私は広告を見た瞬間、胸が高鳴った。
「高収入で誰でもできる仕事! 月収100万円以上可能!」
長年続いた貧困生活から抜け出せるチャンス。これしかない、と思った。
応募のメールを送ると、すぐに返信があった。
「明日、午後3時。××ビル地下3階にて面接」
翌日、指定された場所に向かう。エレベーターで地下3階へ。
扉が開くと、そこは薄暗い廊下だった。
奥に一つだけドアがある。そこに向かって歩き出す。
足音が異様に響く。
ノックすると、中から「どうぞ」という声。
ドアを開けると、そこには中年の男性が座っていた。
「やあ、来てくれてありがとう。座りたまえ」
私は差し出された椅子に座った。
「君の名前は?」
「田中です」
「ああ、田中君か。早速だが、仕事の内容を説明しよう」
男性は笑顔で話し始めた。
「この仕事は、人々の『不要な記憶』を消す仕事だ」
私は困惑した。
「不要な記憶、ですか?」
「そう。例えば、交通事故の記憶や、失恋の痛み。人々はそういった辛い記憶を忘れたがっている」
「でも、そんなこと可能なんですか?」
男性は黙ってドアを開けた。
そこには、大きな装置が据え付けられていた。
「これが、記憶消去装置だ。これを使えば、特定の記憶だけを消すことができる」
私は半信半疑だった。
しかし、高額の日当を見せられると、疑いの気持ちは薄れていった。
「やってみますか?」と男性。
私は頷いた。
翌日から仕事が始まった。
最初の依頼者は、交通事故の記憶に苦しむ中年女性だった。
装置を使うと、女性はほっとした表情を浮かべた。
「あら、私、何しに来たんでしたっけ?」
こうして、私の新しい仕事が始まった。
日々、様々な依頼者がやってきた。
虐待の記憶、戦争の記憶、裏切りの記憶...。
私は黙々と記憶を消していった。
ある日、年老いた男性が来た。
「私の人生すべてを消してほしい」
私は驚いた。
「でも、それじゃあ...」
「構わない。もう生きる意味がないんだ」
男性の目は虚ろだった。
私は葛藤した。
しかし、結局は男性の願いを聞き入れた。
装置を作動させると、男性の目から光が消えた。
まるで、人形のようだった。
その日を境に、私は違和感を覚え始めた。
この仕事は本当に人々を幸せにしているのだろうか。
ある晩、私は寝付けずにいた。
ふと、自分の記憶に違和感を覚えた。
なぜ、この仕事を始めたのだろう?
なぜ、こんな非現実的な仕事を疑問に思わなかったのだろう?
私は慌てて鏡を見た。
そこには、見知らぬ顔が映っていた。
恐怖に駆られて会社に向かった。
エレベーターで地下3階へ。
オフィスに飛び込むと、あの中年男性が座っていた。
「どうしたんだ、田中君?」
「私は...私は誰なんです?」
男性は悲しそうな顔をした。
「君はね、3年前に全ての記憧を消した男性なんだ。その後、私たちが新しい記憶を植え付けた」
「嘘だ!」
「君は、毎晩自分の記憶を消している。そして朝、新しい『田中』として目覚めるんだ」
私の頭の中で、何かが崩れていく音がした。
「なぜ...こんなことを...」
「君が望んだんだ。全てを忘れ、新しい人生を生きたいと」
私は膝から崩れ落ちた。
「さあ、もう時間だ。今日の記憶も消そう」
男性が装置のスイッチに手をかけた瞬間、私は叫んだ。
「待ってください!私は...」
しかし、その言葉は宙に消えた。
翌朝。
私は目覚めた。今日も仕事だ。
「高収入で誰でもできる仕事」
私は幸せ者だ。こんな素晴らしい仕事に就けて。
今日も笑顔で、人々の不要な記憶を消していこう。
そう思いながら、私はオフィスに向かった。
知らずに、自分の記憶も一緒に消し去りながら。
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