高校2年生の佐藤ケンイチは、どこにでもいる平凡な少年だった。勉強は苦手、運動も得意ではない。唯一の取り柄は、どんなに辛いことがあっても諦めない粘り強さだった。

ある日、ケンイチはネット上で「究極の自重トレーニング」という怪しげな記事を見つける。「100日間、毎日欠かさず行えば、あなたの体は驚くほど変化する」。半信半疑ながらも、何か変わりたいと思っていたケンイチは、その日から自重トレーニングを始めることにした。

腕立て伏せ、スクワット、プランク。単純な種目の繰り返しだ。最初の数週間は何も変化がなく、ケンイチは諦めかけた。しかし、持ち前の粘り強さで続けていると、徐々に体が変わり始めた。筋肉がつき、体型が引き締まっていく。

50日目を過ぎたころ、奇妙な現象が起き始めた。ケンイチが机に触れると、机が浮き上がる。驚いて手を離すと、机はすぐに元の位置に戻った。最初は目の錯覚かと思ったが、同じことが何度も起こる。

やがて、ケンイチの周囲で重力がおかしくなり始めた。彼が歩くたびに、周囲の小さな物体が宙に浮く。クラスメイトたちは恐れ戸惑い、ケンイチを避けるようになった。

唯一、幼なじみの佐々木ミカだけが、ケンイチに寄り添った。「大丈夫、一緒に原因を突き止めよう」。ミカの言葉に、ケンイチは少し安心を覚えた。

しかし、それは始まりに過ぎなかった。


トレーニング開始から75日目、ケンイチの力は制御不能になっていた。彼が教室に入ると、すべての物が宙に浮き、カオスが広がる。学校に行くことすら難しくなり、ケンイチは自宅に引きこもるようになった。

そんなある日、突然部屋に見知らぬ男が現れた。「私は量子物理学者の山田博士だ。君の周りで起きている現象に興味がある」

山田博士の説明によると、ケンイチの体が量子もつれ現象を起こしているという。自重トレーニングによって、ケンイチの体内の素粒子が特殊な状態になり、周囲の物質と量子レベルで干渉し合っているのだ。

「これは大変な発見だ。君の体は、重力と量子力学を統一する鍵かもしれない」

しかし、ケンイチの力は日に日に強くなっていく。100日目が近づくにつれ、彼の周囲の空間そのものが歪み始めた。窓から見える景色が波打ち、時間の流れが不安定になる。

ミカは必死にケンイチを励ました。「きっと元に戻る方法があるはず。諦めないで」

だが、ケンイチの心は闇に覆われていた。「もう戻れないんだ。僕は、怪物になってしまった」

そんな中、衝撃的な事実が明らかになる。ケンイチの力は、単に彼の周囲だけでなく、宇宙全体に影響を及ぼし始めていたのだ。遠い銀河で起きる超新星爆発の頻度が急増し、ブラックホールの形成過程が変化し始めた。

宇宙の法則が乱れ始めたのだ。



トレーニング開始から99日目、事態は最悪の状況に陥っていた。ケンイチの周囲の現実が崩壊し始め、彼がいる空間だけが、奇妙な泡のように現実世界から切り離されていく。

世界中の科学者たちが、この前代未聞の現象の解決策を必死に探っていた。しかし、誰もケンイチに近づくことができない。彼の周囲の空間は、あまりにも不安定で危険だったからだ。

絶望の淵に立たされたケンイチ。しかし、そんな彼の前に、突如として謎の老人が現れる。

「私は、君が見つけたトレーニング法の考案者だ」

老人の説明によると、このトレーニングは単なる肉体改造法ではなく、宇宙の根源的なエネルギーと調和するための古代の秘術だったという。しかし、現代の科学では説明できないトレーニングの真の目的を理解せずに行ったため、ケンイチの体は制御不能になってしまったのだ。

「だが、まだ希望はある。100日目の今日、君は最後の選択をする必要がある」

老人は、ケンイチに二つの選択肢を示した。一つは、自分の力を宇宙そのものに還元し、すべてをリセットする道。もう一つは、自分の意識を宇宙と同化させ、新たな宇宙の法則を作り出す道だ。

ケンイチは深く考え込んだ。自分の行動が宇宙を混沌に陥れたという後悔。しかし同時に、これほどの力を得た今、何か意味があるはずだという思い。

そして、ケンイチは決断を下す。

「僕は、宇宙とともに生きる」

その瞬間、ケンイチの体から眩い光が放たれた。彼の意識は急速に拡大し、宇宙全体を包み込んでいく。銀河や星々、そしてあらゆる生命体とつながっていく感覚。

光が収まると、世界は一変していた。重力や時間、空間の概念が柔軟に変化する新たな宇宙が誕生していたのだ。人々は、意識を使って自在に物理法則を操ることができるようになっていた。

ミカは、新たな姿になったケンイチと再会する。彼は今や、宇宙そのものであり、同時に一人の少年でもあった。

「僕たちの冒険は、ここから始まるんだ」

ケンイチの言葉に、ミカは頷いた。二人は手を取り合い、未知なる新世界へと歩み出した。


それから数百年後。宇宙は調和と混沌が共存する不思議な場所に進化していた。人々は自重トレーニングを「宇宙との対話法」として学び、各々が宇宙の一部としての自覚を持って生きていた。

ある日、一人の少年が友人に尋ねた。
「ねえ、知ってる? むかし、自重トレーニングだけで宇宙の法則を変えちゃった人がいたんだって」
「えー、そんなの嘘でしょ!」
「ホントだってば! 伝説の始まりはね…」

少年は、ケンイチの物語を語り始めた。それは、もはや神話となっていたが、この宇宙に生きる全ての者の中に、確かに息づいていたのだ。

(おわり)