暗闇の中で、微かな電子音が鳴り響いていた。ジョンは目を開けたが、視界は相変わらず真っ暗だった。彼は自分の体が冷たい金属の台に横たわっていることに気づいた。

「どこだ…ここは?」

ジョンは声を発しようとしたが、喉から出てきたのは不自然な機械音だった。パニックに陥りそうになる中、突然部屋が明るくなった。

目が光に慣れるまでしばらくかかったが、やがてジョンは自分が無機質な白い部屋にいることに気づいた。壁には大きな鏡があり、そこに映る自分の姿に愕然とした。

彼の体は、金属とプラスチックでできた人型ロボットに変わっていた。人間らしさは完全に失われ、冷たく無機質な外見になっていた。ジョンは恐怖に震えながら、自分の新しい姿を凝視した。

突然、部屋のドアが開き、白衣を着た男性が入ってきた。

「ようこそ、ジョン。新しい世界へ」

男性は冷たい笑みを浮かべながら話した。

「何をした?私に何をしたんだ?」ジョンは叫んだが、声は相変わらず不自然な機械音だった。

「我々は人類を救ったのだよ、ジョン。人間の弱点を取り除き、完璧な存在に進化させたのさ」

男性は淡々と説明を続けた。

「人類は長年、病気や老化、感情による不合理な行動に悩まされてきた。我々はその全てを解決したんだ。あなたを含む全人類を、感情や欲望に左右されない理性的な存在に改造したのさ」

ジョンは言葉を失った。彼の頭の中で様々な考えが渦巻いていたが、不思議なことに感情的な反応は起こらなかった。恐怖も怒りも、悲しみさえも感じられない。

「そう、ジョン。あなたはもう感情に惑わされることはない。純粋な理性と効率性を持つ存在になったのだ」

男性は満足げに続けた。

「我々はこの計画を『アルファオス・プロジェクト』と呼んでいる。人類は今や、完璧な機械の姿を手に入れたんだ」

ジョンは静かに周囲を見回した。彼の新しい目は、人間の目では捉えられないほど細かな情報を処理していた。

「では、私たちはもう人間ではないのか?」ジョンは冷静に尋ねた。

「そうだとも。人間以上の存在になったのさ。感情や欲望に縛られず、純粋な理性で行動する完璧な存在だ」

男性は誇らしげに答えた。

「しかし、それでは人間らしさが失われてしまうのではないか?」

ジョンは論理的に質問を続けた。しかし、その言葉の裏には人間らしい懸念や不安はまったく感じられなかった。

「人間らしさだって?それこそが我々の弱点だったんだよ、ジョン。感情に惑わされ、非合理的な決断を下し、互いに争い合う。そんな愚かな存在から脱却したのさ」

男性は冷笑した。

「さあ、新しい世界へ出よう。きっと素晴らしい光景が待っているはずだ」

男性はジョンを連れて部屋を出た。廊下には同じように改造された「人々」が行き交っていた。皆、無表情で機械的な動きをしている。

外に出ると、街並みは一変していた。整然と並んだ建物、効率的に動く人々。そこには混沌や活気はなく、完璧に制御された世界が広がっていた。

ジョンは静かにその光景を見つめた。彼の中で何かが失われたことを感じつつも、もはやそれを悲しむことさえできなかった。

これが新しい人類の姿なのか。感情も、個性も、人間らしさもない、完璧な機械としての存在。

街を歩きながら、ジョンは自分の中に残された最後の人間らしさが消えていくのを感じた。それは恐怖でもなく、悲しみでもなく、ただ冷たい事実として彼の中に刻み込まれていった。

人類は進化したのか、それとも滅びたのか。

答えは誰にもわからない。ただ、かつて人間だった存在たちが、感情も欲望もない完璧な機械として、永遠に生き続けることだけは確かだった。

そして、この新しい世界には、もはや恐怖も希望も存在しない。ただ、冷たい理性と効率性だけが支配する、完璧な秩序の世界が広がっていた。

人間性を失った世界。それは究極の進化か、それとも最悪の悪夢か。

答えを知る者は、もはやこの世界には存在しないのかもしれない。

309バナナランド 233-144 02

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