西暦2145年、人類は遺伝子工学と人工知能の発達により、かつての社会階級を完全に再構築していた。頂点に立つのは、遺伝子操作で完璧な肉体と頭脳を持つアルファたち。その下には一般市民のベータ、そして底辺労働を担うガンマが存在する。

田中誠は、この階級社会で中間に位置するベータの一人だった。平凡な容姿と能力しか持たない彼は、アルファたちが支配する社会で日々をやり過ごすことに精一杯だった。

ある日、誠が勤める企業の廊下を歩いていると、突然天井が光り輝き、まるで空が割れたかのような現象が起こった。そこから一人の女性が降り立ったのだ。

彼女は長い銀髪を持ち、全身が淡い光に包まれていた。その姿は、まるで古代の絵画に描かれた女神のようだった。

「私はアイリス。未来からやってきた」

女神と名乗る彼女の言葉に、誠は困惑した。しかし、周囲の人々は彼女の存在に気づいていないようだった。

「あなたにしか見えていないのよ、誠」アイリスは微笑んだ。「私はあなたを選んだの」

「な...何のために?」誠は震える声で尋ねた。

「この世界を変えるため」アイリスの表情が真剣になる。「現在の階級社会は、人類の進化を阻害している。このままでは、人類は500年後に滅亡する」

誠は信じられない思いでアイリスの話を聞いた。彼女の説明によると、現在の遺伝子操作による人為的な進化は、人類の多様性を失わせ、予期せぬ環境変化に適応できなくなるという。

「でも、僕にそんなことができるわけない」誠は肩を落とした。「僕は...ただのベータオスだ」

アイリスは優しく誠の頬に触れた。「だからこそ、あなたなの。アルファたちには現状を変える動機がない。ガンマたちには力がない。でも、あなたのような存在なら...」

その瞬間、誠の体に温かい光が走った。驚いて自分の手を見ると、淡い光を放っている。

「これは...?」

「あなたの潜在能力を引き出したの」アイリスは説明した。「これで、アルファと互角に渡り合える力を手に入れたわ」

誠は自分の体に宿った新たな力を感じ取った。それは単なる肉体能力の向上ではなく、世界を別の視点で見る力でもあった。

「でも、僕一人で世界を変えるなんて...」

「大丈夫。私がずっとサポートするわ」アイリスは誠の手を取った。「まずは、この会社から変えていきましょう」

それから数週間、誠はアイリスの助言を受けながら、少しずつ会社の体制を変えていった。遺伝子による差別をなくし、個人の能力を正当に評価するシステムを提案。最初は反発もあったが、誠の新たな能力と説得力により、徐々に受け入れられていった。

しかし、この変化に気づいたアルファたちが黙っているはずもなかった。彼らは誠を「危険分子」とみなし、排除しようと動き始めた。

ある日、誠は会社の重役たちに呼び出された。

「君の行動は社会の秩序を乱す」重役の一人が冷たい目で誠を見た。「我々アルファが築いた完璧な社会を、ベータごときが壊そうというのか」

誠は震える膝を抑えながら立ち上がった。「完璧じゃない」彼は言った。「この社会は、人類の可能性を潰している」

「ふん、笑わせるな」別の重役が嘲笑した。「お前に何が分かる」

その時、アイリスの声が誠の心に響いた。「怖がらないで。あなたの言葉には力がある」

勇気を出した誠は、アルファたちに向かって語り始めた。遺伝子操作の危険性、多様性の重要さ、そして人類の未来について。彼の言葉は、不思議な説得力を持っていた。

話し終えると、部屋は静まり返った。そして、驚くべきことに、重役たちの表情が変わり始めた。

「確かに...君の言うことにも一理ある」

「我々も、このままでいいのか疑問に思っていたんだ」

誠の言葉が、長年凍りついていたアルファたちの心を溶かし始めたのだ。

その日を境に、社会は少しずつ変わり始めた。遺伝子による差別は徐々に撤廃され、個人の多様性が尊重されるようになった。

変革の中心にいた誠だったが、彼は決して高慢にはならなかった。アイリスの存在を常に感じながら、謙虚に行動し続けた。

そして5年後、社会が大きく変わろうとしていた時、アイリスは誠の前に姿を現した。

「あなたは素晴らしかったわ」彼女は誠を抱きしめた。「これで人類の未来は変わった」

「君のおかげだよ」誠は微笑んだ。「でも、これからどうなるの?」

アイリスは淡く光り始めた。「私の役目は終わったの。でも、あなたの役目はこれからよ」

彼女の姿が徐々に透明になっていく。「さようなら、誠。あなたの中にある力を信じて」

アイリスが消えた後、誠は空を見上げた。彼の目には、輝かしい未来が映っていた。

一人のベータオスに女神が降臨したことで、人類の歴史は新たな一頁を刻み始めたのだ。
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