「はぁ…もう限界だ…」

深夜0時を回った東京のオフィス。山田太郎(28歳)は、疲れ果てた表情で机に突っ伏した。彼の周りには、まだ多くの社員が残業に励んでいる。

「山田くん、今日の資料まだ?」
上司の声に、太郎は慌てて顔を上げた。

「あ、はい!もう少しで…」

太郎は必死にキーボードを叩き始めた。しかし、疲労で頭が回らない。

「ああ…これじゃダメだ。もっと時間が欲しい。いや、時間じゃない。眠らなくていい体が欲しい」

その瞬間、太郎の目に奇妙な広告が飛び込んできた。

『1日30時間働けるようになりたいですか?哲学的ゾンビ化プログラム、好評受付中!』

「哲学的…ゾンビ?」

太郎は興味を引かれ、思わずクリックした。

画面には、こう書かれていた。

『哲学的ゾンビとは、外見上は普通の人間と全く同じように振る舞えるが、意識や主観的経験を持たない存在です。つまり、疲労や苦痛を感じることなく、効率的に働き続けることができるのです!』

太郎は目を輝かせた。「これだ!これさえあれば、もう眠る必要もない。残業なんて怖くない!」

彼は迷わず申し込みボタンを押した。

翌日。

太郎は、白衣を着た謎の男性に案内され、薄暗い研究所のような場所にいた。

「山田さん、準備はよろしいですか?」

「は、はい」と答える太郎。少し不安そうだ。

「ではプログラムを開始します。これから30分間、あなたの意識は停止します。その間に、哲学的ゾンビとしての機能をインストールしていきます」

太郎はベッドに横たわり、目を閉じた。


「山田さん、起きてください」

目を覚ますと、何も変わっていないように感じた。

「え?終わったんですか?」

「はい、プログラムは無事完了しました。さあ、新しい人生の始まりです」

太郸は半信半疑でオフィスに戻った。

「よし、集中するぞ」

彼は仕事に取り掛かった。すると、驚くべきことが起こる。

疲れを感じない。眠くならない。ただひたすらに作業をこなしていく。

「すごい…これが哲学的ゾンビの力か!」

太郎は興奮した。彼は30時間連続で働き、山積みだった仕事をすべて片付けた。

上司や同僚たちは驚愕した。

「山田くん、君どうしたんだ?急に仕事ができるようになって…」

太郎は得意げに答えた。「へへ、ちょっとしたコツをつかんだだけです」

日々、太郎の仕事ぶりは目覚ましかった。彼は会社の寵児となり、昇進も間近に迫っていた。

しかし、ある日…

「あれ?なんだか変な感じがする…」

太郎は違和感を覚えた。仕事は完璧にこなせているのに、何か大切なものを失ったような…。

彼は街を歩いた。綺麗な桜。美味しそうな食べ物。楽しそうに話す人々。

でも、太郎にはそれらの美しさや楽しさが感じられない。ただ、そこにあるという事実を認識するだけだった。

「これが…哲学的ゾンビなのか」

太郎は愕然とした。彼は効率的に働けるようになった。でも、人生の喜びや感動を感じられなくなってしまった。

「違う。こんなのは違う!」

太郎は研究所に駆け込んだ。

「お願いです!元に戻してください!」

白衣の男性は冷ややかに答えた。「申し訳ありません。このプログラムに戻る機能はありません」

絶望的な気分で帰宅した太郎。そこで、彼は一枚の写真を見つけた。

学生時代の仲間たちと撮った写真。みんな笑顔で、幸せそうだ。

その瞬間、太郎の目から一筋の涙が流れた。

「え?涙?」

彼は驚いた。哲学的ゾンビのはずなのに、なぜ涙が?

そして、彼は気づいた。完全な哲学的ゾンビになることはできない。人間の心は、そう簡単には消せないのだ。

太郎は決意した。「よし、これからは自分のペースで頑張ろう。たとえ残業があっても、人生を楽しむ時間は必ず作る」

彼は再び街に出た。今度は桜の美しさを感じ、食べ物の香りを楽しみ、人々の笑顔に心を温めた。

「やっぱり、感じることができるっていいな」

太郎は空を見上げ、深呼吸をした。

彼の人生は、再び色づき始めていた。

効率だけを求めて「哲学的ゾンビ」になろうとした社畜の物語。しかし結局、人間らしさこそが人生の本当の価値だと気づく。

これからの太郎は、仕事と私生活のバランスを大切にしながら、充実した日々を送っていくことだろう。

彼の24時間は、きっと30時間分の価値があるはずだ。