佐藤みかんは、その日も鏡の前で溜息をついていた。
「なんで私には彼氏ができないんだろう...」
28歳。優良企業に勤める彼女だが、恋愛だけは上手くいかない。
そんな彼女の携帯に、親友の田中りんごからLINEが届いた。
「みかん!大変!男性にモテる服装が判明したわよ!」
添付された画像には、バナナ色の服を着た女性が映っていた。
みかんは目を疑った。
「これ...本当?」
りんごからの返信。
「そうよ!科学的に実証されたの!白と黄色のツートーンカラーが最強なんだって!」
みかんは首を傾げた。どこが科学的なのかは全く分からなかったが、藁にもすがる思いで、その日のうちにバナナ色の服を買いに行った。
翌日、みかんはバナナ色のワンピースを着て出社した。
案の定、周囲の視線が気になる。
「佐藤さん、今日の服...個性的ですね」
同僚の山田くんが声をかけてきた。
みかんは内心ドキドキしながら答えた。
「あ、はい。ちょっと気分転換で...」
その日から、みかんの生活は一変した。
街を歩けば男性の視線が集まり、電車では必ず席を譲られる。
みかんは有頂天になった。
「バナナ色、最高!」
しかし、喜びもつかの間。
数日後、街中でみかんはある光景を目にする。
バナナ色の服を着た女性が、至る所にいるのだ。
みかんは愕然とした。
「まさか...」
そう、バナナ色ブームが到来していたのだ。
テレビでは連日バナナ色特集が組まれ、ファッション誌の表紙はバナナ色だらけ。
みかんは再び孤独を感じ始めた。
「結局、私はモテないまま...」
そんなある日、みかんは会社の廊下でつまづいた。
「大丈夫ですか?」
差し出された手を見上げると、そこには見たことのない男性の顔があった。
「あ、はい...ありがとうございます」
男性は優しく微笑んだ。
「僕、今日から営業部に配属された鈴木と申します」
みかんは、鈴木の服装に目を奪われた。
なんと、彼はバナナ色のスーツを着ていたのだ。
「その服...」
鈴木は少し照れくさそうに答えた。
「ああ、これですか?実は色覚異常で、黄色と白しか見分けられないんです」
みかんは、思わず笑みがこぼれた。
その日から、みかんと鈴木は急速に仲良くなっていった。
二人で過ごす時間が増えるにつれ、みかんは気づいた。
服の色なんて、本当はどうでもいいんだと。
ある日、みかんは思い切って鈴木に告白した。
「私、あなたのことが好きです」
鈴木は驚いた顔をした。
「えっ、でも僕...バナナしか好きじゃないんです」
みかんは一瞬言葉を失ったが、すぐに笑顔を取り戻した。
「私、本名はみかんですけど、バナナって呼んでくれてもいいですよ」
鈴木は大笑いした。
「冗談です。僕も佐藤さんのことが好きです」
そうして、二人は付き合うことになった。
しかし、世間のバナナ色ブームは依然として続いていた。
街中がバナナ色に染まり、もはや個性を主張する色ではなくなっていた。
みかんは悩んだ。
このまま流行に流されていていいのか。
ある日、みかんは決心した。
「私、もうバナナ色の服は着ません」
鈴木は驚いた顔をした。
「どうして?」
みかんは真剣な顔で答えた。
「私は私らしく生きたいんです。流行に流されるんじゃなくて」
鈴木はしばらく考え込んでいたが、やがて優しく微笑んだ。
「そうですね。僕も、本当は白黒以外の色も見分けられるんです」
みかんは驚いた。
「えっ、じゃあなぜ...」
鈴木は少し恥ずかしそうに答えた。
「佐藤さんと話すきっかけが欲しくて...嘘をついてしまったんです」
みかんは呆れながらも、心の中で喜んでいた。
その日から、二人は自分たちの好きな色の服を着るようになった。
みかんはオレンジ色、鈴木は緑色。
周囲の反応は様々だった。
「バナナ色じゃないの?」
「流行に乗り遅れてる?」
「個性的ね」
しかし、二人はそんな声に惑わされなかった。
ある日、みかんは街中で立ち止まった。
「ねえ、鈴木くん。私たち、こうして二人で歩いてると...」
鈴木も気づいたようだ。
「まるでミカンとキウイみたいですね」
二人は顔を見合わせて笑った。
そう、彼らは既に新しいトレンドの先駆者だったのだ。
数ヶ月後、街にはオレンジと緑の組み合わせのカップルが増え始めた。
みかんと鈴木は、そんな光景を見てクスリと笑う。
「また新しい流行が始まったみたいね」
「そうですね。でも僕たちは、もう流行を追いかけたりしません」
二人は手を繋いで歩き始めた。
行く先には、バナナ色でもオレンジ色でも緑色でもない、
二人だけの色が広がっていた。
...
エピローグ
それから10年後。
みかんと鈴木は結婚し、可愛い娘にも恵まれた。
娘の名前は、彩(あや)。
色とりどりの個性を持つ人々が溢れる社会で、彩は自分らしく成長していった。
ある日、彩が両親に尋ねた。
「ねえ、パパとママはどうして結婚したの?」
みかんと鈴木は顔を見合わせて微笑んだ。
「それはね、バナナ色から始まる長い物語なんだ」
彩は首を傾げた。
「バナナ色?」
みかんは娘を抱き寄せながら言った。
「そう、バナナ色。でもね、大切なのは色じゃないの。その色を通して見つけた、本当の自分自身なんだよ」
鈴木も頷きながら付け加えた。
「そして、その本当の自分を受け入れてくれる人と出会えたこと。それが一番の幸せなんだ」
彩はまだ完全には理解できていないようだったが、嬉しそうに両親に抱きついた。
窓の外では、様々な色の服を着た人々が行き交っている。
もはや、特定の色が特別もてるなんていう考えは過去のものとなっていた。
みかんと鈴木は、そんな光景を見ながら密かに微笑んだ。
彼らの恋は、バナナ色から始まり、全ての色へと広がっていったのだ。
そして今、新たな世代へとその虹色の愛は受け継がれていく。
バナナ色。白と黄色のツートーンカラー。
それは彼らの恋の始まりに過ぎなかった。
本当の色は、二人の心の中にあったのだ。








