俺の名前は佐藤健(さとうけん)。28歳、都内の中小企業で経理をしている平凡なサラリーマンだ。彼女いない歴=年齢のモテない男。休日は一人でカップラーメンをすすりながらアニメを見るのが唯一の楽しみ。

ある日、いつものようにスマホでSNSを眺めていると、「村上春樹作品のオーディオブックで人生が変わった!」という広告が目に入った。

「はぁ...そんな都合のいい話あるわけねーだろ」

そう思いながらも、なんとなくポチってしまった。別に期待してたわけじゃない。ただ、毎日の退屈な通勤時間を少しでもマシにできればいいかな、くらいの気持ちだった。

翌日から、通勤中はずっと村上春樹のオーディオブックを聴くようになった。最初は『ノルウェイの森』。続いて『1Q84』、『海辺のカフカ』...

「ふーん、なんか不思議な話だな」

正直、最初はよく意味がわからなかった。でも、不思議と耳に心地よく、どんどん聴き進めていった。

そんなある日、会社の可愛い後輩の山田さんに話しかけられた。

「佐藤さん、最近なんか雰囲気変わりましたね」

「え?そう...かな?」

俺は戸惑いながら答えた。別に何も変わってないはずなのに。


オーディオブック生活を始めて1ヶ月が経った頃だった。

ある日、いつものようにコンビニでお弁当を買おうとレジに並んでいると、前に並んでいた美人なOLが突然振り返って話しかけてきた。

「あの...失礼かもしれませんが、もしかして羊男の夢でも見てました?」

「え?」

俺は驚いて答えられなかった。確かに昨日の夜、妙な夢を見た。暗い井戸の中で羊男と話をしている夢だった。

「やっぱり!私も同じ夢を見たんです。こんな偶然ってあるんですね」

そう言って彼女は嬉しそうに笑った。

それ以来、妙なことが続いた。

街を歩いていると、どこからともなく「ジャズが聴こえてくる」と感じるようになった。
電車に乗ると、周りの人々が皆「村上春樹の登場人物みたいだ」と思えてきた。
そして何より、周りの女性たちが俺のことをじろじろ見るようになった。

「なんだこれ...」

俺は混乱していた。でも、それと同時に、何か大きな変化が起ころうとしているような予感がしていた。


オーディオブック生活を始めて3ヶ月が経った頃、俺の人生は完全に変わっていた。

会社では、突然抜擢されて企画部に異動になった。
「佐藤くんの発想力が素晴らしい」と上司に褒められた。

休日には、趣味でジャズバーを巡るようになっていた。そこで出会う女性たちと、不思議な会話を交わす。彼女たちは皆、俺の話に聞き入り、魅了されていくのだ。

「佐藤さんって、まるで村上春樹の小説から飛び出してきたみたい」

そんな風に言われることが増えた。

ある日、会社の後輩の山田さんから告白された。

「佐藤さん、私...佐藤さんのことが好きです」

俺は驚いた。だが、それ以上に困惑していた。なぜなら、昨日街で出会った謎の美女からも告白されていたからだ。

「私、あなたのことずっと待っていたの。まるで、別の世界線から来たあなたを」

彼女はそう言って、俺の手を取った。

そして今、俺の目の前には選択肢が広がっている。
山田さんと平凡だけど幸せな人生を歩むか。
それとも、謎の美女と共に未知の冒険に飛び込むか。

まるで、村上春樹の小説の主人公になったかのようだ。

「どうしよう...」

その瞬間、俺の頭に一つの考えが浮かんだ。

「そうか、俺は...」

俺は決意した。両方の世界を生きると。現実と非現実の狭間で、二つの人生を歩むと。

それからの俺の日々は、まるで夢のようだった。
昼は普通のサラリーマンとして働きながら山田さんとデートし、
夜は謎の美女と共に不思議な冒険の数々を繰り広げる。

世界は二重らせんのように絡み合い、現実と非現実の境界線は曖昧になっていった。
そして俺は、その狭間で自分の居場所を見つけたのだ。

今では、街を歩けば必ず誰かに声をかけられる。
「あなた、もしかして...」
そう言われるたびに、俺はただ微笑むだけだ。

村上春樹をオーディオブックで聞き続けた結果、俺は人生の主人公になった。
そして今、この物語を書いている。
いつか、誰かがこの物語をオーディオブックで聴くかもしれない。
そして、また新たな「俺」が生まれるのかもしれない。

そう思うと、なんだか愉快な気分になる。
さて、今日はどんな不思議な出来事が待っているだろうか。
俺は、期待に胸を膨らませながら、また新しい一日を始める準備をした。


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