高校2年生の佐藤健太は、どこにでもいる普通の男子生徒だった。身長170cm、体重60kg。運動は得意ではないが、かといって極端に不得意というわけでもない。そんな健太の悩みは、クラスの人気者で運動神経抜群の加藤翔太に、密かに想いを寄せていた幼なじみの鈴木美咲を取られそうになっていることだった。

ある日の放課後、健太は翔太が美咲に告白しようとしているのを偶然耳にしてしまう。焦った健太は、その場から逃げ出すように走り出した。息も絶え絶えに家に帰り着いた健太は、自室の鏡に映る自分の姿を見て愕然とした。

「このままじゃダメだ...俺、変わらなきゃ」

その日から健太は、筋トレを始めることを決意した。YouTube動画を参考に、自重トレーニングから始めた。腕立て伏せ、腹筋、スクワット。初日は10回ずつがやっとだった。

「毎日続ければ、きっと変われるはず」

健太は必死に自分に言い聞かせた。

1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、気づけば夏休みに入っていた。健太の体には、少しずつだが確実に変化が表れていた。

「よし、これなら夏休み明けには、翔太に負けない体になれるかも」

そう思った矢先、健太の体に異変が起こり始めた。


夏休み最後の日、健太は久しぶりに美咲と遊ぶ約束をしていた。待ち合わせ場所に向かう途中、道路工事の看板に気を取られてつまずいた健太は、反射的に近くの電柱につかまった。

「あれ?」

違和感を覚えた健太が手を離すと、電柱がまるでゴム製であるかのようにグニャリと曲がっていた。

「え?嘘だろ...」

慌てて周りを見回す健太。誰も見ていないことを確認すると、今度は意識的に電柱を掴んでみた。すると、まるで粘土細工のように、電柱は健太の手の形に変形していく。

「なんだこれ...」

混乱する健太の元に、美咲から電話がかかってきた。

「健太くん、ごめん!ちょっと遅れそう」
「あ、ああ...大丈夫だよ」

電話を切った直後、轟音と共に悲鳴が聞こえてきた。振り向くと、暴走したトラックが歩行者に向かって突っ込んでくるところだった。

「危ない!」

咄嗟に飛び出した健太は、両手でトラックの前部を受け止めた。トラックは健太の手のひらで、まるでおもちゃのように止まった。

「え...嘘...」

健太は自分の行動に驚きを隠せなかった。周りにいた人々も、目の前で起こった信じられない光景に釘付けになっていた。

その日以降、健太の日常は一変した。

学校では「スーパーマン健太」として有名人になり、テレビの取材が来るほどだった。当初は戸惑っていた健太だったが、次第にその力を使って人々を助けることに喜びを感じるようになっていった。

しかし同時に、健太は新たな悩みを抱えることになった。力の制御が難しく、ドアノブを壊したり、箸で茶碗に穴を開けてしまったりと、日常生活に支障をきたすようになったのだ。

そして何より、美咲との距離が遠くなっていくのを感じていた。


秋も深まり、文化祭の準備が始まった。健太のクラスは喫茶店をすることに決まった。

「健太くん、重い荷物運ぶの手伝って!」とクラスメイトに頼まれ、軽々と大きな箱を持ち上げる健太。

その様子を見ていた美咲が、ため息をついた。

「健太くん、最近変わっちゃったね」
「え?そう...かな」
「うん。なんだか遠くなった気がする」

美咲の言葉に、健太は胸が締め付けられる思いがした。

そんな中、文化祭当日。健太のクラスの喫茶店は大盛況だった。しかし、突然の地震が襲う。校舎が揺れ、パニックになる生徒たち。

「みんな、落ち着いて!」

健太は咄嗟に校舎の柱を支え、建物の倒壊を防いだ。生徒たちを安全に避難させる中、美咲の姿が見当たらないことに気づく。

「美咲!美咲はどこだ!?」

必死に探す健太。ようやく見つけた美咲は、倒れてきた本棚の下敷きになっていた。

「美咲!大丈夫か!?」

「健太くん...痛くて...動けない...」

健太は慎重に本棚を持ち上げ、美咲を抱き起こした。

「ごめん...僕の力で、君を守れなかった」

涙ぐむ健太に、美咲は優しく微笑んだ。

「違うよ、健太くん。あなたは十分に強いよ。でも、私が欲しかったのは、こうして近くにいてくれることだった」

その言葉に、健太は自分の本当の気持ちに気づいた。強くなりたかったのは、本当は美咲のそばにいたかったから。物理的な力だけでなく、心の強さも大切だということを、健太は悟った。

その後、健太は自身の異常な力をコントロールする練習を始めた。同時に、美咲との関係も少しずつ修復していった。

ある日の放課後、美咲と一緒に帰る道すがら、健太は勇気を出して言った。

「美咲...付き合ってください!」

驚いた表情を浮かべる美咲。しかし、すぐにその表情は柔らかな笑顔に変わった。

「うん、よろしくね、健太くん」

二人は手を繋ぎ、夕陽に照らされた道を歩いていった。健太は思った。筋トレで得た強さは、確かに人々を守る力になった。でも、本当の強さは、大切な人のそばにいる勇気を持つことなのだと。

こうして、筋トレから始まった健太の波乱万丈な日々は、新たな章へと踏み出していった。