どこともなく漂う概念の空間。そこに「不幸」という存在があった。長い間、人々の嘆きや絶望を糧に生きてきた「不幸」だが、最近どこか物足りなさを感じていた。
ある日、「不幸」は「幸運」という概念と出会う。
「ねえ、『幸運』さん」と「不幸」が声をかけた。「最近、人間たちの反応が薄くなった気がしない?」
「幸運」はクスリと笑う。「それはね、『不幸』くん。君が弱くなったんだよ」
「弱くなった?」「不幸」は困惑した。
「そう」「幸運」は続けた。「概念だって鍛えなきゃダメなんだ。僕なんて、毎日自重トレーニングしてるよ」
「自重トレーニング?」
「そう。自分の重さで自分を鍛える。君も試してみたら?」
その日から、「不幸」の生活は一変した。
「不幸」は熱心に自重トレーニングを始めた。
まずは、小さな不幸から。
傘を忘れさせる → 雨を降らせる → 台風を起こす
財布を落とさせる → 給料を下げる → 会社を倒産させる
恋を失敗させる → 離婚させる → 一生独身にする
徐々に、「不幸」は自分の力が増していくのを感じた。人々の反応も以前より強くなっていく。
ある日、「不幸」は「運命」という大きな概念と出会った。
「おや、『不幸』くん」「運命」が声をかけた。「最近、随分と存在感が増したじゃないか」
「ありがとうございます」「不幸」は誇らしげに答えた。「自重トレーニングの成果です」
「運命」は感心した様子で「不幸」を見つめた。「素晴らしい。そろそろ君を人間界に出してみようか」
「不幸」は、ついに人間界にデビューした。
最初は、一人の不運な男性に取り憑いた。しかし、驚いたことに、その男性は「不幸」に打ちのめされるどころか、むしろそれを受け入れ、前向きに生きていった。
次に、「不幸」は災害という形で街全体を襲った。だが、人々は団結し、互いに助け合い、逆境を乗り越えていった。
「不幸」は混乱した。自分が強くなればなるほど、人間たちはより強く、より賢明になっていくように見えた。
最後に、「不幸」は世界規模の危機を引き起こした。しかし、人類はこの危機を、よりよい社会を作るきっかけとして利用したのだ。
「不幸」は悟った。自分が強くなることで、実は人間たちも強くなっていたのだと。
「不幸」は、再び概念の空間に戻った。そこで「幸運」と「運命」が待っていた。
「よくやった」「運命」が言った。「君は立派な『成長』という概念になったよ」
「不幸」は驚いた。自分はもはや「不幸」ではなく、「成長」という新たな概念に進化していたのだ。
「これからは、人々を強くする『成長』として生きていくんだ」「幸運」が優しく言った。
こうして、自重トレーニングを続けた「不幸」は、皮肉にも人々を幸せにする存在へと変貌を遂げたのだった。
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