内容紹介
1分で1万字を生成する小説AI〈ソレナ〉が世界を席巻し、文学は「読むもの」から「作られるもの」へと変貌した。誰もが納得する最適な物語の中で、それでも書く意味を問い続ける「俺」は、孤独と承認欲求、そして模倣される自我と向き合いながら、自らの文学を手放していく──これは、人間による最後の文学かもしれない。

読むべき理由

この小説を読むべき理由は、「あなた自身の物語が、すでにAIに書かれている」と感じた瞬間、その違和感に名前を与えるためだ。
承認欲求、孤独、模倣、無力感──そうした感情が、いまや商品化され、生成され、最適化されている世界で、なおも「それでも書くこと」を選んだ人間がいる。その矛盾と格闘の記録は、読者に問いかける。
“自分が感じた痛みや喜びは、本当に自分だけのものなのか?”と。
この物語は、あなたがまだ“誰か”である証になるかもしれない。

試し読み

1章 ソレナの登場

小説AI「ソレナ」が登場した日、俺は机に向かっていた。鉛筆の芯を折り、ため息とともに無意味な句読点を並べていた。何時間もかけて書いた数百字の文章は、推敲すればするほど色褪せていった。文脈が崩れ、登場人物が他人になる。俺は、ただ、それを、直していた。

そのときだ。X(旧Twitter)に流れてきたニュース。「ソレナ、世界最速で小説を書くAIとしてデビュー」。読み飛ばすはずだった。でも、スクロールが止まった。1分で1万字。しかも、平坦な文体でもなく、文脈破綻もない。いや、そんなことより“読者満足度99.8%”の文字に、俺の目は張りついた。

それがどうした。俺には関係ない。そう言い聞かせてタブを閉じる。でも閉じきれなかった。俺は夜中、布団の中でそのデモ作品を読んでいた。ソレナが書いたとされる掌編。タイトルは忘れた。内容も忘れた。でも、ただ一つ覚えてる。
悔しかった。

心の奥でずっと思ってた。「読まれないのは俺の才能がないからじゃない、時代が俺を求めてないだけだ」って。けれど、違った。ソレナの小説には、俺がずっと書こうとして、でも届かなかった“共感”があった。シンプルで、奥行きがあって、読みやすくて、深い。「そんなもの本当にあるのかよ」って今でも思うけど、読者は確かにそう評価していた。
レビュー欄が地獄だった。

「泣いた」「こんなに自分のことを理解してくれる作品は初めて」「人間より人間らしい」。
人間より人間らしい?
ふざけるな。
じゃあ俺の20年は何だったんだ。孤独と劣等感と承認欲求だけで粘土みたいにこねた原稿は、全部無意味だったのか。

「ソレナは人間の代わりになるのか?」
そんな議論が飛び交っていた。文芸誌の特集でも、「AI文学時代の幕開け」なんて見出しが踊っていた。でも俺が本当に聞きたかったのは、「俺はまだ書いてていいのか?」ってことだった。
誰も答えてくれない。そりゃそうだ。俺に興味のある読者なんかいないんだから。

それからの日々は、みじめだった。いや、正確に言えば、それ以前からずっとみじめだったのかもしれない。でも、ソレナの登場はその“みじめさ”に輪郭を与えた。
ああ、俺はAIより劣っている。
冷静に考えれば、当たり前だ。AIは感情がないから迷わない。迷わないから速い。速いから量を書ける。量があれば当たる。統計的に、必ず。

じゃあ俺は?
俺には感情がある。そのせいで迷い、筆が止まり、嫉妬し、怯え、どうにか理解されようとあがく。でも、その全てが「面倒くさい」と一言で片づけられる。
AIのほうが読みやすい」
それがすべてだった。

ある夜、久しぶりに投稿サイトを覗いた。数年前、俺が毎週のように投稿していた場所。俺の作品には「読んだよ」しかコメントがなかった。でも、今は違った。ランキング上位はすべて「ソレナによる投稿」だった。
俺はスクロールしながら泣いた。泣くようなことじゃないと思った。でも止まらなかった。

「負けたくない」
その感情すら、AIに利用されてる気がした。あいつは俺を模倣できる。怒りも、悲しみも、敗北感も。“学習データ”として、簡単に。

「でも、お前は“書けない”だろ?」
心の中でそう言ってみた。
「お前は自分を“さらしてない”だろ?」
違った。
ソレナは、もう俺よりずっと“さらしてた”。あいつは1億人分の痛みを、すでに学んでいた。

俺はただの一人。
たった一人のくすんだ承認欲求で、小説を書いているだけの男だ。
それすら、もう誰も求めていない。

それでも、俺は書くしかなかった。
誰にも読まれなくても、見捨てられても、使い捨てられても。
俺は、書かずにはいられなかった。
それが、ソレナとの戦いの始まりだった。





他の本を見る