「くっ...この現代の若者どもめ...」

パソコンの前で唸るのは、日本文学界の巨匠、葛城三四郎こと本名・佐藤誠一郎(68歳)である。彼の目の前には、若者に人気のSNS「LitChat」の画面が広がっていた。

「最近の若者は、こんな140文字程度の文章で満足しているのか...」

長年、分厚い小説を書き続けてきた三四郎には、SNSの簡潔な文章文化がどうしても理解できなかった。

しかし、出版社からの要請は厳しかった。

「葛城先生、若い読者を増やすためにも、SNSでの活動は欠かせません」

編集者の言葉が頭に響く。だが、68歳の三四郎には、どう若者と交流していいのか見当もつかなかった。

「ふむ...ならば、若者の心を知るためには...」

三四郎の目に妙な光が宿った。

「このわしが、女子高生になりすまして潜入調査をするしかあるまい!」

かくして、文豪のネカマ活動が始まったのである。

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「みなさーん、おは!٩(ˊᗜˋ*)و」

LitChatに投稿されたその文章を見て、三四郎は満足げに頷いた。

「ふむ...これでようやく、若者言葉をマスターできたわけだな」

彼が作り上げたアカウント「@sakura_17」は、瞬く間にフォロワーを増やしていった。バイオには「JK2♡ 文学好き♪ 好きな作家は葛城三四郎先生です(*´ω`*)」と書かれている。

アイコンには、孫の写真を無断で使用していた。

「よし、これで誰にもバレまい」

そう安心したのもつかの間、思わぬ相手から話しかけられた。

「@akutagawa_23:はじめまして、僕も文学好きです。葛城先生の作品、素晴らしいですよね」

「おお!わしの作品のファンか!」

思わず本性が出そうになった三四郎だが、慌てて女子高生モードに切り替える。

「@sakura_17:わぁ!葛城先生好きの人に会えてうれしい♡ 好きな作品なに?(*'▽'*)」

「@akutagawa_23:『霧の向こう側』ですね。あの描写の細やかさには感動しました」

その返信を見て、三四郎は思わずニヤリとした。『霧の向こう側』は彼の最新作で、まだそれほど知名度は高くない。それを挙げてくるとは、かなりの通だと見た。

こうして、@sakura_17と@akutagawa_23の交流が始まった。

日を追うごとに、二人の会話は深まっていった。文学談義に花を咲かせ、時には互いの悩みを打ち明け合う。三四郎は、この若者との交流に、思わぬ楽しさを見出していた。

「ふむ...この @akutagawa_23 という若者、なかなかやりおる。わしの小説の真髄を完璧に理解しておる」

しかし、ある日、思わぬ展開が待っていた。

「@akutagawa_23:sakuraさん、よかったら、今度お会いしませんか?」

その言葉に、三四郎は慌てふためいた。

「な、なんだと!?実際に会うだと!?」

冷や汗が背中を伝う。しかし、ここで断れば、せっかく築いた関係が崩れてしまう。三四郎は、苦し紛れに返信した。

「@sakura_17:えっと...ごめんね。私、人見知りだから...」

「@akutagawa_23:そうですか...でも、僕も人見知りなんです。だからこそ、同じ文学好きのsakuraさんとなら、話せる気がして...」

その返信を見て、三四郎の心が揺らいだ。

「むむ...こやつ、わしと同じような悩みを抱えているのか」

葛藤の末、三四郎は決断を下した。

「よし、会ってやろう。この老いぼれの正体がバレても、それはそれで面白い展開になるかもしれん」

そうして、二人の待ち合わせが決まった。場所は、東京の小さな古書店。三四郎は、孫に頼み込んで女子高生の服を借り、何とか着こなした。

「はぁ...はぁ...」

息を切らせながら、三四郎は待ち合わせ場所に向かう。そして、約束の時間、古書店の前に立っていたのは...

「えっ!?」

お互いを見て、二人は同時に声を上げた。

そこにいたのは、なんと日本文学界のもう一人の巨匠、芥川賞の選考委員も務める志村俊介(72歳)だったのである。

「志村先生!?なぜあなたが...」
「葛城先生!?まさか、あなたが @sakura_17 だったとは...」

二人は、唖然としたまましばらく見つめ合った。そして、次の瞬間、

「プッ...ははは!」
「がはは!なんてこった!」

大爆笑が古書店の前に響き渡った。

「まさか、志村先生もネカマとは...」
「葛城先生こそ、よくもまあそんな格好で...」

笑いが収まると、二人は近くの喫茶店に移動した。

「実は私も、若い読者を増やすために...」と志村が切り出す。
「わしもじゃ。若者の心を知りたくてな」と三四郎も答えた。

そうして、二人の文豪は、お互いの失敗談を肴に、楽しく盃を交わした。

「しかし、志村先生。SNSでのやり取り、本当に楽しかったぞ」
「私もです。葛城先生との文学談義は、本当に刺激的でした」

二人は、SNSを通じて再発見した文学への情熱を語り合った。

その日以来、葛城三四郎と志村俊介は、本名でSNSを始めることにした。彼らの投稿は、若者たちの間で大きな話題を呼んだ。

「すげえ!あの葛城先生がSNSやってる!」
「志村先生の投稿、超面白い!」

二人の文豪の素顔が見られるとあって、フォロワーは瞬く間に増えていった。

半年後、二人の共著『SNSで出会った文豪たち』が発売された。若者と文豪たちを繋ぐ、笑いと涙の物語として、ベストセラーになったのは言うまでもない。

そして、次のシーズンの芥川賞。
最終候補に、「@sakura_17」名義の作品『老いた文豪の、SNS奮闘記』がノミネートされる騒ぎが起きたのは、また別の物語である。

三四郎と俊介は、喫茶店で顔を見合わせてニヤリと笑った。

「これで、若者の心を掴めたかのう?」
「いや、まだまだです。次は TikTok に挑戦しましょう」
「なにっ!?ティックトック!?それは一体...」

こうして、二人の文豪の新たな冒険は続いていくのであった。

「はぁ...」

三四郎は溜息をつきながら、スマートフォンを手に取った。

「TikTok か...この歳になって、また新しいことを始めるとはな...」

画面には、ダウンロードが完了した TikTok アプリのアイコンが輝いていた。

おしまい。

303山桜2

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