去年からプロットを書き始めて今週から下書きを始めた。ナンバーワンラップの頃みたいに1日10ページ書いてやるって気概はなくて、書けたらいいなってぐらいの気持ち。2割ぐらいペースが遅い。でも去年と比べると2倍書けている。スピード違反だよ。

今回はヤクザの資金洗浄をテーマに書こうとしている。モチーフは家庭崩壊だ。その中でマジェスティックドラゴンというゲームが出てくるのだが、それの略称がマジェドラで、小説のタイトルになっている。

ヤクザの世界なので非合法な方法で経営する。悪いことを考えるのも頭を使うものだ。その中でも炎上を管理するというのがあって、論争の部分を書くためにXで行われている論争をコピペして研究した。

論争は最初はお互いに言葉の定義や文脈を同じくして始まるが、途中から双方の言葉の定義と文脈がすれ違い始める。基本的には分が悪い方からあいまいになる。すると相手もまたあいまいになる。そうなるとお互いに正しく同時に間違ったことを喋っている状態になり、日本語を話しているはずなのに何も噛み合わないようになる。相手の言葉を正しく認識するのはチェリーピッキングして叩く時ぐらいだ。しかしそのピッキングされた言葉もまたあいまいなので簡単に意味と文脈がすり替わっていく。ウィトゲンシュタインは草葉の陰で笑っているだろう。

すべての論争に勝敗は存在しない。なぜなら勝利する論も敗北する論も消失するからだ。お互いに相手はバカだと思ってケンカ別れするだけである。別にこれはXだけじゃない。あらゆる場所で行われる論争がそうだ。現実的には法か、力によってしか争いはおさまらない。解決ではなく、おさまるだ。法も一種の力ではあるので究極的には力だ。ポピュリズムが盛んになるわけだ。全ての論に勝敗がつけられないのなら数の力で決めるしかないではないか。

どんなに頭が良くても知的誠実性がないのなら力がものを言うようになる。別にそんなことをモチーフにして小説を書いているわけではないけれど、そんなことを考えた。ちなみに作中では論争に決着がつかないと話が進まないので勝敗はつく。そのへんがリアリティないなと思った。でもそれ以上にこの論争は力で決着がつく。だってヤクザなのだから。その部分はすごくリアリティを感じた。やっぱりこの世界は力なのかな。

(おわり)




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