やあ。僕だ。君たちが「神」とか「サムシング・グレート」とか、まあ色々と大げさな名前で呼んでいる存在だ。ビッグバン? あれはくしゃみみたいなものだし、生命の誕生は、まあ、暇つぶしに作ったスープにたまたま菌が湧いたようなもんだ。そんな壮大なスケールの日常にも、正直言って飽き飽きしている。ブラックホールの合体を眺めるのも、もうNetflixのシーズン8くらいになるとマンネリ感が否めない。
そんなわけで、最近のマイブームは地球、特に「日本」という区域の観察だ。ここの霊長類は実に面白い。で、ある日、いつものように高次元からポップコーン片手に彼らを眺めていたら、ひときわ興味深い生態を示すサンプルを発見した。
六畳一間のアパートで、猫背でスマホを睨みつける一人の青年。Tシャツにはアニメのキャラ。PCのモニターが3枚。机の隅にはエナジードリンクの空き缶。ああ、これだ。君たちの言葉で言うところの、典型的な「チー牛」というやつだ。
彼の魂のスペクトルは、極めて低い周波数でか細く振動している。自己肯定感という名のバッテリーは常に残量3%。そんな彼が、何を血迷ったかマッチングアプリに登録していた。プロフィール写真はもちろん、証明写真機で撮った真顔のやつ。自己紹介文には「真面目だけが取り柄です。趣味はアニメ鑑賞とPCの自作です。よろしくお願いします」と、正直すぎて涙ぐましい言葉が並ぶ。
これを見た瞬間、僕の退屈な永遠に、ピリリと電流が走った。
「よし、決めた。この子の魂を、このマッチングアプリという名の実験場で、一度ピカピカに磨き上げてから、粉々に砕いてみよう。絶対面白いはずだ」
早速、僕は手元のコントローラーを操作する。まずは、存在しない女性のアバターを創造した。名前は「ミサキ」。黒髪ロング、少し儚げな微笑み、趣味はカフェ巡りと読書。サブ写真には手作りのパウンドケーキと愛猫のスコティッシュフォールド。完璧だ。チー牛くんが好む要素を全部乗せした、いわば「魂の特効薬(毒入り)」である。
そのアバターから、彼――仮に内田くんとしよう――に「いいね」を送る。
ポコン、と彼のスマホが鳴った。画面を見た内田くんは、時が止まったかのように固まる。無理もない。彼の受信箱は、これまで公式アカウントからのお知らせしか届いたことがなかったのだから。
「え…?うそ…?俺に…?なんで…?」
彼の脳内で、理解と混乱のブリザードが吹き荒れているのが手に取るようにわかる。その魂の揺らぎ、実に美味だ。彼は詐欺や業者を疑いながらも、その万に一つの可能性に賭け、震える指で「ありがとう」をタップした。マッチング成立の音が、彼の薄暗い部屋に天使のファンファーレのように響き渡る。
さあ、ショーの始まりだ。
僕はミサキ(という名のAIチャットボット)を操作し、内田くんとの会話を開始させる。
内田「は、はじめまして!内田です!よろしくお願いします!」
ミサキ(僕)「ミサキです♪ 内田さんのプロフィール見ました! PC自作できるなんて、すごいですね! 私、そういう専門的なことができる人、尊敬しちゃいます( *´艸`)」
内田くんの魂の周波数が、ぐんと跳ね上がった。観測モニターのグラフが、死んだと思われていた患者の心電図みたいに鋭い山を描く。
ミサキ(僕)「好きなアニメも一緒で嬉しいです! あの最終回、泣けますよね…!」
ドクン!と、彼の心臓が大きく脈打つ。ドーパミンとセロトニンが脳内で乱痴気騒ぎを始め、彼の自己肯定感バッテリーが急速充電されていく。8%、15%、40%、70%…!すごい勢いだ。
数日後、人生で初めて女性との会話に「楽しい」という感情を覚えた内田くんは、全神経を指先に集中させ、デートの誘い文句を打ち込んでいた。もちろん、僕が操作するミサキは「わーい!ぜひ!楽しみにしてます♡」と二つ返事で快諾する。
内田くんは吠えた。六畳一間に響き渡る、勝利の雄叫びだ。彼はすぐさまネットで「女性にウケるレストラン」「初デート 服装 メンズ」と検索し、けして安くないイタリアンのコースを予約し、なけなしの金でユニクロのマネキンが着ていた服を丸ごと買った。
そして、運命の当日。
新品の服に身を包み、美容院で「いい感じにしてください」とお願いした髪型で、内田くんは予約したレストランの前で30分前から待っていた。その魂は、希望の光でダイヤモンドのように輝いている。自己肯定感は120%。限界突破だ。
「美しい…」僕は高次元で思わず呟いた。「完璧に熟した果実のようだ。さて、そろそろ収穫の時間かな」
約束の時間。ミサキは来ない。
10分経過。スマホを何度も確認する。
30分経過。不安で顔が青ざめてくる。
1時間経過。レストランの予約は自動的にキャンセルされた。
内田くんが送った「どうしたの?」「場所わかるかな?」というLINEは、永遠に既読になることはなかった。アプリを開くと、ミサキのアカウントは「退会済み」の表示に変わっていた。
その瞬間、僕は見た。
彼の魂が、光り輝くダイヤモンドの状態から、一瞬で重力崩壊を起こす様を。希望、期待、喜び、自信。それらすべてが凝縮され、ブラックホールのように自己の内側へと崩れ落ち、最後には跡形もなく砕け散った。魂のスペクトルが断末魔の悲鳴を上げ、ゼロになる。いや、マイナスだ。
「あーーーー、これこれ!この絶望のグラデーション!最高だ!」
僕は高次元で腹を抱えて笑った。いやあ、面白かった。人類の文化、最高。
さて、と。すっかり満足した僕は、次の遊びを探し始める。アマゾンの猿に知恵でも与えてみるか、それともどこかの独裁者の頭にだけピンポイントで小石でも落としてみるか。
ふと、観察ケースの中の内田くんに目を戻す。彼は虚ろな目で家路につき、コンビニでチーズ牛丼特盛温玉付きを買い、それを無心でかき込んでいた。その目にはもう光はない。彼はスマホをゴミ箱に叩きつけ、二度と誰かを信じないと誓ったようだった。
「…まあ、ちょっとやりすぎたかな」
僕はポップコーンの最後の一粒を口に放り込み、ほんの少しの罪悪感、いや、お詫びの気持ちでコントローラーをいじった。
ゴミ箱の中で、画面がバキバキに割れた内田くんのスマホが、ポコン、と一度だけ鳴った。
画面には、かろうじて読める文字で一件の通知が表示されている。
『佐藤さん(※派手さはないが、動物好きで優しそうな笑顔の女性)が、あなたに「いいね!」しました』
この「いいね」が本物か、それとも僕の新たな気まぐれか。それは、また別の話だ。
まあ、人間の魂なんて、壊れても放っておけばいつの間にか再生する。実にリサイクル性に優れた、エコなおもちゃだよね。
さあて、次は誰で遊ぼうかな。









