スティルトンチーズは、イギリスを代表するブルーチーズの一つで、「チーズの王様」と呼ばれることもあります。その起源は18世紀にさかのぼります。
伝説によると、1730年頃、ハンティンドンシャー州のスティルトン村にあるベルイン(Bell Inn)という宿屋の女主人、クーパー夫人が、このチーズを初めて作ったとされています。しかし、この話には異論もあり、実際にはスティルトン村で作られたわけではないという説もあります。
スティルトンチーズが広く知られるようになったのは、クーパー夫人から製法を学んだチーズ職人たちが、ロンドンとヨーク間を結ぶ主要街道沿いで販売を始めたことがきっかけでした。特に、スティルトン村の宿屋「ベルイン」の経営者だったクーパー氏が、このチーズを旅行者に販売したことで評判が広まりました。
1722年には、ダニエル・デフォーが著書「イギリス周遊記」の中でスティルトンチーズについて言及しており、当時すでにその名声が確立していたことがわかります。
スティルトンチーズの特徴的な青カビは、当初は自然に発生したものでした。しかし、19世紀後半になると、意図的にペニシリウム・ロックフォルティ(Penicillium roqueforti)という青カビを加えるようになり、より安定した品質のチーズが生産されるようになりました。
20世紀に入ると、スティルトンチーズの人気は更に高まり、その価値を保護する動きが出てきました。
1936年、スティルトンチーズ製造者協会が設立され、スティルトンチーズの定義と製造基準が定められました。この基準によると、正真正銘のスティルトンチーズは以下の条件を満たす必要があります:
1. レスターシャー、ダービーシャー、ノッティンガムシャーの3州で生産されること
2. 現地産の牛乳を使用すること
3. 円筒形で、自然の外皮を持つこと
4. 青みがかった網目状の模様を持つこと
5. クリーミーでなめらかな食感を持つこと
1969年には、スティルトンチーズは商標登録され、法的な保護を受けるようになりました。これにより、上記の基準を満たさないチーズは「スティルトン」という名称を使用できなくなりました。
1996年には、欧州連合(EU)のPDO(原産地呼称保護)制度の下で保護されるようになり、その地位はさらに強化されました。興味深いことに、スティルトン村自体はカンブリッジシャー州にあるため、皮肉にもスティルトン村でスティルトンチーズを製造することはできません。
製造プロセスも時代とともに進化しました。現代のスティルトンチーズ製造では、以下のような手順が取られます:
1. 新鮮な牛乳を殺菌し、スターターカルチャーと青カビ胞子を加える
2. レンネットを加えて凝固させる
3. カードを切り、ホエイを排出する
4. カードを型に入れ、数日間熟成させる
5. 塩を振り、さらに数週間熟成させる
6. 熟成室で6〜8週間熟成させる
この間、チーズに針を刺して空気を入れ、青カビの成長を促進します。
21世紀に入り、スティルトンチーズは伝統を守りつつ、新たな挑戦に直面しています。
1. 多様化する消費者ニーズへの対応:
健康志向の高まりを受け、低脂肪バージョンのスティルトンや、ホワイトスティルトン(青カビを含まないバージョン)など、新しいバリエーションが開発されています。
2. 持続可能性への取り組み:
多くのスティルトンチーズ製造者が、環境に配慮した生産方法を採用しています。例えば、再生可能エネルギーの使用や、廃棄物の削減などが進められています。
3. 国際市場での展開:
ブレグジット(イギリスのEU離脱)後も、スティルトンチーズは国際市場で高い評価を受けています。特に、アメリカや日本などでの需要が増加しています。
4. 文化的価値の再認識:
スティルトンチーズは、イギリスの食文化を代表する存在として、その文化的価値が再評価されています。チーズ祭りや、チーズ関連のツーリズムなども盛んになっています。
5. 新たな利用法の探求:
シェフたちによって、スティルトンチーズを使用した革新的なレシピが次々と生み出されています。従来のチーズボードやソースとしての使用だけでなく、デザートやカクテルなど、意外な組み合わせも人気を集めています。
しかし、スティルトンチーズ産業も課題に直面しています。気候変動による原料の品質変化、若い世代のチーズ消費の減少、そして国際的な競争の激化などが、今後の課題として挙げられます。
これらの課題に対応しつつ、伝統的な品質と風味を守り続けること。それが、スティルトンチーズの未来を左右する鍵となるでしょう。長い歴史の中で培われた技術と、革新への柔軟な姿勢。この二つを併せ持つスティルトンチーズは、これからも「チーズの王様」としての地位を保ち続けることでしょう。
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