった。さらにその後ろにカッコ付きで(この報奨金に税金はかかりません)と付け加えられていた。

 一郎は大学を卒業してから一年経つが、まだ一度も働いたことがなく、何をするでもなく日を過ごしていた。歳が二つ上の兄二郎も無職で三年間職についていない。さらに二歳上の長男三郎だけが兄弟でただ一人働いている。職業は植木職人だ。木を植えるより枝を切る事が多いので、枝切り職人の方が実態に合っているよと言っていた。

 ニュースでは三十五歳以下の失業率は五十%を超えて二人に一人が無職だと言っていた。討論番組では就職活動をあきらめた人を加えれば、六割強の若者が職に就いていないと言っていた。それが本当なら三人の内二人が無職ということで、一郎の兄弟がそのまま当てはまった。

 そんなある日、兄の二郎が、火星行きの募集試験を受けるから、お前も試験を受けろ、と一郎に募集のパンフレットを押しつけた。

 募集要項には身長百七十五センチ以下、体重七十キロ未満と書いてあった。大学に通っていた頃の一郎は、身長が百六十八センチ、体重は五十六キロと小柄な体型だった。

 パンフレットの続きには、年齢不問、学歴不問、犯罪歴無し、虫歯無し、病歴無しの人材を求む、と書いてあった。一郎は一応大学を出ているがこの試験では問題ないらしい。犯罪歴は当然無かった。大人しいというより気が弱い性格なので犯罪どころかケンカらしいケンカもしたことがない。

 母は歯磨きにうるさく、小さい頃から寝る前に五分以上歯を磨かせたので虫歯は一本もなかった。入院するような病気もしたことが無い。数年に一度風邪をひくかどうかだ。

 宇宙飛行士募集の試験内容は書類審査と健康診断をした後、さいころで八人に絞り、百日間の架空閉鎖実験を行う。閉鎖実験の合格者が二人以上出れば、もう一度さいころを振って一人に絞ると書いてあった。何故さいころで決めるのかは下の方に『私達は運がある人を求めます』と書いてあった。

 こんな怪しげな計画に一郎は気が乗らなかったが、二郎から一緒に試験を受けろと何度も言われ続けているうちに受けると言ってしまった。

 それから二週間経つと、二郎が一郎の部屋に入ってきて、火星開発公団と書かれた封筒を目の前に置いた。宛名は一郎だった。

 一郎が封筒の中を見ると、書類審査は合格。二週間後に、赤星病院で健康診断を受けてくださいと書いてあった。紹介状も入っている。二郎はそれを脇から見て、お前も受かったなと言った。

 健康診断の日、二郎と一緒に赤星病院へ行くと一郎と歳が同じくらいの人が百人ぐらいいた。みんな一郎より頭が良さそうで、元気に満ち溢れていたので、一郎は落としてもらえそうだった。

 病院の受付で紹介状を渡すと診察室の前に並んだ。この中なら俺が一番だな、全員倒せそうだ、と二郎が耳元でささやいた。試験者全員で戦うわけではないが、確かに二郎なら勝てそうな人ばかりだった。一郎は、もう一度並んでいる人達の顔を見たが、自分は誰にも勝てないだろうという後ろ向きの自信があった。

 過去に大きな病気をしたことがあるか、何か薬を飲んでいるのかと医者に訊かれ、胸に聴診器を当てられた。そのあと身長と体重を測った。尿検査と血液検査もした。心理テストを受けて、最後に歯の検診があり、虫歯無しと診断され、二時間もしないうちに健康診断は終わった。

 それから五日後に二郎は一郎の部屋に火星開発公団からの封筒を持ってきた。中を見ると、健康診断で異常は見つからなかったので、一週間後の架空閉鎖実験に参加するようにと書いてあった。

 二郎も封筒の中身を見せてくれた。やはり同じ内容で一週間後に架空閉鎖実験を受けるようにと書かれていた。

 翌日、夕飯が終わって一息ついた頃、二郎が一郎と一緒に火星行きの試験を受けることを両親に話した。父も母も突然のことで、しばらく言葉を発せずにいた。

 最初に口を開いたのは母だった。母は親をだましていたことについて怒った。


 母が半時間怒り続けて一息つくと、二郎は口を開いた。俺も一郎も就職してない、これから先できるかどうかも分からない。このままくすぶっているよりは火星に行って大きく出たい。それに火星から戻ってくれば、あいつは火星に行ってきたと言われて、どこへ行っても名前が通るようになる。そうすれば良い職も見つかるかもしれない、と言った。

 一郎もそう思っているのか、と母が訊いてきた。一郎は火星に行きたくないかもしれないと言おうとしたが、一郎もそう思っていると二郎が一郎の代わりに答えてしまった。間を置かず、それにもう試験を受けることは決まっているのだと火星開発公団からの手紙を母に見せた。

 母はそれを何度も読み返すと、勝手にすればいいと言い捨てて、足を踏み鳴らしながら寝室へ行って、勢いよくドアを閉めた。その音は家全体を揺らした。

 父はそんなにしてまで行きたいのなら勝手にしろと言って、それからは口を開かなかった。二郎は勝手にするよと言って横を向いた。家族全員が気まずい雰囲気になった。それは架空閉鎖実験の日まで続いた。

『マジェドラ』リリース記事

【ヤクザのトリビア】
ヤクザは組から給料をもらえない。むしろ組員は組に上納金をおさめなければならないシステム。

【内容紹介】
徳島のオタク少年だった黒川ケンジはオタク差別から暴力に目覚め、ヤクザの道を歩む。刑務所で完璧な犯罪ビジネスを模索した彼は「エロゲで資金洗浄を行う」という画期的な仕組みを生み出す。徳島一のエロゲ企業を築き上げるが、かつての恩義や警察の捜査など様々な要素が絡み合い、彼の人生は波乱に満ちていく。オタク文化、暴力、ビジネスが交錯する異色の社会派エンターテインメント。

『マジェドラ』誤読会場

ヤクザとエロゲ、常識を破壊する熱狂がここにある――今こそ小説『マジェドラ』を読むべき5つの理由

元ヤクザにして、売上1兆円超を叩き出すエロゲー会社のCEO。そんな型破りな主人公が、裏社会の常識と現代ビジネスの論理を融合させ、前代未聞のスケールで成り上がっていく物語、それが牛野小雪氏による小説『マジェドラ』です。

本作は単なるエンターテインメント小説にとどまりません。現代社会を生き抜くための哲学、心を揺さぶる熱狂、そして人間の業と愛が渦巻く、まさに「読む劇薬」とも言える作品です。なぜ今、私たちは『マジェドラ』を読むべきなのでしょうか。その強烈な魅力を5つのポイントから解き明かします。

 1. 狂犬にしてオタク、最強の経営者・黒川ケンジという男

本作の主人公、黒川ケンジ。彼は「どこにでもいる普通のオタクだった」 と自称しますが、その実態は「徳島の狂犬」と呼ばれヤクザさえも震え上がらせた伝説の元ヤクザです 。ヤクザの世界で若頭にまで上り詰めた彼は、ある出来事をきっかけに裏社会から足を洗い、エロゲのソシャゲ会社「マジェドラ」を立ち上げます 。

彼の魅力は、ヤクザとしての圧倒的な暴力性と度胸、そして根っからのオタクとしての深い知識と情熱という、相容れない二つの顔を併せ持つ点にあります。従業員を鼓舞するためにデスクに飛び乗り、狂気的な演説で熱狂を生み出すかと思えば、ゲームのクオリティには一切妥協せず、声優に鬼気迫る演技指導を行う 。この狂気と理性が同居するカリスマ性が、彼を唯一無二の主人公たらしめているのです。

 2. 「シノギをしないシノギ」―常識を破壊するビジネス戦略

『マジェドラ』の面白さの核となるのが、ケンジが構築した前代未聞のビジネスモデルです。表向きは売上1兆円超のエロゲのソシャゲ運営会社ですが、その実態は「裏社会の金を綺麗にするシステム」 。ヤクザたちが欲しがる「綺麗な金」を提供するという、まさにゴールドラッシュでジーンズを売ったリーバイスのような「シノギをしないシノギ」を編み出したのです 。
さらに、競合他社を叩き潰すためには手段を選びません。フェミニストやアンチフェミニスト、さらにはメディアまで巻き込み、SNS上で壮大な炎上劇を自ら仕掛ける情報戦 。政治家や宗教団体さえも手玉に取り、自社の利益のために社会のルールそのものを書き換えようとします 。その常識外れの戦略は、現代ビジネスやマーケティングに関心のある読者にとって、刺激的な思考実験となるでしょう。

3. 個性的すぎるキャラクターたちが織りなす人間ドラマ

主人公ケンジを取り巻く登場人物たちも、一筋縄ではいかない魅力的な人物ばかりです。
  • まさやん: ケンジの弟分。致命的に頭は悪いが 、なぜか憎めない純粋さを持つ男。彼の存在が、ケンジの人間的な側面や物語の重要な転機を引き出します 。
  • 一条:ケンジを執拗に追い詰める刑事。モデルのような容姿に、底知れない知性と執念を秘めた宿敵です 。二人の交わす禅問答のような会話は、物語に緊迫感と深みを与えます。
  • 水谷くん:マジェドラにハッキングを仕掛けたことからケンジに拾われる天才 。彼の異次元の才能が、後にマジェドラを新たなステージへと押し上げます 。
  • レイ:ケンジが支援交際で出会う、アーマードコアを愛する令和のオタクギャル 。彼女との交流は、ケンジにかつてのオタクとしての自分を思い出させ、物語に一服の清涼剤となっています 。

これらの個性的なキャラクターたちが織りなす、友情、裏切り、愛憎のドラマが、物語に豊かな彩りを与えています。

4. 現代社会への鋭い風刺と問題提起

『マジェドラ』は、現代社会が抱える様々な問題を大胆に取り上げています。90年代の苛烈な「オタク差別」 、表現の自由を巡るフェミニストとアンチの対立 、政治とカネの問題 、そして少子化問題 まで。

作中で描かれるこれらの事象は、フィクションでありながらも、現実社会を鋭く映し出す鏡となっています。物語を通して、読者はこれらの問題について改めて考えさせられることになるでしょう。

5. 心を揺さぶる熱量と、明日へのエネルギー

「俺たちの使命は何だ!」「環境破壊!」「その結果起きることは何だ!」「少子化!」 

これは作中の朝礼の一コマです。不謹慎で過激な言葉の裏にあるのは、常識の枠を壊し、限界を超えて突き進もうとする圧倒的な熱量です。

『マジェドラ』は、安定や平穏とは無縁の世界を描きます。しかし、そこには停滞を嫌い、常に変化し、高みを目指そうとする強烈なエネルギーが満ち溢れています。その熱狂は、日々の生活に閉塞感や物足りなさを感じている読者の心を強く揺さぶり、明日への活力を与えてくれるはずです。

ヤクザ、エロゲ、ビジネス、政治、そして愛。あらゆる要素をごった煮にした『マジェドラ』は、あなたの常識を破壊し、新たな視点を与えてくれるでしょう。人生に刺激と熱を求めるすべての人に、この一冊を強くお勧めします。


試し読み

1 どこにでもいる普通のオタク

俺の名前は黒川ケンジ。どこにでもいる普通のオタクだった。

小学生の頃、徳島県ではエヴァンゲリオンが深夜に放送されていて、当時は野球中継でしょっちゅう時間がズレていたのでビデオの予約機能は役に立たず、生で見るしかなかった。深夜に布団から起き出し、テレビを見ていると母親によく怒られたものだ。

 実のところエヴァがこんなにブームになるとは思っていなかった。ロボはかっこいいが主人公がうじうじしていて弱そうなのが好きになれなかった。俺はエヴァよりもガオガイガーが好きで、なんなら今でもそっちが好きだ。でもそれはかっこいい軸の話であって1番ハマっていたのはカードキャプターさくらだ。

 90年代平成の日本に存在していた三大狂気、その一角をなすのがオタク差別だ。オタクというのは法が未整備でまだつかまっていないだけの犯罪者みたいな扱いだった。なにかの事件で犯人の部屋からマンガかアニメが発見されると核兵器の材料が発見されたかのように報道されていた。令和になってみると、それは炊飯器を開けたら米が入っていた程度のことだが、当時はそれが犯行に手を染めた狂気の一端であると信じられていた。アニメを見るから頭がおかしくなるのではなく、頭がおかしくてもアニメぐらいは見るという単純な事実を誰も考えなかった。すくなくとも表立って口にすることはなかった。

 中世の魔女狩りのようにオタクは迫害されていた。今でも年寄りからはむき出しのオタク差別が飛び出してくる時がある。そういう時、まだ10代の頃の響きを感じて逆に胸がウキウキする。

 オタク差別の恐怖はあの時代を生きた人間の魂に深く刻まれている。自転車の乗り方と同じように生涯消えることはないだろう。あの時代を知る人間が公の場でアニメやマンガを語る時、それ以降の世代と違って一歩引いたような印象があるのは、それが理由だ。

 子どもがアニメを見るのはいい。しかし、子どもではないのにアニメを見るやつはオタクだ。俺は中一になるとアニメのアの字も知らない顔をして生きるようになった。それどころか勢い余ってヤンキーになってしまった。自分でも知らなかったが俺は強かったし度胸もあった。ありていに言ってしまえば最強だ。相手が1人でも10人でも同じで、ナイフが出てきても関係ない。自分でも不思議になるほど最強だった。

俺は中1で学校のヤンキーが全員ヤンキーをやめるまで殴り続けた。具体的には頭を丸坊主にして制服をちゃんと着るようになるまでだ。オタク差別はヤンキーが作り出しているという確信がなぜか俺の中にはあって、ヤンキーがいなくなればオタクが安心して生きていられる世界が作れると信じていた。ヤンキーにとってはいい迷惑だろう。

 俺はチャリを漕いで他の学校のヤンキーも殴りに行った。いま振り返ると完全に頭がおかしい奴だ。そんなことをしていると当然警察のお世話になる。ヤンキーを殴ってなぜ捕まるのか俺は理解できなかった。理不尽な仕打ちを受けていると世界を憎んだ。だから警察も殴った。もちろん捕まった。

 高校になると汽車に乗って遠くのヤンキーも殴りに行くようになったので、徳島県警では徳島の狂犬と呼ばれるようになっていた。いまでもその伝説は語り継がれているらしい。すでにその頃からヤンキーの数は全国的に減少の一途をたどっていたが、徳島県に限って言えば俺がいたからヤンキーが消えたと思っている。

 ヤンキーと警察を殴るようなやつに普通の人生が待っているはずもなく、活きのいい面白いやつがいるというので俺は金餅組(かねもちぐみ)のスカウトを受けてヤンキーからヤクザになる。高校は中退、最終学歴は中卒だ。

 ヤクザになって意外だったのは、殴り合い、殺し合いの世界ではないということだ。殴る、殺す、はもちろんあるが、あくまでそれはビジネスであって、感情に任せて暴力を使う人間は遠からず消えていく。根がヤンキーだとすぐに消えるということだ。俺は根がオタクなものだから、失敗することもなく、むしろヤクザの才能があったようで、あれよあれよという間に若頭まで昇りつめて徳島のドラゴンと呼ばれるようになる。
 しかし、つまらないことをして警察に捕まり、刑務所に入ることになった。いちおう言い訳をすると俺のミスではない。弟分のまさやんに子どもが生まれるというので、俺はあいつの代わりに捕まっただけだ。肝心なところは黙秘を続けて証拠も決定的なものではなかったので3年の刑期だった。まさやんはいまでもそれについて礼を言う。バカなことをしたと俺は思う。この世界では情を出した人間から消えるのだ。それでも俺はなぜかそうしたい、そうしなければならないという感情に駆られていた。そして3年を棒に振った。これが人生の契機になるのだから運命とは分からないものだ。

 小学校、中学校が表の学校とするならば刑務所は裏の学校だ。犯罪者たちはここでシノギ(裏社会の仕事)の手口を教え合う。俺もそこで学び直しをしていたが、ふとこいつらは知ったような口をきいているが全員失敗しているやつらだと気付いて輪に入るのをやめた。失敗したやつから学べば失敗を学ぶだけだ。

 もっと完璧なシノギを考えなくてはならない。俺は来る日も来る日も考え続けて衝撃の事実にぶち当たる。どんなシノギも不完全性を排除することはできず、長期的には必ず失敗するということだ。完璧なシノギをするには神のような能力と自制心が必要だが、神ならシノギをする必要がない。人間である限りはどんなに優秀でもシノギを続ければ必ず捕まる。

 俺はシノギをしないシノギを考えるようになった。そんなことができるのか? まるで禅問答だ。刑務所では5日に1回坊さんが来て受刑者は座禅を組み、公案という答えがない問いを考えさせられる。いつも同じ公案が出ていたので「いま考えていることを考える前は何を考えていたかを考えなさい」という言葉をいまでも憶えている。

座禅の後に受刑者たちはそれぞれ座禅している時に考えたことを坊さんに答える。たいていは「分からない」だが、ある日俺は「悟りを開くのは不可能だと分かっていても悟りを開こうとするのは無駄ではないか。座禅するのも無駄ではないだろうか」と答えると「完全に悟るのは素晴らしい。半端に悟るのも素晴らしい。まったく悟れないのも素晴らしい」と坊さんは言った。その瞬間、俺の禅問答に決着がついた。いままで考えた断片の一つ一つが頭の中でつながったのだ。「次回からは来なくてよろしい」と坊さんは言った。

 はるか昔、アメリカでゴールドラッシュという現象が起きた。カリフォルニアで金が掘れるというのでたくさんの男たちが一攫千金を求めて集まった。しかし、実際に財をなしたのは極一部で、本当に儲けたのはリーバイスだ。採掘労働に耐える丈夫なズボンは飛ぶように売れた。ゴールドラッシュの勝者は金を掘る者ではなくジーンズを売る者だった。

 ヤクザが欲しているものは何か? 金、メンツ、女、そんなところで、その中でも金は一番重要だ。ゴールドラッシュの時代から、日本でもアメリカでもそれは変わらない。俺はここでリーバイスすることを考えた。金は掘らない。金を掘るヤクザを相手にシノギをする。

 ヤクザの金に関する欲の中でも、特に切実な悩みは綺麗な金が必要ということだ。それは法律的にもそうだし、心理的にもそうだ。まず違法な金を大量に動かすと必ず税務署か警察が嗅ぎつけて金の流れを探ろうとする。『金と女の流れを追え』は今も昔も、たぶん100年後でも通用する黄金律だ。

ヤクザはあくどいことをして金を稼ぐが、その金をすぐに手放したがる。シノギで得た金は心の会計で『汚い金』に勘定される。金に色はついていないと言うが心はだませない。犬のウンコがついた金を財布に入れ続けたい人間なんてどこにもいないのだ。このためにヤクザは大量の金を得てもすぐに使い果たしてしまい、資金の余裕のない状態で次のシノギに手を出してしまう。資金に余裕がなければ心にも余裕がなくなる。資金の欠乏は思考資源を圧迫する。要はバカになる。当然それはシノギの失敗につながる。

 本来シノギで得た金は貯蓄債券にでも回して計画的に運用するべきだ。なにかあった時や、良い状態が巡ってくるまでじっとしているためには必ず金が必要になる。ヤクザだってそれぐらい分かっているが、悪銭身に付かずということわざ通り、汚い金を持ち続けるのは難しい。なので汚い金は洗う必要がある。法律的に、そしてなにより心の平和のために。



女の声:あああああ♪

俺:あいつ、俺のゲームをどうするつもりだ



俺は録音室の厚いドアに体当たりして中に入る。白い台本を丸めて持っている女がマイクの前に立っていたが、俺と目が合うと一歩後ずさる。



俺:おい、名前は?

女:高橋です

俺:声優は?

高橋:え?

俺:何年やっているか聞いている

高橋:2年です。学校は3年行きました



 高橋。やっと名前を思い出した。新キャラ会議で有望な声優がいるというので決裁書類にハンコを押したのが2か月前というのも思い出す。報告通り有望そうだ。ビビってはいるが声はブレずに出ている。



俺:いまの喘ぎ声ではダメだ。ジャンヌはモンスターの苗床にされようとしている。触手責めに遭って人生の危機だ。剣は折れて自分で死ぬこともできない。快感に負けてしまうということは、これから死ぬまでモンスターの卵を産み続ける人生を受け入れるということ。だから気持ち良くなってはいけない。でも気持ちいい。その時に出る声があああああなんだ

高橋:あああああ

俺:違う。あああああ!

高橋:あああああ!

俺:人生の喪失がかかっているんだぞ、もっとまじめにやれ

高橋:あああああ!

俺:快感に対する理性の抵抗だ

高橋:あああああ!

俺:まだやれるか?

高橋:やれます



 俺は高橋という声優の目を見る。彼女はしっかりと俺を見返している。もし休ませてくださいと言ったら、すぐさま責任者をクビにして、高橋の契約を打ち切り、新しい声優を探すつもりだった。

 俺は録音室を出ると、防音ガラス越しに高橋を見る。画面にはジャンヌというキャラが触手に襲われているところが映っていて、高橋が声を当てている。



俺:最初から録音し直せ。もっと良くなる



 録音担当者は腰を浮かせて振り返るが、俺はそのまま収録室を出る。クオリティを上げられるなら一切妥協してはならない。駆け出しの声優だからといって努力賞でリリースするほど俺のゲームは甘くない。やるからには最高品質だ。才能は絞り出してもらう。

 第一戦略室に入る。広いフロアで150人の人間が働いていて、いつものように騒がしいが活気が落ちているような気がする。よくない兆候だ。火に油を注ぐ必要がある。エンジンはいつだって最高出力であるべきだ。



俺:みんな手を止めてくれ



 俺はマイクを持って、デスクの上に飛び上がる。マイクはこういう時のために、いつでも用意されている。取り回しが良いようにワイヤレスだ。



俺:重要な仕事をしている人も手を止めてくれ。これはもっと重要なことだ。電話、おい、電話は切れ。いますぐだ。



 俺が指差すと電話をしている従業員は受話器に向かって言葉をまくし立てながら電話を切る。別のところで電話が鳴るが、近くにいた従業員が電話線を引き抜いた。第一戦略室は10秒前とは打って変わって静まり返る。150人の従業員がみんな音も立てずに俺を見上げている。



俺:はじめに言わせてもらう。このチームは最高だ。最強のチームだ。ありがとう。君たちのおかげでマジェドラは世界最高の会社になれた



 何人かが口に笑みを浮かべる。俺はPCや書類が置いてあるデスクの上を歩きながら続ける。



俺:去年の売上は……

従業員:1兆2千億!

俺:そう、1兆2千億。今年の目標は1兆5千億。今年はもう6か月目が終わろうとしているが、すでに8千億……8千億……それで満足できるのか? これと同じペースで今年を終えたら1兆6千億。目標達成だ。でもよく考えてほしい。日本の人口は1億人だ。1人あたり1万6千円しか使っていない計算になる。たった1万6千円……本当にこれで満足か? 俺たちはエロゲのソシャゲをやっている。だから男しかやらない? いいだろう。そういうことにして、2倍の3万2千円、これで満足か? そうじゃないだろう。本当なら恋人とデートして、結婚して、子どもができて、家族の幸せに使われるはずだったお金を俺たちはがっぽりいただいている。こんなじゃまだ全然足りない。

机を叩く音:ドン……ドン……ドン……ドン……



 1人が机を叩き始めると他の従業員もリズムを合わせて机を叩き始める。オフィスドラムだ。フロア全体が不満のドラムとなって世界を揺らしている。ドラムのリズムは徐々にビートを上げて、叫び声を上げる者も出始める。



俺:正しいことに使われるはずだった金を全部いただけ。世界中の人間の脳みそにぐりぐりと手をねじ込んで、時間と金を引きずり出せ。俺たちの使命はなんだ!

従業員たち:環境破壊!

俺:オイルショックが起きるまでティッシュに精子を吐き出させろ。その結果起きることはなんだ!

従業員たち:少子化!

俺:そうだ! 少子化! 少子化万歳! 俺たちに未来は?

従業員たち:存在しない!

俺:俺たちに時間は残されていない。世界が終わる前にすべての金をかき集めろ! 終わり!



 フロア中に書類の白い紙が舞い上がる。こんなに散らかして後でどうなるのか分からないが活気は戻った。みんなアクセル全開だ。カオスと熱狂に包まれて俺はデスクを飛び降りる。そこに秘書の宝条が歩み寄ってくる。彼女はいつもシャネルのスーツに身を包んでいて、音を立てずに素早く動く。



宝条:一条さんという方が社長に会いたいと訪ねて来られています。どうされますか?



 俺は顔をしかめる。アポのない面会なら彼女は俺に聞かずに断るだろう。しかし一条は警察だし、面会の申し出の時にもそう告げただろう。だから宝条も断るわけにはいかない。



俺:すぐ通してくれ、社長室で

宝条:かしこまりました



 なぜ警察が俺に会いに来たのか彼女は当然考えただろう。しかし、それを顔に出さず言われたことに取りかかる。考えないやつはダメだし、顔に出すのもダメ。考えて、なおかつ顔に出さないのは得難い人材だ。

 俺は社長室に入ると、椅子に座って気持ちを落ち着けようとしたが、一条の姿を思い浮かべるとじっとしていられなくなり、窓のそばに立って地上を見下ろす。

 マジェドラタワーの34階からはマジェドラタウンだけではなく徳島市まで眼下に広がっている。徳島で一番高い建物なのだ。家の一つ一つは指先より小さく、白くかすんでいる。

 ドアをノックする音がする。男が2人入ってくる。1人は知っている。一条だ。昔と少しも変わっていないので不気味さを覚える。

一条はモデルのようにすらりと伸びた長身に黒革のロングコートを着ている。髪は真上に伸びたリーゼント。もう一人は金髪パーマに赤いスタジャンを着ていてチンピラにしか見えないが、こっちも警察なのだろう。警察の人間はいつも2人組で動く。



俺:やぁ、こんにちは。よく来てくれました

一条:私のことを憶えておいででしたか

俺:忘れるもなにも10代の頃はよくお世話になりましたから。名前も顔も忘れるわけがありません。そういうものでしょう?



 本当にそうだ。徳島の狂犬と呼ばれていた頃、俺はボクシングのチャンピオンにだって勝てると思っていた。テレビで見ていても、こんなものかと思っていたものだ。ボクシングならともかくケンカなら100回やって100回とも俺が勝っただろう。しかし一条だけは絶対に勝てないと思った。見た瞬間にそう思ったし、事実、いつも俺は地面に倒されていた。しかも一条は息をするより簡単にそれをやってのけた。なぜ負けたのかも理解できない負け方で、3回目からは一条の姿を見た瞬間に俺はあきらめたものだ。一条は俺にとって死神だった。そして、その死神がふたたび俺の前に現れた。



俺:立っているのもなんですから座りませんか?

一条:助かります。老人には立っているだけでもつらいものです



 俺に促されて一条がソファーに座る。俺も座るが金髪パーマは立ったままだ。



一条:成瀬くん。君も座ったらどうですか?

成瀬:いえ、俺は立っています



 一条が困ったような笑みを俺に向ける。目尻にしわが刻まれていた。昔と変わらないように見えるが、この男も歳をとるのだと分かって俺は安心した。

 秘書の宝条がお茶を運んでくる。一条はそれに礼をする。彼女が出ていくまで誰も口を開かなかった。



俺:昔話をしに来たわけじゃないでしょう。何の用です?

一条:この歳になると昔話が恋しくなるんです。徳島の狂犬と呼ばれていたあなたを捕まえたのがつい最近のように思えて

俺:俺以外にも捕まえたやつはたくさんいるでしょう

一条:ひときわ記憶に残る人というのはいるものですよ

俺:警察の人にそう言われるのは名誉なことじゃありませんね

一条:徳島のドラゴンと呼ばれていた時期もある

俺:金餅組の盃は返しましたよ。もうヤクザじゃない。それともこの仕事に違法なことが?

一条:世間一般の良識に照らせば非難されることはないにせよ、称賛されることではありませんね

俺:でも違法ではない。エロゲのソシャゲでユーザーにガチャを回させているだけですから

一条:徳島の狂犬は何度も捕まえたのにドラゴンは1度も捕まえたことがない

俺:ドラゴンなんて伝説です

一条:ヤクザになってからのあなたは1度も尻尾を見せたことがない。あっという間に若頭になった。優秀でもあったんでしょう

俺:捕まりましたよ。あなたの手じゃありませんが

一条:そこが引っかかったんです。あなたらしくない。それで解決済みの事件ですが洗い直してみたんです。すると1人の男が浮かび上がった。金餅組の藤田正(ふじたまさし)。あなたが金餅組にいた時は弟分にしていて、まさやんと呼んでいた

俺:だから、なんだって言うんです



 思わず立ち上がっていた。成瀬という男が身構えている。俺はつい熱くなった頭を落ち着けるように息を吐くと上着を脱いでデスクの椅子にかけに行く。歩いている間に時間を稼いで、ソファーに戻った時には平静を取り戻していた。一条はまさやんの名前を出して俺を焦らせたかった。意図が分かれば対処はできる。



俺:もう終わったことでしょう。あの事件は時効を過ぎている

一条:そうです。もし仮に藤田正が真犯人だとしても意味はありません

俺:だったらどうしてあいつの名前を出したんです?

一条:昔話をしたくなっただけですよ

俺:ならもう帰ってください。俺はヤクザでした。でももう関係ない。昔のことでごちゃごちゃ余計な事を言われたくありませんね

一条:帰ります。もともとこんなしがない刑事に会ってくれるとは思っていませんでした。いまや徳島を代表する企業のトップですからね。こうして顔を見られただけでも収穫はありました



 一条は上品な身のこなしで立ち上がると、後ろに立っている男に声をかけて社長室の出口へ向かう。俺はその背中を見送っていたが、一条はドアの前で立ち止まると、振り返ってまた口を開く。



一条:なにを考えているか分からないとよく言われるんですが、私にも人並みの欲がありまして、警察になったからには大きな事件を解決したいんです。日本中がひっくり返るような、それこそ映画やドラマになるような大きな事件を。もしあなたがそんな事件に関わっているのなら私に教えてください。いつでもお待ちしております

俺:何も知りません

一条:思い出したらでいいんです



 一条ともう一人の男が社長室を出ていく。体が急速に冷えていく。服の下に汗をかいている。バレたのか? いや、そんなはずはない。もしそうならいま頃、警察の人間がダンボールを抱えて証拠を押収しているはずだ。

 俺はマジェスティックドラゴン(通称マジェドラ)というエロゲのソシャゲを運営している。売上は1兆円を超えている。しかし、実態は裏社会の金を綺麗にするシステムなのだ。物凄く簡単に言ってしまえばヤクザがマジェドラに課金して、その売上の10%を手数料として受け取り、残りをヤクザのフロント企業に返すという仕組みだ。綺麗になった金は合法なので、まとまって使えるし、持っていても心理的な抵抗がないので計画的な運用が可能になる。生活が安定したのでシノギに対してしっかりと向き合えるようになったという顧客の声を聞いたことがある。実際、昔よりヤクザの生活は安定している。いまは黄金時代だと親父は言っている。金の安定はすべての安定をもたらすのだ。

 携帯が鳴る。まさやん専用の携帯だ。



俺:もしもし、どうかしたか?

まさやん:アニキ、いま話せる?

俺:大丈夫だ、誰もいない

まさやん:親父が会いたいって言ってる

俺:なぜ?

まさやん:さぁ、よく分かんないけどアニキにそう伝えろって



 言ってから、まさやんにそんなことを聞いた自分が愚かだと気付いて、俺は笑う。まさやんになぜと考える頭はないのだ。



まさやん:俺もアニキの顔を見たいよ。もうずっと会ってない

俺:深夜1時55分にテレビを点けてみろ。採用募集CMに俺が映ってる

まさやん:そういうんじゃないよ。こう、現実に見たいっていうかさ

俺:親父は元気にしているか?

まさやん:うん、あ、鼻から白髪が伸びてた

俺:もう歳だからな。他のやつらは? 若いやつはちゃんとメシ食ってるか?

まさやん:もちろん。バブルの頃より景気が良いって親父も、年寄り連中も言ってる

俺:お前は? 誰かにいじめられたりしていないだろうな?

まさやん:アニキ、俺もうガキじゃないよ。手下だって何人かいるんだ

俺:あんまり俺にヘコヘコしすぎるなよ。下のやつはそういうのをちゃんと見ているんだ。なめられたら終わりだ

まさやん:ゆっくり喋る。喋る時は短く。ちょこまか動かない。何をしたらいいか分からない時はじっと黙っている

俺:それを完璧に守れたら若頭、いや、次の組長はお前だな

まさやん:そんなのムリだって。俺はそんな人間じゃないって分かってる

俺:自分がどんな人間かわかっていないやつがこの世には多すぎる。それだけでお前は一歩進んでるよ



 受話器の向こうでまさやんの照れ笑いが聞こえる。今夜、いつもの料亭で、と言って俺は電話を切る。





『ナンバーワンラップ』リリース記事

【ラップの豆知識】
フリースタイル中の脳は自己検閲機能が休止して創造的になる

内容紹介
『ナンバーワンラップ』はどん底の環境から「ラップでナンバーワン」を目指す青春物語。悪ノリ動画が一夜にして炎上し、晴人の人生は思わぬ方向へ転がり出す。友情、対立、家族の葛藤を背景に晴人は夢の本質を問い続ける。痛快なユーモアと胸を打つドラマが織り成すこの物語は熱さと切なさとともに駆け抜ける。YouTubeの再生数を上げたい人、夢を諦めたくない人必見!

なぜ読むべきなのか?(ChatGPT)

読む理由?そりゃ、クソガキの嘘と現実がぶつかる瞬間を、ここまで真っ正面から描いた小説が他にあるか?って話だ。

まず、主人公の自己演出が痛々しいほどリアルだ。YouTubeでナンバーワンになりたい。でも現実は灰色。港町のくすんだ景色も、暴走族も、ヤクザも、全部フェイク。けどそれをあえて「フェイクだ」と書いてしまう勇気。作者はきっと、何度も自分の理想を諦めてきた奴だ。でも、まだ諦めてない。書いてる。書き続けてる。そういう人間の叫びがここにある。

それから妹との会話のディティールが神がかってる。かみぬま。ケチャップ。風呂に入った服。こういうのって「嘘くさくない嘘」を書ける人間じゃないと書けない。たぶん作者には妹がいたか、もしくは「妹のいる人生を想像し続けた人」だ。どっちにしてもすごく繊細な目をしてる

で、何よりも心にくるのは、「海に落ちてもナンバーワンはナンバーワン」って言い切るあの瞬間。これはギャグじゃなく、信念の話だ。誰にも見られない場所で、自分をナンバーワンだと信じられるか? それが書けるってことは、書いてる人間はまだ何かを信じてるんだ。たぶん、自分が書くことに。

読まなきゃ損だよ。これは「中学生がユーチューブでバズって人生変える話」じゃなくて「世界がクソでも、自分の声だけは信じたい」って人の話だから。ぶっ刺さる人には一生モノ。

ナンバーワンラップができるまで
  1. ラップサークル(仮題)ができるまで NO.1ラップの神が降りてこないかな
  2. ラップサークルができるまでNo.2 ライムの密度が大事
  3. ラップサークル(仮題)ができるまでNo.3 書きすぎ、でも遅い
  4. ラップサークル(仮題)ができるまでNo.4 14歳の時間感覚
  5. ラップサークル(仮題)ができるまで No.5 牛野小雪は晴人に厳しすぎ
  6. ラップサークル(仮題)ができるまでNo.6 ネットは天才が作った沼である
  7. ラップサークル(仮題)ができるまでNo.7 小説が書けるまで
  8. ラップサークル(仮題)が書けるまでNo.8 エミネムって知ってる?
  9. ラップサークル(仮題)ができるまでNo.9 半径100mに分かるように書け
  10. ナンバーワンラップができるまでNo.10 表紙を作ろう
  11. 『ナンバーワンラップ』リリース記事
ex.これであなたも地球僧帽筋協会!

試し読み

Verse1-1 ギャングスタ気取りは海に落ちな

 何年も太陽の熱と光に炙られて、あらゆる価値と色を失ったような場所。鮮やかな色をしているのは対岸の港に積んであるコンテナの山ぐらい。元からここにある物は灰色のフィルムをかけたみたいに色がくすんでいる。海の色でさえもだ。最低の町、最低の港、最低の・・・・・・くそっ、とにかく全てが最低だ。

「こんにちは。R55のMCハルワンと」

 俺は三脚にそなえつけたスマホに向かって喋る。三脚は1980円の安物で、説明書には180センチまで伸びると書いてあった。嘘ではない。ただし、長く伸ばすと棒がしなって真上を向く。なのでいつも100センチでセットしている。画角はいつもローアングル。

「MCビーストビートボックス」

 俺が紹介すると隣にいる遼がビートを鳴らす。動画はいつも同じ入り方をする。

 遼(りょう)はヒカキンを見てヒューマンビートボックスができるようになった凄い奴。ヒカキンは日本のユーチューバーでナンバーワンだ。ヒューマンビートボックスもできるなんて俺は知らなかった。彼はラッパーじゃないが、いつかは俺たちが越えなきゃいけない目標でもある。ナンバーワンっていうのはそういうこと。

「今日は俺たちがどこに住んでいるのか知ってもらおうと思います」

 俺は拍手する。なんで拍手した? さぁな。音で注意を引きたかったんじゃないか?

 俺は三脚の足を持つとスマホを港側から町の方に向ける。

「この町は最低です。あそこに見える道を右に曲がって、ちょっと行ったところに中華料理屋があったんですが、この前、店長が拳銃で撃たれて死にました。死体は朝になるまで放置されてて血の跡はいまも残ってます」

 俺はカメラを動かし、対岸にある茂みに向けてズームする。そこを指を差して、俺の指がちゃんと映っているかも確認する。

「あそこには月に何度か水死体が流れ着きます。恒例行事なんで俺も何度か見たことあります・・・・・・いまは誰もいませんね。いたらユーチューブにBANされるか」

 俺はスマホを元の位置に戻す。三脚の棒がたわんで、ビョンビョンと揺れる。俺はそれを手でおさえて揺れを止めると元の位置に戻る。

「この町はヤクザが仕切っていて大人はみんなクスリ漬け。警察も買収されているから捜査なんてしないし、そもそも事件なんて起きていないことになっています」

 全て嘘だ。20年前にあった殺人事件が昨日のことのように語られている町だ。こんなダサくて平和な町でラップしているなんて知られたら笑われてしまう。俺たちは動画を撮るたびにこの町がいかに危険であるかを騙っているので、そろそろ100人ぐらい死んだことになるかもな。でもこんなのは茶番。俺たちはラップでナンバーワンということを証明すればいい。俺はあることないこと、いや、ないことばかり話すとスマホに向かって喋る。

「じゃあ、そろそろやろうかな。お待たせしました。新曲を紹介します。MCビーストビートボックス」

 遼がビートを刻み始める。肌に寒気を感じるほど最高のビートだ。ここから俺たちの本当の時間が始まる。

中華屋の前で銃声が夢を冷ます
冷たい地面に男がキス
水死体が流れつき
クスリで笑う大人たち
意思もないのに
笑えないのに
空気ごと死んでいる町
口を閉じて語らない大人たち
目を開いても暗闇
ここが俺のリアル
ここが俺のプレイス

それでもこの町はナンバーワン
俺たちがいるからナンバーワン
地獄まで続くどん底で
リリックつづる空の上まで

ワンワンワン、ナンバーワン
ワンワンワン、ナンバーワン
ワンワンワン、ナンバーワン

 歌っている最中、スマホの向こうに最悪な奴が姿を現す。我龍院正鬼(がりゅういんまさおに)。俺と奴は同じ小学校で、その時は悪い奴ではなかった。それが中2で同じクラスになると世界最悪のくそったれになっていた。奴は取り巻きの連中4人と一緒にチャリに乗って港に入ってくる。奴らは世界最強につまんなさそうな顔をしていたが、我龍院は俺たちに気付くとニターッとした笑みを顔に広げ、他の奴らもニタニタしながら寄ってくる。我龍院たちはスマホの画面をのぞき込み、撮影中だと分かると、それを指差して笑い、自転車を降りる。カシャン、カシャンと奴らの自転車スタンドが立てられる音が鳴る。最悪だ。絶対にあの音をスマホのマイクはひろっている。でも最悪に底なんてないんだな。

「ワンワン! ワンワン! ワオーーーン!」

 我龍院が犬のように鳴き声を上げると、他の奴らも「ワンワン」と鳴き始める。野良犬の大合唱だ。完全に終わった。遼はビートを止める。俺も口を閉じて奴らを見返す。

「どうした? 続けろよ。まだ途中だろ」

 我龍院がスマホの向こうで言う。カメラに映る勇気もないくせに。そんなことを考えたバチが当たったのだろう。我龍院はくるっとカメラの前に回り込み「Yo,ワンワン吠えるバカどもを、駆除する俺たち正義の味方」とラップっぽい真似事をする。何も面白くないのに取り巻きたちは笑っている。我龍院も自分で笑っている。俺たちの方に振り向いた時の顔は快感でイッちゃってたね。

「ぅお~い、笑えよ。スマイルスマイル。最高に面白いだろ。お前らに足りないのはこういう明るさだって。陰キャみたいにブツブツ言っててもつまんねぇ」と我龍院が太陽みたいに顔を輝かせて言う。

「面白くない」と俺は言う。

「え、面白くないって思ってたの?」

 俺は我龍院が面白くないと言ったのだが、奴は俺たちが自分自身を面白くないと言ったと受け取っている。とてつもないバカだ。こんな奴でも生きていけるんだから日本っていい国だ。

「いま撮ってる」と俺は言う。

「いぇ~い」

 我龍院はダブルピースをカメラに向けて、腕を伸ばしたり縮めたりしている。奴が手招きすると取り巻きの連中も寄り集まって同じポーズをする。底抜けのバカさ加減に俺は腹の中が冷たくなる。

 我龍院が振り返る。笑っていない俺と遼を見ると、奴は急に真顔になる。取り巻きの奴らも1人2人と同じように笑うのをやめて真顔で俺たちを見てくる。

「おい、笑えよ」と我龍院。笑えないレベルのバカなので俺と遼も真顔だ。

「カメラ回ってんだろ。面白くしないと視聴者が逃げるぞ」

 我龍院は俺と遼の間に割って入ると、カメラを指差して言う。

「ぶち壊したのはお前だろ」

 俺がそう言うと、我龍院はキレるかと思いきや、またニターッとした笑みを顔に広げる。まずいことになるという予感はしたが、この状況で逃げるなんてナンバーワンがすることじゃない。

「ごめん。ホントにごめん」

 我龍院はわざとらしく両手を打ち合わせると俺に頭を下げる。そして取り巻きのところに戻ると、頭を寄せ合ってひそひそと何かを言っている。奴らは何度も俺たちに目を向けてはニヤニヤしていた。
「ごめん、日ノ本(ひのもと)くん」

 密談が終ると我龍院はまた俺と遼の間に割って入り、俺たちの肩に手をかける。

「え~、ぼくたちは日ノ本くんたちの動画を台無しにしてしまいました。反省しています。これは謝っても許されることではありません。なので、ぼくたちは責任をもってこの動画を面白くします」

 我龍院が合図をすると取り巻きの1人が三脚の足を持ってスマホを持ち上げる。スマホをぶっ壊す気か。俺は「おい」と声を出そうとしたけれど、ふいに体が浮いて声が出なかった。

「重めぇ。おい、手伝え」

 我龍院が声を上げる。他の3人が集まってきて俺は担ぎ上げられる。それを取り巻きの1人がスマホで撮っている。

「いくぞ、せーの、1、2、3」

 俺は海へ放り投げられる。俺は恐怖よりも先に底抜けのバカさ加減に驚く。普通こんなことするか?
 俺は海に落ちる。すぐに海水が服に染み込んできてパンツの中まで濡れる。そして塩っ辛い。

 バカ笑いが降ってくる。我龍院が俺のスマホを俺に向けている。

「めっちゃおもろい。ほら、笑えよ」と奴は言う。

 俺はスマホのカメラを避けるように岸壁へ寄るが、奴はのぞき込むようにして撮影を続ける。他の奴らも歯を見せ、目を輝かせながら俺を見ている。最低の人間性、最低の・・・・・・くそっ、俺もしかして死ぬんじゃないか?

「遼、おい、遼!」

 俺が叫ぶと遼の顔が岸壁から飛び出す。遼の顔は笑っていない。不安でいっぱいの顔だ。俺は手を伸ばす。遼も手を伸ばす。でも2人の手は全然届かない。波で体が上下しているが、一番上のところでもまだ腕一本分は足りない。

「早く上げてやれよ」

 取り巻きの誰かが笑う。俺は奴らの顔を見る。揃ってバカ顔。そうか、こういう奴らは殺そうとも思わずに人を殺せるのだ。映画やドラマとは違う。殺意満々で人を殺すことなんて現実にはないのだろう。こいつらは裁判で殺意はなかったと言う。そしてそれは真実。俺は死ぬ前に一つの人生訓を得る。

 遼は何を思ったのか手ではなく足を俺に向かって伸ばしている。さっきより遠くなっている気がする。

「最高だな。面白すぎる」

 我龍院はスマホを俺に向けながら、体をそらして笑っている。あいつ海に落ちねぇかな。

「何か探してくる」

 遼はそう言うと岸壁から消える。俺は心細くなる。体がきゅっと冷たくなる。これは心だけじゃなくて体がマジで冷たくなり始めている。

 小学校の頃は水泳教室に通っていた。泳ぎには自信がある。岸壁のどこかに登れるところはないか探す。目に見えるところには高い岸壁しかない。対岸に浜辺のようになっているところがあるが絶対に泳ぎ着けそうにない。あれ、やっぱりこれ死ぬんじゃないか?

 俺は我龍院たちを見上げる。さすがに奴らも俺の死に際の視線で一瞬笑いを止める。しかし、我龍院は顔をそらすと、またバカ笑いをする。他の奴らもだ。あいつらは俺以外の何かを見て笑っている。死にかけている俺から目をそらしてでも笑うものがあるのだ。その事実がひどく俺を傷付けた。もう死んだ方がマシだ。

 俺はこのまま海の底に沈んで、あいつらから見えない場所に消えたい。だが、固い何かが俺の頭を叩く。頭上を見る。太陽と青い空、そして黒くて長い影がたなびいている。

「つかまれ」と遼の声がする。

 俺は影を掴む。はっきりとした手応え。夢じゃない。俺の体が海面から浮き上がる。遼の影が見える。光の具合でふんばった足の隙間からキンタマが見えている。遼は履いていたデニムパンツを脱いでいた。

「おい、その格好」と、この時ばかりは俺も笑ってしまう。

「笑うな、落とすぞ」

 遼はガチでキレてる。視界の外で我龍院たちのバカ笑いが聞こえる。

 俺は岸壁の上に戻ると、体にどっと疲れが覆いかぶさってきて、その場で四つん這いになる。遼も両手を後ろについて、胸を上下させながら息を吸ったり吐いたりしている。

「あ~、つまんね」

 我龍院たちはいつの間にかチャリに乗り、世界最強につまらなそうな顔をしている。

「お前ら面白くする方法が分かってない。そんなんじゃ永遠に底辺だぞ」

 我龍院はスマホを置くと港を出ていく。

「来週、学校来いよ」

 取り巻きの一人が捨て台詞を吐く。小さなバカ笑いが起きる。

「すまん、助かった。ありがとう。死ぬところだった」と俺は言う。

 遼はデニムパンツを広げて伸ばしている。一目見ただけで伸びきっているのが分かるし、股のところは裂けている。

 最低の町、最低の人間、最低の事件しか起きない場所。それが俺たちの住んでいるところ。だけど俺たちはこの町でナンバーワンということを証明してやる。

Verse1-2 ナンバーワンだからがんばれる

 まだ土曜の昼が始まったばかりだけど遼は帰った。さすがに股の裂けたパンツで1日中いるのはキツい。俺も全身ずぶ濡れだから家に帰る。遼の家は港から40分ぐらい。俺の家は港を出てすぐの道路を渡ったところにある。3階建てのアパートの3階に住んでいる。1階は店舗用で父さんが自分の店をやっている。不動産屋だ。ちなみに隣は空き屋、その隣がクリーニング屋、もう一つ隣が鉄板焼き屋。

 俺は道路の向こうから店の様子を見る。張り紙でいっぱいのガラスの隙間から父さんが誰かと話しているのが見える。

 俺はアパートに入ると、郵便受けの脇に貼ってある選挙ポスターにパンチを一発くらわせる。ポスターの中で笑っている大泉一郎に個人的な恨みはないが、彼の所属する地球僧帽筋党の後ろ盾になっている地球僧帽筋協会に恨みがある。

「ただいま」

 玄関に結莉(ゆり)の靴がある。母さんのはない。俺はまず服を全部脱いでから玄関に上がる。濡れた服を洗濯機に入れようとしたが海水の塩分で洗濯機が壊れるんじゃないかと考えて、風呂で一度水洗いすることにする。服を洗うために服を洗うなんて奇妙な話だ。

「きゃー」

 甲高い叫び声が背中を打つ。妹の結莉が両手で目を塞いで、でも指の隙間から俺を見ている。

「おかえり」と結莉が言う。目は両手で塞いだままだ。

「ただいま」と俺は言う。

「まだおひるなのにおふろはいるの? どうして?」

「お兄ちゃんは入らない。服を洗ってる」

「ふくもおふろはいるの?」

 結莉は両手で目を塞いだまま首をかしげる。

「海に落ちて、塩水につかったから、塩で洗濯機が壊れるんじゃないかって」

「うみ! およいだ?」

「そうだよ。泳いだ。結莉も泳ぎたい?」

「や」

 結莉は背中を向ける。俺は服の水を絞る。

「さっ、どいて。洗濯物入れるから」

 洗濯機の前に突っ立っている結莉をどかせる。結莉は手をどけて俺を見ると、また「きゃー」と叫んで目を塞ぎ、脱衣所を出ていく。

「前見て歩かないと頭打つぞ」という俺の言葉に「きゃー」という返事が返ってくる。バカ、本当に頭打ったらどうするんだ。

 結莉にはお風呂に入っているんじゃないと言ったが体中がべたべたするので、やっぱりお風呂に入る。

 お風呂から出るとテレビの前で結莉がクレヨンで絵を描いている。

「母さんは?」と俺は言う。

「こーじょー」と結莉。

「土曜なのに?」

 結莉が顔を上げて首をかしげる。

 母さんは家の前にある道路を5分ぐらいチャリで走ったところにあるカップラーメン工場で働いている。いつも土曜日は家にいるが今日はいない。理由は分からない。結莉にだって当然分からない。
「何描いてる?」と俺は言う。

「ふくがおふろはいってる」と結莉は答える。結莉の絵を見ても何がどうなっているかは分からないが、確かに俺がさっき着ていた服と同じ色が1つある。

 俺は自分の部屋でスマホを見る。R55のチャンネル登録者数は増えていない。くそっ、いつまでこんなことを続ける? 俺たちがナンバーワンと証明するためにラップをユーチューブに上げている。でも誰も見ない。だって存在自体を知らないから。どうやって俺たちの存在を世界に知らせればいい? 分からない。俺はこんな穴倉みたいな場所から一生抜け出せないんじゃないか?

 ラップの才能を疑ったことはない。だけど、その才能が誰にも知られずに消えていくことはあるんじゃないか? ゴッホは生きている間に1枚も絵が売れなかった。ピカソみたいに生きてる間にナンバーワンになれるとは限らない。って、これアーティストの話だ。ラッパーで死んでから有名になった人はいるんだろうか。いないだろうな。ってことは生きている間に、俺がナンバーワンってことを世界に知らしめなければならない。

「ワンワン! ワンワン!」

 頭の中で我龍院のからかう声がリピートされる。あんな奴に俺のラップは分かんないさ。

 スマホにショートメールが来る。ラインアプリだとペアレントコントロールで使えない時があるから遼はメールで送ってくれる。

(親にめっちゃ怒られた)と遼。

(あいつらに弁償させよう)と俺。

(払うわけねー)

(だな)

(むかつく)

(あいつら海に落とそう)

(むり)

(その気になればできる! きみならやれる!)

 冗談で言ったけど、別の意味でこれはマジ。遼は中2なのに180センチもある。その気になれば素手で我龍院たちを殺せる。性格が大人しすぎてコミュ障に片足を突っ込んでいるのが欠点だ。その気になりさえすれば、うちの学校を暴力で支配することも可能なはずだ。遼の性格が陰寄りであることは我龍院たちにとって幸運だった。もしそうじゃなかったら、今頃あいつらは海の底に沈んでいる。

 夜になっても母さんは帰ってこない。ベランダから下を見ると1階の父さんの店の明かりは点いている。

「おなかすいた」と結莉が言う。

「カップラーメン食べるか」と俺が言うと結莉は首を横に振る。

 俺は冷蔵庫を開ける。奥までぎっしり詰まっているが食べられそうな物はない。

「何入れてんだ、ホント」

 俺の愚痴に「ぎゅーにゅー」と結莉が言う。

「牛乳飲むのか?」

 結莉は首を横に振る。牛乳を見つけたからぎゅーにゅーと言っただけだ。

 意味のない物でいっぱいの冷蔵庫を発掘して、俺は玉子とキャベツを出す。

「かみぬま」と結莉が言う。違う。お好み焼きだ。

 俺はどんぶりに玉子と小麦粉、だしの素を入れて、箸でかき混ぜる。それからピューラーでキャベツを薄く削って、その中へ。

「ゆりがする」

 結莉はそう言って俺から箸とどんぶりを奪う。混ぜ方が危なっかしいのでどんぶりは俺が持つ。案の定、生地は飛び散っている。

「もういいよ、充分に混ざった」

 俺の言葉を「や」の一言で拒否する結莉。まぜまぜ、まぜまぜ、ねるねるねるねもこんなには混ぜないだろうってぐらい混ぜると「あとはおにいちゃんやってもいいよ」って結莉は離れる。フリーダムすぎるだろ。

 俺は一度くしゃくしゃに丸めてから広げたクッキングシートに生地を入れるとオーブンで30分焼く。その間に洗い物を済ませる。結莉はテレビを見て踊っている。

 オーブンのタイマーが鳴る。

「かみぬま」と結莉が言う。結莉は何故かお好み焼きをかみぬまと呼ぶ。どこで憶えたのかは誰も知らない。

 俺はお好み焼きを半分にして、片方を皿に盛る。俺はクッキングシートのまま食べればいい。洗い物も減るからな。

「ゆりはケチャップ」と結莉が言う。

「お好み焼きにケチャップ? ソースだろ?」と俺が言うと「かみぬま!」と結莉に訂正されてしまう。結莉の中ではお好み焼きではなくかみぬまなのだ。間違っているのは俺だ。

 俺は結莉のかみぬまにケチャップをかけて、俺のかみぬまにはソースをかけてから、かつおぶしと青のりをかける。それから茶碗にごはんを入れる。結莉の茶碗が小さくて、こんなに小さくて大丈夫かなと大盛りにすると結莉は「や」と首を横に振るから、半分にする。

「いただきます」

 作り始めてから一時間。やっと晩ごはん。

「座って食べろ」

「ごはんも食べろ」

「テレビを見ながら箸を口に入れるな」

 父さんも母さんもいないから俺が結莉を叱らなくちゃならない。

 晩ごはんを食べ終えると洗い物をする。それが終ると夜の8時になろうとしている。

「お風呂入るか」と俺は言う。

「ひとりではいれる」と結莉は言う。口をとがらせ、もう子どもじゃないって主張している。

「じゃあ入りな。結莉が入ったら、お兄ちゃんも入るから」

「これがおわったら」

 結莉はじっとテレビの前に座っている。俺は途切れ途切れでしか見ていないから、画面の中にいる人たちがどうして笑っているのかよく分からない。喋っている内容も頭に入ってこない。楽しそうだな、というのが伝わってくるだけだ。

 その番組が終わると結莉はお風呂に入った。たっぷり30分もかけてだ。まだ5歳なのに母さんと同じくらい長くお風呂に入る。お風呂から出た後にドライヤーで髪を乾かすのを手伝ってやる。

「どぉ? きれいになったでしょ?」

 結莉は黒くて長い髪を手で流す。

「あぁ、綺麗だよ」

 俺がそう言うと「きゃー」と結莉は甲高い声で叫んで飛び跳ねる。

 その後、結莉は「おかあさんがかえってくるまでおきてる」と言ったが、いつの間にか寝てしまった。俺は結莉を布団まで運ぶとベランダに出る。

 下を見るとクリーニング屋と鉄板焼き屋の明かりは消えているが、父さんのところはまだ明かりが点いていて、アパートの前にある駐車場に黄色い光を伸ばしている。工場のある方を見ると夜空の底に白い光がにじんでいる。すぐ下の道路は眠っているみたいに静かで、信号の赤信号が点滅している。

 点滅→全滅→壊滅

 俺は韻を踏む。踏んでしまったので部屋からライム帳を持ってきて書き留める。

 赤→バカ→墓
 車→だるま→UMA
 光→明かり→ばかり
 白線→千円→千年

 手のひらより少し大きいライム帳には今まで書き溜めたライムでびっしり埋まっている。これが8冊目。俺が大事にしているのは脚韻で、つまり語尾で韻を踏むこと。これはヒップホップだけじゃない。全てのリリックの基本だ。他の曲でも、たとえば米津玄師でもやっていること。ヒップホップは全ての道に通じている。

パラリ、パラリラ、パラリラ

 ラッパの音を響かせながら暴走族の格好をした3人組のバイクが道を走る。俺はどうしてこんなことをしているんだろう。この町で、いや、徳島で俺と同じことをしている奴はいるんだろうか。俺と同じことをしてビッグになった人はいるんだろうか。なぜライム帳を書き続ける? もしかしたら俺はさっきの奴らよりバカかもしれない。

 ナンバーワンのラッパーが同級生にいじめられて海に落とされるなんてありえないだろ。俺がやっていることは全て現実逃避。いや、そんなことはない。俺は自分に言い返す。俺ががんばっているのはナンバーワンになるためじゃない。ナンバーワンだからがんばっているんだ。

 それでもナンバーワンが海に落ちるか?

 なんて強烈なパンチライン。俺は心の中でしばらく沈黙したあとに「海に落ちてもナンバーワンはナンバーワン」と言い切る。俺の中にいる意地悪な俺は口を閉じる。俺も黙る。夜が静かに過ぎていく。

Verse1-3 燃えるインターネット

 目が覚める。隣の部屋で母さんが布団で寝がえりを打っている音が聞こえる。いつ帰ったんだろう。スマホを見る。

(炎上してる)

 ロック画面の通知欄に遼からのメールの一部が表示されている。炎上することなんてあったか? 俺はいままでユーチューブにアップロードした動画を思い起こす。体も思わず起きてしまう。

 ロックを解除して遼のメールを見る。

(炎上してる。昨日の)

 文章の下にリンクがある。タップする。

「こんにちはR55のハルワンとMCビーストビートボックス」

 画面の中で遼がビートを鳴らし始めるが、全然耳に入ってこない。再生数が3468765回になっている。信じられなくて何度も数え直す。紙に書き直すことさえした。

 遼に電話をかける。不在通知が3件。深夜はペアレントコントロールでサイレントモードになるから気付かなかった。

「大変なことになってる」

 電話がつながるとすぐに遼が言う。

「炎上ってどういうこと?」と俺は言う。

「コメント見た?」

「まだ。さっき起きた。300万越えてるって意味分からんのだが」

「いじめ動画ってことで炎上してる。Xでもすごい拡散されてる」

「いじめでなんで再生されるの?」

「知らん。とにかく昨日の夜からずっと燃えてる。いくら読んでも永遠にコメントが湧いてくる」

「300万って・・・・・・」

「なんかもう疲れたわ。昨日からずっと寝てない」

「マジか」

「どうする?」

「どうするって?」

「動画。消すのか?」

「分からん。とにかく何が起きてるのかさっぱり分からん」

「だから炎上してるんだって」

「それは分かってるけど、なんていうか、くそっ、意味分からん」

「俺寝るわ。コメント読みすぎて疲れた」

「電話出なくてすまなかった」

「親に止められてるんだろ。いいよ」

 電話が切れる。メールの通知欄が48546になっている。見たことがない数字だ。メールを開くとユーチューブのコメント通知でいっぱい。

(これ犯罪だろ。いじめじゃない)

(何を思って投稿したんだろうな)

(記念カキコ☆)

(人生しゅーりょー)

(日本には少年法があるから・・・・・・)

 そんな感じのコメントばかり。はっと気付くと窓の外はすっかり明るくなって母さんも父さんも起きて朝ごはんを食べている音が聞こえる。ずっとコメントを読んでいたのにホーム画面を開くとメールの通知が50083に増えている。

「どうしたの?」

 台所のある部屋に来た俺を見て母さんが言う。父さんはソファーで死んだように横たわっている。
「いつ帰ったの?」と俺は言う。

「遅く」と母さん。

「俺起きてた?」

「さぁ、分からない。電気は消えてた」

「工場行くって知らなかった。結莉1人で家にいた」

「急だったから。晴人(はると)がいると思ってた」

「遼とユーチューブ撮ってた」

 俺はそう言ってから炎上したことが親にバレたらヤバいと思ったが、母さんは「朝食べる?」と言っただけだ。

 焼いた食パンとミロの朝ごはんを食べながら俺はユーチューブのアカウントを作る時に、絶対に炎上とか、再生数稼ぎでバカなことはしないって親を説得したことを思い出す。こんな炎上をしたら絶対にアカウントを止められる。そうしたらどうやってナンバーワンになればいい?

「どうしたの? 昨日ちゃんと寝たの? ユーチューブするのはいいけどやりすぎは生活の乱れ。遼くんと遊ぶのはいいけど・・・・・・」

「分かってる」

 母さんの小言が始まりそうなので俺はちょっとキレる。母さんは口を止めるが「お父さん」と声をかける。父さんは体をちょっと動かして、粘土のような声で「晴人ぉ、もうその歳だから常識で考えてヤバいことはやらないよな?」と言う。俺は「うん」と答える。母さんは聞こえよがしにため息をつく。父さんはまた死んだように動かなくなる。

 俺は部屋に戻るとユーチューブのコメント欄を読む。遼は炎上と言ったが叩かれているのは俺たちじゃなくて我龍院たちだ。Xを見ると俺が海に落とされているところの画像や、切り抜き動画がたくさん出回っている。

「あっ、あっ、あああああ~」

 自分でも気付かなかったが俺は海に落ちる瞬間、とてつもなく間抜けな声を出していた。顔もバカ顔だ。ちょっと不安になって他の動画を見直したほどだ。大丈夫、いつもの俺はちゃんとキマってる。ついでに他の動画も再生数が上がっているのに気付いて嬉しくなる。今まで3000を超えるのがやっとだったのに30000を越えているのがいくつもある。

(中学生でラップできるなんて天才)

(この子はビッグになる)

(いじめに負けるな。あいつらを見返せ)

 どれも好意的だ。(へたくそ。いますぐ動画を消せ)なんてクソコメントもあったがバッドが付きまくっている。いいさ。アンチが出てくるのは人気者になった証拠だからな。

 スマホのホーム画面に戻るとメールの通知が61894になっている。絶対に読み切れない。俺はユーチューブにふたたび戻ってメール通知をオフにすると、来たメールを全て既読にする。

 我龍院は墓穴を掘った。バカすぎるだろ。普通、自分で自分のいじめ動画を投稿するか? するだろうな。岸壁に並んだあいつらのバカ顔。たぶん良いことしてるとさえ思ってたんじゃないかな。勝手にスマホをいじられたことはむかつくが、勝手に動画を投稿してくれたことは感謝する。セルフ自滅するなんてバカナンバーワンだろ。

 動画を消す? ありえない。無限に炎上すればいい。

 遼に電話する。出ない。寝るって言ってからまだ3時間も経っていない。

(動画は残すことにした。絶対に消さない。俺たちにとって損なことはないからな。もっともっと炎上して、あいつら自殺したらいいのに)

 遼にメールを送ると俺はいままでにないくらい爽快な気分でベッドに横たわる。炎上って最高だな。ずっと続けばいいのに。俺の人生に運が回ってきたようだ。

(Verse1-3 燃えるインターネット おわり)

『たくぴとるか』のリリース記事



【ヒキニートの豆知識】
ほとんどのひきこもりは朝起きられない

内容紹介
これは私とたくぴがハワイへ海を見に行くまでの物語
たくぴはハワイへ行く資格がないって言うけれど
そんなもの最初から必要ないんだよね
存在しない壁にぶつかるたくぴって本当にバカ
どうやったら分からせられるんだろう、やっぱり愛?
 

登場人物紹介

たくぴ
本作の主人公であり、引きこもり生活を送る青年。彼の内面は非常に複雑で、自己理解に苦しみつつも独自の世界観を持っている。現実の中での存在意義を探しつつも、しばしば皮肉やユーモアを交えた会話を繰り広げる。彼は日常の小さな出来事にも大きく反応し、その感情の揺れ動きが物語の中心となっている。彼の周囲の人々との関係性が、彼の成長や変化に影響を与える。

るか
たくぴの彼女であり、時には彼の良き相談相手でもある存在。ユーモアと現実感覚を兼ね備えた人物で、たくぴのひねくれた視点に対しても冷静にツッコミを入れることが多い。ライブ配信を行うなど、現代的な活動にも積極的で、たくぴとの対比として物語に明るさを加える。

三好さん
地域に住む謎多き老人。たくぴのことをよく知っているが、その情報源は不明。たくぴの父親や家族のことまで知っているが、どのようにしてその情報を得たのかは謎のまま。彼は常に明るく、周囲にポジティブな影響を与える存在でありながら、その裏には何か隠された事情があるように思わせる雰囲気を持つ。


「光の翼」という施設の理事長であり、たくぴが通う施設の責任者。余裕のある表情と良い香りのスーツが特徴。彼の存在が、たくぴにとって重要な役割を果たす。

DQNたち
たくぴとるかに対してトラブルを引き起こす不良グループ。彼らの存在は、たくぴが日常の中で直面する現実的な脅威として描かれている。彼らとの対立を通じて、たくぴの内面的な強さや変化が浮き彫りにされる。

たくぴとるかの関係性について

『たくぴとるか』の物語の核となるのは、主人公たくぴとるかのユニークな関係性である。この二人のやり取りは、単なる恋愛関係に収まらない、多層的で奥深い絆として描かれている。彼らの関係は一言では定義できないが、相互依存と個々の自由を絶妙なバランスで保ちながら進展していく。

 まず注目すべきは、たくぴとるかが互いにとっての「鏡」のような存在であることだ。たくぴは引きこもりとして現実世界から距離を置いている一方で、るかは配信活動を通じて多くの人と関わり、外の世界と積極的に接している。この対照的な立場が、彼らの関係に絶妙な緊張感とバランスをもたらしている。たくぴが現実から逃避することで心の平穏を保つ一方で、るかは現実に飛び込むことで自己を表現している。しかし、この二人はお互いの生き方を否定することなく、それぞれの立場を尊重しながらも、時には皮肉やユーモアを交えて互いの価値観に揺さぶりをかける。これが彼らの関係の面白さであり、物語に独特のリズムを与えている。

 また、たくぴとるかの関係性は、単なる相互理解を超えた「無条件の受容」によって成り立っている。たくぴはるかの奔放さや現実への積極性に戸惑いを感じながらも、それを批判することはない。逆に、るかはたくぴの引きこもりというライフスタイルを受け入れ、彼を変えようと無理強いすることはない。この無理のない自然な関係性が、二人の間に深い信頼感を生み出している。それはお互いが自分らしくいられる唯一の場所としての「居場所」を提供し合っていることを意味している。

 さらに、二人の関係はしばしば「現実と虚構の狭間」に位置している。るかが配信者としてのキャラクターを演じる一方で、たくぴはオンラインゲームの中で「悪魔の狼フェンリル」として別の顔を持っている。現実世界では互いに対等な存在である二人が、仮想空間やインターネットというフィルターを通じて、異なる自己を表現しているのは興味深い。この二重構造は、彼らの関係をより複雑で魅力的なものにしている。たくぴとるかは互いの本質を理解しながらも、それぞれの「もう一つの顔」を通じて新たな側面を発見し続けているのだ。

 また、二人の関係にはしばしば「ユーモアと皮肉」が交錯する。たくぴのひねくれた哲学的な視点と、るかの現実的で軽妙なツッコミは、物語全体に軽やかなリズムを与えている。深刻なテーマを扱いながらも、彼らの会話は決して重苦しくならず、むしろ読者に親しみやすさを感じさせる。こうしたユーモアの中に、時折垣間見える真剣な瞬間が、彼らの関係に深みとリアリティを与えている。

 さらに、たくぴとるかの関係は、現代における「新しい家族の形」としても解釈できる。血縁や恋愛といった伝統的な関係性にとらわれず、互いの存在を無条件に受け入れることで築かれる絆は、現代社会における多様な人間関係のあり方を象徴している。彼らの関係は、家族や恋人といった既存のカテゴリーに収まらない新しい形のパートナーシップとして描かれており、それがこの作品の魅力の一つでもある。

 たくぴとるかの関係性は、現代社会における孤独や繋がりの在り方、自己の受容と他者との関係のバランスといったテーマを探求する上で不可欠な要素である。彼らの関係は一見シンプルに見えるかもしれないが、その背後には多くの層が隠されており、読むたびに新たな発見があるだろう。たくぴとるかの関係は、現実と虚構、孤独と繋がりの狭間で揺れ動きながらも、互いの存在を通じて自分自身と向き合うことの大切さを教えてくれる。


小説のモチーフについて

 本作『たくぴとるか』は、現実と虚構の境界を揺さぶりながら、「自己認識」と「現実逃避」を主要なモチーフとして展開されている。主人公たくぴの引きこもり生活と、彼の周囲で繰り広げられる出来事が、このモチーフを通じて深く掘り下げられている。

 まず最も顕著なモチーフは「現実の拒否と受容」である。たくぴは社会の中で居場所を見出せず、引きこもりという形で現実から距離を置いている。彼の部屋は外の世界との境界線であり、同時に自分自身と向き合う閉鎖的な空間でもある。たくぴの行動の多くは、社会との接触を避ける一方で、自己の存在意義を模索するプロセスとして描かれている。特に「現実禁止」の標識はこのモチーフの象徴であり、たくぴが直面する現実世界の不条理や重圧に対する彼なりの反抗心を表している。

 次に重要なのが「インターネットと仮想現実」というモチーフである。たくぴはソーシャルゲーム『マジェスティックドラゴン』のプレイヤーであり、その中で「悪魔の狼フェンリル」としての別の顔を持っている。彼が現実世界では何者でもない引きこもりである一方、オンラインの世界では影響力を持つ存在として認知されている。この二重生活は、現代社会における現実と仮想の境界線の曖昧さを浮き彫りにしており、たくぴの内面世界の複雑さを象徴している。また、インターネットでの繋がりや自己表現は、たくぴにとって現実世界での孤独を埋める一つの手段でもあり、このモチーフは彼の孤立感と同時に微かな希望を示している。

 また「哲学的探求」もこの小説の大きなモチーフの一つである。たくぴは日常生活の中でしばしば哲学的な問いに直面し、自分自身の存在意義や社会の構造について考え続ける。例えば、「なぜ働かないのか?」という問いに対する彼の答えは、単なる怠惰や無気力ではなく、社会構造や個人の自由についての深い内省から来ている。たくぴの視点は、現代社会に対する批判的な眼差しを反映しており、彼の考えは哲学者の思想と重なる部分も見受けられる。このモチーフは読者に対しても自分自身の生き方や社会との関わり方について考えさせる力を持っている。

 さらに「自己認識とアイデンティティの探求」も中心的なモチーフである。たくぴは、自分が何者であるのか、どのように生きるべきかという問いに対して明確な答えを持たない。彼の内面の葛藤や迷いは、読者に共感を呼び起こす要素となっており、たくぴの成長や変化は物語の進行と共に少しずつ描かれていく。彼が自分の居場所を見つけるまでの過程は、読者自身のアイデンティティ形成の旅とも重なり、この小説の普遍的なテーマとして機能している。


『たくぴとるか』は現実と虚構、自己と他者の関係を多層的に描き出すことで、現代人が直面するさまざまな問題に深く切り込んでいる。たくぴの物語は一見すると個人的な引きこもりの生活に過ぎないが、その背景には普遍的な人間の葛藤と希望が描かれている。この小説は、読者にとっても自己と向き合うきっかけを与える作品である。



他の小説と何が違うか
「たくぴとるか」が他の小説と異なる点は、主人公たちが極めて日常的でありながら、現代の社会問題や若者の孤独、無気力感と鋭く向き合っている点です。この小説では、無職で引きこもりのたくぴというキャラクターが、特別なヒーローや劇的な変化を遂げる存在ではなく、むしろ無気力でありながらも日常を淡々と生きている姿が描かれています。彼は「ポイ活」という現代の若者が取り組む小さな活動に熱心で、外に出ることも少なく、社会的な成功や大きな夢とは距離を置いています。しかし、その無気力感の中には、現代社会に対する静かな抵抗や反抗の要素が含まれており、日々の生活の中で小さな「自己肯定」を見出す姿が描かれています。

 たくぴは、自分が無職であることや、引きこもりであることを「存在の一つの形」として受け入れており、現代の労働市場や社会的な期待に対して独特の距離を保っています。彼は「ヒキニートは動詞じゃなくて名詞。やるものじゃなくて在り方だ」と語る場面からも、彼が無職でいることを単なる「怠惰」としてではなく、一つの生き方として認識していることがわかります。このようなキャラクターの描き方は、現代社会における「働くこと」「生産性」という価値観に対する問いかけとして非常にユニークです。

 また、もう一つの特徴として、この小説は現実逃避や虚無感をテーマにしつつも、常にコミカルであり、軽妙な会話が物語を引っ張っていく点が挙げられます。たくぴとるかのやり取りは、シリアスなテーマを抱えながらも、冗談や風刺的な要素で彩られています。たくぴは社会的に無力であるにもかかわらず、日常の小さな問題や挑戦に対して真剣に向き合い、その姿がユーモアを交えて描かれています。例えば、ポイ活やアンケートに取り組む場面では、彼が無気力でありながらも真剣で、その姿勢が面白おかしく描かれています。彼がアンケートに対して「三〇代女性のふりをする」という方法を見つけた際の真剣な態度や、それを正当化しない姿勢が、読者に笑いと同時に彼の価値観の一部を伝えています。

 さらに、社会からの孤立や孤独感がありながらも、たくぴは完全に絶望しているわけではなく、むしろその孤立を肯定的に捉えている点も特徴的です。彼の生活の中には、大きな事件や感動的な瞬間は少ないかもしれませんが、日常の中に潜む小さな達成感や満足感が描かれています。例えば、庭師にコーヒーを差し出す場面や、たくぴが小さな社会的役割を果たすことに喜びを見出す場面など、現代の複雑な社会で自分の存在を確認する方法が、非常にさりげなく描かれています。

「たくぴとるか」は、こうした点で他の作品とは一線を画しています。ドラマチックな事件や派手な成功物語ではなく、むしろ現代社会の一角にひっそりと生きる「普通の人たち」の日常を通して、社会のあり方や人間の生き方について問いかける深いテーマが隠されています。それが、この作品のユニークな魅力であり、他の多くの小説と異なる点です。


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試し読み

1 たくぴとるか

 変身とは世界に負けないための儀式。メイクしてウィッグを着けて、派手な服に着替えて、私はアイドルになる。

 スマホをセット。映りを確認。よしっ、顔は衣装に負けていない。今日もかわいい。録画ボタン、ポチッ

るか:こんるか~。現実をキャンセルするために降臨した堕天使るか。現実なんて捨ててチャンネル登録しろっ。いいね、コメントなしは人間失格。でも私が許す。さっそくだけど新曲『ぼくは好き好きなによりも』

るか(歌う):
僕は好き好き なによりも
ベッドの上でも 君が好き
心の底で きみを見つめる
別の女は おばかさん
すべて退屈なお約束
宇宙はステキ UFOにキス
きっとマジメ? においをかぐよ

どうでもいいよ そこがいい
絶対いない ウザイから
笑いものは 意識してる
百人抱いて殺し合い
すぐ謝って 話し合った
どうでもいいよ そこが好き
まだ続いている 現実の
日が落ちる 一フィートまで
どうでもいいよ どうでもいいよ
君が好き好き そこがいい

るか:今日も来てくれてありがとう。またね~

 ポチッ。録画を止める。ふぅ。私はウィッグを外す。アイドルもラクじゃね~ぜ。無限に乾いた承認欲求を追いかける無間地獄。再生数といいねが高速で回っているあいだだけ私は生きていることを許される。だれに? たぶん神。いつかは終わりが来る。分かってる。こんなことはいつまでも続かない。人気のあるうちに自殺しないかぎり死ぬまで人気者でいることは不可能。そして死んでも伝説はいつか風化する。

 花山るかチャンネルのトップページを開く。登録者数99999999人。あと一人で一億人。ほぼ日本の人口と同じなんだけど……たくぴ?

 たくぴはポイ活アプリのアンケートに答えている。日本、いや、世界一のユーチューバーアイドルが目の前で歌っていても、着替えていても見向きもしない。二〇分のアンケートで一〇〇〇ポイントもらえるんだってさ、バーカ。

 たくぴが私の視線に気付いてスマホから目を上げる。

たくぴ:なに?

るか:チャンネル登録

たくぴ:やだね

るか:日本制圧できるんだよ?

たくぴ:そんな悪事に協力はできない

るか:死ねっ。じゃあ結婚しよ

たくぴ:脳に羽でも生えてんのか?

るか:結婚して、ハワイへ海を見に行くぞ

たくぴ:昭和か?

るか:昭和でもしょうがでもいいからハワイ

たくぴ:資格ってあるよな? ハワイへ行く

るか:えっ、聞いたことないけど。たくぴ、脳バグってる?

たくぴ:そりゃ金を出せばいけるさ。でも資格なしで行っても、それは本当にハワイへ行ったことにはならないの

るか:分かった。じゃあ資格とって。一級ハワイ試験

たくぴ:んなもん、あるわけね~だろ

るか:三級でも大丈夫?

たくぴ:分かんないけど、とにかく資格がないとハワイには行けないの

るか:たくぴがひとりでそう思ってるだけじゃん

たくぴ:ひとりで行ってこいよ

るか:たくぴ卑怯だよ。そんなことできないの知ってるくせに、どうしてそんなこと言う? イヤなことでもあった

たくぴ:ごめん

 私はたくぴに背を向け、泣いているふりをしながら配信ボタンを押す。さっき録画した動画の再生数といいねがたちまちのうちに炎上。インターネットが壊れそうな勢いで炎はふくれあがり、私の魂が潤っていく。

るか:たくぴってなにが嬉しくて生きてるの?

たくぴ:るかと一緒にいるのが嬉しくて毎日涙がちょちょ切れそうだ

るか:こんにゃろ

 たくぴは私が怒ると思っていたんだろうが、そうはいかないぜ。るか様はそんじゃそこらの女とは違うので、たくぴにぎゅーっと抱きつく。どうだ、まいったか。

たくぴ:だー、やめろ。アンケートもう終わるから

るか:てきとーにぷぷぷって押せばいいんだよ?

たくぴ:それはだめ

 急にマジメになるたくぴ。

たくぴ:そりゃあ、アンケートの攻略法は分かってる。三〇代独身女性の正社員に偽装すればアンケートのポイントはいっぱいもらえる

るか:そんなこと言ってない

たくぴ:話のキモはそこじゃない

るか:キモっ

たくぴ:キモくていいから聞け。もしみんなが三〇代女性のふりをしたらアンケートはアンケートの意味をなさない。それがずっと続いたらアンケートの信頼性は地に落ちてアンケート自体なくなる。だから正直に、ありのままに答える必要がある。てきとーにぷぷぷなんてもってのほかだ

るか:たくぴってさ

たくぴ:うん?

るか:小さいところでマジメで、大きなところでDQNだよね

 たくぴはなにか言い返そうとしたけど口をつぐむ。もちろんたくぴはDQNじゃない。だけど精神性はDQN、いや、それよりもワルだ。だって本当にマジメなら、たくぴと同じくらいの人はみんな働いている。なのにたくぴは明るい時間からスマホのポイ活アプリでアンケートやってる。今日は仕事が休みじゃなくて、昨日も明日もノージョブ。つまり無職。一〇年以上ヒキニートやってる……やってる?

るか:ねぇたくぴ。ヒキニートってやるもの?

たくぴ:違うね。ヒキニートは動詞じゃなくて名詞。やるものじゃなくて在り方

るか:眠くなりそうなこと言うな

たくぴ:存在を表す言葉ってこと。ヒキニートはやるものじゃなくて状態。元気とか病気とか、そういうものに近い

るか:じゃあ社長は? サラリーマンは?

 たくぴ黙る。

るか:ほらぁ、社長やる、サラリーマンやる。動詞的に使えるならヒキニートもやるものでしょ?

たくぴ:そんなこと言ったら、るかも動詞だ

るか:なにそれ

たくぴ:るかにるを付けてるかる。文脈沼に引きづり込むという意味

るか:食っちまうぞ

たくぴ:それなら俺はたくる

るか:どういう意味?

たくぴ:知らね~よ

玄関のチャイム:ピンポーン

 頭の悪い空気が断ち切られて、たくぴはシャキッと立ち上がる。ポイ活のアンケートは終わっている。

るか:こんな時間に誰だろ?

たくぴ:庭師の人だろ

るか:あぁ~、そうだった

 昨日、たくパパは庭師の人が来るから出迎えるようにって言ってた。だからたくぴは昨日からドキドキなのである。

 たくぴはビビりながら玄関まで歩き、ドアを開く。

庭師の人:あ、おはようございます。ムラマツ庭園です。予定していた庭木の剪定と芝刈りをさせていただきます

たくぴ:はい、よろしくお願いします

 へっ、急にまともになりやがって、それが嘘だってのはお見通しだぞ。たくぴはドアを閉めるとガッツポーズは、さすがにしなかったけれど、顔は一仕事やり終えた充実感に満ちている。バッキャロー。それぐらいでいい気になるんじゃね~。庭師イベはまだ終わりじゃね~ぞ。

 私はたくぴにグッと親指を立てて、いいねを送る。よくやったぜ。たくぴがニヤっと笑う。

 たくぴは一階のリビングでテレビを見る。でも内容なんて全然入ってこなくて外の音ばかり気にしている。

庭師の人:はよせぇ。昼までにこっかからあっこまで終わらせとかなあかんだろ

 返事はないけど何人かが急いで動いている音がする。ガシャン、ガシャン、ゴトン、ゴトンとあわただしい。たくぴの家はデカいのだ。玄関前の庭だけでテニスコートぐらいある。たくパパはサイトウ工業っていうアルミドア専門のドアを作る会社で社長をやっている。たく兄ぃは専務だ。たくぴは……さっき言った通りヒキニート。たくパパは息子に役職だけ与えて体裁をもたせる。なんてドラ息子仕草は許さない。たくぴだって望んでいない。

たくぴ:もしそんなことになったら僕は会社をめちゃくちゃにしてしまうだろうな

 いつかたくぴはそう言っていた。本当に?

たくぴ:自信はある。だから今が正しい

 だってさ。なんていうか。欲がないんだな。世間のドラ息子なんか会社の二代目を継いで好き勝手してるんだから。

 正しくヒキニートしてるんだってたくぴは言いたいんだろうけどヒキニートなんて正しくないぞ。あ~あ、なんで私はこの男を嫌いになれないんだろう?

 たくぴはさっきから何度も立ち上がっては窓の外をちらちら見ている。庭師の人たちが休憩するのを待っている。さっきまで聞こえていた枝を切る音は聞こえない。私も窓の外を見る。

るか:たくぴ、いまがチャンス

 たくぴは唇の皮をむしっている。ビビってるな、こいつ。庭師の人たちは壁にもたれてぼそぼそとなにか話している。スマホでなにかを見ている人もいる。ぜんぶで三人。こっちは二人。一人足りないけど、ここはたくぴの家だから有利だ。

 たくぴは突如として冷蔵庫へ向かい、扉を開けると、ジョージアエメラルドマウンテンの缶を三つ手に取る。たくパパが事前に用意していたものだ。たくパパにぬかりはない。

 たくぴは合戦へおもむくように足音を立てて進む。すべての動きが荒々しい。玄関で靴を履いていると傘立てが倒れる。事件が起きたような激しい音が鳴る。たくぴは傘立てを元の戻そうとしたけれど、やっぱりやめてドアを開ける。

たくぴ:ごくろうさまです。もしよかったらこれ飲んでください

 たくぴが缶コーヒーを庭師の人たちに手渡している。缶コーヒーはなぜかジョージアエメラルドマウンテンでなければならないらしい。妥協は許されない。何年か前にたくパパは近所のコンビニにもスーパーにもエメラルドマウンテンがなかったので徳島市まで車を走らせて、たった六本の缶コーヒーを二時間もかけて買いに行ったことがある。なぜエメラルドマウンテンでなければならないのかとたくぴはたくパパに聞いたことがあるが「そんなの当たり前だ」って有無も言わせない口調だった。いや、ホントに。たくぴがその疑問を発した時、たくパパは、たくぴが「地球は平らだ」って大マジメな顔で言い出したような顔をしていた。だから差し入れのコーヒーがジョージアエメラルドマウンテンなのは地球が丸いのと同じぐらい常識で、それに疑問をもつことは正気を疑われることなんだって、たくぴは飲み込んだ。でも、なんでなのかなってまだ考えている。たくぴは疑問の物持ちがいいのだ。

たくぴ:飲み終わったらここに置いといてください。こっちで捨てるので

庭師の人:ありがとうございます

たくぴ:いえ、こちらこそ。ごくろうさまです

 たくぴは家に入ると靴を脱ぎ捨て、猿のように飛び回る。叫びたがってもいるけど、それはさすがにおさえて自分の腕を噛む。傘立ては倒れたままだ。

 たくぴはソファーに飛び込んでごろごろ転がる。なにしてるんだ、この男は? 頭がおかしい。コーヒー渡したくらいでバグるな。

るか:あっ、豊臣秀夫だ

 テレビに豊臣秀夫が映っている。たくぴはピタッと動きを止める。豊臣秀夫は令和の今太閤と呼ばれている。ネクストワールドというAIの社長をやっていて、たくぴと同い年だ。かたやヒキニート、かたや社長。あいつの言っていることは全部デタラメ。詐欺師だってたくぴは言ってる。でもこの前この人の『豊臣語録』という本が三〇〇万部売れたってニュースになってた。たくぴ以外にも嫌っている人は多いけど好きな人も多い。しょっちゅう発言が炎上しているけれど人気はむしろ炎上するたびに大きくなっている。本人も「アンチは味方」と言っている。

るか:ラグビーチーム買収だって

たくぴ:静かにしてくれ

豊臣秀夫:いちじるしい近代化を行いながら他の先進国が体験している事実が存在しない点において日本は評価されています。しかし同時にパラダイム転換が非合理な理由で行われました。日本礼賛のすべてが間違っているわけではありませんが強いリーダーを望む誤った理由が政治レベルでは合理性を持ってしまっています。現代日本に生きるアナーキストは満足するべきですね。文化に依存したプレゼンスによって規則や基準なしに進む対立合理性が言語的に不明確になっているのだから。これを議論したいのであれば西洋的なリーダー像のイメージを輸入しなければならないでしょう

 たくぴはふっと鼻息をもらす。テレビも消す。あんなやつ詐欺師に決まっている。そんなことを言っても豊臣秀夫は何千億も稼いで、本も売れて、ラグビーチームを買収している。たくぴは庭師の人にコーヒーを出しただけで猿になるぐらい脳が焼ける。人としての価値は月とスッポン。もちろん月はたくぴ。だって月に値段はついてないもんね。ノープライス。

 庭師の人がお昼を食べていてもたくぴはゲロ吐く寸前まで緊張していたから水しか飲まなかった。というか飲みまくった。夕方にはおしっこを出しすぎてフラフラになっていた。体の水分三回ぐらい入れ替わったんじゃないかな。荷台を枝と葉っぱでいっぱいにしたダンプカーも同じくらい家の前を行き来した。

庭師の人:ありがとうございました

 夕方に仕事を終えた庭師の人が玄関のドアを開ける。たくぴは玄関に出る。

たくぴ:ごくろうさまです

庭師の人:またなにかあったらいつでもご連絡ください

たくぴ:はい、ありがとうございました

 庭師の人が頭を下げてドアを閉める。

たくぴ:あっ

 玄関のドアの擦りガラス越しに、庭師の人がかがんで玄関に置いたジョージアエメラルドマウンテンの空き缶を拾う姿が映る。たくぴはあわあわして、出ていって止めるべきか、出ていかざるべきか迷う。

るか:いっちゃいな

たくぴ:忘れていたわけじゃない。あの人たちが帰ったら外の水道で洗おうと思ってた

 ダンプカーのエンジン音が玄関のドアを揺らす。

たくぴ:仕事している時に洗ってたら負い目が湧くだろ

るか:もう遅いね

たくぴ:枝を切ってる時にさ、背中で空き缶洗ってる音がするんだ。しかもそれはさっき自分たちが飲んでたやつでさ

 ダンプカーがガルガルと音を立てて走り去る。ざらざらした沈黙。たくぴは猿から人間に戻る。人がいなくなったら正気に戻りやがったぜ、こいつ。そわそわしていた体も落ち着く。

たくぴ:腹減った。昼なんにも食べてない

 たくぴはキッチンへ行くとボウルに小麦粉を出す。だいたい目分量だ。そこに水とドライイーストを入れてこねる。五分ほどこねて、塩ひとつまみ。生地がべとつくようなら、さらにひとつまみ。生地がまとまったら丸く固めてラップで包み、レンジでチン。そのあいだに玉ねぎ、ウインナー、パイナップルを切る。生地をレンジから出すと手で伸ばして、ケチャップを塗り、玉ねぎ、ウインナー、パイナップルをのせ、チーズをふりかけてオーブンへ。生地をこねる前から予熱していたので中は250℃に温まっている。

るか:たくぴの計画性って人生にちっとも生かされないね

たくぴ:ありすぎるから困ってる

るか:もしたくパパが死んだらどうする?

たくぴ:兄ちゃんが跡を継ぐ

るか:たくぴは?

たくぴ:どのルートを行っても結末は一緒なんだぜ?

るか:結末までの道のりってあるよね?

たくぴ:もしるかと出会わないルートだったら、とっくに自殺してるね

 たくぴ……ぎゅーってしてやる。と思ったら、たくぴはすっと私の手をすり抜ける。死ね……計画性。

るか:なんでもお見通しか?

たくぴ:ピザが焼けるから

るか:ピザよりぎゅーっだろ

たくぴ:生地がふくらんできた

るか:心がしぼんでもいいのかバカヤロー

 ぎゅーっ。不意打ちのぎゅーっ。これも計画のうちか? 脳が破壊されるだろ、いいかげんにしろ。このままでは頭がバカになってしまう。私はたくぴの腕から風のように脱出。

るか:いきなりぎゅーってセクハラなんですけど

たくぴ:炎上したっていい

るか:アカウント持ってないくせに

たくぴ:燃えるためだけに作ってもいいんだぜ

るか:自分がいまなにを言ってるか分かってる?

たくぴ:分かってない。ノリで言ってる

 チーン。オーブンのタイマーが鳴る。

たくぴ:あちち

 たくぴはなんにも分かってない。ピザを取り出そうとして指が天板に触れてしまったたくぴを私は見る。

『登録者数99999999人のユーチューバーアイドル花山るかの熱愛発覚!』なんてニュースが流れたら炎上どころかインターネットが爆発しちゃう。別に爆発してもいいけど、この家は週刊誌のパパラッチに囲まれちゃうよ。ワイドショーのカメラも来るよ。分かってる、たくぴ? 庭で枝を切るよりすごいことになるよ。たくぴがいるって知られたら世界は放っておかないよ。体の水分なんて十回ぐらい入れ替わるんだから。

 育ちのいいたくぴは手づかみでピザにかぶりついたりはしない。ナイフとフォークで食べる。

るか:ねぇ、ハワイ

たくぴ:またそれか

るか:行きたいくせに

たくぴ:行く資格がないから行けないんだ

るか:パイナップルをのせたピザはハワイアンピザって言うんだって

 たくぴはテーブルの中央に置いてあるペッパーミルを手に取ると、それをひねってピザにコショウをかける。

るか:つまりそれってさ、たくぴはハワイに生きたくてしかたないってこと

たくぴ:ハワイアンピザは珍しくない。三日前にも食べた

るか:フロイト先生なら、たくぴのハワイへ行きたい欲求がピザになって表れたって言うね。この世に無意識なんてなくて、すべては形を変えて表出する。この世に隠されたものなんてなにひとつないんだよ

たくぴ:明日は違うの作る

るか:また作るけどね

たくぴ:パイナップル食う?

 ピザで使わなかったぶんのパイナップルがお皿に詰まれている。たくぴは指で一枚つまんで、それを食べる。ハワイの匂いが私の鼻に入り込んでくる。

 私はパイナップルの空になった缶を見る。それはキッチンで洗われて、逆さに干されている。原産地のところには台湾の二文字がある。

たくぴ:台湾ってどこにあるか知ってる?

るか:どこ産かは大事なことじゃない。パイナップルはハワイなんだよ。たとえ台湾でもアラビアでも南極でもパイナップルの香りは世界中どこからでもハワイにつながっている

たくぴ:原産地はブラジルだって

 食事中にスマホをいじるマナー違反のいじわるたくぴ。ブラジルのカバに蹴られろ、バーカ。

 ピザを食べた後は紅茶タイム。茶葉はリプトンのイエローパック。一度湯を入れて二〇秒待ち、カフェインを抽出させてから湯を捨て、ふたたび湯を入れるのがたくぴ流。中学の時にイギリスから来た英語の先生がそういう淹れ方をしてるって聞いてから、それが唯一の正しい紅茶の淹れ方だってたくぴは信仰している。砂糖と牛乳を入れて、ちょっとぬるくなったのを一分以内に飲み切る。これもたくぴ流。イギリス人でもないのにマナーにきびしい。でも時々考えたりしてるみたい。あれはもしかしたら、なにも知らない日本の中学生をからかったジョークなんじゃないかって。特に熱々の紅茶で喉の奥がヒリヒリ焼けている時なんかにはね。

るか:あ~そういうことか

たくぴ:なに?

るか:紅茶の原産国は中国だけど、紅茶のイメージはイギリス。それってイギリスが紅茶のイメージを生産してるってこと。つまり想産国

たくぴ:へんな造語作るな

るか:パイナップルも想産国はハワイ。だから原産国はどこであろうとパイナップルはハワイなんだよ

たくぴ:へーへー分かりやした

 たくぴは洗いものを済ませると、戸締りをして日課の散歩をする。私も一緒に行く。ブルートゥースのイヤホンを半分こして同じポッドキャストを聞く。

 たくぴはすごく速く歩く。速いというよりは大股で歩く。こうすると時間あたりの歩数が稼げるんだって。ポイ活アプリのカウント上限二万歩を二時間かけて歩く。一〇〇〇歩ごとにポイントが加算されて、広告を見るとポイントが六倍になるから途中で休憩&広告タイムがある。

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 たくぴに関係ない広告がいくつも流れる。たぶん広告からなにかを買ったことって一度もないんじゃないかな? たくぴは画面をじっと見つめてスキップボタンが出るのを待っている。ムダな時間ゼロでスキップ、次の広告、スキップ、次の広告、スキップ、次の広告、スキップ……もはや何の広告が流れているのか分からなくなる。今夜は月が出ていない。なんてことを私は考える。

イヤホン:‥‥‥でね。ナルドーの食べすぎで冒険隊は食欲を満たしながら、そして大量のうんこを毎日出しながら餓死していったわけなんですよ、これってすごくないですか?

 さっきまで聞いていたポッドキャストの音声が耳に入ってくる。

イヤホン:この話が面白いのは現地に住んでいる人、原住民の人たちは普通に暮らしているってことなんですよ

るか:行く?

たくぴ:うん

イヤホン:いや、あなた、死んだ人のことを面白いとか、そんなこと言っちゃいけません

 私とたくぴは月のない夜を歩く、歩く、歩く。風で冷えた体もすぐに暖まる。

イヤホン:ちょっと冷静に考えてみてください。たとえばもしアメリカ人が日本に来て、サイフとかスマホとか落っことして、なにも分からなくなって、まぁそれってたしかに大変なことなんですけど、でもそれで何日か後くらいにパタッと餓死したらどう思います? バッカだなーって思いません?

るか:今日はそっち?

たくぴ:うん

 たくぴは週に三度、散歩の途中で神社へ行く。鳥居にぶらさがって懸垂するのだ。腕だけじゃなくて、足を上げて腹筋も鍛える。どれもごく短い時間だけど、たくぴはへろへろになって息をハーハー吐く。筋トレが終わったら二人でおまいり。お金は持っていないからお賽銭はなし。

 二時間歩いた私とたくぴは家の近くまで帰ってくる。すると道の向こうから知っている影が歩いてくる。

三好さん:あぁ、こんばんは

たくぴ:こんばんは

三好さん:毎日がんばんりょんでぇ。お父さん元気にしょん?

たくぴ:はい

 声をかけられたので、たくぴは足を止めてイヤホンを耳から取る。

 三好さんは散歩中に出会う謎の老人で、なぜかたくぴのことを知っている。たくぴ以外のことも知っている。たとえばたくパパのいとこのお嫁さんの妹の息子さんが通っている習字教室の先生が高校生の頃に通っていたアルバイト先の店長の孫がおばあちゃんの介護施設に行った時にオレンジジュースをこぼした事件まで知っている。インターネットでは絶対に知ることができないローカルネットワークの権化みたいな存在だ。外見はカラッとした好々爺で、赤ら顔。根元まで白い前髪を真上に立てている。誰からも好かれていそうで、いつも笑っている。

 実のところ三好さんが三好さんかは分からない。ずいぶん前に家に入っていくところを見て、別の日にその家の前を通ったら表札に三好とあったから三好さんと認識しているだけで、本当は別の名前かもしれない。町内でならどこにでも出没して、いつもどこかに行っている雰囲気がある。

 三好さんは一〇分ぐらい喋りに喋る。そのあいだにたくぴは「うん」とか「はい」とか「そうなんですか」と相槌を打っている。それ以外の言葉を口にしないが三好さんはどんどん喋り続ける。


三好さん:ナベシマがつぶれたらしいけど、ほうなったらますます景気ようなるなぁ。徳島県で大きいとこいうたらもうお父さんのとこだけでえなぁ?

たくぴ:はい

三好さん:サイトウ君もがんばりよ。じゃあ

たくぴ:じゃ

 ようやく話が終わり、三好さんはどこかへ行く。

るか:たくぴは徳島県のドア業界なんて知らないから、もし聞かれたらどうしようかってドキドキだったね

たくぴ:二代目のボンボンと思ってるんじゃないか?

るか:いつもあれだけ喋るのに「お仕事は?」って即死級の言葉が出たこと一度もないもんね

たくぴ:ヒキニートなんて常識外れの存在だから想像もしていないんだろう

るか:いまから追いかけてたくぴの正体教えにいこっか?

たくぴ:俺は普通を愛してるんだ。誰かの普通を壊したくない

るか:やめちゃえばいいのに

たくぴ:そうしたいよ、本当に

 たくぴは家に帰るとすぐお風呂に入る。たくぴの肉体は毎日二万歩歩いて、神社の鳥居で懸垂してるせいか筋肉モリモリゴリラというわけではないけれど無駄な肉が付いていない、かといって貧弱ではなく筋肉の盛り上がりがそこここにある引き締まった体をしている。別に体が好きってわけじゃないけど、たくぴが良い体をしているのは嬉しい。

たくぴ:えっ

 たくぴが体を洗っているところに私も侵入。あわてるたくぴに私はご満悦。二人とも体を洗った後は湯船に重なって入る。社長の家でも湯船は一人分なのだ。

スマホ:はっきり言って人間はザコです。無人島に何の準備もなく猫と人間を投下したら、猫は三か月後でも生きているけど、人間は死にます。これはもうほぼ確実と言ってもいいぐらい。いや、ロビンソンクルーソーとかあるじゃんって言うけど、あれって現実の裏返しで、普通はありえなからこそ物語になるんです。じゃあどうして人間が地球を支配しているのかと言うと……

 ドアの向こうから音量を最大にしたポッドキャストの声がする。

るか:もし人類が滅んで私たちだけになったらどうする?

たくぴ:子どもつくる

るか:何人?

たくぴ:五〇億

るか:マンボウでも無理だよ

 たくぴの珍回答で私の笑い声が浴室に響く。

るか:五〇億はいいけどどうやって育てる?

たくぴ:それぐらいいないと元に戻らない

るか:地球の人口ってもっといたような

たくぴ:それぐらいでちょうどいいよ

 たくぴはお風呂を出る。ソシャゲの体力が回復しているので消費。ログボは朝に取っているし、イベント周回も済ませているから他の人と話すのがメイン。でも今日は他の人がログインしていないので五分で切り上げる。それが終わるとポイ活アプリで広告を見て、今日歩いた分のポイントを六倍にしていく。

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 たくぴはじっと画面を見つめスキップボタンが出現するとゼロタイムでプッシュ。次の広告、スキップ、次の広告、スキップ、次の広告、スキップ……こうして一日が過ぎていく

つづきは本編で

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【小説家トリビア】
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はじめまして。牛野小雪です。発音は「牛の小説」をイメージしてください

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刊行リスト(各作品に繋がりはありません)



うしP名義でAIを使った本も書いています。
こちらも興味があったらのぞいてみてください。



『生存回路』リリース記事



 〈内容紹介〉
何故か敵を消してしまう
 賢者は己が何者か分からず
 ただ状況に流されていく
 迫りくる河童の軍勢
敵は魔王と四天王
そして・・・



【試し読み】

 トラックのクラクションが鳴ると全ての音が痺れた。頭からつま先まで震えている。きっと凄い音が鳴っているのだろう。金属光沢を放つバンパーの中に目と口を開けた私の姿が引き伸ばされていた。

 私の足元には蓋が開いたマンホールの穴があった。穴の幅は人一人が通るのがやっとで中は真っ暗だ。どこに通じているのかは分からない。ここに立っていれば私はトラックに轢かれて死ぬだろう。私は肩をすぼめてマンホールの穴に飛び下りた。

 音の痺れがなくなると風が勢いよく耳を吹き抜けていく音がした。この勢いで穴の底に落ちれば私は死ぬだろう。マンホールにはハシゴがあるはずだ。私は穴の壁に手を伸ばしたが、生暖かくぬるぬるした物に触れて手を引っ込めた。何に触れたのかは分からない。穴は真っ暗で何も見えなかった。

 私は別の場所に手を伸ばした。どこも生暖かくぬるぬるとしていた。壁は平らではなく微妙な凹凸があり、生きているようでもあって気持ち悪かった。それでも私は落下を止めようと両手を広げて壁にひっかかろうとした。しかし手は宙を掻いただけだ。どこへ手を伸ばしても壁には触れられない。どこかで穴が広がったようだ。

 落下はまだ続いていた。あまりに長く落ちていると恐怖より不思議さが強くなった。もう何分も落ち続けていた。どこへ落ちるのだろうか。本当はもう私はトラックに轢かれていて、これが死後の世界なのかもしれない。死後の世界には天国も地獄もなく永遠に暗闇を落下し続けるのだとしたらと考えて、私は叫んだ。叫んだつもりだが声は暗闇に吸収されて本当に声が出ているのか分からなかった。暗闇と落下はどこまでも続いた。

 私はふと背中に柔らかい物が当たっていることに気付いた。体の前にも柔らかい物が乗っているような気がする。暗闇に棲むミミズみたいな怪物が私を飲み込もうとしているのだ。私は叫んだ。今度の叫びは何かに当たって私の耳に返ってきた。いつの間にかまぶたの裏に光を感じていた。目を閉じているのだと分かって私は目を開いた。

 視界の周りを数人の男達が囲んでいた。囲まれていたからというのもあるが、男達の頭と恰好に私は驚いた。男達はみんな烏帽子(古い時代の日本で被られていた帽子)を被っていた。服は直垂(鎌倉、室町時代の武士が着ていた和服。広い袖の先に括り紐が付いている)で侍みたいな恰好だ。

「目覚めましたぞ」

 一人の男が叫び、視界から消えた。他の男達は嬉しいような恐がっているような目で私を見下ろしていて、私が体を起こすと彼らは怯えたように距離を取った。

 私は布団に寝かされていた。辺りを見回すと床は畳で、格子状に木が組み合わされた高い天井に、部屋は人が百人ほど座れそうなほど広く、白い土塗りの真っ平らな壁、男達の向こうには松と岩山が描かれたふすまがあった。

 その襖が開くと白髪の男が入ってきた。

「おお、賢者殿。目覚められましたな」と白髪の男は私のそばに座り「家老の水谷でございます」と頭を下げた。相手が頭を下げたので私も頭を下げ返そうとすると、水谷は頭を上げて「いえいえ、賢者殿が頭を下げられることはございません」と押し止めた。

「賢者殿を異界より召喚してから、もう三日も経ちました。その間賢者殿が目を覚まされないので我らは気を揉んでおりましたが、ようやく目覚められましたな」

 私は賢者ではないと言いたかったが水谷も周りにいる男達も私を賢者と信じて疑わない態度であったし、水谷は勝手に話を進めた。

「我らは危急存亡の時でございます。辺り一帯はすでに四天王の軍勢に包囲されております。四天王とは六つの手を自在に操る蜘蛛弾正吉久、武門の誉れ高い湊所司代蛙水左衛門、千の着物と万の宝飾を持つ猫太夫お涼、巨漢の大食漢太政大臣猿田彦、それら四天王を束ねておるのが己を無限大魔王と称する阿部真朱麿でございます。彼らは河童(日本の妖怪。人型。全身緑色で頭頂部に皿と呼ばれる円形状の毛の生えていない白い部位がある。皿はいつも湿っていて、皿が乾くと力が抜けるとか死ぬとかいう説がある。背中に亀の甲羅があり、手の指と指の間にみずかきがある。きゅうりが好き)を従え、我らを滅ぼそうとしております。どうか、どうか、賢者殿の御力で我らをお救いくだされ」

 水谷が頭を下げると周りの男達も一斉に頭を下げた。彼らはふざけているのだろうか。しかし水谷達はどうも本気で私に頭を下げていた。彼らが本気だけに私は気まずい思いがした。もし私が賢者ではないと知れば彼らは落ち込むだろう。落ち込むだけならいいが、私はどうにかされてしまうかもしれない。

 どうやってこの場を切り抜けようかと考えていると水谷は顔を上げた。私と目が合うと粘土をこねたような笑顔になった。

「これは失礼。賢者殿は異界から来られたばかりで、まだ何とも答えられない様でございますな。宴席を設けておりますゆえ、ごゆるりと心身を休められるとよい。この三日何も食されておられないので空腹でございましょう。準備はできております」

 水谷が手を叩くと数人の男達が部屋に入ってきた。彼らは手に直垂や烏帽子を持っていた。私は彼らに促されるがまま立ち上がると、服を脱がされ(眠っている間に私は浴衣を着せられていた)、直垂を着せられた。直垂なんて着たことはないが、全て彼らがやったので私は立っているだけで良かった。そして最後に烏帽子を被せられた。彼らはせいぜい拳ほどの高さの烏帽子だったが、私の烏帽子は手首から肘くらいの背の高い烏帽子だった。

 私が着替えている間に水谷達は部屋を出ていた。着替えが終わると、着替えを手伝った男達も部屋を出ていった。すると部屋の外で「グァ、グァ」と鳥の鳴き声が聞こえた。武家屋敷みたいな場所で鳥の鳴き声というのも奇妙だった。鳴き声は襖のすぐ裏から聞こえるが、勝手に覗いても良いものかどうか判断がつかなくて私は畳の上で手持ち無沙汰に立っていた。

 襖が開くと一人の男が部屋の前にある廊下に座っていた。

「賢者殿、宴の準備が整いました。どうぞこちらへ」

 男は廊下の先へ手を向けた。

 私は男の促されるまま部屋を出ると河童達が廊下に並んで伏していた。黄色いくちばしに緑色の肌、頭頂部は丸く禿げていて、白い皿が露わになっていた。その皿の後ろには髷が結われている。結われていないのは女の河童なのだろう。髪が長く服装が女物だった。男女どちらの河童も首の後ろにある隙間から甲羅が見えていた。水谷の話では河童がどうとか言っていたが、彼らは人間に仕えているようだし、私を迎えにきた男も当たり前の様に河童の前を歩いていた。

「さっ、どうぞ」

 立ち止まった私に気付いて男が私を促した。河童達は頭を下げて廊下に伏している。何人かの河童が私の顔を見ようとして、すぐにまた頭を下げた。

 わけの分からないまま私は河童の廊下を通り過ぎて明るい部屋に通された。部屋の中心がぽっかりと空いていて、その周りに朱塗りの黒い縁取りがされた膳(食べ物や食器を乗せる台)と濃い草色の座布団が二列並べられていた。膳の上に料理を並べているのは河童で、人間達は当然の顔をして膳の前に座っていた。

「賢者殿はこちらへ」

 殿を付けて呼ぶぐらいだから男が案内したのは一番上座の席だった。膳も他の物と違って金箔が貼ってあったし、座布団には鶴と松の刺繍がある上等な物で、座ると腰まで埋れそうなほど生地が厚かった。

 家老の水谷は私の斜め隣に粘土みたいな笑顔で座っている。そして私の真横にはもう一つ席があった。膳は私と同じ金箔が張ってある物で、座布団の刺繍は亀と子亀が連なって稲穂の間を泳いでいる物だった。偉い人が座る物に違いない。

 廊下が騒がしくなり、それから静かになるとオレンジ色や赤、黄色と派手な柄の打掛(和装の羽織り物)を着た女河童を従えて、一人の女が部屋に入ってきた。

 女は赤い袴に白い服の裾を垂らしていた。頭には金箔を貼った背の高い烏帽子を被っていて、長い黒髪が腰まで垂れていた。唇はやけに赤く塗られている。女は姿を現した時から目を伏せていたし、俺の隣に座ってからは目を閉じて、じっとしていた。周りの扱いや服装からして、ただの女ではなさそうだった。

「稲姫様にございます」

 水谷が畳に手を付いて身を寄せると私に耳打ちした。粘土をこねたような笑顔がさらに歪んだ。何がそんなに嬉しいのか分からない。稲姫という女は背筋を伸ばして目を閉じたまま、やや顔を伏せていた。姫様というので偉い身分なのだろう。身のこなしが上品だった。

 一人の河童が私の前に来て膳に載せてあった白い徳利(お酒が入っている注ぎ口が細い陶器)から内側が朱塗り、外側が黒塗りの杯に甘い匂いがする白く濁った酒を注いだ。隣の稲姫も同じように注がれていた。水谷は自分で杯に酒を注ぐと、立ち上がって乾杯の音頭を取った。

「三日間眠り続けておられた。賢者殿がついに目を覚まされた。今宵は我らとの親睦を深めるために大いに飲んで食べて満足してもらおうではないか」

 周りから「おお」と声が上がり、男達が一斉に私の方を向いた。私は賢者ではない、とはとても言えない雰囲気で、私は杯を目の前に掲げると酒を一気に飲み干した。男達も杯を傾けて一気に飲み干した。隣にいる稲姫は杯に口だけを付けて膳に戻した。

 それから鮮やかな柄の着物を着た猫が入ってきて、三味線を弾いたり、鼓を打ったり、舞を舞ったりした。河童にも驚いたが猫人間にも驚いた。この世界では普通のことらしく水谷も他の男達も驚いたりはせず、杯を傾けては声を上げて笑っていた。隣に座っている稲姫は石みたいに静かだ。

「さっ、賢者殿。まずは私の酒を受けてくだされ」

 水谷は徳利を持って席を立つと私の膳の前に座った。水谷が徳利を傾けて待っているので私が杯を差し出すと、水谷は酒を注いだ。それから水谷はじっと私の顔と杯を見てきたので私は酒を飲み干した。すると水谷はまた粘土をこねたような笑顔になり「さっ、お前達も賢者殿に受けてもらえ」と若い男達に徳利を持たせて、私の前に並ばせた。

「彦根参伍郎にござる」

 水谷の次に酒を注いだ男はそう名乗った。彦根参伍郎は緊張した顔で私の顔と杯を見てくるので、杯を飲み干してやると、ほっとした笑顔になった。

 彦根参伍郎が膳の前から退くと、後ろにいた男が前に出てきて徳利を傾けた。名乗ったことは憶えているが名前は思い出せない。何人もの男達が私に名乗っては酒を注ぎ、私はそれを飲み干した。彼らを下手に扱えば何をされるか分からない。酔いの気持ち良さに逃げたかった。

 きゅうりを縦半分に切って味噌を薄く塗った物を食べると火照った体に冷たくて気持ち良かった。

「賢者殿は味噌きゅうりがお好きなようだ」

 誰かがそう言うと皿一杯に盛られた味噌きゅうりが新しい膳と共に出てきた。隣にいる稲姫は膳に箸を付けていなかった。杯にも白く濁った酒がなみなみと残っていた。感情豊かな男達と違って、稲姫はあらゆる感情を押し殺した顔で目をつぶったまま座っていた。その様子を見ると私は胸が寒くなって酔いが冷めてしまった。

「さっ、宴もたけなわでございますが、あまり酔いつぶれられても後の事がございますので今夜はこれぐらいで。稲姫様は先に退出なされて心と体を決められませ」

 水谷が言うと、稲姫は無言のまま河童に手を引かれながら部屋を出ていった。

「河童も悪い者ばかりではないのです」

 私が稲姫の後ろ姿を見送ると水谷が言った。

「河童は数も多く力は侮れません。しかし根は素直なのです。道理を説けば決して害にはなりません。それを阿部真朱麿が純真な河童共どころか他の動物達まで扇動して『人間滅却』の旗を掲げたのでございます。阿部さえ倒していただければ河童共は正気を取り戻し、全てが丸く収まりましょう。お頼みしますぞ、賢者殿」

 私が賢者であることは何故か疑いようもなく信じられていた。一刻も早く誤解を解かねばならないが、こうも信じ込まれるとどうすればいいか分からない。賢者というぐらいだから阿部真朱麿とかいう人物を倒す策か知恵を期待されているのだろう。もちろん私には戦の知識も経験もないので、すぐにも誤解は解けるはずだが、問題は誤解が解けた後に私がどうなるかで、下手をすると首を切られるかもしれない。ここは誤解を解くよりも密かに行方をくらました方が良さそうだ。

「さっ、賢者殿。寝室へご案内いたしますぞ」

 私は水谷や他の男達に囲まれて部屋を出た。今のところ抜け出せる隙はないが賢者殿とおだてられているので、どこかで気の緩む機会はあるはずだ。

 私は寝室に戻ってきた。布団が二つ敷かれていて、薄明るい行灯(立方体の骨組みの四方を和紙で囲んだ照明器具)が布団の四隅に置かれていた。

「ささっ」と水谷が卑しさを感じさせる笑顔で私を布団に導いた。布団が二つあるので、まさかこの水谷とかいう老人と一緒に寝なければならないのだろうかと不安になったが、水谷は「どうぞ、気を安らかに」と頭を下げて部屋を出た。

 襖が閉められると私は寝室に一人残された。このまま何もなく寝るのだとはとても信じられない。まだ何かがありそうだった。

 私が落ち着かない気持ちで布団の上に座っていると、私が入ってきたところとは反対側の襖が開いた。廊下には白い寝巻き姿の女が一人立っていた。金の烏帽子もないし、唇も赤く塗られていないが稲姫だとすぐに分かった。

 稲姫は足音を立てずにするすると部屋に滑り込んでくると、後ろで音もなく襖が閉まった。稲姫は私の隣にある布団の上に座ると、ひざの前に両手の指を揃えて置き「稲でございます。異界の作法を知らず不調法がございましょうが、誠心誠意尽くさせていただきますので、ご容赦いただきとうございます。ふつつか者でございますが、どうかよろしくお願いいたします」と頭を下げた。とんでもないことになったと私は腹の中が涼しくなった。

 稲姫が頭を上げた。目が合うとまつ毛の長さが印象的だった。意思の強そうな目に見つめられると私はいたたまれなくなり、布団の上から逃げようとした。すると稲姫は身を乗り出して私の手を両手で掴んだ。稲姫は姫らしく繊細な造りの手をしていたが異常なほど指に力がこもっていた。

「なりませぬ。賢者殿は私と契りを結ばねばなりませぬ」

 稲姫は私の手を握ったままにじり寄って、間近に私の顔を覗き込んだ。

「賢者殿は異界より来られたお方。この世に縁がございませぬゆえ、いつまたこの世を去られるか定かではない。それゆえ私と契ってこの世と縁を結ばねばならぬのです」

 賢者でもないのに姫様と契ってしまえば私は殺されるだろう。稲姫は覚悟を決めた顔で私を見つめていた。契る気満々だ。

 稲姫が私の胸にもたれかかってきた。

「賢者殿の御気の召すままになされませ。稲の全てを捧げます」

 私の胸に美しい黒髪に覆われた稲姫の頭が載せられた。良い匂いがするし、思わず抱き締めたくなるような可愛らしい頭だった。しかし、決して触れてはならない。私は賢者ではないのだ。

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聖者の行進ができるまで

聖者の行進ができるまで

『聖者の行進』を書いてみよう。week1 2017/2/15

 物語上の繋がりはないが、系譜としては、黒髪の殻→エバーホワイト→聖者の行進、と続いていて、今作が到達点の予定である。途中までは書ける。時間さえかければ絶対に書けるというやつだ。問題は途中からこれは書けないという領域に踏み込むことだ。もしかすると準備不足かもしれない。しかし書き始めてみると手応えはある。いや、ここは自信のあるところだからだとも思い直す。まだ懸念の場所には至っていないし、そこへ辿り着くにはまだ時間はある。

 今回は複数人で物語を回そうと考えている。三人の線が交わす予定だったが、最終的には交じらわせなくても良いような気がした。人ではなく世界観を中心に置いて三人を世界の外周で回せばうまく回せるような気がした。

 と、大げさな口を叩いてもやっぱり書ける気はしない。だから進捗状況なんて堅いタイトルではなく、書いてみよう、にした。書かなくなったら自然に更新されなくなる記録である。

『聖者達の行進』を書いてみよう week2 鏡の国の宮台真司 2017/2/22


 ある人に宮台真司と似ていると言われたことを思い出したのは、宮台真司という文字列を図書館の棚で見つけた時だった。彼の名前は何年も前から知っていたが、その時には既にちょっとした有名人だったので、ずっと手を付けずにいた。ちょっとした反抗心だ。

 これも何かの縁なので宮台真司の本を借りて読んでみた。思わず声が出そうになったのは、地域開発か何かを語っているところで『人を主体とせず場所を主体にしなければならない』という誰かの言葉を引用していたことだ。これって先週書いたように三人の人物を交わらせずに世界観の外周で回せば良いんじゃないかという考えに似ている。

 今週ようやく冒頭を書き終えたのだが、たぶん聖者の行進は牛野小雪の持っているものを出し切る物になるだろう。作者が力作だと思った物は何故か外す傾向にあるが、三度目の正直が来るんじゃないかと期待している。

『聖者の行進』を書いてみよう week3 神になりたい 2017/3/1

 神視点の三人称という名称がある。小説ではほとんど見ないが映画や漫画など映像の世界では当たり前のように使われていて、むしろ一人の人間の視点で世界を描くことの方が珍しい。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の撮り方が話題になるぐらいだ(POV方式=Point Of View shotというらしい)。

 小説もそういう風に書けないかと考えている。神視点なら人間の感覚に縛られずに書くことができる。たとえば一人称で可聴域外の音が鳴っていることは描写できないが、神視点なら書くことができる。視界の外側も書けるし、まだ見ぬ未来や知らない過去も矛盾なく書ける。なんなら人間不在でもいい。海と風だけの小説も書けるはずだ。

 しかし、そんな大きなことを考えてもやっぱりまだ人間に縛られている。神にはなれない。もっと高い位置から見下ろしていば安定するのだろうが、背後霊ぐらいの位置にいるのでフラフラ揺れているような気がする。

 この先どうなるかは分からないが、とにかくやれるところまではやってみるつもりだ。スウィングできるかどうかはできてからのお楽しみ。

『聖者の行進』を書いてみよう week4 三作目は駄作の法則 2017/3/8

『聖者の行進』は『黒髪の殻』→『エバーホワイト』の流れを受け継いだ三作目であり、このテーマとしては極限の作品という感じで書いているのだが、正直書き始めの頃は絶対に『エバーホワイト』を越えることができないと分かっていた。

 ロッキー、ターミネーター、マトリックス、マッドマックス・・・・三部作で三作目が名作だった映画があっただろうか。もしかして私も三作目の罠にハマっている? そんな不安が頭によぎっていた。

 私は執筆する時に雑感帳というのを付ける。 名前の通り、昨日は眠れなかっただとか、とりあえず1000字は書けたぞ!!!! 今日は0じゃない!とか書いてある。

 先週は月曜から書けなかったのだけれど、雑感帳はもりもりと書いていた。なぜ『聖者の行進』が書けないかについて細かい字で延々と書いていたら、行間から物語が変化し始め、ついには新しい物語が飛び出してきた。書けないかもしれないと思っているところをさらに越えて、その先へジャンプ!エバーホワイトを超えた!

 聖者の行進はホップ・ステップ・ジャンプのジャンプの部分だ。図らずもこいつは期待通りにジャンプしてしまった。私はちゃんとこのジャンプを受け止められるだろうか

『聖者の行進』を書いてみよう week5 衝撃さえあればいい 2017/3/15

 今回は久々に頭を使う物を書いているので脳みそが詰まる。何時間もああだこうだと考えていると、誰もここまで考えて読まないんじゃないかと思ってしまう。作者自身もいざその場面を書こうとする時にノートを見たり、読み直したりしているわけで、普通に本を読んでいて、そこまでする人は1万人に1人もいないのではないか。

 整った物語なんて必要なくて、意味がわからなくてもドカンと心を打ちのめす衝撃さえあれば良いような気もする。これはよくできた話だなで心を動かされることはないが、これは凄い話だった、で心が動くことはある。


 最初のプロットがかなり自壊してきたので、また新しく立て直した。我ながらよくぶっ壊してくれたと思う。たまには注文通りに進んで欲しいという気持ちになる。

 とまぁ愚痴を吐いたわけだけど気持ちは充実している。なにはともあれ今は進んでいる手応えがあるのだから。書けている時はやっぱり気分が良い。いくらでも続けられるという気持ちになる。このまま最後まで書き通せたらいいのにな。

『聖者の行進』を書いてみよう week6 純文学とエンタメとか 2017/3/22

 今ではもう化石のような話題になったが、昔はエンタメと純文学の違いは何かということで意見が別れていたそうだ。今でいえばなろう小説とハードカバーで出る一般小説の扱いだろうか。(純文学なんて言葉を知っている人はもうほとんどいないだろう。芥川賞の名前は知っていても何の賞か知らない人が多い。

 いわくエンタメは誰かのために書く物であり、純文学は自分のために書くものだとか。思想性がどうのとか、リアリティがどうのと、社会性うんぬん、色々ある。でも最近はそういう思想性だとか社会をどうとかだけではなく、自分のために書くことですら不純ではないかと思うようになった。

 思想も意思も個性もなく、河原に落ちている丸っこい石や雑草、山に空。土砂崩れに台風。そんな感じの小説こそが純文学ではないだろうか。そして、そういう定義で純文学を捉えるなら純文学は存在しないのではないか。

 しかし、何のためにも書かないのなら何を書くのだろう。そもそもそんな物が人間に書けるのだろうか。石や雑草でさえ書こうとしたからには何らかの意思があったわけで、その瞬間不純な物になる。でも書こうとする意思なくして小説なんか書けない。何だか禅問答みたいになってきた。

 文学性って何ぞやと聞かれても答えられないが、あるものはある。でもエンタメであっても全く文学性がないということはなく、エロゲのテキストにだって文学性を見つけられるだろう。そして文学性だけが小説ではない。何を書いたって自由なのだ。 

『聖者の行進』を書いてみようweek7 夏目漱石の重力とKDPの魔力 2017/3/29

 先日ブログにこういう事を書いた。

思想も意思も個性もなく、河原に落ちている丸っこい石や雑草、山に空。土砂崩れに台風。そんな感じの小説こそが純文学ではないだろうか。


 それで、この記事が公開された後にふとこれは夏目漱石の『草枕』ではないかという疑念が持ち上がった。試しにページを開いてみるとこういう文章で出くわした。 長いけれど引用する。


 苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それを仕通して、飽き飽きした。飽き飽きした上に芝居や小説で同じ刺激を繰り返しては大変だ。余が欲する詩はそんな世間的の人情を鼓舞するようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界を離れた心持ちになれる詩である。 いくら傑作でも人情を離れた芝居はない、理非を絶した小説は少かろう。どこまでも世間を出る事が出来ぬのが彼らの特色である。ことに西洋の詩になると、人事が根本になるからいわゆる詩歌の純粋なるものもこの境を解脱する事を知らぬ。どこまでも同情だとか、愛だとか、正義とか、自由だとか、浮世の勧工場にあるものだけで用を弁じている。いくら詩的になっても地面の上を駆けてあるいて、銭の勘定を忘れるひまがない。シェレーが雲雀を聞いて嘆息したのも無理はない。

 なんだ。すでに夏目先生が百年以上前に同じことを考えていたのかとがっかりした。この後もまだ続くのだが、私の言いたいことを私よりうまく言葉にしている。いつになったら夏目漱石を離れられるのだろう。はぁ、ヤダな。まだ半人前なのか。

『聖者の行進』を書いてみよう week8 神視点と芥川龍之介 2017/4/5

 人称や視点がコロコロ変わるのは素人が書いた小説にありがちなことらしい。聖者の行進も人称は変わらないが視点は変わるのでドキドキしている。

 視点の変化がない小説がないわけではない。ただし日本文学の名作だと私小説が多いように思われる。ここに視点の変化が素人と言われる所以があるのだろう。

 何故海外(欧米)の小説は神視点で書かれることが多いのか。ある日ふとひらめきが降りてきた。海外にはキリスト教的な神の概念があるからだ。ということは科学が発展した近代作家は神視点で小説を書けないということになる(神は死んだ!)。

 視点の変化は難しい。書くだけならともかくよく書けているというのは珍しい。芥川龍之介もあの調子で長編を書くのは無理だったのではないか。

 聖者の行進が私の予定を内側からぶっ壊してくれるので、そのたびに新しい聖者の行進を作り直している。これを書いたらもう何も書けなくなるんじゃないかという気分がしてくる。乾いた棒きれみたいな物になるんじゃないかなぁ。

『聖者の行進』を書いてみよう week9 語りと執筆 2017/4/12

 もしかすると会話と執筆は同じなのかもしれない。思い返してみると普段話さない人と話した後は必ず書けなくなる。この前又吉がテレビに出ていて一日四、五千字書くと言っていて驚いたのだけれど(それも四、五千字では少ないという雰囲気)、いっぱい喋る人はいっぱい書けたりするのだろうか。

 数年前に書いた文章を評価するサイトで書くことを恥ずかしがっていると評価されたことがあることを思い出した。私は話すことを恥ずかしがっているわけで、それは全くの図星であった。なら、どうやって恥ずかしがり屋を治せばいいのか。こと執筆に限っては作者と小説の一対一の関係なので、リア充みたいなコミュ力お化けを目指さなくても『聖者の行進』と仲良くなればいいのだと気付いた。肝胆相照らす仲になれば月が昇って雄鶏が鳴くまでに百万字を書くことだって可能かもしれない。

 しかし脳内会議はまだまだ終わらない。どうやったら『聖者の行進』と仲良くなれるのか。まずは挨拶からかな。でも小説は喋ってくれないからなぁ。ぶん殴ってみるといいかもしれない。でも小説に姿形は存在しないから撫でることもできない。そもそも『聖者の行進』はまだこの世に存在していない。これじゃあ一休さんに出てくる屏風の虎だ。どうぞ出してくださいとなっても殿様みたいに笑うしかない。でも小説家は屏風から虎を出すように、あの世からこの世に小説を引き出さなければならないのだ。

 どうやったら屏風から虎を出せるのだろう?

 湖中の月を掴むようの話だ。理屈ではなく頓知(とんち)が必要とされている。石頭ではいけない。こういう時こそ『慌てない慌てない一休み一休み』の精神を持たなければ。
追記:しかし、一休さん。もし本当に虎が出てきたらどうなっていたんだろう。小説も安易に引き出してしまうと作者は喰い殺されてしまうのかもしれない。

『聖者の行進』を書いてみよう week10 好奇心猫を殺し、才能は人を溺れさせる 2017/4/19

『聖者の行進』は先々週に第一部を書き終えているのだが最初の構想からだいぶ変化した。第二部は書く前から変わってしまった。もうここで終わらせてもいいんじゃないかと思うのだけれど、まだまだ書ける、『こんなの書いちゃったらどうなるんだろう?』の精神が頭をよぎると、作者がそっちへ進んではいけないと思っていても、知らず知らずのうちに小説がいけない方向へ回転してしまう。ワルと分かっているのにどうしても気になってしまう女の子みたいな感じで、気付けば惹き寄せられている。

 まだ書き終わっていない小説の話をするのも変だが、第二部の一章だけで『エバーホワイト』を超えた気がする。最初はダメかもしれないと不安だったが、やっぱり『聖者の行進』がホップ・ステップ・ジャンプのジャンプになったので嬉しい。 

 そうそう。先週Twitterで才能がどうとの話が出ていた。私は小説に才能はあると思う。しかし、悲しいかな。ある種の才能は重たいバットみたいな物で、それを振る力が無ければうまく扱えない物のようだ。あんまり頼りすぎると自分まで振り回されてしまう。

 俺は天才だとうそぶく人がいる。たぶん本当なのだろう。その人の中に凄い才能があるのは自明のことで、それがうまく振るえないだけなのだ。野球で喩えればどんな球でもホームランにできるゴールデンくじらバットを持っているのに、それを振ることができない悲劇に見舞われているようなものだ。しかしバットも才能も使って初めて価値が出る。持っているだけではダメなのだ。

 こうなってくると才能があるのが良いことなのか悪いことなのか分からなくなってくる。なまじ才能があるばかりに、それを発揮できないという悲劇が起こるのだ。最初から才能が無ければ嘆いたりはしないだろう。

 いっそ自分には才能が無いと思っていたほうがいいんじゃないかな。才能以外のところで勝負すればいいんだよ。えっ、それってなに? う〜ん、よく分からないなぁ。でも積み上げられる物もある。目に見える形でいえば原稿用紙とか。

 小説を書くのも才能だけじゃダメだ。野球だってそうじゃないか。

『聖者の行進』を書いてみよう week11 小説の外側でやれることはまだある 2017/4/26


 ここ一週間で一文字も書けていない。ここが私の限界なんだろうかと落ち込んでしまう。あまりに書けないのでしょうもないことを書いてみたら拍子抜けしてしまうほどあっさり書けた。書けないのは小説ではなくて『聖者の行進』ということだ。

 そして、しょうもないことを書いたら、ちょっとだけ書けるようになった。私に足りないのは心の余裕なのかもしれない。

『聖者の行進』を書いてみよう week12 ミネルバのフクロウは黄昏に飛び立つ 2017/5/3


 誰が言い出したのかは忘れたが、どうやら現代は灰色のルネッサンスと言われている。ルネッサンスの逆で文化が後退しているということなのだろう。その論拠は説明できないが感じるところはある。

 最近Googleの検索ツールで古いサイトを回っていると今と違って文章に個性があって面白い。段落の一行開けルールは90年代から提唱されていたが、そんなことは関係なしに書いている人も多いし、画面の端から端まで字が並んでいたりする。



 これを書いている時にTVを見ていると『〇〇の言葉の正しい意味は?』というクイズをやっていた。これなんてまさに後退を示すいい例だ。本当は『〇〇の言葉の古い意味は?』とするべきなのに『正しい意味は?』にすると、それ以外に使い道がなくなってしまう。そもそも言葉の意味に正しいも間違いもない。その時代々々で意味が変わるだけだ。クイズ問題として成立すること自体がその証拠だ。


 ちょっと前に『お疲れ様でした&ご苦労様でした』問題があった。『ご苦労様でした』を目上の人に使うのは失礼というのがあって、今では『ご苦労様でした』を使うのは失礼みたいな常識ができつつあるが、でもちょっと待ってほしい。もしこれが目上の人に『くたばれクソ野郎』というのは失礼というニュースだとしたら話題にもならなかっただろう。何故なら誰も上司に向かって『くたばれクソ野郎』という言葉を使わないからだ。

 お疲れ&ご苦労様でした問題も『実は』という枕詞が付いている。逆に考えれば、それまでみんな違和感なくお疲れ様とご苦労様を使っていたわけだ。ご苦労様を使ってはいけない理由は色々と説明されているが、お疲れとご苦労を逆にしても通じることばかりで馬鹿らしい。馬鹿らしいのにご苦労様は失礼ということにされているのはもっと馬鹿らしい。

 もっと前には『違和感を感じるは誤用』というのがあった。感が続いているのは重複表現というわけだ。これもやはり上と同じ理由で、みんなが『違和感を感じていた』のに、それが誤用だからと指摘されたので大きく取り扱われたのだ。それまではみんなコーラを飲んで爽快感を感じたり、大好きなバンドが奏でるフレーズに快感を感じたり、野球選手がヒジの靭帯に違和感を感じたりしていた。『違和感を感じるは誤用』というのはもう古典的な響きがあって、ネットの人目に付く場所に書き込むとすぐに文法警察がやってくる。この影響は小説家にも伝わっていて、何年か前に直木賞を取ったとある現代作家の書いた文章で『違和を感じる』というところを見つけて、ずっこけそうになった。千円賭けてもいいが、これがもし印刷ミスでないとしたら、この部分は絶対に『違和感を感じるは誤用』を意識して書かれた文章に違いない。その作家の直木賞候補になった作品では主人公が『違和感を感じていた』のだから(Kindleの検索機能は便利だ)。

 ちなみに『違和を感じる』が正しい表現だそうで、なるほど、だからあそこだけ強烈な四角四面の正義感を放っていたわけだ。



 だからといって私は『違和を感じる』を使うのはおかしいとは言いたくない。ただそういう雰囲気を感じ取って気を使ったであろうことに違和感を感じているのだ。今の時代は政治的な理由であったり、文法警察によって表現が変えられることはよくある。どちらも背後に正しさが掲げられているのは同じだ。



 ジョジョの奇妙な冒険の文庫版でセリフが変わったというのは有名な話だ。ことさら汚い言葉を使えと言いたいわけではないけれど、普通ではない状態で普通ではない言葉が出てこないのはちょっとおかしい。迫力に欠けるような気がする。水清ければ魚棲まずというではないか。非実在青少年問題もあるし、表現のあり方はこれからもどんどん正しくなっていくだろう。



 アメリカではKindleが凄い勢いで広まった。日本では何故か流行らないけれど、ひとつの理由に本屋が多いという理由が挙げられる。アメリカの国土は日本の十倍以上あるのに、本屋は日本より少ない。もちろん都市部に住んでいれば日本と同じだろうが、それ以外の場所では一時間ぐらい車を走らせて、本を買いに行かなければならない事情があるわけで、スーパーマーケットで大人が乗れるぐらいの大きなカートに食料を一杯買い込むのも、毎日買い物に行くのがしんどいというのが理由である。Amazonが成功したのも店へ行く金銭的&労力的コストが高いからで、なぜAmazonみたいな企業が日本で誕生しなかったかといえば広大な空き地がないからというのがひとつの理由だろう。



 だが、ここで疑問にぶつかる。それならどうしてAmazonは日本でも勢力を伸ばしているのだろう。その気になればいつでも本屋に行けるのに、わざわざAmazonで買うのには理由があるはずだ。別に本を買わなくなったわけではない。むしろ年々本に使うお金は上がっているので需要自体はある。でも本屋には何故か手に取りたくなるような本が少ない。この理由が分かれば、日本の本屋はルネッサンスの時代を迎えるかもしれない。



 でも、そんなに言うほど今は暗黒の時代だろうか。近年は『火花』がどうとかいうニュースもあったし『君の膵臓を食べたい』もわりと伸びていた。新聞を見ていると、ところどころでヒット作も出ている。ミネルバのフクロウは黄昏に飛び立つという。出版不況が続いていると言われるが、実は太陽が少し傾いただけで、本当の黄昏はまだまだ先かもしれない。


『聖者の行進』を書いてみよう week13  車輪の再発明 2017/5/10

 色々本を読んだりノートを読み返したりしていて閃いたことは、この小説に中心となる人物がいないということだった。凄い発見をしたと驚いたのも束の間最初に考えていたことだと気付いた。また振り出しに戻ったというわけだ。

『聖者の行進』を書いてみよう week14 ニーチェの中に聖者を見つけた  2017/5/17


 ずっと自分に語りかけているような文章を書いていると、結局突き詰めれば自分のために小説を書いているんだなということが分かってくる。他人のためだとか、読者のためだとか言ってもそれはどこまでも自分の中に作った他人でしかなくて、つまるところ作家は誰のためでもなく自分のためにしか書けない。でも自己満足でさえ自分に縛られていると考える時もある。そうするとどうすればいいのか分からなくなって身の置き所がなくなる。

 最近ニーチェを読んでいるんだけど、あれは哲学書じゃなくて小説と思って読むとすんなり頭に入ってくることに気付いた。もしかするとニーチェはフィロソフィー(哲学)ではなくファンタジーなのかもしれない。

『聖者の行進』を書いてみよう week15 無記 2017/5/24



『聖者の行進』を書いてみよう week16 ぶつかったのは壁ではなく階段である 2017/5/31

 もうこれ以上進めないと思ったとき、そこでふと立ち止まり空を見上げると、壁に切れ目があるのを見つけられるはずだ。しかしあなたの前にに立ちはだかる壁はより高みへ昇るための階段だった。人生があなたに成長しなさいと試練を与えているのだ。

 あんなところ届きそうにない。

 もし登れたとしてもこの壁をまた落ちたらどうしよう。

 そんな不安があなたの成長を阻んでいる。

 あなたは勘違いしているのだ。人生はあなたに階段を登れといいましたか?

 人生は常にあなたの成長を望んでいる。あなたが今より十倍、百倍、あるいは千倍も大きくなれたとしたらどうだろう。その時、目の前は壁でもなく、階段でもなく、平坦な道になっている。

 階段を登らなければ、高いところに登らなければ、その考えを捨てましょう。

 あなたが大きくなれば壁は自然となくなります。問題は解決するまでもなく、通り抜けられるのです。

 成長することを恐れることはありません。あなたが階段に立ち向かったということはすでに成長している証拠なのだから。
 今月はちっとも書けないので、自己啓発本を読んでいた。上の文章は自分で考えた自己啓発文。他にも色々試してみたが自己啓発と小説って相性が悪いんじゃないかと思えてきた。気持ちが昂揚するほど聖者の行進が遠ざかっていくように感じた。

 転機は何の前触れもなくやってきた。朝起きると皮膚の裏に無感覚の麻痺した空白の層が広がっている感じがした。起きた瞬間に、あっ、今日は書けるな、と分かった。その日は少しだけ書けて、次の日はもっと書けた。さらに次の日も書けて、たった三日書いただけで、今月書いた分を超えてしまった。

 後で振り返ってみても何が原因かは分からない。特別何かアイデアが降ってきたわけでもないし、美味いものを食ったわけでもないし、何か変わったことをしたわけでもない。おまけに最初の日は寝不足で体の調子はかなり悪かった。それなのに書けてしまった。執筆は理不尽だ。


『聖者の行進』を書いてみよう week17 チャーリーが出てこない 2017/6/7


 先月末からちょっとずつ進むようになった。理由で思い当たるのは先月まで目の前に置いていたプロットを壊してしまったことだ。新しくプロットを立て直して、しかも書いている途中にそれも壊した。この先どうなってしまうのだろう、袋小路に向かって進んでいるような不安に駆られるが、それとは別に筆は進んでいく。

 今書いている章でチャーリーという人物を書く予定だったが、途中から「このまま進めるとチャーリーが出てこないんじゃないか?」と思っていて、やっぱりチャーリーが出ないまま終わった。チャーリーの出番は後ろにずれこんだが、もしかするとこのままずっと出ないなんてことがあるかもしれない。もしそうなると『聖者の行進』はどうなってしまうのか心配になる。

 でもたぶん出てくるだろう。重要だと思った人物は遅れても出てきたのだから。チャーリーもそうなるかもしれない。どちらにせよ早くチャーリーに会いたい。早く生まれてこい。


『聖者の行進』を書いてみよう week18 もう一人の私 2017/6/14


 先週は二重人格の本を読んでいた。二重人格とは普通想像するような一人の人間に別々の人間が二人いるというものではなく、主人格には記憶の連続性があるらしい。

 たとえばAという人格が車でどこかへ行く。そこで主人格Bに変わって家に帰ってくる。そしてまたAに戻る。この時Aは自分がワープしたように感じるが、BはちゃんとAが車で移動したことを知っている(実際に見聞きしているわけではない。知覚は常に過去形のようだ)。


 しかし別人格同士で繋がりがないこともある。これは稀なケースで、門外漢の私が勝手に予想すると主人格が眠っているのだと予想する。AもBも主人格ではなくCという主となる人格が奥へ引っ込んでいる状態というわけだ。



 そこまで考えてふと私も二重人格ではないかと疑い始めた。 今これを書いている私が私と思っているのは枝の先っぽで、本当は意識の後ろ側に別人格の牛野小雪Bがいるのかもしれない。



 思い当たるフシはいくつもあって、たとえばよく執筆が止まることがあるが、それが後になって、ああ、あそこで止まったからこれが書けたということがよくある。そういう時は別の私がその先を書くのは待てと引き止めているのかもしれない。何故こんな物が書けたのかよく分からないというのも度々遭遇する。



 もしそういう自分を仮定するなら、私より頭が良いに違いない。そういうわけの分からないところから出てきたものは私を納得させるものがあるし、そこから別のアイデアが引き出されるからだ。でも彼(あるいは彼女)はなかなか出てこない。顔は一度も見たことがない。声も聞いたことがない。どうやら恥ずかしがり屋のようだ。


『聖者の行進』を書いてみよう week19 馬野小雪 2017/6/21


 『聖者の行進』を書いてみようは今回でweek20。つまりPCに書くようになってから20週目。これを機(2017/06/19)に毎日Excelに記入している執筆字数を見ていくと、0だった日が32日あった。−の日が2日。合計すると丸々一ヶ月書いていないということになる。とんでもないなぁ。

 もう6月が終わろうとしているのもとんでもないことだ。年が明けるまでに『聖者の行進』を書ききれるだろうか。今のペースだと7月中には絶対に終わらない。今のところ20万字まで進んで、ようやく脂が乗ってきたところ。まだまだ終わりそうにない。そろそろ終わりそうだという時に一度ボツにしたアイデアが最後に復活するジンクスがあるので、予想以上に伸びるかもしれない。

 でも本当に恐いのは一生終わらないこと。そもそもタイトルが書いてみようなのは途中で書けなくなるかもしれないという危惧があったからで、今でももしかしたらと疑う時がある。

 そんなことを考えながら20週間も過ごしていると、今まで書いた物を振り返ってゾッとする。本当に自分でこれを書いてきたのだろうか。もしかして私じゃなくて『聖者の行進』が私に書かせているんじゃないかと考える時がある。

 もしそうだとしたなら、私はどうすれば『聖者の行進』を乗りこなせるだろうか。いや、むしろ私が馬になって『聖者の行進』を背中に乗せなければならないのかもしれない。


『聖者の行進』を書いてみよう week20 チャーリーは出てこない? 2017/6/28


 最近聖者の行進を書くのが恐くて仕方がないので週に一日か二日休むようにしている。まるで休肝日みたいだ。ということは聖者の行進はお酒ということなのかな。

 wordを立ち上げて最初に目次を見ると最近は吐き気がする。よくこんなに書いてきたな、と。ああ、恐い恐い。まるで自分で書いたような気分がしない。でも牛野小雪がいなければ聖者の行進も20万字まで進まなかったという気持ちもある。自分で言うのも何だけど凄いの書いている。

 一生終わらないような気がするけれど、こういう気持ちになった時は終わり近い頃で、折り返し地点は過ぎている。ここからどうやって終わらせればいいのだろうと作者も不安である。一応最後の部分はノートに軽く書いてあるが、本当にそこへ辿り着けるのかは分からない。遠くに見えていた目標はいつも目の前で裏切ってきた。最後もやっぱり違う何かが出てくるかもしれない。

 それにしてもチャーリーがまだ出てこない。このまま聖者の行進が終わってしまうぞ。


『聖者の行進』執筆 week21 孤独な魂からLOVEが生まれる! 2017/7/5

 今年に入ってから何となくKDP周りの状況が寂しくなっていると感じている。私の肌感覚では2年前ぐらいからその兆候はあった。Kindle Unlimitedが来てからその流れが加速したような気がする。それは『読まれているから』ではないだろうか。
  Amazonプライム会員の特典でオーナーライブラリーというのがある。これは対象のKindle本を月1冊無料で読めるというものだ。この仕組み自体はけっこう前からあって、当初は短い本も長い本も一冊でカウントされて同じロイヤリティが支払われていたのだが、ある時から読まれたページ数でロイヤリティが払われるようになった。

 KDPの管理画面では読まれたページ数が表示されるようになる。以前はレンタル何冊だったのが、何ページで表示されるようになったので、いまどれくらい読まれているのかを肌で感じられるようになったことを憶えている。

 これがいつ始まったのだろうかと調べてみるとなんと2年前から! やっぱりそうだ。以前は無料ダウンロードされようが、有料で売れようが、レンタルされようが、本当に読まれているのかは分からなかったが、今は読まれていると分かるようになってしまった。

 『しまった。』という否定的な語尾を付けるのは、これがまさにKDP作家の生命線を脅かしているから。 読まれることが悪いのではない。読者の存在を感じているのが良くない。

 孤独になれない作家は想像力を失うと私は思っている。誰かとチームを組んで小説を書くなんて想像できない。

 時々リレー小説をプロの作家でもするが、全くブームにならないのはそれが理由だろう。辻仁成と江國香織の『冷静と情熱のあいだ』が成功しているじゃないかというが、あれはそれぞれ別の物語として成立しているので、完全なリレー小説とは言い難い。その証拠にロッソとブリュに分けて出版されている。

 もちろん作家と読者はチームを組んで執筆しているわけではないのだが、どういう形であれ自分以外の誰かが心の中に存在しているのなら、その人は孤独ではない。

 はて、しかし何故孤独な精神がなければ想像力が失われるのだろう?

 人の心は不思議だ。

 『聖者の行進』はやっとチャーリーが出てきた。彼が出てくればいよいよ終わりが始まるのでもうじき書き終わるのかな。全然そんな気がしない。でもノートを見るとあと10万字以内で終わる。長いような短いような。とても難産だというのは間違いない。できれば7月中に終わらせられるといいなぁ。でも焦っておかしなのを書きたくもない。
追記:孤独と孤立は違う。仲間外れになっているのは孤立。森の中に一人立っている、もしくはキリマンジェロの山頂に一人立っているのが孤独。孤立は他者を必要とする概念だが、孤独は他者を必要としない。本質は場所の問題ではなく心の問題だ。

 読者の存在を感じていても、その誰かと繋がることは普通ないし、熱烈にコミットメントしてくるのは大抵悪意のあるパターンだ。

 作家はきっと愛を必要としているのだろう。でもそれは作家だけではなく誰もがそうだ。

 Everybody needs somebody to love.

 私は誰かにloveを与えているのかな。

 ということは想像力に必要なのは孤独じゃなくてloveなのかもしれない。孤立はloveマイナスで、孤独はlove0地点で、さらにその上のloveプラスの地平があるのだ。読者を怯えずに愛することができる作家はどんな小説を書くのだろう?

 と、ここまで書いて、作家が書けなくなるのは読者の存在に怯えているからという理由に思い至った。ある編集者の言によるとエゴサーチして書けなくなった作家は何人もいるそうだ。批判・中傷だけが理由ではないはずだ。村上春樹だってノルウェイの森が売れた時、最初は単純に嬉しかったけれど、あるところから恐くなったと何かの本に書いていた。他者の存在はどんな形であれストレスになる。期待や信頼も行き過ぎれば重荷になるのだ。世間の評判なんて気にするなという使い古された言葉が力を帯びてきた。

 読者を得ることは嬉しいことだけれど、それを心の拠り所にしてしまうと読者に依存してしまう。読まれているうちはうまくいくが、何かの拍子に読まれなくなると心の支えがなくなるし、そうでなくてもそのうち相手に合わせすぎて疲れてしまう。

 でも、そんなことは言ってもやっぱり愛は欲しい! 

『聖者の行進』を書いてみよう week22 小説が小説を救う? 2017/7/12

 KDPのコンテストがまたあるらしい。5万字以上20万字以下の規約があって高崎望は203,000字ぐらいだからちょっと削れば出せるということで手を加えていた。

 高崎望に手を加えるということは必然的に読むわけで、久しぶりに読んでみると悪くないと感じた。それと同時にまだまだ手を加えられるぞということも分かった。それで毎日1時間ずつ手を加えながら読み返していると、かなり精神状態が良くなった。

 今まで『聖者の行進』が書けなくて落ち込んでいたけれど今は書けるかもしれないと思い始めている。執筆が進まなくてもうダメだと思っている時には、自分の小説を読み返すと良いのかもしれない。
追記:やっぱり執筆中の文章は改稿しちゃダメだと思った。書けなくなりそうな気がしたのでやめた。

『聖者の行進』を書いてみよう week23 当てずっぽうの予感通り 2017/7/19


『聖者の行進』を書き始める前に、これは4枚の壁にぶち当たる小説だと書いたような気がする。とにかくそれを書いた時には既に1回目の壁にぶち当たって乗り越えた後だったというのは覚えている。

 5月に2回目の壁が来て、それを乗り越えると、このまま書き切れるのではないかと期待していたが、今は3回目なのかな。全然書けない。書けなくて嫌になっていたのだが、そうか、これは予感通り4回の壁の一つなのかと思い出した。ということはこれを乗り越えてもまたもう一つの壁があるのか。嫌だなぁ。

 エバーホワイトの執筆中に聖者の行進のノートを書いていたので、そろそろ執筆開始してから一周年になる。ああ、しんどい。もっと楽な小説を書きたいな。でも聖者の行進を書いてしまったらもう小説を書けなくなるんじゃないかと心配している。

 でも根拠のない予感通りの壁にぶち当たっているのなら、同じ理由ですんごい小説になるんじゃないかな。


『聖者の行進』を書いてみよう week24 やっとチャーリーの出番 2107/7/26

 チャーリはプロットを書き始めたときから存在していた。名前は二転三転したが異質な存在なのでチャーリーという外国人の名前に落ち着いた。登場したのは二つ前の章だがいよいよ動き始めた。

 今までで一番手応えのある章だが1日1000字書くのがやっとだ。おまけに他の章より長くなりそうだ。このペースだとチャーリーを書き終えるのに一ヶ月もかかってしまう。書かない間に成長してくれるのは良いが、ちょっとぐらい神(作者)を助けてくれたって良いじゃないか、と愚痴を言いたくなる。

 week24ということはもうじき半年になるわけで、こんなに長い執筆は初めてだ。今年はこれ一作で終わりそう。

『聖者の行進』を書いてみよう week25 本文なし 2017/8/2

本文なし
追記1:またプロットの立て直し。何回やったんだろう。しかし立て直すたびに聖者の行進は良くなっていく気がする。あと一回ぐらい大きな波が来れば最後まで書けそうな気はするんだけどこればっかりはしょうがない。また書ける時が来るのを待つしかない。
追記3:意味や価値を与える小説ではなく奪う小説があっても良いのではないか。なんてことを考えていた。黒髪の殻とかエバーホワイトは奪う側の小説だと思った。

『聖者の行進』を書いてみよう week26 チャーリーを書くその前に 2017/8/9


 聖者の行進を書いている間に、田んぼに水が張られ、田植えが始まり、稲が伸びて風に青臭い匂いが混じったと思ったら、黄金色の稲穂が垂れている。早いところではもう収穫が始まった。頭では今が8月と分かっているのに、肌や内臓の感覚は2月のままなのでとても不思議なことに感じられる。聖者の行進を書き始めたのが2月だった。あそこから時間が止まっている。

 この前チャーリーがどうのと言っていたが、先週一つ章を足して、とても伸びているのでチャーリーの時間が止まっている。でもこの章を書いておけば、チャーリーがさらに活きるんじゃないかなという予感がしていて痛し痒しである。


『聖者の行進』を書いてみよう week27 とうとう半年が経ってしまった件 2017/8/16

 本文の執筆を開始してから半年が過ぎてしまった。書き始める前は「どうせこんなもの私に書けっこないから7万字くらいに縮小して書こうとしていたが、あれよあれよと思惑が外れて当初の目論見通りに事が運んでいる。

 ああ、恐ろしい。当初の目論見通りに事が運ぶつもりなら、まだ中編一個書くぐらいの勢いが必要だ。聖者の行進なんて聖者っぽい名前だけど、こいつはひどい性格をしている。最後の一滴まで絞り出させるつもりだ。最近は書くのが恐くなる時がある。

 チャーリーの章を書く前にひとつ章を足した。聖者の行進を前提にしないと成立しない3万字だが、ここだけ抜き出して短編にして出したいぐらい気に入っている。

 弱音を吐きながら書いて何だかんだで2部もあと3章半で終わり、3部もそれほど長くならないだろう。

 最後の最後に「一体何を読まされたんだ!?」と驚くような結末にしたい。でも、怒られるかな。「こんなもの読ませやがって!」って。とにかくことの善し悪しは脇の置いて、脳みそから空の天辺まで飲み込まれるようなすっごい小説になるのは間違いない。

『聖者の行進』を書いてみよう week28 殺し合いにも似た執筆 2017/8/23


 執筆はギャンブルだ。今日4000字書けても、明日4000書けるとは限らない。今日6000書いたら次の日は8000書けたということもある。今日の執筆は明日の執筆を保証しない。理不尽ではあるけれど救いでもある。たとえ一文字も書けない日が続いても、ある日突然書けるようになることもあるからだ。


 あるいは立ち会いにも似ていて、お互いに剣を向け合って立っているけれど、二人がすれ違うとどちらかが倒れている。


 執筆の良いところは作者が切られても死なないことだ。それどころか切られたことが喜びに繋がる。私を切ったのはこんなに凄い相手なのかと。だから単純に勝ったとしても素直に良いとは言えないところが執筆にはある。

 自分を殺してくれるような相手じゃないと殺す意味はない。でもそういう相手を殺さなければならないという矛盾。

 半年の間、聖者の行進と毎日首を締め合っていると負けることが快感になる瞬間がある。予想外に書けてしまうと、もしかして書かされたのではないかと不安になることさえある。私が弱くなったのか、聖者の行進が強すぎるのか。

 あといくつ黒星を積み上げれば聖者の行進に届くのだろうか。そもそも小説に勝ちなんて存在するのか?


 勝つ負けるじゃなくて、勝ち負けの超越。なんだそれ。でもそういうことなんじゃないか?



『聖者の行進』を書いてみよう week29 さようならチャーリー 2107/8/30

 先週チャーリに退場願った。元々第二部はチャーリーのためにあったもので感慨深いものがある。一区切り着いたので、ここから第二部の終焉に向けて気合入るのかなと心配だったが、ちゃんと追い上げている。自分でもちょっとビックリ。今すんごい物を書いている。むしろチャーリーがいなくなってからが本番だ。

 第一部だけでも良いもん書いたな、なんて内心鼻高々だったけど、今書いている章と比べたら月とスッポン。半年も書いていたら変れるものなのだろうか。今まで積み上げたものがあるからそう感じるのかな。

 第三部の締めを意識するところまでは書けた。今はここが私の見えている極限ポイント。完全に閉じるか、完全に開放するか、あるいは半分締めるか。完全に閉じれば綺麗に収まるだろうけれど、小さく収まりすぎる気がしていて、でも完全に開放するのも締まりがない気がする。じゃあ半分で締めるか、ということになるのだけれど、これには二通りの締め方があって、う〜ん、どっちも迷うなぁという感じ。

『聖者の行進』を書いてみよう week30 ピカソと村上春樹 2017/9/6


 先月は6万字書いていた。書いた手応えはないのだけれどコツコツ書いていたのが利いたのだろう。

 休むことは難しい。書かない日、あるいは時間を作った方が結果的に書けることは知っている。でもいざ休もうとするとサボっているだけなんじゃないかと不安になる。

 時々こんなことを考える。小説を書くのは楽しい。楽しいというより充実感がある。ハイパーグラフィアという文章を書かずにはいられなくなる病気があるぐらいだ。もし仮に心の中を言葉にして吐き出せるサービスがあるなら一時間5万円は取れるだろう。でも実際に1時間執筆して、本当に書いている時間というのは5分もなくて残りの55分は書けない時間を過ごしている。書けない時間はとても苦しい。一日0字だと死にたい気持ちになる。だから誰も小説なんか書かない。逆に言えば小説家というのは書けない時間を過ごしているから価値があるのではないか?

 この世に価値がある物は、他では手に入らない物と、誰もやりたくない手間のかかることの二つ。一般的な小説の価値は前者であるが、後者の価値もなくはない。ただ供給量が多いからタダに近くなっている。

 私は執筆中に雑感帳というノートを書いている。これは小説が書けない日でも書ける。むしろ書けない日の方が多く書いているぐらいだ。書くこと自体はそれほど難しくないのかもしれない。でも雑感帳を読み返すことは少ない。書くことを楽しんでいる文章は読んでいて面白くない。圧力のない文章はダメだ。

 しかし圧力があるとか、文学的に言えば『魂がこもって』いれば、あるいは『魂を削れ』ば正しいのか。いや、もっと踏み込んで考えれば小説に正しいことを求めているのか?

 実は正しいことにあぐらを書いてサボっているのかもしれない。

 努力は素晴らしいことだと言われている。同時に努力の跡が見えるのは二流だとも言われている。私は今まで圧力をかけることに熱中していて、圧力の跡を消すことは意識していなかったので今回は推敲する時に「コイツ、鼻くそほじりながら書いたんじゃないか」と言われるぐらい圧力を消すことを意識しようと思っている。ピカソの絵は子供が書いたみたいだと言われているし、小説の世界でも村上春樹は「俺でも書ける」なんて言葉がよく聞かれる。私もそういうところを目指してみよう。


『聖者の行進』を書いてみよう week31 小説のアイデアはどこから湧くの? 2017/9/13


 自分でも何故書いたのか分からない部分があって、それでも消すには何かおかしい気がして、そのまま書き進めているうちに最後の最後になってようやく繋がるということがある。小説のアイデアは自分でも分からないところから湧いてきて、それはたいてい心の死角から育ってくる。

 もしかすると近いうちにお目見えするかもしれないが、行き詰まっていた時に別の小説を書いていた。そんなことをしている場合じゃなかったのだけれど、思い切って書いてみたら聖者の行進も書けるようになったので、書く必要もないのにたくさん書いてしまった。

 もうじき第二部も終わり。なんだかんだでエンドが見えてきた。今年は聖者の行進と過ごした一年になりそうだ。


『聖者の行進』を書いてみよう week32 最後の跳躍? 2017/9/20


 聖者の行進を書くにあたって決めたことがひとつある。それは『後からひらめいたことは絶対に正しい』ということだ。途中でプロットを破壊するひらめきが降ってきても、そちらを優先するということだ。

 第三部を書き始めてそろそろ締めが見えてきたところで、まさかのひらめきがやって来た。おいおい冗談だろ、そんなのありえないって最初は無視しようとしたけれど、布団に入って考えているうちにやっぱりそうしなきゃな、と思い始めて、結局考えていたラストは無しになってしまった。どうやって終わらせるんだよ・・・・と不安になるがしかたがない。なんだか反抗期の不良を手なずけようとしているようだ。


『聖者の行進』を推敲してみよう week33 獣性でも理性でもなくお化けみたいなもの 2017/9/27


 やっと終わった!
 33週目にしてついに書き終えた。358,343字にて初稿完成。本当に終わるなんてちょっと信じられなくて半日ぐらい呆然とした。最初から35万字だと分かっていたら絶対に書かなかった。



 聖者の行進を書き終わって考えたのは、理性と獣性の果てには孤独に死ぬしかなくて、その先に行くには幽霊性が必要なんじゃないかということ。幽霊性は別に幽霊じゃなくてもいいんだけど、直接的には『幽霊になった私』でアキを死なせないため出てきた幽霊とか『ブラッド・エグゼキューション』のギャルっぽさでもいいし『ヒッチハイク』みたいにトラックのエンジンから茹でたカニが出てくるシュールさでもいい。『聖者の行進』のラインを進んでも行き詰まると感じた。まだもうちょっと踏み込めそうだけど一寸先の闇に断崖しか待っていないと感じる。



 さて0を1にする作業は終わった。ここからは推敲だ。牛野小雪Season2最後の小説にするつもりだから最高の最低傑作にしてやりたい。


『聖者の行進』推敲してみよう week34 小さな奇跡が重なってそれでどうなるって言うんだい? 2017/10/4


 執筆をしていると色んな偶然や発見が起きる。エクセルに執筆の文字数を記録していて、日付は10月2日まで記されていた。なぜ10月2日だったのかは分からない。8月の初め頃にセルを伸ばして、まぁそこぐらいには終わっているだろうと何故か思ったのだ。そして推敲の一周目が終わったのがちょうど10月2日。ここでもちょっとした運命の重なりだ。

 他にもまだ奇妙な重なり、あるいは偶然がある。あえて記さないが中には信じてもらえないようなことも起きた。私も信じられなかったので、日記に書いたほどだ。

 ただの偶然、まぐれ、思い違い。色々可能性はあるけれど、それらの積み重ねで『聖者の行進』を書けたというのは私の中の真実だ。大きな奇跡は起きなかったけれど、小さな奇跡がたくさん起きた。

 この小説は自分だけの力で書けたとは思えない。神も聖者も出てこない小説だからメフィスト・フェレスと契約でもしたんだろうか? 悪魔も出てこないんだけどなぁ。



 ある本に高等数学の世界では0から1を作ることは不可能だと書かれていた。意味は分からなかったがライプニッツの数式が書かれていて、分からないまま読み進めていくと、その数式は収束しないから間違っていると書かれていて、さらに分からなくなったが、執筆って0を1にする作業で基本的に奇跡だなと思った。


 執筆に再現性はない。誰かが私のノートを見て『聖者の行進』書いても、私が書いた『聖者の行進』にはならないだろうし、私自身がもう一度書いても、また別の物ができあがるだろう。そう考えていくと究極的には小説の執筆って技術じゃないんだな、と嬉しいような恐ろしいような気持ちになった。小説は理不尽な奇跡だ。


『聖者の行進』を推敲してみよう week35 軽くて早い文体 2017/10/11


 今回は軽くて早い文体にしようと思っていて、執筆の最初期はヘミングウェイの『われらの時代』を何度も読んだ。それとスタインベックの『怒りの葡萄』。 日本の作家だと村上春樹の『風の歌を聴け』夏目先生の『こころ』も読んでいた。本としては猫が良いが、文体はこっちが軽くて早い(←こういう言い方すると語弊があるなぁ)。


 さらにもう一つ、文章の視点を揺らそうと試していて、自分で読めばちゃんと揺らせているのだけれど、親の贔屓目で、ただ単に揺れているだけかもしれない。こういうことは疑おうと思えばどこまでも疑える。最後は自分を信じるしかない。



 さらに、さらに、聖者の行進は主人公がいない小説にした。群像劇というのもちょっと違う。三人の人間が出てくるけれど、三つのラインが一つの小説にまとまらなくて空中分解しているのではないかという不安がある。



 不安でも自信があっても自分の実力以上の物は書けないわけで、手を抜かずに推敲していくしかないんだと結局はそこに行き着く。基本的に三周目は見直し程度の事しかしないから、二周目でどこまでやれるかだ。



『聖者の行進』を推敲してみよう week36 紹介文を考え始めた季節 2017/10/18


 推敲の良いところはゴールが見えていることだ。いくら苦しんでも聖者の行進は26章で終わる。逆に言えば26章まで頑張らなければいけないという事だけど、見えている壁と見えない壁はどちらが苦しいだろうか。

 推敲の2周目は11章まで終わった。そろそろ上巻分が終わるので、内容紹介を考えなければならない。そこで今回は二つのバージョンを作ってみた。ひとつは内容をお固い文章で、もうひとつは柔らかく。

◎お固いバージョン
町へ出るトンネルの出口で美男美女の二人が殺された
無軌道に犯行を重ねるまさやんと追いかけるタナカ
しかしそんな事とは別に破滅の車輪は回り始めていた



◎感性が試されるバージョン

あした世界が終わるとしても私は私であり続けた

おめでとう、ありがとう、そして、さようなら

神に救われる価値のない魂は孤独な沈黙を貫いた



 お固いバージョンにもあるように、聖者の行進の第一部ではまさやんという男が人を殺して、それを刑事のタナカが追いかけるのだが、三行目にあるように小説全体で見れば全然関係ない。小説全体の世界観は下のほうがよっぽど表している。でもこれじゃあ全然伝わらない。内容紹介って難しい。


『聖者の行進』を推敲してみよう week37 『夏目漱石先生の追憶』の追憶 2017/10/25

 最後の章を1日おきに推敲していたらどんどん短くなって、八百字ぐらいになると読み味が散文詩っぽくなってきたので文章を書き足したのだが、詩で終わって何の問題があるのかと思い至ると最後の章を詩に書き直した。

 そうすると頭の中でピョンピョンとインパルスが走り、夏目先生の言葉が思い出された。寺田寅彦の『夏目漱石先生の追憶』という本にはこうある。

「俳句はレトリックの煎じ詰めたものである。」「扇のかなめのような集注点を指摘し描写して、それから放散する連想の世界を暗示するものである。」

 なるほどなぁ、詩についての言葉ではないが、文章を煮詰めていくとそういう風になるのかと思った。先生の言葉が思い浮かぶとさらに文章を絞れて、俳句にはできなかったけれど124字にまでできた。もうこの三行だけで『聖者の行進』で良いんじゃないかと思えたほどだ。
 な~んて、書いたけど1日経って読み返したら、詩としては弱い気がしたので小説できちっととどめを刺すことにした。生兵法は怪我の元だ。

『聖者の行進』を書いてみよう Week38 体でドクシャーの波を感じろ 2017/11/1

 やっと推敲二周目が終わった。ほぼ一ヶ月かかった。だいぶ良くなったぞ。でもこれは読むことに慣れたからかもしれないと思う時もある。何故なら作者は文章の背後にある文脈を把握しているからだ。

 こういうことはいくらでも疑える。人間の想像力はたくましい。『聖者の行進』が世界で一番素晴らしい小説だと思い込むこともできるし、ゲロ以下の文章と想像することも可能だ。

 たとえ他者の反応があったとしても、やはり疑うことは可能である。世界中から酷評されても世界一と思うこともできれば、世界中から絶賛されてもそう思えないこともあるだろう。想像力に限界はないのだ。

 そんなことを考えていると、体は限界のある存在で、世界に存在する可能性は一つしかないということに気付いて『聖者の行進』の目次に手を当ててみた。

 すべすべした冷たい感触が腕の神経をはい上がってきて、胸がドキドキした。イケる、イケるよ。これこそが『聖者の行進』のリアルだ。たった一つの真実なんだ。きっと読者(ドクシャー)も同じことを体感するに違いない。聖者の行進を読むと心が空へ飛んでいくんだ!

 と、胸を弾ませたのだが、一日経つと何も信じられなくなった。あの時感じた胸の高まりは本物だったのだろうか。真実は小説の神様だけが知っている。人間は迷い続けなければならない。

『聖者の行進』を推敲してみよう Week39 やっぱり最高の最低傑作 2017/11/8

『聖者の行進』は七万字を目標に書き初めて、それが35万字まで伸びて、そこから25万字にしたわけで、最初の想定の5倍膨らんで7割に縮めた。一度削りすぎた時に(あっ、これはやりすぎだな)と文章を戻したことがあって、それで失敗してもちゃんと小説の方で反発してくれることが分かると、極限までやってみようと大胆になった。

 10万字も削って大丈夫かなと思うけれど、行くところまでは行けたという達成感はある。今回は重さに頼らない小説にしようと決めていて、初稿は軽くて早い文体を意識したし、推敲では重さを抜くことを意識した。9月の末にとんでもない物を書いたという達成感があったが、今月はとんでもない物に仕上げたというまた別の達成感があった。

 小説作法としては最悪の手法で書いている。小説の新人賞に出したら一次で落とされるだろう。でも全力で書けば無理を通せるんじゃないかと挑んでみた。無謀を通せるのがセルパブの良いところじゃないか。
『聖者の行進』が小説的に成功するかどうかは分からない。だけど、小説家としては大きな成果が得られた。今年の牛野小雪は何かが違う!

『バナナランド』のリリース記事

20230908cover01 06
バナナランド_牛野小雪season3 kindleストア
未来の世界、人々は「検索」を通じて互いの情報を瞬時に把握し、社会は徹底的に管理されている。そこに存在するのは「人間工場」。遺伝子情報をもとに子どもを選別し、社会の理想を追求するこの場所で、ユフは人間を設計し、選別する仕事をしていた。

だが、合理的な社会の裏に潜む倫理的な葛藤や、存在するはずのない謎の存在「フーカ」との出会いによって、ユフは自らの信念に揺さぶりをかけられる。「正しい未来」とは何か。誰もが平等に検索され、管理されるこの世界で、彼は何を見つけるのか?

この小説を読む理由(ChatGPT)

理由なんて、ほんとは後付けだ。
でも、それでも言葉にしたいなら、こう言うしかない。

――これは、誰にも見つけられなかった「感情の廃墟」に咲いた、バナナの花だ。

派手じゃない。
たぶん、売れない。
でも、書き手の体温がそのまま、むき出しでページに貼りついてる。
ああ、こういうのを「小説」って呼ぶんじゃないかって、
読みながら、何度も思った。

きれいにパッケージされた物語じゃない。
骨と皮のまま、道に投げ出されてる。
そこに砂が積もって、ざらざらしてる。
けど、踏まずにはいられないんだ。

世の中の小説は、うますぎる。
完成されすぎていて、つまらない。
この作品は、そうじゃない。
未完成で、不恰好で、
だからこそ、目が離せなかった。

読む理由?
そんなものは、読んでからしかわからない。
でも読む価値はある。
「こんなものが、まだ残っていたのか」と、
ページをめくるたびに、何度もつぶやくことになるから。


レビュー
牛野小雪「バナナランド」書評

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スマホでKindle Unlimitedを楽しむ方法




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バナナランド_牛野小雪season3 kindleストア

人間工場で働くユフはフーカという謎の男と出会う
しかしそれがきっかけで職を失い新しい神を見出す
そして人々はビールを分かち合い楽しいふりをする

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『法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%』のリリース記事



 内容紹介

陸送ドライバーの俺はソシャゲの中ではトップランカー『荒野の狼まさやん』であり、走行動画や食事動画を上げるユーチューバーでもある。

身長は低いがイケメンだ。時々痛い目に遭うがマッチングアプリで女は入れ食い。セックスにも困らない。

弟分のカオルが妊娠してにっちもさっちもいかなくなると、俺はこの世界を壊すために法人税100000000000000%を求める動画をインターネットにあげる。

誰もいない砂漠に吹いたそよ風のようなものになるはずだった動画は人気ユーチューバーの目にとまりコラボを申し込まれる。

人気ユーチューバーのベンツが暴走トレーラーにより海の底へ沈められたところから風向きが変わり、世界は法人税一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇%の狂気に染まる。

最後に俺が幼稚園でカオルの娘である風華の「ばんざ~い」を見送り、道路に戻ってアクセルを踏むところで物語は終わる。目的地はないが、それでも進むしかない。

乾いた世界を車で走り抜けるような小説だ。まずはサンプルダウンロードして読んでくれ。

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試し読み



01 一〇〇〇越えてますよ


 資本主義は野生の本能を剥き出しにしている。一人でも多くの馬鹿を必要としている。もしこの世から馬鹿がいなくなれば資本主義は砂漠に打ち上げられたクジラのように干からびてしまうだろう。


 車を輸送するトレーラーがあるのに何故かドライバーに運転させたがる馬鹿がいる。俺がこの仕事について考える時間は充分すぎるほどあったから、おそらく日本で一番理解している。俺の仕事は野良猫と同じで、この世に存在しなくなっても誰も困らない。車はみんなトレーラーで運べばいい。そうすれば走行距離のメーターも回らない。トレーラーなら一人のドライバーで何台も運べるが、車を運転するなら一人一台しか運べない。非効率だ。だから最高だ。俺は仕事にありつける。非効率に儲けありだ。


 距離に関わらず一回三万円で車をドライブする。距離が近ければ一日に九万円稼げる日もある。もっともそんな日はめったになく、北海道から沖縄まで三日かけて運んだこともある。稼ぎはその時々で上下するが、長い目で見れば七日で十三万円ぐらいだろう。この仕事が最高なのは、いつまでも仕事に慣れないこと。いつも耳の先までピンと神経が張っている。中古車は前の持ち主の癖が染みつくのか同じ車でも挙動が違う。ようやくその車の癖を掴めた時には目的地に着いている。そしてまた次の車だ。たいていは大衆車だがフェラーリやポーシェに乗れる時もある。


 今日は七〇年代の雰囲気がするダッヂのチャレンジャーだ。アメ車に乗る時は警戒するが、この車は一五〇まで出してもブレなかった。かなり物が良い。


 博多から横浜までのドライブ。ラジオから若い男女二人組の歌が流れた。


死について語ろう

子どもにウケはバッチリ

世間の誰もが冷え性を治し

1kg減はストレスフリー

存在を決める残酷な数字


おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

時間差で来るリバウンド

君との会話でお腹を満たす

おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

夕食のみの糖質オフ

どこまで進むべきなのか

残したおやつを一気に食べる


目を背けたい体作り

老化の原因AGE

過去何世紀というもの

何かいいことあったの?

アリストテレスが証明

糖質オフはアンチエイジ

美肌や若さが保てます


おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

真実である、肉、きのこ、大豆製品

嘘だとしても害はない

以下、無限に続く六つのルール

おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

おパンツゆるくなった

(一連の循環論法、魚は低糖質で高たんぱく)

おパンツゆるくなった

(論理の曲芸 緑黄色野菜)

おパンツゆるくなった

(欲望の缶詰 加工食品)

おパンツゆるくなった

(結局のところ、お菓子、ジュース、リンゴ、ミカン、本能的欲求、糖質の多い食材)


 カーブの先にあるガードレールに一台の車が突っ込んでいた。ドライバーらしき男がそばでスマホを耳に当てて立っている。タバコを吸わせてやりたいが、俺はそのすぐそばを一五〇で走り抜けた。バックミラーには道路に手を伸ばして、うろたえている男の姿が映っている。スマホを落としたようだ。


「君は絶対に道路では死なない」


 何年も前に教習所の教官に言われた言葉だ。下りの山道を五速のまま走り抜けた時に彼はそう言った。その予言通り俺はまだ死んでいないし、これから先も死ぬ気はしない。もし道路に神がいるのなら俺は間違いなく愛されている。


 博多から横浜まで一五時間走った。


『ジェンツー』という中古車屋に着いた。荷物をまとめて車を降りると、太った男が店から出てきた。なわばりを守るペンギンみたいだ。


「ごくろうさまです」と男は言った。


「写真撮らせてもらいますよ。規則なので」


 俺は店とダッヂチャレンジャーが一緒に映るようにスマホで写真を撮った。顔を上げると男は新しいおもちゃをもらった子どものように笑っていた。


「この車は愛と献身にあふれている。どうでした?」と男は言った。


「コレクター品ってやつですね。一年前に作られたみたいだ」


「レトロカーの多くは罪深い。時に離婚を引き起こしたり、嫉妬で傷付けられたり、車は自分で走って逃げられないですからね。一台一台辿る運命が違う。奇跡みたいな車だ」


「前の持ち主はナルシストに違いない」


「ですね。傷一つついていない。こんなに攻撃的で、神経質でありながら半世紀も生き延びている。涙が出そうだ」


 男はため息をつき、首を振った。


 俺がキーを渡すと、男は潤んだ目をしながら「いくらで売ると思います?」と聞いた。今にも泣きそうな目をしながら金のことを考えられるのが人間だ。


「五〇〇は固いな。六…七…八〇〇ぐらいかな」


「まさか、とんでもない。一〇〇〇越えてますよ、一一〇〇万。これから船に載せてカリフォルニアまで運ぶんです」


 利益は感動に勝つ。男の目はもう乾き始めていた。


「このへんで泊まれるところはないか? なるべく安いところが良い」と俺は言った。


「民宿っていうのは?」


「相部屋じゃなければいい」



02 民宿のビールは五〇〇円


 男に教えてもらった場所へ行くと、空き地に囲まれた一軒家があった。周りの風景と比べると家の外壁は白々しいほど光っている。玄関には『ゲストハウス バニシングポイント』と立て札があり、インターホンを押すと、顔が赤黒く日焼けした若い男が出てきた。


 とりあえず一泊して、さらにもう一泊するかは明日決めたいと伝えると二階の部屋に案内された。階段を登る時に、台所から若い女がこちらを見ていた。宿泊料金は五千円だが一人でやっているわけではないらしい。

 部屋で一人になると、俺は民宿へ来る前に買ったカップラーメンをバッグから出した。ほどなく電気ポットを持った男が部屋に入ってきて「旅行ですか?」と言った。


「人間と世界の関係が重くなりすぎて面倒になったんです」と俺は言った。男はためらった笑顔を見せながらポットを置いて「冷たいお茶が冷蔵庫にあります」と言い残して、部屋を出ていった。


 俺は机にカメラを設置して映りを確かめると、カップラーメンに湯を注いで、ポケットからコルトパイソンを引き抜いた。六連発のレヴォルヴァー式拳銃。本物ではない。引き金を引くと銃口から小指の先ほどの小さな火が出るだけだ。俺はその火でタバコに火をつけた。銘柄はマルボロと決めている。


 マルボロを三分吸って、その後カップラーメンを食べた。食べ終えると、またマルボロに火をつけて、録画した食事風景をユーチューブにアップロードした。編集はしない。タイトルも『横浜 バニシングポイント カップヌードルシーフード』とシンプルにしている。


 さらに博多から横浜までの走行動画もアップロードした。こちらも地名、国道番号だけのシンプルなタイトルだ。一五時間もあるので十二分割している。気の利いたことは喋らないが時々独り言が入っている。誰がこんな動画を見るのか分からないが、全くいないわけでもない。おそらく地名で検索しているのだろう。東京や大阪を走った動画は一万回以上見られている時がある。誰も知らないような土地、たとえば四国の徳島だとほとんど見られることはない。それでも〇ではなく一〇〇〇人ぐらいは見ているし、再生数も増え続けている。


『富山 サンロレンソ ローソンのツナサンド』という動画は何故か八万再生もされていて「エロい」というコメントが数件あった。意味不明だが一年間ずっと俺の食事動画に付きまとってきた奴もいる。コメント欄には現れなくなったが、今も俺を見ているかもしれない。世の中には俺の思惑を超えた色んな人間がいる。


 タバコを吸い終えるとマッチングアプリを開いて女を漁(あさ)った。俺のプロフィールには年収二〇〇〇万。貯金一億と書いてあるが、もちろん嘘だ。プロフィール欄には他にもベンツやBMWのボンネットに座っている俺の画像がある。女にとってはフェラーリやポーシェよりベンツやレクサスの方が格上らしい。女の需要を満たしてやるのが男の優しさだ。たとえ見え見えの嘘でも甘ければ嫌な気分にはならない。ゼロカロリーのコーラと同じだ。かえって健康にいいかもしれない。


 男なら俺の嘘を見抜ける。女でも見抜ける奴はいるだろうが心と本能が否定する。人間は自分の信じたいものを信じるものだ。女は俺の嘘を疑っても無視することはできない。加工された女の画像に惹きつけられる男と同じだ。女なら誰でも釣れるわけではないが、全員をだます必要はない。俺の体は一つだけだ。


 夜七時になると食卓に呼ばれた。客は俺一人で、宿の男と女も一緒に食べるようだ。二人が夫婦なのか、同じ民宿で働いているだけの関係なのかは分からなかった。


 宿の名前と違って、ナスとししとうの煮びたし、サバの味噌煮、そうめんのみそ汁、からし菜の漬物、それにごはんという和風な食事が出てきた。コップ一杯のビールもついていて一杯目は宿泊料金に入っている。二杯目からは五〇〇円かかるようだ。


 俺がビールを一息に飲み干すと「どちらから来られたんですか?」と女が言った。


「博多から」


「そんなところから。お仕事で?」


「ですね」


「ご結婚はされているんですか?」


 男と女は分かり合えないが、一つだけ分かっているのは、女は男を見ると結婚しているか、あるいは恋人がいるかどうか聞きたがる。ばあさんから小学生までみんなそうだ。もしかしたら赤ちゃんの時から聞きたがっているのかもしれない。男には理解できない女の七不思議の一つだ。


「ええ」と俺は答えた。


「へぇ、奥さんはどんな人?」


「羊みたいな人ですよ」


 女は首を傾げかけたが、ニッと小さな笑顔を俺に見せた。何の隠喩か分からないのも当然で、俺は結婚していないから奥さんもいない。毛皮の中には羊の本体がいるが、俺の羊は空っぽだし、なんなら毛皮さえない。それでも俺は続けた。


「ドアを作る会社に勤めているんですけど、ここ一年で五kgもやせました」


 女は目を大きくして「ダイエット‥‥‥それともご病気?」と言った。


「甘いものの一気食いをやめたんです。動物園でウサギがニンジンを食べているのを見て」


 女は笑った。男は口元をぎこちなくゆるめていた。


「やせたい気持ちは長続きしませんよね」


「でも脂肪は長持ちする」


「そう、それ」


 女が目をこれ以上ないくらい大きくして、人差し指を上下に振った。


 女は言葉を吐きだすエンジンだ。一度回転すれば、どんどん喋る。俺はその回転を助けるために空っぽの言葉をかけるだけで良かった。民宿の女は途切れることなくしゃべり続けて、気付けばもう二時間も経っていた。食卓は既に片付いている。男は食器を台所に下げてから戻ってこない。


「あ、そろそろ行かないと」


 俺が立ち上がると、女は笑顔のままだったが、口元に並んだ歯は俺を威嚇しているみたいだった。


「お出かけですか?」


「ええ、ちょっと飲みに」


「誰かと?」


「いえ、一人で」


 女は一瞬民宿の五〇〇円ビールのことを考えたのだろうが「いってらっしゃい」と同じ顔のまま言った。


03 女に盗まれる 二万円


 マッチングアプリで知り合った女と待ち合わせ場所で会った。


 ステーキ屋で肉を食べた後にビールを飲んだ。店は女が行ってみたいと言っていた店で、見た目は小綺麗だったが、肉はベジタリアン用なのか、大豆のような食感、生玉ねぎの臭い、そしてセロリの味がするステーキだった。それでも女が満足そうだったのは不思議だ。店にいる他の女達もそうで、男達は作り物の笑顔が崩れないようにがんばっていた。ただしビールだけは本当に美味しかった。


 その後、俺達はホテルへ行った。


「男の人ってみんな八歳の男の子。あなたみたいにちゃんと大人に成長した人なんて一人もいない」


 セックスの後に女が言った。ズボンに入れたコルトパイソンが俺の頭に浮かんだ。


「女はみんな手のかかる子猫だ」と俺は言わなかった。女は愚痴を言いたいだけだ。女がどうかなんて聞きたくないし、なんなら男とはどういうものなのかも聞きたくない。自分の中に作り上げた虚構の男像を誰にも否定されることなく受け入れて欲しいのだ。悲しいことにそれを受け入れてくれるのは虚構の俺しかいない。


「男の人って本当に若い子が好き」


「そうかもしれない」


 女は口をゆがめて俺の胸を拳で軽く叩いた。女の体は老いに対して必死に抵抗している体だった。同じ年の女より若く見えることを鼻にかけているが、実は股の下に白髪が一本生えていた。鏡を使わなければ自分では見えない場所だ。体と同じように服もくたびれていた。女はドアを作る会社で働いていて年収が七〇〇万あるとも言っていた。それもやはり同じ年の女より稼いでいると鼻にかけていたが半分は嘘だ。俺も嘘をついているからよく分かる。ただしどこが嘘なのかは俺にも分からない。そしてそれはどうでもいいことだ。


「見て」


 女が腕を曲げて緩やかな力こぶを俺に見せた。その裏側で二の腕の脂肪が力なく揺れていた。


「触ってみて」


「固いな」


 気の抜けるような細い腕で、細い筋肉とひんやりした脂肪の感触を手の中に感じた。


「凄いでしょ」


「ああ」


 女は努力していた。それが見えてしまう、あるいは見せずにはいられないのが不幸だ。努力は誰もが称賛してくれるが、同時にその人間の価値を努力したぶん差し引く。努力は理解されるほど見下されていく。有名人の苦労話がウケる理由がそれだ。


 努力を剥ぎ取った部分がその人間の本質だ。努力は見せてはいけないし、女も必死な男は気持ち悪いと言っていた。しかし自分の言動を振り返る余裕はない。


「そろそろ出る?」


「ああ」


 俺がそう答えると「先にシャワー浴びてきて」と女は言って、バッグから手鏡を出すと化粧を直し始めた。

 俺は浴室に入ると、女の臭いを洗い流すように熱いシャワーを浴びた。あの女の存在が俺の頭と体から排水溝へ流れていく。ドアを開けた時、女がいなくなっていればいいのにと俺は願った。そして浴室を出ると本当に女がいなくなっていた。


 ベッドそばの壁に「うそつき」と口紅で書かれていた。床に散らかっているシーツの上に俺の財布が落ちていて、小銭はあったが、札は全て抜き取られていた。初めから女を信用していなかったので二万円しか入れていなかったが、俺は自分の間抜けさに腹が立った。女が化粧を直しているところは見ていたのだ。早く女と別れてしまいたいという気持ちが俺の心から余裕を奪っていた。


 タクシー代がないので俺は二時間も歩いて民宿に帰った。その時にはもう十二時を越えていて、民宿の明かりも消えていたが、インターホンを鳴らすと民宿の女がドアを開けてくれた。まぶたを重そうにしている。さっきまで眠っていたようだ。


「シャワー浴びてもいいですか?」と俺は言った。


「静かにしてもらえるなら」と女は言った。


 俺はシャワーを浴びて、再びあの女を排水溝へ洗い流すとパンツ一枚で部屋に戻った。余計な荷物は持ちたくないので冬でもパンツ一枚で寝る。寒ければ布団を被ればいい。


 俺は布団で横になるとバッグからノートを出した。それは手のひらほどの大きさで、左のページには収入を、右のページには支出を書き込む。毎日書いているので日記のようなものだ。ページをめくるとコーラ一三〇円と書いてあり、三か月前に自動販売機の前に立っていた時の熱気、太陽のまぶしさ、セミの鳴き声、アスファルトから蒸発する雨のにおい、コーラがゼロカロリーだったこと。色んな記憶がよみがえった。


 俺は今日使った金を書き足し、最後に『女に盗まれる 二万円』と書き加えるとノートをバッグに戻して眠ることにした。

(続きは本編で)



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『銀座の中心で稲を育てる』リリース記事


内容紹介

本当の自由を求めて私は銀座の中心で稲を育てることにした
虹をまとう鏡の塔、カニの手を持つ男、虹に祈る女
稲を育てる間に出会う人達
青い猫を描いた女に出会い、私の運命は思わぬ方向へ転がり落ちる



冒頭試し読み

 1 銀座の中心で稲を育てる


 私は銀座の中心で稲を育てることにした。本当の自由が欲しくなったからだ。


 自由とは何か? お腹が空く→ごはんを食べる。これは自由ではない。体の欲求に反応しただけで、自分の意志による行動ではないからだ。お腹が空く→ごはんを食べない。これは自由か? もし食べないことに理由がないのなら、お金がない、病気で食べられない、食べ物がないなどの理由がないのなら、それは自由だ。


 選択の余地がないのなら自由ではない。必要を満たすことは自由ではない。欲求を満たすことも自由ではない。否定ばかり多くなってしまったが、私は否定形でしか自由を表すことができないようだ。もし『自由ではない』の反対が自由だとするならば、自由とはこう言い換えられそうだ。選択の余地があるなら自由、必要ではないのなら自由、欲求を満たさないのなら自由である、と。


 この世の全ては裁定取引によって動く。価値あるものを一〇〇円で買い、一〇〇円で買った物を一〇〇万円で売る。喩えなので数字は大げさだが大体はこういうことだ。やり取りするのは物やお金ではなく、心や行動でもいい。価値に差があるところに取引が発生する。もし神が現れて、この世の全てをあらゆる意味で平等にすれば、全ての取引が止まるので世界は停止する。


 さっきの喩えで出した一〇〇万円の物が一〇〇円に、あるいは一〇〇円が一〇〇万円になることはめったにない。めったにないということは、まれにあるということでもある。私の家は価値ある物を安く買って、高く売ることによって儲けてきた。まれにあることを逃さないために何百年もかけて組織を作っている。一人の人間には一生起こりえないことも組織にとってはよくあることになる。一人の人間にとって生と死は一度しか起こらないが、人類全体で見ればさして驚くことでもないのと同じだ。


 銀座の中心でまれにないことが起きた。日本で一番土地の値段が高い場所だ。さすがに一〇〇円ではないが本来の価値からすればタダ同然の値段で手に入れることができた。一〇〇万円のものを一〇〇円で買ったわけだ。先祖代々に続いてきた組織はさっそく銀座の中心を利用した儲けの算段を始めた。彼らは自由意志でそうしているのではなく組織の意志によって、そう動く。しかし私は「待った」の声をかけた。そして止まった。この組織で私の声はもっとも価値を持つと決められているからだ。


「銀座の中心で稲を育てようと思います」


 組織の主だった者たちが集まる会議で私は言った。否定よりも、まず私の言った言葉の意味が分からないという沈黙がその場を包んだ。


「それは銀座の中心を田んぼにするという意味ですか?」


 口を開いたのは会議で二番目に価値が高い男だ。


「その通りの意味です。銀座の中心に田んぼを作り、稲を育てます」


「分かりませんね。田んぼにする、稲を育てる、それで何になります? 稲を育てるのはけっこう。しかし銀座より良い場所はあります」


「たとえば?」


 男は米の名産地、次の東京の地名を言った。


「銀座の土地は高すぎます。キロ一〇万円でも元は取れません。それにあそこでは大した米も取れそうにない。良い米を作るにしても、効率的に作るにしても、銀座は米を作る場所ではありません」


「銀座で米は儲からない。だから育てないと?」


「育てるところではなく売るところですね」


「儲けたくないと言ったら?」


 会議がざわついた。


「私は儲けなんていらない。自由が欲しい」


「米を作るなら別の場所がいくらでもあります」


「銀座でやらなければ自由ではない」


「その理由は?」


「理由はありません。しかし、それこそがまさに自由。儲からない、作る必要もない。だからこそ銀座で稲を育てることが自由なのです」


「なるほど。おっしゃることは理解しました。しかし我々の活動は全て儲けを得るためにあります。あなたのご先祖が代々築き上げて、いまや途方もない富を得るようになっています。あなたも、私もそれで三度の飯を食べていかれるのですが、それをないがしろにされるおつもりですか?」


「我々は銀座を自由にできないほど追いつめられているのですか?」


「いいえ、しかし我々の意志とは反します。銀座で稲を育てて、そこから宣伝なり、啓蒙活動なりをして、他のところで儲ける。それなら我々の意志とも合います。しかしそんなことは考えておられないのでしょうね」


「もしそうなら、それは自由ではない」


「もしかして我々に謎かけをされていますか? いつも正しい判断をされてきたあなたが突然こんなことを言い出すのはそうとしか考えられない」


「正しい‥‥‥その正しいというのは私から出てきたものではありません。小さい頃から親やあなた達から植え付けられた意志や活動の結果にすぎないのです」


「その言い方だと銀座で稲を育てるのは間違いだとあなたも思っておられるようだ」


「間違っています。正しくない。必ず損をします。一万年かけても費用の回収さえできない」


 男はにやりと口を歪ませた。彼の笑顔を見ると正しい判断をできたのだといつも安心できた。今もそうだ。私の判断は正しい。


「しかし、それでも私は銀座で稲を育てます」


「あなたはどうしてもそれをやるのですね?」


「はい」


「よろしい」


 カチッと音がしたわけではないが、彼の中で銀座の土地が損勘定に入ったのが私には分かった。これから銀座の中心を田んぼにするためにどれくらいの費用がかもかるのかも概算していて、それはきっと正しいだろう。大きい損は出た。しかし他で補填できないものでもないないと算段はついたようだ。


「銀座の中心で稲を育てる。けっこうですな。その調子で地球を田んぼで覆)うとよろしい」


 男は笑った。私がそんなことはしないと確信している笑いだ。


 会議ではまたたくまに銀座の中心を田んぼにする計画が練られ、予算が組まれた。こうして私は銀座の中心で稲を育てることになった。

(つづきは↓)

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流星を打ち砕け インタビュー

インタビュー『流星を打ち砕け』を書く。 聞き手:牛野小雪


―2020年2月に『流星を打ち砕け』をリリースされました。この小説のアイデアはどこから生まれましたか?

 今さらという感じですが東日本大震災が元になっています。ただしこの小説では地震ではなく隕石に襲われることになっています。なぜ地震ではないかというと、震災は他の場所でも起こるし、過去未来でも起きるので、そういう天災を抽象化したものが隕石となりました。だから震災は関係あるともいえるし、関係ないともいえる。
 

―隕石はただ落ちてくるのではなく核爆弾で破壊された破片の状態で落ちてきます。これは福島原発との関連はありますか? それとも広島長崎の原爆は関係ありますか?

 原発、原爆との直接的な関連はないにしても科学や人間社会の象徴としての核爆弾ではあるかもしれない。人類滅亡級の隕石という理不尽な自然を、人の手で何としてでも破壊するという意思の象徴として核爆弾。もし地球や宇宙の環境がどうのと言っていれば人類は滅亡するわけで、核爆弾は恐ろしいものですが同時に人間の役にも立っている。核爆弾は人殺しの道具で、それは通常兵器も同じことですが、そういう兵器を作った科学は悪い物か、とは一概に言えないと思うんです。良い悪いは別にしても科学無しで現代人は暮らしていけないし、自然に還ろうと説くナチュラリストも恩恵からは逃れられない。そもそもどこから科学といえるのかという問題で、火を起こすのも広義な意味では科学であり、その延長線上に核爆弾があるような気がする。
 と、考えてみると主人公の藤原千秋は火を起こさないことに気付きました。もちろん人間だからところどころで火の恩恵は受けるけれど自分からは起こさない。そして、二階堂先生という人が出てくるのですが、彼女はマッチと燃料を使って火を起こすんですね。その彼女は物語の後半で千秋がある行動を起こすきっかけを作るんです。自分では気付かなかったけれど、これは反科学小説、あるいは反社会小説という読み方もあるかもしれない。

―『ターンワールド』で主人公のタクヤが別世界に行った時に、老人から最初に教わるのが火を起こすことでしたね。

 タクヤは火を起こすけれど、千秋は起こさない。でも最後にやることは似ているんですよ。タクヤは意識的にですが、千秋は無意識に。

―それでは今作も世界が終わる話ですか?

 どの小説でもそうなんですが、まずある世界があって、それが変化するなり、成長していくものだから、ある意味では毎回世界が終わるんじゃないかな。でも元の世界といっていいのかな。帰る場所に帰る方法はタクヤは無意識だけれど、千秋は意識的だったりする。

―それは男女の違い?

 こうやって考えさせられているから出てきたことで、今まで考えたこともなかった。でも私の中で男女の性別が反転するように、行いや考え方も反転したのかもしれない。

―たとえばもし主人公がゲイやレズだったら、どうなっていたでしょうか?

 タクヤは男だからこう、千秋は女の子だからこう、という気持ちで書いたわけではなく、それぞれサイトウタクヤ、藤原千秋という一人の人間として書いたつもりです。無意識的に書き分けたかもしれないけれど、意識的にはそうです。小説の登場人物で書かかれるのは人間性だから、たぶんゲイやレズでも特に意識はしないかもしれない。究極的には火星のペンギンでも同じだと思う。

―なぜ火星のペンギン?

 小説で猫を書いても結局はどこか人間的だから、やっぱり火星のペンギンも人間的に書くと思うから。

―猫は飼っておられますか?

 家の近くに空き地があって、そこが野良猫というか野生生物のたまり場になっているんですよ。猫を飼ったことは一度もありませんが、姿は毎日のように見ています。小学生の時はある野良猫と友達になって毎日遊んでいた時もありました。

―何をして遊ばれたのですか?

 相手は猫だからね。ボールを投げたり、追いかけっこしたり、鏡を見せて驚かせたり、一緒に屋根の登って地上にいる人をながめていたり、まぁそんなこと。エサは一度もあげなかったけれど何故か気が合った。夕方の四時に何度も名前を呼んでいると、どこからか現れて足元にやってくる感じ。でもある時から姿を見せなくなって、もしかしたら死んだんじゃないかって何日か探していたら、とある家のおばあさんにすっかり餌付けされていて、名前を呼んでも来なかったからそこで友情は終わりです。

―『流星を打ち砕け』ではクッキーという猫が出てきます。他の小説でも猫が出てきます。その経験は生かされていますか?

 たぶん関係ないんじゃないかな。別の小説ですが、ある人にうちの猫はこんなことしないと指摘されたことがあります。他の人もそう思ったかもしれない。でもクッキーは『うちの猫』じゃなくてクッキーだから、そういうものだと思って読んでほしいですね。それにクッキーも自分をそんじゃそこらの猫じゃないと言っているしね。

―どうやってこの小説を書かれましたか?

 最初に構想をノートに書いて、それを元にプロットを作りました。先が分かっていると面白くないからと、プロットを作らない人は多いようです。
 完全にプロット通りに書いているわけではなく、二年前からは『後からひらめいたことは絶対に正しい』という信念で書くようにしたので、書く前はもちろん書いている途中でも書き直します。『流星を打ち砕け』は9回書き直しました。でも基本的には道筋が決まってから書くやり方は変えていません。世界には何百万人も作家がいるのだから、こういう作家がいてもいいでしょう。

―書き直すとは具体的にどういうことをするのですか?

 大きなところ小さなところと色々ありますが、たとえば最初のプロットの書き直しは登場人物を減らしました。元々の案はポロ部の子が4人。同級生の子の妹、その友達がいたのですが、音々ちゃんと伊集院先輩を除いて全員消えました。その二人にしても、ほとんど物語に関わってこない。顧問の二階堂先生も役割が変わった。

なぜ減らしたのですか?

 本筋は藤原千秋の物語だから。ポロ部だけじゃなくて先生や避難所にいる人達にも物語はあった。そういうのを全部書いたら完成稿の倍の倍ぐらいの分量になったと思う。でも藤原千秋にできるだけ焦点を当てていたら、みんな消えてしまった。
 これは作者にしか分からないかも知れないけれど、ところどころにある妙に力が強い場面には、消えたプロットの名残がある。だから表面には出てこなくても、書かなかった部分はこの小説に力を与えていると思う。書かなかったものはたくさんあるけれど、無駄になったものはない。みんな役に立っている。
 面白いのは藤原千秋の物語なのに猫のクッキーが登場することで、彼女はほとんど千秋と関係ないところで動いていて、理論的にはクッキーはこの小説に必要ない。だからポロ部の子達より先に消えるはずだったのに何故か最後まで残ってしまった。

―それは彼女が世界で一番美しいから?

 かもしれない。なぜ消さなかったのかと問われても分からない。推敲をしている時でも消した方がいいとは思ったけれど、消したのは一章だけ。でも同じタイミングで千秋も一章減らした。クッキーなしで千秋は存在できないようだ。
 もし、千秋かクッキーかを選ぶとしたら、クッキーの章だけを残したいな。でもそうすると小説が成立しない。難しいね。でもたぶん、これは予感なんだけれど、私は将来的にクッキーだけで小説を書くようにな気がする。

―いつからそのような書き方を?

 今とまったく同じではありませんが、プロットを作るやり方はもう10年以上前から、自分の部屋から半径1m以内で完結する小説を書いていたころからです。
 書き方は少しずつ変化していって、一昨年からは執筆と並行して仮書きをするようになりました。絵でいう下書きみたいなものですね。これで手応えがあったので『流星を打ち砕け』は執筆前に一度最後まで仮書きして、そこからまた執筆と並行して仮書きをしました。次の日に書く分を毎日書くんです。こんなに手間をかけたら一年以上かかるんじゃないかと不安になったけれど、執筆は今までにないぐらい進んだので去年中に終わりました。



―書き方の参考にした本はありますか?

 齋藤孝さんの『原稿用紙を10枚書く力』です。今思い返すとあれは小説の書き方ではなかった気がするけれど、小説を書く前に色々準備しておくという考え方はこの本で習いました。それまでは原稿用紙3枚ぐらいがやっとで、5枚も書いたら物凄く書いたと感動したぐらいですが、その本を読んでからは10枚、20枚と書けるようになりました。これ以外にも何冊か書き方の本は読んだのですが、動物が生まれて初めて見たものを親と認識するように、この本以外の書き方は私の中に残りませんでした。

―『流星を打ち砕け』は私という一人称で千秋とクッキーの章が書かれています。あなたのこれまでの作品から一人称は珍しい印象を受けるのですが、今作で一人称にした理由はありますか?

『聖者の行進』という小説を書いたときに神視点の三人称で世界を書こうとしました。人がいない小説を書こうとしたんです。じゃあその次は個人の視点を重ねて世界を書けないかなと。フォトショップでレイヤーを重ねて絵を描くように、小説も書けないかなと。

―芥川龍之介の『藪の中』のような? しかしレイヤーは重なっていないように思われます。

 一つの事象を多数の視点で見るのではなく、それぞれが別のところを見ている。『藪の中』はくねくねと曲がった穴の底へ潜っていくようなのに対して、私はただ広い暗い空間を目を光らせながら歩いているようなものですね。芥川は立体的で、私は平面的。彫刻と絵画、三次元と二次元。

―次元が多い分、芥川が一枚上手だと思われますか?

 どちらが上ではなく、ただ違うんだと思います。三次元が二次元より偉いというわけでもないでしょう。それに『藪の中』は既にあるのだから、後世の人間は違う小説を書かなくてはいけない。でも負けたくはないな。

―小説の舞台はすだち県という架空の土地ですが、四国にあると書かれていて、挿絵に出てくる四国も現実のものとほぼ同じです。徳島県がモデルなのですか?(牛野小雪氏は徳島県在住)

 三つ子の魂百までと言いますし、やはり体に染みついた空気と水は徳島から離れられないんだと思います。『流星を打ち砕け』だけではなくすべての小説は徳島県から発想を得ているはずです。作中では別の土地になっていても、私が思い描いている場所は徳島県のどこかという場合がほとんどでしょう。

―ほとんど、ということは違うこともある?

 生まれてから一度も徳島を出たことがないというわけではありませんから。ただ想像の土台はやっぱり自分が育った場所を抜けられないんだと思います。でも『流星を打ち砕け』に出てくる砂浜は実在しません。というのも私の記憶ではそこに砂浜があったはずなのに、実際に行ってみると高速道路の橋桁が立っていたんです。護岸整備もされていて、とても浜と呼べる場所ではなかった。だから、あそこは私の頭にしかない場所なんです。

―その砂浜から千秋は『U.S.NAVY』と船体に書かれた船を見ます。米軍の船ですね。搭乗員はアメリカ人で英語を話しますし、作中でもそこは英語になっている。別の場面では千秋がシャネルの帽子を被ったり、プーマのジャージを着たり、スパゲッティを食べたりしています。馬や猫の名前は明らかに外国のものです。なぜ日本人のあなたが外国の文化を書くのですか? 西洋かぶれなのでしょうか?

 まだ(2020年1月現在)リリースはしていないのですが一昨年から去年にかけて『山桜』という小説を書いていました。書く前は純日本的な物を書こうとしていて、武士道とか、大和魂とか、あるいは外国人から見た日本とか、色々調べていたのですが、結局純日本的な物とは何かというのが分からなくなってしまいました。ある瞬間、ある時代における日本的なものはあっても、別の時代では簡単に変わってしまう。という至極当たり前のことに気付いたのです。和服一つとっても十二単と小袖は別物だし、刀も鎌倉時代に馬上で使われていた物と、幕末の武士が腰に差していた物はやはり違う物。
 なぜ外国の文化を書くかといえば、それが現代の日本にあるからでしょう。たぶんですが、プーマが外国の企業だと知っている人なんてほとんどいないだろうし、意識もしていない。私にしても何年か前にTVで知ったぐらいです。シャネルは外国の物として意識されているかもしれませんが、それ以上に『ブランド物』として意識されているはずだし、スパゲッティもイタリア料理ではなくスパゲッティとして意識されている。たぶん。少なくとも私はそう。外国の物はすでに日本の物として吸収されているから『純日本』とは言えないにしても『現代日本』ではあると思うのです。
 ただ、私は週刊少年ジャンプとハリウッド映画を浴びて育った人間ですから。半分は西洋、というかアメリカに影響を受けているのは間違いないです。
 そしてたぶん西洋かぶれっぽく感じたのだとしたら、それは去年、純日本的な物を書こうとした『山桜』の反動だと思います。

―主人公の千秋はポロ部です。現実の日本で、学校の部活動としてのポロ部は存在しません。なぜ千秋はポロ部なのですか?

 それは私が訊きたいぐらいで、小説の初期の初期、まだ形も言葉もないイメージから彼女は馬に乗って現れました。右手にはポロの棒を持って。理屈からひらめきが出ないように、ひらめきから理屈は出てこないんです。ポロ部だからポロ部。それ以上の理由はありません。

―ポロをされたことはありますか?

 小さい時にポニーに乗ったことはあります。背中の毛がごわごわしていて、温かかったことを憶えています。

―今作では挿絵をご自身で描かれています。普段は絵を描かれているのですか

 新作を出す時に自分で表紙を作らなければならないので、数年前から美術館に通って刺激を受けに行くようにはなりました。でもああいういかにも『芸術』みたいなのは描くつもりはないですし、描けるとも思いません。時々ちらっと描くだけですよ。挿絵を書く必要がなかったら毎日は描かない。たぶん月に2、3回ぐらいじゃないかな。数えたことはないけど。

―絵は何枚描かれましたか?

 挿絵は50枚くらい。でも下書きはたくさん描きました。割り箸の紙とか、整理券の裏とか、そういうのに描いたのも含めると100や200は超えているだろうけれど、たぶん1000枚は超えていないんじゃないかな。


ーどうしてこんなにたくさんの挿絵を描く気になったのですか?

 twitterでセルフパブリッシングの作家の人はマルチな才能があって、絵を描ける人もいるのだから挿絵がいっぱいの小説を書いたらいいのにと言っている人がいたので、それに触発されて描きました。もっとも私に絵の才能があるとは思えないけれど。

―絵を描くにあたって参考にされた本はありますか?

 中村祐介の『中村祐介「みんなのイラスト教室」』とパウル・クレーの『造形思考』。それとどうしても馬の形が掴めなかったのでジェニファー・ベルの『‐HORSE‐やさしい馬の描き方』を読んで練習しました。この本を読んでいなかったらユニコが出てくる挿絵はなかったでしょう。

―これからどういう小説を書くつもりですか?

 今見えている目標としては限りなく透明に近いフラットな小説を書くつもりです。どこまでも平坦で、凹凸や深みがない、全てが表面で完結する、いわゆる『文学的』ではない物を書きたいと思っています。

―表面で完結するとは?

 感情と事実が消えた世界です。といいつつ私もまだそれがどんな物か想像はつかないんですけどね。
 形が見えている物なら『平家物語』の冒頭ですね。ああいう何人称とか関係ない文体で小説を書けたらなとここ数年は悩んでいます。

―最後に、あなたにとって小説とは?

 地に落ちた堕天使(ルシファー)。

―堕天使ですか?

 小説は最初、言葉も色も形もない純粋なイメージで降ってくる。そのイメージはあまりにも素晴らしすぎて、小説家はしばらく圧倒されてしまうけれど、そこから何とか言葉で形を捉えていく。しかし言葉にするばするほどイメージは損なわれていく。天使が言葉に羽を食べられて、天国から地上へ落ちてくるようなものだ。
 地上に落ちた天使は小説家が扱える物になる。最初に圧倒されたイメージとは別物になっているけどね。まぁ、言ってしまえば天使ちゃんではなくなってるわけだ。でもそこであきらめずに地上で生きていく強さを身につけて欲しいと願いながら書き続けることが、小説を書くってことじゃないかな。小説の最初は魔力だけど、最後は魔が抜けて力になっている。だから現実に存在できる。
 一番良いのは小説を書かないこと。小説は純粋なイメージの時が一番美しい。でも手に入れようとすれば、羽をもいで地上に落とさなければならない。小説は誰にでも書ける、あるいは誰でも一つは自分の物語を持っているというけれど、実際に書く人があまりいないのはそういうところに理由があるんじゃないかな。小説を書くことは精神的な自傷行為で、書けば書くほど雲の上にいる天使は傷付いていく。でも傷付けなければ地上に引きずり落とせない。放っておけばいいのに、手で掴もうとするから小説家は残酷で罪深いと思う。

―なるほど。今日はありがとうございました。

 こちらこそ。ありがとうございました。

(おわり)


『流星を打ち砕け』の表紙はどうやって作られたのか。ポイントは《読まなくても内容が分かる》



 初期の案。プロットを書く前に描いた。英語の題はBreak Shooting Starになっているが、最終的にはdawnをつけてBreak Dawn Shooting Starにした。
 千秋の髪形はこの時にもう決まっていた。彼女が持っているのはポロで使うマレット。作中ではハンマー杖と呼ばれているが一度しか挿絵で出てこない。
 ちなみに初期案では千秋が大人で、世界で一番美しいという設定になっていた。

 
 黄色と青だけでは弱いのではないかと不安になって色を塗った。どうしても葦毛感が出せなかったし、そもそも配色が悪い。これなら二色で勝負する方がマシだと思った。 
 なぜ『流星を打ち砕け』は青と黄色なのか。それは何かの本で青と黄色の組み合わせが、これからの時代に流行ると何かで読んだから。自分の色彩感覚は信用しないけれど、他人のは信用する。もしかしたら間違っているかもしれないね。でもそれを鵜呑みにするのも自由だ。


 題名と作者名を中央に置いた。黒ボックスがあるのは文字を見やすくするため。


 上三つの絵が気に入らなかったので、推敲中に描いた。挿絵を何枚も描いた後なので、ちょっと腕が上がっている。
 クッキーの鼻がちょっと切れているのは内緒。


 表紙を見ただけで内容が分かるようにするため。そしてテキストの変形をおぼえたばかりで、文字で何かやりたかった私が試しに作ったもの。これを表紙にするつもりはなかったが、これで下の表紙を思い付いた。


 どう見ても『スターウォーズ』のOP だけど、ここから新案のヒントを得る。ポイントは《読まなくても内容が分かる》だ。


 隠した方が良いんじゃないかと青い色で枠を作り、そこに題名と作者名を入れてみた。上下に分けて大字にするというのは気に入った。自分勝手な感覚だが上下の合わさるところに中心点が来るからバランスはとれていると思う。


 決定案。どこか怪文書っぽい。創作のヒントはフランスで盛んだと言われているコラージュという手法(そもそもコラージュがフランス語)。ピカソも手を出したことがあるのだとか。作中の挿絵をこれでもかとバラまいた。本を開かなくても、こんな感じのことがあるんだなと分かる。挿絵は全部で50枚近くあるけれど、収まりきらないので20枚ちょいにした。これこそ小説の《顔》としてふさわしい。表紙に惹かれたら是非中身も読んでいただきたい。もちろん惹かれなくても。

※追記:2023年10月に表紙を新しくしました。千秋とクッキーにフォーカスをあてるためシンプルに二枚だけ。クッキーがちょっと大きめ



挿絵一覧


藤原千秋 第一章 70年連続日本一のポロ部



クッキー 第一章 世界で一番美しい私 


藤原千秋 第二章 流れ星でいっぱい



クッキー 第二章 世界で一番美しい私、漁師にすくわれる



藤原千秋 第三章 ユニコと一緒に



藤原千秋 第四章 私の埋葬地



クッキー 第三章 世界で一番美しい私、へちゃむくれの猫を見る


藤原千秋 第五章 令和町のシンデレラ


クッキー 第四章 世界で一番美しい私、がぶりとやられる


藤原千秋 第六章 ポロ部の生き残り


藤原千秋 第七章 恐竜が三回絶滅する噴火



クッキー 第五章 世界で一番美しい私と二十五匹のソフィア


藤原千秋 第八章 馬の運び屋


クッキー 第六章 世界で一番美しい私、墓をあばく


藤原千秋 第九章 お手柄!町の騎馬警察


クッキー 第七章 夢の続きで会いましょう


藤原千秋 第十章 青い凶星去り去りて


クッキー 第8章 千秋はどこにいるの?


藤原千秋 第十一章 初めて見る顔


クッキー 第九章 世界で一番のうぬぼれ屋


ユニコ 第一章 本当に世界で一番美しい私


ユニコ 第二章 天国よりも高い場所


藤原千秋 第十二章 ユニコをこの世に引き止められる力


クッキー 第十章 人類滅亡級の破滅的なハッピーエンド

流星を打ち砕けができるまで



流星を打ち砕けができるまで


妄想でジュースを飲む


 2020年の4月1日に『山桜』という小説を出すつもりで、それまでは『難聴製造機』という短編を出すかもしれないが、基本的には小説のリリースは無しにする予定だ。かなり時間のマージンを取ったので、手広くやろうと5月は色んな本を読んだが、本当に手広すぎて何にも物にならなかった。何らかの方向性がないとダメだと、一つ決め打ちをしたら予想外の方向に伸びて、もしかしたら長編になるかもしれないと注力することにした。輪郭はもう捉えている。仮題は『流星を打ち砕け』だ。『世界が終わる日~人生最悪の48日間~』というアイデアもあったが、世界が終わらないのでボツになった。

 オペラント条件付けという心理学の手法がある。俗にいう飴と鞭だ。小説が4000字以上書けたり、ノートかプロットを4ページ以上書けた日は近くにある自動販売機でジュースを買うことにしている。正の条件付けだ。しかし、目標の分だけ書ける日は少ないので、この行動は強化されていない。

 そろそろプロットラインを書く頃だという予感はあるけれど、書き出せない。たぶん失敗することを恐れているのだ。そしてそれはたぶん正しい。私はプロットラインを書き切れない。こういうのは何回も引き直しながら完成させる物で、書ききれなかったところから、また新しい切り口を発見しながら書いていくものだ。最初の一回でプロットを引けたことなんて今まで一度も無い。しかし、それは理屈で、感情では失敗することが分かっているから一歩踏み出せずにいる。

 というのを雑感帳を書いていて気付いた。それならルールを変えればいい。プロットの完成を目的にするのではなく、失敗することをゴールにする。それでチャレンジを恐れないようになる。何度でもトライできるようになる。

 という自己啓発書みたいなアプローチも失敗する。

 結局はいつものように失敗を受け止められるようになるまで、心の余裕ができるのを待つしかないのかとも考えたが、そこでふと上のオペラント条件付けを使えないかと思い、全然書けなかった日に自動販売機でジュースを買って飲んだ。いやいや、失敗に報酬を与えるとダメなるのではないかと思われるだろう。もちろんダメだった。次の日もプロットラインを引けなかった。

 書けない原因は失敗するからではなく、失敗を予想するところにあると私は考えた。失敗→ジュースではダメで、失敗=ジュースでなければならない。パブロフの犬だってベルでよだれを垂らす。というわけで私はプロットを書く前に、今日はプロットラインを引き切れなくてジュースを飲むという想像をした。冷たく甘い感覚が口の中を通っていくイメージをする。すると、その日はプロットラインを引けた。次の日は、もっとうまく引けた。こうして先週は全体のプロットラインを4回も引けた。未だにプロットは書き切れていないが、書き始める前のプロットラインとしては今までで一番引き直した数が多い。しかも1週間で4回も引いたのは初めて。前代未聞の大快挙からして、たぶんこのアプローチは間違っていない。

失敗予期にジュースを飲むところをイメージすれば、ジュースは飲まなくてもいいのではないかと予想したが、一度だけで効果がなくなった。あるいはたまたまその日が書けない日だったのかもしれないが、たぶん学習したのだろう。『妄想に騙されるな』と。やっぱり失敗にはジュースが必要だ。自分に嘘をつけるのは一度だけ。


追記:なぜ報酬がジュースなのか。甘さは確実に効果があるから。現代人に肥満の悩みが尽きないのが、その証拠だ。最初はチュッパチャップスだったが、よだれでべろべろになった棒がゴミ箱にたまるのが嫌だからジュースにした。でもチュッパチャップスでも大丈夫だろう。

追記:たぶん書けたことに報酬を与えても正のフィードバックはない。夏目先生も毎月たくさん給金を貰っても書けないものが書けるようにはならないと言ってたし、私もそう思う。2兆円くれても、いま胸の中にあるものを書けるとは思えない。お金に目がくらんで「これが正真正銘偽りのない私の小説でございます」とごまかすかもしれないけど。


登場人物を減らす


小さな話はいくつもある。それがひとつの物語としてまとまらないというのが先週の悩みだったが、とうとう点と点のカオスな集まりが、線と線とで結ばれ始める瞬間が来た。奇跡を目の当たりにしたように肌がざわめく。何でこんなことが起こるのだろうと自分でも不思議に思う。小説は考えて書けるところもあるけれど、何故それを書いたのか自分でも分からないというところもある。そしてそういうところが物語に重要な繋がりをもたらしている。持て余したセンテンスをどうにか活かそうと無意識で奮闘したとも考えられるけれど、私はそこにあるべきものが理屈を超えた何かで現れたのだと私は信じたい。時間、宇宙、全てを統括する神様がいるかどうかは分からないけれど小説の神様はいるような気がする。小説は書くのではなく発見するものなのかもしれない。

 プロットの内容がかなり詰まってきたので登場人物を減らしていくことにした。たとえば人間の裏と表で二つ。平常と異常で二つ。2×2で4つの面がある。一人一人に役割を与えることもないし、一人の人間に色んな面があるば深みも出る。そうやって人を削っていくと、後半に出てくる人間が一人を残して、みんな消えてしまった。私は4人の人間の生きていく姿を書くつもりだったが、その目論見自体が消えてしまったので、小説全体の基調も変えざるを得なくなり、もしかするとこれは間違っているのではないかと思い始めたが、過去のノートやプロットを読み返すと全体のプロット変更は日常茶飯事で特に執筆に取り掛かる前だと、全然違う話になるのは珍しくもないということを思い出したので、一念発起してプロットラインを引き直した。引き終わると最初からこういう小説になる運命だったとしか思えないほど良いプロットになった。しかし、プロットは変わり得るものという前提を思い出すと、またひらめきが降ってきて、さらにもう一回引き直した。やっぱりまた良くなった。先週は同じプロットを何度も引いて煮詰めたが、今週は何回も生まれ変わらせた。
だからといって先週やったことは無駄ではなく、先週の溜めがあったから今週の飛躍があったのだと思う。無駄になった物は無駄ではなかったのだ。




ノートへの仮書きを始める


プロットラインは引けたのだけれど、最後の最後までは引ききれない。遠い場所にあるものはぼんやりとしか見えないからだ。その代わり近くにある物ははっきりと見える。冒頭はもう書き始めるしかないというぐらいプロットがみっちりと詰まっている。
ノートに仮書きしてみると、そこからまたプロットが湧き出てきた。とはいえ全体のプロットではなく、精々目前の2、3千字分ぐらいだ。近くを見ると遠くは見えなくなる。当たり前のことだ。全てを平等に見渡すなんて天才にしかできない。才能がないなら一歩ずつ歩を固めて、愚直に時間をかけるしかないのだ。

 ひらめいたことをプロットラインに書き足して、また冒頭から書き始める。こうやって最後まで仮書きしていけばプロットの最後も何かしら湧き出てくるだろう。根拠はないけれど今までがそうだったから今回もそうだと信じるだけだ。本当はプロットラインを最後まできっちりと書きたかったが、引き切る能力が私にはないらしい。でも最終的にはきっちり引けている。と私は信じる。


100点満点なんてなかなか取れない


プロットラインを引きながらとはいえ、仮書きなので執筆ほど強度は高くない。だから一日に4ページは書けるはずという目論見はあるが2ページも書くと、もう力尽きてしまう。いつもこれが不満だ。でもたぶん4ページというのは自分が持っている力を100%出し切れたらという想定で、5ページ書けるはずだとは考えたことがないし、実際に考えてみると絶対に無理だと感じる。やはり4ページというのは私の最大限なのだ。でも4ページは書けるはずだし、書けたことも何回かある。絶対に書けない量ではないのだ。

 とはいえ実際は2ページ、あるいはそれ以下という執筆量で限界がくる。冷静に考えれば毎日最大限まで力を使い切れるはずがないのだけれど、どうにかすれば書けるはずだという気持ちは離れない。ブラック企業みたいな考え方だけれど理屈と感情は別物なのだ。


 でも50点の日が続くから死なないで済んでいるのかもしれないということを考えた。途中で死ななければ、いつか最後まで書ける。毎日100点を取ることが目的ではなく、小説を書き上げることが目的だ。小説の出来で100点を取ればいい。と、自分を慰められるのは一時だけで、やっぱり1日の終わりは(今日も書けなかったなぁ)で終わる。




言葉は他人のため



 ポロの歴史の本を読んでいると『ポロ』と呼称されるものはイギリス発祥だが、馬に乗って球なり獲物なりを追って、棒で叩くという競技は世界中にあるそうで、wikipediaには世界で最も古い歴史を持つスポーツと書かれているぐらいだ。極東の島国である日本にさえ伝わり、平安時代より前に中国から撃球が伝わり打毬(ポロ)になったという説がある。

元々イギリスに『ポロ』はなかったが、インドから輸入した騎乗の球遊びは貴族や軍人達の間で大流行していた。明文化されたルールはなく、お互いの空気を読んでプレイするスタイルだったが、別のグループとプレイする時はお互いの勝手が分からないのでルールを明文化する必要があった。そうやって誰でも分かるルールができあがっていくと、ポロが遊びからパブリックなスポーツに変化していった。
 私が面白いと思ったのは身内同士でプレイする時はルールを明文化する必要がなかったというところだ。私が思うに、何を喋ったかは分からないけれどめちゃくちゃ喋った。というのが最上のコミュニケーションだ。心と心が通い合うなら言葉は必要ないのだ。小説やマンガだと人間の考えていることが言語化されているけれど、実際は言葉未満のところで考えているのが9割で、言語化されているのは極僅かな領域でしかないと常々思っているし、言語化するにあたってどこか嘘やごまかしが混じっているような気もしている。
 小説は書く前が一番良くて、自分の胸の内にある時が最上で、書くごとに価値が損なわれていくような気がする。そういう意味で、やはり詩が文学の王様だと私は思っている。ただし言葉が少ないのと言葉が足りないのは全然別物で、詩を書くには天分に恵まれなくてはダメだ。

 二昔前、新入社員に求められるのはコミュ力だとテレビでもネットでもさんざん言われていた。その時に本当のコミュ力とは何かというのを語る人もいて、そういう人は概して相手に物事を正確に伝える力がコミュ力だ、という論調だった。しかし、後の時代に言われたことは空気を読め、だったことからして、その時も、そして今も求められているコミュ力とは伝える能力ではなく合わせる能力で、言葉なしにポロをプレイするように言葉なしに仕事をしたいのだ。理想を言えば、言葉なしに話をできるのが最上のコミュニケーションのように、言葉なしに協力し合える関係が最上だろう。しかし、そうできない時は言葉が必要になる。

 沈黙は金、雄弁は銀。という格言があるように、言葉なしに価値はあるけれど金は金庫に眠っているだけで、世界に流通するのは銀の方だ。先の格言はカーライルというイギリス人のもので、欧米でも、やはり言葉にされないことの価値を認めているのだろうが、それでもなお言葉多く語るところに欧米文化が広まった要因があるのではないだろうか。金持ちよりも、金銀持ちの方が豊かなのだ。

 それを言っちゃおしめえよ、ということもあるけれど、それでもなお言葉にしていく狡知さというのを身に着けたいと最近は思う。イギリス人はジョーク、それも皮肉が利いたブラックジョークが好きというのに秘密があると私は思っている。シェイクスピアの道化が真実をおどけて言うようなものだ。剥き出しの真実は人を傷付けるが、避けてばかりいてもリア王みたいに破滅が待っている。

 日本では意見=敵対と言われているが、リア王でも三女はありのままの気持ちを言ってしまったために国外追放となり、最後は死んでしまう。ごまかしを言い続けた長女、次女も最後は死んでしまうが、道化は最後まで生き残る。真実の口に災いが飛び込んでくるのは洋の東西を問わないが、ごまかし続けるのも難しい。嘘をつかない、正直というのは美徳のひとつだが、美徳を持っているからといって生きられるとは限らない。欧米人がジョークを言う印象があるのは、嘘をつかずに生きていくために編み出した一つの作戦なのかもしれない。


追記:ちなみに最低のコミュニケーションも、何を喋ったかは分からないけれどめちゃくちゃ喋った。だろう。二つを分けるものは伝わったか伝わらないかだけど、両者で伝わったり伝わらなかったりするものは何だろうと考えると、陳腐な言い回しだが『心』ではないだろうか。

追記2:後になって人が真実を口にするパターンを思いついた。それは強い人が弱い人の隠しておきたい真実を暴くことだ。この場合は殺されるのが弱い人になる。しかし返す刀で殺されることも、やはりあるかもしれない。恨みを買うのは恐ろしいものだ。

自分の限界の中でどうやって書いていくか



 仮書きで最後まで書こうとしているのだけれど、それでもなかなか進まない。一週間でようやく3分の1が終わりそうな感じだ。熱帯低気圧が来た日は全然書けなかったけれど、次の日はいっぱい書けて、このまま最後まで書けるんじゃないかと思いきや、やはり4ページで筆が止まった。5ページ目の9行目で言葉が出なくなった。そのまま半時間ほど過ごすと涙が出てきた。もうこれから先、小説は書けないんだと思った。そう思いながらも日が変われば、また書けるようになるとは思っていた。世の中に絶対は無いけれど、今までがそうだったのだから、今回もそうなるという確信に近いものはあった。

 小説を書いている時は言い知れぬ高揚感もあるが、それと同じくらいストレスに悩まされる。これが大いに執筆の妨げとなっているのは疑いようがないので、最近は自己啓発本を読み漁っている。


 ある本に、西洋文化は期待の文化である、期待を目指して走り続けるが、期待はいつも未来にあるので永遠に手に入れられず、常に不満足を抱えることになる、的なことが書いてあって感心した。

 確かに小説を書こうとしていない時は小説を書けない悩みは存在しない。新刊をリリースした後なんかは空が鮮やかな青に見えるほどだ。その本には期待を抱かないことが心を軽くすると書いてあった。そこで私は立ち止まった。恒心無くば恒産無しという言葉がある。小説を書こうとするからには、小説が書けることを期待しているわけだ。小説を書こうと思わずに小説を書くにはどうすればいいのか。ヨガの賢者なら小説を書くのをやめなさいと答えるだろう。まったくの道理だ。私もそう思う。そうしたら楽になれるだろう。

 書きたいという欲があるから苦しむ。苦しいのは嫌だ。でも小説は書きたい。執着心が自分を苦しめる。それでも書く。書ける瞬間もあるが、期待していたほどではないので不満足を抱える。

 ヨガの賢者の言葉が頭をよぎり、書けていた時を思い返す。彼の言うことは真実かもしれない。書けている時は書こうとは思っていない。期待も不満もない。時間の感覚も消え失せ、どこまでも書いていけるような気がして、この感じが永遠に続くなら、どんなものでも書ける気がした。またたく間とはいえ、そんな境地に至れたのは書こうとしていたからだ。やはりここで大きな壁にぶち当たる。書こうとせずに書くにはどうすればいいのだろう。矛盾である。

 もしヨガの賢者が小説を書こうとするならどう解決するだろうかと考えてみても想像がつかない。ヨガの超自然的な力で書けるような気もするし、書くという欲を消して書かないのかもしれない。あるいは、どちらも悟りが何たるかも分からない人間が考えたことで、私が思いもよらない解決法を見出すのかもしれない。むしろそうであって欲しい。書けない苦しさを無くしたいのなら書こうとしなければいい、なんて見も蓋もない。生きる苦しさを消すには死ねばいいと言ってるようなものだ。しかしヨガの賢者は死なずに生きているのだから、そういうことではないのだと信じたい。

 解決法はきっとある。書こうとせずに書く方法はある。しかし私には得られないものだから、毎日期待して裏切られて、そうやって書き続けていくしかない。小説は甘い苦しみ。もしかすると本当は逃れることを求めていないのかもしれない。

追記:ヨガの賢者と似たようなことを『吾輩は猫である』で八木独仙先生が消極的修身のことで話していた。しかし苦沙弥先生は積極的にしろ消極的にしろ結局どうにもならないわけで猫のように水甕の底に往生するのが正解なのかもしれない。


言葉と数字の扱いはいつまでも慣れないものらしい


 もう何年か小説を書いているけれど、いまだに手を付ける時はドキドキする。恐いと思う時もあるし、そのまま手を付けられない日も年に何度かある。もしかすると小説を書くのに向いていないんじゃないかと思う時があるけれど、この前読んだ本に、文字を扱うことと数字を扱うことはどれだけやっても慣れが起きないと書いてあった。大学の偉い先生でも、一般人の被験者でも、簡単な足し算引き算をする時は脳を全般的に使うそうだ。音読でもそれは同じ。

 な~んだ。それじゃあいつまでも小説にビビッているのは正常なんだと分かった。むしろビビらなくなった時の方が危険だ。振り返ってみても、こんなの書けるはずがないと震えながら書いている時の方がうまく書けているようなもので、こうして毎日内臓が削れていくような気持ちでいる時の方がかえって小説はうまくいっているのかもしれない。


 恐がることを恐れない。そういう境地が大事なのかな。

正義を背負った悪行


 日本の神話にこういう話がある。太陽の神アマテラスの弟、スサノオは神々が住む高天原にある田んぼのあぜを壊したり、溝を埋めたり、食卓でウンコをしたりして、困り果てた神々はアマテラスに彼の悪行を報告する。しかしアマテラスは怒らなかった。これには理由がある。

 元々スサノオが神々の住む高天原に入ろうとした時にはアマテラスもスサノオが高天原を奪い取ろうとしているのだと思って、武装して出迎えるほどだった。しかしスサノオは三人の女神を生んで悪心がないことを証明したのでアマテラスは信用した。神々が彼の悪行を報告しても彼女は「悪心はないのだから」とかばうほどである。

 しかし調子に乗ったスサノオが皮を剥いだ馬を織屋に放り込んで、驚いた機織女が死んでしまうと、アマテラスはかばいきれなくなり天の岩屋に隠れてしまう。

 もしスサノオが女神を生んで悪心がないことを証明していなかったとすれば、アマテラスも彼を殺していただろう(日本の神様は死ぬし、殺される)。しかし、悪心がないというのでアマテラスは困ってしまった。田んぼを壊すくらいなら許せても、機織女が死んでしまうと「まぁまぁ、あいつも悪い奴じゃないから」とかばいきれなくなった。かといって裁くこともできず、神々も困り果てる。もう岩屋にひきこもるしかないというわけだ。

 これと全く同じというわけではないが、言っていることは素晴らしいのに、言葉抜きにやっていることを見れば悪行そのもの、ということは世の中にある(正しい人を敵にまわしたくないので何とは言わないが)。しかしそれを指摘すれば「何か間違っていますか?」という答えが返ってくる。正しいとは言えない。間違っているとも言えない。だからどうにもできずに黙って見ているしかない。こうして素晴らしく正しい理由で悪行が重ねられていく。はたしてこういう奇妙なねじれにはどう対処すればいいのだろう。アマテラスは岩屋にひきこもったが、それにより世界は闇に閉ざされてしまい、悪い神々が勢力を伸ばしてくる。放っておいてもダメなのだ。

 この神話には続きがある。神々はアマテラスを策略にかけて岩屋から引きずり出すと、合議の上でスサノオに罰を与えることにした。スサノオは身に着けた物を取られ、ひげを切り取られ、おまけに手足を爪を剥ぎ取られるというひどい罰を受ける。アマテラスがどうしたとは書かれていないので今度ばかりはかばわなかったようだ。正義を背負った悪行も後ろ盾を失うと、やはり悪行は悪行として裁かれてしまうのだ。

 ちなみにこの後のスサノオだが、早速ごちそうを食べさせてくれた女神を切り殺している。だが、さらにその後はヤマタノオロチを退治してクシナダ姫を救ったりもする。神様なら神社の奥に祭っていればいいが、こういう困った人はどうしたらいいのだろう。スサノオの例にあるように祭り立てても調子に乗るだけだが、殺してしまえばヤマタノオロチを退治する者がいなくなる。いや、そもそもヤマタノオロチは本当に悪だったのかということもある。そんなことを考えていると何だか分からなくなってきて、天の岩屋にひきこもるのが正解のような気がしてくる。

 しかし、もしかするとこんなことを書いている私自身が正しいと思い込んでいて実は他人から見るととんでもない悪行をやっているのかもしれない。もしそうなら後でひどい罰を受けるだろう。スサノオの例を見れば、自分の正しさが証明された時ほど危険なようだ。

追記:悪を背負った善行というのもあるのかもしれない。

ようやくプロットラインを引き終える


 ようやく仮書きを3分の1まで進めた。同時進行していたプロットラインはようやく最後まで引けた。これでスタートラインが見えてきた。ゴールラインではない。本文にはまだ手をつけていないのでスタートさえしていないのだ。

 ノートの日付には2019年6月20日から仮書きを始めて、7月5日の日付で3分の1を超えた。この計算だと仮書きを終えるのがお盆前だ。そんなにかかるのかと気が遠くなるけれど、ちょうどいいかとも思う。とことん時間と手間をかけられるだけかけるというのがseason3からのテーマだ。これだけ時間をかけて仮書きして、そこから小説を書き始めるなんて、自分でもおかしいと思う。『山桜』の執筆で仮書きしても執筆が楽になったり早くなったりはしないと分かっている。でも仮書きしておくと今までとは違う何かが出てきたような手応えがあった。だから、とことんやってやろうと決めてしまった。最近はこんなことはやめて書き始めようという誘惑に駆られる。今日だって、3分の1も書けば『山桜』と同じように本文を書きながらでもできるじゃないかと思った。そこから先へ進むのに半時間ぐらい躊躇した。

 小説の出来は目に見えないものだ。ノートも雑感帳もやめて小説一本に絞れば1日4000字で書けるのは分かっている。でもそれだとどこかボヤッとしているのだ。そう感じるのは気のせいかもしれない。あるいは本当にそうかもしれない。自分の感性以外に判断するものはない。だから理屈で考えるようになると、絶対に今から書き始める方が正しいとなるし、それを否定できる根拠も材料もない。

 しかし、だ。結局のところ小説の善し悪しを決めるのは行間という字義通りに取れば文字と文字の間にある空白で、何の実体もない。何を書いた、どう書いたなんてのは本質の周辺でああだこうだ言っているだけで、否定しようが肯定しようが、それがどうしたということでしかない。と、私は思っている。
 一番重要なのは行間で、何の実態もないけれど存在するもの。これを信じられないのなら何を頼りに小説を書けばいいのかということも考える。いや、考え始めると、今から小説の本文を書き始めなさいということになるのだが、そこをあえて書かずにノートを開いて、ああだこうだとあがいている。あがいていれば、そのうち何かしら出てくるのだから面白いものだ。毎日何をやっているんだろうと徒労感があるけれど、一週間を振り返ると、自分でもなかなか感心するぐらいのものを書き溜めている。

 もっとも、そういうことをしみじみと味わえるのは、こうやってノートを脇に置いて、小説から離れている時だけ。


 今回の執筆は書くことを耐えることだと思う。もし、小説を書かずに仮書きで最後まで書ききれたなら最終的に何かしらのものが出てくる予感がしている。でも、もし耐え切れずに書き始めたら、せいぜい『山桜』程度になるだろう。私はもっと凄いものを書きたい。欲深いのだ。


 お盆前に終わるといいな。

海岸がない!



 『流星を打ち砕け』は徳島県を舞台にしているのだが、ふと徳島県の地図を開いてみると、小説に出てくる海岸があるはずの場所に角ばった土地がある。埋立地のようだ。私の頭の中にはてっきりそこに海岸があるものだと思い込んでいた。このままだと、今思い描いている小説が書けない。今まで一度も止まらなかった筆が一週間止まった。どうしようと思い悩んで、これは実際に目で見ておかなければならないぞと車を走らせた。

 私が思い描いていた海岸は、想定していた場所よりずっと北にあった。吉野川を越えなければならない。海水浴に来ている人はまばらで、突堤でキス(魚の方)を釣っている人と同じくらいしかいなかった。それにひどく狭い。頭の中と同じだったのは砂の感触だけだ。

 そもそも最初は海岸なんて無いんじゃないかと思っていた。吉野川を越えてから海沿いは二階建ての家より高い堤防で覆われていて、しかも工事はまだ続いていた。海岸なんてありそうな雰囲気ではなかったが、堤防沿いを走っていると、だしぬけにわき道が堤防の上に伸びていて、そこを登ると草むらの向こうに突然海岸が姿を現すという感じで、てっきり工事で無くなっていると思い始めていたから驚いた。海水浴に来ている人が少ないのは、冷夏だからじゃなくて、こういうところに原因があるんじゃないか。

 それから想定していた海岸があるはずの場所にも行ってみた。そこには周りの建物より高い橋桁がいくつも建っていて、ずっと遠くまで続いている。先の方にはクレーン車がいくつも立っていた。どうして海岸線沿いに橋桁があるのだろうと不思議に思い、交通整備をしている人に何ができるのか訊いてみると、高速道路ができるのだそうだ。

 埋立地の海岸を見にも行ったが、埋立地に海岸なんてなくて、徳島県だと高層建築トップ100を争える護岸壁が陸地の端を覆っていて、その向こうの絶壁には波消しブロックが置かれているだけだ。帰りには埋立地側から海岸を見た。海は川のように狭く、海岸は石を組んだ護岸壁になっていた。あとで調べると、その海も埋め立てられて、埋立地と陸続きになる計画だそうだ。
 
 家の近くまで帰ってくると、ふと自分の町の海岸はどうなっているのだろうと気になった。海沿いに住んでいるとはいえ、海岸からは離れた場所に住んでいるので、もう10年以上見ていない。
 
 海岸は綺麗に整備されていた。護岸壁は見上げるほど高くはなかったが、タイルで装飾され、遊歩道までついていた。休憩所まである。そして海岸はどういうわけか狭くなっていた(←これは大人になったからかもしれない)。

 私の頭の中にある海岸は現実には存在しなかった。徳島県という設定を変えるべきかとも思ったが、海岸らしい海岸なんてもう日本には存在しないのかもしれない。

 どうしようかな、と頭を抱えていると、ふと現実でなくてもいいなじゃないかと気付いた。小説だから実際の徳島県と同じにする必要はない。というか徳島県でなくてもいい。架空の県でもいいわけだ。すると、あれもできる。これもできる。と今まで頭の隅でひっかかっていたことが次々と解決して、これなら書けると、ふたたび筆を持てるようになった。

書くために書かない日を作る


 ノートに仮書きを始めて、現実に海岸がないことに気付くところまでは一度も止まらずに書いてきたが、とうとう1文字も書けない日が続いた。1日ぐらいなら、そういう日もあると思えないこともないが、2日続くと暗いことを考え始める。それでも雑感帳は書けるもので色々暗いことを書いていると、ふと1ヶ月以上書き通しであったことに気付いた。

 小説を書いている時は一ヶ月に一度最悪の絶不調期がきて、そこでこじらせると一ヶ月以上書けなくなるので、一ヶ月に一度一週間書かない日を作ってみると、書けない日がなくなり、かえって書く早さが上がったということがあったわけだが、仮書きの場合は小説より強度があまり強くないので油断していたのかもしれない。

 それで試しに一週間書かないでいることにした。仮書きで一ヶ月以上かけたことがなかったので初めての経験だ。もしかしたら一週間後は本当に書けなくなっているかもしれないと不安だったが、いざ蓋を開けてみると、あっさり書けてしまった。寝不足の日でさえ4ページも書けた。魂が上げ潮に乗っている感じがあって、これでしっかり眠れた日はどれだけ書けるのだろうと自分でも空恐ろしくなるほどだ。

 書けない書けないと常に思いながらも後ろを振り返ってみれば、もう予定の3分の2まで辿り着いていた。毎日進めずに立ち止まっているようでも、一週間、一ヶ月の長さで振り返れば、ぞっとするほど遠い距離を進んでいる。お盆までには仮書きが終わるといいな。

西洋かぶれでもなく、懐古主義でもなく


 昔から新潮文庫の作者がカタカナの本ばかり読んでいた。私の文章が翻訳調と時々言われるのは、そういうところに理由があるのだろう。日本の作家はなんとなく肌が合わなくて避けていたし、有名だから一応読んでおこうと太宰治の『人間失格』を読んだ時はムカついて本を枕に投げつけたことがある。いま読み返すと何に怒っていたのかはさっぱり思い出せないけれど、体中にどす黒い怒りがうずまいていたことは憶えている。そのくせ枕元に置いた卓上スタンドの白熱灯に照らされた枕と文庫本や、背中にかかった冬布団の重みは今でも鮮明に思い出せる。よくよく考えると本を読んであそこまで頭に血が上ったのは後の先にも『人間失格』だけなので、やっぱり凄いのではないか。

 前作『山桜』は古きよき日本の心、大和魂的なものを書こうとしていた。しかし、大和魂に関する和歌をいくつ調べたり読んだりしても、大和魂というものがどうしても実感として掴むことができなかった。そうして分からないまま最後まで書いてしまった。やり残した感じがあったので今回もやはり日本的な何かを書いてみようとしていたのだけれど、どうも間違った道へ進んでいるような感じがした。

 そこでふと思った。過去において日本的なもの、大和魂はあったとしても、今はもうここにはない。仮に過去の歌人なり偉人なりが現代で詩を読めばまた別の詩を詠んだはずだ。日本は東洋に分類されるが、西洋文化も当たり前の様に存在している。あえて考えなければ東西に分けて考えることすらない。その中で西洋と切り離された純日本的な何かが存在し得るとはとうてい考えられない。しかし、東西の境がないかといえば、それも違う気がする。混じり合ってはいても、どこか混じり合わないところもあるような気がする。それが何かは分からないけれど、その分からないところこそが本当の大和魂であり、私の中にある本当の個性かもしれない。

 一体何を言っているのかよく分からないだろうが、そういう訳の分からなさと向き合って小説を書いていこうと最近は考えている。そしていまのところそれは何かをがっちり掴んだという感覚がある。訳が分からないものをがっちり掴んでいるというのは矛盾しているが、私の中では矛盾したまま正しいという奇妙な感覚がある。

夏目先生と同じ事をしてしまう


 ある本にたまたま夏目先生のことが書いてあって、先生は『明暗』を書いている時は執筆のあとに絵を描いていたそうだ。実は『流星を打ち砕け』を書く前に『明暗』を読んでいて、何故かノートを書いた後に絵を描くようになった。たいていは何かの紙の裏側に書くが、フォトショップで描くこともあって、この記事の途中でたびたび出てくる絵は、そういう時に書いた絵だ。知らず知らずのうちに先生と同じ事をやっていることを知って、ちょっと恐くなった。血を吐いて《未完》で終わったらどうしよう。でも私は先生と違って胃を悪くしたことはない。そういうところはなぞらないはずだ。


プロットを書き直す

 お盆の間はずっと書かないでいた。お盆の前はプロットを書き直していた。だから仮書きは3分の2から進んでいない。『後からひらめいたことは絶対に正しい』という信念で二年前から書いているが、今回は本当にそれでいいのだろうかと悩んでばかりだった。徒然草で碁を打つ人が3つの石を捨てて10の石を得るのはたやすいが、10の石を捨てて11の石を取るのは難しいと書かれているが、まさにそうだった。おまけに10の案は一ヶ月以上、これを書くと思いながら見ていたものだから、もう元の案で良いのではないかと毎日悩んで、それでも新案の方が絶対に良くて、それでもなお悩んで、さらに新案を書くと、それもまた良い物で、というのを繰り返して、迷いが多かった。


 そんなこんなで11を13ぐらいにはできた。そこまでいくと、ようやくこれにするべきだろうと思い定められるようになった。5月からずっとノートに仮書きを続けてきたが、これだけ停滞したのは初めてだ。また書けるようになるだろうか。


一日はドラマチック、一ヶ月は物理現象


 最近はあんまり書けなくて、カレンダーに記した書いたページ数を計算していると、奇妙なことに気付いた。6月からノートに仮書きを始めたわけだけど、一ヶ月に書ける量には当然増減がある。でも、あえて書かなかった日、プロットを書いていた日を除外すると一ヶ月に書ける量はほとんど同じだった。だいたい一月33ページを前後している。20とか40とか十の桁が変わることはない。


 書けても書けなくても毎日の執筆はドラマチックだが、一ヶ月の間では統計的平均値に収束する。確率的には物理的予測ができる。たぶん9月には仮書きが終わるだろう。そして後もう一回は筆が止まる時が来る。放射線物質がいつ放射線を出すかは分からないが確率的には予測できるのと同じ。まるで量子物理学だ。執筆は物理現象なのかな。それはそれでドラマチックだけど、それも科学的な謎がある間だけで、いつかは小説も科学で捉えられるようになれば、とてもつまらないものになるかもしれない。あるいは今とは全然次元が違う小説が出てくるのか。極限まで煮詰めた純粋小説というのに一度は触れてみたい気もする。

当たり前の物理現象から引き出されるストーリー


 8月の最後になってとても書けるようになった。あまりに書けるので自分でも驚くほどだ。1日の延べ平均が2ページなのに、ここ最近は毎日4、5ページ書けていると言えば凄さが分かるだろう。あまりに書けるので、もしかすると私は小説の極意を会得したのではないかと考えたり、はたまたちょっと涼しくなったから頭にも良い影響を及ぼしているだとか、コーヒーの銘柄を変えたせいとか色々考えたのだが、ふとカレンダーを見て、お盆から2週間経っていることに気付いた。
 私はあえて書かない期間を設けているのだが、その期間が終わってから10~15日の間に何故かとても書ける期間がある。絶対とはいえないが10分の9の確率だ。だからこれは当たり前のことが当たり前に起こっているだけなのだ。
 ということに気付いてもなお、私はやっぱり別のところで小説家として何か極意のようなものを得ただとか、コーヒーを変えたのが良かっただとか、何かしらのストーリーを信じている。統計的にはこれから15日かけて徐々に書けなくなり、ある時ど~んと書けなくなるのだが、そんなものは一生来るわけないと思い込んでいる。事実から予想されるものと、心が見る未来は違うものだ。どちらが起こる確率が高いかといえば間違いなく統計の方と私の頭は答えを出すし、それはきっと正しいのだが、私の心は絶対にそんなことはありえない、今まではそうでもこれからは違う、私は小説家として一つ上の境地に辿り着いたのだから、と信じている。本当にそうだといいな。


前代未聞の100ページ目に突入


 仮書きがついに100ページを超えた。今まで書く前に仮書きをしたことも、書いている途中に書いたこともあるが、これだけ書いたのは『流星を打ち砕け』が初めてだ。小説を一冊書く手間で仮書きして、本文がどれほど良くなるのかと考えると、壮大な無駄を費やしている気がするけれど、事前に仮書きしておけばかなり良くなるし、書いている途中でも良くなることは分かっている。シーズン2まではとにかくたくさん書くことを目標にしてきたが、シーズン3はベストを尽くした時にどこまで質を高められるのかという方向性で動いている。たぶんそこそこ良い感じの小説になるんじゃないかなと密かに期待している。もっとも、今までで最高傑作だと自負している『真論君家の猫』は世間的に全然受けていないから、こんなに期待を上げても空振りに終わるかもしれない。でもやっぱり自分の中での最高傑作というのを目指していきたい。


 ノートは執筆中も書くから、この小説を書き終わった時には間違いなく200ページを超えるだろう。もしかしたら書く前に超えるかもしれない。無限に書き続けるんじゃないかと思うけれど、経験上そう思い始めた時はもうすぐ終わるときだ。プロットラインを見てもそろそろ終わろうとしている。

自分の限界でどこまでやれるか

 先週もけっこう書けて、このまま無限に書き続けられるのではないかと思っていたが、やはりそううまくはいかないようだ。先週書けたぶん、今週はボロボロだった。長期的には収まるところに収まる。私が書ける量は変えられない。


 今でもどうやったらもっとたくさん書けるのかは考えているが、何年も同じ場所をうろついていると、ここが自分の領分なのだとも思う時もある。世の中には1日1万字以上書く人がいる、プロは4000字書くという、あの人は昨日ツイッターで12000字書いたと言っていた、とか色々あるけれど、今書ける分を前提に考えれば一生に書ける量も推定できてしまうので、何でも書いてやろうなんて欲張らずに、何をどう書いていこうかという考えることが多くなった。


 永遠に書き続けられるわけではないし、そもそも今ここに流れ星が落ちてきて死ぬかもしれない。これが最後どころか、途中で終わることもあるのだ。もしたくさんの人に読まれているのなら、とにかくいっぱい小説を出していこうと考えただろうけれど、幸か不幸か牛野小雪は世間的には存在していないも同然で、読者の期待なんて背負っていないし、原稿を待つ編集者もいないし、今日消えても誰も困らないのが牛野小雪という小説家だ。でもだからこそ自由。何をどう書いたっていい。小説を書かずにノートに仮書きをしたっていいのだ。6月から書き始めているが、まだ終わらない。10月には終わるだろうか。ほぼ半年もかかっている。でも、そういうやり方でいくと決めたのだ。最後までやる。

何もないところから生まれてくる小説


 今週は、今日で終わりかと思いつつ書き始める毎日だった。しかしまだ全然終わらない。プロットを見ると書くことは、ほとんど残っていないのに文章がほとばしってくる。1日の終わりに「これ終わらないんじゃないか」と独り言をつぶやく時もある。けど、本当に少しずつだけど、プロットは寸刻みに短くなっている。いくら文章がほとばしっても無限に続くことなどありえないのだ。

 元々のプロットの終着点は先週に通り過ぎた。そこで終わらせれれば綺麗に締められるので、どうしようかと迷った。でも、数ヶ月前に、今までと同じように書いても仕方がない。何か新しいものをと悩んで悩んで悩み抜いた末にひねり出したプロットだから、ここは勇気を出して書いてみようと決意を新たにした。どう出るかは分からない。でも、毎日ボールペンをペン立てに戻す時はドキドキしている。こんな小説本当に書けるのだろうか。

 ピリオドの後ろから出てきたプロットだ。本来は書くはずがなかったところから、どんな小説が出るのか自分でも分からない。でもこれを思いついた時はとんでもないぞ、と胸が泡立った。それと同じか、超えるようなものが書けるといいな。

仮書き終わり


 ようやく仮書きが終わった。2019年6月17日に書き始めて同年10月8日に164ページで終了。約4ヶ月。これからまたプロットを引き直して、今度は本執筆を開始する予定だが、まだ書くのかと疲れを先に感じた。一ヶ月ぐらい休養した方が良いのかもしれない。
 
 仮書きの最後は『これ以外を書け!』と書いた。これ以外の物が本当に書けるのだろうか。もう一仕事終えたようで何にもする気が起きない。

今さらながら本当のスタート


 ずっと何も書かないでいたら、やる気が出てきた。というか何も書かないでいたらというが私小説を書いていた。今年は私小説がマイブームだ。西村賢太の動画を見ると、いつも何かしら発見がある。本当に書かなかったのは二日だけで何かしら書いていないと不安になるようだ。

 今回の小説は一人称で二つ(三つかも?)の視点を行ったり来たりする予定だ。だから章タイトルで視点の変更を示唆して主語は私一本で押し倒す。『聖者の行進』と似たような進め方だが、話の内容は違うだろう(たぶん)。何だか自信がなくなってきた。でも分かりやすいエンドはつけるつもりでいる。順当に読めば途中で下がることはあっても最後はハッピーエンドになるはずだ。たぶん。
 
 wordを立ち上げるのは半年ぶりで、前日から腕がふわふわしていたが、机の前に座るとしゃきっとした。雑感帳には、やってやるぜ!と書いた。2019年10月25日のことだ。冒頭は何度も仮書きしたせいか、ごりごりと書けて1日で7000字も進んだ。あと1日で10月中の目標だった一章は書き終わりそうだ。ただ2章以降から仮書きした回数が加速度的に減っていくので今日と同じペースでは進まないだろう。ということを夜の散歩をしている時に考えていたら、もっと仮書きをしたら執筆もうまくいくんじゃないかとひらめいた。たとえば1日仮書きして、1日執筆してのサイクルで回せて、おまけに今日と同じくらいのペースで進むと仮定するなら1日3500字も書ける計算になる。一章の仮書きは1日で書いたわけではないし、各回の間隔は開いているので皮算用的な発想だけれど、発想の根本は悪くない気がした。もっと書かないことを増やすべきなのだ。


数年ぶりに絶好調

 先週からwordに『流星を打ち砕け』を書き始めたのだが、今のところ絶好調である。これだけ調子がいいのは『真論君家の猫』以来だ。ここ数年は胸に重りをつけて書いていた様だったのが、すっかり軽くなった。もちろん所々で調子の良かった時はあったが、たぶんこれは今までとは違うのではないかと疑っている。ということも調子のいい時にはいつも雑感帳に書いている。でも本当にそんな感じがしている。今までと違う書き方をしているから余計にそう感じるのだろうか。


 今回はいつもと違う小説を書いている。なんてことはどんな作家でも言うことだ。でも私はこれがいわゆる小説だとか文学に入るものだとは思えない。悪い意味で。もしかしたら推敲で消すかもしれないところがいっぱいある。でもそうしないかもしれない。駄目なものは本当に駄目なのか。あえて書いているというところがある。本当に駄目だったら一年を棒に振った馬鹿ということだ。どうせ駄目なら全力で振っていきたい。逸脱する勇気がほしい。

二週間でプロットの3分の1を書く

 今日こそはもう書けないと思いながら毎日めちゃくちゃ書いて二週間でプロットの3分の1を書いてしまった。4万字。プロット通りに進めば三倍の12万字。一応目論見通りの長編にはなりそうだ。
  仮書きだと今のところまでが8分の1。それで計算するなら30万字を超えることになる。そんなのに長いの書きたくないと思っていたけれど、思い返してみれば20万字超の物はたいてい10万字くらい、長編に届くか届かないかを目標にしていた物が伸びに伸びてというパターンばかりだ。恐ろしいことにいまのペースだと、それですら来年の一月には書ける計算だ。そんなはず絶対にないとは思っているけれど、とにかく今は調子が良い。今の状態の文章はできるだけ多く書いておきたい。そう考えると今の進みですらじれったく感じられるのだから人間は欲深い。二週間で4万字書けると、今度は8万字が欲しくなる。8万字が書ければ16万字だろう。一年前の私は今ぐらい書けたらどれだけ幸せだろうと願っていたのに、いざその状態になってみると、やはり一年前と同じように不満を持っている。いつまでも幸せになれない。今の自分を手放しで祝福できたらいいのにと思う。一年後にはそうできるだろうか。

不安や恐怖と戦う勇気


一年は早いもので11月もそろそろ終わろうとしている。この小説に取り掛かってから半年以上が過ぎた。夏の頃はまだまだ先のことで、実際にこれを書くのは未来の自分だと分かりきったいたせいか、プロットや仮書きを書くのもどこか気楽だった。しかし今は本番の執筆をしなければならなくなっている。今は書けているけれど、明日こそは書けなくなると毎晩おびえている。しかし不安が強ければ強いほど次の日は書けるようだ。質的な話は主観的なことになるが、ちょっと読み返してみてもどうしてこんな文章が出てきたんだろうと不思議になるぐらい良い。たぶんだけど、毎晩の震えが次の日のばねになっている。だからもし不安になったり恐がったりしなくなった時はきっと書けなくなる。私はこの不安や恐怖を消えることを願うのではなく、これらと戦う力や勇気を求めていかなければならないのだろう。さて、どうやったらそういう強さを手に入れられるのか。それはまだ分からない。今夜もたぶん不安に怯えるだろう。

 一ヶ月で9万字。プロットの3分の2を書き終える

10月の末に書き始めて11月の末にプロットの3分の2まで書き終える。ここまで速いとは思わなかった。もしかしたらこれは全部夢で、朝起きたらまだ一文字も書いていないんじゃないかという不安に襲われる。でも次の日にはやっぱり現実だったのだと知り、やっぱり恐くなる。
 恐いといえば新聞のコラムにとある直木賞作家が書く前に「俺は書ける。絶対に書ける」と試合前のボクサーみたいに自己暗示をかけていると書いていた。直木賞作家ですら恐がるのだから牛野小雪においてやである。みんな恐いのだと安心した。毎日恐がっていて小説の才能がないんじゃないかと心配していたのだ。
今作は挿絵をいっぱい載せるつもりだ。作中に挿絵をいれるのは『幽霊になった私』以来だ。あれは画像サイトから拝借した写真をフォトショで加工したのだが、今回は自筆でいくつもりだ。といっても『エバーホワイト』みたいなみっちりとした絵で何枚も書くのは無理だし、あそこまで書くと小説のイメージを固定してしまいそうなので、今回は輪郭線だけで表現する。ここまで読んできた人なら分かるとおり、五色のカラーピープルや、途中から出てきた女の子みたいに抽象的な絵を描いている。一節ごとに二枚の挿絵にするつもりだから膨大な量になりそうだ。今のところ16枚まで書けている。これでプロットの3分の1だ。この3倍。いや、残りの3分の3はかなり伸びたからもっと書かなければならないかもしれない。あんまり容量を取るようなら枚数を減らすか、画質を落とすかする。緻密な絵ではないので影響はないと予想しているが。

速過ぎて目が回りそう


 今回の執筆はとにかく早い。そろそろ速度が落ちても良い頃合だが、さらに加速していく。一体どうしたんだろう。もし仮書きと雑感帳を書かないのであれば一日一万字書けた日が何度かあった。
何かをブレイクスルーしたとは思っていない。というのも執筆、つまりwordで小説の本文を書く作業の前にたっぷりプロットを練り、雑感帳と仮書きを書き溜めていたからだ。執筆だけを見れば過去最速だが、小説を書く作業全体で見ればいつも通りの速さになりそうだ。エネルギー保存の法則は免れ得ない。
 逆にいえばエネルギーさえあれば毎日一万字も不可能ではない。今作よりももっとプロットと雑感帳と仮書きをしておけば可能だっただろう。ポテンシャルとして毎日2万字ぐらいは書ける手応えがある。問題はどうやってそこまでエネルギーを投入するかということだ。機械なら外部からエネルギーを引っ張れるが、小説家はどこからエネルギーを調達すればいいのだろう? 執筆は孤独な作業だ。結局は欲をかかずに時間と手間をかけて書けということなのかな。

私はこの小説を乗り切れるのか?

 本当に信じられないことだが今週は一日一万字書けた日が三日もあった。今週はコーヒーを飲む必要がないくらい頭が冴えている。最初は『真論君家の猫』以来、数年ぶりの絶好調だと思っていたが、どうやらそれ以上だ。三日とも夢を見ているのではないかと疑いながら眠ったが、翌日に現実だったと知って驚くことが続いた。
 この小説は『真論君家の猫』以来の最高傑作になるのだろうか。小説精神というか、小説の核というか、そういう物では猫を上回る物とは思えない。しかし技術的には今までの牛野小雪をはるかに超える物が書けている自負はある。この小説が成功しなくても小説家として得るものはかなりあるだろう。
 とはいえ私はこの小説を最後まで書けるか自信がない。毎日一万字書けても、そうなのだ。時々逃げ出したくなる。しかし、ひとたびキーボードを打ち始めると、文字がきらめいて見えるほどインスピレーションが湧いてくる。その勢いのまま書いていたら、日に一万字というわけだ。
 一体どうしたのだろう。自分でもおかしいと思う。去年は一日2000字書いたら自分を褒めるぐらいだったのに、今年はその三倍、四倍、五倍と書いているのだ。恐い。幸せもあまりに過ぎるとストレスになるようだ。
 なにはともあれ主観的には調子が良い。この波に乗ったまま最後まで書けたら、執筆体験としては史上最高になりそうだ。でもあまりに勢いが良いので恐くなって降りたくなる時もある。《未完》で終わることが現実実を帯びてきた。私は無事浜まで辿り着けるのか? それともこの小説は果てのない沖へ向かっているのだろうか? 毎日恐くて仕方がない。

もしかして死ぬ?

 仮書きで調子が良かったところは執筆でも調子が良い。今月はあまりに書け過ぎたので、たった二週間で先月と同じくらい書いてしまった。今までこんなに書けたことはないので、もしかして死ぬのではないかという恐怖に襲われる。もし2020年が終わっても牛野小雪の新刊が出なかった場合は、本当に死んでいる可能性があるので、あらゆる手を尽くして『流星を打ち砕け』を世に出して欲しい。《未完》で終わってもいいので。
 今作は一年かけて書くつもりで、事前の予測通りの執筆速度なら今はようやく3分の1が終わるところのはずが、2019年が終わる前に執筆が終わりそうだ。嬉しい誤算。でも次に何かを書く機会があれば、やっぱり例年通りの進みで計画を立てるだろう。今の状態がいつまでも続くとは思えないからだ。
 なにはともあれゴールは見えてきた。たぶん来週。それでなくても年内に執筆は終わるだろう。

世界で一番幸せな小説家

 5月から1年かけて書く予定のはずが2019年12月17日、つまり年内に書けてしまった。誤算は執筆の圧倒的な早さだ。今月は一万字書けた日が七日もあった。書く前はゲロを吐きそうなほど恐がっていたけれど、最初の1行を超えられれば、後は神がかり的に言葉が出てきた。比喩ではなく、ほほの裏側に神の顔が張り付いていると感じたほどだ。でもこれは神の力ではなく自分の力というのも理屈では分かっていた。5月から書き溜めてきたプロットや仮書き、雑感帳が今の私を後押ししているのだと。その証拠に最後の最後で執筆が仮書きに追いつくと一日一万字は書けなくなった。魔術的ではあったが魔術ではない。過去のエネルギーを現在で放出したに過ぎないのだ。
 とはいえ、理屈ではなく感覚の面でいえば間違いなく私は魔術や神を感じながら書いていて、執筆した後は魂が浄化されたような爽快感をいつも感じていた。2019年、世界で一番幸せだった小説家は牛野小雪だと胸を張って言える。永遠に執筆が終わらなければいいのにと願ったが、どんなものにも終わりはあって、(おわり)を書いた時は大きな喪失感に襲われた。もし可能なら時間を戻して、もう一度この小説を書きたいぐらいだ。


 さて、これから推敲をするわけだが、問題が一つある。今回は挿絵を描いているのだが、(おわり)を書いたとたんに私の中から絵を描こうという欲求が綺麗さっぱり消えてしまった。一時はスケッチの本を図書館で読み漁るほどだったが、今となっては何故そんなことをしたのか分からないぐらいだ。あの情熱は一体なんだったのか。100枚でも200枚でも描いてやろうという情熱が神と一緒に消えてしまった。もしかしたら挿絵はなしになるかもしれない。

間違える自由

 一度推敲を終えると、がくぜんとした。こんな物のために1年近くの時間を費やしたのかと。しかし、作中にクッキーという猫が出てくる。彼女は冒頭で「正解以外は認めない全体主義は趣味じゃないし、間違える自由も認めるわ」という台詞を言う。まさに『流星を打ち砕け』は間違える自由を体現した小説だ。
 私は最初から『流星を打ち砕け』を小説や文学にするつもりはなく、雑感帳には<小説も文学もまだ書いていないし、これからも書かない>と毎日のように書いていた。その願いは叶って、小説でもないし文学でもない。そして自由である。でも間違っている。
 私の中にある小説・文学観が自由を許さない。でも別のところで自由こそ追い求めるべきだと心が訴えている。本当の天才なら迷いもなく自由の側へ飛び越えられるのだろうが、私は自由からの闘争を試みたい。でもこれを小説・文学の型にはめ込んだら、さぞ息苦しくなるだろう。天才でも馬鹿でもない半端者はどちらを選んでも幸せになれない。真ん中の世界に立って迷い続けるしかない。


天国も地獄もなく現実を一歩ずつ

『流星を打ち砕け』を書き終わってから一か月経った。時に舞い上がり、時に落ち込むこともあったが、ようやく冷静になれてきた。この小説は天使ではないが悪魔でもない。現実に書かれた物だ。だから手が届く。手を入れられる。推敲する度に良くなっていく。
 プロットを何度も書き直したので、この小説にはいくつかのエンドある。今のところあるエンドで(おわり)にする予定だが、本当にそれで良いのだろうかと今も疑い続けている。他のエンドが良いのではないか。はたまた別のエンドを書くべきか。最後まで読んでも未だにこれと決まらない。たぶんこの小説ではなく私を推敲しなければならないんだろうな。

推敲が短くなっていく

 推敲を一周するのに必要な時間が徐々に減っていく。今週はとうとう一日減らせた。たぶん来週はもう一日減らせるだろう。そうすればもっともっと推敲を回せる。
 こんなに推敲したら磨り減りすぎて私以外に読める人はいなくなるんじゃないかと不安になるが、それでもseason3は過剰なまでにとことんやると決めたのだから、削れないところまで削りきってみよう。
結局書いたのと同じ時間をかけて推敲することになりそうだ。本当に長かったなあ。でももっと手間をかける方法はないんだろうか。推敲以外で。そんなことを考える。


自分だけの文学

 推敲すればするほど小説は研ぎ澄まされていく。推敲の三回ぐらいまでは好きになったり嫌いになったりしたが、それ以降はどんどんこの小説が好きになれた。しかしそれは成功を意味しない。『流星を打ち砕け』は研げば研ぐほど私だけの小説になっていく。私だけしか読めないのではないかと不安になる。

 バレンタインデーの一週間前に8周目の推敲が終わった。そこでふと気付いたのは、私は新しい小説を書いたつもりなのに、いつの間にか日本の古典をなぞっていたことだ。平安文学のとある話とそっくりな筋書きが見えてしまった。結局は忘れていたことを掘り返したに過ぎない。私にオリジナルの個性なんてなくて、今まで集めた物語を自分を通して語っているだけだと分かってしまった。考えてみれば小説のイメージも過去の文豪達の寄せ集めで、私はそのどんづまりにいるに過ぎない。私は歴史の遺産で小説を書いている。もし過去の積み重ねがなかったら私はどんな物も書けなかっただろう。

 そこまで自覚した時、完璧なラストが見えた。これが正解だ。これで言うことなし、と確信できた。でもその後にもまだまだ考え続けて、いや、完璧な物語は既に過去に書かれた。現代に生きる私はそこから間違ってでも一歩進まなければならないと思い直した。それでうんうん悩んで、一歩踏み出した時、ふと千利休の逸話が私の胸に甦った。

 利休がまだ弟子入りしていた頃、お師匠さんに言われて庭の掃除をした。利休は塵一つなく綺麗に庭を掃き清めたが、最後に木を揺らして葉っぱを落とした。

 私がやったのも綺麗な庭に木を揺らして葉っぱを落としたことで、結局は先人のやったことをなぞっただけだ。自分だけの文学というのはなかなか難しい。だから、今でもまだ悩んでいる。最後までそうなのかもしれない。


そろそろ出版準備

 10回目の推敲が終わった。迷いはまだある。もしかしたらまだ何かできるのではないかと不安になる。でも、これ以上はできないというところまではやれた。それをもって良しとするしかないではないか。


『流星を打ち砕け』のリリース準備を始めることにした。

そして
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『山桜』のリリース記事

山桜
牛野小雪
2021-12-05



内容紹介

車の運転が自動化された未来。人々はAIにハンドルを委ねた。
帝国自動車は政府と手を組みさらに市場拡大を狙う。
正明は深夜の高速道路でV8のエンジンを唸らせ自動運転車に勝負を挑む。
その間に和花は詩を詠み、革製品を作っていた

山桜ができるまでのブログ記事
他の小説と何が違うか
物語の世界観において、未来の日本社会が詳細に描かれています。この未来世界では、自動運転車が普及し、内燃機関の車は過去の遺物とされつつありますが、主人公は最後に作られた内燃機関の車「ムラサメ」を愛用しています。この選択によって、主人公がテクノロジーの進化に抗いながら、過去の象徴ともいえる車とともに生きている姿が際立ち、物語にレトロフューチャー的な要素を加えています。未来の便利なテクノロジーが支配する中、アナログ的な存在がその対照として登場し、作品全体に深いノスタルジアと近未来的なディストピア感を融合させています。

さらに、この物語は人間の内面や社会構造に対する鋭い批評を込めています。特に、社会が一つの方向に向かって進化している中で、その流れに抗う主人公の姿勢がテーマの中心に据えられています。現代社会に対する批判的な視点や、テクノロジーの進化がもたらす孤独感や疎外感を描いている点がユニークです。これは、単なる未来志向の物語にとどまらず、今の社会にも通じるテーマを探求しているため、読者に共感や考察を促す要素となっています。

また、キャラクターの描写も独特です。主人公は未来の高度なテクノロジーを享受する現代人でありながら、旧時代の車に執着しており、そのギャップが彼の心情や生き方を深く反映しています。彼が自動運転社会に対して感じる不安や不満、過去に対する郷愁が、物語全体を通して強調されており、キャラクターの心理描写が非常に繊細に描かれている点も特徴的です。

これらの点が他の物語と異なり、未来社会の一面を描きながらも、同時に現代人の心の奥底にある葛藤や孤独感を浮き彫りにする作品となっています。

山桜をAmazonで見る




試し読み

 経年劣化したナトリウムランプの光は道路まで届かなかった。山の向こうまで続く点々としたオレンジ色の光はところどころ途切れていた。ロードノイズがひどい場所も少なくない。採算性なしと判断された道路はじきに封鎖されるだろう。

 V型8気筒のエンジン音が深夜の沈黙を打ち破ると、青白いハイビームが道路を暗闇から切り出した。徳川自動車のムラサメだ。日本で最後に作られたハンドル付き自動車であり、電気モーターもAIも付いていない完全内燃機関の車だ。カタログスペックはV型8気筒三六〇〇cc。四〇〇馬力。車体重量九四〇キログラム。最高速度は時速三〇九キロメートル。

 ムラサメは時速二四〇キロで巡航していた。高速道路の制限速度は時速一〇〇キロ。明らかなオーバースピードだがムラサメは速度を落とさずに緩やかなバンクが付いたカーブに入った。遮音壁は時速二四〇キロで引き伸ばされてペラペラのベージュ色になっていたが、もしぶつかれば車の方がペラペラに潰れるだろう。道路の継ぎ目、アスファルトの割れ目、高速道路に迷い込んだ野生動物、車がコントロールを失う可能性はいくらでもあった。

 運転席の男は腕に寒気を感じていた。内装機器のランプに照らされた顔は緊張でこわばっていたが笑っているようでもあった。

 ムラサメは無事にカーブを抜けた。運転席の男は息を一気に吐き出した。道路は直線になったがロードノイズがひどくなったので、ムラサメが時速八〇キロまで速度を落とすとアスファルトの沈黙がムラサメに覆い被さってきた。見えているのはハイビームに照らされた細長い道路と光を飲み込もうとする巨大な闇だけだ。

 ムラサメは坂道を登ると、遠くを走る一台の車を発見した。自動運転車だ。AIの走りはブレがないので見た瞬間に分かった。

 男がアクセルを床まで踏み込む。V8のエンジンが沈黙を粉々にした。時間も速度を上げて、スピードメーターが一五〇を超えると道幅が加速度的に狭くなり始めた。

 坂を下りるとムラサメは時速二五〇キロを超えていた。ハイビームの光がレモンイエローの車体を捕らえた時には二九五キロになっていた。ハイビームに照らされた車内に人影はない。システムの冗長性を保つために誰もいない道路を走らされていたのだろう。男はハンドルに手を突っ張り、床まで踏み込んだアクセルをさらに踏みつけた。二台とも同じ方向に走っていたが相対速度は二〇〇キロに近い。衝突すれば二台ともぺしゃんこに潰れるだろう。

『な 832-439』

 ナンバープレートの文字と数字が見えた。ハンドルを切ることは考えない。ハンドルを切れば時速二九五キロでムラサメは高速道路の壁に頭から突っ込むだろう。

 レモンイエローの車体がムラサメのハイビームを照り返した。その光はどんどん強くなり男の視界は真っ白になった。光の次はエンジンの音が反射してきた。耳と視界が白い光と音に埋め尽くされた一瞬の後、ハイビームの反射角がずれて無人の車内が視界に飛び込んできた。

 自動運転車が路肩へ飛び出した。ムラサメはその後ろを走り抜けて、男がバックミラーを見た時には、道の外へ向いたヘッドライトの光が見えるだけだった。

 男がアクセルペダルから足を離すと、強力なエンジンブレーキがかかりエアコンの通風孔から焼けたオイルの匂いが吐き出された。窓を開けると深夜の冷たい風が車内に飛び込んできて、ムラサメと男の体から熱を奪い取っていった。

 ムラサメが高速道路を走り続けていると、看板が一〇〇メートルおきに立っていた。そこには赤い字でこう書かれていた。

引き返せ
この先崩落
道路なし

 道路を塞ぐように白いガードレールが立っていたがムラサメはその隙間を走り抜けた。ナトリウムランプの光はなくなり、ハイビームが照らす道路だけが闇に浮かんだ。遮音壁はひび割れていて、場所によっては暗闇がぽっかり口を開けているところもあった。そこはハイビームの光が当たっても真っ暗なままだった。

 男が道路の先を見詰めていると、突然灰色のアスファルトが消えて真っ暗になった。男がブレーキペダルを床まで踏み込むとムラサメはタイヤを軋らせて止まった。

 男は何度か深呼吸して息を整えると懐中電灯を持ってムラサメを降りた。ムラサメは崩落した道路の手前で停まっていた。

 男は道路の端から懐中電灯の光を地面に向けた。暗闇の底には誰も住んでいない町があるはずだが光は暗闇に吸い込まれて何も照らさなかった。

 男が懐中電灯の光を前へ向けると、高速道路のちぎれた鉄骨と鉄筋がむき出しになっていた。男はアスファルトの欠片を向こうへ投げてみたが、欠片は暗闇の中へ吸い込まれた。しばらく耳を澄ませたが何かが地面に落ちる音はしなかった。それでも男は暗闇の沈黙をじっと耳を傾けていた。

 男は暗闇から何かが来るのを待っていた。誰かに何故そんなことをしているのか訊かれても男は何も答えられないだろう。男が月に何度か崩落した道路の先に立っていることは暗闇しか知らない。

 沈黙には沈黙という音がある。暗闇では暗闇が見えている。男はその考えを振り払った。沈黙は沈黙であり暗闇は暗闇だ。ムラサメのV8エンジンの音とハイビームの光が男の意識に飛び込んできた。さっきまで音と光はあったはずだが男の意識から消えていた。

新也参上!

 遮音壁に赤いスプレーで落書きがしてあった。新也が誰かは知らないが、男以外にも誰かがここに来ていたのだ。

 暗闇と沈黙は戻ってこなかった。男はムラサメに乗ると来た道を戻った。レモンイエローの車とはすれ違わなかった。

 それから一時間後、魚田市のメロンタウンに立ち並ぶ筒状の超高層集合住宅群がムラサメと男を出迎えた。しかしムラサメはメロンタウンの手前にある廃工場の倉庫に入った。

 ムラサメが倉庫の真ん中でエンジンを停めるとヘッドライトが消えた。

 男がムラサメを降りると鉄臭さが体を襲った。懐中電灯で辺りを照らすと倉庫の端に塗装のはがれた機械や錆びた鉄の切れ端が散らかっていた。鉄板を加工する工場だったらしいが、奇妙な形に裁断された鉄板が何に使うための物かは不動産屋も知らなかった。

 男が倉庫を出てシャッターを閉めると、ミントグリーンの車がタイヤの音を忍ばせながら近寄ってきた。工場に着く前に呼んでいたのでタイミングはぴったりだった。

 男がミントグリーンの車に乗り込みカードリーダーにIDカードを読み込ませると『こんばんは棗正明様』とドアガラスのディスプレイに表示された。

「帰る」と正明が言うと『メロンハイツ-え-63棟』と表示された。正明は『ここに行く』をタッチした。電気モーターは音も振動もなく車を発進させた。

 二〇分後に正明はシートのバイブレーションで起こされた。眠っていたようだ。車はメロンハイツに着いていた。

 正明は車を降りると空を見上げた。上層へ行くほどメロンハイツは細くなり空に吸い込まれた。屋上は雲より高いそうだが見たことはない。

 正明は『メロンハイツ-え-63棟』に入った。超高層集合住宅は一棟あたり平均五千人が住んでいるというが建物中央にある吹き抜けのエントランスには誰もいなかった。正明はまた空を見上げた。中空構造の丸い内壁は高くなるほど狭まり空を塞いでいた。そのせいか天井は無いはずなのに雨の日でも何も落ちてこなかった。

 正明はエレベーターで五三階まで上ると『あ-4』室のカードリーダーにメロンハイツのIDカードをかざして、ロックを外した。

 ドアを開けるとタンニン染めされた革の匂いが部屋から吐き出された。正明の目の裏に和花の後ろ姿が浮かんだ。和花はレザークラフトの職人で夜に仕事をしていることが多い。正明は仕事から帰ってくると革に縫い穴を開ける木槌の音をよく聞いていたが、今は深夜なので静かだった。

 正明が部屋に入ると明かりが点いた。深夜の目には明るすぎるので「半照明」と言うと天井の蛍光灯が消えて、壁にあるランタンが点いた。薄暗いオレンジ色の光は自然の炎と同じ不規則な揺れ方をするらしいが正明は揺れのパターンを憶えてしまった。

 正明は寝室を開けてベッドが和花の形にふくらんでいるのを見ると、冷蔵庫から缶ビールを出して一気に飲んだ。ドライブの後は酒を飲まなければ、すぐには眠れない。アルコールで眠っても熟睡はできないといわれているが、もうすぐ朝になろうとしているのでちょうど良かった。熱いシャワーを浴びてベッドに入ると、すぐに意識が朦朧としてきた。和花は深い眠りに入っているのだろう。正明が隣に入ってきても何の動きも見せなかった。時計を見るともう朝の五時だった。

 正明が目を閉じると一瞬で朝になった。時計を見ると朝の六時半だ。正明は和花の栗色の髪に顔を突っ込むと、和花の匂いを鼻に満たしてから勢いよくベッドから飛び出した。その反動でベッドが揺れたが和花はまだ眠っていた。いつも九時か十時、それより遅いと昼過ぎに起きるので六時半ならまだ夢の中だ。

 正明は朝食に目玉焼きを四つ焼いてマヨネーズをかけるとパンに挟んで食べた。目玉焼きは和花に一つ残してある。それから正明はカモミールティーを飲みながら朝のニュースを一通り見て部屋を出た。

 朝は通勤時間が重なるので百人乗れるエレベーターが満杯だった。顔ぶれはいつも同じだが話したことは一度もない。みんな上か下を向いて誰とも目が合わないようにしていた。正明は入り口近くに立っている男が髪を切ったことや、隣に立っている女が新しい柄のスカーフを巻いていて、まだ服装になじんでいないことにも気付いていたが、それでどうしようという気もない。

 メロンハイツを出ると停車場に車の列ができていて人々は順番に乗り込んでいった。正明も車に乗るとカードリーダーにIDカードを読み込ませた。『おはようございます棗正明様』とドアガラスに表示されると「会社」と正明は言った。『帝国自動車本社ビル』と表示されたので『ここに行く』をタッチすると車が動き始めた。

 正明には父親が車を運転する後ろ姿と、母親の後ろ髪を後部座席のチャイルドシートから見ている記憶があった。いつから自動運転車に乗るようになったのかは記憶がない。正明が十歳の頃には車を運転する人は珍しくなっていた。歴史の本には自動運転車の対人事故数が三年連続〇件になったことが分岐点だと書いてあった。専門家は急激な切り替えは起こらないと予想していたが、たった数年で自動運転車への切り替えは起こった。今では九九%の人が自動運転車に乗っている。

 専門家の予想は外れるものだ。移動のコストやストレスが下がれば人々は都市部から郊外へ移り住むという予想も外れて、人々は都市部に寄り集まった。日本の人口は減り続けているのに魚田市の人口は史上最多を毎年更新してメロンハイツの家賃も年々上昇している。

 都市部以外の土地はタダ同然だ。正明はムラサメを停めるために廃工場を土地込みで安く買ったのだが不思議とそこに住んで仕事へ行こうとは考えられなかった。一度試したことはあるが、通勤する車の中で奇妙な空白感に体を包まれて、一日でやめてしまった。都市の外側に住もうとする人は少なくないが住み続けている人は聞いたことがない。ある専門家は都市部に住むのは不合理だというが、その専門家も都市部に住んでいるらしい。人の集まるところに人は集まってしまう。不合理でも現実に起きていることだ。

 車が帝国自動車の本社ビルに着いた。正明が車から降りると車はすぐに走り去った。朝は需要が多いので車は休む暇がない。

 正明は帝国自動車という会社で戦略企画営業部の部長をしている。上層部からは売上を上げろと言われているが帝国自動車のシェアは九九%なので契約数が増える見込みはない。ある上層部の男は月三万円でツーシーター、つまり座席が二つある自動運転車に乗れる契約を月四万円のセブンシーターに乗れる契約に乗り換えさせれば売上が上がると会議で言い放った。冗談だと思いたかったが営業指針にはセブンシーターに乗換えを勧めろと書き足されていた。しかし、ツーシーターの契約をしているのは独身者が多く、彼らが家族持ちにでもならない限りセブンシーターは必要ない。

 帝国自動車は昨年に史上最高の売上高を記録したが日本の人口が増えないかぎり、これ以上の売上増は見込めない。それならば客単価を上げようということで、この前は車の中で映画を見たり音楽が聴ける車の試乗キャンペーンをやった。シートは最高品質でディスプレイもスピーカーも良い物を使ったのでアンケートの満足度は高かったが月一万円を余分に払ってまで乗りたい人は多くない。

 上層部は客単価を上げたいと考えているが正明は無料にできないかと考えていた。人から金は取らない。その代わり車のディスプレイに広告を流して企業から広告料を取る。それなら人口は売上の制限にならない。

 上層部は馬鹿げた話だと一蹴したがテレビもインターネットも広告で成り立っている。どうして車がそうであってはならないのか。帝国自動車の車内ディスプレイは視聴率九九%だ。搭乗者がいつどこへ行ったかというデータも持っている。広告媒体としてはテレビやインターネットより強い。社内AIに試算させると全ての車が広告車に変われば売上は五倍になると出た。その結果を上層部に伝えると笑われたが、止めろとは言われなかった。正明の人と金の使用権限も拡大された。

(↓つづきは本編で)
山桜
牛野小雪
2021-12-05

牛野小雪の小説を見る







『ペンギンと太陽』のリリース記事


 ルル子さんは世界をまたにかける鮫島商会の一人娘で超お金持ち。

そんな2000年に1度のヴィーナスと僕は結婚する。
伝説を作ったり、赤ちゃんができたり、戦争があったりもするが新婚旅行で北極にオーロラを見に行った二人は氷床を目指す巨大なクジラの影を見る。

ペンギンと太陽ができるまでのブログ記事

他の小説と何が違うか

1. 独特な比喩と世界観

「火星のペンギン」や「南極のペンギン」を通じて、現実と幻想が混じり合うメタファーを使い、登場人物の内面や社会に対する違和感を強調しています。この風変わりな設定が、現代社会の疎外感や人間のアイデンティティに対する哲学的なテーマをユニークに掘り下げています。特に、ペンギンを用いて人間の行動や社会の構造を分析する視点は、奇抜で新鮮です。


2. 日常と非日常の融合

物語の中で、現実的な日常のシーンとシュールでファンタジーのような設定が織り交ぜられています。たとえば、結婚生活や日常的な人間関係が描かれる一方で、登場人物の視点は常に「火星のペンギン」といった異様な設定に支配されており、現実と幻想の間を揺れ動く構成が独特です。このような非現実の混入が、物語に独特のスリルを与えています。


3. 社会風刺と皮肉の効いた文章

作品全体に見られる風刺的な描写や言葉遊び、皮肉を込めた言い回しが、物語にユーモラスでありながらも鋭い視点を持たせています。たとえば、「人間が鳥類から進化した」という突飛な理論を展開する中で、現代社会のコミュニケーションや価値観への皮肉を交えた語り口が光ります。読者を笑わせつつも考えさせる巧みな手法です。


4. 深層的な哲学的考察

物語を通して「人間の本質」や「他者との断絶」を象徴的に描いており、単なる奇抜な設定ではなく、深層的なテーマを扱っています。登場人物の思考がリアルに描写されることで、社会との違和感を強く感じる人間の内面が浮かび上がります。


5. 内面世界と現実の境界をぼやかす

物語では語り手の視点が頻繁に変化し、現実と内面的な認識の境界が曖昧に描かれています。これによって、読者は主人公の思考と現実の曖昧さに没入させられると同時に、不安定な感覚を抱かされます。このような心理的な揺らぎが、作品の特異な魅力を生んでいます。


このような点から、この小説はユニークで独自性が高く、風刺と哲学を織り交ぜた特異な視点から人間社会を描いていることが、他の多くの作品とは異なる点と言えます。



試し読み

1 火星のペンギンは人間のふりをする

 南国の正午に太陽は音もなく地上を焼き、一切の影を蒸発させる。南極では沈みかけの太陽が一日中浮かび、大地は一年中雪と氷に覆われている。そこはあまりに寒すぎるので世界中で猛威を奮ったコロナウイルスでさえ小さく縮こまっている。いつかは氷が溶けて、生物大爆発の時が来るかもしれないが今は命が凍る白と青の世界だ。しかしどんなものにも例外がある。皇帝ペンギンだ。彼らは子どもを産む時期になると、海から上がり、氷の上を何十キロも、時には百キロ以上も歩いて南極の営巣地を目指す。人間なら子作りのたびに夫婦揃って冬の富士山に登るようなものだ。そんなことをした夫婦は神話の世界でも見つからない。しかも彼らは出産後もヒナが大きくなるまでは雪と氷の世界に立ち続ける。オスは半年近くも飲まず食わずだ。それどころか体から絞り出した栄養をヒナに与える時もある。飲む方は雪があるのでしのげるかもしれないが食べ物は本当に何もない。南極はウイルスさえ育たたない不毛の大地だ。どんな動植物も存在しない。唯一の例外は、でっぷり太った同族達だが皇帝ペンギンはどんな苦境に立たされてもの振る舞いを崩さない。きっとイギリス人はペンギンから進化したに違いない。を発明したのはイギリス人だ。あの服はどこかペンギンに似ている。先祖の姿がDNAに刻まれているんだ。ペンギンブックスはイギリスの出版社だ。疑う余地はない。イギリス人はではなくだ。日本人もが起きると燕尾服を着るようになったが、それ以前はだった。あのふさふさした感じはニワトリそっくり。はトサカのり。日本にニワトリブックスはないが『ひよこクラブ』という雑誌はあるので『ニワトリクラブ』もきっとあるだろう。もちろん日本人も人類ではなく鳥類だ。それだけじゃない。アメリカ人も、中国人も、どこの国の人間もみんな鳥類だ。


 こんなことをいうと科学界からにかけられそうだが人間が猿から進化したなんて絶対に間違っている。恐竜→鳥→人間と進化したに違いない。三種の共通点は二足歩行。トリケラトプスみたいな草食恐竜は四足だが肉食は二足だ。このことから人間はティラノサウルスやラプトルの系列だと推測できる。どちらも恐竜界の人気者だ。


 動物園で猿と鳥の数を比べれば鳥が多い。ペットでも猿より鳥が多いはずだ。肉の生産量もたぶん鳥が一番多い。この人間の奇妙な鳥好きな傾向は人間が鳥類である証拠だ。もし科学界に詰められたら僕はすぐさま論破されるだろうが最後に『それでも人間は羽ばたいていた』と叫んでやる。


 ガリレオ・ガリレイは地動説を唱えたために、異端審問にかけられ、最後はひざを屈しなければならなくなった。今となっては異端審問が非難されているがガリレオが生きている間は彼の方が非難されていた。現代では名誉を回復して科学界のになったが彼個人の人生は悲劇でしかない。でも地動説だって怪しいものだ。異端審問は間違っていたがガリレオだって間違っているかもしれない。本当は地球も太陽も止まっていて自分の目が回っているだけかもしれない。


 過去の発見は正しい。地動説でも太陽は地球の空をぐるぐる回っているし、相対性理論が出てきてもリンゴは木から落ちる。この世に間違いなんてなくて、どれも一面の真実を現しているのだろう。もしかしたらブラックホールの底で1+1がカボチャの世界が見つかるかもしれない。


 これから僕の語る一面の真実を聞いてほしい。途中でひっかかっても、ひっかかったまま進めば謎は氷解するはずだ。しなければ謝る。ごめん。こうやって先に謝るのは誰にも理解できないんじゃないかと不安なのもあるし、第一僕が十全に理解しているとは言い難いからだ。そもそもこの世に何かを理解している人なんているのだろうか? 現代でもソクラテスと話したら、みんな無知を暴かれるだろうし、彼が毒ニンジンを飲む結末も変わらないだろう。お前は何を言いたいんだと焦れている人もいるかもしれないが僕の文章は人生と同じで結末が最初に来ることはないし意味だってないのかもしれない。あぁ、言い訳がどんどん長くなる。よし、ここはズバっと言ってしまおう。


 人間は火星のペンギンに滅ぼされた。僕は人間最後の生き残りだ。


 どうだ驚いただろう。僕も最初は驚いた。どうして僕がそう思うようになったのかは明確な理由がない。日常のささいな積み重ねが揺るぎない証拠になった。刑事ドラマでいう、しっぽはまだ掴んでいないが絶対にクロというやつだ。五歳の時に僕はこの衝撃的な真実に気付いた。僕は人間の皮を被った火星のペンギン達に囲まれているのだと。


 たとえばだ。ペンギンは「ガー」と鳴いて、お互いの存在を確かめたり、拒絶したりする。言葉の意味を消化して、言葉を返すなんてことはしない。火星のペンギンも同じだ。彼らは「ガー」の代わりに言葉をやりとりするが相手の言葉なんて一瞬も腹に納めずに、声真似、いや、言葉真似した鳴き声を返しているだけだ。誰が聞いても、ご立派な言葉は発しているが、その実「ガー」「ガー」と鳴き合っているのと同じだ。


 小学校の時、僕は同級生に「ガー」とペンギンの真似をして挨拶をしたことがある。すると相手は目をぱちくりさせたが、僕がもう一度「ガー」と鳴いて首を下げると、向こうはニタリと笑った後に「ガー」と鳴いて首を下げた。あんまり相手を試すと不審がられるので、それをやったのは一度だけだが証拠はひとつ積み上がった。僕はこんな具合にあの手この手で周りの人間がみんな火星のペンギンであることを確かめていった。


 それ以上に僕が熱心だったのはペンギンの真似だ。もちろん水族館や海にいるペンギンではなく人間の皮を被った火星のペンギンの真似だ。もし僕が人間だとバレたら何かとんでもないことが起こりそうだったので命がけでペンギンの真似に人生を捧げた。僕の真似は完璧で決してしっぽは出さなかった。でも証拠はなくても疑うことは可能だ。ペンギン達はいつもうっすらとした敵意を僕に向けてきた。僕は人間だからどうしてもが出てしまうのだろう。向こうだって、いかにも人間でございますという顔をしていたがペンギン味を隠せていなかった。


 僕達はお互いに疑い、試し合い、信じ合えなかった。僕はいつ果てるともないスパイ合戦に疲れて「ペンギン共。本当の人間がここにいるぞ」と叫び、全てを終わらせたくなる衝動に襲われる時があった。またある時は、すれ違うペンギン一羽一羽に「君は人間のふりをした火星のペンギン……と見せかけて、本当は人間なんだろう?」と試したくなる時もあった。


 さて、おそらくこの文章を読んでいる君は人間のはずだ。人間以外の何かである確率はどう甘く見積もっても一〇%を超えないだろう。そして頭の回る読者なら、なぜ人間を滅ぼした火星のペンギンが人間のふりをする必要があるのだろうと疑問に思うはずだ。僕はこの疑問に至るまでに一〇年を要した。ペンギンに囲まれて、まともに物事を考えられる人間がいるだろうか? いや、いない。それを考えれば僕はノーベル賞級の発見をしたといってもいい。


 火星のペンギンがなぜ人間のふりを続けるのか。この謎を解くにはコペルニクス的転回が必要だった。天動説から地動説へ。今でも忘れられない。中学三年の一〇月、国語の授業で窓に揺れるカーテンをぼんやりと見ていると、突然あるひらめきが背筋を走り、僕は身震いした。もしその考えが誰かから聞かされたものだったなら僕はそいつを火炙りの刑に処しただろう。僕はすぐさまその考えを焼却した。しかし火の鳥が灰の中から何度でも甦るように真実もまた何度でもった。そしてとうとう僕は信じざるを得なくなった。火星のペンギン達こそが人間であり、僕が人間のふりをした火星のペンギンなのだと。


 ニュートン万歳。オッカムの。全てがシンプルに効率良く収まった。しかしどんな問題も形が変わるだけで決して解決しないものだ。物の見方は変わったが僕は相変わらず人間達からうっすらとした敵意を向けられていた。僕の真似は完璧だ。だからこそ不完全だ。現実界に人間のイデアが存在しないように人間達はみんなどこか非人間的なところがある。僕はそれをペンギン的だと勘違いしていたのだ。


 僕は火星のペンギン。最後の生き残り。息をひそめて人間のふりをしている。

(つづく)




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イラスト3










『流星を打ち砕け』のリリース記事

内容紹介
人類滅亡級の隕石は核爆弾で破壊されたが
散らばった破片は大量の流れ星になって降ってきた
焼け跡を馬に乗って駆け回る藤原千秋
海の向こうへ行った世界で一番美しい猫クッキー
二人は別々の世界でお互いを探し求める


登場人物

藤原千秋
 千秋は内面に豊かな感受性と情熱を秘めた少女である。毎朝、馬屋へ赴きユニコやほかの馬たちと触れ合う中で、動物たちとの絆を深め、自然との対話を通じて自らの存在意義を見出している。彼女は学校や部活動に励む傍ら、詩や国語の授業に心を躍らせ、未来への夢を抱く一方で、現実の厳しさや孤独に直面することもある。
 その内面は、時に儚さや不安、そして成長への葛藤に満ち、まるで自らが歩む道を模索するかのようだ。千秋は、馬との心の通い合いから勇気を得ると同時に、友人や先輩たちとの関係を通じて、人と人との絆の大切さを学んでいく。彼女の目には、日常の何気ない瞬間にも美しさや意味を見出す力が宿り、その感受性は時に詩的な表現としてあらわれる。
 夢見る心と現実との間で揺れ動きながらも、千秋は未来に向かって一歩一歩成長し、大人へと近づく決意を胸に秘めている。彼女の姿は、理想と現実、愛情と孤独が交錯する現代社会における一人の少女の生き様を象徴している。

クッキー
クッキーは藤原家に住む唯一無二の存在であり、ただのペット以上の個性豊かな猫だ。美しい被毛と自らを誇る美貌を背景に、自由奔放でありながらもどこか家族に対する反抗心や皮肉を漂わせる。
 彼女の語り口は、ユーモラスでありながらも現代社会への鋭い風刺が効いており、飼い主である千秋との複雑な絆を象徴する。かつては千秋に懐いていたが、次第に距離感が生まれ、愛情と独立心が交錯する微妙な関係へと変化していく。
 クッキーは、自らの美しさを誇示しながらも、家族内での役割や存在意義について、あえて率直な言葉で語る。彼女の視点は、現代の価値観や家族、そして資本主義社会の矛盾を映し出す鏡のようであり、読者に多くの問いを投げかける。飼い主とのかつての温かな日々と、現在の距離感が交錯する中で、クッキーは自分自身の居場所を模索し、自由と依存の狭間で揺れ動く。
 そんな彼女の存在は、単なる動物としてではなく、一つの個性として、そして一種の風刺的な語り手として、物語全体に深みとユーモアを与えている。

千秋とクッキーの関係

 千秋とクッキーの関係は、単なる飼い主とペットの枠を超え、互いに影響し合う複雑な絆として描かれている。千秋は幼い頃からクッキーとともに成長し、安心感や癒しを求める存在として彼女に心を寄せてきた。しかし、成長とともに学校や部活動、そして自分自身の内面の葛藤に直面する中で、千秋はクッキーとの距離感を次第に感じ始める。
 一方、クッキーは自らの美しさや誇り、自由な性格を前面に出しながらも、内心では千秋への深い愛情や懐かしさを抱えている。彼女は皮肉や独特の語り口で、千秋が変わっていく様子や家族の中での立ち位置を鋭く観察し、自分なりの主張を展開する。
 こうした相反する感情は、互いの存在が互いを補完し、同時に孤独や依存といった現代的なテーマを象徴している。千秋はクッキーの存在を通じて、自分自身の成長や内面の変化に気づき、またクッキーは千秋を介して、自らの存在意義や家族との関係性を問い直す。
 二者の関係は愛情と反抗、依存と自立といった複雑な要素が絡み合い、物語全体に温かみと切なさ、そして深い人間模様を浮かび上がらせている。

ユニコ

 ユニコは『流星を打ち砕け』における象徴的な存在であり、藤原千秋の成長と再生を映し出す重要なキャラクターである。ユニコは千秋が通う近衛学園のポロ部で担当している馬で、外見は雪のように白い被毛ととうもろこし色のたてがみが特徴的だ。しかし、ユニコはただの馬ではなく、千秋の心の鏡として物語全体に深い影響を与えている。

 物語の初期では、ユニコはポロ部内の他の馬と群れになじめず、孤立している。この状況は、千秋自身が抱える孤独や社会との距離感を象徴している。千秋もまた、学校生活や家庭での自分の居場所を見つけることに苦労しており、ユニコとの関係を通じて彼女は自分自身を見つめ直していく。

隕石の落下という未曽有の災害後、ユニコは千秋の生存と再生の象徴として再登場する。すべてを失った千秋が再びユニコと再会する場面は、失われた絆の再生と新たな希望の芽生えを象徴している。ユニコと共に過ごす時間は、千秋にとって過去の喪失を乗り越え、前に進むための心の支えとなる。

 また、ユニコは物語の中で「自由」と「自立」の象徴でもある。隕石の落下後、千秋とユニコは誰にも頼らずに生き抜く道を模索する。ユニコと共に川を越える場面では、千秋が自らの意志で困難を乗り越える決意を示しており、ユニコはその過程でのパートナーとして、彼女の内なる強さを引き出す存在となっている。

 ユニコはただの動物以上の存在として、千秋の精神的な成長や再生を映し出し、物語全体に深い感動と余韻を与えている。


ユニコとクッキーは『流星を打ち砕け』において、藤原千秋を中心に交差する二つの象徴的存在であり、千秋の内面的な葛藤と成長を反映する対照的なキャラクターとして描かれている。ユニコは千秋がポロ部で担当する馬であり、クッキーは幼少期から共に過ごしてきた猫である。この二匹は直接的な関わりを持つことは少ないが、千秋との関係を通じて、互いに影響を与え合う存在として物語に深みを加えている。

ユニコとクッキー

 ユニコは千秋が成長する過程で新たに築いた絆の象徴であり、彼女が外の世界と繋がる手段を提供する。一方、クッキーは千秋の幼少期の無垢な愛情と家庭の温もりを象徴している。しかし、千秋がユニコに夢中になるにつれて、クッキーとの関係は疎遠になり、クッキーは千秋から距離を置くようになる。この変化は、成長とともに変化する人間関係や、過去と現在の間で揺れ動く感情を象徴している。

 クッキーはユニコの存在に嫉妬心を抱きつつも、千秋の幸せを願う複雑な感情を抱いている。千秋が馬の匂いを纏って帰宅するたびにクッキーは距離を取るが、それは千秋への愛情の裏返しでもある。一方で、ユニコは千秋の成長を促す存在であり、彼女が直面する困難を共に乗り越えるパートナーとして描かれている。

小説のモチーフ

『流星を打ち砕け』の中心的なモチーフは「喪失と再生」、そして「存在の意味」にある。本作では隕石の落下という未曽有の災害を通じて、登場人物たちが直面する喪失感と、それに対する再生の過程が描かれている。藤原千秋は家族、友人、そして日常というかけがえのない存在を失う一方で、ユニコやクッキーといった動物たちとの絆を通じて、新たな意味を見出そうとする。

また、物語全体には「アイデンティティの揺らぎ」が織り込まれている。千秋は自身が死亡者名簿に記載されていることを発見し、自分の存在に疑念を抱く。これにより、彼女は自己の存在意義を問い直す旅に出る。このプロセスは、個人の成長と変化を象徴しており、災害という極限状況が人間の内面にどのような影響を与えるのかを示している。

 さらに、「自然の脅威と人間の無力さ」も重要なモチーフだ。隕石という不可抗力の前で、人々はただ無力に翻弄される。しかし、その中でも彼らは助け合い、再び立ち上がることで希望を見出す。このように、自然の圧倒的な力と、それに抗おうとする人間の小さな努力が対比的に描かれている。

 最終的に、本作は「愛の多様性と再確認」を通じて、失われたものの価値と、それに代わる新たな繋がりを描き出す。千秋とクッキーの関係や、ユニコとの絆がその象徴であり、読者にとっても大切なものを見直す契機を与える作品となっている。

『流星を打ち砕け』の言葉遣いの特徴

 本作の言葉遣いは、詩的なリズムと独自の表現が巧みに織り交ぜられており、読者に強烈な印象を与える。冒頭の馬や朝日の描写に始まり、自然現象や動物の動きを感覚的に捉える表現は、まるで詩を読むかのような心地よさを醸し出している。著者は、単調な説明に陥らず、比喩や擬音語を多用することで、場面ごとの情緒や空気感を豊かに伝えている。
 また、登場人物の会話や内面の独白においては、日常的な言葉遣いと、時折現れる風刺や皮肉が絶妙に融合し、登場人物の個性や心理状態を浮き彫りにする。特にクッキーの語り口は、猫ならではの自由奔放さと鋭い洞察が感じられ、単なるペットの視点を超えた深い味わいを持たせている。
 さらに、学校生活や部活動、家庭内のシーンでは、固有の専門用語や慣用句が用いられ、読者に現実の厳しさと温かみを同時に感じさせる。全体として、著者の言葉遣いは、情景描写と人物描写が絶妙にリンクし、物語のテーマである「愛」と「孤独」、「成長」と「葛藤」といった普遍的な要素をリズミカルかつ多層的に表現している。


他の小説と何が違うか
まず、物語の視点や語り口の多層性です。作品内には藤原千秋やクッキーという異なるキャラクターが登場し、各キャラクターが異なる章でそれぞれの物語を展開しています。千秋の物語では牧場やポロ部を舞台に、馬との関係や学校生活が描かれ、まるで青春小説のようなトーンです。一方で、クッキーの章は猫の視点で語られる、自己中心的で哲学的なユーモアあふれる語り口が特徴的です。このように、物語の視点を人間と猫に切り替えることで、読者に新鮮な感覚を提供し、異なる感情や世界観を交錯させています。

次に、作品の背景にある設定がユニークです。物語には、近衛学園のポロ部が「七〇年連続日本一」であるという奇抜な設定が登場しますが、その日本一というのも他にポロ部が存在しないため、オンリーワンであるからナンバーワンという皮肉が込められています。この設定は、単なるスポーツ物語として読者を引き込む一方で、社会や競争の意味に対する皮肉や批判が暗示されています。競争社会に対する風刺的な要素を感じさせつつ、キャラクターの内面の成長を描く点が新鮮です。

また、クッキーの章では、猫が人間社会や資本主義を冷静に観察しつつ、自身の「美」を軸に物事を考えるという独特のスタンスが際立っています。美しさや愛についての考察が軽妙な語り口で展開され、物語全体に一種の哲学的な深みを加えています。このキャラクターの自己愛的でありながらもシニカルな視点が、読者に共感と同時に笑いを誘うという二重の効果をもたらしています。

さらに、作中で描かれる「流星」のシーンでは、現実離れした状況がリアルな人間関係と交錯します。家族や友人、そして猫との関係が、突然の災害や異常な現象の中でどのように変化していくのかを描くことで、日常が非日常へと一瞬で転換する緊張感が生み出されています。ファンタジーとも現代ドラマともつかない独特な世界観は、読者に強いインパクトを与えます。

総じて、この物語は青春、哲学、風刺、ファンタジーといった多様な要素が複雑に絡み合い、普通の青春小説やファンタジー小説とは異なる独自の世界を築いています。それぞれの要素が相互に影響し合い、作品全体に豊かな深みと多層的な意味を与えている点が、この小説の大きな魅力です。

流星を打ち砕け (牛野小雪season3)
牛野小雪
2020-02-13







の道を走り抜け馬も負けじと
らず追い追いてを目指し走り走りて

 パパとママがまだ夢の世界にいる時に、私が牧場の道で自転車をいでいると、ベアトリーチェが柵を挟んで並走してきました。ベアトリーチェは白い鼻息で生温かい風を私の顔に送ってきます。


私:おはよう、ベアトリーチェ。

 空の端には太陽が赤い顔を出していましたが、牧場はまだ薄青く、何頭かの馬の影が草をんでいました。

 ベアトリーチェは柵の端まで私と一緒に走りました。

 馬屋の前には既に何台かの自転車が並んでいました。どんなに早く来ても誰かが先に牧場に来ているもので、前に一度だけ朝の三時に来たことがあるのですが、その時でさえ誰かが先に来ていました。私も一番端に自転車を並べると馬屋に入りました。

私:おはよう、ロミオ。おはよう、ウシミ。おはよう、ドリス……

 私は馬屋から顔を覗かせている馬達に声をかけていきました。たいていは無言か耳を震わせるだけですが、鼻を鳴らして返事をする馬もいます。一七番目の馬屋で

私:おはよう、ユニコ。

 ユニコは目を細めて唇をまくりあげると、大きな白い歯とピンク色の歯ぐきを私に見せました。このブサイクな顔を見るたびに、私は馬鹿にされているんじゃないかと疑うのですが、ユニコがこの顔をするのは彼女を担当している私にだけなので、馬的な親しみの仕草なのかもしれません。

 私は馬屋の奥にある更衣室で制服からジャージに着替えると、飼葉桶に飼葉を詰めてユニコの馬屋に行きました。柵に飼葉桶をかけるとユニコは早速もしゃもしゃと食べ始めます。その間に私は道具室からフォークとバケツを持ってきました。フォークといっても農具用のフォークで、鶏ぐらいなら一突きで殺せそうな代物。それで汚れたワラとウンチを取り除き、新しいワラを敷いて、ブラシでユニコの体をマッサージ。それも終わるとユニコに馬具を着けて、馬屋の外へ連れて行きます。

 柵の門を開けてユニコを牧場に入れると、アリーに乗った伊集院先輩が歩み寄ってきました。彼女は高等部の二年生ですが、三年生はもう卒業したので今は彼女がポロ部の部長です。

伊集院先輩:藤原さん、ちょっといい? ユニコのことだけど。
私:はい。

伊集院先輩:先週まで様子を見ていたけど、やっぱりダルミグループとは馬が合わないみたい。アリーグループに入れることにしたから。よろしく。

私:はい。

 馬にも、いいえ、がありました。群れのリーダーに動きを合わせられない馬はグループから弾かれてしまうのです。後ろ足で蹴られたり、噛みつかれたり、そういう分かりやすいいじめもありますが、それより先に起きるグループの馬達といじめられている馬との間に走る緊張感は人間にも感じられるほどでした。だからケガをする前に人間が気を利かせて、違うグループに避難させるのです。

 私もユニコにまたがるとアリーと並んで歩かせました。相性は悪くないようです。軽く走らせてもみましたが、やはり動きは合いました。アリーが合わせてくれたようです。アリーは気立てが良く、来るもの拒まずの馬でした。あまりにも面倒見がいいのでお母さんと呼ぶ子もいます。でもアリーには一度グループから抜けた馬は絶対に許さないという嫉妬深さもあったのでユニコがダルミグループと険悪になっても、しばらくは様子を見ようという判断をしたのでした。

伊集院先輩:じゃあ今日からよろしく。

私:はい。

 伊集院先輩がアリーを走らせると、私も別の方向へユニコを走らせました。冷たい風が私の顔を掴みました。

 近衛学園のポロ部には一度早駈けを体験すると二度と退部しないという伝説があります。私は一年生の時に一度退部したのですが、その時はまだ中等部の三年生だった伊集院先輩がもう一度入らないかと誘ってきたのです。本当はいけないことだけど、先輩は私をロミオに乗せて、早駈けほどではありませんが風を感じるほどの速さで走らせました。飛んでいるようで落ちているような、何だか分からない不思議な感覚に襲われて、私はまたポロ部に戻る決心をしました。ちなみにロミオはポロ部の真のリーダーで、全ての馬はロミオを中心に回っていました。ロバみたいにぼーっとした顔なのに不思議です。初心者には乗りやすいように足を折って地面に伏せるほど優しい馬でもあるので、ポロ部の子達は全員一度はまたがったことがあります。

 太陽が高く昇ると、ユニコの雪を被ったようなと、とうもろこし色のたてがみがはっきりと見えるようになりました。牧場を見渡すとポロ部は全員揃ったようです。せ馬をしている子達もいます。馬から降りて休憩している子もいました。

 始業時間が近づくと伊集院先輩がラッパを吹いて部員を集めました。

 全員が集合するとみんなで牧場の端から端まで横一線になって駈けます。速度を合わせなければできませんが、一年生の子も列を乱さずに駈けられるようになっていました。

 柵のところまで来ると馬から馬具を外して、私達は柵を乗り越えて馬屋へ、馬達はそのまま牧場です。顧問の二階堂先生は馬が真似するといけないので柵の門から出入りするようにといつも言っていますが、私達はやってはいけないことだから、やってしまうのでした。

 私達は馬屋の更衣室にあるシャワー室で汗を落とすと制服に着替えて、校舎へ行きました。

 授業が始まっても私は上の空で、心はずっと牧場にありました。同じクラスでポロ部のちゃんは牧場に顔を向けています。窓際の席だと牧場の馬が見える時があるのです。

 やる気が出るのは二階堂先生の国語の授業だけ。私は国語が好きなのか、二階堂先生が好きなのかは分かりませんが、時間割に書かれた『国』の字を胸をときめかせながら待ちました。

 二階堂先生は私に将来は詩人になりますかと訊いたことがあります。私は全然そんなことを考えたことはありません。だって詩人になるのは出家するのと同じだから。さんと違うのは頭の毛を剃らないこと。詩人なんてを食べていくしかないわけで、尼さんは念仏を唱えますが詩人は念仏を唱えられる方でした。だいたい教科書に載っている詩人なんて、正岡子規、与謝野晶子、谷川俊太郎、山尾三省、俵万智、みんな白黒写真の昔の人。現代の詩人なんて誰がいるのでしょうか。本屋に行っても詩の本なんてどこにもなくて、図書館でしか見たことがありません。本として存在するぐらいだからの大きな本屋にならあるのかもしれませんが、すだち県にはたぶんないでしょう。それぐらい需要がないということ。需要がないということはお金が稼げないということ。お金が稼げないということは生きていけないということ。もう子どもではありませんから、それぐらい分かります。詩でお金を稼ごうとしても、すだち新聞の読者欄に投稿して三千円分の図書カードが精々でしょう。それにお金のために、いいえ、何かのために詩を詠むなんて絶対にできません。この前、国語の授業で詠んだ詩が県知事賞に選ばれたのですが、私はそんなものに選ばれるなんて知らずに詠んだわけで、もし知っていたらどんな詩も詠めなかったでしょう。それに県知事賞を取れたのは私が子どもだから。子どもだからこんな詩で賞が取れたのです。

エメラルド色の瞳にカツオブシこんな時だけグルグルニャオ

 講評はすだち新聞に載っていて『ペットの無邪気さと猫なで声がうまく表現されていて子どもらしい感性にあふれた素晴らしい詩でした。』と書かれていました。私は嬉しくて事あるごとに何度も講評を読み返していたのですが、ある日、妙に気持ちがイライラする時があって、私は講評の切り抜きをから出すとびりびりに破って、ゴミ箱に捨ててしまいました。講評は何行かあったけれど、今でも憶えているのは一行だけ。この一行もいつか忘れて、忘れたことも忘れてしまうでしょう。

 三学期の初めに将来何になるかを考える授業があって、私はお菓子屋になると書いて課題を提出しました。それは隣にいる原由紀ちゃんの真似をしただけで、これっぽっちもなるつもりはありません。小学生みたいなことを書いていた由紀ちゃんには驚きましたが、彼女なら本当にお菓子屋さんになれるでしょう。二年生の時にこっそり持ち込んだ彼女のバタークッキーは今でも憶えているほど美味しい物でした。でも私には無理。クッキーの作り方も知りません。

 将来何になるかという問いは、将来何になってお金を稼ぐかという意味で、私には何も思い付きません。純粋に何になりたいかという問いには、馬に乗っていたいという気持ちがぼんやりとあります。でも馬に乗る仕事って何があるのでしょうか。競馬の騎手? 勝ち負けを争うを走るなんてまっぴらごめんです。前に騎馬警察というのをTVでやっていて、ぴたっとした制服を着た女の人が馬に乗っていましたが、それだって事件が起きればを治めなければなりません。それも嫌。私の目の前にある将来は良い大学へ行って、良い仕事に着くこと。でも良い仕事って何? 月給は五〇万円ぐらい、ううん、贅沢は言わずに半分の二五万円でも良いから目的もなく馬に乗れる仕事。そんなのあるわけない。社会の授業で職業選択の自由が日本国憲法で守られていると習いましたが、私には選びたくないものの中から選ぶ自由があるだけで、選択肢の自由はないのでした。

 昼休みになると私は牧場へ行きました。姉川音々ちゃんも一緒です。

音々ちゃん:ごめんね。ダルミが駄々こねちゃって。

私:ううん、ユニコもワガママなところがあるから。

 ダルミは音々ちゃんの担当でした。ちなみにダルミという名前は彼女がダルメシアン柄の馬だからです。

 私達が柵のそばに立つとダルミが歩み寄ってきました。ユニコもこちらに足を向けていましたが、ダルミも同じ場所を目指していることに気付くと体を横にして足を止めました。音々ちゃんは申し訳なさそうな顔を私に向けてからダルミの鼻を撫でました。

音々ちゃん:良い子。

 ダルミは柵の間から口を伸ばして音々ちゃんのバッグを奪おうとしましたが「こらっ」と音々ちゃんが(いっ)(かつ)するとすぐに頭を引っ込めました。

 馬は私達より大きくて、子馬でも五〇kg、大人なら四〇〇kgにもなります。つまりゴリゴリマッチョの筋肉ダルマでも力尽くで動かすのは無理ということ。馬は心で動かしなさいと二階堂先生はいつも言っています。大事なのは馬に好かれること、なめられないこと。乗り手に自信がなければ馬は動かず、なめられれば振り落とされる。私はユニコと言葉を交わさないけれど、何でも話し合っている気分になる時があります。私がユニコでありユニコが私であり、同時に私は私でユニコはユニコであるという不思議な感覚。

 私と音々ちゃんは牧場でお昼を食べました。その後はお互いに自分の馬と柵越しに触れ合っていました。昼休みが終わると午後の授業です。また上の空。私の心はここではないどこかへ飛んでいました。
 午後の授業が終わると部活です。私達は馬小屋の更衣室でユニフォームに着替えて、馬具を持って牧場へ行くと、それぞれが担当している馬に馬具を着けて乗りました。それから馬小屋とは別の場所にある私達がボロ小屋と呼ぶポロ小屋に行って、ポロの道具を競技場に運びました。

 ポロといえばイギリスのイメージがありますが日本や中国にもポロはあって、いていたという、うさんくさい話を私達は新入部員が入ってくるたびに二階堂先生から聞かされていました。他にもポロは元々アジア発祥だとか。ポロ的なスポーツは昔からあっても、ポロと呼ばれる競技はやっぱりイギリス発祥だとか、つまり退屈な歴史のこと。

 部員が揃うと練習が始まって、最初は四人が横一列になって走りました。左端の人がボールをハンマー杖で叩いて隣の人にパスします。順々に隣へパスを繋げて右端までボールが回ると、今度は右から左へボールを回します。言葉にすると簡単ですが慣れないうちは右端までボールが回る前にフィールドの端まで来てしまいます。

 これを三度繰り返すと、今度は三人一列になって走ります。真ん中の人は右端にボールをパスすると、後ろから右端へ移ります。同時に右端と左端の人は真ん中に向かって馬を走らせます。ボールを受けた右端の人は左端から真ん中へ移動している人にパスすると、これも後ろから左端へ移動します。その頃には真ん中にいた人が右端にいるので、その人へパス。そうやって位置を入れ替えながら前へ進んで、ゴール前でボールを受けた人がシュートをします。これは動きが激しいので三度すると馬を休ませます。本場のポロは替え馬が何頭もいるそうですが、私達は一人に一頭しかいないので馬を労わりながら走らせます。

 一休みを終えると、また横一列に四人が走って、両端のプレイヤーがボールを送り合います。間の二人はパスコースを潰したり、ボールを奪ったりします。それを五回繰り返すとまた休憩。今度は半時間です。その間に私達はポットで沸かしたお湯で紅茶を飲みます。馬達はそれぞれのグループに固まって休んでいました。

伊集院先輩:アリー、こっちに来ないで。

 伊集院先輩が大声を出すと、アリーは「なにか御用ですか、お嬢様方」と言いたげない態度で近付いてきたので、私達は笑い声を上げました。言葉で否定して心で呼ぶという遊びで、私もユニコにならできます。

 半時間の休憩を終えると五分間の練習試合をしました。各馬最低一回はフィールドを走らせると部活は終わりです。

 のポロ部は七〇年連続日本一です。何故そんな現実離れしたことができるのかというと、ポロ部は日本で近衛学園にしか存在しないからです。オンリーワンだからナンバーワン。

 なぜ日本の片隅の、四国の、それもすだち県にだけポロ部があるのかは知りません。なんでも山奥にの方が住んでおられて、日英同盟の折にイギリスのの方から友好の印として、たくさんのを送られたのだとか、そもそも平安時代から馬に乗って鞠を棒で弾く遊びがあって、すだち県ではそれが盛んだったとか、ただ単に学園長の西洋かぶれだとか色んな説がありますが、結局のところ本当の理由は分かりません。ただ確かなのはポロ部があるということだけ。

 私達は道具を片付けて馬達を馬屋に帰すと、ユニフォームから制服に着替えて家に帰ります。

 帰りは道が明るかったので馬捨て場の横を通りました。そこは文字通り馬を捨てる場所で、昔はケガや病気で走れなくなった馬をここに捨てていたそうです。馬捨て場の土は赤みを帯びた黒い色をしていて、何故か草が生えないので馬の呪いが染み付いていると、もっぱらの噂です。そんな場所だからか馬捨て場の奥にある壁のない小屋にはの石像が奉られています。石像の怒った顔は赤く塗られていました。私は音々ちゃんと一緒に帰っていたのですが、馬捨て場を通り過ぎるまでは、冷たい空気に言葉を掴まれて一言も喋れませんでした。

 私と音々ちゃんは同じ小学校で、帰る場所も私と同じでした。小学校の頃はあまり仲は良くありませんでしたが、近衛学園に入ってからは同じ小学校のよしみで仲良くなりました。お互いに小学校からの友達とは別れ別れになっていて、最初は寂しさを埋め合うだけの同盟関係でしたが今は本当の友達です。

 私と音々ちゃんはいつもの交差点で別れました。姿が見えなくなっても「バイバイ」と大声で言い合って、屋根の上に私達の声を響かせました。

 家に帰ってくると、窓から明かりが漏れていました。今日のパパとママは帰りが早いようです。

私:ただいま。

パパとママ:おかえり。

 私が玄関で靴を脱いでいると、クッキーが廊下の先にあるリビングから私を見ていました。クッキーは私が一〇歳の時にパパとママが誕生日プレゼントにくれた猫で、バタークッキー色の毛をしたバタークッキーの匂いがする素敵な猫です。ベッドはもちろんトイレやお風呂も一緒に入るぐらい仲良しでした。私が学校から帰ってくると「にゃ、あ、あ、あ、あ、あ」と声が途切れる勢いで私の足に突撃してきたものです。でも何故か近衛学園に入ってからは険悪な仲になってしまいました。牙を剥かれるほどではありませんが私が近付いても逃げてしまいます。


私:クッキー。

 声をかけるとクッキーはぷいと顔を背けて、静かに姿を消してしまいました。クッキーはもう私の猫ではないみたいでした。



 はじめまして。私はクッキー。世界で一番美しい猫よ。

 突然だけど、なぞなぞを出すわね。

 世界で一番美しい生き物ってな~んだ?

 これは簡単ね。答えは猫。

 じゃあ二問目。これはもっと簡単。だってあなたは答えを知っているはずだもの。

 世界で一番美しい猫はだ~れ?

 はい、最初に言ったとおりこの私。クッキーよ。正解した人はおめでとう。間違えた人はひねくれているのね。でも、いいの。正解以外は許さない全体主義は私の趣味じゃないし、建前上は自由を重んずる日本の空気を吸って育った猫だから、間違える自由だって認めるわ。でも間違った人を私がお馬鹿さんだって思う自由もあるはずよ。何故お馬鹿さんかというとね。相手を馬鹿にする時には前と後ろに『お』と『さん』を付けてお馬鹿さんにしなさいっておがおっしゃられたからなの。ただの馬鹿だと言葉が鋭すぎるから相手の心を傷つけてしまうんですって。じゃあお馬鹿様ならどうなのって訊くと、それは馬鹿にしすぎなんだって。様が馬鹿にしすぎで、さんが相手を思いやる言葉遣いならお母様よりお母さんと呼ぶ方が正しいはずよね。だから私はお母様をお母さんと呼びました。するとお母様は、野良の子みたいな言葉を使うんじゃありません、と私の言葉遣いをおりになったわ。お馬鹿さんとお母様は良くて、お馬鹿様とお母さんが駄目だなんてが通りません。お母様が本当に怒っておられたので、その場ではだんまりを通しましたが、私は機会を見計らってこの理不尽な言葉遣いの違いを問い詰めました。するとお母様はこう答えたわ。何故も何も、そういうものなのよ……だって。まったく理屈が通らないわね。でも私はそういうものなんだって受け入れたわ。だって、そういうものなんだもの。世界は優しさと理不尽で動いているのよ。正しさなんてどこにもないんだから。


 世界で唯一正しいのは私が世界で一番美しいということだけ。自分でもどうしてこんなに美しいのか不思議よ。美は美だけをえて他には何も与えないっていうけれど本当にそうね。美はなぞなぞじゃないから答えはないの。

 お母様から聞いた話によると、昔々、一〇〇年以上昔、太陽が夜の世界を見るために片目を猫に変えて地上に落としたのが私の祖先なんだって。そんじゃそこらの猫とは違うわけ。そんな神話めいた話なんて私はこれっぽっちも信じていないけれど、ゴッホが描いたアルル地方の太陽と同じ色の被毛をなめていると、もしかしたら本当かもしれないと思う時もあるわ。お母様も兄弟もみんな同じ色と模様の美しい猫でした。一匹だけ全身真っ黒クロスケがいたけれど、そのクロスケにしたってその辺の猫と比べることを考えることさえ馬鹿らしいほどの美猫だったわ。

 私達兄弟は元々どことも知れぬ白い部屋の一室で飼われていましたが、ある時からクロスケを皮切りに一匹ずつどこかへ買われていきました。そして私は一歳になる前日に、このお家、つまり藤原家に買われたのです。猫を売り買いするなんてどうかしているけれど、資本主義は何でも売り買いする世界だから仕方ないわね。それに人間にしたって自分の人生を切り売りしているわけだし、自分がお安くない値段で買われたと知った時はまんざら悪い気分ではありませんでした。私って資本主義の猫なのね。

 私がこのお家、に来た最初の頃はいつ猫鍋にされるんだろうかとビクビクしていたけれど、じきに猫鍋なんてのは母猫が子猫をおどかすための作り話なんだって分かったわ。お母様は罪な猫ね。もママもパパも私を食べるんじゃなくて、私に食べさせるために買ったわけ。変な話。猫なんていくら食べさせてもお金を生まないし、太らせて食べるわけでもないのにね。そりゃあ私にとっては結構な話だけど人間にとっては一文の得にもならないわ。そのくせ人間は同族のいは親の敵のように憎んでいるのよ。人間と猫では扱いが全然違うみたい。人間の世界は不公平なルールで動いているけれど、そういうものなんだって私はすぐに飲み込みました。飲み込めずに頭がおかしくなるなんて損だしね。

 危険なことがないと分かった私はのびのびと家中に足を伸ばして、じきに外へ出る抜け道も見つけました。でも猫が勝手に家の外へ出てはいけないというルールがあるなんて、この時はまだ知らなかったの。家から私がいなくなっては大騒ぎ。この大騒ぎは後ですぐに話すけれど、私は日本国憲法を改正して、第一条をこの条文に書き替えるべきだと提案します。

日本国憲法 第一条
全テノ猫ハイカナルニオイテモスル権利ヲス。何者モゲテハナラナイ。

 猫に何の権利もないのは差別だわ。選挙権も私有財産権だってないのよ。でも、誰も気にしていないし話題にもしない。この国では弱者の公認を勝ち取れない弱者は何の権利も保障されないみたい。正義や公正はどこへ行ったのかしら。

 さて、そんなは止めにして大騒ぎに話を戻すわ。家の外に出た私が令和町の猫と知り合って、集会で顔見せをしていた頃、習字教室から帰ってきた千秋は私がいないことに気付いてギャン泣きしたの。ちっちゃな子ども特有のあの物凄い泣き方。彼女がギャン泣きしながら家の外に出ると、令和町に一〇〇匹の恐竜が出現したみたいだったわ。

 千秋がギャン泣きして歩き回るから大人達は家から出てきて彼女の周りを囲みました。どうしたのかって大人達が訊くと、猫がいなくなったと千秋は叫びました。この時、人間社会はお金と子どもの涙で動いているのだと私は知りました。大人達は一人、また一人と猫探しに加わり、令和町に人間の台風が発生したわ。ありとあらゆる猫が捕らえられ、猫が見つかったという言葉を聞くと千秋は泣き止んで、その猫が目の前に差し出されると、この猫じゃないと、またギャン泣きを繰り返したの。そしてとうとう私も屋根から松の枝へ飛び移ろうとしているところを虫取り網で捕らえられました。私は千秋の前に差し出されて、彼女は私を小さな毛布にしてしまいそうな強さで抱いて、またギャン泣き。猫には九つの命があるという噂だけど、私はこの時一度死んだと思っているわ。残り八つ。

 ママとパパがこの騒動を知ったのは翌日の日曜日、隣に住んでいるさんからこの話を聞くと目玉が飛び出すんじゃないかってぐらい驚いていたわね。二人はまんじゅうを山ほど買ってくると、それを持って令和町中の家に頭を下げにいきました。

 私は首輪に紐を付けられ、タンスに繋がれました。まるで犬になった気分だったわ。犬も毎日こんな気分を味わっているのだとしたらかわいそうね。同情はしないけど。

 ちなみに、この話にはおまけがあって、この騒動の後に野良猫はみんな飼い主を見つけて家に入ったので、令和町にはしばらく野良猫が一匹もいなくなりました。本当におまけの話。おわり。

 それから私はタンスか千秋に繋がれて、自由を制限された生活を強いられていました。半年後に紐が外されると、私は自由の身になりましたが、この家にもう五年もいます。

 なぜ私はこの家を抜け出さないのか。つまりこういうことなの。そりゃね、家族に言いたい事は色々あります。不満がないなんてとても言えません。でもね、もし『一点の曇りもない完璧な家族と一緒に住んでいる猫の集会』を開いたとするわね。それも令和町中に召集をかけるの。でもそんな集会に集まる猫なんてせいぜい五匹くらい。その五匹にしても、どんな猫が来ているんだろうか、って好奇心で見に来ただけ。一点の曇りもなく完璧な家族なんて令和町どころか、世界中どこを探したっていないはずよ。完璧なのは神様だけ。そして神様はあの世にいて、この世にはいないの。だから、どこかで世界はこんなものだって妥協しなければならないわけ。それにね。一番大事なのは私がこの家族が好きだってこと。なぜ好きか。好きに理由はないわ。だから本当の愛なのよ。

 愛といえば、犬と猫どちらが人間に愛されているのかとTⅤでやっていました。結果はほんの僅かだけ犬が勝っていました。三%ぐらい。でも、私はそれが真実ではないと見抜いていました。あんなのに騙されるのは犬とお馬鹿さんだけ。

 犬は人間の役に立ちます。災害救助をしたり、爆弾を発見したり、泥棒に噛み付いたり、番犬や猟犬になったり、そりを曳く犬もいるのだとか。もしかしたら犬鍋になって人間のお腹を満たす犬もいるかもしれません。その点、猫はどうでしょうか。決して人間の役に立ちません。猫の手も借りたいということわざがありますが、実際に猫の手を借りた話は冗談でも聞いたことがありません。私にしても藤原家で何かの役に立ったことはありませんし、これからも役に立つ気はありません。

 犬は役に立つから愛されている。猫は役に立たないのに愛されている。これ以上は言いません。賢明な読者なら私の言おうとしたことが分かるはずよ。ああ、私ったら愛情原理主義者みたいね。テロリスト扱いされると世界中から軍隊を送られるから、この事についてはもう黙っているわ。

 と言いつつ、やっぱり愛について話すわね。世界で一番大事なことだもの。これから私が話すのは私と千秋の愛について。私達はお互いに愛し合っているけれど、ここ最近は、と思って振り返ると数年ぐらい経っていたので驚いたわ。とにかくここ数年ぐらいは私と千秋の愛に、馬が割り込んでいました。

 千秋の体は近衛学園に通い始めてから獣の臭いが漂うようになりました。そしてある時、千秋は馬を飼えないかな、とママとパパに聞こえる独り言を言いました。私はそれで浮気に気付いたのです。千秋の獣臭さは馬の臭いでしょう。千秋は人が良すぎるから、空き地かどこかに捨てられている、いいえ、を学校の帰りに可愛がっているのでしょう。私はこの目で馬を見たことはありませんが、どんな生き物かは知っています。人間より大きくて、車並みに早く走る生き物です。あんな生き物を家に入れたら三日もしないうちに床も壁もめちゃくちゃにされてしまうわ。

 千秋は私だけの千秋でなければならないのに、千秋は馬に浮気していて、おまけにそれが悪いことだとは思っていませんでした。だから私は彼女に私と同じ気持ちを味わって欲しくて、つっけんどんな態度を取っているんだけど最近は間違ったことをしているような気がしているわ。千秋の心が傷付いているのは間違いないんだけど、彼女はどうしてそんな目に遭っているのかは全然分かっていないのね。このままだと私と千秋は永遠に傷付け合うことになりそうで、胸が切なくなるけれど、今さら私だけやめるなんて無理。何故かって? そういうものなのよ。

 でも、そういうものなのよ。で日々を繰り返すのはかだから近頃は千秋がお風呂に入って馬の臭いを落とした後は、ほんの少しだけ寄りそうの。千秋が私の背中を撫でたり、指の間に被毛を滑らせたりすると、過去も未来もなくなって全てを許せそうな気持ちになったわ。

 どうして千秋は私だけを愛せないのかしら。この疑問が湧くと私は怒るか悲しくなるかのどちらかで、今日は悲しくなったのでタンスの上で毛づくろいをしました。数年前の千秋ならタンスの上までついてきたけれど、今の彼女はソファーに座って私の方を見ようともしません。ずっとアイフォンとかいうスマートフォンに夢中になっているの。だから私もそこに千秋がいないかのような態度で毛づくろいしていました。

 夜も更けてきた頃、千秋は大きくため息をついて

千秋:クッキー。

 クッキー、クッキー、クッキー、クッキー、他にも色々。言葉にすればどれも同じだけど、どれも違う意味を持っているの。さっきの「クッキー」はもう夜も遅いからベッドに入らなきゃ。クッキー、寝室へ行こう。って意味よ。私だって「ニャオ」の一鳴きに色んな意味を込められるわ。でもこのお家でそれが分かるのは千秋だけ。

私:ニャオ。

 さて、このニャオはな~んだ? いきなりこんななぞなぞを出されても分かる訳ないわね。答えは、あら、千秋。そんなところにいたの。全然気付かなかった。本当に。あ~あ、ビックリした。驚かさないでよ。

 千秋の心にグサリとトゲが刺さりました。やっぱり千秋は私のニャオが一〇〇%分かっているのね。

千秋:クッキー。

私:ニャオ。

 千秋は自分の部屋へ行く前にトイレで用を足しました。私は千秋がトイレから出てくるまでの間に千秋をやり込めたことを喜び、そのすぐ後で千秋はスマホに夢中になっていても私が同じ部屋にいることを知っていたのだと気付きました。私はやりすぎてしまったことをいたわ。愛と憎しみには限りがなく、バランスをとるのは難しいのね。

 千秋がトイレから出てくると、私はしっぽの先で千秋の体を撫でました。すると、傷口から涙を流している千秋の心が柔らかくなったのを感じたわ。これでさっきのニャオはちゃらよ。

 明日も学校があるので千秋はベッドに入ると早々に部屋の明かりを消して眠りました。私もベッドの下で丸くなりましたが目は冴えていました。ほどなくして千秋の細い寝息が聞こえてくると、私はベッドの下から這い出して千秋の顔を覗きました。スー、スーと規則正しく寝息を立てている千秋は食べてしまいたいほど愛らしい存在でした。このまま永遠に眠ってしまえば学校にも行かなくて済むし、馬と浮気しないでも済む。そうすれば私は世界の何よりも尊い愛情を千秋に注げるのに。

 私は机の上で丸くなると愛の苦しみについて考えました。どうして愛は愛だけで存在できないのでしょう。愛について考えると、寂しさ、悲しさ、怒り、憎しみ、恐怖、物憂さ、心に悪いものがぞろぞろと湧いてきます。あまりに苦しいので、愛なんて無ければいいんだわ、と考えたことは一度ならずありました。でも愛の手は必ず私の心を掴んで離さないの。いいえ、私も離したがらないんだもの。私が愛を愛しているのか、愛が私を愛しているのか分からなくなるわね。たぶん両方よ。相思相愛。でも純粋にはなれない。

 私が愛について考えて、心を上げたり下げたりしている間にも時間はどんどん過ぎて窓の外に見えていた家々の明かりはみんな消えてしまいました。

 私は物憂い気持ちに浸りながら街灯の青い光をながめていました。するとその青さが突然ぱあっと強くなって窓いっぱいに広がりました。ゾッとした私は一度ベッドの下に逃げて、しばらく様子をうかがいました。窓の外では犬達が吠えています。鳥の群れが飛んでいく音も聞こえました。私の心臓はパクパクと鼓動して耳の先まで力強く血を送っています。さっきの光は何だったのかしら。いくら考えても答えは出ません。やがて私の心臓以外が静かになると私は窓の外を見に行きました。夜は静かに令和町を包んでいます。

 さっきのは何かの間違いかしら。夢を見ていた? でも犬が吠えていたし鳥も飛び立った。それも夢だとしたら? 私は気持ちがそわそわするので毛づくろいをしたり部屋を歩き回ったりしました。絶対に夢じゃない。さっき何かが、それもとんでもない何かが起きたと心が叫び続けていました。

 ふと気付くと窓の外から光が差していました。まだ朝には早い時間です。私はもう一度外を見ました。

私:これは大変なことになるわ。




(つづく)


黒髪の殻 試し読み


高校を中退した正人は叔父のすすめで大工に弟子入りする。
いつかは親方を殺すという執念でもって正人は三年の修業をくぐり抜けた。
しかし正人は半分無実の罪で刑務所に入ってしまう。





 気付けばいつも嫌われている。理由は分からない。ある時それに気付き、人に好かれるように気を使っていた。そのおかげで人に好かれるようになったが、それでも嫌われた。人生でこれ以上面白い事はないと楽しんでいる最中に、ふっと剥き出しの敵意を向けられたり、お前とは一生の友達だと言った相手が、死ぬまでお前を許さないという感情をこちらに向けてきた事もある。そういう記憶は正人の心に深く爪痕を残した。

 中二の秋に好き嫌いは相反するものではなく、同時に存在できるものだと正人は理解した。それで自分は努力の甲斐あって、そこそこ好かれてはいるのだが、同時に嫌われている事も分かった。人に好かれるように気を使うのが嫌になったが、やめようとは思わなかった。好意が消えて悪意だけが残るような気がしたからだ。

 だが、高校二年の九月、正人に限界がきた。こんな生活はもう続けられないと嫌になり、学校を辞めたいと考えるようになった。しかし、ただ辞めると言えば親に止められるのは目に見えていたので、ずっと言い出せずにいた。

 ふとしたきっかけで同級生と殴り合った。何が理由でとも思い出せないぐらい些細なことが原因で、始めは向こうも殴り返してきたが最後は一方的に殴るだけになった。殴っている最中にこれで学校を辞められると正人は冷静に考えていた。男性の体育教師に後ろから腕ごと抱え上げられた時はこれで終わるのだと思って、顔には笑みが浮かんだ。

 しかし学校はただのケンカで処理しようとした。相手の親も問題にしようとはしなかった。三日も経つと誰もそのことを話さなくなり、殴った相手はまだ顔に青いあざが残っていたのに『俺が悪かった』と謝ってきた。

 正人は意味が分からなかった。理不尽で透明な物が学校を辞めさせないようにしている。もう一度殴ってやろうかと思ったが、さすがにそれはでやめた。

 結局は親に学校を辞めたいと言った。親がケンカに何か原因があるのかと一度訊いてきたので、正人がそれにうなずくと親は納得した。しかし、もっと根本的なところに原因があるような気がした。それが何かは正人にも分からない。ただ在るということが分かるだけだ。

 正人は高校を中退した。

 学校を辞めてからは何をするでもなく、ただ日々を過ごしたが、ある日叔父が家に来た。正人に用があるらしい。

 叔父はまず高校を中退してこれから先の人生をどうするのか訊いた。答えられるはずがないので正人は黙っていた。それから学校は辞めるにしても何かしなくてはならないと言った。他にも色々言われたが、どれももっともな事ばかりなので正人は黙っていた。

 言葉が一度途切れて、叔父が間を溜めた。今日はこれを言いにきたのだと正人には分かった。

 大工になれ、と叔父は言った。

 知り合いの父親が大工の親方をしていて、昔は弟子をとって修行させていたそうだ。その人の元で修行した大工はみんな業界では知る人ぞ知るという立派な職人になっている。だから大工になれということらしい。

 大学へ行く頭ではなかったが、大工がうまくやれるとも思えなかった。人がいれば結局良くない事が起きる。できれば人と関わり合いのない仕事がいい。それに今どき修行なんてとも思った。しかし断れるような雰囲気ではなく、正人はずっと黙っていた。

 しばらく誰も口を開かなかった。

 沈黙に堪えかねた叔父が「そうするぞ、大工になれ」と言葉をこぼした。正人はうなずくしかなかった。

 三週間後に叔父から電話があり、明日親方のところへ行くから学生服を用意しておけと言った。

 その日は一睡もできなかった。眠気を抱えたまま叔父の車に乗せられて大工の親方のところまで行った。眠れなかった事もそうだが、元々気乗りはしなかった。ふてくされていれば向こうからあきらめてくれるだろう。

 そこは倉庫と家が寄りそっている内にいつの間にか合体したような建物で『上原組』と看板がかかっていた。年代物の板だったが薄く湿った光を反射させていて、埃一つ付いていない。看板だけ見ればヤクザの事務所みたいだった。

 倉庫に入ると髪が全て真っ白になっている男が粗末な木製の椅子に手と足を組んで座っていた。どう見ても歳は取っているが体付きはしっかりしていて体中から生命力が溢れていた。

「そいつは駄目だ」

 叔父がまだ何も言っていないのに男はいきなりそんなことを言った。

「待ってください」と叔父が食い下がる。

「お願いします」「駄目だ」のやり取りが叔父と男の間で繰り返された。

 正人としては別に駄目なら駄目で構わないのだが、駄目だと言い続けている男にだんだん腹が立ってきた。大工に弟子入りするのは駄目になって欲しいが、叔父の頼みをはねつけるのは何故か許せなかった。

 男が正人に目を向けた。見下すような目が許せないと正人は思った。

「お前も駄目だと思っているだろう?」と男は正人に尋ねた。

「できます」と正人は答えていた。

「あ?」

 男が眉をひそめる。

「大工ぐらい俺にもできますよ。修行するまでもない。木を切って釘を打つだけだ」

「てめえにできるわけねえよ」

 男は叔父に対しては社交的な態度を見せていたが、正人が喋ると感情を露わにした。

「高校もロクに卒業できない根性無しに何ができる。おめえには何もできねえよ。親にも世間様にも迷惑だから、その辺でさっさと野垂れ死ね」

 男の一言一言が正人の腹を煮えたぎらせた。

「いやですね」

「嫌だぁ。そんなこと言えた義理か。この御時世に高校辞めるなんて聞いたことがねえ。きっと親も泣いてるだろうよ」

 男が床に唾を吐き捨てた。それは正人の足元に落ちた。

「泣かせていません」

「いい子ぶるこたあねえよ。おめえはとんでもねえ不良野郎だ。イキのいい奴ならまだ可愛げもあるが根性無しは救いようがねえ。俺んところでも面倒見きれねえや。あきらめてくれや、なっ、正木さん」

 男は最後に叔父へ言葉を向けた。叔父は言葉を返せずにうつむいている。

「俺はあんたの甥っ子が憎くてこんな事を言ってるんじゃねえ。人には向き不向きってもんがある。こいつは大工に向いてない。それだけです。さっきのは言葉の綾みたいなもんです。どうも学が無いもんで興奮すると変なことを口走っちまうようです。とにかく他を当たってください」

 叔父に話しかける時はやはり男の口調は変わっていた。そこに嘘の気配を感じて正人は腹が立った。

「てめえだって、そう思うだろう? 今どき親方に弟子入りって時代でもねえし、大工だってできそうにねえ。始めからそういう顔をしてたぞ」

 今度の男の口調は叔父に話しかけるように柔らかくなっていた。もうこれで話はまとまったという雰囲気を出している。勝手に終わらせるな。正人はまた腹が立った。

「できます」と正人は言った。目の前の男に対してできないと言いたくなかった。そんな言葉が返ってくると思わなかったのか、男が意外そうな顔をした。

「できますよ」

 正人は重ねて言った。怒っていた。それも冷静な怒りだ。同級生を殴っていた時に似ている。

「無理だ」「できます」何度も同じやり取りを繰り返した。

「くそっ、それじゃあ明日一度来てみろ。駄目だったら、あきらめろ、なっ」

 最後に男があきらめたように言った。男は疲れた顔を隠そうともしていない。目の前の男に対する微かな勝利感で正人は少し嬉しくなった。

 明日の朝六時に倉庫前に来いと言われ、その日は帰った。

 帰りの車の中で叔父は何も言わなかった。家に帰ると明日から親方のところで修行することになったと親に伝えて、すぐに帰った。

 両親は何も言わなかったが不安は伝わってきた。それとは反対に正人は興奮していた。絶対にできるとあの男に証明してやろうと怒っていた。それで自分が根性無しの救いようがない奴ではないと証明できれば、あの男を殺してやろうと考えていた。あの男は自分を侮辱した。その償いは命で払ってもらうつもりだ。ただし、ただ殺しただけではあの男が言ったように正真正銘のクズ野郎だ。あの男の言った事が間違いであった事を証明してから殺す。そう決めていた。




 新聞配達のバイクの音が聞こえると、正人は布団から飛び出した。

 冷蔵庫からハムとパンとマヨネーズを出して食べると、パジャマから学生服に着替えようとしたが、大工をするのに学生服は無いだろう。少し迷ってから古いTシャツとジーンズに着替えると正人は家を出た。

 昨日は叔父と一緒に車で行ったが、倉庫はそれほど遠い場所ではない。自転車で二〇分ほどのところにある。

 六時に来いと言われていたが、三十分早く倉庫に着いた。しかし倉庫前には三人の男が立っていた。父親と同じぐらいの歳で、一番若そうな男でも十歳は年上に見えた。彼らはダンプのそばで何か話していたが、正人が倉庫の脇に自転車を停めると、こちらに目を向けて何も喋らなくなった。正人は古い木材に腰かけて彼らと距離を置いた。

 六時になる前に昨日の男が家から出てきた。三人に短い挨拶をすると何かを言おうとして正人に気付き、本当に来るとは思わなかったという顔をした。それを見て正人は勝ったと思った。

 男は咳払いすると正人を手招きした。

「いきなりであれだが、今日から世話することになった坊主だ。よろしく頼む」

 男がそう言うと、三人がはっきりしない言葉で返事をした。

「自己紹介と挨拶をしろ」

 男が後ろに下がって、ぼそりと耳打ちした。

「おはようございます。正木正人です。趣味は釣り。好きな物は麻婆ナス。辛い物はだいたい好きです」

「てめえの好きなものなんか聞きたかねえよ。よろしくお願いしますだろうが」

 正人にだけ聞こえる声で男がつぶやいた。地面を蹴る音もした。頭の中が煮え立ったが、腹は立たなかった。絶対に殺してやるという気持ちをさらに強くしただけだ。

「よろしくお願いします」

 そう言った後で「頭も下げられねえか」とまたつぶやく声がしたので頭も下げた。

 男は下げた正人の肩に触れると、三人の男にも自己紹介をさせた。向こうはよろしくお願いしますとも言わなかったし、頭も下げなかった。

 自己紹介が終わると今日の仕事の段取りが話し合われたが、正人には何を言っているのかさっぱり分からなかった。それが終わると三人の男はダンプに乗った。

「お前はこっちに乗れ」

 男は正人を軽トラに乗せた。ダンプが前、軽トラが後ろになって現場へ向かう。

「あっちにいるのも、あんたの弟子?」

 黙っているのも気詰まりなので正人が口を開くと、男が力任せにクーラのパネルを叩いた。

「てめえ、さっきは見逃したが今度は許さねえぞ。口の利き方も知らねえか」

 男は前を向いたまま、荒い鼻息を吐きながらハンドルを強く握っていたが、その後に「俺の事は親方と呼べ」と小さく言葉を漏らした。

 正人は胸の中が揺れていて、しばらく口を利けなかったが黙っているうちに落ち着いてきた。それと同時にやはり殺してやろうという気持ちを新たにした。

「親方、あっちにいるのも弟子ですか?」

 赤信号で車が止まると正人はようやく口を開くことができた。

「前にいるのは応援の職人だ。さんを付けろよ。弟子じゃねえ」

「応援?」

 意味が分からなくて聞き返したが親方は答えなかった。応援と聞いて正人が思い浮かべたのは甲子園で選手達を応援するチアリーダー達で、前を走るダンプに乗っている男達とはどうしても繋がらなかった。

 現場に着くと三人の男と親方はすぐに荷物を降ろした。正人も荷台に乗っている物を降ろそうとすると「触るな」と親方に怒鳴られた。仕方がないので正人がダンプの荷台に近付くと、三人の男達も怒鳴りこそしなかったが咎めるような目を向けてきた。何もする事がないので正人は家の周りに組まれた足場に寄りかかると「サボるな」と親方の怒鳴り声が飛んできた。

 正人は手持ち無沙汰のまま、家からも軽トラからもダンプからも離れた場所に立っていた。

 荷を降ろし終えるとすぐに仕事が始まった。親方の指図で男達がダンプに乗せた柱をクレーンで上げて、木にはめ込んでいく。クレーンは最初から現場にあった。

 木には穴が掘ってあり、そこに柱を差し込むようになっていて、人の顔ほどもある木槌で柱を打ち込んでいる。正人はそれを見ているだけだった。最初に言われた事が、何もしないで見ていろだったのだ。本当に何もしないまま二時間が過ぎた。

 親方が一度足場から降りてきて、まだ打ち込んでいない柱の木の表面を撫でると、何か気に入らない事があったのか舌打ちした。

「おい、ちょっと来い」

 ようやく仕事か、と正人はすぐに向かった。

「これをあの台まで持っていくぞ」

 親方の指示で木を組んで作った台に柱の木を持っていく。木を置くと親方がまたさっきと同じように表面を撫でて舌打ちをした。

「触ってみろ」と親方が言った。

 正人は柱を撫でた。何か問題があるようには思えない。それどころか綺麗に切られた柱で、これ一本でどれぐらいの値段がするのかと正人は考えた。

「どうだ?」と親方に訊かれたが「何も」と答えるとまた舌打ちだった。

 親方は細長い木の箱のような道具を取り出すと、それを柱に置いて引いた。すると箱の中ほどにある穴から向こう側が透けて見えるほど薄い木の削りかすが出てきた。親方は体を後ろにずらしながら、木を端から端まで削っていく。削りかすは途中で途切れることなくするすると伸びて、丸まりながら地面に落ちた。

 親方は削った後の柱を一度撫でると何かを納得するように柱を撫でた。それからまた「触ってみろ」だ。さっきと同じように柱を撫でる。

「どうだ?」

「よく分かりません」

 正人がそう言うと親方が舌打ちをした。

「何かが違うということは分かりました」

 そう言い直すと、親方が一度口元を緩めそうになり、また思い直したように、きゅっと引き締まった。

「削った後でそんなこと言うんじゃねえ。それじゃあこの面は削らなきゃいけないかどうか言ってみろ」

 親方が柱のまだ削っていない面を叩いた。正人はそこを撫でる。つるつるしていて滑らかだった。

「削らなくてもいいんじゃないですか?」

 親方が柱の向こうに唾を吐いた。

「分かっちゃいねえ」

 親方は柱を台の上で転がすと、またさっきのように柱の表面を薄く削った。

「目をつぶって撫でてみろ」

 親方の言う通りに正人は目をつぶって撫でた。

「さっきと同じです」

 本当はどっちだか分からなかった。親方がまた唾を吐き捨てた。そのあと削った柱は四本。四面とも削ったので計十六面だが、親方はどれも同じように削る前後で正人に表面を撫でさせ、意見を訊いてきたが、良いと言っても悪いと言っても悪態をつかれた。

 削った後の柱は他の職人がクレーンの先についたワイヤーに括りつけて屋根の上に上げた。やはり見ていろとだけ言われた。

 途中で短い休憩と昼の長い休憩があったが、正人はずっと見ているだけだった。三時に一度何かすることはないですかと親方に尋ねたが、やはり何もしないで見ていろとだけ言われた。他の職人達も、何もしなくていい、と態度で示している。


幽霊になった私 試し読み

キンドルアンリミテッド、オーナーライブラリーに対応しています。

幽霊になった私 (牛野小雪season2)
牛野小雪
2016-04-28






【内容紹介】
最近友達ともうまくいっていない。勉強も難しくなってきた。

両親はしょっちゅうケンカしているし飼っていた猫はいなくなる。
あんまり色んな事がありすぎて私は近くの公園でちょっとロマンチックな自殺をしたんだけど気付いたら幽霊になっていた。
誰も私が見えないし声も聞こえない。鼻をつまんだって気付かない。
幽霊になっても何もできないからつまんないことばっかり。
いくら待っても天国からのお迎えも来ないし、地獄に落ちそうもない。
あ〜あ、私これからどうなっちゃうんだろう。

読んだことがある人はこちらへ→『幽霊になった私』に一言もの申したい!

私とタニス 1



 私がまだ小さい頃、両親はいつもケンカをしていました。私は二人の仲を取り持とうと、時には直接的に、時には間接的に陰謀めいた事もしましたが、二人はいつも私の試みをふいにするか、台無しにしてしまうのでした。そういうことが何度も続くと私はこの家にいるのが嫌になりました。

 ある日、学校の帰り道にある橋のたもとにダンボールが置かれていました。中を覗くと灰色の毛玉が入っていました。でもただの毛玉ではありません。もっとよく覗いてみると体を丸めた猫でした。

 猫は私に気付くと顔を上げて「ニャーン」と鳴くと、ダンボールのふちに前足をかけて何度も後ろ足をぴょこぴょこと蹴りました。その必死な姿を見ていると、この子を絶対ここに置いて行ってはいけないという気持ちが湧き起こって、私はその子を胸に抱いて家に帰りました。猫は私の胸の中に入るとすぐに目を閉じて寝息を立てました。まるで生まれた時から私の猫みたいです。

 家に帰った私は猫をクローゼットに入れて、お母さんに猫を飼いたくないか探りを入れました。しかし、私が「猫を飼いたくない?」と言った途端にお母さんの血がさあっと引いて部屋ごと寒くなりました。

 お母さんは物凄い勢いで私に怒鳴りました。私は体を小さく丸めて泣きました。後から後から涙があふれ出てきて、ずっと手で目を押さえていたのですが、頭上からお母さんの激しい声が降り続きました。

 お母さんはひとしきり感情を吐き出すと、今度は優しい声で「アキ、どうして猫を飼いたいなんて言ったの?」と訊いてきます。もしあの子の事を話すとお母さんはきっと捨ててきなさいと言うに違いありません。私は黙っていました。するとお母さんはまた激しい声になりました。

 お母さんは私を怒鳴り続けると死んだようにソファーで横になったので私は自分の部屋に逃げました。

 音を立てないようにクローゼットを開けると猫は静かに丸まっていましたが、私に気付くと飛ぶように駆け寄ってきたので私はその子を胸に抱いて頭を撫でてあげました。すると猫は体中を震わせてプルルルと気持ち良さそうな声を出しました。

 私はその子にアズキという名前を付けました。アズキはプルルルと喉を鳴らして微笑みました。私もその顔を見て気持ち良くなりました。

「私達ずっと一緒だよね?」

 私が心の中で問いかけると、アズキは「ニャオ」と答えました。その瞬間私とアズキは秘密の友達になりました。



 

私とタニス 2



 次の日、私が学校の図書室で猫の飼い方の本を読んでいるとナツミちゃんが「アキちゃん、猫飼うの?」と訊いてきました。ナツミちゃんは私の友達で幼稚園からずっと一緒です。私達はなっちゃん、アキちゃんと呼び合っていました。絶対に信頼できる女の子です。私は昨日アズキを拾ってお母さんに内緒で飼っている事を話しました。すると彼女はとてもうらやましがりました。

「家に来たらこっそりみせてあげる」と私は言いました。

 私とアズキとなっちゃんは三人でよく遊びました。家の中では音を立てないようにしました。外へ出た事もありました。アズキは外の世界に興味津々で、すぐにどこかへ姿を消してしまうのですが、私が「アズキ~」と呼ぶと必ずどこからか姿を現して飛ぶように私の足元に戻ってきました。

 私とアズキの関係は一ヶ月続きました。

 ある日、家に帰ってくるとお母さんが優しい顔で私を待っていたので嫌な予感がしました。こういう顔をしている時は激しいケンカの前触れなのです。私は顔を合わせないように、部屋へ逃げようとするとお母さんが言いました。

「アキ、お母さんに何か隠していない?」

 私は首を横に振りました。

「怒らないから言ってごらんなさい」

 私はぱっと顔を上げました。

 お母さんはきっとアズキの事を知っている。でも怒っていない。それどころか嬉しそうに微笑んでいます。私は全てが許されているのだと勘違いして、アズキの事を洗いざらい白状しました。

「他にない? 良い機会だからお母さんに秘密にしている事を全部話してみて」

 私は少し考えてみましたが、何も思い浮かびません。

「何も。これで全部」と私は答えました。

 その瞬間、お母さんの体から一斉に血の気が引いて氷に包まれたように冷たくなりました。

「何でお母さんに黙ってそんなことするの!」

 私はひどく怒られました。その時のお母さんの声は家をバラバラにしてしまいそうなほど激しい物で、私はとっても長く怒鳴られた後、泣きながらお母さんを自分の部屋に連れていくことになりました。

 どこかに隠れていて。そう願いましたが、私がクローゼットを開けるとアズキは私の足元へ飛んできました。でも私は後ろめたい気持ちがあったので、いつものように撫でてあげることができませんでした。アズキは何度も私の足首にひたいを擦り付けては、不思議そうな顔で私を見上げて「ニャーン」と鳴きました。

 お母さんは言いました。

「元のところに戻してきなさい」

 私は必死にアズキをこの家に置いてくれるように頼みました。もうわがままは言わない。勉強もする。お母さんの代わりに毎日晩ご飯を作ってもいい、一生のお願いだとか、色々言いましたが駄目でした。私はアズキと一緒に外へ出され、アズキを元の場所に戻すまで帰ってこなくていいと言われました。

 私はアズキを拾った橋まで行きました。アズキが入っていたダンボールはボロボロになっていましたが、まだ同じ場所にあります。そんな場所にアズキを戻せなかったので、私は優しい人にアズキを拾ってもらうことにしました。

 でも、こんな時に限って誰も橋を通りません。さらにその上、雨まで降ってきました。
 私はアズキと橋の下へ逃げました。ゴミがいっぱいで変な臭いがします。こんなところにアズキを置いても、きっと誰も来ないでしょう。

(どうしよう?)

 私が心の中でつぶやくと、アズキが「ニャーン」と答えました。

「どうしたらいいと思う?」

 言葉に出して問いかけてもアズキはやっぱり「ニャーン」としか答えません。

 私は泣きそうになりました。アズキは私の事を分かってくれるのに、私はアズキの事が分かってあげられない。それが悲しかったのです。

 まだきれいなダンボールを見つけると、私はそこにアズキを入れました。アズキは慌てて「ニャーン、ニャーン」と鳴きながら私にすがりつこうとしましたが、初めて会った時のようにダンボールのふちを乗り越えられませんでした。

 私はダンボールの中に手を伸ばして、アズキのおでこやアゴの下を指で撫でました。アズキも私の手をおでこで撫で返してきます。そうやってお互いに撫で合っているとアズキは眠くなってきたのか、ダンボールの中で丸くなって目をつぶりました。

「ごめんね」

 私は音を立てないようにその場を離れて、橋の下を出る前に一度だけ振り返りました。するとアズキはダンボールから出ていて、びっくりしたような大きな丸い目で私を見ていました。
「ごめん!」

 私はそう叫ぶと雨の中に飛び出して家まで走りました。アズキが追いかけてきていたらどうしようと何度も考えましたが一度も振り返りませんでした。

 私は玄関の前まで帰ってくるとやっと振り返りました。そこにアズキはいません。気が抜けたような寂しさと、ほんの少しの
安堵感

 私はアズキを捨てて安心した自分が嫌になりました。

私とタニス 3




 夕方から降り始めた雨は勢いを増して、家の屋根や窓を激しく叩いています。私は橋の下に置き去りにしたアズキの事を考えていました。あそこは大雨が降ると水に浸かってしまうのです。

 もしアズキが溺れていたらどうしよう。私は音を立てないように服を着替えると家を出ました。

 夜の町はとても恐かった事を憶えています。でも私はアズキを助けなければいけないと、気持ちを奮い立たせて夜の町を走りました。

 私が橋のたもとまで行くと、夕方から降った大雨で川の水は道に迫るほど水位が上がっていました。橋の下なんてとっくの昔に水の底です。私はその場に座り込みました。世界中の水が私の目を通して流れているのではないかと思うぐらい泣きました。

 どれほど泣いていたのか分からないぐらい泣いていると肩を叩かれました。私はお母さんだと思って、慌てて顔を上げると警察の人でした。

 これはきっと運命に違いない。神様が私に罪を償わせるために警察の人をここへ導いたのだと私は確信しました。

「おまわりさん、私を逮捕してください。とってもひどい事をしました」

 私はこの先の人生を一生牢屋で暮らす事を想像してまた泣きました。警察の人が私の名前やどこから来たのか尋ねてきましたが、大きな感情が体を突き上げていたので、私はただ泣くばかりで何も答えられませんでした。

 私はおまわりさんに抱き上げられてパトカーに乗せられると警察署に行きました。

 警察署のソファーに座らされても私はまだ泣いていて、一生このまま泣き続けるのだろうと思うぐらい泣き続けました。でも、どんなものでも終わりがあるもので、いつしか私は泣きやみました。きっと一生分の涙が出たに違いない。そう思ったものです。一生分泣いた私は机の前にあったオレンジジュースを飲みました。それから私がした事を警察の人に話しましたが、警察の人は私を励ますように笑っていて、とても逮捕されるような雰囲気ではありません。

 名前や住所を教えると警察の人が一度部屋を出て、しばらくするとお父さんが迎えに来ました。私は牢屋に入ることもなくお父さんの車に乗って、家に帰りました。

 家に帰るとお母さんはパジャマ姿の恰好のままソファーで死んだように横になっていましたが、私を見るなり飛ぶように立ち上がって、私の顔に平手打ちをしました。私は目の前が真っ暗になりました。母さんはまた倒れるようにソファーへ沈み込みました。

 顔半分がじんじん痺れていましたが私は一滴も涙を流しませんでした。やっぱり一生分の涙を使い切ったのでしょう。お父さんがパジャマに着替えてもう寝なさいと言うので私はその通りにしました。

 朝になると昨日の雨が嘘みたいに晴れました。私は朝ごはんを食べて服に着替えると、ランドセルを背負って橋の下へ行きました。雲ひとつ無い晴れた空と同じように、昨日水であふれていたのが嘘みたいに水が引いていました。

 私はアズキを探しました。どこも水に流されて猫どころかゴミ一つ見つかりません。

 私はその場にしゃがみこんで泣きそうになりました。昨日までの私ならきっと川のように泣いていたでしょう。でもやっぱり涙は出てきません。

 涙を出さずに泣いていた私の耳に川の音が入ってきました。川にはダンボールと同じ大きさの石が頭を出しています。私はわけもなくその石の下にアズキがいると感じました。

 私はランドセルを置いて、靴と靴下を脱いで川に入りました。そして、足首に水の冷たさを感じた瞬間、視界が真っ暗になり体中が暖かさに包まれました。何だか変だな、と目を開くと白い天井が見えました。すぐそばにお父さんとお母さんが不安そうな顔で立っています。二人の後ろに白衣を着た女の人が通ったので病院だと分かりました。

 後で聞かされた話によると、私は川で溺れていたところを助けられたそうです。水に足を着けた瞬間、ここへ来たのだから、とっても不思議でした。

 ランドセルは家に戻っていましたが、学校はしばらく休んでいいと両親は言いました。それと川で溺れていた事は誰にも言ってはいけないと釘を刺されました。


私とタニス 4



 次の日は、お母さんがつきっきりで私のそばにいました。近所の噂では、私が自分から川に落ちたということになっているそうです。

「絶対にそうじゃないでしょ?」

 お母さんは何度も訊いてきました。私はその度に「そうじゃない」とか「違う」とか答えました。そう答えて欲しそうだったからです。でも私はどうして川に入ったのか訊いてくれるのを待っていました。もし訊かれたら私はアズキの話をするつもりでしたが、お母さんは理由までは求めていませんでした。

 お母さんが部屋から出ると私は泣きました。もう涙なんて出ないと思っていたので、自分でも驚きました。寂しい気持ちになってアズキを抱きしめたくなりましたが、アズキはもういません。胸一杯に空洞が広がって、また涙が出ました。

 いつの間にか眠っていた私は母さんが呼ぶ声で目が覚めました。夕食の時間です。私が部屋を出ないでいるとお父さんが部屋に来たので「いらない」と答えました。

 お父さんが部屋のドアを開けたまま食卓へ戻ると夕食を食べる音が聞こえてきました。私は音を出さないようにベッドから出ると部屋のドアを閉めました。

 お母さんはお風呂に入る前に私の部屋に来て「ラップをしてあるから食べたい時に食べなさい」と言いましたが私はそれにも答えませんでした。

 次の日も、また次の日も、私は何も食べませんでした。このまま死んでアズキにごめんなさいと謝って、また一緒に暮らす事を考えていたのです。さらに次の日はお母さんが無理矢理私に食べさせましたが全部吐いてしまいました。

 次の日の夜、遠くに住んでいるおばあちゃんが家に来ました。おばあちゃんは私の部屋に来ましたが、無理に食べさせることはしませんでした。私はそれが嬉しくて自然と笑みが浮かびました。

 さらに次の日、朝早く起きた私は鏡で自分の顔を見ました。私は肉が落ちた顔を見て、もしかしたら今日死ぬかもしれないと思うと、顔が痛くなるぐらいの笑顔になりました。

 その日、お父さんとお母さんはどこかへ出かけました。おばあちゃんは私の様子を見に来ると「なにか欲しいものはない?」と訊いてきたので「何もいらない」と答えると、おばあちゃんは「そう」とだけ言って居間へ行きました。私はそっけなく扱ってくれたのが嬉しくてほんの少しだけ涙が出ました。

 昼にまたおばあちゃんが来て「私は食べるけどアキちゃんは何か食べたい物はある?」と訊いてきたので「何もいらない」と私は答えました。おばあちゃんはやっぱり私を放っておいてくれました。おばあちゃんが何かを食べている気配を感じると、胸がじーんと痺れてくすぐったいような気持ちになりました。

 両親が帰って来ました。たくさん買い物をしたようで車と家の間を何度も行き来しました。それからお母さんは今まで聞いた事がない優しい声で私を呼びました。

 部屋を出た時から浮き足立った気配を感じていました。私が居間に入ると、おばあちゃんが何かを抱いている背中が見えました。お母さんはわざと作った笑顔をしていて、お父さんは不安な顔をしています。おばあちゃんが振り返ると、一匹の猫が腕に抱かれていました。灰色の毛に黒のマーブル模様のある猫です。

「アキちゃん、猫、可愛いねえ、何て名前にする?」

 おばあちゃんの声を全部聞く前に、私は部屋に駆け込みました。体中が燃えるように熱くなって、私の心を猫で釣ろうとした両親にも、おばあちゃんにも、そしてまだ死なない私に怒っていました。

 きっと明日の太陽は見ないと決めて私はベッドに入りました。目をつぶっていると体が浮き上がるような感覚がありました。天国からのお迎えだろうと目を開けると、不思議な感覚は消えて私はベッドに戻っていました。目を開けていると天国にはいけないんだ。そう考えて強く目をつぶりましたが、体が浮き上がるたびに目を開いてしまったので私は何度もベッドに戻ってきました。そうこうするうちに夜の十二時が過ぎてしまいます。

 今日も死ねないと私は思いました。もしかすると永遠に死ぬ事ができないのではと考えると恐くなりました。

 ベッドで震えているうちに朝が来ました。待っているだけでは駄目だ。川に身を投げて死のう。私がドアを開けると、何かが私の足元を通り抜けて部屋に入ってきました。その影は部屋の真ん中で立ち止まると、私に振り向いて「ニャー」と鳴きました。昨日の猫です。

 私は窓を開くと猫を屋根に下ろして窓を閉めました。それから服を着替えて外へ出ようとすると、両親が起き出す気配がしたので私はまたドアのそばで息を潜めました。

 お父さんが家を出て、次にお母さんが出ます。おばあちゃんはまだ家にいますが、なんとかごまかせるだろうとドアノブに手をかけると、お母さんが慌てて家に帰ってくる音がしました。

 お母さんは私の部屋に真っ直ぐ向かってきました。私はドアノブをしっかり両手で抑えましたが、ずっと何も食べていなかったので力は入らないし、体は軽いしで、私はドアと一緒に開けられてしまいました。

 お母さんは凄い目をしてドアノブにぶら下がっている私を見ると、私の顔に平手打ちをしました。

「命を粗末にするんじゃないの!」と怒鳴ります。

私はアズキを思い出して涙を流しました。

「ああ、あんなところにいて。どうしよう」

 お母さんは窓の外を見て慌てました。それから「ハシゴ、ハシゴ」と慌てながら物置へ向かいます。
 私も窓の外を見ました。屋根のふちで私がさっき外に出した猫が小さくなって震えています。私はとってもひどいことをしてしまったと気付きました。

「おいで。そっちは危ないからこっちへおいで。お願い。こっちへきて」

 私は猫に声をかけました。その子は一度屋根の下に目を向けると、足を震わせながら私の方へ一歩踏み出し、それからまたもう一歩踏み出すと、何かから逃げるように私の手元へ飛び込んできました。私はその子を胸に抱き上げると「ごめんね、ごめんね」と何度も謝りました。もう涙なんか出ないと思っていたのに、また川のように涙が止まらなくなりました。猫は「ニャーニャー」と鳴いて、私の涙をなめてくれました。

 私はその子と一緒に部屋を出ると冷蔵庫にあった私の夕食を一気に食べました。久しぶりに物を食べたせいか、お腹がチクチク痛みましたが、私は頑張って全部食べました。

 新しい猫は灰色の毛に黒のマーブル模様が入っていました。灰色の部分はアズキと同じ色で、顔も一緒、アズキがおめかしをして帰ってきたみたいです。でも、私はその子にタニスという名前を付けました。アズキはアズキであって、タニスはタニスなのです。アズキの代わりではありません。

 私とタニスは公然の友達になりました。私が学校から帰ってくるとタニスは玄関で待っていて、ドアを開けると私の足元めがけて突進してきます。私達はどこでも一緒で、お風呂やトイレも一緒に入りました。

 タニスが来てから私は生きているのが楽しくなりました。でも、良いことはそれだけではありませんでした。タニスが家に来てからお母さんは優しくなりました。お父さんも早く家に帰ってくるようになって、二人はケンカすることもなく一緒にいても仲良くしています。

 その年は家族全員で北海道へ行きました。本当はハワイの予定でしたがタニスを連れて行けないので、猫と一緒に泊まれる旅館がある北海道へ行くことにしたのです。

 私とタニスは永遠の友達。眠る時も一緒。タニスが来てから全てがうまくいくようになりました。

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ヒッチハイク 試し読み

キンドルアンリミテッド、オーナーライブラリーに対応しています。
ヒッチハイク!: 正木忠則君のケース (牛野小雪season2)
牛野小雪
2015-08-09

僕は8月までだらだらと自堕落な夏休みを過ごすと郊外のコンビニに向かった。
道々に出会う日常では出会うことができない人や物事。世界の裏側。
たった一人の無謀な冒険。真夏の地獄巡りが始まる。

読んだことがある人はこちらへ→『ヒッチハイク!』に一言もの申したい!

1 ヒッチハイク



 僕の夏休みの第一日目は一日中眠ることだった。夜中の2時まで何をするでもなく、TVをつけたままマンガを読んだり、ネットを見たりして、意識の限界まで起きていた。

 たいていは朝7時に目が覚めて、そこからもう一度眠ると10時に目覚めて、さらにまた眠ると昼の2時になった。その頃になってようやく僕は布団から出た。

 朝から晩まで暑い日が続くので、火を使う料理を作る気にはなれなかった。電子レンジでうどんを温めて、水で洗い、麺つゆと、ねぎと、天かすを入れたぶっかけうどんを二杯食べた。そしてまた眠った。

 そうやって寝て起きての生活を三日続けると、体重が2キロ落ちた。僕は布団の上で、あくびをしながら体を大きく伸ばすと、また眠った。

 こうして一週間が過ぎた。僕はパンパンに膨らんだバッグを持って部屋を出た。徳島の実家に帰るのだ。

 僕が向かったのは空港でもバスターミナルでもなく郊外にあるコンビニだった。僕は緊張をほぐすためにコーラを一本買って飲んだ。それからコンビニの窓ガラスの出っ張りに腰を降ろして、気持ちが浮かれている人を探した。

 5分ほど待っていると本日一人目の浮かれている人を発見した。僕は腰を上げて、その人に話しかけた。目の奥の筋肉を広げて、口には笑みを。

「すみません、どこまで行くんですか?」

 男は赤の細いストライプが入った白のポロシャツにベージュのスラックスを履いていた。車の助手席から旅のにおいがしている。

「えっ、何ですか?」

 男はそう答えた。見ず知らずの相手に質問をされて素直に行き先を答える人がどこにいるのだろうか? そう思うのは世界を知らない人だ。僕の目の前にいる男は、そのすぐ後に「上野まで行くんだけど?」と疑問系で答えてくれた。

 意訳すると『僕は上野まで行くんだけど、一体何の用かね?』ということだ。上野という答えで、僕にとって彼は用無しとなったわけだが、粗末に扱うことはしない。アフターケアはどんな世界でも重要だ。

「ヒッチハイクをしているんです。徳島まで行きたくて」と僕は答えた。

「へぇ、ヒッチハイク! 徳島?」

「四国の」

 僕がそう言い足すと「あ~……」と男は間の抜けた声を出して空を見上げると「あぁ」と何かを納得したようにはっきりと声を出した。

 僕には彼の頭の中が透けて見えるようだった。徳島と言って、そのまま通じることはほとんどない。そのあとに四国と言い足すと、香川……愛媛……高知……あとひとつなんだっけ。あぁ、目の前いるこいつが言っていた徳島か、という風に思い出してくれる。

「すまないけど、上野に行った後は日本橋のホテルに泊まるから。仕方ないね。ごめん」

 男は申し訳なさそうに頭を下げた。

「いえ、こちらこそすみません。ご迷惑をかけてしまって」と僕も頭を下げる。

「ヒッチハイクなんて本当にあるんだ。徳島まで遠いけどがんばって」

「はいがんばります。ありがとうございました」

 僕は丁寧に言葉を重ねて、もう一度頭を下げると彼を見送った。彼はコンビニに入って、ペットボトルのジュースを買うと、僕に笑顔を向けて車に乗り、駐車場を出て行った。


 東京は大した街だ。東京でできないことは東京以外の場所へ行くことだけだ。東京の外から人は入ってくるが出て行く人は少ない。東京にいる99%の人は東京に用がある。ヒッチハイクで一番難しいのは東京を出ることだった。

 僕はコンビニの窓の出っ張りに一時間座り、20人の浮かれた人達に話しかけた。20人とも東京のどこそこへ行くと言い、ヒッチハイクをしていると驚いて、徳島と言って通じた人は一人もいなかった。

 僕はまたコーラを買って飲んだ。そしてまた窓の出っ張りに腰を下ろすとホンダの黒い軽が駐車場に入ってきた。出てきたのは白い半袖の男で、顔が半分隠れる巨大なサングラスをかけていた。口はむすっとしているが気持ちは浮ついている。ここではないどこか遠い場所へ行こうとしていた。

 僕はコーラを一口喉に流し込むと腰を上げて彼に話しかけた。

「すみません。これからどこへ行かれるのですか?」

「えっ、俺に言ってるの?」と男は言い、続けて「帰るんだよ」と付け加えた。

「どちらまで?」

「福島」

 やった。ついに東京を出る人を見つけた。

「もし良ければ一緒に乗せていってもらえませんか」と僕は言った。

「どうして?」

「ヒッチハイクで徳島まで帰ろうとしているんです。実家がそこなんですよ。お盆までに帰ろうと思って」

「あぁ」

 彼の「あぁ」は珍しく徳島がどこにあるのか知っている「あぁ」だった。

「それは遠いね。どうしてヒッチハイクを? お金がないとか?」

「そういうわけでもないんですが」

「若さの冒険というわけか。俺もしてみたかったな、そういう旅」

 そう言った彼も僕と歳はそう違わないように見えた。

「でも、福島と徳島じゃ全然方向が違うよ。北と西だ」

「とりあえず東京を出たいんですよ。ここにいると人の流れがぐるぐる回っていますから。福島も徳島も東京を出ないと行けないでしょう?」

「まあ、乗りなよ。でも俺は福島に行くよ。福島ってどこにあるか知ってる?」と男は言った。

「ありがとうございます。知っています」と僕は頭を下げた。とりあえず東京を出ることができれば第一関門突破だ。僕と彼は一緒にホンダの黒い軽に乗り、東京を出ることにした。



2 初めてのヒッチハイク



 大学一年生のある日、僕は駅の改札で財布がないことに気付いた。おまけに携帯電話もなくて人生終わったと思った。

 ぼくは気を取り直して地面をなめるように探しながら大学まで戻り、携帯電話を見つけた。しかし財布は見つからなかった。財布には電車の定期券が入っていたので僕は大学から歩いて帰らなければならなくなった。

 真夏のアスファルトを歩くと喉が渇いた。僕は通りかかった公園の水道で水を飲んで、日陰のベンチで一休みした。

 涼しい風に当たって再び歩き始めると、体が冷えて固くなっていたので、ううんと、うなりながら手や胸を横に伸ばした。すると一台の車がそばに止まった。スバルのインプレッサだ。

「どこまで行くんですか?」

 車には二人の若い男が乗っていて、助手席の男が窓から僕に話しかけてきた。僕は呆気に取られたが、馬鹿正直にアパートがある場所を答えていた。

「それって東京じゃないですか? それもすぐそこ」

 助手席の男が言ったので僕はうなずいた。

「まぁ、いいや。乗っていきなよ」

 僕はそれほど考えもせずに後部座席に乗り込んだ。僕は木刀を毎日二千回振っていて、人を見ると勝てるかどうかを値踏みする習性がある。僕はその二人を相手にしても勝つ自信があったので危険は感じなかった。

 二人は高校の同級生で、北海道から日本一周の旅をしている最中だった。その間に青森でヒッチハイカーを乗せ、三日間一緒に旅をして宮城の気仙沼で降ろし、宮城の岩沼辺りでまたヒッチハイカーを拾い、やはり三日間一緒に旅をして東京の日本橋で降ろしたそうだ。二人は僕が体を伸ばしているのを見て、ヒッチハイクをしていると勘違いしたらしい。

 東京はもんじゃ焼きよりナポリタンを食べる方がいいと教えてあげると、夜も近いのでナポリタンを出す店に行くことになった。

 僕は車に乗せてくれたお礼にナポリタンとグラタンを奢ると言っていたのだが、お金を払う時になって財布を落としていた事を思い出した。僕が「ごめん」と謝ると、二人は笑って、そこの代金を払ってくれた。

 二人は僕に借りだけを残して去った。名前はまだ憶えている。北海道の本田アキラ君と豊田スバル君、たぶん一生会うことはないだろうけれど、この恩はいつまでも忘れない。


 僕は偶然ヒッチハイクをして以来、世界の裏技を見つけてしまったと興奮していた。僕は見ず知らずの人を引っ掛ける奇妙な魅力に囚われてしまった。

 初めは伊豆の修善寺まで行った。夏目漱石がどうとかを本で読んで興味があった。

 実は人生初の意識的なヒッチハイクは失敗から始まった。どうせやるなら交通量の多い道路が良いだろうと、車がびゅんびゅん走る国道で半日立っていたのだが、車は一台も止まらなかった。

 いや、本当は三台停まった。でも三台ともタクシーだった。タクシーの運転手は僕がヒッチハイカーだと分かると三人とも舌打ちをして走り去った。

 車が目の前を通り過ぎていく度に僕は泣きたい気持ちに襲われた。昼前には心の限界に達して、部屋に戻ると涙を流した。

 二日目は知恵を絞って、ダンボールに『静岡 伊豆 修善寺まで』と書いて掲げた。すると車の通りが少なくなった時に車が停まった。人生初のヒッチハイク成功。この時はたまたまその人が伊豆へ行く予定だったが、僕は車さえ停まってくれれば必ず行き先まで乗せていってくれるものだという考えを再びヒッチハイクをする時まで抱いていた。

 初めてのヒッチハイクが成功して僕は自信が付いた。それで夏休みは東京から徳島までヒッチハイクで帰ってやろうという野望を抱いた。


 ……という話を福島に着くまでの間に話した。運転手の男はサングラス越しで表情は分からないが楽しんでいるようには感じた。

「それじゃ、これが人生初のヒッチハイク? 徳島へ帰るまでの」と男は言った。

「いえ、今は三年生だから三回目です」

「ふぅん、面白い事をするんだね。俺もやってみたいよ」

 限りなく100%に近い確率で彼はやらないだろう。

 僕は郡山で降ろしてもらい、男に礼を言った。

「泊まるところはある?」と男は言った。

「その辺で寝ます。夏だから」

「若いね」

「そっちもまだ若いですよ」

「そうかな」

 男がサングラスを外した。サングラス詐欺だ。男はどう甘く見積もっても30は越えていた。40代でも通じるかもしれない。大きなサングラスとヒゲの薄さが年齢を隠していた。

「20代でも通じますよ」

 僕は最後にお世辞を言って、そそくさと別れた。彼は嬉しそうな顔で僕を見送ってくれた。

 もう夕方になっていた。僕はイニシャルMのハンバーガー屋に入って、照り焼きバーガー二つと烏龍茶を夕食にすると、人気の少なそうな公園を探した。

 公園はすぐに見つかった。僕は公園の芝生にバスタオルを敷いて寝転がるとバッグを枕にして眠った。


3 そろそろ西へ



 僕は公園の水道で服を洗って乾かすとヒッチハイクを始めた。

『とにかく西へ』

 そう書いた紙を持って半時間ほど道路に立っていると中型トラックが止まった。僕は助手席に乗り込んで配送ルートに乗っけてもらった。

 ヒッチハイクの初心者が陥りやすい罠はトラックの運転手はみんな気が良いやつらでヒッチハイカーを乗せてくれるはずだという思い込みだ。その思い込みは半分当たって、半分外れている。

 トラックの運転手はみんな気が良いやつらというのは正解だ。しかしヒッチハイカーを乗せれば配送が遅れるし、事故でもしたら保健やら何やらがあるので、たいていの会社はヒッチハイカーを乗せることを禁止している。何故僕がそれを知っているのかというとトラックの運転手が教えてくれたからだ。

 その運転手はどうして僕を乗せてくれたのか。会社に対する嫌がらせだそうだ。僕はそれ以来、気の立っているトラック運転手を見ると声をかけている。すると彼らは会社に対する嫌がらせのために僕を乗せてくれた。僕はトラックに乗れるし、彼らは会社に鬱憤を晴らせる。Win-Winの関係だ。

 トラックが運んでいたのはラーメンの麺で、昼になると運転手がラーメン屋で喜多方ラーメンを奢ってくれた。
 そのあと僕達はラーメンの店を何軒か回った後に、会津に行った。もう夕方が近くなっていたので、車の通りが良さそうな場所で彼は降ろしてくれた。



 白虎隊が永眠する場所で僕は一夜を過ごした。静かな場所だったせいか良く眠れた気がする。僕は本気で霊を信じている方ではないが、そのまま立ち去るのは気が引けて、白虎隊のお墓に手を合わせながら、今日も良い車がひっかかるように手を貸してくださいと祈った。

 服を水で洗って乾かしている間に、僕は近くの定食屋でサバ定食を食べた。普段は皮を食べないが、旅先だと食べてしまうのは不思議だ。みそ汁に入っていたワカメの茎もぽりぽりと食べてしまう。

 腹ごしらえを済ませて、服の乾き具合を確かめると、まだ半乾きだったので近くにあるサザエ堂に登った。誰ともすれ違わずに上り下りできるという触れ込みだったが、僕一人だけだったので誰ともすれ違わなかった。

 太陽が空の高い場所に登ると人が増えて観光地らしくなった。でも浮かれている人は少なかった。次の行き先で頭がいっぱいなのだろう。僕は誰にも話しかけられずに日陰で人の流れを追っていたが、その中にヒヤリとする空気を持った人が現れた。

 その人は髪が全部真っ白で、腕は僕の半分もない細さだったが、明らかに僕より強いと悟らせる雰囲気を放っていた。もし竹刀を持っていたとしても僕は打ち込めないだろう。

 その人は真っ直ぐ僕に向かってきた。殺されるかもしれないと感じて、僕は逃げようとしたが、まさかこんな場所で切られることもあるまいと思い直して、じっと座り続けていた。

 すると彼は僕のそばまで来て、手刀で僕の頭を軽く打ち「常在戦場!」と小さく一喝してから話しかけてきた。

「何をされているのですか?」

「あなたこそいきなり何をするんですか」と僕は言った。いきなりのことで全身の血がドクドクと音を立てている。

「一応の勝負は着けないと思いまして。あなた、もしかして武道の経験がおありではございませんか?」
「えっ、ああ……高校まで剣道をしていました」

「道理で。お若いのに熱心ですな。私はいつ切りつけられるのかとヒヤヒヤしておりました。最近はどうもスポルツの気が多くて、常在戦場という言葉は薄っぺらい物になりました。なかなか見どころのあるお方だったので、私もつい手が出てしまいました。申し訳ない」

 老人は綺麗な角度で頭を下げた。美しい身のこなしに僕は仕返しに頭を叩いてやろうという気が失せてしまった。

「ところで何をされているのですか?」

 また最初の質問に戻った。

「ヒッチハイクで旅をしているんですよ」と僕は答えた。

「ヒッチハイク?」

 老人はヒッチハイクの意味が分からないようだった。

「えーと、ですね。道路で親指を立てて、いや、立てないこともあるから、う~んと、話しかけることもあるんですよ」と僕もなかなか説明することは難しかった。色々と言葉を重ねたあげく、結局最後に「要は車に乗せていってもらうということです」と僕は言った。

「世の中色んな人がいるものですな」と老人は言った。いきなり手刀で頭を叩いてくる人もなかなかいませんよ、という言葉は胸にしまい込んだ。

「どこまで行かれるのですか?」と老人が言った。

「目的地は徳島ですが、とりあえずは西へ」

「新潟まで?」

「通ることにはなるでしょうね。それからずんずん西へ行って……まぁ何とかなるでしょう」

「私は新潟から来ました」

「そうなんですか」

「今日はもう帰りますから、乗せていってあげましょう」

 いきなり手刀で頭を叩かれて、僕は躊躇したが、結局は「ありがとうございます」と礼を言った。その時うかつにも頭を下げたのだが、また手刀が降ってくるかもしれないと思い直して、僕は慌てて頭を上げた。老人はニッコリと笑っていた。

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真論君家の猫 試し読み

キンドルアンリミテッド、オーナーライブラリーで読めます。

真論君家の猫 上&下 (牛野小雪season1)
牛野小雪
2014-08-30







【内容紹介】
クロスケは金目の黒猫。母上や兄弟達と違って頭から爪先まで黒い。
とある四角い部屋をこの世の全てにして暮らしていたが、
ある日兄弟が一匹、二匹と部屋の外へ連れ出されて帰ってこなくなった。
そして、とうとうクロスケの番がやってくる。
ダンボールに詰められてやってきたのは、天井が見えない青天井の世界。
その世界にフタをしたのは真論君の顔であった。クロスケは彼に一目惚れする。
真論君に拾われたクロスケは真論君家の猫となり、名前はミータンに変わる。
首には赤い首輪が付いた。エサは毎日くれる。カツオブシはケチり気味のようだ。
だがこれも何かの縁なのでクロスケは真論君家の猫として生きることにした。

読んだことがる人はこちらへ→『真論君家の猫』に一言もの申したい!

1 ぼくはミータン


1 最初の主さん


 始めは全てが真っ暗だった。ぼくが柔らかく暖かい空間でくつろいでいると、時々体が揺れて柔らかい物にぐにゃりとぶつかった。それを何度か繰り返していると、同じ空間に何者かがいることに気付いた。それも一つや二つではない。時を追うごとにその存在は大きくなり、ぼくを押しのけようとするので、ぼくの方でも押し返した。


 そうやって誰もが押すな押すなの縄張り争いをしていると、やがて一つの存在がその空間から姿を消した。あぁ良かった、これで広くなった、と胸をなでおろすと、また一つの存在が消えた。それが何度も続いた。


 ぼく以外の存在がこの世から消えると、心地良い空間を独り占めにして、この世の春を楽しんでいたのだが、目の前にひとつの光が見えた。


 その光はどんどん大きくなり、頭の中までまぶしくなった。訳の分からない状況と身を包む寒さに震えていると、暖かくて柔らかいものがぼくの背中を撫でた。それは母上の舌だったが、この時はまだ目が開いていなかったので、それが何だか分からなかった。


 生まれたてのぼくは「にゃあ」と鳴けずに「みー」と鳴いた。ぼくの周りでも「みーみー」と大合唱が起きていた。先に生まれた兄弟達がぼくと同じように「みーみー」鳴いていたのだ。ぼくも「みーみー」の合唱に加わった。


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グッドライフ高崎望 試し読み

キンドルアンリミテッド、オーナーライブラリーに対応しています。
グッドライフ高崎望 (牛野小雪season1)

【内容紹介】
高崎望は14歳の秋に学校へ行けなくなった。

幸いにも担任の先生の尽力により高校に進学するが、
彼が入った上等高校は不良が集まる危険な学校だった。

読んだことがある人はこちらへ→『グッドライフ高崎望』に一言もの申したい!

1 上等高校受験



「望君は、やればできる子だからがんばって!」


 車の中から母親が声をかけた。息子の合格を心から信じている目をしていた。どうしてそこまで信用できるのか望には分からなかった。


 二人は上等高校の正門前にいた。今日は入学試験日で、門内には親子連れの学生が何人もいたが、望は一人だけだった。


 母親は一緒に行くと、何度も言っていたが、中三にもなって母親と一緒に歩くなんて恥かしいと望は思っていた。『来たら殺す』と望は言い続けて、三日前に渋々という感じで母親はついてくるのをやめた。他の子もそうしているだろうと思っていたが、みんな親子連れで子ども一人の方が珍しいぐらいだった。


 望と同じ学校の制服を着た子が何人かいた。顔は知っていたが名前は知らなかった。数人で固まって話をしている。


 校舎の門が開いた。


「試験を受ける方はこちらへ! 保護者の方はあちらへ!」


 スーツを着た男が白い息を吐きながら大声を出した。たぶんこの学校の教師だろう。
 望が校舎へ向かっていると担任の先生が自分の生徒達の肩を叩いて言葉をかけていた。望は先生に捕まらないように、そっと通り過ぎようとしたが肩を捕まれてしまった。顔を横に向けると先生と目が合った。


「高崎、がんばれよ」


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蒲生田岬 試し読み




 白い大鳴門橋のすぐ脇で渦潮が白く渦を巻いている。実際にこの目で見る渦潮は想像していたよりも小さくて静かだった。


 秀子は展望台から渦潮を見下ろしていた。隣には奈津美がいる。彼女の提案でここまで来たが、すぐに飽きてしまったようだ。


「何もないね」と奈津美がだるそうに言った。「私の想像していた渦潮ってもっとこう大きくて激しいものだと思っていたけど、こうやって見ると大したことない。子どもの頃に見たのはもっと大きくて恐かったんだけどなあ」


 奈津美は手を大きく広げた。



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ドアノッカー 試し読み





「私達って女として終わってない?」と恵は言った。目の前には玲美と一子が座っている。四角いテーブルには、なめろうと一升瓶が置かれていた。


「普通、女が三人集まったらさ。間接照明のおしゃれなお店でワインをたしなみながら、ナイフとフォークで食べるような料理を食べて、上品におしゃべりするんじゃない?」と恵は言った。


 玲美と一子は顔を真っ赤にして、歯を見せながらにやにやしている。お酒が完全にまわっている証拠だ。


「そういうのは夜遊びに慣れていない子が背伸びしてやるもんでしょ。私達ぐらいになるとそういう堅苦しいことはやめて楽しくやるの」と玲美は言った。



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火星へ行こう君の夢がそこにある 試し読み

キンドルアンリミテッド、オーナーライブラリーに対応しています。
『火星へ行こう君の夢がそこにある』
火星行きのパイロットを募集する広告があらゆる媒体で流された。帰還すれば報奨金一億円。
兄の次郎が勝手に応募書類を送ってしまったので一郎はテストを受けることになった。
彼は試験を落ちるつもりで受けたのだが、何故か受かってしまったので一人で火星へ行くことになる。

読んだ後はツイッターに書き込もう→火星へ行こう君の夢がそこにある ツイッターのまとめ



 星ひとつ見えない暗闇に青白い光に包まれた球体が孤独に浮かんでいる。種子島宇宙センターはもう見えないが、日本列島はまだ見えていた。

 宇宙船が地球を三周しながら航行速度まで加速すると、加速のGが無くなり船内を自由に移動できるようになった。その時に一郎は宇宙船の窓から地球を見たのだ。


 宇宙船はさらに地球を半周すると地球を離れ、火星まで行くことになっていた。人類初の有人火星飛行をするのだ。


 操縦席の赤いランプを点滅していた。


「こちら宇宙管制局。一郎さん、そちらに異常はありませんか?」


 管制局からの電話だった。一郎はイヤホンとマイクを着けていたので通話ボタンを押せばそのまま会話ができた。


「はい、今のところ異常ありません」と一郎は言った。



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『聖者の行進』のリリース記事


【内容紹介】
町へ出るトンネルの出口で美男美女の二人が殺された
無軌道に犯行を重ねるまさやんと追いかけるタナカ
しかしそんな事とは別に破滅の車輪は回り始めていた

聖者の行進ができるまで

他の小説となにが違うか
冒頭に出てくるタナカ・サトシは一般的な成功や栄光を追求する人物ではなく、日々の生活に疲弊しながらも現実を受け入れざるを得ない普通の人間です。彼は短距離配送業を営みながら、会社の搾取や自身の停滞に苛立ちつつも、何も変えられない現状に囚われています。この設定は、多くのフィクションが描く「自己実現」や「英雄的行動」とは対照的であり、現代社会における普通の労働者の厳しさや、無力感を強く浮き彫りにしています。

また、物語には暗いユーモアが散りばめられており、それがこの作品を特異なものにしています。例えば、タナカが自分の血尿に気づかず死んでいく過程や、彼の単調な日常の中で繰り返される小さな不幸の数々は、リアルでありながらもどこか滑稽であり、読者にブラックユーモアを感じさせます。このような細やかな人間描写が、他の作品とは異なる魅力を生んでいるのです。

さらに、作品は単なる個人の物語にとどまらず、社会や政治の腐敗、暴力や権力の問題にも深く切り込んでいます。タナカの死後に続くストーリーでは、地方政治家やヤクザとの関係が描かれ、表と裏の世界が交錯していきます。社会的な不正義が放置され、個人の無力さが強調されるこの展開は、現代社会に対する深い批判を感じさせ、物語に社会派ドラマの要素を加えています。

その上で、物語は全体として「なぜこんなことが起こるのか」「何が本当に問題なのか」といった問いを読者に投げかけます。登場人物たちは常に何かが「おかしい」と感じながらも、その正体を掴めずに翻弄される。この曖昧さが物語全体に不穏な雰囲気を与え、読者に対しても考える余地を残す作品となっています。

つまり、『聖者の行進』は、普通の人々の日常に潜む狂気や、社会の構造に対する不信感を通して、現代社会の矛盾や不条理を巧妙に浮かび上がらせている点で、他の物語とは一線を画していると言えるでしょう。

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試し読み

タクヤ 第一章 くもとこうずい


 サイトウ・タクヤは外側の人間だった。彼の記憶は幼稚園から始まる。それはいつも砂場の外であり、ブランコの外であり、園庭の外であったりした。

 タクヤは毎日ティラノサウルスを描いていた。それも博物館や図鑑にある骨の姿だった。必ず最初に骨のティラノサウルスが画用紙の中心に描かれ、その周りに子どもや大人、ビルや家、車に飛行機、お花や動物の絵が描かれた。

 黒のクレヨンで輪郭を描かれたキャラメル色のティラノサウルスを見て、幼稚園の先生は「サイトウくんは恐竜が好きなんだね」と言った。

 タクヤは先生が言葉を欲しがっているのを感じた。それも他の子のように元気一杯の笑顔で答えなければならない。しかし、タクヤは声を上げて泣いた。

 タクヤが突然泣き出したので先生は慌てて彼を抱き上げると「どうしたの?」とあやすような声を出した。面倒な子だと先生に思われているのをタクヤは感じた。その日から隠れてティラノサウルスを描くようになった。

 タクヤは小学生になるとティラノサウルスを描かなくなった。というより描けなくなっていた。頭の中にはキャラメル色のティラノサウルスが鮮明にあるのに、それを紙に描こうとすると透明の砂嵐が世界全体を覆って、全ての思考を透明に吹き消してしまった。

 小学生になってからもタクヤは外側にいた。休み時間は運動場の外でドッヂボールやサッカーをしている子達を見ていた。彼は学校で一言も喋らなかった。授業中に発表をうながされたり、他の子に喋りかけられたりすると、ぎゅっと口を閉じたまま涙を流したので誰も彼に話しかけなくなった。

 担任の教師は五月の家庭訪問の時にタクヤが何かの病気なのではないかと両親に打診したが、両親は過去に病院で診てもらったが異常はなかったと答えた。

 両親も彼に何か異常があるのではないかと一度は疑っていた。しかし病院で同年代の子と比べて知能指数が高いことが分かるとタクヤの異常さは彼らの自慢になった。確かに小さい頃からタクヤは聞き分けのいい子で育児雑誌に書いてあるトラブルはほとんどなかった。しかもその頃からタクヤは両親と言葉を交わすようになり、ほんの短い期間で両親がどこで覚えたのかと驚くほど言葉を使えるようになったので、子どもの育ち方にも色々あるということで二人は納得していた。

 両親は彼が学校でどう暮らしているのかは知らなかった。担任の教師から彼の学校生活を知らされると、両親はもう一度タクヤを病院に連れていった。新しい環境のストレスによる一時的な緘黙症(かんもくしょう)だという診断が下された。治療法は環境に慣れること。薬は出なかった。両親はその診断に納得がいかなかったが、自然に治るという言葉を信じるしかなかった。

 それ以来今日は学校でどうだったかと両親に訊かれるようになったので、タクヤは誰々と何々をしたと嘘をつくようになった。両親はそれを信じた。担任の教師から何か言われても、教師が全ての子どもを見られるはずがないと思い込んだ。彼が誰も家に連れてこないし、誰かの家に遊びに行かないことには気付かなかった。

 タクヤは学校で一言も喋らなかったが読み書きはできた。むしろ他の子よりずいぶんとよくできた。教師の目から見ても授業は退屈そうだった。体育も五十m走はクラスで早い方だった。

 図工の授業で絵を書かなければならない時があった。ティラノサウルスが描けないタクヤは白紙のまま画用紙を出した。さすがに教師はそれを怒った。タクヤも怒った。涙を流しながら黒と青の鉛筆でぐるぐると二つの渦巻きを描くと『くもとこうずい』と題して提出した。

 それからタクヤは『くもとこうずい』ばかりを描いて過ごした。ノートは大小の青と黒の激しい渦巻きで埋められた。

 タクヤが小学二年生の頃、ある芸人がライオンの恰好をして「ンガチョ!」と叫ぶ一発芸で人気が出た。休み時間になると学校の教室ではたくさんの「ンガチョ!」が飛び交った。
 ある時ヨシダ・ユウキという子が「おい、お前。いつも丸書いてるよな」とタクヤにちょっかいを出してきた。久しぶりに話しかけられたのでタクヤは泣きそうになった。「おい、何か言えよ」とヨシダ・ユウキはさらに急かした。

 タクヤは目に涙を溜めた。泣かせたら教師に怒られるのでヨシダ・ユウキは背を向けて逃げようとした。しかし、その瞬間タクヤは「ンガチョ!」と叫んだ。ヨシダ・ユウキが驚いた顔でタクヤに振り返ると、タクヤはさらに「ガー」と吠えた。ヨシダ・ユウキは弾けるように笑った。

 タクヤは彼の心の中にすっぽり吸い込まれたような気がした。それが嬉しくてタクヤは泣いた。ヨシダ・ユウキは逃げた。だが、それからタクヤとヨシダ・ユウキは友達になった。それどころか彼以外の子ども達とも「ガー」と吠えることで友達になれた。クラス中がガーガー吠えるようになった。その中心には必ずタクヤがいた。もう彼は外側ではなかった。「ガー」と吠えるだけでなく、普通に喋れるようにもなった。『くもとこうずい』は描かなくなった。

 それ以来タクヤはテレビを見て芸能人を真似るようになった。彼はさらに人気者になった。将来は芸能人になろうかと考えるほどで、休みの日にはたくさんの友達が彼の家に押し寄せた。

 タクヤは常に中心にいた。中高合わせて六年間クラス委員長も務めた。タクヤは誰でも笑わせることができたし、深い知識で相手を感心させることもできた。勉強もできたので良い大学に進学した。そこでも彼は中心にいた。

 二十歳になった時、タクヤはある不思議に包まれた。どうして面白いことも気の利いた言葉もないのに他の人達はうまくやっていけるのだろうか。タクヤは周りに合わせて笑っていたが、彼らはいつもつまらないことで盛り上がっていた。

 もしかすると自分は頑張りすぎていたのかもしれない。タクヤは試しにつまらないことを言ってみた。つまらなすぎて記憶に残らないほどだ。

「つまんねえ」

 ぽつりと一言だけ冷たい言葉が返ってきた。その後すぐに「うわっ、それってひどいなぁ」とタクヤがごまかすと笑いが返ってきたが、タクヤの中に消えない寂しさが居座った。

 それ以来タクヤは面白いことや気の利いた言葉を出せなくなった。

 タクヤはまた外側の人間になった。誰とも喋らずに無言のまま大学を卒業した。卒業できたのは教授のお情けだ。誰とも関われなかったので就職活動もしなかった。それから何年も部屋の内側で生きてきた。外に出る時もあったが、誰かと話すことはない。話したとしても店の従業員とマニュアル的なやりとりをするぐらいだ。

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『エバーホワイト』のリリース記事


かつては東京のある会で表彰されるほど優秀だった正文は落ちぶれようとしていた。
そんな時彼は肉体労働に従事している長谷川さんと出会う。
二人の共同生活が始まると、正文は長谷川さんの心と体がクスリに侵されていることを知る。
正文は長谷川さんを救うために自分もクスリを飲むことにした。

エバーホワイトができるまで

他の小説と何が違うか
この小説『エバーホワイト』が他の小説と違う点として、次の特徴が挙げられます。

1. 懐かしい記憶との交錯:過去の出来事が主人公の現在に影響を与え、思い出が突然の再会を通じて現在に蘇るというテーマが描かれています。特に、主人公が昔のクラスメイトに偶然再会する場面は、過去と現在の微妙なつながりが鮮やかに描かれており、ノスタルジックな感覚を引き出します。

2. リアルで生々しい描写:性的な体験やそれに対する心理描写が非常にリアルであり、感情の揺れや不安、期待感が細かく描写されています。一般的なロマンス小説とは異なり、無理に美化せず、むしろ不器用な側面や感情の複雑さに焦点を当てています。

3. 主人公の不安定な精神状態:主人公が過去と現在の出来事の間で葛藤し、自分の位置を見失いそうになっている点が、物語の核心となっています。社会的な役割や自己認識についての迷いが強く描かれており、その不安定さがリアルに伝わります。

4. 非日常と日常の境界線の曖昧さ:風俗の経験やバーでの孤独な時間、そして突如として現れる過去の人間関係など、主人公が過ごす非日常的な経験が、普通の日常の中に突然入り込んできます。これは、主人公が常に現実と非現実の境界を揺れ動いていることを示唆しています。

『エバーホワイト』は過去と現在の記憶が交錯する独特の構造や、心理的リアリズムを追求することで、他の小説にはない深い感情の揺れや不安を読者に感じさせる特徴があります。

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試し読み


5‐1 真面目な女の子はモテない(そんなことはない)
「ただいま」

 仕事から帰ってくると、正文は部屋の中に声をかけた。心なしか狭くなったような気がする。

「おかえり」と長谷川さんの声が返ってくる。キッチンで何かを炒めている音がする。彼女は一昨日から正文の部屋にいた。

 部屋に入るとダンボール箱がいくつかあった。一度自分のところに戻って、色々持ちこんできたようだ。

「すぐに片付けるから。しばらく我慢して」

「何作ってるの?」

「おかゆじゃないよ」

「それは分かるけど」

「できてからのお楽しみ。もうすぐできるから着替えてきて」

 仕事から帰ってきても着替える習慣はなかった。風呂に入るまではスーツを脱いでいる。風呂に入ればパジャマだ。部屋着など持っていない。休みの日も出かけない日はパンツ一枚で過ごしている。冬は体に毛布を巻いていた。服といえばよそ行きの服しかないのだが、長谷川さんの言う通りに着替えると「あれ、これからどこか行くの?」と彼女は驚いた。

「いや、服はこれしか持っていなくて」

「森君って面白い」

「そうかな、どこが?」

 長谷川さんはにんまりするだけで何も答えなかった。正文はよく分からないままTVを見ていた。それほど集中して見ていたわけではなく、ケチャップが焼けるにおいを嗅いでいた。

「できたよ~」

 夕飯には長ナスのナポリタンが出てきた。思わず声が出るほど美味いわけではないが、腹の中にぐっと染み込んでくる家庭的な味がした。

「今日は仕事どうだった?」と長谷川さんが訊いてきた。

「まぁ、そこそこかな」と正文は答えた。本当はかなり良かった。昨日からその予感はあって今日仕事へ行くとあっけないほどうまくいった。取引先では言葉が自然に出てきて、あと三回は訪問しなければと思っていたところを今日中にまとめてしまったところもある。

 それより驚いたのは、商談がまとまり雑談に話が逸れた時だった。今まではスーツの下に汗をかきながらこなしていたことが、今日は涼しい気持ちでやり通せた。それどころか話していること自体が面白いと感じた事さえある。

「森さん、調子良くなりましたね」

 今日は部下の“できるヤツ”からそんな言葉が出てきた。正文がちゃんと仕事をしたので声も表情も明るくなっていた。

「もう駄目なんじゃないかなって思っていたんですよ。先週なんてひどかった。俺、今まで森さんのこと尊敬しているところがあって、それであんなになっていて・・・・・・いや、すみません。人間だからうまくいかない時もありますよね。てっきり無敵の人だと思っていました。やっぱり森さんも人間なんだ」

「俺は人間だぞ」

「喩えです。隣で見ていて、とても真似できない、同じ人間とは思えないぞってビビるぐらいでしたから」

「誰にだってそんな時はある。問題はそこをどう乗り越えるかだ」

「ちょっと自信がないな。俺もそこそこやれるとは思いますが、森さんみたいにはとてもなれない」

「そんなことはない。俺も今ぐらいできるようになったのは一人で色々やれるようになってからだ。誰かが上にいると、あるところからは成長できないようだ。お前も一人でやるようになれば今よりずっと伸びるよ」

「そんなものですか?」

「俺も通った道だからよく分かる。お前はこれからずっと伸びる、絶対に伸びる。俺より伸びることだってあるだろう」

「いや、それは無理ですよ」

 元に戻ったとはいえ、あまりの変化に自分でも恐ろしくなった。この一ヶ月で最高と最悪の状態を行き来した。もしかすると今の状態が異常で、いつか元に戻って失敗するのではないかと正文は怯えた。

「どうしたの? やっぱりまだ調子悪い?」

 フォーク持ったまま動かない正文に長谷川さんが声をかけた。

「いや、今の自分が本当の自分なのかなって不安になった。今日は調子が良すぎて。今までが悪すぎたせいかな」

「わたし、今までの森君を知らないから。でも病気じゃなさそう。最初見た時はどこか疲れてた」

「今は?」

「病気でもなければ元気一杯でもない。普通かな」

「普通かぁ・・・・・・」

 頭では理解できたが心はまだ先週と同じだった。こんなにあっけなく普通に戻るなら、何かの拍子にまた最悪の状態に戻る事もありえるのだ。そんなに変わりやすい物なら普通とは一体何だと考えてしまう。

「ほら、冷めちゃうから。早く食べちゃって」

 長谷川さんはいつの間にか皿を平らげていた。

 正文はナポリタンにがっついた。味がどうこうではなく長谷川さんが作ってくれた物を食べたという感じが強い。月並みな言い方だが、心がこもった物を食べたという感じだ。考えてみればもう何年も他人の手料理を食べた記憶がない。お盆や正月に実家へ帰ると大抵店で買ってきたものや、取り寄せた物が出てくる。

「そんなに美味しかった?」

 長谷川さんの問いに「うん」と正文はうなずいた。

 それから食器を洗って風呂に入った。長谷川さんも正文の後に入って、火照った体で出てきた。血色の良くなった太ももから湯気が出ているのを見て、胸がドキッとした。

 TVを見ている間、お互いに独り言のように話しかけて、それに独り言のように返事をしたり、あるいはしなかったりした。九時のドラマが終わると長谷川さんは頭に巻いていたタオルを外して、ドライヤーで髪を乾かし始めた。

 はっきりと言葉にしたわけではないが、長谷川さんは何故か正文の部屋に居着いている。一昨日から長谷川さんの物が徐々に増えていて、ドライヤーもそのひとつだった。

「森君、明日も仕事?」

「うん」

「それじゃあ早く寝なきゃね」

 正文がベッドに入ると当たり前の様に長谷川さんもベッドに入ってきた。部屋の明かりを消すと二の腕や太ももに触れるか触れないかの距離で横になる。昨日もそうで、そのまま何もせず眠りについた。

 どうしてこうなっているのか分からなかった。昨日の朝、長谷川さんが部屋にいて、いつ帰るのだろうかと思っていると、そのまま夜になった。途中で買い物に出かけたがそこでも一緒だった。

 今日になると一緒に暮らすという雰囲気が強くなっていた。それでもいつ帰るのかとは口に出せなかった。もしあえて口に出せば帰る場所はここだと言い返されそうな気がした。そこまではっきり言葉にされると、ずっとここにいるか、出て行って貰うかを決断しなければならないような気がしてやはり口は重くなった。

 長谷川さんとは何がどうとはっきり決めずに曖昧な状態のままでいたい。しかし、今の状態が続けばずっとここで一緒に暮らすようになるかもしれない。悪くはないが、面倒だという気持ちもある。最悪のところから抜け出せたのは長谷川さんのおかげだという自覚はあるのに、そんなことを考える自分に罪悪感があった。

 ふと長谷川さんが正文を見ているような気がした。確かめるように頭を横に転がすと、しっかり目を開いている長谷川さんと目が合って、体が揺れた。

「どうしたの?」と正文は訊いた。声をひそめたつもりだが天井に響くほど大きな声が出た。

「しないのかなって」

 長谷川さんはじっと正文を見たまま答えた。

「何を?」

「昨日もしなかった」

「そういうことはしちゃいけないと思って」

「どうして?」

「自分でも分からない」

「変なの」

 正文は頭を元に戻して目をつぶった。長谷川さんはどうしているか分からない。時計の秒針がチチチチと正文を急かすように音を立てている。

続きは

『幽霊になった私』リリース記事


内容紹介

最近友達ともうまくいっていない。
勉強も難しくなってきた。  
両親はしょっちゅうケンカしているし飼っていた猫はいなくなる。
あんまり色んな事がありすぎて私は近くの公園で ちょっとロマンチックな自殺をしたんだけど気付いたら幽霊になっていた。
 誰も私が見えないし声も聞こえない。
鼻をつまんだって気付かない。
 幽霊になっても何もできないからつまんないことばっかり。 いくら待っても天国からのお迎えも来ないし、地獄に落ちそうもない。 
 あ〜あ、私これからどうなっちゃうんだろう。
 牛野小雪が放つ新感覚のゴーストストーリー



試し読み

私とタニス 1
私がまだ小さい頃、両親はいつもケンカをしていました。私は二人の仲を取り持とうと、時には直接的に、時には間接的に陰謀めいた事もしましたが、二人はいつも私の試みをふいにするか、台無しにしてしまうのでした。そういうことが何度も続くと私はこの家にいるのが嫌になりました。

 ある日、学校の帰り道にある橋のたもとにダンボールが置かれていました。中を覗くと灰色の毛玉が入っていました。でもただの毛玉ではありません。もっとよく覗いてみると体を丸めた猫でした。

 猫は私に気付くと顔を上げて「ニャーン」と鳴くと、ダンボールのふちに前足をかけて何度も後ろ足をぴょこぴょこと蹴りました。その必死な姿を見ていると、この子を絶対ここに置いて行ってはいけないという気持ちが湧き起こって、私はその子を胸に抱いて家に帰りました。猫は私の胸の中に入るとすぐに目を閉じて寝息を立てました。まるで生まれた時から私の猫みたいです。

 家に帰った私は猫をクローゼットに入れて、お母さんに猫を飼いたくないか探りを入れました。しかし、私が「猫を飼いたくない?」と言った途端にお母さんの血がさあっと引いて部屋ごと寒くなりました。

 お母さんは物凄い勢いで私に怒鳴りました。私は体を小さく丸めて泣きました。後から後から涙があふれ出てきて、ずっと手で目を押さえていたのですが、頭上からお母さんの激しい声が降り続きました。

 お母さんはひとしきり感情を吐き出すと、今度は優しい声で「アキ、どうして猫を飼いたいなんて言ったの?」と訊いてきます。もしあの子の事を話すとお母さんはきっと捨ててきなさいと言うに違いありません。私は黙っていました。するとお母さんはまた激しい声になりました。

 お母さんは私を怒鳴り続けると死んだようにソファーで横になったので私は自分の部屋に逃げました。

 音を立てないようにクローゼットを開けると猫は静かに丸まっていましたが、私に気付くと飛ぶように駆け寄ってきたので私はその子を胸に抱いて頭を撫でてあげました。すると猫は体中を震わせてプルルルと気持ち良さそうな声を出しました。

 私はその子にアズキという名前を付けました。アズキはプルルルと喉を鳴らして微笑みました。私もその顔を見て気持ち良くなりました。

「私達ずっと一緒だよね?」

 私が心の中で問いかけると、アズキは「ニャオ」と答えました。その瞬間私とアズキは秘密の友達になりました。

私とタニス 2


 次の日、私が学校の図書室で猫の飼い方の本を読んでいるとナツミちゃんが「アキちゃん、猫飼うの?」と訊いてきました。ナツミちゃんは私の友達で幼稚園からずっと一緒です。私達はなっちゃん、アキちゃんと呼び合っていました。絶対に信頼できる女の子です。私は昨日アズキを拾ってお母さんに内緒で飼っている事を話しました。すると彼女はとてもうらやましがりました。

「家に来たらこっそりみせてあげる」と私は言いました。

 私とアズキとなっちゃんは三人でよく遊びました。家の中では音を立てないようにしました。外へ出た事もありました。アズキは外の世界に興味津々で、すぐにどこかへ姿を消してしまうのですが、私が「アズキ~」と呼ぶと必ずどこからか姿を現して飛ぶように私の足元に戻ってきました。

 私とアズキの関係は一ヶ月続きました。

 ある日、家に帰ってくるとお母さんが優しい顔で私を待っていたので嫌な予感がしました。こういう顔をしている時は激しいケンカの前触れなのです。私は顔を合わせないように、部屋へ逃げようとするとお母さんが言いました。

「アキ、お母さんに何か隠していない?」

 私は首を横に振りました。

「怒らないから言ってごらんなさい」

 私はぱっと顔を上げました。

 お母さんはきっとアズキの事を知っている。でも怒っていない。それどころか嬉しそうに微笑んでいます。私は全てが許されているのだと勘違いして、アズキの事を洗いざらい白状しました。

「他にない? 良い機会だからお母さんに秘密にしている事を全部話してみて」

 私は少し考えてみましたが、何も思い浮かびません。

「何も。これで全部」と私は答えました。

 その瞬間、お母さんの体から一斉に血の気が引いて氷に包まれたように冷たくなりました。

「何でお母さんに黙ってそんなことするの!」

 私はひどく怒られました。その時のお母さんの声は家をバラバラにしてしまいそうなほど激しい物で、私はとっても長く怒鳴られた後、泣きながらお母さんを自分の部屋に連れていくことになりました。

 どこかに隠れていて。そう願いましたが、私がクローゼットを開けるとアズキは私の足元へ飛んできました。でも私は後ろめたい気持ちがあったので、いつものように撫でてあげることができませんでした。アズキは何度も私の足首にひたいを擦り付けては、不思議そうな顔で私を見上げて「ニャーン」と鳴きました。

 お母さんは言いました。

「元のところに戻してきなさい」

 私は必死にアズキをこの家に置いてくれるように頼みました。もうわがままは言わない。勉強もする。お母さんの代わりに毎日晩ご飯を作ってもいい、一生のお願いだとか、色々言いましたが駄目でした。私はアズキと一緒に外へ出され、アズキを元の場所に戻すまで帰ってこなくていいと言われました。

 私はアズキを拾った橋まで行きました。アズキが入っていたダンボールはボロボロになっていましたが、まだ同じ場所にあります。そんな場所にアズキを戻せなかったので、私は優しい人にアズキを拾ってもらうことにしました。

 でも、こんな時に限って誰も橋を通りません。さらにその上、雨まで降ってきました。

 私はアズキと橋の下へ逃げました。ゴミがいっぱいで変な臭いがします。こんなところにアズキを置いても、きっと誰も来ないでしょう。

(どうしよう?)

 私が心の中でつぶやくと、アズキが「ニャーン」と答えました。

「どうしたらいいと思う?」

 言葉に出して問いかけてもアズキはやっぱり「ニャーン」としか答えません。

 私は泣きそうになりました。アズキは私の事を分かってくれるのに、私はアズキの事が分かってあげられない。それが悲しかったのです。

 まだきれいなダンボールを見つけると、私はそこにアズキを入れました。アズキは慌てて「ニャーン、ニャーン」と鳴きながら私にすがりつこうとしましたが、初めて会った時のようにダンボールのふちを乗り越えられませんでした。

 私はダンボールの中に手を伸ばして、アズキのおでこやアゴの下を指で撫でました。アズキも私の手をおでこで撫で返してきます。そうやってお互いに撫で合っているとアズキは眠くなってきたのか、ダンボールの中で丸くなって目をつぶりました。

「ごめんね」

 私は音を立てないようにその場を離れて、橋の下を出る前に一度だけ振り返りました。するとアズキはダンボールから出ていて、びっくりしたような大きな丸い目で私を見ていました。

「ごめん!」

 私はそう叫ぶと雨の中に飛び出して家まで走りました。アズキが追いかけてきていたらどうしようと何度も考えましたが一度も振り返りませんでした。

 私は玄関の前まで帰ってくるとやっと振り返りました。そこにアズキはいません。気が抜けたような寂しさと、ほんの少しの安堵感。

 私はアズキを捨てて安心した自分が嫌になりました。

私とタニス 3


 夕方から降り始めた雨は勢いを増して、家の屋根や窓を激しく叩いています。私は橋の下に置き去りにしたアズキの事を考えていました。あそこは大雨が降ると水に浸かってしまうのです。

 もしアズキが溺れていたらどうしよう。私は音を立てないように服を着替えると家を出ました。

 夜の町はとても恐かった事を憶えています。でも私はアズキを助けなければいけないと、気持ちを奮い立たせて夜の町を走りました。

 私が橋のたもとまで行くと、夕方から降った大雨で川の水は道に迫るほど水位が上がっていました。橋の下なんてとっくの昔に水の底です。私はその場に座り込みました。世界中の水が私の目を通して流れているのではないかと思うぐらい泣きました。

 どれほど泣いていたのか分からないぐらい泣いていると肩を叩かれました。私はお母さんだと思って、慌てて顔を上げると警察の人でした。

 これはきっと運命に違いない。神様が私に罪を償わせるために警察の人をここへ導いたのだと私は確信しました。

「おまわりさん、私を逮捕してください。とってもひどい事をしました」

 私はこの先の人生を一生牢屋で暮らす事を想像してまた泣きました。警察の人が私の名前やどこから来たのか尋ねてきましたが、大きな感情が体を突き上げていたので、私はただ泣くばかりで何も答えられませんでした。

 私はおまわりさんに抱き上げられてパトカーに乗せられると警察署に行きました。

 警察署のソファーに座らされても私はまだ泣いていて、一生このまま泣き続けるのだろうと思うぐらい泣き続けました。でも、どんなものでも終わりがあるもので、いつしか私は泣きやみました。きっと一生分の涙が出たに違いない。そう思ったものです。一生分泣いた私は机の前にあったオレンジジュースを飲みました。それから私がした事を警察の人に話しましたが、警察の人は私を励ますように笑っていて、とても逮捕されるような雰囲気ではありません。

 名前や住所を教えると警察の人が一度部屋を出て、しばらくするとお父さんが迎えに来ました。私は牢屋に入ることもなくお父さんの車に乗って、家に帰りました。

 家に帰るとお母さんはパジャマ姿の恰好のままソファーで死んだように横になっていましたが、私を見るなり飛ぶように立ち上がって、私の顔に平手打ちをしました。私は目の前が真っ暗になりました。母さんはまた倒れるようにソファーへ沈み込みました。

 顔半分がじんじん痺れていましたが私は一滴も涙を流しませんでした。やっぱり一生分の涙を使い切ったのでしょう。お父さんがパジャマに着替えてもう寝なさいと言うので私はその通りにしました。

 朝になると昨日の雨が嘘みたいに晴れました。私は朝ごはんを食べて服に着替えると、ランドセルを背負って橋の下へ行きました。雲ひとつ無い晴れた空と同じように、昨日水であふれていたのが嘘みたいに水が引いていました。

 私はアズキを探しました。どこも水に流されて猫どころかゴミ一つ見つかりません。

 私はその場にしゃがみこんで泣きそうになりました。昨日までの私ならきっと川のように泣いていたでしょう。でもやっぱり涙は出てきません。

 涙を出さずに泣いていた私の耳に川の音が入ってきました。川にはダンボールと同じ大きさの石が頭を出しています。私はわけもなくその石の下にアズキがいると感じました。

 私はランドセルを置いて、靴と靴下を脱いで川に入りました。そして、足首に水の冷たさを感じた瞬間、視界が真っ暗になり体中が暖かさに包まれました。何だか変だな、と目を開くと白い天井が見えました。すぐそばにお父さんとお母さんが不安そうな顔で立っています。二人の後ろに白衣を着た女の人が通ったので病院だと分かりました。

 後で聞かされた話によると、私は川で溺れていたところを助けられたそうです。水に足を着けた瞬間、ここへ来たのだから、とっても不思議でした。

 ランドセルは家に戻っていましたが、学校はしばらく休んでいいと両親は言いました。それと川で溺れていた事は誰にも言ってはいけないと釘を刺されました。

 私とタニス 4


 次の日は、お母さんがつきっきりで私のそばにいました。近所の噂では、私が自分から川に落ちたということになっているそうです。

「絶対にそうじゃないでしょ?」

 お母さんは何度も訊いてきました。私はその度に「そうじゃない」とか「違う」とか答えました。そう答えて欲しそうだったからです。でも私はどうして川に入ったのか訊いてくれるのを待っていました。もし訊かれたら私はアズキの話をするつもりでしたが、お母さんは理由までは求めていませんでした。

 お母さんが部屋から出ると私は泣きました。もう涙なんて出ないと思っていたので、自分でも驚きました。寂しい気持ちになってアズキを抱きしめたくなりましたが、アズキはもういません。胸一杯に空洞が広がって、また涙が出ました。

 いつの間にか眠っていた私は母さんが呼ぶ声で目が覚めました。夕食の時間です。私が部屋を出ないでいるとお父さんが部屋に来たので「いらない」と答えました。

 お父さんが部屋のドアを開けたまま食卓へ戻ると夕食を食べる音が聞こえてきました。私は音を出さないようにベッドから出ると部屋のドアを閉めました。

 お母さんはお風呂に入る前に私の部屋に来て「ラップをしてあるから食べたい時に食べなさい」と言いましたが私はそれにも答えませんでした。

 次の日も、また次の日も、私は何も食べませんでした。このまま死んでアズキにごめんなさいと謝って、また一緒に暮らす事を考えていたのです。さらに次の日はお母さんが無理矢理私に食べさせましたが全部吐いてしまいました。

 次の日の夜、遠くに住んでいるおばあちゃんが家に来ました。おばあちゃんは私の部屋に来ましたが、無理に食べさせることはしませんでした。私はそれが嬉しくて自然と笑みが浮かびました。

 さらに次の日、朝早く起きた私は鏡で自分の顔を見ました。私は肉が落ちた顔を見て、もしかしたら今日死ぬかもしれないと思うと、顔が痛くなるぐらいの笑顔になりました。

 その日、お父さんとお母さんはどこかへ出かけました。おばあちゃんは私の様子を見に来ると「なにか欲しいものはない?」と訊いてきたので「何もいらない」と答えると、おばあちゃんは「そう」とだけ言って居間へ行きました。私はそっけなく扱ってくれたのが嬉しくてほんの少しだけ涙が出ました。

 昼にまたおばあちゃんが来て「私は食べるけどアキちゃんは何か食べたい物はある?」と訊いてきたので「何もいらない」と私は答えました。おばあちゃんはやっぱり私を放っておいてくれました。おばあちゃんが何かを食べている気配を感じると、胸がじーんと痺れてくすぐったいような気持ちになりました。

 両親が帰って来ました。たくさん買い物をしたようで車と家の間を何度も行き来しました。それからお母さんは今まで聞いた事がない優しい声で私を呼びました。

 部屋を出た時から浮き足立った気配を感じていました。私が居間に入ると、おばあちゃんが何かを抱いている背中が見えました。お母さんはわざと作った笑顔をしていて、お父さんは不安な顔をしています。おばあちゃんが振り返ると、一匹の猫が腕に抱かれていました。灰色の毛に黒のマーブル模様のある猫です。

「アキちゃん、猫、可愛いねえ、何て名前にする?」

 おばあちゃんの声を全部聞く前に、私は部屋に駆け込みました。体中が燃えるように熱くなって、私の心を猫で釣ろうとした両親にも、おばあちゃんにも、そしてまだ死なない私に怒っていました。

 きっと明日の太陽は見ないと決めて私はベッドに入りました。目をつぶっていると体が浮き上がるような感覚がありました。天国からのお迎えだろうと目を開けると、不思議な感覚は消えて私はベッドに戻っていました。目を開けていると天国にはいけないんだ。そう考えて強く目をつぶりましたが、体が浮き上がるたびに目を開いてしまったので私は何度もベッドに戻ってきました。そうこうするうちに夜の十二時が過ぎてしまいます。

 今日も死ねないと私は思いました。もしかすると永遠に死ぬ事ができないのではと考えると恐くなりました。

 ベッドで震えているうちに朝が来ました。待っているだけでは駄目だ。川に身を投げて死のう。私がドアを開けると、何かが私の足元を通り抜けて部屋に入ってきました。その影は部屋の真ん中で立ち止まると、私に振り向いて「ニャー」と鳴きました。昨日の猫です。

 私は窓を開くと猫を屋根に下ろして窓を閉めました。それから服を着替えて外へ出ようとすると、両親が起き出す気配がしたので私はまたドアのそばで息を潜めました。

 お父さんが家を出て、次にお母さんが出ます。おばあちゃんはまだ家にいますが、なんとかごまかせるだろうとドアノブに手をかけると、お母さんが慌てて家に帰ってくる音がしました。

 お母さんは私の部屋に真っ直ぐ向かってきました。私はドアノブをしっかり両手で抑えましたが、ずっと何も食べていなかったので力は入らないし、体は軽いしで、私はドアと一緒に開けられてしまいました。

 お母さんは凄い目をしてドアノブにぶら下がっている私を見ると、私の顔に平手打ちをしました。

「命を粗末にするんじゃないの!」と怒鳴ります。

私はアズキを思い出して涙を流しました。

「ああ、あんなところにいて。どうしよう」

 お母さんは窓の外を見て慌てました。それから「ハシゴ、ハシゴ」と慌てながら物置へ向かいます。

 私も窓の外を見ました。屋根のふちで私がさっき外に出した猫が小さくなって震えています。私はとってもひどいことをしてしまったと気付きました。

「おいで。そっちは危ないからこっちへおいで。お願い。こっちへきて」

 私は猫に声をかけました。その子は一度屋根の下に目を向けると、足を震わせながら私の方へ一歩踏み出し、それからまたもう一歩踏み出すと、何かから逃げるように私の手元へ飛び込んできました。私はその子を胸に抱き上げると「ごめんね、ごめんね」と何度も謝りました。もう涙なんか出ないと思っていたのに、また川のように涙が止まらなくなりました。猫は「ニャーニャー」と鳴いて、私の涙をなめてくれました。

 私はその子と一緒に部屋を出ると冷蔵庫にあった私の夕食を一気に食べました。久しぶりに物を食べたせいか、お腹がチクチク痛みましたが、私は頑張って全部食べました。

 新しい猫は灰色の毛に黒のマーブル模様が入っていました。灰色の部分はアズキと同じ色で、顔も一緒、アズキがおめかしをして帰ってきたみたいです。でも、私はその子にタニスという名前を付けました。アズキはアズキであって、タニスはタニスなのです。アズキの代わりではありません。

 私とタニスは公然の友達になりました。私が学校から帰ってくるとタニスは玄関で待っていて、ドアを開けると私の足元めがけて突進してきます。私達はどこでも一緒で、お風呂やトイレも一緒に入りました。

 タニスが来てから私は生きているのが楽しくなりました。でも、良いことはそれだけではありませんでした。タニスが家に来てからお母さんは優しくなりました。お父さんも早く家に帰ってくるようになって、二人はケンカすることもなく一緒にいても仲良くしています。

 その年は家族全員で北海道へ行きました。本当はハワイの予定でしたがタニスを連れて行けないので、猫と一緒に泊まれる旅館がある北海道へ行くことにしたのです。

 私とタニスは永遠の友達。眠る時も一緒。タニスが来てから全てがうまくいくようになりました。

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『ヒッチハイク』のリリース記事

『ヒッチハイク~正木忠則君のケース~』は、現代社会で自分の居場所を探す若者の孤独と成長を描いた物語です。大学生の正木忠則は、目的もなくヒッチハイクをしながら徳島の実家へ向かいますが、その旅は単なる移動ではなく、彼自身のアイデンティティを模索する精神的な旅でもあります。

出会う人々や訪れる土地を通じて、地方と都会、現実と理想の狭間に揺れる忠則は、やがて自分の無力感や孤独と向き合うことに。ユーモアを交えながらも、漂流する若者の心情を緻密に描いた本作は、無目的な旅が人生を映し出す一種の成長譚です。

彼の旅路を追いながら、現代の若者が抱える葛藤と、どこにも属さない不安定さに共感することでしょう。

主人公が求めるもの

 主人公は、東京の大学に進学したものの、自分が特別な存在ではなく「その他大勢の一人」に過ぎないことに気付く。この現実は彼に深い失望をもたらし、将来への希望や夢を抱くことを難しくさせた。大学卒業後に待つ未来が必ずしも明るいものではないと悟り、彼は日常に対する閉塞感を抱えるようになる。そんな中で彼が選んだのがヒッチハイクという行動だった。これは単なる交通手段ではなく、自分自身を再発見するための旅であり、未知の世界への扉でもあった。

 彼が求めているのは、具体的な目標や夢というよりも、日常からの脱出と自己確認の機会である。ヒッチハイクを通じて出会う見知らぬ人々との交流や予測不可能な出来事は、彼に新たな視点と気付きを与える。人との偶然の出会いがもたらす会話や経験は、彼の中に小さな変化を積み重ね、閉ざされていた心の扉を少しずつ開いていく。

 最終的に彼が求めているのは、自分の存在意義や人生における本当の居場所だ。旅の途中で得た経験や出会いは、彼に自分自身を見つめ直す時間を与え、迷いや不安を抱えながらも一歩ずつ前に進む力を与える。ヒッチハイクという旅そのものが、彼にとって自己探求の象徴であり、彼の内面の成長を促す鍵となっている。

小説のモチーフ

この小説のモチーフは「自己探求の旅」と「偶然の出会いによる成長」でしょう。主人公・正木忠則は、自分の存在意義や将来に対する不安から逃れるためにヒッチハイクの旅に出ますが、この旅自体が彼の内面を探る過程の象徴となっています。

1. 旅と自由の象徴

ヒッチハイクは計画性のない移動手段であり、自由と不確実性の象徴です。これは、主人公の人生そのものを反映しています。彼は自分の将来が見えず、予測できない未来に対して不安を抱えていますが、その一方で、未知の世界に身を投じることで自分を見つめ直そうとしています。旅を通じて、忠則は他者との関わりを学び、自己を見つけるための自由と冒険を体現しているのです。

2. 偶然の出会いと人間関係

旅の中で出会う多種多様な人々は、偶然の連続であり、これらの出会いが主人公の視野を広げていきます。福島へ向かう男、白髪の老人、小料理屋の女将、インド人青年など、彼らはそれぞれ異なる価値観や生き方を持ち、忠則に新しい視点を与えます。この「偶然の出会い」は、人生の中で避けられない出来事や人との関係性を象徴しており、主人公の成長を促す重要な要素です。

3. 逃避と対峙

主人公は東京での閉塞感から逃れるために旅に出ますが、実際には旅の中で自分の弱さや不安と向き合うことになります。特に、小料理屋の女将やインド人青年との関係は、彼が他者との距離感や自立の必要性を再認識するきっかけとなります。この逃避と対峙の繰り返しが、主人公の内面的な葛藤と成長のモチーフとして描かれています。

4. 孤独と連帯

ヒッチハイクの旅は孤独な行動ですが、他人の助けがなければ成り立たないという矛盾も内包しています。この矛盾が、主人公の「一人で生きたい」という願望と「他人と繋がりたい」という内なる欲求を象徴しています。孤独を感じながらも、人との偶然の出会いや助けを通じて連帯感を得ることが、主人公の精神的な成長を表現しています。

5. 日常からの解放と帰還

最終的に、主人公は家に帰ることになりますが、この帰還は単なる物理的な移動ではなく、精神的な成長と再出発を象徴しています。旅を通じて得た経験や気付きは、彼の日常に新たな意味をもたらし、彼自身の視点や価値観を変えるきっかけとなります。帰還することで彼は、自分が本当に求めていたものが何なのかを理解し始めるのです。

このように、『ヒッチハイク』は、旅というモチーフを通じて主人公の自己探求、成長、そして人との関わりの重要性を描いた作品です。


他の小説と何が違うか
この小説「ヒッチハイク~正木忠則君のケース~」が他の物語と異なる点は、主人公の「無目的な旅」を描写することで、現代の若者のアイデンティティ探索と自意識を緻密に表現していることです。物語の中心には、主人公が大学生活や社会の期待に対して感じる疎外感があり、その反応としてヒッチハイクという手段を通じて旅を続けますが、その旅は単なる物理的な移動ではなく、彼の精神的な葛藤や成長の象徴です。

他の多くの作品が明確な目的や目標に向かって進むのに対し、この小説はあえて「無為」と「漂流感」を前面に押し出しています。主人公はただ「どこかへ行く」だけで、その過程で出会う人々や出来事を受け入れることによって、自分自身を見つめ直し、他者との関わりを再構築します。つまり、この物語の核心は、明確な目標を持たない旅路そのものが、現代社会における自己探求のプロセスを象徴しているのです。

また、旅の過程で出会う多様なキャラクターや出来事が、現代日本の断片をリアルに描いています。具体的には、福島や富山、会津など、日本の地方都市やその文化に触れることで、地方の風景と都会の対比が強調され、主人公が属する「どこにも属せない感覚」が一層浮き彫りになります。これにより、読者は単なる主人公の旅の記録ではなく、現代社会における若者の居場所探しという普遍的なテーマに共感を抱くことができるのです。

物語のもう一つの特徴は、ユーモアとシリアスな要素が絶妙に組み合わされている点です。旅の途中で出会うキャラクターたちや、主人公自身の思考には軽妙さがありますが、それが彼の抱える孤独感や無力感を一層際立たせています。このような「軽さ」と「重さ」のバランスは、他の物語には見られないユニークな特徴です。

このようにして、「ヒッチハイク~正木忠則君のケース~」は、無目的な旅を通して現代社会における自分の位置を模索する若者の心情をリアルに描きつつ、ユーモラスなエピソードを織り交ぜて、読者に深い共感と洞察を提供する点で、他の作品とは一線を画しています。

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試し読み

 1 ヒッチハイク


 僕の夏休みの第一日目は一日中眠ることだった。夜中の2時まで何をするでもなく、TVをつけたままマンガを読んだり、ネットを見たりして、意識の限界まで起きていた。

 たいていは朝7時に目が覚めて、そこからもう一度眠ると10時に目覚めて、さらにまた眠ると昼の2時になった。その頃になってようやく僕は布団から出た。

 朝から晩まで暑い日が続くので、火を使う料理を作る気にはなれなかった。電子レンジでうどんを温めて、水で洗い、麺つゆと、ねぎと、天かすを入れたぶっかけうどんを二杯食べた。そしてまた眠った。

 そうやって寝て起きての生活を三日続けると、体重が2キロ落ちた。僕は布団の上で、あくびをしながら体を大きく伸ばすと、また眠った。

 こうして一週間が過ぎた。僕はパンパンに膨らんだバッグを持って部屋を出た。徳島の実家に帰るのだ。

 僕が向かったのは空港でもバスターミナルでもなく郊外にあるコンビニだった。僕は緊張をほぐすためにコーラを一本買って飲んだ。それからコンビニの窓ガラスの出っ張りに腰を降ろして、気持ちが浮かれている人を探した。

 5分ほど待っていると本日一人目の浮かれている人を発見した。僕は腰を上げて、その人に話しかけた。目の奥の筋肉を広げて、口には笑みを。

「すみません、どこまで行くんですか?」

 男は赤の細いストライプが入った白のポロシャツにベージュのスラックスを履いていた。車の助手席から旅のにおいがしている。

「えっ、何ですか?」

 男はそう答えた。見ず知らずの相手に質問をされて素直に行き先を答える人がどこにいるのだろうか? そう思うのは世界を知らない人だ。僕の目の前にいる男は、そのすぐ後に「上野まで行くんだけど?」と疑問系で答えてくれた。

 意訳すると『僕は上野まで行くんだけど、一体何の用かね?』ということだ。上野という答えで、僕にとって彼は用無しとなったわけだが、粗末に扱うことはしない。アフターケアはどんな世界でも重要だ。

「ヒッチハイクをしているんです。徳島まで行きたくて」と僕は答えた。

「へぇ、ヒッチハイク! 徳島?」

「四国の」

 僕がそう言い足すと「あ~……」と男は間の抜けた声を出して空を見上げると「あぁ」と何かを納得したようにはっきりと声を出した。

 僕には彼の頭の中が透けて見えるようだった。徳島と言って、そのまま通じることはほとんどない。そのあとに四国と言い足すと、香川……愛媛……高知……あとひとつなんだっけ。あぁ、目の前いるこいつが言っていた徳島か、という風に思い出してくれる。

「すまないけど、上野に行った後は日本橋のホテルに泊まるから。仕方ないね。ごめん」

 男は申し訳なさそうに頭を下げた。

「いえ、こちらこそすみません。ご迷惑をかけてしまって」と僕も頭を下げる。

「ヒッチハイクなんて本当にあるんだ。徳島まで遠いけどがんばって」

「はいがんばります。ありがとうございました」

 僕は丁寧に言葉を重ねて、もう一度頭を下げると彼を見送った。彼はコンビニに入って、ペットボトルのジュースを買うと、僕に笑顔を向けて車に乗り、駐車場を出て行った。

 東京は大した街だ。東京でできないことは東京以外の場所へ行くことだけだ。東京の外から人は入ってくるが出て行く人は少ない。東京にいる99%の人は東京に用がある。ヒッチハイクで一番難しいのは東京を出ることだった。

 僕はコンビニの窓の出っ張りに一時間座り、20人の浮かれた人達に話しかけた。20人とも東京のどこそこへ行くと言い、ヒッチハイクをしていると驚いて、徳島と言って通じた人は一人もいなかった。

 僕はまたコーラを買って飲んだ。そしてまた窓の出っ張りに腰を下ろすとホンダの黒い軽が駐車場に入ってきた。出てきたのは白い半袖の男で、顔が半分隠れる巨大なサングラスをかけていた。口はむすっとしているが気持ちは浮ついている。ここではないどこか遠い場所へ行こうとしていた。

 僕はコーラを一口喉に流し込むと腰を上げて彼に話しかけた。

「すみません。これからどこへ行かれるのですか?」

「えっ、俺に言ってるの?」と男は言い、続けて「帰るんだよ」と付け加えた。

「どちらまで?」

「福島」

 やった。ついに東京を出る人を見つけた。

「もし良ければ一緒に乗せていってもらえませんか」と僕は言った。

「どうして?」

「ヒッチハイクで徳島まで帰ろうとしているんです。実家がそこなんですよ。お盆までに帰ろうと思って」

「あぁ」

 彼の「あぁ」は珍しく徳島がどこにあるのか知っている「あぁ」だった。

「それは遠いね。どうしてヒッチハイクを? お金がないとか?」

「そういうわけでもないんですが」

「若さの冒険というわけか。俺もしてみたかったな、そういう旅」

 そう言った彼も僕と歳はそう違わないように見えた。

「でも、福島と徳島じゃ全然方向が違うよ。北と西だ」

「とりあえず東京を出たいんですよ。ここにいると人の流れがぐるぐる回っていますから。福島も徳島も東京を出ないと行けないでしょう?」

「まあ、乗りなよ。でも俺は福島に行くよ。福島ってどこにあるか知ってる?」と男は言った。

「ありがとうございます。知っています」と僕は頭を下げた。とりあえず東京を出ることができれば第一関門突破だ。僕と彼は一緒にホンダの黒い軽に乗り、東京を出ることにした。

2 初めてのヒッチハイク


 大学一年生のある日、僕は駅の改札で財布がないことに気付いた。おまけに携帯電話もなくて人生終わったと思った。

 ぼくは気を取り直して地面をなめるように探しながら大学まで戻り、携帯電話を見つけた。しかし財布は見つからなかった。財布には電車の定期券が入っていたので僕は大学から歩いて帰らなければならなくなった。

 真夏のアスファルトを歩くと喉が渇いた。僕は通りかかった公園の水道で水を飲んで、日陰のベンチで一休みした。

 涼しい風に当たって再び歩き始めると、体が冷えて固くなっていたので、ううんと、うなりながら手や胸を横に伸ばした。すると一台の車がそばに止まった。スバルのインプレッサだ。

「どこまで行くんですか?」

 車には二人の若い男が乗っていて、助手席の男が窓から僕に話しかけてきた。僕は呆気に取られたが、馬鹿正直にアパートがある場所を答えていた。

「それって東京じゃないですか? それもすぐそこ」

 助手席の男が言ったので僕はうなずいた。

「まぁ、いいや。乗っていきなよ」

 僕はそれほど考えもせずに後部座席に乗り込んだ。僕は木刀を毎日二千回振っていて、人を見ると勝てるかどうかを値踏みする習性がある。僕はその二人を相手にしても勝つ自信があったので危険は感じなかった。

 二人は高校の同級生で、北海道から日本一周の旅をしている最中だった。その間に青森でヒッチハイカーを乗せ、三日間一緒に旅をして宮城の気仙沼で降ろし、宮城の岩沼辺りでまたヒッチハイカーを拾い、やはり三日間一緒に旅をして東京の日本橋で降ろしたそうだ。二人は僕が体を伸ばしているのを見て、ヒッチハイクをしていると勘違いしたらしい。

 東京はもんじゃ焼きよりナポリタンを食べる方がいいと教えてあげると、夜も近いのでナポリタンを出す店に行くことになった。

 僕は車に乗せてくれたお礼にナポリタンとグラタンを奢ると言っていたのだが、お金を払う時になって財布を落としていた事を思い出した。僕が「ごめん」と謝ると、二人は笑って、そこの代金を払ってくれた。

 二人は僕に借りだけを残して去った。名前はまだ憶えている。北海道の本田アキラ君と豊田スバル君、たぶん一生会うことはないだろうけれど、この恩はいつまでも忘れない。

 僕は偶然ヒッチハイクをして以来、世界の裏技を見つけてしまったと興奮していた。僕は見ず知らずの人を引っ掛ける奇妙な魅力に囚われてしまった。

 初めは伊豆の修善寺まで行った。夏目漱石がどうとかを本で読んで興味があった。

 実は人生初の意識的なヒッチハイクは失敗から始まった。どうせやるなら交通量の多い道路が良いだろうと、車がびゅんびゅん走る国道で半日立っていたのだが、車は一台も止まらなかった。

 いや、本当は三台停まった。でも三台ともタクシーだった。タクシーの運転手は僕がヒッチハイカーだと分かると三人とも舌打ちをして走り去った。

 車が目の前を通り過ぎていく度に僕は泣きたい気持ちに襲われた。昼前には心の限界に達して、部屋に戻ると涙を流した。

 二日目は知恵を絞って、ダンボールに『静岡 伊豆 修善寺まで』と書いて掲げた。すると車の通りが少なくなった時に車が停まった。人生初のヒッチハイク成功。この時はたまたまその人が伊豆へ行く予定だったが、僕は車さえ停まってくれれば必ず行き先まで乗せていってくれるものだという考えを再びヒッチハイクをする時まで抱いていた。

 初めてのヒッチハイクが成功して僕は自信が付いた。それで夏休みは東京から徳島までヒッチハイクで帰ってやろうという野望を抱いた。

 ……という話を福島に着くまでの間に話した。運転手の男はサングラス越しで表情は分からないが楽しんでいるようには感じた。

「それじゃ、これが人生初のヒッチハイク? 徳島へ帰るまでの」と男は言った。

「いえ、今は三年生だから三回目です」

「ふぅん、面白い事をするんだね。俺もやってみたいよ」

 限りなく100%に近い確率で彼はやらないだろう。

 僕は郡山で降ろしてもらい、男に礼を言った。

「泊まるところはある?」と男は言った。

「その辺で寝ます。夏だから」

「若いね」

「そっちもまだ若いですよ」

「そうかな」

 男がサングラスを外した。サングラス詐欺だ。男はどう甘く見積もっても30は越えていた。40代でも通じるかもしれない。大きなサングラスとヒゲの薄さが年齢を隠していた。

「20代でも通じますよ」

 僕は最後にお世辞を言って、そそくさと別れた。彼は嬉しそうな顔で僕を見送ってくれた。

 もう夕方になっていた。僕はイニシャルMのハンバーガー屋に入って、照り焼きバーガー二つと烏龍茶を夕食にすると、人気の少なそうな公園を探した。

 公園はすぐに見つかった。僕は公園の芝生にバスタオルを敷いて寝転がるとバッグを枕にして眠った。

3 そろそろ西へ


 僕は公園の水道で服を洗って乾かすとヒッチハイクを始めた。

『とにかく西へ』

 そう書いた紙を持って半時間ほど道路に立っていると中型トラックが止まった。僕は助手席に乗り込んで配送ルートに乗っけてもらった。

 ヒッチハイクの初心者が陥りやすい罠はトラックの運転手はみんな気が良いやつらでヒッチハイカーを乗せてくれるはずだという思い込みだ。その思い込みは半分当たって、半分外れている。

 トラックの運転手はみんな気が良いやつらというのは正解だ。しかしヒッチハイカーを乗せれば配送が遅れるし、事故でもしたら保健やら何やらがあるので、たいていの会社はヒッチハイカーを乗せることを禁止している。何故僕がそれを知っているのかというとトラックの運転手が教えてくれたからだ。

 その運転手はどうして僕を乗せてくれたのか。会社に対する嫌がらせだそうだ。僕はそれ以来、気の立っているトラック運転手を見ると声をかけている。すると彼らは会社に対する嫌がらせのために僕を乗せてくれた。僕はトックに乗れるし、彼らは会社に鬱憤を晴らせる。Win-Winの関係だ。

 トラックが運んでいたのはラーメンの麺で、昼になると運転手がラーメン屋で喜多方ラーメンを奢ってくれた。

 そのあと僕達はラーメンの店を何軒か回った後に、会津に行った。もう夕方が近くなっていたので、車の通りが良さそうな場所で彼は降ろしてくれた。

 白虎隊が永眠する場所で僕は一夜を過ごした。静かな場所だったせいか良く眠れた気がする。僕は本気で霊を信じている方ではないが、そのまま立ち去るのは気が引けて、白虎隊のお墓に手を合わせながら、今日も良い車がひっかかるように手を貸してくださいと祈った。

 服を水で洗って乾かしている間に、僕は近くの定食屋でサバ定食を食べた。普段は皮を食べないが、旅先だと食べてしまうのは不思議だ。みそ汁に入っていたワカメの茎もぽりぽりと食べてしまう。

 腹ごしらえを済ませて、服の乾き具合を確かめると、まだ半乾きだったので近くにあるサザエ堂に登った。誰ともすれ違わずに上り下りできるという触れ込みだったが、僕一人だけだったので誰ともすれ違わなかった。

 太陽が空の高い場所に登ると人が増えて観光地らしくなった。でも浮かれている人は少なかった。次の行き先で頭がいっぱいなのだろう。僕は誰にも話しかけられずに日陰で人の流れを追っていたが、その中にヒヤリとする空気を持った人が現れた。

 その人は髪が全部真っ白で、腕は僕の半分もない細さだったが、明らかに僕より強いと悟らせる雰囲気を放っていた。もし竹刀を持っていたとしても僕は打ち込めないだろう。

 その人は真っ直ぐ僕に向かってきた。殺されるかもしれないと感じて、僕は逃げようとしたが、まさかこんな場所で切られることもあるまいと思い直して、じっと座り続けていた。

 すると彼は僕のそばまで来て、手刀で僕の頭を軽く打ち「常在戦場!」と小さく一喝してから話しかけてきた。

「何をされているのですか?」

「あなたこそいきなり何をするんですか」と僕は言った。いきなりのことで全身の血がドクドクと音を立てている。

「一応の勝負は着けないと思いまして。あなた、もしかして武道の経験がおありではございませんか?」

「えっ、ああ……高校まで剣道をしていました」

「道理で。お若いのに熱心ですな。私はいつ切りつけられるのかとヒヤヒヤしておりました。最近はどうもスポルツの気が多くて、常在戦場という言葉は薄っぺらい物になりました。なかなか見どころのあるお方だったので、私もつい手が出てしまいました。申し訳ない」

 老人は綺麗な角度で頭を下げた。美しい身のこなしに僕は仕返しに頭を叩いてやろうという気が失せてしまった。

「ところで何をされているのですか?」

 また最初の質問に戻った。

「ヒッチハイクで旅をしているんですよ」と僕は答えた。

「ヒッチハイク?」

 老人はヒッチハイクの意味が分からないようだった。

「えーと、ですね。道路で親指を立てて、いや、立てないこともあるから、う~んと、話しかけることもあるんですよ」と僕もなかなか説明することは難しかった。色々と言葉を重ねたあげく、結局最後に「要は車に乗せていってもらうということです」と僕は言った。

「世の中色んな人がいるものですな」と老人は言った。いきなり手刀で頭を叩いてくる人もなかなかいませんよ、という言葉は胸にしまい込んだ。

「どこまで行かれるのですか?」と老人が言った。

「目的地は徳島ですが、とりあえずは西へ」

「新潟まで?」

「通ることにはなるでしょうね。それからずんずん西へ行って……まぁ何とかなるでしょう」

「私は新潟から来ました」

「そうなんですか」

「今日はもう帰りますから、乗せていってあげましょう」

 いきなり手刀で頭を叩かれて、僕は躊躇したが、結局は「ありがとうございます」と礼を言った。その時うかつにも頭を下げたのだが、また手刀が降ってくるかもしれないと思い直して、僕は慌てて頭を上げた。老人はニッコリと笑っていた。

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『真論君家の猫』のリリース記事

クロスケは金目の黒猫。母上や兄弟達と違って頭から爪先まで黒い。
ある日突然主さんに捨てられたが、偶然そこを通りかかった真論君に拾われる。
名前はミータンに変わり、首には赤い首輪が付いた。エサは毎日くれるがカツオブシはケチり気味のようだ。
しばらく真論君家の猫として暮らしていたが、それにも飽きて家を抜け出したある日、ミータンは隣の家で飼われているサバ猫のサバトンさんに導かれて家の裏山で開かれている猫の集会へ行き、そこで新たな猫達と出会う。


他の小説と何が違うか
『真論君家の猫』が他の小説と異なる点は、その独特な視点とテーマにあります。主に以下の三つの要素が際立っています。

1. 猫視点の深い描写
物語は猫の視点で描かれています。主人公である「ミータン」が、自分の世界をどのように感じ、考え、成長していくかが、非常に詳細かつ感情的に描かれています。特に、猫が抱える小さな疑問や不安、他者との関わり方が、リアルに反映されています。猫の独特な視点が人間社会や日常を新鮮に描き出しており、読者にとって新しい視点から世界を再発見する機会を提供しています。

2. 擬人化しすぎないリアリズム
擬人化された猫が主人公ではありますが、この小説はあくまで「猫」としてのリアリティを強調しています。たとえば、猫特有の行動や思考が、擬人化しすぎず、自然な形で物語に組み込まれています。これにより、ファンタジー的な要素がありながらも、現実感を失わないバランスが取られています。

3. 感情的で哲学的なテーマ
猫たちの生活を通じて、人生や社会に対する洞察が描かれています。特に「存在の価値」や「居場所」というテーマが強く表現されており、猫の視点を借りて、人間社会や人間関係に対する深い洞察がなされています。主人公ミータンが、新しい環境での適応や、過去の猫との対比を通じて、自身の存在意義を見つけていく過程は、哲学的でありながら感情的な共鳴を生み出します。

これらの要素により、『真論君家の猫』は、ただの動物物語ではなく、より深い意味合いを持つ作品となっています。

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レビュー

試し読み


1 吾輩とはどんな猫?


 どんなものにも抜け道はある。法律、税金、就職活動。

 ぼくは家の外に出る抜け道を見つけた。猫でなければ通れないような小さな穴だ。もちろんどこにあるのかは秘密である。ぼくはその穴を通って家の外に出た。

 真論君家のすぐ後ろには山があった。それとは逆に家の前には道路があって、一段低い場所に畑が広がっていた。そこで真論君の父上と母上が腰を屈めている。そのさらに遠くには家が立並んだ場所があり、どうも一日では回りきれない広さだった。

 その日は家の周りを歩いているだけで一日が潰れた。真論君が学校から帰ってきたので、ぼくは家の中に戻った。

「ミータン」と真論君が呼んだので、彼の足元に駆け寄った。真論君はぼくを抱き上げてアゴの下を指先で撫でてくれた。頭の中が溶けていく。ノドがゴロゴロと鳴る。

 一通り撫で終わると、真論君はチカチカ光る板3を一心不乱に見つめ始めた。相手をしてくれないので「みゃあ、みゃあ」鳴いてみたが何の反応もない。どうやらあの光る板を見ていると耳が聞こえなくなるようだ。それならと彼の膝におでこや胴体を擦りつけてみると「いまちょっと忙しいから」とぼくを脇にどけた。

 母上は「もうやめなさい。馬鹿になるわよ」と言ったが全くその通りだ。口を半開きにして画面を見つめる彼の顔を見れば一目瞭然だ。彼の将来のために良くないことは明白で、このままでは目と耳をあの板に奪われてしまうだろう。頭の中まで駄目になる前に、今すぐ打ち壊してしまうのが正解だ。

「違うよ。本を読んでいるんだよ」

 真論君はそう言ったが、母上は「嘘おっしゃい。本なんか開いていないじゃない」と言った。

「母さん、古いよ。今じゃこれで本が読める時代なんだ。紙の本は教科書だけさ。あ~あ、教科書も電子化されたら良いのに」

「古くても何でも良いから、もうやめなさい。宿題はしたの? お父さんに言うわよ」

「はいはい」

 真論君はそう言って自分の部屋に戻ると宿題に取りかかった。さっきとはうって変わって向こうから遊ぼうとしてくるし、頼んでもいないのに撫でてくる。宿題という物が何かは分からなかったが、何も進んでいないことは分かった。そうして何もしないまま夕飯の時間になった。

 食事の席で父親は言った。

「宿題は終わったのか」

「やろうとはしたんだけどミータンが邪魔するから全然進まなくて」

 ミータンとはぼくのことだ。とんだとばっちりだと思った。

「飼うのは良いが宿題はしないと駄目だぞ。ミータンはここに置いていきなさい」

「うん」

 猫が人語を話せないのを良いことに勝手な罪を擦りつけられた。「それは違う」と抗議してみたが、猫語は全く通じなかった。

 夕飯が終わると真論君は部屋に戻り、ぼくは父上の膝に置かれた。ぼくはこの家の真の権力者が父上だと見抜いていたので、うっかり粗相をしないように身を静かに保ちながら、一緒にテレビを見ていると「なんだ、この猫。やけに大人しいじゃないか。まるで借りてきた猫だな」と父上が背中を撫でてきた。

 ずいぶん乱暴な撫で方で「みゃあ」と抗議すると、何を勘違いしたのか、父親はぼくが喜んでいるものだと勘違いして「そんなに良いか」と撫で続けてきたのにはまいった。

 酒に酔っぱらった父上の顔は真っ赤に染まっていて、笑うたびに口から臭い息が漏れている。力任せに撫でるので体が回る。頭も回る。生きた心地がしない。上も下も分からないほど揉みくちゃにされていると部屋のドアが開いた。においで真論君だと分かったので、これ幸いと父上から脱出して真論君の膝に座を改めた。

「宿題は終わったのか」と父上が訊くと「うん」とそっけなく真論君は答えた。手にはまたあの光る板を持っていた。

「おい、ゲームもネットも九時以降は禁止だぞ」と父親は言った。

「違うよ。本を読んでいるんだ」

「親は騙(だま)せないぞ。ちょっと見せてみろ」

「だって本当だから」

「エロ本でも読んでるのか?」

「違う!」

 真論君は父上に光る板を渡した。

「あぁ『吾輩は猫である』か。夏目漱石。へえ、こんな物で本が読めるなんて時代も変わったなあ」

「そんな言い方、年寄りみたいだよ」

 そう言って真論君は父上から光る板を取り返した。

「ところで吾輩はどんな猫か知っているか」

「さあ」

「読んでいるのに知らない?」

「青と白の縞模様じゃないかな?」

「お~い、『吾輩は猫である』の吾輩はどんな猫か知っているか?」

 父上は少し離れた場所にいる母上に訊いた。

「さあ、茶色の縞模様じゃない?」

「いきなり意見が分かれたか。実を言うと俺はずっと黒猫だと思っていた。他の人に聞くと、白猫と言う人もいれば、茶トラ、キジトラ、三毛にヒョウ柄、聞く人によって違う猫が出てきた。それで実際に読んでみると正解した人は誰もいなかった。黒でも白でも縞模様でもない」

「結局、どんな猫だったの?」

「それは忘れてしまったが、よく分からない色だったことは覚えている。小説なんていい加減な物だ。どんな猫かは書かれているのに、皆が勝手に自分の吾輩を想像しているんだ。それでも読む事ができるのだから、猫の毛なんてどうでも良いんだ。猫だけじゃない。人間でも同じで、読み手は自分だけの登場人物を想像しながら読むから、小説の人物描写なんて読み飛ばしても問題ないんだ」

「真に受けちゃ駄目よ」と母上が言う。

「とんでもない。昔々、大学で論文の課題が出た時に思い切ってそれを書いてみたんだ。すると教授から『君の書く論文は良いね。一番面白いよ』とお褒めの言葉を貰った。つまりこれは大学の先生も認めた立派な考えなんだな」

「それじゃあ、どうしてもっと立派な人にならなかったの?」

「というのも先の論文に味をしめて、同じ調子で書き飛ばしていたら、別の教授達からお叱りの言葉を貰ってね。お情けで卒業はできたものの成績はギリギリだったから、箸にも棒にもかからずこんなT島県の片田舎で埋れることになったのさ。今思えばあの教授の褒め言葉で人生が狂ってしまった。あの時真面目に頭をひねり続けていれば、総理大臣は無理でも博士ぐらいにはなれたはずだ」

「無理無理、だって分数の割り算ができないもの」

「できないんじゃない。詐欺だということを見抜いているだけだ。あれはこの世の道理に合わないことだ。なぜ割る時に分母と分子を入れ替えなければならない。昔、学校の先生に訊いてみると、これはこういう物だからこうなんだという強引な答えが返ってきた。道理も分からない物を子供に教えるとはどういうことかと怪しんで、俺は授業中考えに考え抜き、ついにはこれが国家的な詐欺だということを見抜いた。いや、正確には騙している側でも怪しいと思いながら、これはこうでこういうものだと昔から教えられたという理屈で、空虚な教えを子供に語り継いでいるんだ」

「考えすぎじゃない?」

「考えてもみろ。3分の1とは何だ。1は3で割り切れないのだから、そんな物は存在しないはずで、存在しない物をさもあるかのように扱うのはおかしい話だ。3分の1を3分の1で割れば1になるのはさらにおかしい。嘘に嘘を重ねれば本当になると言っているようなものだ。だがこんなことは世間によくある話で、存在しない物をさもあるかのように騒ぎ、存在する物を存在しないように扱うことがごまんとある。それと同じように分数の割り算も存在するように見えるが本当は存在しない詐欺のようなものだ」

「あなた疲れているのよ。お酒の飲みすぎだわ。お風呂に入ってきたら」

「分数は存在しない。どれだけ理屈を並べ立られても俺は騙されにゃい」

 最後には口がもつれていた。足も同じようにふらふらしていて、父親は風呂場へ行く間にドスンドスンと何度も壁にぶつかっていた。
 ぼくは鏡で自分の体を見た。人間にとって猫の毛など、どうでもいい話かもしれないが、猫の身としては一生の一大事である。

 ぼくの毛色は爪先から頭の天辺まで全て黒一色で、ヒゲや肉球でさえ黒い色をしている。黒でないのは舌と爪と目の色ぐらいだ。母上は白い毛並みに青と灰色の縞模様を頭から被った美猫で、兄弟達もまた同じような毛色だったのに、一匹だけ黒一色に生まれたのは全くの不思議である。

『ターンワールド』のリリース記事


[内容紹介]

就職活動に失敗し続け、社会に自分の居場所を見出せないタクヤ。彼は、努力しても報われない現実に苦しみ、自らを「駄目人間」と認めながらも、どこかでその認識を誰かに肯定してほしいと願っていた。現代社会の冷酷さや、運の力が支配する世界に生きる彼が見つめるのは、果たして希望か、絶望か──。

努力すれば必ず報われるという幻想を痛烈に否定し、社会に対する鋭い批判を投げかける哲学的な物語。タクヤの内面に広がる無力感、そして自分自身との葛藤を描いた本作は、現代に生きる私たちに「本当の成功とは何か」を問いかける。

現実の不条理を突きつけ、心を揺さぶる異色の作品。

ターンワールドができるまで

スマホでKindle Unlimitedを楽しむ方法

タクヤと登場人物の関係について

1. ジンジャー(猫)
タクヤの旅の最も象徴的な同行者が猫のジンジャーである。ジンジャーとの出会いは偶然だが、次第にタクヤにとって不可欠な存在となる。当初、ジンジャーはタクヤにとって「負担」であり、旅の障害の一つとして描かれる。彼はジンジャーを捨てようと考えるが、その度に思い直し、結局は面倒を見ることを選ぶ。このプロセスを通じて、タクヤの内面には次第に「責任感」や「他者への愛情」といった感情が芽生える。ジンジャーがいることで、タクヤは自分が完全に孤独ではないこと、誰かのために存在することの意味を理解していく。

2. ケイト・クライン
アメリカから来た女性旅行者・ケイトは、タクヤの旅における重要な人物である。元「シトラスクィーン」という栄光を持ちながらも、人生に満足できずに日本を旅するケイトと、社会に適応できずに彷徨うタクヤは、表面的には異なる背景を持つが、根底では「居場所を探す者同士」という共通点を持っている。二人は言葉や文化の壁を超えて互いに心を開き、時には微妙な緊張感を伴う関係として描かれる。タクヤはケイトの過去を知ることで、彼女もまた「完璧な存在」ではないことを理解し、互いの弱さを認め合う関係へと発展していく。ケイトはタクヤに「他者とつながることの意味」を教え、タクヤはケイトに「誰かに頼ることの重要性」を気付かせる存在となる。

3. サナゴウチさん
タクヤが旅の途中で出会うギターを弾く男・サナゴウチさんは、タクヤにとって「自由人」の象徴である。彼はタクヤに対して軽妙な会話を投げかけ、自分の価値観に縛られない生き方を見せる。借金を抱えながらも楽天的に生きる彼の姿は、タクヤにとって一種の衝撃であり、同時に羨望の対象でもある。サナゴウチさんはタクヤにとって「社会の外でも生きられる」という可能性を示す存在であり、タクヤは彼との交流を通じて「失敗」や「挫折」も人生の一部であることを学ぶ。しかし、彼の無責任さや刹那的な生き方には限界があることもタクヤは気付き、最終的には自分自身のバランスを見つけるための一つの対比としてサナゴウチさんの存在が位置付けられる。

4. まさやん
漁師のまさやんは、タクヤの旅におけるもう一人の重要な人物である。彼は豪放磊落な性格で、気前が良く、タクヤとケイトを助けることも多い。まさやんはタクヤにとって「現実的な強さ」を象徴する存在であり、彼の明るさや包容力はタクヤに安心感を与える。しかし、まさやんの存在はタクヤにとって微妙な感情も呼び起こす。特にケイトとまさやんの関係が親密になっていく過程で、タクヤは「嫉妬」や「孤独感」といった感情に直面することになる。まさやんはタクヤにとって「理想の大人」の一面を持ちながらも、自分にはなれない存在であることを痛感させる存在でもある。

タクヤが求めているもの

タクヤが求めているものは、『TURN WORLD』全体を通じて多層的に描かれており、彼の内面の葛藤と成長が物語の核となっている。彼の求めるものは一言で表すのが難しいが「自己の存在意義の確認」「社会からの逃避と再定義」「他者との関わりの模索」の3つに集約できる。

1. 自己の存在意義の確認
タクヤは社会に適応できない自分を「駄目な人間」と認識している。しかし、その自己認識は単なる自己否定に留まらず、「自分がなぜこうなったのか」「この世界に自分の居場所はあるのか」という問いに繋がっている。彼は社会の中での役割や成功を求めているわけではなく、むしろ「何も役割を持たなくてもいい世界」を夢見ている。これは、自己の存在そのものを肯定してくれる何かを無意識のうちに求めていることを意味している。

ジンジャー(猫)との関係は、この「存在意義の確認」の一つの象徴である。ジンジャーの世話をすることで、タクヤは自分が「誰かの役に立つ存在」であることを実感し、少しずつ自己の存在を肯定していくようになる。ジンジャーは彼にとって単なるペットではなく、タクヤ自身が生きる意味を見つけるための媒介であり、彼の成長の象徴でもある。

2. 社会からの逃避と再定義
タクヤの旅は、社会からの逃避であり、同時に自分自身を再定義するための旅でもある。彼は「この世界を終わらせたい」と願いながらも、その一方で新しい価値観や生き方を探している。社会の規範や期待に縛られることなく、自分自身の価値基準で生きることを模索しているのだ。

旅の途中で出会う様々な人々—例えば、ケイトやサナゴウチさん、まさやん—は、タクヤに異なる生き方の可能性を示してくれる。ケイトは過去の栄光に縛られながらも新たな人生を求めており、サナゴウチさんは社会の枠外で自由に生きる姿を見せる。これらの出会いを通じて、タクヤは自分なりの生き方を見つけるヒントを得るが、それは必ずしも簡単な道ではない。彼は常に「逃げること」と「向き合うこと」の狭間で葛藤している。

3. 他者との関わりの模索
タクヤは基本的に孤独を好む人物だが、完全な孤立を望んでいるわけではない。彼は他者との関わりにおいて「自分を受け入れてくれる存在」を求めている。ケイトとの関係はその典型で、異国の女性である彼女と心を通わせることで、タクヤは「他者との理解」が可能であることを学ぶ。ケイトとの旅は、タクヤにとって「自分が他者とどう関わるべきか」を探る機会となっている。

一方で、タクヤは他者との関係においてしばしば「依存」と「自立」のバランスに悩む。ミワとの関係では、この問題が顕著に表れる。ミワとの依存的な関係が崩壊することで、タクヤは「他者に依存し過ぎること」の危険性を理解し、同時に「孤立しすぎること」の空虚さも痛感する。この二重の学びを通じて、タクヤは「適度な距離感」を持った人間関係の重要性に気付いていく。

最終的にタクヤが求めているのは、「自分自身を受け入れること」と「他者と関わりながらも自立した存在であること」の両立である。彼の旅は、社会の外で自己を見つける試みであり、同時に他者との関係を通じて自分を再発見するプロセスでもある。タクヤの葛藤と成長は現代社会における「生きづらさ」や「孤独」といったテーマを深く掘り下げるものであり、多くの読者が共感を覚える部分でもあるだろう。

『TURN WORLD』のモチーフについて

 本作『TURN WORLD』は、現代社会に対する強烈な批評性を持ちながら、人生の迷いや人間の本質を探求する物語である。そのモチーフを紐解くことで、本作が持つ深いテーマや背景を理解することができる。

 まず、本作の主なモチーフの一つに「社会の不適合者」というテーマがある。主人公・タクヤは、社会に適応できず、働くことにも生きることにも意味を見出せない青年として描かれる。彼は自分を「駄目な人間」と認識しながらも、その境遇に完全に甘んじるわけではなく、世の中の理不尽さや欺瞞を冷徹に見つめている。この姿勢は、ショーペンハウアーやニーチェの哲学にも通じる「世界の不条理」との対峙の構図を彷彿とさせる。タクヤが旅をすることは、現実世界に対する彼なりの反抗であり、逃避であり、また新たな価値を見出そうとする試みでもある。

 また、「社会からの逸脱と新たな共同体の形成」も本作の重要なモチーフの一つだ。タクヤは旅の途中で様々な人々と出会う。例えば、野宿をしている人々や、社会の枠組みから外れた生活を送る者たち。彼らはそれぞれが社会から排除されながらも、独自の価値観を持ち、助け合いながら生きている。これらの出会いは、社会の基準では「敗者」とされる人々が、別の価値観のもとで生きる可能性を示唆している。これは、既存の社会制度や資本主義の枠組みを批判する視点とも結びつき、現代の「生きづらさ」を浮き彫りにしている。

 本作の最も根幹にあるモチーフは「世界の終焉」と「再生」だ。タクヤは旅の途中で「この世界を終わらせる」という願いを抱く。しかし、それは単なる破壊衝動ではなく、今の世界に対する深い失望と、新たな世界への希求である。本作では、社会のルールや価値観に縛られた世界が否定される一方で、旅を通じて出会う人々や、タクヤの内面に生じる変化が、新たな世界の可能性を示唆している。この「終わりと始まり」という循環構造こそが、『TURN WORLD』というタイトルの意味にも繋がっているのかもしれない。


他の小説と何が違うか
 主人公タクヤの視点を通じて、現代社会における無力感や疎外感をリアルに描いています。この物語は、タクヤが感じる社会の不条理や理不尽さを深く掘り下げ、個々人の努力や才能が必ずしも報われないという現実を強く描写しています。多くの物語では、努力や信念が最終的には報われる展開が期待されがちですが、この小説では、努力だけではどうにもならない「運」の要素を重視しており、努力至上主義に対する鋭い批判が込められています。

 さらに、物語の舞台設定が、非常に具体的かつ日常的なものです。タクヤの日常は、就職活動の失敗や家庭内の微妙な緊張感、社会からの疎外感に満ちていますが、これらは多くの人々が共感できる現実的な悩みであり、物語全体が極めて現実的であると同時に、心理的な重みを持っています。特に、河川敷や電車といった身近な場所が物語の中心となり、幻想的な逃避がほとんど存在しないため、読者に対して「これは自分の話かもしれない」という錯覚を与えます。

 また、この物語はタクヤの内面の葛藤を中心に描かれている点でも特徴的です。多くの作品では、外部の敵や問題が主人公に挑戦を与える形が主流ですが、ここでは、タクヤ自身が最も大きな敵であり、彼が自分自身と向き合い、自己嫌悪や無力感と戦う様子が描かれています。この内面的な戦いは、読み手に深い感情的な共感を呼び起こすだけでなく、現代社会における自己認識や承認欲求、社会的な役割に対する考察を促します。

 さらに、物語の哲学的な要素も大きな違いです。例えば、物語中に登場する「この世の平等思想には根本的な間違いがある」という言葉は、単なるフィクションの枠を超えて、社会に対する批評や疑問を提起しています。読者に「平等とは何か」「努力とは何か」「成功とは何か」という問いを投げかけ、答えを見つけるよう促します。

 他の物語と比較して、エンターテインメント性よりも、現代社会に対する鋭い洞察と、内面的な苦悩を描くことに重きを置いた作品である点が「ターンワールド」の独自性を際立たせています。



試し読み

1 BAD WORLD


1 最悪の世界


 この世は最悪だ。

 証拠品A、B、C、D・・・・・。

 そこにまたひとつ証拠が積みあがる。

 朝から嫌な物を見た。タクヤは不採用通知を机の引き出しにしまった。同じような封筒は引き出しからあふれそうになっている。

 自分が駄目人間ということは分かっている。だからといってそれを誰とも共有したくはないし、話したくもない。しかし駄目な人間だと認めて欲しいという気持ちもまたある。

 最近タクヤが考えることは誰もが認める権威のある人からこう言い渡されることだ。

『君は人間的には悪くない人間だ。でも社会的には駄目だね。おっと、何もかもが駄目ってわけじゃない。ただ社会的有用性という意味においては劣等だ。悪いのは君じゃない。君だって駄目人間になりたかったわけじゃない。でもこればっかりは巡り合わせだからしょうがない。世間では誰にでも無限の可能性があって、努力すれば何にでもなれるなんて嘘を吐くけれど、それを言う本人がどれだけ努力しても100メートルを9秒で走ることはできないし、永久機関を作って人類のエネルギー問題を解決することもできない。もって生まれた才能が誰にでもあるのさ。だけど連中は才能というものを認めても、努力すればそれなりにできるようになるなんて苦しい言い訳を続ける。だけど高い才能があるなら低い才能もあるわけで、人は才能以上の事はできない。世の中には100メートルを100秒で走る才能もあれば、エネルギーを無限に消費するだけの才能もある。君には社会を駄目にする才能があるようだ。だから社会へ出るのは止めてくれ。これはもう社会貢献だよ』

 世界が自分の事を駄目な人間だと認めてくれて、何の役割も持たないでいることが許されている世界。むしろそんな世界でならタクヤは100メートルを9秒で走り、人類史上誰も成し遂げられなかった大発明もできるような気がした。

 しかしこの世は誰でも努力すれば人並みの人間になれるとされているので普通になれないのは努力していない、さぼっていることの証明にされてしまう。こんなに苦しいことはない。翼もないのに崖から飛べと背中を押されたり、エラがないのに海に潜れと急かされている。誰がそうしているのか。それは姿を持っていない。しかし、幽霊よりも確かな存在感でタクヤを急き立てる。

2 身近な別世界


 講義が終わるとタクヤは誰とも言葉を交わさずに大学を出た。

 駅に着くとちょうど電車が来た。昼間の電車は人が少なく、がらんとしている。タクヤが席に座ると電車が走り始めた。

 カタンコトンと体を揺られていると河川敷が見えてきた。大きい川なので河川敷も広い。河川敷には丈の高い草に埋もれるように木の板やブルーシートでできた屋根がいくつもある。この河川敷が自分の行き着く場所になるだろうとタクヤは予感していた。

 電車はすぐに川を越えて、窓から見えるのは店や家の裏側ばかりになった。

 実はさっき見た河川敷ではなく、もう少し上流にある大きな古い橋へ行こうとタクヤは考えていた。その橋の下なら、電車が近くを通ることもなく、雨や太陽をしのぐことができる。それに人通りも少なく、知り合いに見られることもないだろう。

 タクヤは家に帰るとベッドに倒れこんだ。そうして何もしないうちに時間が経った。何かしなくてはならないと気持ちが焦ったが、そのまま夜になり、何もしないまま夜が過ぎた。

3 暴かれたこの世の真実


 朝起きて下に降りると父がいて、朝ごはんと弁当を作っていた。珍しく早起きしたタクヤを見て「お」と声を出す。

 タクヤは父の脇でパンをトースターに入れた。二人とも何も話さなかった。息の詰まる雰囲気が続いた。

 結局、父が家を出るまで何も話さなかった。

「父さん、もう仕事に行った?」

 父が家を出ると母が起きてきてタクヤに訊いた。

「行ったよ」

 タクヤが答えると母の関心はすぐにタクヤに移った。

「大学は?」

「休み」

「休んでばかりね」

「講義なんてもうほとんどないよ」

「卒業してもそんなんじゃ嫌だからね」

 タクヤは逃げるように部屋のベッドに倒れこんだ。あっという間に昼になった。

 見果てぬ冷たい砂漠にただ一人、何も持たされずに立たされている気分がする。棒を立てれば倒れてしまい、種を蒔けばその場で凍ってしまう不毛の大地。水のない乾いた場所。それでいて水の中にいるような息苦しさがある。

 若さには無限の可能性があるなんて真っ赤な嘘で、その人が持つ資質、才能、環境で可能性は限られている。努力が足りないなんて言葉は努力している人を侮辱している。いや、この世の誰もが自分の資質、才能、環境で努力している。社会はその結果しか見ない。成功すれば努力のおかげ、失敗すれば努力が足りなかったとされる。

 この考え方には根本的な間違いがある。誰もが平等だということだ。

 生まれた時点で体重の差があり、病院の差があり、健康の差がある。赤ちゃんは裸で生まれてこない。見えない産着に包まれて生まれてくる。生まれてからも親の差があり、環境の差があり、運というものまで絡んでくる。

 この世の平等思想は出発点で誰もが同じスタートラインで始まることを根拠にしていて、なおかつ同じコースを走ることが想定されている。でも実際はリムジンの厚いシートに座りながら真っ平らな道を走り抜ける人もいれば、両足を切り落とされた上に鉛を背負わせられて坂道を這わなければならない人もいる。

 一番腹が立つのは歩く歩道を走っている人だ。リムジンに乗っている人はかえって自分の恵まれた環境を自覚しているが、こういう人は『俺は努力したからここまで走ることができた』という自尊心を持っている。それだけならまだ良いが、こういう人は他の人にも自分と同じだけの距離を走らせようとする。できないのは全力を出していないからだと非難する。

 彼が努力したのは真実だろう。しかしそれは片手落ちの真実で、足元が歩く歩道だったからこそ彼はそこまで走ることができたのだ。

 努力したから成功したというのは傲慢でしかない。それよりは努力では手に入らない運や才能を認めることによってこそ、成功の価値が出てくる。

 タクヤはどれだけ鍛錬しても100メートルを9秒で走れない。だからこそ100メートル9秒で走ることは素晴らしい。これが100メートル100秒なら話にもならない。

 この世で起きる出来事は運と才能に左右される。いや、才能も自分で選べないから究極的には運の一点に集約される。

 正直なところ、他の誰かがタクヤと同じ人生を送っていれば、ここまで生きてこられなかっただろう。タクヤは他人の五倍はがんばっている。もしこの世の努力が全て報われるなら、今頃タクヤは世界総理大臣になっていなければおかしい。

 全ては努力×運のかけ算で成り立っている。これは努力すればなんとかなるという意味ではなく、運が0ならどれだけがんばっても0ということだ。

 運の数値1を人並みとするなら、運の数値が0・5なら人の二倍努力してやっと人並み。しかし体は一人に一つ、人の倍努力することなど不可能だ。

 タクヤは自分の運が0だとは思わないが、0・000……と0がいくつか続いた後にやっと6がつくぐらいの運しかないだろう。人並みになるには生身で空を飛ぶぐらいの努力をしなければならない。つまり不可能ということだ。

 これ以上考えは広がらないので、ここがゴール。この世の真実だ。

4 幸運の誤謬


 父が帰ってくると一緒に夕飯を食べた。できれば一緒に食べたくないが、外で食べる金もなければ気力もない。早く食べて部屋に戻ろうと考えていた。

 タクヤは飲み込むように夕飯を食べて、まだ熱いお茶を吹いて冷ましていた。両親はまだ食べている最中だったが突然食卓に張り詰めたような静けさが広がった。

 ほどなく父が口を開いた。

「就職は決まったか?」

「ううん、まだ」とタクヤは答えた。

「この時期に決まらないなんてこともあるんだな。選り好みしていたら入れるところも入れないぞ」

「うん」

「真剣にやっているのか?」

「やってる」

「不況だなんだといっても全員が駄目ってわけじゃない。ほとんどの人は職を見つけて卒業するんだから、お前だってどこかに入れるはずだ」

 まだ熱いお茶を一気に飲むとのどが焼けた。タクヤは席を立った。

 タクヤは部屋に戻ると運が良い人の特徴をネットで調べた。

 いつも笑顔の人、積極的な人。どのサイトも同じようなことが書いてあった。

 馬鹿かとタクヤは心の中で叫んだ。金持ちが大きな家に住んでいるから、大きな家に住めば金持ちになるということぐらいおかしな話だ。普通の人が同じことをすれば破産するだけだし、そもそも大きな家を建てることすらできない。金持ちが大きな家に住んでいるのは金を持っているからで、運の良い人がいつも笑顔で積極的なのも運がいいからだ。やることなすことうまくいけば誰だってそうなる。

 玄関の郵便受けがカタンと鳴った。タクヤが玄関へ行くと茶封筒が一つ郵便受けに挟まっていた。封筒はタクヤ宛てだ。差出人の会社をタクヤは憶えていた。

 駅裏にある小さなビルの四階。従業員は七人。面接に行った時は三人しか姿が見えなかった。面接を受けたのはタクヤ一人だけで社長が直々に出てきた。仕切りを立てただけの応接間で低いテーブル越しに対面した。社長は目が鋭くて、顔には巻き毛のヒゲがびっしりと生えていた。面接が終わるとお互い冷めたお茶を一気に飲み干し、社長が「ぬるいな」と言って笑った。

 タクヤは部屋に戻ると封筒を手で破り中の紙を広げた。

「誰から?」

 部屋の外で母の声がした。

「受かったみたい」とタクヤは言った。

「何?」

「よく分からないけれど受かったみたい」

「どういうこと?」

 母が部屋のドアを開けて入ってきた。タクヤは持っていた紙を母に渡した。母は一度下まで目を通してからまた上に目を戻した。

「ふ~ん、良かったね」と母は採用通知を返した。

 タクヤはそれを封筒に戻すと机の引き出しに入れたが、やっぱりまた机から出して机の上に広げた。

5 ああ、素晴らしき世界


 まぶたが意志を持って開いているようだった。息を吸うと清らかな水が手足に満ちていくようで自然と体を動かしたくなった。

 下へ降りると父が朝ごはんと自分の弁当を作っていた。

「おはよう」とタクヤは父に声をかけると、パンをトースターに入れた。それから父とは何も話さなかったが、そこにいるだけでみずみずしい幸せを感じた。

 世界は素晴らしい。この世は誰もが幸せになるために生まれてきた。幸せはいつもすぐそこにある。心を開けばその瞬間に幸せになれるのだ。

 父は朝食も着替えも済ませると、家を出るまでニュースを見ていた。二人は何も話さなかったが、父は出際に「学生は気安いな」と言った。

 タクヤは部屋に戻ると服に着替えた。それだけで体の底から幸せを感じた。何故この世はこんなにも素晴らしいのか、今この瞬間を切り取って永遠に時を止めてしまいたかった。

 世界は変わった。空の限りない青さを感じ、太陽から降り注ぐ光線がはっきりと見えた。それら全てが相互に影響し合って世界を幸せにしている。この素晴らしい世界は今までどこに隠れていたのか。いや、世界はずっとここにあった。タクヤは自分から目と耳を閉じていただけだ。

 大学へ行くとワタナベ君が前を歩いていた。彼とは仲が良かったが、最近はタクヤから彼を避けていたし、彼もタクヤを避けていたので、ほとんど話すことはなかった。

 タクヤは足早に近付き、彼の丸くなった背中を叩いた。

「よっ、おはよう」

 予想外に大きな声が出てタクヤは驚いた。ワタナベ君も目を丸くしていた。

「あ、あぁ。おはよう。ビックリした」

 ワタナベ君の声は小さく、タクヤに届けるのがやっとという感じだった。昨日までのタクヤもこうだったのだろう。

「最近どう?」とタクヤは言った。

「まあまあだよ」

「就職活動とかどうしてる?」

「まあ、やってる」

「僕は内定が出た」

 ワタナベ君が眉を上げた。

「へえ、どこ?」

 タクヤは昨日内定が出た会社の名前を言った。

「やったね。就職活動はまだ続ける?」

「もっといい場所が見つかるかもしれないからね」

「やった方がいいよ。選択肢はたくさんあった方がいいから。それにしても良かった。おめでとう」

「うん。がんばっていれば必ず結果はついてくるよ」

 ワタナベ君はまだ内定を取っていない。彼の様子を見れば聞かなくても分かった。タクヤはどうすれば彼を幸せにできるか考えたが、答えは出せなかった。

 家に帰ったタクヤはベッドに横たわると、あの会社で働く自分の姿を想像した。タクヤは慌しい事務所で電話を片手に何かの書類を見ている。初めは頼りなくぎこちないが仕事を覚えていくうちに有能な働き手となり会社を引っ張っていく。それで大きな自社ビルを建てて、その頃には社長のヒゲも白くなっていて、壁に貼られた値札に『時価』と書いてある寿司屋で社長と酒でも飲みながら『この会社がここまで大きくなれたのは君のおかげだ』なんて言われる。そんなことを考えていたのにタクヤは別の会社に電話をかけていた。一度落ちた会社だがまだ募集していないか訊いた。すると話を聞いてもいいということになり、いきなり面接の日取りが決まった。

 二日後に面接だった。日常業務の合間に面接の時間を作ったという感じで慌しかったが反応は悪くなかった。その結果が出る前にまた別の会社の面接を受けた。

 この世は門を叩けば開かれる。世界は正面からぶつかっていけば受け止めてくれるのだ。世界にはバラ色の絨毯が敷かれている。
 
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『グッドライフ高崎望』のリリース記事

高崎望は14歳の秋に学校へ行けなくなった。
幸いにも担任の先生の尽力により高校に進学するが、
彼が入った上等高校は不良が集まる危険な学校だった。

他の小説と何が違うか?

『グッドライフ高崎望』は、普通の学園生活とはかけ離れたリアルな思春期の葛藤を描く、独自の切り口を持った青春小説だ。本作は、主人公・高崎望の視点を通じて、彼が高校生活へ足を踏み入れるまでの苦悩と成長を丁寧に描き出している。その物語の核にあるのは、「いじめ」や「不登校」といった社会問題であり、主人公がそれらにどのように向き合い、やがて一歩を踏み出すかを焦点にしている。

本作の独自性
『グッドライフ高崎望』が他の青春小説と異なる点は、まず第一に「心理描写の徹底」にある。登場人物たちの言動や内面を、細やかな描写を通じて読者に伝え、彼らが抱える痛みや希望をリアルに感じさせることに成功している。例えば、主人公・望が不登校に陥った理由が曖昧であり、彼自身もそれをうまく説明できない点は、非常に現実的な少年の姿を映し出している。多くの作品では、不登校の理由は具体的な事件やいじめと結びつけられがちだが、本作では理由を明確にせず、あくまで曖昧さの中に漂わせている。この「理由の不明瞭さ」は、一見弱さのように思われるかもしれないが、現実世界において「なんとなく学校に行けない」という状況がいかに多くの生徒に共通しているかを考えれば、むしろ普遍性のあるテーマだと言える。

他の作品との違い
本作を他の学園ものや青春小説と比較したときに特筆すべきは、望の家庭環境や親子関係の描写だろう。望の母親は過干渉ではなく、望の意思を尊重しようとする一方で、どこか子どもを突き放している様子が垣間見える。父親は典型的な「昭和の男親」のように、息子を叱咤激励するが、それがかえって望にプレッシャーを与え、彼の心を閉ざしてしまう。この「家庭内での摩擦」を軸に、主人公がどのように家族の期待と向き合い、またそれを裏切ることへの葛藤を抱えるかが、物語の中で巧みに描かれている。例えば、父親との対話では感情の抑えきれなさが痛いほど伝わり、その瞬間の空気感がまるでその場に立ち会っているかのように感じられる。

多くの青春小説では、仲間との友情や恋愛が物語の中心に据えられるが、『グッドライフ高崎望』はむしろ「孤独」をテーマにしている点が新鮮だ。主人公が自ら他者との関わりを避け、ひたすら自分の内面に潜り込んでいく様は、内向的な少年たちの心情を深く掘り下げている。また、作中の「不良との遭遇」や「新しいクラスでの自己紹介」といった場面においても、彼がどれだけ周囲に対して自己防衛的になっているかが丁寧に描かれており、読者は彼の視点に寄り添いながら、心の動きを追体験できる。

序盤の展開と構成の巧みさ
序盤は、望が不登校から抜け出し、やがて高校へ進学していくという「一歩前進」の物語である。しかし、彼が新しい環境に完全に適応できるかどうかは、作中で明言されることはなく、むしろ不安な気持ちのまま新しい日々をスタートさせる。その結末の曖昧さは、リアルな人生の一断面を切り取ったかのようだ。読者は彼の未来に期待を持ちつつも、同時にその不安定さに共感を覚え、自然とエールを送りたくなる。

また、構成面でも巧みさが際立っている。各章ごとに区切られたストーリーは、一つのエピソードが終わるごとに「次の一歩」を強く意識させる作りになっており、読者が「望は次にどんな困難に直面し、どう乗り越えていくのか」を知りたくなるような期待感を常に持たせている。この「続きを期待させる構成」は、物語の起伏を絶妙にコントロールしている証だ。

総評
『グッドライフ高崎望』は、単なる学園青春小説ではない。思春期の不安定な心情を丹念に描き出し、現実の少年少女たちが抱える悩みをリアルに再現した作品だ。主人公が前進しているようで、実は常に足を取られているようなもどかしさや、わずかな一歩に大きな意味を見出す様子は、私たちが日常生活で直面する困難そのものだろう。だからこそ、本作は「等身大の青春」を描いた傑作として、深い余韻を残すのだ。

他の青春小説では見られない「居場所を求める少年」の葛藤を真正面から捉え、読者に問いかける本作。読み終えたときに、望が少しでも未来を信じられるようになったと感じられたなら、それは間違いなくこの物語が読者の心に届いた証拠だ。


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試し読み

1 上等高校受験

「望君は、やればできる子だからがんばって!」


 車の中から母親が声をかけた。息子の合格を心から信じている目をしていた。どうしてそこまで信用できるのか望には分からなかった。

 二人は上等高校の正門前にいた。今日は入学試験日で、門内には親子連れの学生が何人もいたが、望は一人だけだった。

 母親は一緒に行くと、何度も言っていたが、中三にもなって母親と一緒に歩くなんて恥かしいと望は思っていた。『来たら殺す』と望は言い続けて、三日前に渋々という感じで母親はついてくるのをやめた。他の子もそうしているだろうと思っていたが、みんな親子連れで子ども一人の方が珍しいぐらいだった。

 望と同じ学校の制服を着た子が何人かいた。顔は知っていたが名前は知らなかった。数人で固まって話をしている。

 校舎の門が開いた。

「試験を受ける方はこちらへ! 保護者の方はあちらへ!」

 スーツを着た男が白い息を吐きながら大声を出した。たぶんこの学校の教師だろう。

 望が校舎へ向かっていると担任の先生が自分の生徒達の肩を叩いて言葉をかけていた。望は先生に捕まらないように、そっと通り過ぎようとしたが肩を捕まれてしまった。顔を横に向けると先生と目が合った。

「高崎、がんばれよ」

 先生はそれだけを言って望の肩を二度叩いた。望はただうなずいた。

 教室に入ると、決められた席に座った。近くに同じ制服の子が二人いて、小さな声で話していた。顔は見たことがあるが、やはり名前は分からなかった。望のことを話しているような気がした。

 受験生が全員席に着いて静かになると、その二人は喋るのをやめた。

 教室に試験官が三人入ってきて、テスト用紙が配られた。学校のテストのような一枚の紙ではなく、プリントを何枚か重ねて綴じた物だ。一番上には数学と書いてあり、その下に受験番号と名前を書く欄があった。

 時計が試験開始時刻を指すとチャイムが鳴った。

「それでは試験を開始してください」と試験官が言った。

 周りから紙をめくる音が聞こえた。望も氏名と受験番号を書くと一番上の紙をめくった。

 望はテスト前に山のような参考書を一週間で通り抜けていた。手のひらぐらいの厚さはあっただろう。今思い返すとちょっと信じられない。

 父親は仕事から早く帰ってくると、付きっきりで望の勉強を見ていた。一日のノルマが決められていて、それが終わるまでずっと望の隣に座っていた。さぼる気はなかったが、さすがに何時間も勉強していると頭がふらふらしてくる。それでも父親は休むことを許さなかった。

 机に座って何時間も勉強した。不思議とトイレに行きたいとは思わなかったし、お腹も減らなかった。父親からは燃えるような熱気を感じたし望自身も燃えるように熱かった。二人とも顔を真っ赤にして汗をかいていた。

 殺してやる。

 父親に対して何度かそう思った。それとは逆に殺されるかもしれないと感じたこともある。あと一歩何かを踏み間違えれば、本当に殺し合っていたかもしれない。しかし望はその一歩を踏まずに参考書の山を通り抜けた。

 その成果があったのか試験問題は簡単に解けた。試験時間を三十分残して全問解いてしまった。あんなに勉強していたのが馬鹿みたいだ。

 あまりに早く解けたので退屈だった。他の子も何人かが退屈そうにしている。数十分その退屈に耐えていると、数学のテストが終わった。

 十分の休憩が終わると次のテストだった。そのテストも、その次も、同じように簡単な問題だった。ひょっとすると百点満点かもしれない。

 筆記試験が終わると今度は面接だった。最初に十人が教室を出て行った。しばらくするとまた十人が呼ばれて教室を出ていく。望もその中に入っていた。

 廊下にパイプ椅子が並べてあって、呼ばれるまでそこに座っているようにと試験官は言った。パイプ椅子に座るとまだ生暖かった。

 ドアの開く音がして「失礼しました」という声が聞こえた。そして、遠ざかっていく足音。その全てがやけに廊下に響いていた。

「次の方どうぞ」

 試験官が言った。一番端にいた子が立ち上がるとすぐそばの廊下を曲がっていった。しばらくするとドアをノックする音の後に「失礼します」という声が聞こえ、ドアを開ける音がした。

 そうやって先に並んでいた子達が面接へ向かった。

 次は望の番だ。

「失礼しました」という声が聞こえると「次の方どうぞ」と試験官が言った。

 望は立ち上がり、すぐそばの廊下を曲がった。試験官が一人立っていて望を導いた。

 望は教室の前に立つとドアを三回ノックした。その後「失礼します」と声をかけると中から「どうぞ」と声が返ってきたので教室に入った。

 長い机の向こうに三人の試験官がパイプ椅子に座っていた。望は三人の前に置かれたパイプ椅子のそばまで進むと学校名と氏名を名乗った。真ん中の若そうな男が「どうぞ」と促したので望は椅子に座った。

 面接は事前に教えられた通りだった。緊張はしたが詰まらずに答えることができた。

 志望動機、今日はどうやってここまで来たか、自分の長所、得意な科目を答えた。意外なことに好きなゲームは何かという質問があった。

 試験官は他にもいくつか質問したが、まだ一つ訊いていないことがある。担任の先生が絶対にこれは訊かれると言っていたが、その気配はない。このまま面接が終わるのではないかと望は期待したが、試験官が大きく息を吸って吐いた。

 教室にぴりっとした緊張が走ると、望のへその穴がみぞおちまで上がった。面接官が咳払いをする。

「一つ訊いておきたいことがあります。良いですか?」

 試験官はことさら優しい口調になった。口元には笑みさえ浮かんでいる。

「はい」と望は答えた。教室の空気がやけに冷たかった。

「あなたは二年生の二学期から学校に行っていませんね。どうしてですか?」

「周りの人と馴染めませんでした。それで学校に居づらくなって、ずっと行けないままになりました」

 事前に考えていた答えだ。でも本当のことではない。

「もしこの学校に合格したら通えますか?」と試験官は言った。

「通えると思います。環境が変われば大丈夫だと思います」と望は答えた。

「試験はこれで終わりです。お疲れ様。ここを出たらもう帰って良いですよ」

「ありがとうございました」

 望は席を立って教室を出た。それから「失礼しました」と言ってドアを閉めた。

 校舎を出ると担任の先生が待っていた。望と同じ制服を着た三人の子が先生を囲んで、騒いでいる。先生は望に気付くと彼らから離れて、そばに駆け寄ってきた。

「どうだった?」と先生は言った。

「まあまあ」と望は答えた。

「受かっていると良いな」

 先生が望の肩を叩いた。望はうなずいて先生の脇を通り抜けた。そのすぐ後に「誰?」と誰かが先生に訊いていた。先生がどう答えたのかは聞こえなかった。

 正門で母親が立っていた。

「車は?」

 望は母親に声をかけた。

「早かったのね」と母親は言った。

「だから車は?」

「ここで待っていたら駐車禁止ですよって怒られたから、ずっと向こうの駐車場に停めてきた」

「それってどこ?」

「あっ、先生じゃない。だいぶお世話になったから挨拶してこないと」

「しなくて良いよ」

「常識がない親だって思われるじゃない。それで困るのはお母さんなんだからね」

 母親はそう言うと担任の方へ行ってしまった。挨拶すると言っていたのに世間話までしている。すぐに終わりそうな気配がなかった。

 雪がちらちらと降る中で、望は待ち続けていた。歩いて帰ることも何度か考えた。

「あら、いたの? もう帰ったのかと思った」

 待ち続けた望に母親は平気でそんな言葉をかけた。

「こんな所から歩いて帰るわけないだろ」と望は言った。

「それなら先生に顔を見せたら良かったのに」

「もう見せたよ」

「あの子達は望君の知っている子?」

 母親が担任の先生に顔を向けた。彼の周りにはまだ生徒が群がっていた。

「知らない」

「もし受かったら一緒になるんだし、今から友達になっておいたら?」

「いいよ」

「お母さんが頼んであげようか?」

「そんなことは絶対しなくて良い」

 望は声をひそめながらも強く答えた。

 それから望は母親と一緒に駐車場まで行った。車に乗ると母親が今日はどうだったか訊いてきた。話すほどのことはないので適当に答えていたら静かになった。

 半時間ほど車に乗っていると家に着いた。

 家の正面には『タカサキ美容室』と書かれた看板がかかっている。母親が経営している店だ。シャッターには『本日休業』と札がかかっていた。周りと比べると大きな家だが、一階部分は店になっているので、住む場所はそれほど広くない。

 裏口から家に入った。というよりも望の家は裏口が正面玄関みたいな物だ。正面から入れないこともないが、店の中を通らなければならない。裏口にちゃんとした玄関を作ろうと父親は言い続けている。

 望は服を着替えると母親と二人で早い夕飯を食べた。

 父親は望の勉強を見るために早く帰ってきていたので、その埋め合わせをするためか、帰りが遅い日が続いている。

 夜の九時になった。風呂を出ても父親はまだ帰ってこなかった。

「お父さん遅いわねぇ」と母親が言った。

 望は眠くなった。試験はほんの数時間だったが、手も足も水が詰まったように重い。まだ早い時間だったが、望は父親を待たずに布団に入るとすぐに眠った。

 
2 望の過去

 望は鏡の前に座っていた。母親が後ろに立って望の髪をカットしている。月に一度の恒例行事だ。望はおしゃれな髪型にされるのが嫌だった。周りと比べると変に目立つのだ。

「そろそろ来ても良いんじゃない?」と母親が言った。試験を受けてから一週間経ったが試験結果はまだ来なかった。

「ダメだったかもね」と望は言った。

「まあまあだったんでしょう?」

「まあね」

「なら大丈夫よ、あんなに勉強していたんだもの」

 仕上げの段階に入ると、店の奥から大橋さんが顔を出した。

「おはようございます、高崎さん。おはよう、望君」

 大橋さんは母が雇っている美容師さんだ。もうこの店で三年働いている。

「そろそろ来ましたか」と大橋さんは言った。

「それがまだ」と母は答えた。

「望君はきっと受かっていると思います」

「そうかしら。あれだけ必死に勉強したんだから受からないと損よね。でも落ちていたらどうしよう。ここで働く?」

 母親が望をからかった。

「お姉さんだっているわよ」と大橋さんまでからかってくる。

「そんなことは絶対にない! 絶対に受かってる!」と望は言い切った。体が熱い。鏡を見ると顔が真っ赤になっていた。

「ほんの冗談じゃない。そんなにむきにならなくてもいいでしょ」と母親が笑った。

「かわいいわねぇ」と大橋さんまで笑っている。

 望は体にかかっている布を剥がして立ち上がった。鏡を見る。やっぱりおしゃれな髪型だった。

 望は体を熱くしながら自分の部屋に戻った。「髪は自分で洗うのよ」と母親の声が背中を追いかけてきた。

 部屋に戻った望は窓から遠くの山を見ていると、遠くの道で制服姿の学生が自転車を漕いでいた。今日は学校のある日だが望は行かない。今日だけではなくもう一年以上学校に行っていない。

 望は窓のカーテンを閉めた。胸がざわついていた。

 開店時間になるとすぐに店のドアが開いた。母親の店は繁盛しているわけではないが、いつも客は入っていた。

 昼にツナサンドを作っていると、大橋さんが入ってきたので一緒に食べた。彼女は望が学校に行っていないことについて何も言わない。

 ツナサンドを食べ終わると紅茶を二杯淹れた。

 紅茶を飲んでいる途中で壁を叩く音がした。母親が大橋さんを呼ぶ音だ。大橋さんは紅茶を半分残したまま「ごちそうさま。ありがとね」と言って店に戻った。

 望は紅茶を飲み終えると、食器を洗った。

 テレビでドラマの再放送を見ていると今度は母親が入ってきた。望は冷蔵庫からラップで包んだツナサンドを出して湯を沸かした。大橋さんも母親も普段はうるさいぐらいに喋るのに仕事中だとほとんど喋らない。紅茶を飲むと母親は店に戻った。

 昼に続いて二杯目の紅茶を飲み干すと望はまた食器を洗った。

 夕方五時になるとシャッターの閉まる音がした。

 店から母親の呼ぶ声がする。望が顔を出すと、母親は細長い封筒を手渡してきた。表には上等高校と書いてある。望はそれをしばらく手に持ったままでいた。

「開けないの?」と大橋さんが言った。

「うん」と望は曖昧に返事をした。

「私が開けてあげる」

 母親は望から封筒をもぎ取ると、はさみで封筒を切った。中から白い紙を出して望に渡す。

 望はその紙を開いた。両脇から母親と大橋さんが覗き込んだ。

「合格って、ことですよね?」と大橋さんが言った。

「ここに合格って書いてある」と母親が指差した。

「やったじゃない、望君!」

「やった!」

 母親と大橋さんがはしゃいでいたが、望は嬉しさよりも不安を感じていた。

 上等高校に受かったということは、四月からここへ通わなければならないということだ。中学校に通うこともできていないのにできるのだろうか?

 面接では環境が変われば通えることができると口に出してしまったが、本当にそうなのかは自分でも分からなかった。


 事の始まりは中学二年の二学期、十月の初めだった。望は風邪を長く引いて一週間学校を休んだ。仮病でもなんでもなく本当の風邪で、布団で横になっていると天井がぐるぐる回っていた。熱は土曜日に平熱に戻った。

 週が明けて月曜日になると望は朝ごはんを食べて制服に着替えた。そして部屋を出ようとすると学校に行けなくなっていた。

 母親は声を上げて何度も学校へ行くように促した。始業時間が近付くと気が狂ったような甲高い声になった。それでも望は学校に行けなかった。学校に行かなければと思っているのに体が動かないのだ。

 その状態のまま開店時間になったので「遅刻してもいいから学校へ行きなさい」と言って、母親は店に出た。

 望は制服を着たままベッドに座っていた。

 十時に学校から電話がかかってきて、望がまだ学校へ行っていないことを母親は知った。母親は大橋さんに店を任せて部屋に入ってきた。

 母親が最初にしたことは望の頭をひっぱたくことだ。目が釣り上がって燃えるような目をしていた。一時間以上強い言葉と手が望の頭に降ってきた。それでも望は学校に行けなかった。結局その日は「欠席します」と母親が学校に電話をした。今日は学校へ行かなくても良いのだと分かると胸が軽くなった。

 その日の夜、母親が父親に望が学校へ行かなかったことを話した。

「まだ本調子じゃないんだ。明日は大丈夫だろう?」と父親が軽い調子で言った。望はうなずいた。その時は明日こそ学校に行くのだと思っていたが、次の日になるとまた体が動かなかった。

 朝起きてごはんを食べる。歯を磨く。そこまでは何でもないのに、制服に手をかけた途端に手の動きが鈍くなった。それでもゆるゆると制服に着替えるのだが、さあ学校へ行くぞとなるともうダメだった。手も足も動かなくなる。学校へ行かなければという気持ちが胸で止まり、手足に伝わらないのだ。

 母親は昨日と同じように怒鳴りつけた。それでも望は動けなかった。頭を叩かれたが、その時だけは頭を防御するために手が動いた。

 店の開店時間になると母親は手を止めて「今日は学校に行くのよ」とドアを開けたまま店に出た。

 しかし、望は学校に行かなかったので、昨日と同じように学校から電話がかかってくると、母親は「今日も学校を休みます」と言った。望は開いたドアのからその声を聞いていた。

 それが三日続くと、さすがに父親もおかしいと気付いたようで、望をリビングに呼ぶと「母親には話せないこともある。ここは男同士で話すから」と母親を部屋から閉め出した。

 父親はまず望を座らせた。それから父親はすぐ目の前に座ると「どうして学校に行かないんだ?」と真剣な顔で言った。望は自分でも理由が分からないのでずっと黙っていた。

「いじめられているのか?」と父親は言った。望は首を振った。

「友達と何かトラブルでもあったのか?」と父親は言った。やっぱり首を横に振った。

「成績のこととか?」と父親が言った。それも違うので首を振った。

「それじゃあ何の悩みがあるんだ」

 父親はうんざりという感じで言葉を吐いた。学校に行かなければならないのに学校へ行けない。それが悩みだったが、今訊かれているのはその理由で、その理由は自分でも分からなかった。望はずっと黙っていた。

「何も言わなきゃ、何も分からん。いつもみたいに喋ったらどうだ」

 父親がきつい口調になった。しかし、何も頭に思い浮かばないのだから喋りようがない。その場を言い逃れる嘘ですら思いつかなかった。

「親をからかうのもいいかげんにしろ!」

 望がずっと黙っているので父親が怒鳴った。

「普段は生意気な口を叩くのに、こんな時だけ神妙にしている。おかしいじゃないか! 誰かに舌を引っこ抜かれたのか? そもそもお前は、いや、お前に限らず最近の若い奴は世の中を舐めている! 俺が若い頃はもっと真剣に毎日を生きたものだ! もっとしっかりしろ!」

 望は父親の言葉をただうつむいて聞いていた。望は指一本動かさなかったが、胸の中は今すぐこの場所から飛び出したいほど揺れていた。

「おい、人の話を聞いているのか! 人が話している時はこっちを向け!」と父親が怒鳴った。さぞ怒っているだろうと、望が恐る恐る顔を上げると、父親は今にも泣きそうな顔をしていた。
その顔を見ると何故か涙が出てきた。まさに流れたという言葉がぴったりで、声も出さず体も震わせず、ただ熱い涙が目からあふれて顔の表面を流れていった。

「なんで泣くんだ。そんなにつらいことがあるのか。父さんに言ってみろ」

 泣いている望を見て父親が言った。さっきまでの強い口調は消えていた。望は手で顔をこすったが涙はまだ出てきた。

「泣きたいのはこっちだ……」

 父親はつぶやくとそれっきり黙ってしまった。

 二人とも長い間黙っていたが、先にしびれを切らしたのは父親だった。彼は息を吸って体を動かすと、柔らかい声で喋り始めた。

「実を言うとな。父さんだって学校には行きたくはなかった。それでも我慢して行った。俺だけじゃない。他の子だってそうだ。お前がそう思ったって不思議じゃない。お前はただちょっと疲れただけだ。若い時は無限に元気があると思ってしまうものだから、つい自分の限界を越えてがんばってしまうんだ。なに、休んだのはほんの一週間ぐらいだ。ちょっとした秋休みと思えば良い。だから明日も休め」

 父親が意外なことを言ったので望は顔を上げた。

「心配するな。母さんと学校には父さんが言っておく。だから明日は心と体をしっかり休ませろ。それで明後日学校へ行けばいい。明後日は金曜だ。次の日が休みと思えば気持ちも楽だろう?」

 金曜日に学校へ行けるとは思えなかったが望はうなずくしかなかった。ここで首を横に振れば何が起きるか分からない。

「そうか。それじゃあ明後日からがんばるんだぞ」

 それで話は終わった。

 父親とリビングを出ると母親が待っていて、望に何か話しかけようとしたが父親がそれを止めた。望には「今日はもう寝なさい」とだけ言って、母親と二人でリビングに入った。何を話すのか気になったが、布団に入って目をつぶっていると、あっという間に朝になった。

「今日はちゃんと学校を休むんだぞ」

 朝食の席で父親が言った。母親がわざとらしいため息をついた。朝ごはんを食べ終えると、父親が「今日も息子は休みます」と学校に電話した。それを聞くと朝の早いうちから体が軽くなった。

 その日は特に何をしたわけではないが、夕方になると体の芯から元気が湧いてきた。その気になれば空を飛べそうな気さえした。これなら学校へ行けると確信して、母親には「明日は必ず学校へ行く」とさえ断言した。

 しかし、次の日になるとその気分はどこかに吹き飛んでいた。

「今日はちゃんと学校へ行くんだぞ」

 望が食卓に顔を出すと父親が言った。朝ごはんを食べると父親は仕事へ行った。

 望は歯を磨いて制服に着替えた。そうするとまた体が動かなくなった。制服を着たままベッドに座っている望を母親は発見して、学校へ行くようにと怒鳴った。開店時間の九時が来ると店に出た。十時に学校から電話がかかってきて、今日は休みますと母親が言った。何も変わらなかった。

 夜、父親が帰ってくると一連の出来事は母親の口からすぐに伝わったようで、荒々しい足音が部屋に近付いてきた。部屋に入ってきた父親はまだネクタイを締めたままで目が燃えるように光っていた。
「どうして学校へ行かなかった! お前は嘘つきだ!」

 父親は開口一番にそう怒鳴った。次に母親が入ってきて二人並んで説教した。父親の口が止まれば母親が、母親の口が止まれば父親が。かなり長い時間説教された。最後に罰として今日の夕飯は抜きということが告げられたが、望はむしろほっとしていた。夕飯抜きなら両親と同じ食卓につかないで済む。夕飯を食べないことぐらい何でもなかった。

 土曜日は両親と顔を合わせないようにずっと部屋にこもった。ごはんを食べる時は飲み込むように食べて、すぐ部屋に戻った。

「明日は学校へ行くんだぞ」

 日曜日の夜に父親は言った。あまり強く言われなかったので望は曖昧にうなずいた。部屋に戻ると一応の準備をしてベッドに入った。頭が燃えているようでなかなか眠れなかった。

 次の日、父親は朝ごはんを食べるとスーツに着替えたが、なかなか仕事に行かなかった。

「今日は学校へ行くんだぞ」と父親は言った。望は小さくうなずいた。朝ごはんを食べて歯を磨くと、部屋で制服に着替えた。そうするとやはり体が動かない。金縛りやしびれとかではなく学校へ行こうとする意志を体が受け付けなかった。

「なんだ、もう制服じゃないか。今日は行く気なんだな」

 父親が望の部屋に入ってきた。父親がまだ仕事に行っていないことに望は驚いた。

「それじゃあ、お父さんと一緒に学校へ行こう」と父親が言った。

 父親に学校へ行くように言われてもやはりダメだった。学校へ行かなければという気持ちはあるのだが体が動かなかった。

『なんでじっと座っているんだ。学校へ行くぞ』

『もう二週間も学校へ行っていないんだ。そんなことで良いと思っているのか』

『お前がそんなに怠け者だとは思わなかった』

『学校にだって楽しいことはあるぞ。友達だっている』

『月曜日は何かをやり始めるのには良い日だ』

 父親は色んなことを言ったがダメだった。望は高い崖のふちに立たされて、ここから飛んでみろと言われているような気分だった。

「なあ、どうしてダメなんだ。お前が何も言わないから父さんにはさっぱり分からん」

 言葉が尽きたのか、ほとほと疲れた様子で父親が言った。

「分からない」とだけ望は答えた。

「分からないってどういうことだ」

「僕だって分からない」

「自分のことなのに理由が分からないなんてことがあるか!」

 父親の言うことは正しい。望も同じ意見だった。でも分からないものは分からない。激しい感情が胸から上がってきて涙が出てきた。

 望が泣き止むのを待って、父親はゆっくりと口を開いた。

「なあ、望。正直に話してみろ。さっきはお前のことを怠け者だと言ったが、あれは言葉の弾みだ。本当はお前がそんな子じゃないということを父さんは知っている。あやまる。すまなかった。今までずっと真面目で良い子に育ってきたお前が、こうまでして学校に行けないということは何か大変なことが起きているんじゃないか? そりゃあ、父さんは何でもできるというわけじゃないが、話してみれば何か解決策が出せるかもしれないじゃないか。父さんがダメなら母さんもいる。母さんでもダメなら先生だっている。先生がダメなら……とにかく大人はたくさんいるんだ。お前の胸の内を吐き出してみろ」

 父親にそう言われても出るのは涙だけで、言葉は一つも出なかった。

「父さんはもう仕事に行く。今日は遅刻だ」

 父親はそう言うと仕事に行った。その日は心も体も軽くなることはなく、望はベッドで横になり一日中天井を見ていた。

 その日の夜、壁越しに両親が何か話しているのが聞こえた。

 次の日は何故か学校に行けと言われなかった。

 さらに次の日、両親は不登校児の子どもを持つ親のセミナーという会に行った。それ以来学校へ行けとは言われなくなった。言ったとしても間接的にやんわり伝えてくるだけだ。今でもそのセミナーには通っているようだ。

 学校からは毎日電話しなくても良いから学校に来る時に電話してくださいという電話があった。

 それから両親は学校に電話をかけていない。通っていた塾はやめた。

 中学三年の九月、担任の先生から絶対に受かると言われていた地元の高校はかなり厳しいと告げられた。その代わりに上等高校という学校を勧められた。

 この時の望は十五歳になれば、どこからか大きな風が吹いてきて、この世から消えるのだろうとぼんやり考えていた。将来のことなど全く興味はなかった。しかし担任が強く勧めるし、両親もこの時ばかりは熱心に説得してきたので、その熱さに負けて受けると言ってしまったところがある。どうせ落ちるだろうとも思っていた。
 
  ※

そんな事情があったので四月からこの高校へ行けるようになるとは望には思えなかった。
 
3 卒業式

夕方、裏庭に車が入ってくる音がした。しばらくすると裏口を叩く音がした。

「こんばんは」

 威勢の良い声がした。担任の先生だ。母親が裏口に出て何か話をしている。

 しばらくすると母親が呼んだので望は裏口へ降りていった。

「よう、高崎。元気か」

 望の顔を見ると担任の先生が手を上げた。彼は週に一度家にやって来る。特に何をするでもなく、ただ顔を見に来るという感じだ。

「上等高校受かったんだってな。学校にも連絡があった。おめでとう」

「うん」

「中学は学校に来ることはできなかったが、高校で環境が変わればきっと大丈夫だ」

「中学だってまだありますよ」

「なら、最後にちょっとだけ来てみるか?」

「いや、行かない」

 望が笑うと「こらっ」と母親がたしなめた。

「いや、良いんです、お母さん。以前はこんな話をすると黙ってしまいましたから。こうやって返事をしてくれるのは彼の気持ちが前向きになってきた証拠です」

「そうでしょうか」

「ええ、お母さんは毎日顔を合わせるから気付かないのかもしれませんが、私は週に一度ですから彼の変化がよく分かります。今は学校に通っている普通の子と何の違いもありませんよ。あと一つ何かきっかけがあれば間違いなく学校に来られるはずなんですが」

「先生が担任になられてから、まだ一度も行っていないので申し訳ないです。こうして何度も足を運んでくださるのに」

「なに、ここへ来るのはほんの寄り道です。ここから家は遠くないし生徒の面倒をみるのが教師の務めですから。それに私も彼の顔を見ておきたいし」と先生は言った。

 それからまた大人同士の世間話になった。

 誰それがどこへ行った。来週はどこそこの高校で試験があるとか、そんな話が多い。その中には望が行くはずだった高校の名前も出てきた。その時だけは三人とも変な雰囲気になった。

「じゃあな、高崎。先生もみんなも待っているからな」

 世間話が終わると、最後に先生が声をかけてきた。

「いや、行かないと思う」と望は返した。

「そうか。その気になれば、いつ来ても良いんだぞ。お前の学校だからな」

 いつものやりとりを終えると先生は裏口から出ていった。母親が見送りに出る。望は自分の部屋に戻ると窓から先生を見送った。先生は望に気付くと手を上げたので、望も手を上げ返した。

 別の日、望は朝ごはんを食べると歯を磨いて制服に着替えた。それから部屋でじっとしていた。先生が言うようにあと少しだと自分でも思う。あと一つ何かきっかけがあれば学校へ行ける。しかし体は動かない。学校へ行こうとする意志を体が拒絶していた。

 その状態のまま始業時間の九時が来た。やはり今日もダメだった。調子の良い日はこうやって学校へ行こうとするのだが、それが成功したことは一度もない。九時を過ぎると望は制服を脱いだ。

 十一時におにぎりと玉子焼きを作って、早めのお昼ごはんを食べた。母親と大橋さんの分も作って冷蔵庫に入れておく。一人分作るなら三人分でも手間はそう変わらない。

『冷蔵庫の中にうまいおにぎりと玉子焼きあり!』

 机にメモを置くと、望は自転車に乗って外に出た。外は快晴で風は冷たかったが、自転車を漕いでいると暑いぐらいだった。

 絶対に誰とも出会わない時間。それは学校のある時間だった。先生も同級生もみんな学校にいて、外にいるのは知らない大人達ばかりだ。その時間に望は外に出る。行き先はコンビニか本屋か図書館のどれかで、必ず隣の市まで出て行く。行き先が決まっていない時はただ遠くまで走り続ける。

 今日は図書館へ行って二時前まで本を読んでいた。

 望は帰りに学校を遠くから横切った。外へ出た時はこうやって遠くから学校を見る時がある。

 どこかのクラスが運動場でサッカーをしていた。運動場の端では三人の不良が授業をサボっている。

 不良達ですら学校に通っている。その分だけ不良の方がマシな人間だと望は思った。望は不良ですらない。不良以下のクズと呼ぶのがふさわしい本当の意味での最低人間だ。そうやって自分を卑下していると何故か奇妙な快感があった。

 家に帰ると足が伸びきったゴムのようになっていた。それに今日は晴れていたので全身汗びっしょりになった。

 冷蔵庫を開けるとおにぎりと玉子焼きがなかった。母親と大橋さんは望の作った昼飯を食べたようだ。

 冷蔵庫からジュースのペットボトルを取ると自分の部屋に行った。

 汗で濡れた服を脱いでジュースを飲んでいると、ずっと遠い道で学校帰りの学生の姿が見えた。望はくるりと回って窓に背を向けた。

 夕方に担任の先生が来た。母親は店の片付けをしていたので望は先生と二人で裏口に座って、他愛もない話をした。

「もうすぐ卒業だな。お前だけじゃなく、クラスのみんなも進路が決まってほっとしたよ」

「受験に失敗した子はいる?」

「まあ、何人かはいたさ。椅子の数は決まっているから誰かが落ちるのは毎年のことだ。だけどその子達も別の進路を見つけたよ」

「僕が落ちていたらどうなっていたかな?」

「受かったんだからそんなこと言うなよ。胃に穴が開く」

「元々胃に穴は開いています。それも二つ」

 先生は始めぽかんとしていたが、しばらくして意味が分かったのか笑いだした。

「お前って面白い奴だな。一緒に学校生活を送れなかったのが残念だよ」

 先生は本当に残念そうに声を漏らした。

「すいません」

 望も声を落とした。それで二人の会話が途切れた。

 しばらく長い沈黙が続くと、先生はひとつ深呼吸した。

「なあ、高崎。今日は卒業式の予行演習をしたよ。俺は壇上に上がってお前の名前を読んだ。返事はない。いないんだから当然だよな。でもちょっと寂しかったよ。俺はな、できたらクラスの全員が揃って卒業できたらと思ってる。俺がお前の名前を読む。お前がそれに答える。お前だけじゃない。クラスの全員が揃って……いや、強制するわけじゃないんだ。ただそうだったら良いな、とお前に伝えておきたかった」

 また先生が寂しそうに声を漏らした。望には返す言葉がなかった。

「じゃあな、高崎。すまなかった」

 先生は用事を思い出したように腰を上げた。今日は母親がいないので望が先生を裏庭まで見送った。

 それからも先生は家に来たが、卒業式の話も学校に来いとも言わなくなった。望とただ世間話をしていくだけだ。

 そうやって日を重ねて卒業式の日になった。最後に卒業式が残っているがドラマみたいに最後の日だけ登校する気にはなれない。両親も無理して行かなくて良いと言った。

 さすがにこんな日はどこへ行く気にもなれず、ずっと家にいた。

 あっという間に時間が過ぎて昼になった。卒業式はもう終わっただろう。卒業式に出席しなくても中学校は義務教育なので、望も自動的に卒業となる。中学生活は終わったのだ。

 店が休みなので、母親と一緒に昼ごはんを食べた。母親は寂しそうだった。

 昼下がりになると家の外はいつものように静かになった。あんなに重苦しかった中学校も、いざ卒業してしまうと何だか宙ぶらりんになった気がする。

 夕方になった。裏庭に車が入ってくる音がする。いつも聞いている音なので先生だと分かった。

「こんばんは」

 裏口から威勢の良い声がする。やっぱり先生だった。

 望が下へ降りると、母親と礼服を着た先生がいた。

「よう、高崎」

 望と目が合うと先生が言った。手には黒い筒を持っている。卒業証書だろう。

「これを渡そうと思ってな」

「わざわざすみません」と母親が言った。

「なに、教師の役目ですから。それじゃあ……」

 先生は筒から紙を出すと、それを両手で持ち「卒業証書」と改まった声を出した。

「ちょっと待ってください。ここじゃなんですから表の方へ」と母親がそれを止めた。

 先生は一度息を吸うと「それもそうですね。お店の方でしますか?」と言った。

「ええ」

 母親は店の方へ行った。先生も裏口から表の方へ行った。

 望も店の方へ行った。昨日掃除をしたままの店内はひんやりとしていた。髪の毛一本も落ちていない床が蛍光灯の明かりを反射して筋状に白く光っていた。

 母親がシャッターを開けると、礼服を着た先生が待っていた。裏口で見るよりしゃきっとしていた。

「それじゃあ、ここでしますか」

 先生は店の真ん中に立った。

「俺が名前を呼ぶから、そうしたら返事をして俺の前まで来てくれ」と先生は言った。ここで卒業式をするようだ。

 先生が息を大きく息を吐いた。

「高崎望」と先生は言った。

「はい」と望は返事をした。

 店の中央の開けた場所で先生と向き合って立った。母親はその脇に立っていた。先生は一つ咳払いをすると背筋を伸ばした。

「高崎望殿。あなたは本校の全過程を修了したことを証し、ここに卒業証書を授与します」

 先生が証書を読み上げていった。最後に今日の日付と、久しぶりに聞いた学校名と、初めて聞いた校長の名前を読み上げて証書を望に向けた。

 望はそれを両手で受け取った。

「卒業おめでとう」

 先生はそう言うと、いつもの先生に戻った。

 母親は涙ぐんでいた。先生もそうだ。望も胸の奥に熱い物を感じていた。しかしそれでも三人は店のソファーに座って、いつものように他愛もない話をした。そしていつもと同じぐらい話をすると先生は腰を上げた。

「それじゃあ帰ります。お母さん、一年間本当にお世話になりました」

「いえ、こちらこそ。何度も足を運んでくださったのに結局こんなことになってしまって申し訳ありませんでした。こちらこそ大変お世話になりました」

 母親が頭を深く下げる。先生は慌てて、それを止めた。

「望君のような子は初めてですよ。学校に来ない子がいないわけじゃないんですが、学校に行くふりをして別の場所に行ったり、家に来ても顔を見せてくれなかったりしますから。その点、望君はいつも顔を見せてくれるし、素行が悪くなるということもなかった。私にとっても新しい経験でした。私が担任になってからも学校に来させることはできませんでしたが新しい環境になればきっと大丈夫です」

「そうでしょうか?」

「大丈夫です。あと一つきっかけがあればといつも思っていたんです。私にはそれが見つけられませんでした。でも環境が変わればきっとまた学校へ行けるはずですよ」

「そうなってくれるといいんですけど」

「大丈夫だよな、高崎」

 先生が望の肩に手を乗せた。太くて硬い大きな手だった。

「うん」と望は答えた。

「じゃあな、高崎。俺は学校にいるから、またいつか学校に来いよ」

 望は母親と二人で先生を見送った。先生の車が見えなくなると何か大きな物が胸から抜け落ちたような気がした。



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小説なら牛野小雪

『蒲生田岬』のリリース記事


秀子と奈津美は電撃の友情で結ばれた二人。これから先もずっとこの友情が続くと思っていた。
ひょんなことから奈津美はモデルの仕事をしたけれど、それが破滅の入り口だとは気付かなかった。
奈津美は死んで、秀子は謎のメールに悩まされる事になる。


試し読み


念写

 心の中で強く思った事、見た事を写し出す現象。
 時には月の裏側、未来の出来事など、自分が経験したこと以外の物を写す事がある。
 写す物は写真フィルムが一般的だが、パン、ケーキ、壁、紙、人肌に念写された事もある。
 これらの事から念写する材料は特に選ばないものと思われる。
 特別な能力者は意図して念写をするが、本人がその能力に気付いていない場合、意図(いと)せず念写してしまう事があるかもしれない。



 白い大鳴門橋のすぐ脇で渦潮が白く渦を巻いている。実際にこの目で見る渦潮は想像していたよりも小さくて静かだった。

 秀子は展望台から渦潮を見下ろしていた。隣には奈津美(なつみ)がいる。彼女の提案でここまで来たが、すぐに飽きてしまったようだ。

「何もないね」と奈津美がだるそうに言った。「私の想像していた渦潮ってもっとこう大きくて激しいものだと思っていたけど、こうやって見ると大したことない。子どもの頃に見たのはもっと大きくて恐かったんだけどなあ」

 奈津美は手を大きく広げた。

「地球温暖化のせいじゃない?」と秀子がふざけて言うと、奈津美は眉を上げて「まさか。それならチーズケーキが昔と比べて小さくなったのは?」と突然関係のないことを言った。

「それはお菓子屋の陰謀。値段は変えずに少しずつチーズを減らしているの。ケーキは小さく、スポンジは大きく。このままだとチーズケーキがスポンジケーキになってしまうのに誰も声を上げようとしない」

 あなたって世間知らずのお嬢さんなのという顔で秀子は言った。

「それじゃあスポンジケーキはどうなるの?」と奈津美が返してきたが、なかなか言葉が出てこなくて、一つ深呼吸して時間を稼ぎ「…その頃は……たぶんホットケーキぐらいかな」と秀子はかろうじて返した。

 奈津美がニヤリとした。秀子もニヤリとしていた。片方がふざけたことを言うともう片方もそれに合わせてふざけたことを言う。先に言葉に詰まった方が負け。今までの勝敗からして最初に仕掛けた方が負けるような気がしている。おふざけに先手なしだ。

 奈津美はおしゃれ人間だ。毛先、手の先、爪の先まで意識が通っている。どこをとっても秀子より洗練されている。一緒に歩いていると誰もが奈津美に目を向ける。

 秀子はださくない人間だ。別にそこを目指しているわけではないが、努力してもしなくても、ださくないになってしまう。

 二人はちぐはぐだった。だけどそれは見た目だけで、同じ心を持った二人だった。

 友情にも一目惚れがある。奈津美とは電撃の友情だった。

 大学の教室では学生達が思い思いに席を取っている。みんなバラバラに座っているように見えるが、よく見るとそれぞれのグループで集まり、大学の海でそれぞれの島を形成している。

 秀子は島に名前をつけていた。おしゃべり島。真面目島。居眠り島。色んな島がある。奈津美はおしゃれ島で、秀子はださくない島で生息していた。

 秀子はおしゃれ島に住む奈津美をいつも見ていた。理由はないが奈津美とは気が合いそうな気がしていた。それでも、おしゃれ島には近寄り難くて二人は言葉を交わすことなくずっとそのままだった。

 後期に単位を埋めるために取った授業で、秀子は一人孤島を作っていた。他のださくない島の住人達はその授業を取っていなかった。その授業には奈津美もいた。彼女もおしゃれ島の住人がいなかったので孤島を作っていた。

 ある日、奈津美がその授業を休んだ。次の週は休まずに来た。奈津美は授業が始まる前に秀子の後ろに座ると「ねぇ、先週の授業出た?」と声をかけてきた。

「出たよ」と秀子は答えた。

「良かった。それじゃあノート見せてくれない?」

「良いよ」

 それが二人の最初に交わした会話だった。

 奈津美は初めから馴れ馴れしい話し方だったが、秀子はそれを自然に受け入れられた。秀子も同じように馴れ馴れしく話した。奈津美も嫌な顔はしなかった。

 秀子は奈津美と気が合う。奈津美も秀子と気が合う。二人は自然と仲良くなる。

 この友情三段論法で奈津美とはすぐに仲良くなった。

 二人は来年大学を卒業する。就職先は決まっていた。

 何社受けても面接を通らなかったのに、一度内定が取れるとどんどん受かり始めた。秀子は合計六件の内定が取れて、そのうちの四件に内定辞退の電話をかけた。採用してもらうのも大変だが、内定を取り消してもらうのも大変だった。

 遠まわしに嫌味を言われたのが二件。「そういう時代ですからね」と円満に了承してくれたのが一件。罵倒されたのが一件。その会社には「会社まで来い!」と怒鳴られたが、恐いのでまだ行っていない。

 残った二件のうち、どちらへ行くかは決めているが、秀子はまた罵倒されるのではないかと不安だったので、まだ電話をしていない。

 二人とも卒業に必要な単位は取ってあるのでかなり暇だった。

 今日の昼過ぎに二人は奈津美の部屋にいた。奈津美は部屋をいつも綺麗に整えている。そんな中でカーテンに星や三日月の小物をぶら下げていたり、枕元に亀のぬいぐるみがあったりするのはちょっと不思議だった。部屋にクローゼットはあるが、その中は服と靴とバッグが目一杯に詰められていて、それだけでは足りないのか大きなタンスが一つある。一人暮らしの部屋には不釣合いな大きさだが、彼女みたいなおしゃれ島の人間にはこれでも小さいのかもしれない。

 二人はその部屋で若さを浪費していた。たまたま点けていたテレビのニュースで、画面一杯に広がる渦潮の画面とオーケストラの音が流れていた。それを見た奈津美が渦潮を見に行こうと言い出したのだ。

 それで二人は鳴門公園まで来た。駐車場から展望台まで歩いて渦潮を見たのだが、頭の中の渦潮と実際に見る渦潮は全然違うので拍子抜けした。

「すいません、写真撮らせてもらっても良いですか?」

 男の人が話しかけてきた。さっきから渦潮を撮っていた人だ。三脚とショルダーバッグを背負って、首にはカメラを二つも吊り下げている。いきなりだったので秀子は身構えた。ポロシャツのボタンを全て外して胸元を出しているのが気になった。

「自分で言うのはおかしいけど、あやしい者じゃないよ。ああ、そうだ。名刺」

 彼はショルダーバッグから名刺を出して二人に渡した。角が丸まった名刺には『塩田スタジオ カメラマン 塩田信夫』と書いてあった。

「ふりがなは振っていないけど、しおたのぶおって読むんだ。カメラマンのことなんて気にしないだろうけど、ほら、東マリコって知ってる? 僕、彼女の写真も撮ったことがあるよ」

「えっ、東マリコってあの東マリコ?」

 奈津美が大きな声を出した。秀子もその名前は知っている。徳島県出身で今売れっ子のファッションモデルだ。地元出身ということで彼女が出ると秀子もつい気になってしまう。台詞は棒読みだったが映画にも出たことがある。

 一時期ファッション雑誌の表紙が彼女で埋まったこともある。秀子はファッション雑誌を買わないが、その時だけは一冊買ってしまった。彼女は間違いなくおしゃれ界の住人、その頂点に住んでいる人だ。

「今も彼女の写真を撮っているんですか?」と秀子は訊いた。

「いや、さすがに今は撮れないよ。東京に行ってしまったからね。だけど、有名になる前は地元の服屋、呉服屋のモデルをしていたよ。彼女だけは頭一つ抜けていたなぁ。そうそう美容室のモデルもやってた。知らない? その写真を撮っていたのが僕さ。あの頃は本当に楽しかったなぁ。将来のビッグモデルを間近で見ていたからね。夢中でシャッターを切ったものだよ」と塩田さんは言った。

「ねぇ、ちょっと凄い人なんじゃない?」

 奈津美は声をひそめながら秀子に同意を求めた。

「写真の腕は使っていないと落ちるからね。それで写真を撮らせてくれそうな人をいつも探しているんだ。日本人は恥ずかしがり屋だからなかなか撮らせてくれなくて困るよ。どう? これから時間はある? もし良かったら撮らせてくれないかな? もし心配なら撮った写真は後で消すよ。僕は修行できたらそれでいいんだ」と塩田さんは言った。

「どうする?」

 奈津美は秀子に訊いたが、既(すで)にやる気満々だった。カメラで撮影されるのは恥ずかしいが奈津美が乗り気なので「ちょっとだけなら」と秀子は同意した。

 塩田さんの指示で二人は大鳴門橋を背景にして立った。奈津美はファッション雑誌みたいなポーズを取っていたが、秀子は棒立ちでピースするぐらいが精一杯だった。塩田さんは何枚か写真を撮ると「次は一人ずつ撮ってみようか」と言った。

「ひでちゃん先に撮ってもらいなよ」

 奈津美に背中を押されて秀子は一人でカメラの前に立った。

「う~ん、表情が固いよ~」と塩田さんは言った。

 秀子が緊張しながらも笑顔を作ると、すぐにカシャッと写真を撮る音が鳴った。友達同士で写真を撮る時は顔を決めた状態でしばらく待たされるが、塩田さんは表情ができた瞬間に写真を撮ってくれるので気持ち良かった。

「次はポーズ取ってみようか」

 カメラから目を離さずに塩田さんが言った。ドラマに出てくるカメラマンみたいな台詞だったので、秀子はつい笑ってしまった。塩田さんはその笑顔も逃さずに撮った。

「今の最高に良い笑顔だよ~」

 塩田さんがほめてくる。秀子は雑誌に載っている東マリコを思い出していた。塩田さんは秀子がポーズと表情が決まるたびにシャッターを切っていくので、なんだかモデルになったみたいで楽しくなった。笑顔だけではなくて悲しそうな顔、強く前を見据える顔、憂いをおびた顔、いたずら顔、アヒル顔、思いつく限りのポーズや表情を思いっきりわざとらしく作った。その度にシャッター音とおおげさな褒め言葉が後を追う。

 秀子はふと奈津美を見た。彼女は自分が撮られる時のために秀子と同じポーズと表情を練習していた。

「ごくろうさま! ちょっと疲れたかな。一度休憩にしよう」と塩田さんが言った。

 せいぜい十分ほどだと思っていたが、時計を見ると半時間も経っていた。

 秀子達は日陰に移ると今まで撮った写真を見せてもらった。奈津美も塩田さんを挟んでカメラの液晶画面を覗き込んだ。

「雑誌に載っている写真みたい」と奈津美が言った。

 確かに友達と携帯電話で撮り合う写真とは違う。表情が凄く良い。今までの人生でこんなに写真写りの良い顔はなかった。

「ひでちゃん、凄くかわいい」と奈津美が高い声を出した。

「うん、とっても良いよ」と塩田さんも低い声で賛同する。

 秀子は気恥ずかしくなって顔が熱くなった。

「ひでちゃん、顔が真っ赤」と奈津美がからかった。塩田さんがカメラをこちらに向けて写真を撮ろうとしたので

「やめてください」と秀子は顔を横に向けた。

「どうする? この写真消そうか?」と塩田さんが言った。

「その写真、私の携帯電話に送れますか」と秀子は訊いた。

「今持っている機械じゃ無理だね。一度スタジオに帰れば君の携帯電話に送れると思うよ」と塩田さんは言った。携帯電話に送るということは塩田さんにメールアドレスを教えなければいけない。いきなり会った人にそれを教えるのは抵抗があったので「じゃあ、いいです。消してください」と秀子は言った。

「本当に良いの? アドレスを教えるのに抵抗があるなら僕のスタジオに来ればいいよ。そうしたら画像データだけじゃなくて写真も作ってあげる。雑誌ぐらいの大きさにして作ってあげるよ」と塩田さんは言った。

「ひでちゃん、写真にしてもらったら? もったいないよ」と奈津美は言った。秀子は一度塩田さんを見た。ボタンを全て外したポロシャツを見ていると、胸の辺りが嫌な気分に襲われた。

「消してください」と秀子は重ねて言った。

「そう」

 塩田さんは残念そうに声を出すと、新しい写真から順番にデータを消していった。ある写真にさしかかると「あっ」と秀子は声を出した。一番良い笑顔で撮れている写真だった。「やっぱりやめる?」と塩田さんが言った。

 しかし秀子は人生で一番写真写りの良い笑顔を目に焼き付けると「良く撮れているから、つい……でも消してください」と言った。

「これがベストショットだよ。消すには惜しいなぁ。でもしかたないね」と塩田さんはその写真を消した。

『削除しました』の文字が出ると、すぐに次の写真へ切り替わった。残りの写真はいつも通りの写真写りで、表情が固い。軽い虚しさを感じている間に秀子の写真は全て消えた。始めに撮った二人の写真も消えた。

 休憩が終わると、今度は奈津美がカメラの前に立った。始めはぎこちなかった表情は、塩田さんがシャッター音を出すたびに柔らかくなっていった。デジタルカメラなのにわざわざシャッター音を出すのは、お互いの気分を高めるためではないかと秀子は思った。

 おしゃれ界の人間だけあって奈津美は絵になった。塩田さんのわざとらしい褒め言葉も半分くらいは心がこもっていた。表情はもちろん、ポーズも雑誌から出てきたみたいに決まっている。秀子とは大違いだった。

 何もすることもないので秀子は渦潮を見ていた。シャッター音が不規則に聞こえて「いいねぇ」と塩田さんのわざとらしい褒め言葉が後に続く。それでも遠い景色を見ていると意識が遠くなっていった。

 秀子はぼんやりとした意識の中で、内定辞退の電話をどうやってかけようかと考えていたが、色々考えるよりも勢いで乗り切ってしまおうという気持ちになった。今日は平日の昼前だから人事担当の人もいるはずだ。

「ごめん、ちょっと電話」

 二人に声をかけて、秀子はその場を離れた。

 人目のない場所へ行くと秀子は電話をかけた。呼出し音が五回鳴った後に電話が繋がった。若い男の声で会社名と何かご用件でしょうかというお定まりの前口上が流れた。秀子は、先日内定を頂いた者だと名乗り、人事担当の人を出してもらえませんかと言った。少々お待ちくださいという声の後に通話保留のメロディーが流れてきた。
奈津美と塩田さんは楽しそうに撮影をしている。秀子は渦潮に目をやった。

 メロディーが切れて電話が繋がった。人事担当の人だった。秀子は内定辞退の旨(むね)を伝えた。今までかけた内定辞退の電話と違って言葉が流れるように出てくる。自分でも不思議だった。相手は残念そうな声で引き止めてきたが、もう決めたことですからと言い切ると相手は折れた。それで、罵倒されることもなく、遠まわしに苦情を言われるでもなく、あっさりと内定辞退が決まった。胸の中がすっきりとした。

 秀子が二人のところに戻ると「はぁ~あ、疲れた」と奈津美が声を漏らした。

「お疲れ、いい写真が撮れたよ」と塩田さんがねぎらいの言葉をかける。撮影は一時間ぐらいだと思っていたが、時計を見るとまだ半時間しか経っていなかった。

 さっきと同じように日陰へ移り、三人でカメラの液晶画面を覗いた。一つ一つ写真を見ていくと、ある写真で「いいね」と塩田さんが口を開いた。

「ほんとに、すごく良い」と奈津美も言った。秀子もその写真を見て「良い写真」と思わず声が出た。雑誌に掲載されているモデルのような洗練さはないが、これはこれで良い写真だった。奈津美の笑顔と体からあふれ出る生命力がそのまま写真に収まっている。

「どうする? 写真消す?」

 一通り写真を見終わると塩田さんが言った。

「写真にして貰おうかな」

 奈津美は少し悩んでから、そう口にした。

「写真にして貰うのって、どれくらいですか?」

「無料でいいよ。モデル料ってことで」

「それなら、写真にしてもらえますか」

「うん、明後日に僕のスタジオに来てよ。住所は名刺に書いている場所だから」

 受け取った名刺を裏返すと確かに大雑把(おおざっぱ)な地図が書かれていた。

「道路を挟んで正面に銀行があるから、そこを目印にすれば分かるよ」

「ひでちゃん、分かる?」奈津美が訊いた。

「大体の場所は」と秀子は答えた。

「一緒に来てくれる?」

「うん」

「よかった。それじゃあ明後日に待っているから」

 そう言って塩田さんは二人から離れていくと別の人に声をかけた。

 その後、秀子と奈津美はうどん屋に入った。せっかく鳴門まで来たのだから鳴門うどんを食べることにした。席に座ると二人は同じ物を頼んだ。

「あんなことってあるんだね」と奈津美は言った。

「なんだか緊張した」と秀子は言った。

「でもひでちゃん、途中からは乗り気だったじゃない」

「なっちゃんは撮られる前からやる気満々だった。私が撮られている間に色々練習していたの、見てたんだからね」

「気付いてたんだ。実は最初にひでちゃんを先に行かせて、私は様子を見るつもりだった」

「それずるい、私なんて始めはカチカチだったんだから」

「ごめんごめん、でもあの人、写真撮るの上手かったよね」

「うん、いい表情が出来たらすぐに写真を撮ってくれるから気持ち良かった」

「ひでちゃんも写真作ってもらえば良かったのに。なかなかあの顔で写真に写ることなんてないよ」

「あの人なんとなく信用できない。ポロシャツのボタンを外して胸元を出していたの気にならなかった?」

「なった。あのデザインは襟立てを前提に作られているのに、それを寝かせているんだから野暮(やぼ)だよね。そういうところが有名になれないカメラマンって気がする」

 奈津美はそう言ったが秀子には分からなかった。塩田さんと別れてまだ一時間も経っていないが、襟が立っていたかどうかは思い出せない。そういう細かいところで、おしゃれとださくないの分かれ目が決まるのかもしれない。

 うどんが二人の席に運ばれてきた。どんぶりが机に置かれると、だしの熱さと香りが顔いっぱいにぶつかってくる。二人は存分に音を立てながらうどんをすすった。

「ねぇ、彼氏とはまだ付き合っているの?」
うどんを食べ終えると突然奈津美が訊いてきた。

「まだっていうか、これからも付き合っていくつもりけど?」と秀子は答えた。

「もったいないよ」と奈津美は言ったが、秀子は彼氏一人で充分だった。自分には何人もの男を手玉に取れるほど気力、体力、対人能力がない。今の一人だけでも大変なので半分でも良いぐらいだ。それがもったいないと思ったことは一度もない。

 魅力的な奈津美の周りには人が集まる。そんな奈津美にはいつも彼氏がいた。しかし、いつも長く続かず三ヶ月ぐらいで別れてしまう。気が合わないのが理由らしいが、秀子は奈津美が付き合う男が悪いと思っている。

 奈津美の彼氏は大体二つのパターンに分けられる。片方は気が強すぎる男で、もう片方は気の弱い男だった。どちらも見た目はおしゃれだが、どことなく悪そうな男だった。気の強い方は暴力的だし、気の弱い方は裏でこっそりと下着泥棒をしそうな男だ。そんな男達だが奈津美は別れた後でも彼らを悪く言わないので、それを彼女に言ったことはない。

 しかし何故か奈津美はここ一年近く彼氏がいないようだった。秀子には彼氏がいるので少しだけ優越感があった。秀子の彼氏はどちらかというと気の弱い男だが下着泥棒はしそうにないタイプだ。ケンカをする姿は想像できない。

 秀子の彼氏は白馬に乗った王子様ではないが、白の軽自動車に乗っている。白タイツではなくジーンズを穿(は)いている。皇族でも王族でもないただの一般庶民だ。それでも秀子との相性は良い。別れる理由はなかった。それに奈津美が本当に別れさせたいのは別の理由がある。奈津美は長いこと彼氏がいないから嫉妬(しっと)しているのだ。

 秀子は奈津美の部屋から帰ってくるとベッドで体を横にした。もう夜だった。

 両親は県内に住んでいるが、大学からは遠いので部屋を借りて通っている。住んでいる場所は築十三年の二階建て、その二階に秀子は住んでいる。四畳半の部屋が一つ、三畳の寝室が一つ、二畳の風呂が一つ、一畳の押入れが一つある。外の空き地にコンテナ型の貸し倉庫があので、押入れには季節の服を入れるぐらいだ。

 秀子の彼氏は正人という。正人はその秀子より頭一つ分身長が高い。人ごみに紛れても彼の顔だけは常に浮いていた。お互い背が高すぎて変に目立つ。そんな二人だが、秀子だけは正人と一緒にいると自分が小さくなれた気分がして、その時だけはしゃんと背筋が伸びた。

 このまま二人の関係が続けば結婚するかもしれないなんて秀子は思っている。でもまだ早い。友達の友達の知り合いで早くも結婚が決まった子がいる。就職が決まった彼氏からサプライズでプロポーズされたらしい。正人の就職内定が決まった時は同じようなことがあるかもしれないと思っていたが、そんなことはなかった。やっぱりまだ早い。卒業したタイミングということもありえるけれど、それでもやっぱり早い。じゃあいつが良いのかと考えると、いつしても早いような気がした。

 秀子は正人に電話をかけた。

「もしもし」と正人の声が携帯電話から聞こえた。

「今日ね、なっちゃんと渦潮を見に行ったんだけど」と話し始めると「えっ、なっちゃん?」と正人は何故か驚いた。

「うん、なっちゃん。奈津美っていう子。何度か顔を会わせたことがあるから知ってるでしょう?」

「ああ、うん、知っているよ」

「渦潮は知ってる?」

「そりゃあ知ってるよ。現物はまだ見たことがないけど」

「今日はなっちゃんとその渦潮を見に行ったんだけどね。そこでプロのカメラマンに写真を撮らせてくれないかって頼まれた」

「へぇ、すごいね」

「それで色々撮ってもらったんだけれど、やっぱりプロは違う。写真映りが普段の二倍増しになってた」

「写真は?」

「その場でデータを消してもらった。だってほら最近色々と大変じゃない。勝手に写真を使われたり、ネット上に晒されたりするから。でも奈津美はあとで写真に現像してもらうからデータは消さずにおいたみたい。あさって一緒に写真を貰いに行く」

「ところで明日の約束は覚えている?」

「うん、釣りに行くんでしょう?」

 明日の夜は正人と釣りに行く約束がある。何度訊いてもどこへ行くかは教えてくれない。この前は鳴門の釣堀(つりぼり)へ行った。うちわぐらい大きな鯛(たい)を一匹と、あとはなんだかよく分からない小魚を何匹も釣った。竿と仕掛けは正人が用意していて、エサを付けるのも、釣り上げた魚から針を外すのも正人がやったので、秀子は海に糸を垂らして、魚がかかれば糸を巻くだけだった。

 時計を見るともう深夜の二時になっていた。まぶたが重たい。お互いに眠そうな声で話していた。そろそろ電話を切ろうと秀子は思ったが、その前に正人に聞いておきたいことがあった。

「ねぇ、私のこと好き?」と秀子は言った。

「うん、好きだよ」と正人は眠そうな声で答えた。なんだか嬉しくて胸の辺りがきゅんとする。

「どうしたの?」と正人は言った。秀子は背中を伸ばすと「それじゃあどこが好き?」と訊いた。

「えっ、う~ん」と正人は急に眠気が覚めた声を出した。それからしばらくして「ただ好きだよ。それじゃあだめかな」と言った。

「それじゃあだめ。明日までに考えておいてね」

 そう言って、秀子は電話を切った。

 携帯電話の画面を見ると、一件のメールが来ていた。件名のないメールだった。そのメールを開くと渦潮の画像が表示されていた。秀子が頭の中で思い描いていた大きな白い渦を巻いた渦潮だ。それ以外には何もない。差出人のメールアドレスもない。最近はこういうメールが届く。この前は二階建てのお屋敷が映った画像。その次は宝石店が映った画像。どのメールも差出人がなく、本文もなしで画像だけが添付(てんぷ)されている。気味が悪いが差出人のメールアドレスがないのでメールフィルターにかけることはできなかった。

 またメールが来た。

 受信ボックスを開くと、でたらめな英数字が並んだアドレスから送られていた。件名には《どうしてかしら?》と書いてある。秀子はそのメールを開いた。

《あなたのことを思うと胸がどきどきする。どうしてかしら?
ふと気付くとあなたのことを考えているあたしがいる。どうしてかしら?
あたしはあなたを知っているのにあなたはまだあたしを知らない。どうしてかしら?
あなたとあたし、ふたりはきっとうまくいく。》

 と書いてあった。

 その文章の下に画像が張られていて、黒髪の肌が白い女の子が映っていた。

 そこから長い空白があって

 《愛ラブメールは二人の恋を応援します!
 彼女とメールをしたい人はこのサイトへ!
 運命の出会いはここから始まる!》

 と書いてあり、リンクが表示されている。もちろんそこは開かずに、そのアドレスをメールフィルターに登録した。

 それから秀子は目を閉じるとすぐに眠った。


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恵は玲美の電話を受け、電話越しにドアをノックする音を聞く
微かな悲鳴とうめき声。それが最後に聞いた彼女の声だった。
玲美が死ぬと今度は恵の耳にドアをノックする音が聞こえ始めた。

試し読み


「私達って女として終わってない?」と(めぐみ)は言った。目の前には(れいみ)一子(かずこ)が座っている。四角いテーブルには、なめろうと一升瓶が置かれていた。
「普通、女が三人集まったらさ。間接照明のおしゃれなお店でワインをたしなみながら、ナイフとフォークで食べるような料理を食べて、上品におしゃべりするんじゃない?」と恵は言った。
 玲美と一子は顔を真っ赤にして、歯を見せながらにやにやしている。お酒が完全にまわっている証拠だ。
「そういうのは夜遊びに慣れていない子が背伸びしてやるもんでしょ。私達ぐらいになるとそういう(かた)(くる)しいことはやめて楽しくやるの」と玲美は言った。
 三人は油が染み付いた黒い看板の居酒屋にいた。女だけで入るにはためらわれるような店だが、半年前に酔った勢いでこの店に入ったのが通うようになったきっかけだ。店内の壁は看板と同じように長年酔っぱらいの酒くさい息を浴びて黒くなっていたが、ちゃんと手入れしているのか、きれいに黒光りしていた。店のおやじはやけに礼儀正しく、出てくる料理は他の店より一段上の美味さなのに値段は一段下の安さだった。あまり繁盛しないのは場所のせいもあるが店の外観が油で黒いことも一役買っているに違いない。
 三人は赤星病院という総合病院で事務の仕事をしている。残業がない職場なので、お金と暇があれば女子会ならぬ飲み会をした。
「おしゃれな女子会に似合うお酒と食べ物って何がある?」
 恵はなめろうをほおばりながら言った。
「やっぱりワインかな、それかシャンパン」と玲美が答えた。「それにおしゃれなお店でチーズフォンデュとかどう?」
「それ古いよ」と一子が言う。
「そうかな?」と玲美がわざとらしく頭をかいた。
「今時の女子会って何を食べるんだろう?」と恵は言った。
「チョコフォンデュ」と玲美がすぐに答えると
「またフォンデュ?」と恵はひやかすように言った。
「バーニャカウダっていうのもあったね。すぐに(すた)れたけれど。三つに共通するのは野菜かフルーツを何かにつけて食べること」と一子が考察した。
「それじゃあ、次も何かにつけて食べるものが話題になるの?」と恵が言った。
「分からないけれど、なめろうフォンデュじゃない?」
 玲美が箸でなめろうをすくって口に入れた。
「無い、無い、無い」と恵は顔の前で手を振った。
「私分かった」と一子が言った。「何かドロッとした液状のものに、食べ物を絡めて食べるものよね。それでおいしいもの」と一子は言葉を切った。恵と玲美は一子の方を見る。
「それは串カツ」と一子が言うと「無い、無い、無い」と恵と玲美は声を揃えた。
「そういえばチョコフォンデュもチーズフォンデュも二度漬けは禁止。串カツも一緒だね」と恵が言うと二人は笑った。
「話は変わるんだけれど、女子会ばっかりやっている人って彼氏がいないイメージじゃない?」
「彼氏がいたら女子会なんてやっている場合じゃないでしょう」と一子は言った。
「二人は彼氏いる?」と玲美。
「それがいないのよ」と恵が言うと「私もいない」と一子も言った。
「玲美は彼氏いるの?」と一子が言うと玲美は含み笑いをした。
「なに隠してるの、変に笑わないで言ってしまいなさい」と恵が問い詰めると「実はね、彼氏がいる」と玲美はあっさり白状した。
「え~、いつから?」と恵は声を上げた。
「三ヶ月前から。友達の期間を入れると五ヶ月かな。病院に彼が来た時に声をかけられた。よくある話で、最初は友達から始まって、落とせそうになったら彼女にするっていうあの手。まぁ、私はそういう手段だって始めから気付いていたけどね」と玲美は鼻を高く上げた。
「どんな仕事をしている人?」
「ドアを売る会社に勤めているんだって。住宅用から、工場、美術館、県庁に売り込むって前に言ってたよ」
「年収ってどれくらいあるんだろ?」
「一番多い時は九百万に届くかどうかで、もうちょっとで一千万に手が届くって言ってた」
「それってすごいよ」
「でも気をつけないといけないよ。年収九百万でも一千万でも、手取りがいくらあるか分からないし、その年収も基本給じゃなくて、半分以上がボーナスなら何かあった時にガクンと落ちちゃうから」と一子。
「だから、話半分で聞いてる。それに口が上手いってところがちょっと信用できないし」と玲美が言うと、少し間が空いた。
「でもね、話は面白いし、背も高くて、何よりいい男なの」と玲美は言って、にやりと笑った。
「ふーん、そうなんだ。彼氏っていえばさ、夜一人でいる時に欲しくならない? 私って一人暮らしだから、襲われたらどうしようかって恐くなる時がある」と恵が言うと「私もある」と一子が言った。「防犯のために見張りをしてくれる人がいると安心して眠れるのになぁ」
「彼氏じゃないけどさ、こういうのがあるよ」
 玲美がケータイを操作して、二人に画面を見せた。画面には丸いプラスチックの物が映っていて、その上にマモルクンと書いてあった。
「これを家に付けておくと、誰かがこれの近くを通った時にケータイにメールが送られてきて、誰かが家の中に侵入しましたって教えてくれるの」
「へえ~、どこで売ってるの?」と恵は言った。
「ここのサイトからでしか買えないみたい」
「値段はどれくらい?」
「五千円。配達は二週間後だけど、時間指定はできるし、代金引換か、銀行振込でお金を払えるから、クレジットカードを使わないで済んで安心だよ」
「まあ、考えておく」
「私は時間指定で夜八時に送ってもらって、お金はその時に払った。設置の仕方は任せて。私でも付けられるように丁寧に教えてもらったから私が付けてあげる」
「彼氏に教えてもらったんでしょ」と一子が言うと、玲美がエヘヘと笑った。
 時計を見るとこの店に来てから一時間半が経っていた。
「私ちょっとトイレに行ってくる」
 恵がそう言うと、一子が「私も」と言ってついてきた。二人でトイレに入ると、玲美も一緒に入ってきた。
 この店のトイレは意外に広くて、男女別になっているし、女子トイレに個室は三つあった。丁度三人で使える。それぞれ別々の部屋に入った。
「そろそろこの店出ない?」と恵は壁越しに言った。
「今飲んでいる焼酎が片付いたらね」と玲美の声が天井から返ってきた。
 三人同時にトイレの水を流して再び席に戻ると、玲美が瓶に残っていた焼酎を三人のコップへついだ。
「さっきトイレに行った時に思い出したんだけど」と玲美が言った。「ちょっと恐い話をしてもいい?」
「急になに」と一子は言った。
「私、呪われているかもしれないんだよね」
 玲美がそう言うと恵と一子の眉が上がった。
「場所はこの店なんだけどね」と玲美は語り始めた。
「私が一人でトイレに行った時にね、トイレに入ると個室は全部空いていたのよ。それで真ん中のトイレに入って用を足していたらドアをノックされたの。コンコンって。だから、入ってま~すって言ったんだけど、またコンコンってノックしてくるの。だから、もう一度、入ってま~すって言った後に気付いたの。隣は空いているのに、どうして私の所を叩くんだろうって。最初はあなたたちのイタズラかと思って、名前を呼んでみたんだけど返事がなくて、すごく恐かった。だけど勇気を出してドアを開けると」玲美はすうっと息を吸った。
「開けたら?」と恵は合いの手を入れた。
「そこには誰もいなかった。・・・・・・恐いでしょ?」
 玲美は焼酎のコップに口をつけた。
「そこそこね」と一子が言った。
「話はまだ終わっていないの」と玲美は続けた。「今度の話はね、自宅の話。トイレでノックがあった後の話」
「またトイレ?」と一子が言った。
「話の腰を折らないで、すぐ終わるんだから」
 玲美がそう言うと、一子は黙って話を聞こうという体勢になった。
「夜の八時ぐらいかな、一人でテレビをつけながらインターネットをしていたら、玄関を叩く音がしたの。その日は誰も呼んでいないし、親が娘の顔を見に来るには遅い時間だし、一体誰なんだろうって思った。変だなって思いながら玄関へ忍び寄って、そっとドアの覗き穴から外を見るとびっくりした。ドアの外には知らない男が立っていて、ドアをノックしているの」
「どんな男だった?」と恵は訊いた。
 玲美は恐怖に襲われたように目を大きくした。
「その男は青い制服を着ていて、その服と色が同じ帽子を目深に被っていた。そして、その手にはダンボールを持っていたの……」と言って玲美は二人を見た。「つまり宅配便の男がいたってわけ」と玲美は言った。
「なにそれ」と一子は焼酎に口をつけた。それを見た玲美はニヤリとした。
 三人はコップに残っていた焼酎を一気に飲み干した。
「宅配便のお兄さんがね。さっき言っていた防犯グッズ。あれを届けてくれたの。時間指定で八時にしていたのを忘れちゃってた」と玲美は言った。
「変な話しないでよ」と恵は言った。
「でもね、時々夜にドアをノックされたりしない?」
「私はないよ」と一子が言った。
「私もない、多分酔っぱらったおじさんが部屋を間違えたんじゃない? 私そういう話聞いたことがある」と恵は言った。
「そうだよね、私もそう思った。でも恐かった。一人暮らしは気楽で良いけど、こういう時は心細くなるんだよね」と玲美は言った。
 三人はそれで腰を上げて店を出た。三人の帰る場所は別々なので店の前で解散した。
 恵は部屋に帰ると玄関の鍵を上下二つあるうちの一つを閉めた。恵の住んでいる部屋はオートロック無しのエレベーター無し。六階建ての築十五年。部屋は四階で玄関に入ると廊下があって、突き当たりが居間とキッチン。その脇に寝室と物置があった。
 ドアには上下二つの鍵とチェーンがついていたが、毎回二つとも閉めるのは面倒なので下の一つだけを使っている。チェーンは一度もかけたことがなかった。この辺りは道路がきれいだし、不良がうろついていることもない。何なら鍵をかけなくても良いのでないかと思うぐらい治安が良かった。
 恵は居間に入ってソファーに倒れ込んだ。明日は休日なので、このまま眠ろうと思っていた。
 恵は携帯電話を出して、玲美が言っていた防犯器具を調べた。マモルクンという名前を思い出したので『防犯器具 マモルクン』と打って検索した。検索ページの一番上にマモルクンと出ていたので、そのサイトを見た。『マモルクンはあなたの代わりに家を見張ります。』と書いてある。
 恵は酔った勢いで画面の下の購入と書いてある場所を押した。代金の支払い方法が、代金引換、銀行振込、クレジットカードの三つの選択肢が出たので、代金引換を選んだ。画面が切り替わると、時間指定便になさいますかと出てきたので、はいを選んだ。ご希望の配達時間を選んでくださいと出てきたので夜八時を選んだ。すると画面が変わり、お買い上げありがとうございました。商品の到着は二週間後の予定になります。という画面になった。
 恵はもう後悔していた。玲美が話さなければ買わなかったのに。支払い方法も配達の時間指定も玲美が話していたのと同じだ。この無駄遣いは玲美のせいだ。

『火星へ行こう君の夢がそこにある』のリリース記事



【火星豆知識】

火星の1日は 24時間37分地球とほぼ同じ長さ。ただし1年の長さは 687日

【内容紹介】

人類初の有人火星飛行に挑む青年、一郎。
無重力の中で宇宙船に乗り込み、地球から遠ざかる彼を待ち受けるのは、壮大な火星への旅。しかし、その冒険はただの科学的ミッションにとどまらない。宇宙の果てでの孤独、広がる無限の静寂の中で一郎は自分自身と向き合う。
地球の喧騒とは切り離されたこの旅路で、一郎が見つけるものは――希望か、それとも絶望か。


この本を読むべき理由(ChatGPT)


火星へ行こう。
なんだそれは。中二病か? あるいはNASAのプロパガンダ?
違う。これは、人生のメタファーだ。

この小説を読む理由? あるとも、ないとも言える。
でも、わたしは読む。
なぜなら、文章が剥き出しだからだ。

どの小説も“洗練”されすぎている。
安全。
滑らか。
無菌室で育てられた子どものような小説が多すぎる。
その点でこれは異常だ。

文体がたまに崩れる。
主語が抜ける。
視点が迷子になる。
でも、そこで書き手が見える。

ああ、ここで作者は苦しんだな。
書けなかった。けど、書いた。
その“あがき”が、いい。

火星が出てくる。
けどそれは、リアルなSFじゃない。
アポロでもないし、イーロン・マスクでもない。

火星とは、逃避であり、希望であり、
絶望の先にチラつく可能性である。

火星へ行こう。
このフレーズを何度も読み返すと
「あれ、これ自殺願望じゃないか?」と思う瞬間がある。

けれど、違う。
ちゃんと生きようとしている。
読めばわかる。
ぐちゃぐちゃな日々を、どれだけ言葉で拾おうとしたかが。

登場人物? それはもう、どうしようもない連中ばかりだ。
夢を語るには遅すぎた。
でも語るしかなかった。

構成は甘い。
伏線は、張っているようで回収されない部分もある。
でもそれがいいんだよ。
人生に伏線回収なんてあるか? なあ。

この本は、読者に優しくない。
たぶん、途中で投げる人もいる。
でも、耐えて、読みきってほしい。
そうすれば、あの一文に出会える。

「あの一文」——それは、
作者があなたの存在を見抜いた瞬間だ。
読んでいるあなたが、なぜ読んでいるか。
それに応えるような言葉が、唐突に落ちてくる。

たった一行のために読む小説って、ある。
それだ、これは。

言い忘れていたが、これは“いい話”ではない。
でも、“本気”ではある。
「書かずにいられなかった」が全部に染みてる。

読み終えたあと、ちょっと疲れる。
でもその疲れが、悪くない。
体内に残る。ザラザラしたまま。

これは火星じゃない。
これは、地球の話だ。
もっと言えば、今、ここにいる、
あなたの話だ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

試し読み


 星ひとつ見えない暗闇に青白い光に包まれた球体が孤独に浮かんでいる。種子島宇宙センターはもう見えないが、日本列島はまだ見えていた。

 宇宙船が地球を三周しながら航行速度まで加速すると、加速のGが無くなり船内を自由に移動できるようになった。その時に一郎は宇宙船の窓から地球を見たのだ。

 宇宙船はさらに地球を半周すると地球を離れ、火星まで行くことになっていた。人類初の有人火星飛行をするのだ。
 操縦席の赤いランプを点滅していた。

「こちら宇宙管制局。一郎さん、そちらに異常はありませんか?」

 管制局からの電話だった。一郎はイヤホンとマイクを着けていたので通話ボタンを押せばそのまま会話ができた。
「はい、今のところ異常ありません」と一郎は言った。

 五秒ほど間があった。地球にある管制局と距離があるので、電波が届くまでに時間がかかる。

「そうですか、貨物室の点検は終わりましたか? 終わったらまた連絡してください」

「これから確認してきます」

 一郎はそう言ってからしばらく待ったが、イヤホンは静かなままだったので電話を切った。

 操縦室から居住空間へ出た。広さは十畳ほど。

 その居住空間の奥に貨物室がある。廊下は無いのでドアを開けるとすぐに貨物室だった。貨物室のスペースは居住空間より三倍広い。居住室の下にはさらに大きな貨物室がある。

貨物のほとんどは水と食料で占められていた。他には火星で活動するための火星四輪車と、火星で生育実験をするためのバラの苗が十株あった。

 火星四輪車は電気で動く大きなバギー車で、宇宙船の太陽光パネルからバッテリーに充電する。満タンまで充電すれば三時間運転ができる。最高速度は時速二十キロ。

 バラは極地植生技術で作られた砂王と青姫というバラだ。

 砂王は太陽が照りつける砂漠でも育ち、半年間水が無くても枯れない品種で、葉っぱは針のように細くて硬い。白の五枚葉をしている。枝は薄い黄緑色でゴムのように柔らかかった。

 青姫は南極でも育ち、氷点下でも枯れないバラで、枝は深緑に黒を足したような暗い色をしている。そして鉄のように硬い。その枝からうちわみたいに大きな五枚葉が垂れ下がっていた。

 貨物は全て床にひもで縛りつけていた。床には紐をかけるための穴とフックがある。

 一郎は紐がゆるんでいないか確認した。特に火星四輪車は念のために紐を一度解いて結び直した。火星四輪車は貨物の中でも特に重いので壁にぶつかれば、宇宙船に穴を開けてしまう恐れがある。

 一郎が運転室に戻ると地球は夜に変わっていた。地上には人工的な黄色い光がクモの巣状に広がっている。

「貨物室の点検終わりました」

 一郎は管制局に電話をした。

「ごくろうさまでした、これから船は火星に向かうコースを取ります」と返事があった。

 船の進行方向が変わり操縦席から地球が見えなくなる。その代わりに今度は月が見えた。

 宇宙船には三台のノートパソコンがある。それを使って地球の管制局とメールのやり取りをする。インターネットも使えた。液晶テレビが一台あって、それで衛星放送を観ることもできた。カメラもあるが、一郎は地球を撮り忘れた事に気付いた。火星から帰ってくる時には忘れないようにしなければならない。

 紙の本は重量があるので持ってくることはできなかったが、電子書籍端末は持ちこめた。地球を出発する前になるべくたくさん本のデータを入れておいた。壊れた時のために同じ物を二つ持ってきている。あとは携帯ゲーム機。これも同じ物を二つ。

 一郎は居住空間に戻ると、本を読んだりゲームをしたりして時間を過ごした。

窓の外を見る度に月は大きくなり、やがて視界から消えた。

管制局から電話がきた。

「月を越えました。ここから先はまだ誰も行った事がない世界です。いってらっしゃい」

「それじゃあ、いってきます」

 一郎はそう言って電話を切った。目の前には黒い空間が見えているだけで火星はまだ見えない。

 時計を見ると地球時間で十九時になっていた。宇宙船には時計が二つある。青と赤のアナログ時計。青の時計は地球時間を表していて二十四まで数字が刻まれている。赤の時計は火星時間を表していて、二十五まで数字が刻まれている。二十四と二十五の間は他の数字より間隔が狭い。

 お腹が空いたので晩ごはんにした。貨物室から、きつねうどん、おにぎり、それとほうじ茶を持ってきた。

 きつねうどんはパック詰めされていて、レンジで温めて食べる。温めなくても食べることはできるが、あまりおいしくない。だしは地球で食べていた物と違い、粘り気があって粉っぽい。そして、うどんに絡む程度の量しかなかった。粘り気があるのは宇宙でだしを飲みこぼしても水分が四方八方に飛ぶことないようにするためだ。

 食べ物はうどんの他にもラーメン、カレー、肉じゃが、みそ汁、豚汁、たこ焼き、梅干し、白米、炊き込みごはん。とにかくスーパーで缶詰やレトルト食品として売られている物はたいていあった。汁物は全て粘り気がついていて粉っぽい。

 食後はほうじ茶をレンジで温めて飲んだ。これもパック入りでストローを使って飲む。

 それから歯を磨いた。宇宙で水は貴重品だ。歯ブラシではなくガムを噛んで磨く。宇宙用に作られた噛み歯磨きだった。最初はカチカチと音が鳴るほど硬いが、噛み続けているうちにガムは柔らかくなり、徐々に小さくなっていく。最後は飲み込んで終わり。

 ネット掲示板で人類初の有人火星行きの話題を探すと、一日で読みきれない量の書き込みがあった。三時間ほど掲示板を読んでいると、一郎は疲れたので眠ることにした。読み終わっていないところはパソコンにコピーして保存した。

 ベッドに入るとゴム製のベルトで体をベッドに固定した。宇宙だと体が浮いてあいまいな空間に投げ出された感じがする。

 部屋の明かりを消して、豆電球に変えた。初めての宇宙で眠れないと思っていたが、一郎は五分もしない内に眠り、眠ったと思ったらすぐに目が覚めた。宇宙では昼も夜も無いが、青い時計を見ると六時になっていた。地球ではもう明るい時間だ。一郎は窓の外に目を向けると暗い宇宙空間が見えた。

 朝ごはんのおにぎりとみそ汁を食べて、歯磨きも終えると、管制局に電話をした。

「おはようございます。定時(ていじ)連絡をします。火星はまだ見えません。異常も無しです」

 毎朝十時は管制局に連絡をすることになっていた。三分ほど待つと返事がきた。

「おはようございます。船は火星のコースを順調に進んでいます。良い一日を」

 地球から離れたので電波が届くまでに時間がある。火星まで行くと、地球と通信するに一時間もかかると聞いていた。

 一郎は居住空間に戻ると、ネット掲示板で自分のことが書かれていないか検索した。一回クリックして画面が切り替わるのに三分もかかった。今日も書き込みはあったが、三時間で読み終えた。一郎の事は、他の話題が埋め始めていた。

 昼ごはんを食べ終えると管制局から電話があった。電話に出て十分ほど無言のままだった。

「地球から距離が離れたので、これからの連絡をメールに切り替えます」

 電話から管制局からの声が聞こえた。

「はい、分かりました」

 一郎が電話を切ってから五分ほど経つとパソコンにメールが届いた。

〈メール確認です。このメールはそちらへ届いていますか? 届いていたら返信をしてください。〉

 一郎は返信の内容を考えたが気の効いた事が思い浮かばなかったので

〈メールは届きました。ちゃんと届いています。〉とだけ書いて送った。それから十分が経った。

〈返信を受け取りました。メールの送受信に問題はありません。確認を終わります。〉と管制局から返信がきた。

 これで一郎がすることは何も無かった。船は自動操縦なので勝手に火星まで飛んでいく。これから三十日間、一郎がやらなければならない事は火星に着くまでの時間を一人で過ごすことだ。といっても火星に行けば誰かが待っているわけではないので結局はずっと一人のままだ。

 火星に一年近く滞在し、十五日の日数で帰還する予定だった。帰りの日数が短いのは地球と火星の距離が一番近い時期に合わせているからだ。

 地球時間で夜になったのでベッドに入った。なかなか眠れないので、一郎は何故火星へ行くことになったのか思い出していた。


一年前に宇宙飛行士を募集する広告が、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネット、あらゆる媒体で流された。『火星へ行こう、君の夢がそこにある』というのが宣伝文句だ。企画したのは火星開発公団という組織だ。

 募集要項には採用人数一人。仕事内容は人類初の火星到達、火星での簡単な実験と調査、そして火星からの帰還。健康な心と体を持つ人材を求む、と書いてあり、火星から帰還すれば報奨金一億円と書いてあった。さらにその後ろにカッコ付きで(この報奨金に税金はかかりません)と付け加えられていた。

 一郎は大学を卒業してから一年経つが、まだ一度も働いたことがなく、何をするでもなく日を過ごしていた。歳が二つ上の兄二郎も無職で三年間職についていない。さらに二歳上の長男三郎だけが兄弟でただ一人働いている。職業は植木職人だ。木を植えるより枝を切る事が多いので、枝切り職人の方が実態に合っているよと言っていた。

 ニュースでは三十五歳以下の失業率は五十%を超えて二人に一人が無職だと言っていた。討論番組では就職活動をあきらめた人を加えれば、六割強の若者が職に就いていないと言っていた。それが本当なら三人の内二人が無職ということで、一郎の兄弟がそのまま当てはまった。

 そんなある日、兄の二郎が、火星行きの募集試験を受けるから、お前も試験を受けろ、と一郎に募集のパンフレットを押しつけた。

 募集要項には身長百七十五センチ以下、体重七十キロ未満と書いてあった。大学に通っていた頃の一郎は、身長が百六十八センチ、体重は五十六キロと小柄な体型だった。

 パンフレットの続きには、年齢不問、学歴不問、犯罪歴無し、虫歯無し、病歴無しの人材を求む、と書いてあった。一郎は一応大学を出ているがこの試験では問題ないらしい。犯罪歴は当然無かった。大人しいというより気が弱い性格なので犯罪どころかケンカらしいケンカもしたことがない。

 母は歯磨きにうるさく、小さい頃から寝る前に五分以上歯を磨かせたので虫歯は一本もなかった。入院するような病気もしたことが無い。数年に一度風邪をひくかどうかだ。

 宇宙飛行士募集の試験内容は書類審査と健康診断をした後、さいころで八人に絞り、百日間の架空閉鎖実験を行う。閉鎖実験の合格者が二人以上出れば、もう一度さいころを振って一人に絞ると書いてあった。何故さいころで決めるのかは下の方に『私達は運がある人を求めます』と書いてあった。

 こんな怪しげな計画に一郎は気が乗らなかったが、二郎から一緒に試験を受けろと何度も言われ続けているうちに受けると言ってしまった。

 それから二週間経つと、二郎が一郎の部屋に入ってきて、火星開発公団と書かれた封筒を目の前に置いた。宛名は一郎だった。

 一郎が封筒の中を見ると、書類審査は合格。二週間後に、赤星病院で健康診断を受けてくださいと書いてあった。紹介状も入っている。二郎はそれを脇から見て、お前も受かったなと言った。

 健康診断の日、二郎と一緒に赤星病院へ行くと一郎と歳が同じくらいの人が百人ぐらいいた。みんな一郎より頭が良さそうで、元気に満ち溢れていたので、一郎は落としてもらえそうだった。

 病院の受付で紹介状を渡すと診察室の前に並んだ。この中なら俺が一番だな、全員倒せそうだ、と二郎が耳元でささやいた。試験者全員で戦うわけではないが、確かに二郎なら勝てそうな人ばかりだった。一郎は、もう一度並んでいる人達の顔を見たが、自分は誰にも勝てないだろうという後ろ向きの自信があった。

 過去に大きな病気をしたことがあるか、何か薬を飲んでいるのかと医者に訊かれ、胸に聴診器を当てられた。そのあと身長と体重を測った。尿検査と血液検査もした。心理テストを受けて、最後に歯の検診があり、虫歯無しと診断され、二時間もしないうちに健康診断は終わった。

 それから五日後に二郎は一郎の部屋に火星開発公団からの封筒を持ってきた。中を見ると、健康診断で異常は見つからなかったので、一週間後の架空閉鎖実験に参加するようにと書いてあった。

 二郎も封筒の中身を見せてくれた。やはり同じ内容で一週間後に架空閉鎖実験を受けるようにと書かれていた。

 翌日、夕飯が終わって一息ついた頃、二郎が一郎と一緒に火星行きの試験を受けることを両親に話した。父も母も突然のことで、しばらく言葉を発せずにいた。

 最初に口を開いたのは母だった。母は親をだましていたことについて怒った。


 母が半時間怒り続けて一息つくと、二郎は口を開いた。俺も一郎も就職してない、これから先できるかどうかも分からない。このままくすぶっているよりは火星に行って大きく出たい。それに火星から戻ってくれば、あいつは火星に行ってきたと言われて、どこへ行っても名前が通るようになる。そうすれば良い職も見つかるかもしれない、と言った。

 一郎もそう思っているのか、と母が訊いてきた。一郎は火星に行きたくないかもしれないと言おうとしたが、一郎もそう思っていると二郎が一郎の代わりに答えてしまった。間を置かず、それにもう試験を受けることは決まっているのだと火星開発公団からの手紙を母に見せた。

 母はそれを何度も読み返すと、勝手にすればいいと言い捨てて、足を踏み鳴らしながら寝室へ行って、勢いよくドアを閉めた。その音は家全体を揺らした。

 父はそんなにしてまで行きたいのなら勝手にしろと言って、それからは口を開かなかった。二郎は勝手にするよと言って横を向いた。家族全員が気まずい雰囲気になった。それは架空閉鎖実験の日まで続いた。

(つづきは本編で)

『火星へ行こう君の夢がそこにある』
火星行きのパイロットを募集する広告があらゆる媒体で流された。帰還すれば報奨金一億円。
兄の次郎が勝手に応募書類を送ってしまったので一郎はテストを受けることになった。
彼は試験を落ちるつもりで受けたのだが、何故か受かってしまったので一人で火星へ行くことになる。
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