私、佐藤美咲は、大学3年生。平凡な日々を送っていたはずだった。しかし、その日を境に、私の人生は急転直下、奈落の底へと落ちていくことになる。

それは、新学期が始まって間もない頃のことだった。

「先輩!これ、読んでください!」

後輩の山田花子が、興奮した様子で私に近づいてきた。彼女の手には、几帳面に折られた一枚の紙。

「何これ?」と尋ねる私に、花子は満面の笑みで答えた。

「愛情御成敗式目です!ChatGPTに作ってもらったんです!」

私は困惑しながらも、その紙を受け取った。そこには、以下のような文章が整然と並んでいた。

```
愛情御成敗式目

第一条 恋愛における誠実さを重んじ、虚偽の愛を表明するものは成敗に処す。
第二条 他者に心を移すものは、即座に成敗に処す。
第三条 愛する者との約束を破るものは、成敗に処す。
第四条 愛する者の幸福を最優先せざるものは、成敗に処す。
第五条 愛する者の言葉に従わざるものは、成敗に処す。

以下、全50条まで続く
```

私は愕然とした。これは明らかに普通ではない。しかし、花子の満足げな表情を見ると、素直に「おかしい」とは言えなかった。

「へぇ、面白いね。でも、ちょっとストイックすぎない?」

私の言葉に、花子の表情が一瞬曇った。

「先輩...これは私たちの愛の誓いなんです。守ってくれますよね?」

その瞬間、私は背筋に冷たいものを感じた。花子の目が、今までに見たことのないような鋭さを帯びていたからだ。

「え...ええと、私たちって...」

「先輩、私のこと好きですよね?だって、いつも優しくしてくれるもの」

花子の声は甘く、しかし威圧的だった。私は言葉を失い、ただ頷くことしかできなかった。

その日から、私の悪夢が始まった。

花子は、この「愛情御成敗式目」を厳格に守ることを私に要求してきたのだ。

第六条「愛する者からの連絡には、5分以内に返信せよ」
第七条「愛する者以外との会話は、1日10分以内に制限せよ」
第八条「愛する者の写真を、1日100枚以上撮影せよ」

そして、これらの条項に違反すれば...

第五十条「本式目に違反するものは、愛の名の下に成敗されるべし」

花子の「成敗」の定義は、日に日にエスカレートしていった。

最初は単なる説教だったものが、やがて物理的な「お仕置き」へと変わっていった。私の腕には、花子の爪痕が残るようになった。

そして、ある日。

「先輩、第二十三条に違反しましたね」

花子の声に、私は凍りついた。

第二十三条「愛する者以外に微笑みかけることを禁ず」

確かに、今日の講義で、隣の席の男子学生と少し会話を交わしたかもしれない。まさか、それを見ていたなんて...

「花子、これは行き過ぎよ。私たちは恋人同士ですらないのに」

私の言葉に、花子の目が危険な光を放った。

「そうですか。では、これをご覧ください」

花子がスマートフォンを差し出す。そこには、私の寝顔の写真が映し出されていた。

「いつの間に!?」

「先輩が寝ている間に、毎晩撮影していました。これをSNSにアップしたら、先輩の評判はどうなるでしょうね」

私は絶句した。これは、もはや脅迫だ。

「どうして...こんなことするの?」

花子は、不敵な笑みを浮かべた。

「愛しているからです、先輩。先輩を守るためなら、何だってします」

その瞬間、私は理解した。花子の「愛」は、正常ではないのだと。

しかし、もはや逃げ場はなかった。

日々、花子の監視は厳しくなっていった。大学では常に行動を共にし、帰宅後もビデオ通話を強要された。睡眠中も、定期的に応答を求められた。

私の人間関係は、みるみる狭まっていった。友人たちは、突然連絡を絶った私を不審に思い、次第に離れていった。

家族でさえ、私の変調に気づきながらも、その真相を掴めずにいた。

「美咲、最近元気ないわね」

母の心配そうな声に、私は作り笑いを浮かべるしかなかった。

「大丈夫だよ、ちょっと忙しいだけ」

嘘をつく度に、私の心は少しずつ死んでいった。

ある日、私は決心した。このままでは、自分が壊れてしまう。逃げ出さなければ。

しかし、その思いは、すぐに花子に見抜かれてしまった。

「先輩、逃げる気ですか?」

花子の声は、氷のように冷たかった。

「そんなつもりは...」

「嘘をつかないで。第一条、覚えていますか?」

私は震えた。花子の手には、キッチンナイフが握られていた。

「花子、落ち着いて。話し合いましょう」

「話し合い?もう遅いんです。先輩は私の愛を裏切った。だから...」

花子が一歩近づいてくる。私は後ずさりした。

「待って!ChatGPTに聞いてみましょう。AIならきっと、正しい答えを出してくれるはず」

私の言葉に、花子は一瞬躊躇した。

「...わかりました。でも、AIの判断に従うことを約束してください」

私は必死に頷いた。少なくとも、時間を稼ぐことはできる。

花子がスマートフォンを取り出し、ChatGPTに質問を入力し始めた。

「愛する人が離れようとしています。どうすべきでしょうか」

緊張の瞬間。ChatGPTの返答が表示された。

「相手の気持ちを尊重し、自由な選択を許すことが大切です。真の愛とは、相手を束縛することではなく、相手の幸せを願うことです」

花子の表情が、みるみる変化していく。

「これは...本当の愛なの?」

花子の手から、ナイフがこぼれ落ちた。

「私...間違っていたの?」

花子が泣き崩れる。私は恐る恐る、彼女に近づいた。

「花子...あなたの気持ちは嬉しいわ。でも、こんな形の愛じゃ、誰も幸せになれない」

私は優しく、花子を抱きしめた。

「先輩...ごめんなさい。私、何てことを...」

花子の涙が、私の服を濡らしていく。

その日以降、花子は徐々に変わっていった。強迫的な行動は影を潜め、代わりに自己反省の日々が始まった。

カウンセリングにも通い始めた花子は、少しずつ健全な関係性を学んでいった。

そして半年後。

「先輩、あの...もう一度、やり直させてください」

花子の目には、かつての狂気はなく、純粋な想いだけが宿っていた。

「ゆっくりでいいのよ。二人で、正しい愛を見つけていきましょう」

私たちは、新たな一歩を踏み出した。

もはや「愛情御成敗式目」などない。ただ、互いを思いやる気持ちだけが、私たちを導いていく。

そう、本当の愛とは、相手の自由を尊重し、共に成長していくこと。

AIが教えてくれた、この大切な教訓を胸に、私たちの新しい物語が始まったのだった。

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