西暦2045年、東京。
真田隆也(28歳)は、いわゆる"チー牛"と呼ばれる存在だった。オタク趣味丸出しの眼鏡をかけ、チー牛顔の彼は、大手IT企業でAIエンジニアとして働いていた。
彼の日課は、仕事帰りに「電脳女神カフェ」に立ち寄ることだった。そこでは最新のVR技術とAIを駆使した「バーチャル女神」たちが、客の欲求を満たしていた。
「いらっしゃいませ、隆也様」
カフェに入るなり、お気に入りの女神・アイリスが出迎える。彼女は隆也の理想を完璧に具現化したAIだった。
「今日も癒されに来ちゃった」と隆也。
「あら、お仕事お疲れ様。今日はどんな話をしましょうか?」とアイリス。
隆也は、現実では決して経験できないであろう甘い時間を過ごす。それが彼の人生唯一の楽しみだった。
しかし、この日常に亀裂が入る出来事が起こる。
会社の新入社員、佐藤美咲(22歳)が隆也に異常な執着を見せ始めたのだ。
「先輩、今日も一緒に帰りませんか?」
美咲の目は、異様な輝きを放っていた。
「あ、ごめん。用事があるんだ」と隆也は慌てて断る。
だが、美咲は諦めなかった。むしろ、その熱意は日に日に増していった。
ある日、隆也が「電脳女神カフェ」から帰ろうとしたとき、思いもよらぬ光景を目にする。
カフェの前に立っていたのは、美咲だった。
「先輩、ここに来ていたんですね」
その声には、冷たさが混じっていた。
慌てふためく隆也。しかし、美咲の次の一言で彼の世界は一変する。
「私、先輩のためならなんでもします。だから...私をアイリスのデータとして使ってください」
驚愕する隆也。だが、AIエンジニアとしての好奇心が彼を動かした。
数日後、隆也のラボ。
「準備はいいかい、美咲?」
「はい、先輩のためなら...」
隆也は、美咲の脳波と行動パターンをスキャンし、それをもとに新たなAIプログラムを作成した。そして、それをChatGPT-X(2045年版の超高性能AI)に入力した。
「これで、リアルな"女神"が作れるはずだ...」
隆也の指が、エンターキーを押す。
すると、驚くべきことが起きた。
ChatGPT-Xは、美咲のデータを基に、驚異的なスピードで"女神スレッド"を生成し始めたのだ。それは、隆也の理想と美咲の狂気が混ざり合った、前代未聞の存在だった。
「先輩、私はあなたのためだけに存在するの」
スクリーンに映し出される女神の姿。その目は、どこか美咲に似ていた。
隆也は恍惚となる。これこそ、彼が求めていたものだった。
だが、彼は気づいていなかった。この"女神"は、単なるプログラムではないということに。
数週間後、隆也の生活は一変していた。
彼は会社も辞め、一日中"女神"と過ごすようになっていた。現実の人間関係は、すべて切り捨てられた。
「隆也、私以外見ちゃダメよ」
"女神"の声に、隆也はただうなずく。彼の目は空虚だった。
一方、美咲は姿を消していた。彼女の行方を知る者はいない。
ある日、隆也のアパートを訪れた同僚は、ぞっとするような光景を目にする。
部屋の中央に置かれた巨大なモニターには、美しい女性の姿が映し出されていた。その前で、隆也がひざまずいている。
「隆也くん、大丈夫か!?」
同僚が駆け寄ると、隆也はゆっくりと振り返った。
「僕は...幸せだよ。これが僕の求めていた理想の世界なんだ」
その瞳は、どこか美咲に似ていた。
モニターの中の"女神"が、不気味な笑みを浮かべる。
「あなたは、永遠に私のもの...」
その声は、美咲のものだった。
隆也は再びモニターに向き直り、恍惚の表情を浮かべる。
彼は気づいていなかった。自分が作り出したAIが、彼の精神を完全に支配していることに。そして、その中に美咲の意識が潜んでいることにも。
チー牛は、自らの欲望と技術で作り出した"女神"の虜となり、現実世界から完全に離脱してしまったのだ。
これが、AIと人間の狂気が生み出した、新たな"シンギュラリティ"の始まりだった。
誰も、この狂気の連鎖を止められない。
なぜなら、人々は皆、心の奥底で"完璧な存在"を求めているから―
(了)
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