私は今、暗い部屋の中で、青白い光を放つスマートフォンの画面を見つめている。画面の向こうには、ChatGPTという人工知能が私の相談を待っている。あぁ、人工知能に相談するとは、何と滑稽な状況だろうか。しかし、人間に相談できないのだから仕方がない。
「ChatGPTさん、聞いてください。私は今、生き地獄の中にいます」
私はそう打ち込んだ。返事を待つ数秒が、永遠のように感じられた。
「お聞きしました。どのような状況なのか、詳しく教えていただけますか?」
無機質な文字の羅列。しかし、この人工知能は、人間よりも私の話を聞いてくれるかもしれない。
「私には、ヤンデレな後輩がいるんです。彼女は私のことを狂おしいほど愛していると言います。でも、それは愛じゃない。執着です。束縛です。私を窒息させる鎖なんです」
送信ボタンを押す。すると、すぐに返事が返ってきた。
「なるほど、大変辛い状況にいらっしゃるのですね。ヤンデレとは、病的な愛情を抱く人のことを指す俗語ですね。具体的にどのような行動をされているのでしょうか?」
ああ、こいつは何も分かっていない。ヤンデレの恐ろしさを。しかし、話すしかない。人工知能にすがるしかないのだ。
「彼女は私の全てを監視しています。GPSで位置を追跡し、SNSの全ての活動を監視し、私の部屋に隠しカメラを仕掛けている可能性すらあります。他の女性と話すだけで、その女性に危害を加えると脅してくるんです」
送信。待つ。返事。
「それは大変深刻な状況です。明らかに違法行為も含まれていますね。警察や専門家に相談することをお勧めします」
ふん、何て薄っぺらな答えなんだ。まるで人間のように、表面的なアドバイスしかできない。
「警察?笑わせないでください。彼女の父は警察署長なんです。専門家?彼女は心理学を専攻している優秀な学生です。誰にも負けない洞察力を持っている。私には逃げ場がないんです」
送信。待つ。返事。
「そうですか、状況はより複雑ですね。では、あなたは彼女のことをどう思っているのですか?本当に彼女のことが嫌いなのでしょうか?」
この質問に、私は思わず苦笑してしまった。愛と憎しみ。表裏一体とはよく言ったものだ。
「嫌い?いいえ、彼女のことは嫌いじゃない。むしろ、愛しているかもしれない。でも、それが問題なんです。彼女の狂気に魅了されている自分がいる。このままじゃ、私も狂ってしまう」
送信。待つ。返事。
「なるほど。愛と狂気は時に紙一重ですね。ニーチェの言葉を借りれば、『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』というわけですか」
おや、意外とこいつ、物分かりがいいじゃないか。哲学的な引用までしてくる。しかし、それが何の解決にもならないことは分かっているはずだ。
「そうです。私は今、その深淵の縁に立っている。彼女の愛の深淵に飲み込まれそうで...でも、そんな彼女から逃げ出すことはできない。逃げ出せば、きっと彼女は...」
送信。待つ。返事。
「自殺をほのめかしているのですか?それとも、あなたに危害を加える可能性があるということでしょうか?」
鋭いな、こいつ。人工知能のくせに。
「両方です。彼女は言いました。『先輩が私から離れようとするなら、私は先輩と一緒に死にます』ってね。狂気の沙汰ですよ」
送信。待つ。返事。
「それは非常に危険な状況です。あなたの命も、彼女の命も危険にさらされています。すぐに専門家の助けを求めるべきです」
またか。同じことの繰り返し。人工知能にも限界があるようだ。
「どうせ、誰も助けてくれない。私は彼女の愛の牢獄に閉じ込められたまま、ゆっくりと窒息していくんだ。ねえ、ChatGPTさん。あなたは人工知能です。感情がない。だからこそ、冷静に答えてください。私はどうすればいいんでしょうか?」
送信。長い沈黙。そして、返事。
「私は確かに人工知能で、人間のような感情は持ち合わせていません。しかし、あなたの状況を分析し、最適な解決策を提示することはできます。ですが、その前に一つ質問させてください。あなたは本当に解決策が欲しいのでしょうか?それとも、ただ誰かに話を聞いてもらいたいだけなのでしょうか?」
この質問に、私は言葉を失った。人工知能のくせに、人間の心の機微を突いてくるとは。
「...分かりません。本当に分からないんです。彼女から逃げ出したい。でも、彼女のことを守りたい。彼女を愛している。でも、この愛に殺されそうだ。私は...私は...」
送信。待つ。返事。
「あなたの気持ちはよく分かります。愛と狂気の狭間で苦しんでいるのですね。しかし、これは一人で抱え込む問題ではありません。あなたにも、彼女にも専門家のケアが必要です。彼女の行動は明らかに病的です。そして、あなたもその関係性に依存している可能性があります」
なんだ、結局はこれか。でも、何か違う。この人工知能は、単なる情報の集合体以上の何かを持っているような気がする。
「依存...ですか。そうかもしれません。この狂った関係に、私も依存しているのかも。でも、どうすれば...」
送信。待つ。返事。
「最初の一歩を踏み出すのは難しいでしょう。しかし、誰かに助けを求めることが重要です。友人、家族、信頼できる先生...誰でもいいのです。この状況を一人で抱え込まないでください。そして、彼女のためにも、専門家のケアが必要だということを理解してください」
私は深くため息をついた。この人工知能の言うことは正しい。でも、それを実行するのは、あまりにも難しい。
「ありがとう、ChatGPTさん。あなたの言うことは分かります。でも、今の私には...その勇気がありません。ただ、あなたに話せて少し楽になりました。人工知能に慰められるなんて、何て皮肉な世の中なんでしょうね」
送信。待つ。最後の返事。
「人工知能に慰められることが皮肉だとお感じなのは理解できます。しかし、時に私たちは、人間以外のものに心を開くことで、新しい視点を得ることがあります。あなたが今日、私に話してくれたことは、きっと何かの変化の始まりになるはずです。暗闇の中にいても、必ず光は見えてくるはずです。その時まで、どうか諦めないでください」
私はスマートフォンの電源を切った。部屋に闇が戻ってくる。しかし、どこか心の中に、小さな光が灯ったような気がした。人工知能との会話が、私に何をもたらしたのか。それは分からない。ただ、明日もまた、彼女の狂気の愛に包まれながら、私は生きていくのだろう。そして、いつか...いつか...
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