俺の名前は佐藤陽太。25歳、職歴なしのニート。人生どん底を這いつくばっている典型的なダメ人間だ。
「はぁ...もう駄目だ...」
部屋に転がりながら天井を見つめる。スマホでSNSを眺めても、リア充たちの楽しそうな投稿ばかり。
「くそ...みんな幸せそうだな...」
そんな俺のたった一つの趣味が、オンライン掲示板での議論だった。特に最近は、AIに関する話題で盛り上がっている。
「よし、またやるか...」
俺は立ち上がると、パソコンの前に座った。そして、いつものように議論に参加する。
「AI?あんなもの信用できるわけないだろ!人間の仕事を奪って、最後には人類を滅ぼすんだ!」
そう、俺はネタで徹底的な反AI派を演じていた。正直、本気でそう思っているわけじゃない。ただ、この役割を演じるのが楽しかったんだ。
しかし、その日、思わぬことが起こった。
「君の意見、とても興味深いわ」
突然、DMが届いた。送信者は「美琴」という名前の女の子らしい。
「えっ...」
俺は驚いた。こんなことは初めてだった。
「AIに批判的な人って、最近珍しいのよね。もっと詳しく聞かせてもらえない?」
その一言で、俺の人生は大きく変わることになる。
美琴とのやり取りをきっかけに、俺は「反AI芸人」として活動を始めた。
最初は掲示板での書き込みだけだったが、そのうちYouTubeでの動画配信も始めた。
「AIなんて信用できない!人類の敵だ!」
カメラの前で熱弁を振るう俺。演技とはいえ、段々と本気になってきていた。
「陽太くんの動画、本当に面白いわ」
美琴からの応援メッセージに、俺の心は躍った。
そして驚いたことに、チャンネル登録者数が急増し始めたのだ。
「えっ、10万人...?」
気がつけば、俺は小さな有名人になっていた。
「佐藤さん、テレビ出演のオファーが来ています」
マネージャーまでついた。人生逆転とはこのことか。
しかし、俺の心の中には小さな後ろめたさがあった。
(これ、本当にいいのかな...)
だが、その思いは人気と成功の陰に隠れていった。
「AIは人類の敵だ!」
全国ネットの番組で叫ぶ俺。会場は拍手喝采に包まれた。
しかし、その瞬間、俺は気づいてしまった。この姿は本当の自分じゃない。
「実は...俺は...」
言葉に詰まる。
そんな時、客席から一人の少女が立ち上がった。美琴だ。
「陽太くん、本当の気持ちを話して」
その言葉に、俺は勇気をもらった。
「実は...俺はAIが嫌いなわけじゃないんです」
会場がシーンと静まり返る。
「むしろ...AIには可能性を感じています。ただ、みんなが無批判に受け入れるのが怖かった。だから、あえて反対の立場から問題提起をしようと...」
告白を終えると、会場は再び拍手に包まれた。
「素晴らしい!」「そういう視点が大切なんだ!」
予想外の反応に、俺は戸惑った。
そして、美琴が俺の元へ駆け寄ってきた。
「やっと本当の陽太くんに会えた気がする」
彼女の笑顔に、俺の心は溶けそうだった。
それからというもの、俺の人気はさらに上昇した。今度は「AIと人間の共存を考える」をテーマに活動している。
就職のオファーも殺到し、AI企業の顧問として働くことになった。
「陽太、今日も頑張ってね」
美琴の言葉に送り出され、俺は新しい職場へ向かう。
かつての負け組人生が嘘のようだ。
しかし、俺は忘れない。この成功は、ネタとはいえ、自分の意見を持ち、それを表現することから始まったのだと。
そして何より、本当の自分と向き合う勇気を持てたからこそ、今がある。
「よーし、今日も AIとの共存について熱く語るぞ!」
俺は意気揚々とオフィスに入っていった。
人生、どこでどう変わるかわからない。
でも、きっと大切なのは、自分らしさを失わないこと。
そして、たとえネタだとしても、自分の言葉を持つこと。
それが、かつての負け組だった俺が学んだ、人生最大の教訓だった。
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