ワイ、25歳。いわゆる"チー牛"やった。「やった」って過去形やで。なんでかって?それはこれから語る物語の結末やからな。
「ワイはチー牛や」
鏡に向かって呟く。でも、その言葉に違和感がある。だって、ワイの存在ってなんなんや?チー牛っていう言葉で片付けられるもんちゃうやろ。
「ワイは...ワイは...」
言葉が続かへん。アイデンティティの危機や。
そんな時、なんJで見つけた言葉がきっかけやった。
「自重トレーニングで人生変わったわ」
「自重...か」
ワイは思った。自分の重さを支えきれへんのに、他人の言葉で自分を定義してたんやないか?
「よっしゃ、やったるで!」
ワイは決意した。自分の重さと向き合うことにしたんや。
でも、これがワイの物語の始まりやったんか、終わりやったんか、今でもよう分からへん。
プッシュアップ、スクワット、プランク...
ワイの部屋は自重トレーニングの檻と化した。
「1...2...3...」
カウントを重ねるたび、ワイの存在が揺らぐ。
「ワイはチー牛やない。ワイは...」
鏡に映る自分が、日に日に変わっていく。でも、それはホンマにワイなんか?
「お前、最近変わったな」
マッマの言葉に、ワイは答えられへん。だって、ワイ自身が自分が何者なのか分からへんのやから。
自重トレーニングを続けるうち、ワイの体は確かに変わった。でも、それと同時に、ワイの現実感も薄れていった。
「ワイは...ワイは...」
鏡に向かって問いかける。でも、鏡に映るんは、もはやチー牛やないし、かといって普通の筋トレマッチョでもない。
なんか、どっかで見たことあるような...
「もしかして、ワイ...」
その瞬間、現実が歪んだ。
気づいたら、ワイはモォーと鳴いていた。
「なんやこれ...」
自分の体を見下ろすと、そこにあるんは筋肉隆々の人間の体やのうて、まだら模様の牛の体やった。
「ワイ、乳牛になってもうた...」
でも不思議と、パニックにはならへん。むしろ、やっとしっくりきた感じがする。
「モォー(ワイは、ワイや)」
自重で鍛えた結果、ワイは自分の重さを超越してしまったんや。チー牛から乳牛へ。なんとも皮肉な 変身やな。
「お、お前...牛になってもうたんか!?」
家族の驚きの声。でも、ワイにはもう人間の言葉は通じへん。
「モォー(せや、でもワイは幸せや)」
ワイは答える。だって、やっと自分らしさを見つけたんやもん。
そう、ワイはもうチー牛やないし、人間でもない。ワイは立派な乳牛なんや。
でも、これってホンマに現実なんやろうか?それとも、ワイの妄想?はたまた、この物語を読んでる君の幻想?
現実と虚構の境目なんて、もうどうでもええんや。だって、ワイは今、自分の重さを超えて、新しい自分になれたんやから。
「モォー(さあ、ワイと一緒に草でも食うか?)」
ワイは、読者のあなたに問いかける。この物語の本当の主人公は誰なんやろう?チー牛?乳牛?それとも...あなた?
結局のところ、ワイらは皆、自分という檻の中で、自分の重さと格闘してるだけなんやないか?
「モォー(でも、それでええんや。自分の重さを受け入れられたら、きっと自由になれる)」
ワイは今、牧場で幸せに暮らしてる。チー牛時代の悩みなんて、もう遠い過去のこと。
「モォー(ほな、また明日な)」
ワイは、西に沈む夕日に向かって歩き出す。この物語はここで終わるけど、ワイの、そしてあなたの物語は、まだまだ続くんやで。
自重トレーニングは、単に体を鍛えるだけやない。自分の存在と向き合う、壮大な哲学的実験なんや。
チー牛も、乳牛も、結局は自分自身を表現するための比喩に過ぎへん。大事なんは、自分の中にある無限の可能性に気づくことなんや。
「モォー(ほな、また会おな。次はどんな姿で会えるか楽しみやで)」
そう言って、ワイは夕焼けの中に消えていった。でも、この物語は終わりやない。だって、あなたが読んでる限り、ワイは永遠に生き続けるからな。
チー牛から乳牛へ。そして、その先へ。
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