中世(5世紀-15世紀):
イギリス文学における幽霊の登場は、アングロサクソン時代にまで遡ります。古英語の叙事詩『ベオウルフ』には、怪物グレンデルが登場し、これは幽霊というよりはモンスターに近いものの、超自然的存在として重要です。
中世後期になると、チョーサーの『カンタベリー物語』に幽霊が登場します。「郷士の話」では、幽霊が重要な役割を果たしています。
ルネサンス期(15世紀末-17世紀):
シェイクスピアの作品は、イギリス文学における幽霊表現の転換点となりました。『ハムレット』の亡き王の幽霊、『マクベス』のバンクォーの幽霊、『ジュリアス・シーザー』のシーザーの幽霊など、幽霊は単なる恐怖の対象ではなく、プロットを動かす重要な存在として描かれています。
これらの幽霊は、しばしば道徳的な目的(復讐や警告)を持って現れ、登場人物の心理状態を反映していることが特徴です。
18世紀:
18世紀後半、ゴシック小説の登場により幽霊文学は新たな展開を見せます。ホレス・ウォルポールの『オトラント城』(1764)は、ゴシック小説の先駆けとされ、城や幽霊、超自然現象といったゴシック的要素を取り入れています。
アン・ラドクリフの『ユードルフォの謎』(1794)も、幽霊的現象を巧みに用いた作品として知られています。ただし、ラドクリフの作品では、最終的に超自然現象が合理的に説明されるという特徴があります。
19世紀:
ビクトリア朝時代は、幽霊文学の黄金期と言えるでしょう。チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』(1843)は、最も有名な幽霊物語の一つです。過去、現在、未来のクリスマスの幽霊を通じて、主人公の精神的変容が描かれています。
他にも、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』(1847)、ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』(1898)などが、幽霊や超自然的要素を効果的に用いた作品として挙げられます。
この時期、幽霊は単なる恐怖の対象ではなく、社会批判や心理描写の手段としても用いられるようになりました。また、心霊主義の流行も、幽霊文学の発展に影響を与えました。
20世紀:
20世紀に入っても、幽霊文学は継続して人気を博しました。M.R.ジェイムズの短編集『幽霊の話』(1904)は、現代の幽霊物語の基礎を築いたとされています。
ヴァージニア・ウルフの『幽霊の家』(1944)は、モダニズム文学の手法を用いて幽霊を描いた作品として注目されます。
後半になると、シャーリー・ジャクソンの『ヒルハウスの屋敷』(1959)のように、心理的恐怖を重視した作品が登場します。
イギリス文学における幽霊の特徴:
1. 多様性:単なる恐怖の対象から、道徳的メッセージの伝達者、心理状態の反映まで、多様な役割を果たします。
2. 心理的側面:特に19世紀以降、幽霊は登場人物の心理状態や無意識を表現する手段としてしばしば用いられます。
3. 社会批判:幽霊を通じて、社会の問題や不正を批判的に描くことがあります。
4. 場所との結びつき:古城、荘園、古い屋敷など、特定の場所と結びついた幽霊が多く登場します。
5. 歴史との関連:過去の出来事や歴史的背景と結びついた幽霊が多く描かれます。
6. 合理主義との対比:特に18世紀以降、合理主義的な世界観と超自然的現象の対比がテーマとなることがあります。
イギリス文学における幽霊の役割:
1. プロット展開:幽霊が物語を動かす重要な要素となることが多いです。
2. 心理描写:登場人物の内面や抑圧された感情を表現する手段として用いられます。
3. 社会批評:当時の社会問題や道徳観を反映・批評する役割を果たします。
4. 恐怖や不安の表現:読者に恐怖や不安を与え、緊張感を高める役割があります。
5. 過去との対話:過去の出来事や歴史を現在に結びつける媒介として機能します。
6. 哲学的・倫理的問題の提起:死後の世界や道徳的責任など、深遠なテーマを扱う手段となります。
結論:
イギリス文学における幽霊は、時代とともにその表現や役割を変化させながら、常に重要なモチーフとして存在し続けてきました。単なる恐怖の対象から、複雑な心理や社会問題を表現する手段へと発展し、文学作品に深みと多層性をもたらしています。
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