「はぁ...この世に生まれてこなければ良かった」
僕、佐藤悟(18)は、いつものように2チャンネルの反出生主義スレッドに書き込んでいた。反出生主義、つまり「生まれてくること自体が不幸の始まりだから、子供を作るべきではない」という考え方だ。
最近、両親との関係も悪化し、学校でもいじめられ、人生に絶望していた僕にとって、反出生主義は心の拠り所だった。
「そうだよな...生まれてこなければ、こんな苦しみも味わわなくて済んだのに...」
そう呟きながら、新しいスレッドを立てようとした瞬間、突然パソコンの画面が眩しく光り出した。
「なっ...何だこれ!?」
目を庇っていると、光の中から一人の美しい少女が現れた。金髪碧眼で、純白のドレスを纏っている。まるで西洋の絵画から抜け出してきたような美しさだ。
「こんにちは、悟くん。私は生命の女神、ビタリアよ」
「え...えぇぇぇ!? 女...女神!?」
驚きのあまり後ずさりする僕に、女神は優しく微笑んだ。
「そうよ。あなたの投稿を見て、どうしても会いに来なくちゃいけないと思ったの」
「ぼ...僕の投稿...?」
「そう、反出生主義についてよ。私はそれを完全に否定しに来たわ」
女神の言葉に、僕は思わず反論した。
「でも...生まれてくることで苦しむ人がいるのは事実じゃないですか! それなら...」
「ふふふ、その通りね。でも、それは人生のほんの一部に過ぎないわ。これから、あなたに人生の素晴らしさを教えてあげる」
そう言うと、女神は僕の手を取った。
「さぁ、一緒に旅に出ましょう。人生の本当の意味を見つける旅にね」
そして、僕たちは光に包まれ、部屋から消えた。こうして、僕の予想外の冒険が始まったのだ。
目を開けると、僕たちは見知らぬ街にいた。
「ここは...?」
「ニューヨークよ。ここで最初のレッスンを始めましょう」
女神に導かれるまま歩いていると、路上でギターを弾く男性に出会った。
「彼を見て。人生の苦しみを音楽に変える術を身につけたのよ」
男性の奏でる音色は、確かに心に響いた。苦しみを昇華させた美しさがそこにはあった。
次に訪れたのは、アフリカのある村。
「ここの人々を見て。物質的には恵まれていないけど、お互いを大切にし、喜びを分かち合っているでしょう?」
確かに、村人たちの笑顔は眩しいほどだった。
そして、インドの寺院。瞑想する僧侶たちの姿に、心の平安を感じた。
「苦しみは、乗り越えるためにあるの。それを越えた先に、大きな喜びがあるのよ」
女神の言葉に、僕は少しずつ心を開いていった。
しかし、まだ完全には納得できなかった。
「でも...戦争や病気、貧困...そういったものがある限り...」
「そう、確かにそれらは存在するわ。でも、見て」
女神が指さした先には、難民キャンプでボランティア活動をする人々の姿があった。
「人間には、苦しみを減らし、幸せを増やす力があるの。それこそが、生きる意味なのよ」
僕は黙って頷いた。少しずつ、女神の言葉の意味が分かってきた気がした。
旅の終わり、僕たちは僕の部屋に戻ってきた。
「どう? 少しは人生の素晴らしさが分かってきた?」
女神の問いかけに、僕は正直に答えた。
「はい...でも、まだ完全には...」
「そうね。人生の意味を完全に理解するのは難しいわ。でも、それを探す旅こそが人生なのよ」
女神は優しく微笑んだ。
「反出生主義は、人生の可能性を否定してしまうの。確かに、生きることには苦しみも伴う。でも、その苦しみを乗り越え、喜びを見出すことこそが人間の素晴らしさなのよ」
「でも...僕には何もできない気がして...」
「違うわ。あなたにもできることはたくさんあるはず。例えば...」
女神は僕のパソコンを指さした。
「あなたの言葉で、苦しんでいる人を励ますことだってできるわ。反出生主義を広めるのではなく、希望を与える言葉を紡ぐのよ」
僕は、はっとした。確かに、自分の言葉で誰かを救えるかもしれない。
「そうか...僕にも、できることがあるんだ」
「そうよ。人生は、与えられるものじゃない。自分で作り出すものなのよ」
女神の言葉に、僕の心に小さな光が灯った。
「ありがとうございます。僕...もう一度、人生をやり直してみます」
「素晴らしいわ。でも、これはゴールじゃないわ。新たな始まりよ」
女神は、徐々に光に包まれていった。
「さようなら、悟くん。あなたの人生が、輝かしいものになりますように」
女神が消えた後、僕は深呼吸をして、パソコンに向かった。
「みんな、聞いてくれ。僕は間違っていた。生きることには意味がある。それは...」
僕は、自分の経験と新たな気づきを、丁寧に言葉にしていった。
それから1年後。
僕の書いた言葉は、多くの人の心を動かしていた。
「佐藤さんの言葉で、私は自殺を思いとどまりました」
「人生に絶望していましたが、希望が見えてきました」
そんなメッセージが、毎日のように届く。
両親との関係も修復され、学校でも少しずつ友達ができた。
「生きていて良かった...」
ふと空を見上げると、女神の笑顔が浮かんだ気がした。
「ビタリアさん、ありがとう。僕、まだまだ人生の意味を探し続けます」
そう呟きながら、僕は新たな一歩を踏み出した。反出生主義を否定してくれた女神との出会いが、僕の人生を大きく変えたのだ。
完
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