高木誠(たかぎ まこと)、25歳。世間でいう「チー牛」の典型だった。
黒縁メガネに前髪ぱっつん、いつも同じパーカーとジーンズ。休日は部屋に引きこもってアニメ鑑賞とゲーム三昧。そんな彼の人生が、あの日、激変した。
「はぁ...今日も残業か...」
いつものように深夜まで働き、疲れ果てて帰宅途中の誠。ふと立ち寄った小さな焼き鳥屋で、彼女に出会った。
店内に漂う香ばしい焼き鳥の香り。そして、カウンター越しに目に飛び込んできたのは、ワイングラスを片手に優雅に焼き鳥を頬張る女性の姿。
「あの...隣、いいですか?」
誠は思わず声をかけていた。女性は優しく微笑んで頷いた。
「どうぞ。あ、この焼き鳥、美味しいですよ。ワインとの相性も抜群です」
その声は、まるで天使のよう。誠は緊張しながらも隣に座った。
「僕は...高木です。高木誠」
「私は柚木さくら。よろしくね、誠くん」
さくらは、誠が想像もしたことのないタイプの女性だった。洗練された雰囲気、知的な話し方、そして何より、チーズと焼き鳥をワインと楽しむその姿に、誠は釘付けになった。
「ねえ誠くん、チーズは好き?」
「え?あ、はい...コンビニで買う6Pチーズぐらいなら...」
さくらは楽しそうに笑った。
「まあ!それじゃあ、本当のチーズの美味しさ、教えてあげる」
そう言って、さくらは店主に何やら頼んだ。程なくして運ばれてきたのは、誠が見たこともない様々な種類のチーズ。
「さあ、食べてみて」
促されるまま、誠は恐る恐るチーズを口に運んだ。
「うわ...こんな味、初めて...」
「でしょう?チーズって奥が深いのよ」
その夜、誠の世界は大きく広がった。チーズ、焼き鳥、ワイン。そして何より、さくらという存在が、彼の人生に色を添え始めたのだ。
それから数週間、誠とさくらは頻繁に会うようになった。
「ねえ誠くん、今度の休みどうしてる?」
「え?いつも通り家で...」
「もう!そんなんじゃダメよ。私と美術館に行きましょう」
誠は戸惑いながらも、さくらに連れられて美術館へ。初めは退屈だと思っていたが、さくらの解説を聞くうちに、絵画の魅力に引き込まれていった。
「へぇ...こんな見方があったんだ...」
「でしょう?芸術って素敵よね」
休日を外で過ごす楽しさを知った誠。次第に、さくらとの時間が待ち遠しくなっていった。
ある日、さくらが誠の部屋を訪れた。
「わっ...ごめん、散らかっていて...」
アニメポスターだらけの壁、積み上げられたゲームソフト。誠は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
しかし、さくらは意外な反応を示した。
「すごい!このフィギュア、限定版よね?私も欲しかったんだ~」
「え?さくら、アニメ知ってるの?」
「もちろん!ただ、最近は忙しくて見る時間がなくて...」
その日から、二人の関係はさらに深まった。さくらは誠にワインの味わい方を教え、誠はさくらに最新アニメの面白さを語る。
互いの世界を少しずつ交換し合う中で、二人は急速に近づいていった。
半年後、誠とさくらは付き合うことになった。
「誠くん、私ね、あなたのことが好きよ」
「さくら...僕も、好きだ」
告白の場所は、もちろんあの焼き鳥屋。チーズとワインを楽しみながら、二人は互いの気持ちを確かめ合った。
交際が始まってからも、二人の生活は大きく変わった。
誠は少しずつ外見を整えるようになった。さくらお勧めのサロンで髪型を変え、ファッションにも気を使い始めた。
一方さくらは、誠の影響で休日はたまに家でアニメ三昧。
「誠くん、このアニメの主人公、カッコいいわよね」
「うん、でもさくらの方が何倍もカワイイよ」
二人で過ごす時間は、チーズと焼き鳥とワインを楽しみつつ、時にはアニメやゲームに興じる。そんな日々が続いた。
ある日、誠の会社の飲み会にさくらも同伴で参加することになった。
「おい、高木!彼女連れてきたのか?」
同僚たちは驚きの表情。誠のような「チー牛」に、さくらのような「チー鳥」の彼女ができたことが信じられないようだった。
しかし、さくらは見事に場を盛り上げた。
「ねえ皆さん、この日本酒、チーズとの相性バツグンですよ。試してみません?」
誠はそんなさくらを誇らしく見つめていた。
帰り道、さくらが誠に言った。
「ね、誠くん。私ね、最初あなたのこと『チー牛』だなって思ったの」
「えっ...」
「でも、付き合ってみたら、あなたの優しさとか、趣味への情熱とか、本当に素敵だなって思ったの」
「さくら...」
「私も、周りからはチーズと焼き鳥でワイン飲んでそうな『チー鳥』なんて言われてるみたいだけど...誠くんとならそんなの関係ないわ」
二人は笑い合った。「チー牛」も「チー鳥」も、所詮はレッテル。大切なのは、互いを理解し、尊重し合うこと。
その夜、誠は決意した。さくらへのプロポーズの計画を立てよう、と。
場所は、もちろんあの焼き鳥屋。チーズとワインを楽しみながら、二人の新たな人生の始まりを祝福しよう。
こうして、「チー牛」と「チー鳥」のユニークな恋は、新たな章へと歩みを進めるのだった。
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