高校2年生の佐藤翔太は、退屈な日々を送っていた。平凡な顔立ち、普通の成績、特筆すべき特技もない。そんな彼の唯一の趣味は、昭和時代のヤンキー文化を研究することだった。
ある日、翔太は思い切って美容院に行き、憧れの昭和ヤンキーヘアにしてもらった。長めの髪を後ろに流し、トップはふんわりと盛り上げる。まるで不良のような、でもどこか懐かしさを感じさせる髪型だ。
「よっしゃ!これでバッチリや!」
鏡に映る自分の姿に満足し、翔太は意気揚々と街に繰り出した。しかし、周りの反応は冷ややかだった。
「ちょっとあの人、髪型やばくない?」
「昭和のヤンキーかよ(笑)」
そんな視線を浴びながら歩いていると、突然、目の前に光が走った。まぶしさに目を閉じた翔太が、おそるおそる目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
石畳の道、古めかしい洋風建築、そして着物と洋装を織り交ぜた独特なファッションの人々。まるで、タイムスリップしたかのような景色だった。
「あの、すみません。ここはどこですか?」
翔太が尋ねると、通りがかった若い女性が振り返った。
「あら、ここは銀座よ。でも、あなた...その髪型、とってもモダンね!」
彼女は翔太の髪型に興味津々の様子だった。ボブカットに洋装、まさに大正時代のモダンガールそのものの姿をしている。
「私、浅川千絵っていうの。あなたのお名前は?」
「え、あ、佐藤翔太です...」
困惑する翔太に、千絵は微笑みかけた。
「翔太さん、素敵な名前ね。ねえ、よかったらお茶でもどう?」
そう言って、千絵は翔太の手を取った。戸惑いながらも、翔太は千絵に導かれるまま、大正時代の銀座の街を歩き始めた。
カフェに入ると、そこはジャズが流れる洒落た空間だった。千絵は興奮気味に翔太に話しかける。
「ねえ翔太さん、その髪型はどこで流行ってるの?私、初めて見たわ!」
「あ、これは...昭和の...じゃなくて、ヤンキーっていう...」
言葉に詰まる翔太に、千絵は目を輝かせた。
「昭和?ヤンキー?なんだかとってもスリリングな響きね!」
翔太は、自分が大正時代にタイムスリップしたことを悟った。しかし不思議なことに、恐怖よりも興奮の方が勝っていた。
「千絵さん、僕の髪型が気に入ったなら、今度僕が千絵さんの髪型も...」
「まあ!ぜひお願いするわ!」
二人は意気投合し、それから毎日のように会うようになった。翔太は千絵に現代の文化について語り、千絵は翔太に大正時代の魅力を教えた。
ある日、二人で銀座の街を歩いていると、千絵が突然立ち止まった。
「翔太さん、私...あなたのことが好きになってしまったみたい」
翔太は驚いた。でも、自分も同じ気持ちだということに気づいていた。
「僕も...千絵さんのことが好きです」
互いの気持ちを確認し、二人は付き合うことになった。しかし、翔太の心には不安があった。いつかは現代に戻らなければならない。その時が来たら、千絵とはもう会えなくなってしまう。
そんな思いを抱えながらも、翔太は千絵との時間を大切に過ごした。二人で銀座の街を歩き、カフェでジャズを聴き、映画を見る。時代は違えど、二人の恋は現代の若者たちと変わらないものだった。
翔太が大正時代に来てから一ヶ月が経った頃、彼は違和感を覚え始めた。自分の姿が少しずつ透明になっていくのだ。
「もしかして、僕はこの時代にいられなくなるのかも...」
翔太は千絵に打ち明けた。
「千絵さん、僕は...ここにずっといることはできないんだ。いつかは帰らなきゃいけない」
千絵は悲しそうな顔をした。
「わかっていたわ。翔太さんは私たちの時代の人じゃないって。でも、それでも好きになってしまった」
二人は抱き締め合った。その時、翔太の体が光り始めた。
「千絵さん!僕、もう戻らなきゃいけないみたいだ!」
千絵は涙を浮かべながらも、強く微笑んだ。
「翔太さん、短い間だったけど、本当に幸せだったわ。あなたのおかげで、私はもっと自由に、もっと大胆に生きていこうって思えたの」
「僕も千絵さんに、たくさんのことを教えてもらった。この経験は一生忘れない」
光が強くなり、翔太の姿が薄れていく。最後の最後まで、二人は手を握り締めていた。
「さようなら、翔太さん。あなたの時代でも、幸せでいてね」
「さようなら、千絵さん。君はきっと、素晴らしい人生を送るよ」
そして、翔太の姿は完全に消えた。
目を開けると、そこは現代の銀座だった。周りを歩く人々は、昔と変わらず翔太の髪型を奇異の目で見ている。しかし今の翔太には、それがどうでもよかった。
「千絵か...」
ポケットに手を入れると、そこには千絵からもらった小さなブローチがあった。それは確かに実在した証拠。翔太は空を見上げ、微笑んだ。
「よし、これからは千絵に負けないくらい、自由に生きてやる!」
翔太は決意も新たに歩き出した。彼の歩みは、昭和のヤンキーのようにも、大正のモダンボーイのようにも見えた。そして何より、未来に向かって歩む一人の若者の姿だった。
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