小説『たくぴとるか』は、長年引きこもりを続ける青年「たくぴ」と、人気絶頂の配信者「るか」という、対照的な二人の関係性を通して、現代における恋愛の複雑で多層的な在り方を描き出しています。彼らの物語は、単なる恋愛物語にとどまらず、社会との関わり、個人の内面世界、そして現実と非現実の境界線が溶け合う現代ならではの愛の姿を浮き彫りにします。


正反対の二人が織りなす心の共鳴

物語の中心にいるのは、10年以上にわたり引きこもり生活を送る「たくぴ」と、チャンネル登録者数一億人目前の人気ユーチューバーアイドル「花山るか」です。たくぴは社会との接点を極端に避け、ポイ活アプリやゲームの世界に没頭する日々を送っています 。一方、るかはインターネットという仮想空間で絶大な人気を誇りながらも、尽きることのない承認欲求に渇望を感じています


一見すると全く相容れない世界に生きる二人ですが、彼らは魂のレベルで深く結びついています。作中で「魂のWi-Fiでつながっている」と表現されるように、言葉を交わさずとも互いの思考や感情を理解し合える特別な関係です 。この強固な精神的な結びつきが、彼らの恋愛の基盤となっています。


「所属」を巡る葛藤と恋愛

物語の根底には、「所属」というテーマが流れています。たくぴは、どこにも所属していない人間は社会的に存在しないも同然だと考え、自らが所属する場所として、ひきこもり支援センター「光の翼」に籍を置いています 。彼にとって、社会的な評価や成功よりも、どこかに「所属」しているという事実そのものが重要なのでした。


この「所属」への渇望は、るかとの関係性にも影響を与えます。るかという圧倒的な存在が側にいながらも、たくぴは社会的な「まともさ」の象徴としての「所属」を求め続けます。それは、恋愛関係だけでは埋められない、社会的存在としての自己肯定感を求める現代人の姿を映し出していると言えるでしょう。

ハワイという名の「資格」と非現実的な目標

作中で繰り返し登場する「ハワイへ行く」という目標は、二人の関係性を象徴する重要なモチーフです。たくぴは「資格がないとハワイには行けない」と主張し、現実的な障害がないにも関わらず、自らに架空の制約を課します 。この「資格」とは、彼が自分自身に課した社会的な規範や、まっとうな人間であることの証明とも解釈できます。


ハワイアンピザを食べることでハワイへの欲求を満たそうとしたり 、パイナップルの「想産国」がハワイであると語ったり 、二人の会話の中に現れるハワイは、単なる旅行先ではなく、彼らが共有する非現実的で、しかし切実な夢の象徴として描かれています。


現実からの逃避と受容

物語の終盤、たくぴは社会の不正を暴くことで巨万の富を得ますが、それによって得たのは幸福ではなく、むしろ深い喪失感でした 。大金を手に入れても、社会的に成功しても、彼の内面的な孤独は癒されません。


最終的に、たくぴは病によって死を宣告され、肉体的な限界に直面します 。その絶望の中で、彼は再びるかの存在を強く意識し、彼女と共に「ハワイへ行く」ことを決意します。これは、社会的成功や現実的な制約から解放され、るかとの純粋な精神的な結びつきの中にこそ、自らの幸福を見出したことを示唆しています。


『たくぴとるか』は、社会的な成功や常識的な恋愛の形に捉われず、たとえ現実世界で相容れない存在であっても、魂のレベルで深く結びつくことのできる新しい愛の在り方を提示しています。それは、現実と非現実の境界が曖昧になった現代社会において、多くの人々が心の奥底で求めている、純粋で絶対的な繋がりなのかもしれません。