デール・カーネギーの名著『人を動かす』には、こんな一節があります。

「議論に勝つ唯一の方法は、議論を避けることだ。」

彼はここで、議論の本質的な無益さを指摘しています。人が議論において勝とうとすればするほど、相手は感情的な反発を覚え、自己の立場を守ろうとますます固執する。結局、どちらも納得せず、心の距離だけが広がる――そんな結末に至ることがほとんどです。

カーネギーのこの考えは、今から100年近く前のものですが、現代でもその真理は揺るぎません。特に、インターネット時代の現在、その教訓はさらに重要性を増していると言えるでしょう。SNSや掲示板といったオンラインの場では、論争(いわゆる「レスバ」)がしばしば巻き起こります。何かのトピックがバズり、賛成派と反対派が激しく意見をぶつけ合い、最後にはお互いに疲弊して収束する。やがてその炎が沈静化するころには、別の似たような話題が新たに燃え上がり、同じような構図が繰り返される――これがインターネットの「サイクル炎上」です。

これは、比喩的に言えば「議論という名の車輪を無限に回し続けるマシン」のようなものです。車輪は常に同じ軌道を描き、進展はありません。それにも関わらず、回している側は「今度こそ決着がつく」と期待しながら、その無限のループに取り込まれていくのです。しかし、どれだけ力を注いでも、得られるのは摩耗したタイヤの跡だけ。これは、デジタル時代の徒労と言えるでしょう。

また、この現象をもう少し俯瞰してみれば、インターネットは「エコーチェンバー」(共鳴室)の一種であることが見えてきます。SNSアルゴリズムは、似た意見を持つ人々をつなげる一方で、異なる意見の人々との摩擦を生むようにも設計されています。結果として、人々は自身の意見を強化するために反対意見を叩き続ける構図に陥りがちです。議論そのものが目的化し、議論の成果や解決はそっちのけになる。これが「レスバが不毛」である理由の一つです。

では、どうすればこの無限ループから抜け出せるのでしょうか?カーネギーはその答えをこう示しています。「相手を論破するのではなく、共感し、理解しようと努めること。」議論の場で勝利を収めることが目的ではなく、相手との信頼や関係性を築くことが重要なのです。

現代のインターネット社会では、「新しいアイデア」や「新しい視点」がしばしば目新しいものとして持ち上げられますが、実際には過去の知恵や経験が何度も形を変えて現れているに過ぎません。過去に学び、それを日常に生かすことで、この繰り返しから少しでも解放される道が見えてくるのではないでしょうか。

結局、カーネギーの言葉に回帰します。「議論に勝つ唯一の方法は、議論を避けることだ。」 それは相手に背を向けることではなく、争いそのものを越え、より深い理解と対話にエネルギーを注ぐ選択なのです。


人を動かす 改訂文庫版
D・カーネギー
創元社
2023-09-06



ナンバーワンラップ
牛野小雪
2024-11-28



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