愚者空間

KDP作家牛野小雪のサイトです。小説の紹介や雑記を置いています。

雑談

インターネット無料で動きすぎ問題

PHPの勉強でいよいよサイトっぽいのを作ろうというところまで来た。それでまずCSSというサイトの見た目を作るやつがあるのだが、それはBootstrapというところから借りてくるというのでbootstrapなんちゃらというコードを大量に書くはめになった。 PHPの本だから省いているんだろうけど、こういうのって1から書いたらすごい手間なんだろうか?

そもそもbootstrapってなんぞやとGPTちゃんに聞くと元twitterの人たちが無料で作っているソフトウェアらしい。おいおい、また無料か。PHPも無料、MariaDBも無料、apacheも無料、リナックスも無料、そして今度はbootstrapというのが加わった。

インターネットの根本の部分って最初は一人の、あるいは数人の好奇心や狂気から始まって、そのあとは途方もない善意で支えられている。ネットは魑魅魍魎がうごめく悪意のダンス場みたいに語られることもあるけれど、実はそれより大きな善意がインターネットを満たしている。そう考えるとやっぱり世の中ってプラマイ0で釣り合っているんじゃないかって気がする。もっと欲を出して金儲けしたら少しはネットも良くなるんじゃないかな? でも、もしそうだったら今ほどの規模で広がらなかっただろうことも分かる。

浮世よりも浮世なインターネットでDXが進まないのも当然で、日本が遅れているというよりもアメリカがおかしいのだ。こんなシステムに重要なことを任せるのはかなりの勇気と胆力が必要だ。もし無料でソフトを開発している人たちが、ある日「や~めた」と言ったらインターネットは終わりである。

きっと日本のIT大臣の形はいまある状態が正しい。今日まではあんなのが大臣してるって思っていたけど、あんなのじゃないとダメなのだ。そのへんは官僚の人たちが裏でがんばっているのかもしれない。本気でDX化が進んだら日本の危機である。やるならせめて日本で1からシステムを作れるレベルになってからだ。

しかし、教科書が後半になってくると説明が大雑把になってきたのを感じる。Bootstrapなんたらっていうのから何かを引っ張ってくるんだろうなとは感じていたが、何のために書いているのかは分からないままコードを打ち込むことが多くなった。最近はGPTちゃんと話す時間が長い。インターネットって難しいね。

(おわり)

追記:書いた後で考えたんだけどインターネットの根幹って共産主義だね。生産手段の共有化。マルクスが聞いたら小踊りそう。情報が入ってこないだけで中露がめちゃくちゃ強かったりするんだろうか。








いまだにChatGPTで小説は書けないけど世界は広げられる

ChatGPTで小説を書けない。o3が出てから2歩くらい遠のいた気がする。主な用途はコード生成で、最近は画像生成もよくなってきたから小説なんてますます隅においやられていくなって感じる。そもそも小説なんて、って話は今回脇に置いてChatGPTの便利な使い方。

議論の相手、検索代わりに使っている人は多いだろうけれどスマホで取った画像をChatGPTに見せると、けっこうおもしろい。

スクリーンショット 2025-04-28 102301

こんな感じで写真を見せて反応をもらうのが楽しい。

個人情報? 知らねぇ!

私ごときがChatGPTに情報抜かれるほど重要人物ではないという分厚い信頼を置いている。むしろもっと情報抜いて使い勝手を良くしてほしいまである。こういう人間が増えたらディストピアまっすぐなんだろうな。

それはそれとて知らないことを何でもGPTちゃんに聞くことで知識の幅が広がった。先月は新しいPCを買ったのだが、古いPCをどうしようかってことでいろいろ悩んでいて、メモリの増設をしたり、ストレージを変えたり、CPUグリスの塗り替えっていうのも先週やってしまった。

おいおい、PCの裏蓋外すなんてやっていいの? って最初は思ったけど、いまではオーディブルを聞きながらやれる作業である。

スクリーンショット 2025-04-28 101806

↑ちなみに、こんな感じで聞いてる。

PCを開けて分かったのは今まで私が「PCの音」と認識していたのはCPUファンの回る音だった。熱くなるのはPC全てではなく主にCPUだけとかさ。左側だけ何故熱くなるんだろうって不思議だったけど、それはCPUがそこにあるからだって単純な理由も分かった。

インターネットの仕組みも面白い。いままでChromeでインターネットに入っているんだと思っていたけど、実はサーバーからファイルが転送されているだけってことが分かった。いまあなたがこの記事を読んでいるとしたら、ライブドアのサーバーからこのページのファイルが1ページ分だけPCに送られているということ。私たちはインターネットというダンジョンを冒険しているわけではない。

情報系の人は「なにをいまさら」と思うかもしれないが、私はこの事実にものすごく衝撃を受けた。私たちはそもそもインターネットにつながっていなくて、PCやスマホにインターネットの表面をペラッと見せられているだけにすぎない。いや、そもそもインターネットという群体も存在しない。要はサーバーというPCと私のPCを繋いでいるだけにすぎない。

同時にものすごく効率的な仕組みにも驚いた。私たちが普段使っているインターネットはものすごく情報量を絞っている。さっき言ったようにこのページを見るのだって1ページ分だけの情報でいいわけだ。たぶん1MBもないのではないか? 画像使わなかったら100KB台だからギガ死状態でも受信できる。

たとえばXはあんなに大量のポストをどうやってさばいているのか? 簡単である。一回に読み込む量を少なくしている。下の方までスクロールするとぐるっと回転してるのは、新しくダウンロードしているから。逆に言うとスクロールするまではそこまでしかダウンロードされていなかったということ。仕組みを知れば知るほど「へ~!」って驚きがある。

スマホで撮った画像をChatGPTに見せるのめちゃくちゃおススメ。あと「これって捨てるのもったいないけど他に使い道ない?」とか聞くのもいい。そうしたらPCの仕組みからインターネットの仕組みまで知識の幅が広がるかもしれない。

なお一番いいのは料理のレシピ。これはめっちゃいい。3大欲求をダイレクトに刺激。

それぞれの専門分野でChatGPT使えねぇなと思っている人は多いだろうけれど、どんなものでも80点以上のものは出してくれるのがGPTちゃんの強み。専門外のことは何でもGPTちゃんに相談。きっと世界が広がるぜ!

(おわり 料理の話はせんのか~い)




文体にSNSの構造を取り入れられるか?

SNSは現代人の時間争奪戦のチャンピョンだ。X、インスタ、ブルースカイ、フェイスブック……etc 例に出したもの以外でも何らかのSNSにはハマっているはず。そうでないならおそらくスマホを持っていないか、使い方が分かっていないかだ。

私もかなりの時間をXで費やしている。一体私は何を読んでいるのだろう。
Xのタイムラインをざっと列挙してみる
  • フクロウの首がなぜ回るのか
  • カクヨムのコンテスト
  • エルデンリング新作発表
  • 暇空茜
  • イーロンマスクが何か言ってる
  • AIでCGを作っている人
  • AIがコードを書くことについて
  • カエルと犬猫女の子の絵
  • 無印良品のインナーがあったかい
  • 西野カナが6年ぶりに紅白
  • アイビーリーグ卒が子どもが普通の出来で、普通の人生について考えるようになる
  • 人工甘味料は作れるのに人口塩味料が作れない人類を皮肉る
打つのがしんどくなってきたのでここでやめるが、もしこれが小説だったら私は読まない。たとえば、宇宙戦争を書いている次の段落で、男女の三角関係があって、次の段落で事務員の生活が書いてある小説が読まれるとは思えない。でもXでは次々とトピックが変わっているはずなのに人々はそれを食い入るように読んでいる。1日に何万字もだ。

この可読性を文学に取り入れることができたらすごいぞ。何万字もの文章を一気に読ませるのだ。麻薬中毒者が麻薬を求めるように小説を読ませたい。でも、それってなんだ? SNSってなんだ? タイムラインに並んでいるのはお友だちじゃない。ただの他人だ。小説作法ではキャラに感情移入させろというが彼らの人間性について私はどうでもいいし、そもそも人間性どうこうと考えたことすらない。

タイムラインには起承転結もなく、三幕構成もなく、神話の構造を真似たわけでもなく、テーマもない。終わりもなければ始まりもなく、詩情はなく、格調もない。人間性は存在自体問われることもなく、どちらかといえばほめられたものではない。文学性? ないに決まってる。あそこに文学性があるなんて言うのは逆張りしたい知識人だけだ。

文章を書いている人間ならXに負けていると認めざるを得ない。村上春樹だってあの熱量では読まれていない。作者はいないが、あの構造が作り出す文章に人々は引き寄せられている。小説作法にことごとく反抗している文章なのに読まれている。おそらく正しいと思われている作法は全て疑った方がいい。なに一つ正しいことはない。人を惹きつける本当の文章法則があるはずだ。それを文体に入れることができたらポストモダンを超えた本当に新しい文学が生まれるだろう。

ナンバーワンラップ
牛野小雪
2024-11-28


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イラスト3






AI時代の文学で最初に消える文豪は芥川龍之介、芥川賞はたぶん残る

この前書いた『ナンバーワンラップ』をChatGPTちゃんに投げて、人間製かAI製か予想してもらった。すると90%以上人間が書いた物という答えが返ってきた。長文ならたぶんまだ人間かどうかをAIは判断できる。ただブログ程度の長さだと人間の確率は7~80%に下がる。Xにポストする140字以内の文章なら50%ぐらいだ。

今年の始めはAIの文章はまだAIっぽいなと分かったが、AIの進化はすさまじく、いま読んでいる文章が人間かAIかは分かりづらくなった。上の『ナンバーワンラップ』だって100%人間ではなく90%以上人間という予想であって、完全に人間だとは言い切れないのである。真実が分かるのは私だけだ。「あれは私が書きました」と言ったところで、それを証明するものは何もない。

かつてワープロで書いたか手書きで書いたかが問題になる時代があった。いま聞くと信じられないだろうが昔の本を読むとそういう話が出てくる。はてさて、では『ナンバーワンラップ』がワープロ(ワープロなんてないからwordにしよう)か手書きか分かる人がいるだろうか。いないはずだ。考えたことさえないはずだ。それと同じように未来では、それが手書きかAIかが問題にされることさえないだろう。

AI文学には致命的な弱点がある。AIは2万字の壁を越えられないのだ。1発で2万字近くの小説を吐き出すプロンプトが先日発見されたが、それを5回繰り返して10万字書いたという続報はない。

AIで小説を書く時、分割して書かせる方法がある。しかしそれでも2万字あたりでボロが出始める。5万字に届くころにはもうめちゃくちゃだ。今の性能でまともな質を保った10万字のAI小説が出ることはないと断言できる。でも2万字なら?

来年はAI短編小説がたくさん生成されるだろう。プロンプトは磨かれ、ときたまバズる小説が出てくるかもしれない。ChatGPTo1 Pro modeは数分でPDCAを回せる。人間が2万字の短編を書くのに必要な時間は? もしかしたら1日で書ける人はいるかもしれない。でも、明日もあさっても続けられるだろうか? 1か月続けられる人は1人もいないだろう。

AIの性能はまだ限界に到達していない。芥川龍之介は短編の名手だが、このさき新作は出ない。AI短編小説は出続ける。いつかどこかでAI短編小説が芥川龍之介をすべての意味で追い抜く日が来る。そして保守的な文化人が死んでしまえば芥川龍之介は文学から消える。もしかしたら芥川賞は残るかもしれないが文学賞としての名前だけだ。直木賞の元ネタが誰かなんて言える人がほとんどいないように。

かつてあこがれた1人の文豪が消えてしまうのは寂しいけど、芥川龍之介を超える短編を私は読んでみたいと思う。

(おわり)

※:上に出した2万字のプロンプトを参考にして書いてみた小説(18,244字)
人間失格。俺はAIギャルと恋に落ちる/うしP - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16818093090193577641/episodes/16818093090193626969

ナンバーワンラップ
牛野小雪
2024-11-28


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イラスト3





眠れない夜

DALL·E 2024-09-16 16.53.34 - A

眠れない夜が続くと、まるで魂が自分自身に反抗しているような感覚に陥ることがある。眠りたい、でも眠れない。起きているのも苦痛だ。どちらにも進めない。そんな時、ふと「これは魂のレジスタンスなのかもしれない」と感じることがある。眠ることが生産性のためだとしたら、その眠り自体が何かに縛られているように思える。それに対して、魂は自由を求め、眠りを拒絶しているのではないか。

現代社会では、生産性が重視される。何かを成し遂げること、結果を出すことが求められる。私たちはその流れに無意識のうちに乗ってしまい、休むことすら「次のための準備」として捉えるようになっている。眠ることも、次の日に効率よく働くための手段と化している。でも、そうした生産性への執着が、逆に心の奥底で葛藤を生み出しているのかもしれない。体は疲れていても、心がその休息を受け入れられないのは、生産性のために休むことが、本来の自分自身に反するように感じているからだ。

体を横たえ、目を閉じる。しかし、頭の中ではさまざまな考えが渦巻く。「眠らなければ次の日がうまくいかない」「執筆も進まない」と、頭の中で焦りが募る。それでも、眠れない。魂がそれを拒否しているからだろうか。逆に「何もしないこと」も許されないように感じる。どちらの選択肢も魂にとっては心地よくない。その結果、ただ不安と焦燥感だけが募り、どちらの方向にも進めないまま、時間だけが過ぎていく。

そんな状態が永遠に続くかもしれないという恐れが心を支配する。「このまま何もできない時間が続いたらどうしよう」「人生が台無しになってしまうんじゃないか」といった不安が頭をよぎる。そして、その不安がさらに眠れない原因を作り出している。何もできないという状態が続くことへの恐怖。それは、人生そのものを否定されているような感覚に近い。無力感が襲い、何をしても解決しないように思えてくる。

こうした時、私たちは言葉で解決策を見つけようとするが、言葉には限界がある。魂の葛藤や感情の深い部分を言葉で完全に説明するのは難しい。眠りを拒む感覚も、そのすべてを言葉で伝えるのはほぼ不可能だろう。言葉では捉えきれない感情が心の中で渦巻いている。だからこそ、無理に解決策を探ろうとするよりも、その感覚をただ受け入れることが重要かもしれない。

「何もできない自分」を受け入れることは難しい。特に、生産性に価値を置く社会では、何もできないことがまるで罪のように感じられる。しかし、何もできない時期もある。その状態を無理に変えようとせず、そのままにしておくことも一つの選択だろう。何も進まない、何も生産できない自分を否定せず、その状態をありのままに感じることで、少しずつ心が整っていくかもしれない。

「新たな可能性がある」と無理に考えなくてもいい。そんなものが見えないと感じる時期もあるし、それ自体が間違っているわけではない。未来に対して無理に希望を持たなくても、今の状態をただ受け入れて過ごすことができる。可能性がないと感じる時期は、それ自体が次に進むための準備である場合もあるが、そう思えないなら、それでいい。希望や未来を見出すことに疲れた時は、ただ今の自分をそのまま感じ取ることが必要なのかもしれない。

何もできない状態が続いたとしても、それは「台無しになること」を意味しないかもしれない。時には、その無力感や葛藤を感じながら過ごすことが、魂にとって必要なプロセスであることもある。無理に変わろうとしなくても、ただそのまま過ごすことで、やがて心の中に変化が訪れるかもしれない。そして、その変化がいつ来るかを焦る必要もない。

言葉の限界を感じたとき、解決策は必ずしも言葉の中にあるとは限らない。無理に説明や解決を求めるのではなく、その不安や葛藤をそのまま受け入れることができる時期もある。それが自分にとって何を意味するのか、すぐに答えが出る必要はない。ただ、どうしようもない時間を過ごすことが許される時もある。可能性が見えなくても、それが今の現実なら、それを無理に変える必要はない。

眠れない夜、魂がどこかに抵抗しているように感じる時、無理に進むことなく、その感覚をただ受け入れることで、いつか変化が訪れるかもしれないし、訪れないかもしれない。でも、それでも構わないという心持ちが、時には大切なのだろう。


(おわり 印象に残った部分をあなたの言葉でシェアしてみて!)


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ChatGPTo1-previewで作った機能が昔のインターネットっぽい

DALL·E 2024-09-15 10.27.04 - A cyberpunk-style

新しい時代のブログ作りが、まるで昔のインターネットの冒険に戻ったようだ。ChatGPTo1の登場で、ついに韻を踏む機能やタロット占いなど、ユニークなツールを簡単に実装できるようになった。これまでにない革新だけど、その懐かしさがどこか心地よい。韻を踏む機能をブログに追加したときは、自分の手で新たな可能性を引き出したような気分だった。だけど、同時に「こんな機能、誰が使うんだろう?」とふと思った。いまのところ、私一人で楽しんでいるけど、昔のインターネットと同じように、少しずつ誰かがこの面白さに気づいてくれるかもしれない。そう信じて、一人での冒険はまだ続いている。

とはいえ、使っているのは今のところ私だけ。周りを見渡しても、誰も「韻サーチ」を使っていない。それでも、一人で盛り上がっていれば、そのうち誰かを巻き込めるんじゃないかと思っている。実際、ブログ運営においても、まずは自分が楽しむことが大事。自分が心から楽しんでいると、その情熱は自然に伝わるものだ。それがエネルギーになって、やがてはファンを引き寄せる力になる。だから、私はこの機能を最大限に楽しんでいる。

次に考えたのは、「他にどんな機能を作れるだろう?」ということ。データベースなしで動くシンプルな機能を望んでいるけれど、それをGPTに「感を差せる」ようにするという新しい視点で考えてみた。例えば、即興で詩を生成する「詩生成ボタン」。キーワードを入力すると、それに応じた詩がサッと生成される。この機能は、韻を踏む機能と相性が良いと思う。さらに、「デイリーインスピレーションジェネレーター」もいいかもしれない。クリックするだけで、ランダムな名言やひと言アドバイスが表示される。そんなちょっとした刺激が、ブログ訪問者の心に響くかもしれない。

他にも、即席キャラクター作成機能や、文章のリズム感を評価する「リズム診断機能」、さらにはランダムな短編物語を生成する「ミニストーリージェネレーター」など、どれもデータベースなしで実現できそうなアイデアばかりだ。これらの機能を通じて、ブログに遊び心をプラスし、読者が楽しめる体験を提供したい。

しかし、ここで問題がひとつ。「韻サーチ」の出力結果はデーターベースを使わない特性のために99%でたらめだという点だ。このままでは使用者が増える気がしない。だけど、逆にこの「でたらめさ」を面白さに変えられないかと考えた。完璧に韻を踏む必要はない、むしろランダムで出てくる奇妙な言葉の組み合わせこそが新しい発見や面白さを生むのではないか。例えば、でたらめ韻チャレンジを開催して、SNSでシェアしてもらうとか、出てきた結果を元に即興で面白い詩や文章を作ってもらうという遊び方を提案するのもアリだ。

さらに、ユーザーに「でたらめ度合い」を調整できる機能を追加することで、より多くの人が楽しめるツールにすることもできるかもしれない。「ガチ韻」から「ゆるい韻」まで、好みに合わせて選べる仕様にすれば、使い勝手も広がりそうだ。

重要なのは私自身が楽しむこと。この機能を使って私が盛り上がっていれば、その熱が誰かに伝わり、やがて仲間が増えていくかもしれない。昔のインターネットも、最初は少人数から始まり、そこから面白いコンテンツやツールが広がっていった。だからこそ、この「でたらめさ」も、笑いに変えて楽しむことが大切だ。少しずつ、楽しみながら自分のブログを進化させていけたら、それが最終的に独自の魅力となって広がっていくはず。

令和の米騒動について

毎月お米屋さんにお米を買いに行っている。すでに精米済みの25kgのやつを買う。毎月買うんだからもう配達でいいじゃんと思うのだが、どういうわけかその判断は先送りを繰り返し、いつしか私がお米を買いに行くのが1か月のルーチンになっている。

さて、2024年8月。X上ではお米がないっていう話題がちらほら出ている。大阪の親戚もお米がないと言っていた。でも東京にはお米があるらしい。どうも奇妙だ。Xを何日か見ていると、どうやら一部地域で誰かがお米を買い占めているらしい。お米は1年に1回しか取れないし農家の人も需要をあてにして作るわけだから、誰かが突然買い占めてしまうと足りなくなるというわけだ。なぜこんな奇妙なことが起きたのだろう。

今月お米を買いに行くとお米屋に人がいるので驚いた。普段は私一人か、ごくたまに先客がいるぐらいなのに二人もいた。なにか運よく繁盛でもしたのかなと思いつつ車で待っていると、二人の男は何も買わずにお米屋を出ていく。男二人でお米を買いに来るというのも奇妙だった。兄弟でも友達でもない雰囲気である。あと、こんなことを言うと田舎者みたいだがよそ者っぽい感じがする。どう見てもこのへんに住んでいる感じではない。よそ者と地元の人をどうやって見分けるかは知らないが、中学で別の学区の子たちを見た瞬間のあの感じである。

私が店に入ると、いつも買っているお米がない。毎月買いに来ているから向こうも私の顔をおぼえていて「あぁ~すみません。お米を切らせてしまって」とお米屋さんのおばあちゃんが大きな声を出す。なんでそんなに大きい声を出すんだろうと不思議だった。ちなみにこのお米屋さん、家族で経営していて時々おばあちゃんが店に出てくるのだ。

5kgで4000円とかのやつしかないのでどうしたものかなって迷っていたら、おばあちゃんが外の様子をちらちら見ている。新しく客が来たのかなと思っていると、さっきの二人組の男が米屋をのぞいている。なんだろう? と私が見つめ返すと男たちはあきらめたようにどこかへ行く。

米はまだあるし、最悪パンでも食べればいいので「また来ます」と店を出ると、おばあちゃんが「ほんまにすみません」とあやまりながら外までついてくる。これもおかしい。徳島県で外まで見送りに出るなんてイルローザと車屋ぐらいしか知らない。しかも今回はお米さえ買っていないのだ。

私が車に乗ってもおばあちゃんが私の方になんだかねばっこい視線を向けている。なんだろうと不思議すぎたが、まさか聞いても答えてくれないだろうなとエンジンをかけようとすると、おばあちゃんがコンコンと車のドアを叩く。

「ちょっと裏まで来てもらえる?」

おばあちゃんが突如として奇妙なことを言い出すので頭の中は(??????????)である。個人的に好かれていて、スイカでも食べさせてくれるのかなぁと思って、おばあちゃんの後ろについて店の裏まで行くとお米の袋がいくつも積まれていた。あれ、お米がある????????

おばあちゃんのひそひそ話では米を買い占めている人がいるので、常連の人が買えるように隠しているんだそうだ。私はこの話を聞いた瞬間、年寄りがスマホでyoutubeを見ていたら陰謀論にハマったっていうストーリーが頭をよぎった。去年も今年も冷夏ではないし、去年の台風で田んぼをやられたという話も聞かない。おまけにちょっと道を外れれば、実った稲穂が垂れ下がっている黄金色の田んぼが広がっている。稲刈りももうすぐ始まる(これを書いている時はもう半分近く刈られている)。こんな状況で米を買い占める馬鹿がいるはずない。

だから、おばあちゃんはyoutubeの陰謀論にハマったか、もっと悪ければ頭がボケてしまったのだと私は思った。おばあちゃんは「誰にも言わんといてください」と言ったが、こんなこと話せるわけないだろと私は別の理由で思った。私はお米屋さんの家族に同情して、しかし、すぐさま政治的に正しい表情と態度で「いつものやつ一袋ください」と言った。いつものレジではなく手渡しで一万円札を渡す。お釣りを持ってくるのでお米を車に積んでくれるで?とおばあちゃん。おばあちゃんが出てきた時は私がやるのである。

はてさて、私が車にお米を積むと、ほぼ同時におばあちゃんがお釣りを持ってくる。金額は合っている。おばあちゃんをちらっと見るが、頭はしっかりしているように見える。でも、なんにでも初期症状というのがあるのかもしれない。でも信じられない。あのお米屋さん大丈夫かな……と心配していたのがついこのあいだ。

しかし、数週間後、本当に買い占めが行われていると知ってビックリする。陰謀論でもなく、おばあちゃんの頭がぼけたのでもなく、本当に買い占めはあった。まるで「ラピュタは本当にあったんだ」状態である。

小説を叩く時に、こんなの現実ではありえないというのがあるが、ありえないことは実際に起きるのである。そろそろ新米が出るので、あと数日で売り抜けないと買い占めて儲けようとした人は大損するだろうが、やっちゃったことはやっちゃったことである。大谷翔平は40HR40盗塁しちゃうし、お米なんてそこらへんに実っているのに、お米を買い占めちゃうことだってあるのだ。現実は小説より奇なりである。

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わがままは高くつく

 推敲で赤鉛筆を使っているのだが、これは一本70円ぐらいで買えるのだがしょっちゅう折れてしまう。最初は不良品を掴まされたのだと思っていたが、調べてみると色鉛筆は鉛筆と違って顔料を固めた筆記用具なので折れやすいようだ。しかし折れにくい鉛筆という物があって、実際に使ってみると普通の鉛筆ぐらい折れない。というよりまだ折れたことがない。その代わり値段が130円ぐらいする。

 執筆とは直接関係ないが最近は絵を描いて色も塗るようになった。その時に、ここにフォトショップみたいに色を重ねて塗れたら便利なのになぁと思うことがあって、もしかしてと文具屋に行った時に色鉛筆のコーナーを舐めるように見ていると重ね塗りできる鉛筆は存在した。値段は1本300円。万年筆のカートリッジ10本と同じくらい。世の中はどんなわがままでも通るが、それを通すにはお金が必要らしい。あるいはお金があれば、わがままが言えるとも言える。その時はそう考えたのだが、今のところ絵がうまく描ける鉛筆は見たことがないので、どんなわがままでも通るわけではないようだ。でも私の知らないところで1本10万円ぐらいの誰でもうまく絵が描ける鉛筆が売っていたりして・・・・・

 でも、もしあるとするならそんな物より小説がすらすら書ける万年筆が欲しいな。

(おわり)

追記:ノートでも薄くてインクが裏映りしないなんて欲をかき始めると、一冊の値段が跳ね上がっていく。キャンパスノートはコスパ最強。マックのバーガーみたいな物。でも最近使っているのはetrangerdicostaricaというオシャレなノート。

牛野小雪のページ

1人の小説家の最高傑作は20年かけて書かれる、のかもしれない

 光文社版の『老人と海』はIT革命の後に新訳されただけに解説も豊富だ。その解説によると『老人と海』の俗にいう執筆期間、つまりタイプライターを叩いて文章を書くような行為は2ヶ月だが、構想からを含めると20年かかっているらしい。20年といえばガルシア・マルケスの『百年の孤独』もたしか20年だったはずだ。もしかしたら一人の小説家の最高傑作は20年かけて書かれるのかもしれない。(その二つは最高傑作じゃないっていう人もいるだろうけど)

 そういう目で見れば夏目先生も芥川龍之介も小説家になってから20年もしない内に死んでいる。私が思うに、この2人が日本の小説家で群を抜いているような気がするのは、もちろん彼らの作品の素晴らしさもあるだろうが、それ以上に、もし2人があと10年生きていたらどれだけの物を書いていたのだろうかという可能性を見ているからではないか。こんなことを言うとファンに怒られそうだけど、太宰治があと20年生きたとしても『人間失格』以上のものを書けたとは思えない。(これまた『人間失格』は最高傑作じゃないという人がいるだろう。きっと文学オタクだ)

 こんなことを考えるのも、私の中にもずっと書けずに胸の中に留まっているものがあるわけで、時折書こうと試みるもどうにも筆が進まないからだ。もしそれを書くのに20年も必要とするのなら、まだ折り返し地点も過ぎていないわけで、あと10数年先なんて小説を書いているどころか生きていることさえ想像できない。そりゃあそうだ。夏目先生も芥川龍之介も20年書く前に死んだのから私が死なない道理もない。2人に限らず、腹に一物を抱えて死んだ作家なんてごまんといるだろう。でももし20年後も小説を書いていたとしたら、私はどんなものを書くのだろうと想像してみた。が、何にも思い浮かばなかった。最高の小説は二十歳で世に出ると仮定すれば、まだおむつが取れたばかりで、将来どうなりたいかなんて聞いても、おつむが足りないので何にも答えられないだろう。車になりたい、運転手さんになりたい?、ううん車になってビューって走りたい、と大真面目に語って大人を笑わせることはあるかもしれないが、実際にそうなる可能性はかなり低い。

20nenn

 20年……20年って長いなぁ。たぶんヘミングウェイもガルシア・マルケスもまさか20年かかるなんて思ってもいなかったに違いない。それだけのあいだ胸に秘めたものを書いた後にまた小説を書くことなんてできるんだろうか。

(おわり)

ヘミングウェイの翻訳に気を置く

 この前、青空文庫にヘミングウェイの『老人と海』があるのを見つけた。外国の作家が青空文庫にあったのもそうだし、ヘミングウェイがパブリックドメインになっていたのにも驚いた。彼の死後50年経っている。他の作品はないので『ヘミングウェイ パブリックドメイン』で調べてみると、戦争期間中の著作権は伸びて計算されるので(国によって著作権の保護期間は違う)、戦後に出版された『老人と海』はパブリックドメインになり、戦前の作品はまだパブリックドメインではないという不思議な状態なのだそうだ。ちなみに全ての作品がパブリックドメインになるのは2031年。

 前に『老人と海』の語句を調べていて、日本語でも分からないので原文から意味を探っていると、意外と意訳が多いことに気付いたし、段落や文章のつなぎ方や切り方も違うことを知った。

 絞轆(こうろく)というサメを吊るすために使った道具があるのだが、私ならそれを吊り鉤と訳すだろうとか考えていた。英語で読みきった本なんて『不思議の国のアリス』ぐらいの人間が不遜にも翻訳家に茶々を入れたわけだ。ちょっと気にかかったところなんかは頭の中で訳して、それが手元の『老人と海』と違うと、ちょっと嬉しくてグフフと心の中で含み笑いをしていた。私が読んでいたのは新潮文庫版の福田恆在という人が訳した物で発行されたのは昭和41年。それから元号は二回変わったし、そりゃあ時代的な文章だと感じるわけだ。

 そういう経緯もあって『老人と海』がパブリックドメインになったのなら自分で翻訳して公開してやろうという野心を抱いた。しかし翻訳する前に他の翻訳はどうなのかと光文社版の『老人と海』を読んでみたら、現代風のすっきりした文章になっていたので驚いた。2014年の翻訳らしい。マジか。と何度も心の中で驚きつつ、最後まで一気に読んでしまった。これがあるならあと20年は訳す必要はない。

 そう思っているくせに、グーテンベルクから原文をコピペしてローソンで印刷してきたり、英和辞典を二つ本棚から引っ張り出してきたり、訳そうとする色気が消えてくれない。色気は消えないがまだ一文も翻訳していない。結局どうしたいんだか自分でも分からない。今のところ翻訳する気はないが、翻訳しない気もない。もしかしたら20年かけて翻訳するのかもしれない。ないない尽くしだが原稿のコピーは机の上にある。

(おわり)
ヘミングウェイ






2019年8月 100年の執筆

usino
どうも、牛野小雪です
バイト8
助手でバイトのニア·タスマだぜ
今回はこっちのブログでやるんだな
usino
いきなりなんですが、顔を変えようかと思っているんですよ
バイト14
は? 意味分かんねえこと言ってんじゃねえぞ
usino
なんていうか。読者を欺いているような気がして
バイト1
そんなの誰も気にしてねえよ
でも一応だけど、どんな顔にしようと思ってるんだ
01
こんな感じでどうでしょうか
バイト13
わ、悪くないんじゃね~の
でも、そっちの方が欺いている気がするぜ
01
素顔をさらけ出す気持ちで描いてみました
バイト4
だから、欺くんじゃね~って言ってんの
戻せよ、元の顔に
usino
ほい
バイト6
やれやれ、やっと戻ったか
気持ち悪いったらありゃしねえ
バイト6
ところで今月は何をしていたんだ。
usino
へ~イ、へ~イ、ヘイ、時には起こせよムーブメン!
バイト8
!!!?????????
usino
アマゾンプライムにWOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント~があったから、毎日執筆前に聞いてます。
usino
全盛期の小室哲哉と全盛期のダウンタウンがコラボした奇跡の楽曲。
この曲が20年前という事実が恐ろしい。
バイト5
昔の話をすると鬼が笑うぜ
お前の本の話をしろ
usino
最近ガルシア・マルケスの百年の孤独 を読んでいるんですが凄くいいですね。
何度も戻りながら読んでいるんですけど、これ真似したくなる気持ちは分かるなぁ。
アウレリャノ、アルカディオ多すぎ問題があるけど。
usino
でも、ちょっと真似できないぐらい個性的で、小説なんて誰が書いても大体同じだろぐらいに思っている人は読んだ方がいい。
バイト5
(だから、お前の本の話をしろって)
usino
wikipediaによるとですね。
この小説を書こうとしたのが17歳の時で、発表されたのが39歳の時、20年ぐらいかけて書いているんですね。
usino
今私が構想を持っているJohn to the worldもですね。
そろそろ5年目に入ろうとしているわけで、一体いつできあがるんだろうか、本当に書く気があるんだろうかと思うこともしばしばなんですが、こういう話を聞くとまだ折り返し地点も過ぎていないじゃないかって勇気をもらえましたよ
usino
しかも書いた歳が今の私より上というのもいい
バイト5
せっかくだから100年かけて書いてみたらどうだ
ガルシア・マルケスが命乞いするほどの凄いのが出てくるかも
usino
100年先なんて骨も残らないから
バイト1
バッキャロー
小説家たるもの100年残る文章を追いかけないでどうする
usino
!!
usino
そうか。100年の孤独が20年なら、100年かければ1000年小説が書けるかもしれない。
バイト11
(なわけね~だろ)
usino
牛野小雪のページ作りました。
バイト13
いきなり話変わったな
usino
リンクはここ
牛野小雪のページ
バイト4
いくつブログ作ってるんだよ
usino
まさにそれが問題だから作ったわけですよ
牛野小雪の情報を得るならまずはここ、という場所を作っておいた方が良いと思いまして
バイト8
(あれ、これってAmazonの著者セントラルでいいんじゃねえか?)
usino
あのサイトを参考にしたというのは内緒。
たぶんセルフパブリッシング最速の速さ。
バイト12
なんの速さだよ、意味分かんね
バイト5
しっかし2018年はサボったな。
usino
こうしてみると年に原稿用紙1000枚ぐらい書いていると分かりますね
バイト7
2016年からサボりが目立つぞ
usino
2018年は全作改稿していたし、今年だって文章は書いてるもん
バイト8
アウトプットしろ。
ストックしているやつも吐き出せよ。
usino
小説を書くという意味では本当に遅くなりましたね。
5月から執筆を開始して、まだ小説は一文字も書いていないんだから。
バイト5
もう蟻野小雪に改名だな
usino
うわーん。
バイト5
いつまでもノートに下書きなんてしてんじゃねえ
同じ頃に出した人はもうそろそろ次の小説を出そうかって考えてるぞ
usino
時よ止まれ
お前は美しい
バイト14
俺はメフィスト・フェレスじゃない
仮にそうだとしてもその言葉で、お前は終わり
usino
ス、ストックがあるから・・・・・
バイト14
一個だけな。
むしろストックがあるから書くのが遅くなってるんじゃね~の?
usino
むしろ二つあった時の方が速かったから
バイト1
じゃあやっぱり100年かけて書くべきだな。
まずはストックを100個ぐらい書き溜めようぜ。
usino
それだけで死んじゃう
バイト12
最初からあきらめてどうする。
結局この世界はやるか、やらないかなんだよ
usino
やる!
バイト14
さすが!
usino
やっぱりむり!
01
やれやれ、困ったものですね。
どんな偉人達人も一時の努力で大きな功績を残したわけではありません。
千里の道も一歩から。今日一日をしっかり生きましょう。
その積み重ねが100年の大事業に繋がるのです。
バイト8usino
だれだ、おまえ~!
バイト5
お前だよ
usino
そうだった。

(おわり)

牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪


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