俺の名前は佐藤健太。どこにでもいる平凡な高校2年生……のはずだった。
「はぁ……また落ちた」
10社目の面接が終わり、俺は力なく肩を落とした。バイトすら見つからない。これで春休みの間にやった面接はすべて不採用だ。
「なんでだよ……」
悔しさと情けなさで胸が痛む。でも、理由は分かっていた。
俺には「ade」があるからだ。
adeとは「Awkward Demeanor Expression」の略で、不器用で気まずい態度や表情のことを指す。つまり、コミュ障の一種だ。
「お前、目が泳いでるぞ」「話し方がぎこちない」「表情が硬すぎる」
面接官たちの言葉が頭の中でぐるぐると回る。
ade持ちの俺には、接客業はおろか、普通の事務職だって無理だった。
「もう……人生終わりだ」
自室に戻った俺は、ベッドに倒れ込んだ。天井を見つめながら、これからの人生について考える。
そんな時、スマホに通知が入った。
「筋トレYouTuberの新作動画きたか……」
何気なく再生すると、そこには自重トレーニングの特集が。
「自重トレーニングなら、ジムに行かなくてもできる! コミュニケーション不要で、自分との戦いだけ!」
その言葉に、俺は電撃が走ったような衝撃を受けた。
「そうか……これなら、俺にもできるかもしれない」
その日から、俺の新しい人生が始まった。
翌日から、俺は自重トレーニングを始めた。
プッシュアップ、スクワット、プランク……YouTubeで見たトレーニングを片っ端から試す。
最初は10回も続かなかったプッシュアップが、1ヶ月後には30回。2ヶ月後には50回と、着実に成果が出始めた。
「おい、健太。最近なんかムキムキになってねえか?」
ある日、親友の田中に言われた。
「え? そ、そうかな……」
恥ずかしさと嬉しさが入り混じる。人に変化を気づかれるのは初めてだった。
夏休みに入り、トレーニングにかける時間が増えた。1日3時間は当たり前。気づけば、腹筋が割れ始めていた。
「凄い……これが、俺の体……?」
鏡の前で腹筋を触りながら、俺は目を丸くした。
しかし、外見だけじゃない。内面も変わり始めていた。
「よし、今日も頑張るぞ!」
トレーニング前に、鏡に向かって声を出す。最初は恥ずかしかったけど、今では当たり前のルーティーンになっていた。
自分に語りかけ、自分を励ます。そんな日々を重ねるうちに、少しずつ自信がついてきた。
「佐藤、お前……なんか、雰囲気変わったな」
新学期が始まり、クラスメイトたちが俺の変化に気づき始めた。
相変わらずadeはあるけど、堂々とした態度で人と接することができるようになっていた。
「ありがとう。実は、ちょっと頑張ってたんだ」
照れくさそうに答える俺。でも、以前のように目をそらすことはなかった。
高校3年の秋。進路を決める時期がやってきた。
「佐藤くん、将来の夢は決まった?」
担任の質問に、俺は迷わず答えた。
「はい。パーソナルトレーナーになりたいです」
驚く担任。そして、クラスメイトたち。
「でも、佐藤くん。それって人と接する仕事だよ? 大丈夫なの?」
心配そうな担任に、俺は微笑んで答えた。
「大丈夫です。むしろ、adeがあるからこそ、同じ悩みを持つ人の気持ちが分かるんです」
そう、俺は決めたんだ。自分と同じように、人とのコミュニケーションに悩む人たちを、トレーニングを通じて助けたいと。
「すごいな、健太」
親友の田中が、俺の背中を叩いた。
「adeのこと、コンプレックスに思ってたけど、それを武器にしちゃうなんてな」
照れくさそうに頭をかく俺。
そして、半年後。
「合格おめでとうございます」
スポーツトレーナーの専門学校からの合格通知。俺は、胸を張って受け取った。
鏡に映る自分は、もう以前のような弱々しい少年ではない。たくましく、自信に満ちた青年がそこにいた。
adeは消えていない。でも、それはもう俺の弱点じゃない。
「よーし、これからだ!」
俺は拳を握り締めた。新しい人生の幕開けだ。
自重トレーニングで鍛えたのは、体だけじゃない。心も、未来も、鍛え上げたんだ。
これが、adeで人生終了のはずが、自重だけで鍛えた俺の結果だ。
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