25歳の佐藤ユウキは、平凡なサラリーマンだった。学生時代から恋愛経験ゼロ、容姿は冴えない。しかし、彼には秘密があった。10年間、毎日欠かさず宝くじを買い続けていたのだ。
「いつか必ず当たる。そうすれば、人生が変わる」
それは、ユウキの唯一の希望だった。
ある日、奇跡が起きた。ユウキの宝くじが、史上最高額の30億円に当選したのだ。
「や...やった!ついに俺の人生が変わる!」
ユウキは興奮のあまり、会社を即日退職した。そして、高級マンションを購入し、高級車を何台も揃えた。服はすべてブランド物に変え、高級時計をつけた。
街を歩けば、人々の視線が集まる。女性たちが近寄ってきては、甘い言葉を囁く。かつての同僚たちは、突然ユウキに媚びへつらうようになった。
「こ... これが金持ちの力か...」
ユウキは、今まで味わったことのない高揚感に酔いしれた。しかし同時に、奇妙な空虚感も感じていた。
「でも、この人たちは本当の俺を見ているわけじゃない。俺の金を見ているんだ」
その思いは、やがてユウキの心を蝕んでいく。
それから1年後、ユウキは完全に変貌していた。高級スーツに身を包み、冷たい眼差しで人々を見下ろす。彼の周りには、常に取り巻きの男女が群がっていた。
「金さえあれば、人間なんていらない」
それがユウキの新しい人生哲学となっていた。
ある日、ユウキは高級クラブで、美しい女性・麗子と出会う。麗子は、他の女とは違っていた。ユウキの金に興味を示さず、むしろ彼の内面に興味を持っているように見えた。
「佐藤さん、お金以外に何か追求しているものはありますか?」
麗子の質問に、ユウキは戸惑った。
「追求?金以外に何がいる?金さえあれば、何でも手に入るんだ」
麗子は悲しそうな目でユウキを見つめた。
「でも、本当の幸せは買えないんじゃないですか?」
その言葉は、ユウキの心に小さな亀裂を入れた。しかし、彼はすぐにその感情を押し殺した。
「幸せなんて、金で買えるさ。ほら、見てろよ」
ユウキは、麗子の目の前で大金を使い始めた。高級シャンパンを注文し、周りの客全員に振る舞う。高額のチップを配り、従業員たちを踊らせた。
しかし、麗子の目には悲しみの色が増すばかりだった。
「佐藤さん、あなたは本当に寂しいのね」
その言葉を最後に、麗子は店を去った。ユウキは、なぜか胸に痛みを感じた。
その夜、ユウキは初めて、自分の生き方に疑問を持った。しかし、すぐにその思いを振り払った。
「俺には金がある。それで十分だ。人間なんて、金で動く道具に過ぎない」
そう自分に言い聞かせ、ユウキは再び冷酷な金の支配者へと戻っていった。
それから2年後、ユウキは巨大な豪邸に住んでいた。屋敷には最新のセキュリティシステムが導入され、高い塀で外界と隔てられていた。
ユウキの周りには、相変わらず大勢の取り巻きがいた。しかし、彼らの目は死んでいた。ユウキの金のために、ロボットのように彼に従うだけだ。
ある日、ユウキは屋敷の中で、不思議な老人と出会う。
「よう、坊主。金は楽しいかい?」
ユウキは驚いた。セキュリティをすり抜けて、どうやってこの老人が入ってきたのか。
「お前は誰だ?どうやって入った?」
老人は不敵な笑みを浮かべた。
「私は、君の未来だよ」
その言葉と共に、老人の姿が変化し始めた。醜く歪んだ顔、むさぼるような目つき、金に塗れた体。それは、50年後のユウキの姿だった。
「これが...俺の未来?」
ユウキは恐怖に震えた。未来の自分は、金の塊と化していた。人間らしさは完全に失われ、ただ金を求めて生きる化け物になっていたのだ。
「イヤだ...こんなの嫌だ!」
ユウキは叫んだ。その瞬間、周りの景色が歪み始めた。豪邸が溶け、取り巻きたちが消えていく。
気がつくと、ユウキは自分のワンルームマンションにいた。テレビでは、宝くじの当選番号が発表されていた。
「夢...だったのか」
ユウキは、自分の宝くじを確認した。やはり、外れていた。
しかし、ユウキは安堵のため息をついた。あの悪夢のような未来を見た今、宝くじに当たらなかったことが、むしろ幸せに思えた。
その日から、ユウキの生活は変わり始めた。宝くじを買うのはやめ、代わりに趣味の読書を始めた。休日には公園でジョギングをし、近所の人々と挨拶を交わすようになった。
半年後、ユウキは図書館で麗子と出会う。二人は本の趣味が合い、すぐに意気投合した。
「佐藤さん、お金持ちになる夢はどうなりましたか?」と麗子が聞いた。
ユウキは笑いながら答えた。「捨てたよ。お金より大切なものがあることに気づいたんだ」
麗子は優しく微笑んだ。「そうですね。人とのつながりや、心の豊かさの方が大切ですもの」
二人は図書館を出て、近くの公園を散歩した。青空の下、ユウキは深呼吸をした。
「俺、今が一番幸せかもしれない」
麗子はユウキの手を優しく握った。「私もです」
それから10年後、ユウキと麗子は結婚し、小さな家で幸せに暮らしていた。彼らの家には、大金を費やした豪華な調度品はない。しかし、愛情と笑い声に満ちていた。
ある日、二人で古い日記を見つけた。そこには、かつてのユウキの夢が書かれていた。
「お金持ちになったらモテる。なんならお金だけで人間はいらない」
ユウキと麗子は顔を見合わせ、くすっと笑った。
「なんて間違った考えだったんだろう」とユウキ。
麗子は優しく頷いた。「でも、その考えがあったからこそ、今の幸せがあるのかもしれませんね」
ユウキは窓の外を見た。夕日に照らされた街並みが、黄金色に輝いていた。しかし、その輝きよりもっと貴重なものが、今、自分の隣にいることをユウキは知っていた。
「お金じゃなく、人と心こそが本当の財産だ」
ユウキはそうつぶやき、麗子の手を握りしめた。二人の指には、質素だが愛に満ちた光沢のない指輪が光っていた。
その夜、ユウキは幸せな夢を見た。そこには金の山はなかった。代わりに、愛する人々と過ごす温かな時間が広がっていた。
目覚めたユウキの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。彼はついに、本当の幸せを手に入れたのだ。
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