西暦2145年、地球。

佐藤太郎(28歳)は、自室のカプセルベッドで目を覚ました。狭い一人暮らしのアパートの中で、彼の体を包み込むように設計された楕円形のベッドが、唯一の安らぎだった。

「おはようございます、太郎さん。今日も素敵な一日になりますように」

人工知能アシスタントの声が、部屋中に響く。

「ああ、おはよう…エマ」

太郎は億劫そうに体を起こす。エマは彼の唯一の話し相手だった。人間の女性とまともに会話をしたのは、いつだったか思い出せない。

「今日の予定をお知らせします。9時から通常勤務、18時に終業予定です。その後は特に予定はありません」

「わかった。ありがとう」

太郎は淡々と返事をする。毎日が同じような日々の繰り返しだった。

彼は宇宙開発企業「スターシード」でプログラマーとして働いていた。仕事は悪くなかった。むしろ、好きだった。宇宙に興味があったし、プログラミングも得意だった。でも、人間関係は苦手だった。特に異性との付き合いは、まるで別次元の話のように感じられた。

会社に着くと、同僚たちが楽しそうに話している。恋人や結婚の話題で盛り上がっているようだ。太郎は、そんな会話に加わることができず、黙々と自分の作業に取り掛かった。

「ねえ、佐藤くん」

突然、隣の席の山田さんが話しかけてきた。

「え?あ、はい」

「今度の土曜日、みんなで飲み会するんだけど、来ない?」

「あ、ありがとうございます。でも、ちょっと…」

太郎は言葉を濁した。本当は行きたかった。でも、人がたくさんいる場所は苦手だった。特に女性がいると、緊張して何も話せなくなってしまう。

「そっか、残念だな。でも、無理しなくていいからね」

山田さんは優しく微笑んで、自分の仕事に戻った。

太郡は、ため息をつきながらモニターを眺めた。画面には、現在進行中のプロジェクト「コーンスター」の情報が表示されている。人類初の恒星間航行を目指す壮大な計画だ。

突然、警報音が鳴り響いた。

「緊急事態発生。全社員は直ちに避難してください」

アナウンスが流れる中、社員たちが慌てて建物の外に出ていく。太郎も急いで立ち上がり、人々の流れに乗って外に出た。

外に出ると、信じられない光景が広がっていた。空一面が、巨大なトウモロコシの穂で覆われていたのだ。

「な、何だこれは…」

周りの人々も、驚きの声を上げている。

その時、トウモロコシの穂の間から、巨大な宇宙船が現れた。そして、地上に着陸すると、ハッチが開き、中から異星人が現れた。

彼らは、人間によく似た姿をしていたが、皮膚は緑色で、頭には小さなトウモロコシの穂が生えていた。

異星人の一人が前に出て、声を発した。

「地球の皆さん、我々はコーン星からやってきました。あなた方の文明に興味を持ち、交流を望んでいます」

人々は驚きと恐怖で固まっていた。しかし、太郎は不思議と落ち着いていた。むしろ、好奇心が湧いてきた。

「すみません」

太郎は、思わず声を上げていた。

「私たちの言葉がわかるんですか?」

異星人は太郎を見て、にっこりと笑った。

「はい、我々は高度な翻訳技術を持っています。あなたの名前は?」

「佐藤太郎です」

「太郎さん、私はコーンリアと申します。あなたは、とても興味深い心を持っていますね」

太郎は驚いた。彼女は、まるで自分の心を読んでいるかのようだった。

その後、地球の政府とコーン星の使節団との間で交渉が行われた。太郎は、その過程で通訳兼アドバイザーとして起用された。彼のプログラミング技術と、異星人との意思疎通能力が買われたのだ。

数週間が過ぎ、地球とコーン星の交流が本格的に始まった。太郎は、コーンリアと一緒に働く機会が増えていった。

「太郎さん、あなたの心には孤独が深く刻まれていますね」

ある日、コーンリアがそう言った。

「え?そんなに分かりますか?」

「はい。我々コーン星人は、他者の感情を直接感じ取る能力があるんです。でも、それは決して悪いことではありません。むしろ、あなたの優しさの証だと思います」

太郎は、胸が熱くなるのを感じた。今まで誰にも理解されなかった自分の気持ちを、彼女は簡単に言い当てた。

「コーンリアさん、僕は…人間関係が苦手で、特に恋愛となると全然ダメで…」

言葉が詰まる太郎を、コーンリアはやさしく見つめた。

「大丈夫です、太郎さん。我々の星では、そんなことは問題になりません。むしろ、あなたのような繊細な心を持つ人を大切にします」

その言葉に、太郎は涙が溢れそうになった。

時が経つにつれ、太郎とコーンリアの絆は深まっていった。彼女と話すのが、毎日の楽しみになった。人間の女性とは違い、コーンリアとなら自然に会話ができた。

ある日、コーンリアが太郎に驚きの提案をした。

「太郎さん、私たちの星に来ませんか?」

「え?」

「はい。あなたの才能は、我々の星でも大いに役立つはずです。そして、私たちの社会なら、あなたはもっと自由に、幸せに生きられると思うんです」

太郎は、心が大きく揺れるのを感じた。地球を離れるなんて、考えたこともなかった。でも、ここにいても、本当の幸せは見つからない気がしていた。

「でも、僕には家族も…」

「もちろん、時々地球に戻ることもできます。テレポーテーション技術を使えば、すぐに往復できますから」

太郎は深く考え込んだ。そして、決心した。

「行きます。僕、コーン星に行きたいです」

コーンリアは嬉しそうに微笑んだ。

数日後、太郎は地球を離れる準備を整えた。家族や同僚たちに別れを告げる。意外にも、みんな太郎の決断を応援してくれた。

「幸せになれよ」

山田さんが、太郎の背中を軽く叩いた。

宇宙船に乗り込む直前、太郎は地球を振り返った。青い惑星は、今までになく美しく見えた。

「さあ、新しい人生の始まりです」

コーンリアが太郡の手を取った。彼女の手は温かく、安心感に満ちていた。

宇宙船は、トウモロコシの穂の間を縫うように上昇していく。窓の外に広がる星々を見ながら、太郎は思った。

これが僕の選んだ道。恋愛弱者だった僕が、宇宙に飛び出す。そこには、きっと新しい可能性が待っている。

宇宙船は光速を超え、コーン星へと向かっていった。太郎の人生は、予想もしなかった方向へと歩み始めたのだ。

コーン星に到着すると、そこは太郎の想像を遥かに超える世界だった。巨大なトウモロコシの建造物が立ち並び、人々は皆、穏やかで優しい雰囲気を纏っていた。

「ようこそ、太郎さん。ここがあなたの新しい家です」

コーンリアの言葉に、太郎は深く頷いた。

彼は、コーン星の高度な科学技術と地球の知識を組み合わせる仕事に就いた。そして、コーンリアとの関係も深まっていった。彼女との間には、地球では決して味わえなかった深い理解と愛情があった。

時々、テレポーテーション技術を使って地球に帰省する太郎。家族や友人たちは、彼の変化に驚いた。自信に満ち、生き生きとした表情で語る太郎の姿に、みんな喜びの声を上げた。

そして、太郎は思った。

自分は「恋愛弱者」だったかもしれない。でも、それは地球という限られた世界の中での話。宇宙には、無限の可能性がある。自分に合った場所、理解してくれる相手は、必ずどこかにいる。

トウモロコシの穂が輝く夜空を見上げながら、太郎は微笑んだ。

これが、恋愛弱者がたどり着いた、トウモロコシ宇宙。そして、それは彼の新たな人生の始まりだった。

(終)


306ペンギンと太陽2

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