2045年、日本。かつて「氷河期世代」と呼ばれた人々が60代後半を迎えていた。長年続いた年金問題は、ついに解決されたと政府が発表した。
田中雄一(68歳)は、その発表を聞いて安堵のため息をついた。非正規雇用を転々とし、老後の蓄えもままならなかった彼にとって、これは朗報だった。しかし、その安堵感は長くは続かなかった。
発表から数日後、雄一の友人たちが次々と姿を消し始めた。SNSの更新が途絶え、電話にも出なくなる。不安を感じた雄一が警察に相談しても、「高齢者の失踪は珍しくない」と取り合ってもらえなかった。
ある日、雄一は見知らぬ番号から電話を受けた。「助けて...」という友人の佐藤の声。しかし、その声はすぐに切れた。場所を特定しようとしたが、電波は既に途絶えていた。
不安と好奇心に駆られた雄一は、自分で調査を始めることにした。街を歩き回り、消えた友人たちの情報を集める中で、ある噂を耳にした。「政府が氷河期世代を秘密裏に『処理』している」というのだ。
信じがたい噂だったが、雄一は真相を突き止めようと決意。ある晩、彼は廃墟となった病院の近くで、黒いバンが人を運び込むのを目撃した。その人物は、明らかに氷河期世代の年齢だった。
雄一は恐る恐る病院に忍び込んだ。そこで彼が見たものは、悪夢そのものだった。無数の氷河期世代の人々が、まるで家畜のように檻に入れられていたのだ。
さらに奥へ進むと、巨大な機械が稼働しているのが見えた。そこでは、人間の体から何かを抽出しているようだった。雄一は恐怖で足が震えた。
突然、警報が鳴り響いた。雄一の侵入が発覚したのだ。彼は必死に逃げ出そうとしたが、出口で警備員に取り押さえられてしまった。
気がつくと、雄一は白い部屋にいた。医療用のベッドに縛り付けられている。そこに白衣を着た男が入ってきた。
「田中さん、お目覚めですか。ようこそ、『年金問題解決プロジェクト』へ」
男は冷たく微笑んだ。
「あなた方氷河期世代の体には、長年の苦労で特殊な物質が蓄積されています。これを抽出すれば、画期的な医薬品になるんです。もちろん、副作用として寿命は大幅に縮みますがね」
雄一は絶望的な気持ちになった。年金問題の「解決」とは、こういうことだったのか。
「心配しないでください。あなた方の犠牲のおかげで、日本の医療技術は飛躍的に向上します。そして、残された世代の年金問題も解決される。一石二鳥というわけです」
男はにやりと笑い、注射器を手に取った。
「さあ、あなたも日本の未来のために貢献してください」
雄一は必死に抵抗したが、薬物が体内に注入されるのを感じた。意識が遠のいていく中、彼は思った。これが、自分たち氷河期世代の最後の「仕事」なのか、と。
外では、また新たな黒いバンが、次の「貢献者」を運んでくるところだった。年金問題は「解決」され、日本の未来は「明るく」なっていく。しかし、その代償があまりにも大きすぎることを、誰も気づいていなかった。
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