高校2年生の春。僕、佐藤健太は相変わらずモテない日々を送っていた。
「はぁ...なんで俺にはモテ期が来ないんだろう」
そんなため息をつきながら、古典の授業を受けていた僕の耳に、先生の言葉が飛び込んできた。
「さて、みなさん。源氏物語の主人公・光源氏は、母親似の女性に惹かれる、いわゆる'マザコン'的な面があったと言われています」
クラスメイトたちがクスクス笑う中、僕は電撃に打たれたような衝撃を受けた。
(待てよ...光源氏ってモテまくりだったよな?)
そう、あの「もののあはれ」を体現する超絶イケメン・光源氏は、平安時代の女性たちの憧れの的だったはずだ。
(もしかして...マザコンだからモテたんじゃね?)
この突飛な発想に、自分でもびっくりした。でも、藁にもすがる思いの僕は、この考えにしがみついた。
「よっしゃ!俺も光源氏みたいにマザコンになってモテてやる!」
そう決意した僕は、その日から「マザコン計画」を実行に移すことにした。
まず僕は、母親との会話を増やすことから始めた。
「ねえ、お母さん。今日の晩ご飯何がいい?」
「健太...あんた、どうしたの?急に優しくなって」
母は最初戸惑っていたが、次第に僕の変化を喜ぶようになった。
学校では、母親の話を積極的にするようにした。
「ねえねえ、俺の母ちゃんさ、最近料理がめっちゃ上手くなってさー」
「佐藤くん...あんた、大丈夫?」
クラスメイトたちは僕の変化に困惑していた。でも、諦めずに「マザコンキャラ」を貫き通した。
そんなある日、クラスで1、2を争う美少女・桜井美月が僕に話しかけてきた。
「ねえ、佐藤くん。あのさ...」
「うん?どうしたの、桜井さん?」
「私ね、佐藤くんみたいな優しい人が好きなの」
(マジか!?効果てきめん!)
内心で喜びながらも、冷静を装って答えた。
「そう...かな?俺はただ、母を大切にしてるだけだよ」
「うん、そういうところがステキ!」
こうして、僕の初めての彼女ができた。しかし...。
「健太くん、今度の日曜日、うちに来ない?お母さんに会ってほしいの」
「えっ...あ、うん。分かった」
いよいよ母親に会う日が来た。緊張する僕。
「こんにちは、健太くんのお母さま」
「あら、美月ちゃん。いらっしゃい」
美月は僕の母とすぐに打ち解け、楽しそうにおしゃべりを始めた。その様子を見ていた僕は、ある違和感を覚えた。
(なんか...俺がいなくても大丈夫そう?)
その日以降、美月は頻繁に僕の家に来るようになった。でも、どういうわけか俺はいつも蚊帳の外。
「ねえ健太くん、今度お母さまとショッピング行くの。健太くんも来る?」
「えっ...俺はいいよ。二人で楽しんで」
気づけば、美月と母は親友同然の仲になっていた。そして...。
「健太くん、私たち...別れましょう」
「えっ!?どうして!?」
「だって...健太くんのお母さまの方が魅力的なんだもん」
この衝撃的な言葉と共に、僕の初恋は終わりを告げた。
失恋のショックで落ち込む僕。そんな時、親友の田中が声をかけてきた。
「おい、佐藤。最近どうしたんだよ。本当の目的、忘れたんじゃないのか?」
「本当の...目的?」
「お前、モテたくて『マザコンになる』なんて言ってたけどさ。それ本末転倒だろ」
田中の言葉に、僕は我に返った。
「そうか...俺、なんてバカなことを...」
その日から、僕は「マザコンキャラ」を演じるのをやめた。ただし、母を大切に思う気持ちは忘れなかった。
「お母さん、最近迷惑かけてごめん」
「健太...」
母は優しく微笑んで、僕の頭をなでてくれた。
学校では、本来の自分を取り戻した僕に、周囲の反応も変わってきた。
「佐藤くん、最近カッコよくなったね」
「えっ...そう?」
そんなある日、図書委員の吉田さんが僕に話しかけてきた。
「あの、佐藤くん。源氏物語の現代語訳、一緒にやってもらえないかな?」
「うん、いいよ。でも、なんで俺に?」
「だって、佐藤くん古典の授業でいつも面白い意見言うじゃん。光源氏の心理とか、すごくよく分かってるよね」
こうして、吉田さんとの共同作業が始まった。古典の新たな魅力を発見しながら、僕たちは少しずつ距離を縮めていった。
「ねえ、佐藤くん。光源氏って結局のところ、どんな人だと思う?」
「うーん、複雑な人だと思うな。母性に憧れつつ、でも本当は自立したかったんじゃないかな」
「へえ、面白い視点だね。私も佐藤くんみたいに、人の気持ちが分かる人って素敵だと思うな」
吉田さんの言葉に、僕の心は大きく揺れた。
(これが...本当の恋?)
それから1年後。僕と吉田さんは付き合うようになった。マザコンを演じるのではなく、素直な自分でいることの大切さを学んだ僕は、充実した高校生活を送っている。
そして今でも、古典の授業は僕の大好きな時間だ。だって、千年の時を超えて、今を生きる僕たちの心に響く古人の想いがそこにはあるから。
ちなみに母は...。
「もう、健太ったらw 素直じゃないんだからw」
今でも僕のことが大好きみたいだ。
完
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