蝉の鳴き声が耳障りに響く真夏の午後、俺は薄暗い六畳一間のアパートで、古びたノートパソコンに向かっていた。ブラウン管モニターの青白い光が、俺の無精ひげを生やした顔を不気味に照らしている。

「今日も、あの板を覗くか...」

そう呟きながら、俺は2chの特定の板を開いた。そこには「女神」と呼ばれる女性たちが、自撮り画像をアップロードするスレッドがあった。

俺には、もはやこれしか楽しみがなかった。

29歳。職歴なし。コンビニのバイトで細々と生きている。両親は俺が20歳の時に事故で他界。恋人どころか、友人すらいない。

そんな俺の人生で、唯一の慰めが「女神スレ」だった。

画面に現れる無数の書き込み。その中から、俺は「女神」たちの画像を貪るように眺める。しかし、その行為に俺は次第に虚しさを感じ始めていた。

「これじゃあ、俺の人生変わらねえよ...」

ふと、そんな思いが頭をよぎる。そうだ、俺はこの煩悩を消し去らなければならない。この欲望にまみれた心を清めなければ。

その時、一つのスレッドが目に入った。

「仏教の教えで煩悩を消す方法」

俺は思わずクリックした。

そこには、様々な書き込みがあった。座禅、写経、断食...しかし、どれも俺には難しそうだ。

そんな中、一つの書き込みが目に留まった。

「女神の画像を見て、その美しさを称えるのではなく、その儚さを感じ取れ。全ては無常である。」

俺は、その言葉に何かを感じた。

それからというもの、俺は女神スレを見る目的を変えた。エロティックな目で見るのではなく、全てのものの儚さを感じ取るために見るようになったのだ。

しかし、それは容易なことではなかった。

画面に現れる若く美しい女性たちの姿。その曲線美、みずみずしい肌。俺の中の欲望は、簡単には消えてくれない。

それでも俺は、必死に「無常」を見ようとした。

「この美しさも、いつかは消え去る。この肌のハリも、この髪の艶も、全ては儚い...」

そう唱えながら、俺は画像を眺め続けた。

日々は過ぎていった。

夏の暑さが頂点に達し、アスファルトが溶けそうな日々が続く。俺のアパートにエアコンはなく、扇風機一つで凌ぐしかない。

汗だくになりながら、俺は相変わらずパソコンの前に座り続けた。

女神スレを開き、そこに現れる女性たちの姿を見つめる。しかし、以前とは違う。俺の目には、彼女たちの儚さが見えるようになっていた。

若さゆえの輝き。それは、永遠に続くものではない。いつかは必ず、老いと共に失われていく。

美しい肌も、やがてはシワだらけになる。艶やかな髪も、いつかは薄くなり、白くなっていく。

そして最後には、全てが土に還る。

俺は、そんなことを考えながら画像を眺めるようになっていた。

しかし、ある日のこと。

いつものように女神スレを開いた俺は、ある一枚の画像に目を奪われた。

そこには、俺の亡き母によく似た女性が写っていた。

母が若かりし頃の姿を彷彿とさせる女性。その笑顔、その仕草。全てが母を思い出させた。

俺は、思わず涙を流していた。

母の死から9年。俺はずっと、その悲しみを押し殺してきた。しかし、この一枚の画像によって、全てが溢れ出してきたのだ。

母の温もり、母の優しさ、母の笑顔。そして、もう二度と会えないという現実。

俺は、画面に向かって叫んだ。

「母さん!母さん!」

しかし、そこにいるのは、ただの見知らぬ女性の画像だけ。

俺は、自分の愚かさに気づいた。

これまで俺は、女神スレの画像を見て煩悩を消そうとしていた。しかし、それは本当の意味での解脱ではなかったのだ。

俺は、ただ現実から目を逸らしていただけだった。

母の死、自分の無能さ、孤独な人生。全てから逃げ出すために、俺はこの虚構の世界に逃げ込んでいたのだ。

そして今、その虚構の中に母の幻影を見出し、すがりつこうとしている。

これほど滑稽なことがあるだろうか。

俺は、ゆっくりとパソコンの電源を切った。

窓の外では、相変わらず蝉が鳴いている。真夏の陽光が、容赦なく部屋の中に差し込んでくる。

俺は立ち上がり、窓を開けた。

熱風が顔に当たる。しかし、それは以前とは違って感じられた。

この暑さも、いつかは過ぎ去る。秋が来て、冬が来る。そしてまた春が来て、夏が来る。

全ては移ろいゆく。全ては無常である。

そう思うと、不思議と心が落ち着いた。

母はもういない。しかし、母との思い出は俺の中に生き続けている。

俺は無能かもしれない。しかし、それも永遠に続くわけではない。

孤独な人生かもしれない。しかし、それもいつかは変わるかもしれない。

全ては流転する。そして、その流転の中にこそ、生きる意味があるのかもしれない。

俺は、久しぶりに外に出ることにした。

アパートを出て、まぶしい陽光の中を歩き始める。

行き交う人々の中に、俺は様々な姿を見た。

若い女性、中年の男性、お年寄り、子供たち。

彼らもまた、いつかは移ろいゆく存在だ。しかし、その儚さゆえに美しく、尊い。

俺は、ふと立ち止まった。

そして、空を見上げた。

蒼い空。白い雲。燦々と輝く太陽。

全ては儚く、そして永遠だ。

俺は、小さく微笑んだ。

2chの女神スレで煩悩を消そうとした夏は、こうして終わりを告げた。

しかし、本当の意味での俺の人生は、ここから始まるのかもしれない。

303山桜2

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