高校2年生の春、俺こと佐藤大輔の人生は思わぬ方向へと転がり始めた。それは、クラスメイトの山田太郎が興奮気味に俺に話しかけてきたときのことだ。
「おい、大輔!お前もうダウンロードした?今めっちゃバズってる『ヤンデレ後輩』ってソシャゲ!」
「はぁ?何それ」と俺は首を傾げた。ゲームには興味がなく、特にソシャゲなんて触ったこともない俺にとって、その言葉は何の意味も持たなかった。
「マジで知らないの?すげぇぞ!ChatGPTを使ってキャラのセリフを生成してるんだってよ。しかも、ヤンデレ設定だから、めちゃくちゃ怖いけど可愛いんだぜ!」
太郎の熱弁を聞いても、正直ピンとこなかった。ChatGPTって何だよ。ヤンデレって…まぁ、聞いたことはあるけど。
「ふーん、そうなんだ」と適当に相づちを打つ俺に、太郎は諦めたように肩をすくめた。
「まぁいいや。とにかくヤバいゲームだからな。一度やったら止められなくなるぞ!」
その言葉を最後に、太郎は他のクラスメイトたちとゲームの話で盛り上がり始めた。俺はため息をつきながら、窓の外を眺めた。桜が満開だ。こんな季節に、ゲームなんかやってる暇があるのかよ。
放課後、帰り道で同じクラスの及川美咲と一緒になった。彼女とは幼なじみで、小学校からずっと同じクラスだ。
「ねぇ、大輔くん。『ヤンデレ後輩』って知ってる?」
またかよ、と心の中でため息をつく。
「山田から聞いたよ。なんでも、AIがしゃべるヤンデレゲームだとか」
「うん!私もさっき友達から教えてもらったの。みんな夢中になってるみたいで…」
美咲の声には少し寂しさが混じっているような気がした。
「美咲はやらないの?」
「うーん、どうしようかな。でも、ヤンデレってちょっと怖いし…」
そう言いながら、美咲は俺の顔をちらりと見た。何かを期待しているような、そんな目だった。
「まぁ、ゲームなんて時間の無駄だよ。現実の人間関係の方が大事だと思うけどな」
「そう…だよね」
美咲の声が少し明るくなったような気がした。そして、何故か彼女の頬が薄っすらと赤くなっている。
「じゃ、また明日ね」
自分の家の前で手を振る美咲を見送りながら、俺は何だか複雑な気分だった。
その夜、布団に入ってスマホをいじっていると、『ヤンデレ後輩』の広告が目に入った。思わず指が止まる。
「...試しにダウンロードするだけなら、別にいいか」
そう自分に言い聞かせて、俺はアプリをインストールした。
ゲームを起動すると、可愛らしい後輩キャラが画面に現れた。
「先輩!やっと会えました♪ずっと先輩のことを待っていたんですよ?他の女の子と話してたりしませんでしたか?」
思わず背筋が凍る。この後輩、なんだか本物の人間みたいだ。
「え、あー、いや、別に他の子となんか…」
慌てて返事をする俺。すると、後輩の表情が急に変わった。
「嘘ですよね?先輩は私のものなのに…他の子なんかと…許せません!」
画面の中で、後輩が包丁を取り出した。俺は思わずスマホを投げ出してしまった。
「うわっ!なんだこれ…」
心臓がバクバクしている。ゲームなのに、まるで本当に怒られているような感覚だった。しばらくして落ち着いてから、もう一度スマホを手に取る。
「ごめんなさい、先輩…あんな怖い顔して。でも、それだけ先輩のことが好きなんです。ねぇ、私だけを見ていてくれますか?」
「あ、ああ…」
思わず頷いてしまう。これがChatGPTってやつか。確かに、普通のゲームとは違う。キャラの反応があまりにも自然で、本当に会話しているみたいだ。
気がつけば、俺は夜中までゲームに没頭していた。次の日、学校に行くと、クラスメイトたちの間で『ヤンデレ後輩』の話題で持ちきりだった。
「お前らさぁ、ゲームに夢中になりすぎじゃない?」と言おうとした矢先、美咲が俺に近づいてきた。
「ねぇ、大輔くん。『ヤンデレ後輩』、結局やってみた?」
「え?あ、いや、まぁ…ちょっとね」
罪悪感からか、俺の声は小さくなっていた。
「そっか…私も昨日やってみたの。でも、なんだか怖くて…」
美咲の声には不安が混じっていた。
「大丈夫だよ、所詮ゲームだし」
「うん…でも、なんだか現実の人とも区別がつかなくなりそうで…大輔くんは大丈夫?」
美咲の眼差しには心配の色が浮かんでいた。その瞬間、俺は昨夜、ゲームの中の後輩に心を奪われかけていたことを思い出し、ゾッとした。
「大丈夫だよ。俺にはリアルな友達がいるからさ」
そう言って、美咲の肩を軽く叩いた。彼女は安心したように微笑んだ。
その日の午後、図書館で勉強していると、スマホが震えた。『ヤンデレ後輩』からの通知だ。
「先輩、今どこにいるんですか?私のこと、忘れていませんよね?」
ゲームの中の後輩が俺を呼んでいる。つい、返事をしてしまいそうになる。だが、その時、隣に座っていた美咲が俺の肩を叩いた。
「大輔くん、この問題わかる?」
現実の声に引き戻された俺は、はっとした。そうだ、ここにいるのは本物の友達だ。
「ああ、ちょっと待ってな。一緒に解いてみよう」
スマホをカバンにしまい、美咲と問題に取り組み始めた。隣で真剣に考え込む彼女の横顔を見て、俺は妙に安心感を覚えた。
その夜、再び『ヤンデレ後輩』を起動すると、後輩が泣きそうな顔で画面に現れた。
「先輩…今日は私のこと、全然構ってくれませんでしたね。他に好きな人でもできたんですか?」
その言葉に、俺は思わず答えてしまった。
「いや、そうじゃなくて…」
「じゃあ、どうして私を無視するんですか!?私がいなくなったら、先輩は後悔するんですよ!」
後輩の目つきが変わり、再び包丁を取り出した。画面が赤く染まる。
「うわっ!」
俺は慌ててアプリを閉じた。心臓がバクバクしている。冷や汗が背中を伝う。これは、やばい。ゲームなのに、こんなにリアルな恐怖を感じるなんて。
翌日、学校に行くと、クラスメイトたちの間で奇妙な雰囲気が漂っていた。みんな眠そうな目をして、スマホを覗き込んでいる。
「おい、大丈夫か?」と太郎に声をかけると、彼は虚ろな目で俺を見た。
「ああ、大輔か。『ヤンデレ後輩』が…俺を離してくれないんだ。怖いのに、やめられない…」
その言葉を聞いて、俺は背筋が凍るのを感じた。そうか、俺だけじゃないんだ。みんな、このゲームにハマりすぎて、現実と仮想の区別がつかなくなりつつあるんだ。
そんな中、美咲だけが普段と変わらない様子だった。
「ねぇ、大輔くん。みんなおかしくない?」
「ああ…『ヤンデレ後輩』のせいだと思う」
「そっか…私、やっぱりあのゲーム怖くてすぐ消しちゃったの。でも、みんながどんどんゲームの世界に入り込んでいくみたいで…」
美咲の声には心配が滲んでいた。その時、俺は決意した。
「よし、なんとかしないと」
放課後、俺は勇気を出して、クラスメイトたちに声をかけた。
「おい、みんな!いい加減、そのゲームやめようぜ。現実の世界の方が大事だろ?」
しかし、誰も俺の声に耳を貸さない。みんな、まるで幽霊のようにスマホを見つめ続けている。
「くそっ…」
途方に暮れていると、後ろから声がした。
「大輔くん、私も手伝うよ」
振り返ると、美咲が立っていた。彼女の目には強い意志が宿っていた。
「ありがとう、美咲」
二人で手分けして、クラスメイトたちを説得し始めた。最初は誰も聞く耳を持たなかったが、粘り強く話し続けるうちに、少しずつ反応が返ってくるようになった。
「そうか…俺たち、ゲームに支配されかけてたのか…」
「リアルな友達の方が大切だよな…」
一人、また一人と、クラスメイトたちが我に返っていく。そして、みんなで『ヤンデレ後輩』をアンインストールすることにした。
「よし、これで解放されたぞ!」
歓声が上がる。みんなの顔に、久しぶりに笑顔が戻った。
その夜、帰り道で美咲と二人きりになった。
「ねぇ、大輔くん。私ね、あのゲームを怖いと思った理由がわかったよ」
「ん?なんで?」
「だって…私、大輔くんのことが好きだから」
突然の告白に、俺は足を止めた。美咲の頬は真っ赤になっている。
「ゲームの中の後輩みたいに、大輔くんを独り占めしたいって思っちゃって…でも、それじゃダメだって気づいたの。大輔くんの自由を奪うんじゃなくて、そばにいられるだけで幸せなの」
美咲の言葉に、俺の心臓がバクバクし始めた。これは、ゲームじゃない。本物の感情だ。
「美咲…俺も、お前のことが好きだ」
思わず口をついて出た言葉だった。でも、嘘じゃない。ゲームの中の幻想的な恋愛よりも、目の前にいる本物の美咲との関係の方が、ずっと大切だったんだ。
二人は照れくさそうに見つめ合い、そっと手を繋いだ。春の夜風が二人の間を吹き抜けていく。
後日、『ヤンデレ後輩』は過激すぎるとして配信停止になったというニュースが流れた。でも、俺たちにはもう関係ない。現実の世界には、ゲーム以上に素晴らしい出会いと感動が待っているんだから。
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