佐藤太郎は、自称「合コンの達人」だった。
しかし、現実は厳しかった。
「はぁ...また失敗か」
太郎は、駅前の小さな居酒屋を出ながら深いため息をついた。今夜も、女性陣から冷ややかな視線を浴びながら、悲惨な結果に終わったのだ。
「どうしてだろう?俺の話はおもしろいはずなのに...」
太郎は自問自答を繰り返しながら、行きつけの本屋に足を運んだ。
「恋愛指南の本でも買おうかな」
そう呟きながら本棚を眺めていると、一冊の古びた本が目に入った。
『合コンでモテる男は会話で軒下に生首を絶やさない』
「なんだこのタイトル...」
思わず手に取ってみる。著者名はなく、出版社も見たことがない。
しかし、太郎は何か引き寄せられるものを感じ、その本を購入した。
家に帰り、本を開いてみると、そこには奇妙な内容が綴られていた。
「会話を盛り上げるには、相手の興味を引く話題が必要だ。それは、まるで軒下に生首を飾るようなものだ。常に新鮮な話題を提供し続けることで、相手の関心を絶やさないようにせよ」
太郎は首を傾げながらも、続きを読み進めた。
翌週、太郎は再び合コンに参加した。
「よし、今日こそは...」
意気込んで会場に入ると、すでに他の参加者たちが着席していた。
「あ、佐藤君だよね?よろしく」
声をかけてきたのは、隣に座った女性・山田花子だった。
「あ、はい。よろしくお願いします」
太郎は緊張しながらも、本で学んだことを思い出す。
(軒下に生首を...か)
「あの、山田さん。最近面白い話題ってありますか?」
「え?特には...」
「そうですか。実は僕、最近すごく気になることがあって...」
太郎は、本で読んだ「会話のネタ」を披露し始めた。
「知ってますか?人間の爪って、一日に0.1ミリくらい伸びるんですって。つまり、100日で1センチ。1年で3.65センチも伸びるんです!」
花子は少し引いた表情を浮かべる。
「へぇ...そうなんだ」
太郎は、相手の反応を見逃さず、さらに話を続けた。
「でも、不思議なのは、足の爪の方が手の爪よりも遅く伸びるんです。なぜだと思いますか?」
「さぁ...」
「実は、血流量の違いなんです!手の方が血流が多いから、爪の成長も早いんですよ」
花子は曖昧な笑みを浮かべながら、「そうなんだ...」と返すのが精一杯だった。
太郎は、相手の興味を引けていないことに気づかず、さらに畳みかける。
「そして、爪が完全に生え変わるのに半年もかかるんです。つまり、今の爪には半年前の自分の記憶が刻まれているんですよ!」
周りの参加者たちも、太郎の話に困惑の表情を浮かべ始めた。
しかし、太郎は止まらない。
「そういえば、人間の体の中で一番硬い部分って何だと思います?」
「え...歯?」
「正解です!でも、二番目に硬いのが爪なんです。だから、爪を噛む癖がある人は要注意ですよ。歯が欠けちゃうかもしれません」
太郎は、自分の話がウケていると勘違いし、さらに話を展開させる。
「そして、爪の色で健康状態がわかるって知ってました?例えば、爪が黄色くなっているのは...」
「ちょっと!」
突然、花子が声を上げた。
「佐藤君、その話もういいから。ちょっと気持ち悪いよ」
太郎は唖然とした。
「え...でも...」
「爪の話なんて、誰も聞きたくないよ。普通の話をしようよ」
太郎は、自分の失敗に気づき、顔を真っ赤にした。
(しまった...軒下に生首を絶やさないって、こういう意味じゃなかったのか)
その夜の合コンは、太郎にとって最悪の結果に終わった。
帰り道、太郎は再び本屋に立ち寄った。
「あの本、もう一度読み直してみよう」
しかし、どれだけ探しても、あの奇妙なタイトルの本は見つからなかった。
「おかしいな...」
太郎が首を傾げていると、店員が声をかけてきた。
「何かお探しですか?」
「あ、はい。『合コンでモテる男は会話で軒下に生首を絶やさない』という本を...」
店員は不思議そうな顔をした。
「そんなタイトルの本、聞いたことありませんね」
太郎は、自分が夢でも見ていたのかと思い始めた。
その時、店の奥から老紳士が現れた。
「君、その本を探しているのかい?」
「はい...ご存じですか?」
老紳士は微笑んだ。
「その本は、読む人によって内容が変わる不思議な本なんだよ。君が学ぶべきことを教えてくれるんだ」
太郎は困惑した。
「じゃあ、僕が学ぶべきことは...」
「会話で大切なのは、相手の興味を引くことじゃない。相手の話を聞き、共感することだよ」
老紳士の言葉に、太郎は目から鱗が落ちる思いだった。
「なるほど...軒下に生首を絶やさない...つまり、相手の話を途切れさせず、しっかり聞くってことですね」
老紳士はにっこりと笑った。
「そういうことだ。さあ、もう一度挑戦してみたまえ」
勇気づけられた太郎は、再び合コンに挑戦することを決意した。
次の週末、太郎は新たな気持ちで合コンに参加した。
今回は、相手の話をじっくり聞くことに徹した。
「趣味は何ですか?」と聞かれれば、相手の答えに耳を傾け、「へえ、そうなんですね。それについてもっと詳しく聞かせてください」と返す。
相手が話すたびに、太郎は頷きながら熱心に聞き入った。
すると不思議なことに、女性陣の態度が変わり始めた。
「佐藤君って、話を聞くのが上手いよね」
「そうそう、しっかり目を見て聞いてくれるから、話しやすいの」
太郎は、自分の変化に驚きながらも、嬉しさを感じていた。
そして、その日の合コンで、太郎は意外な展開を迎えることになる。
なんと、最初の合コンで太郎の爪の話を聞いて引いていた花子が、今回は太郎に好意を持ってくれたのだ。
「佐藤君、今度二人で飲みに行かない?」
太郎は、思わず自分の耳を疑った。
「え?いいんですか?」
花子は笑顔で頷いた。
「うん、佐藤君とならもっといろんな話ができそうだなって」
太郎は、心の中で小さくガッツポーズをした。
(やった!ついに成功だ!)
その後、太郎と花子は付き合うことになった。
二人で歩いている時、花子が太郎に尋ねた。
「ねえ、佐藤君。どうして急に話の聞き方が上手くなったの?」
太郎は照れくさそうに答えた。
「実は...ある本のおかげなんだ」
「へえ、どんな本?」
太郎は、あの奇妙なタイトルを口にした。
「『合コンでモテる男は会話で軒下に生首を絶やさない』っていう本なんだ」
花子は笑い出した。
「なに、それ!面白いタイトル!」
太郎も釣られて笑う。
「そうだろ?でも、この本のおかげで、君と出会えたんだ」
花子は、太郎の腕に抱きついた。
「う〜ん、よくわからないけど...とにかく、今の佐藤君が大好きだよ」
太郎は幸せな気分に包まれながら、心の中でつぶやいた。
(軒下に生首を絶やさない...か。結局、大切なのは相手の心に寄り添うことだったんだな)
そして二人は、夕日に照らされた街を歩いていった。太郎の人生の新しいページが、今まさに始まろうとしていた。








