赤土の広がる火星の荒野に、ポツンと一つの地球連邦基地が建っていた。その基地の片隅で、一人の青年が地面を見つめていた。彼の名は山田太郎。地球では売れない野球選手だったが、火星開拓のボランティアとして、この赤い惑星にやってきたのだ。

太郎は深いため息をついた。「ここには野球もないし、球もバットもない...」

そんな彼の独り言を、風が運んでいった。

風に乗って、その言葉は火星の大地を駆け抜け、とある洞窟に住む火星人の耳に届いた。その火星人の名は、地球語に訳すと「赤い石の子」。好奇心旺盛な若者で、地球人の言葉を少し理解できた。

「野球?球?バット?」赤い石の子は首をかしげた。地球の文化についてほとんど知らない彼には、その言葉の意味がわからなかった。

しかし、彼の好奇心は抑えられなかった。こっそりと基地に近づき、太郎の姿を観察し始めた。

数日後、太郎は基地の外で作業をしていた。火星の土壌で育つように改良されたじゃがいもの収穫だ。

「地球の野球が恋しいなぁ...」と、太郎は独り言を言いながら作業を続けた。

その時だった。

ポン!

何かが太郎の背中に当たった。振り返ると、赤い石の子が恐る恐る手を振っていた。太郎の足元には、火星のじゃがいもが転がっていた。

「これは...キャッチボール?」太郎は驚きのあまり、思わず日本語で呟いた。

赤い石の子はその言葉の意味はわからなかったが、太郎の表情から、自分の行動が歓迎されていることを感じ取った。

太郎は微笑んで、じゃがいもを拾い上げた。そして、赤い石の子に向かってそっと投げ返した。

赤い石の子は驚いて後ずさりしたが、なんとかじゃがいもをキャッチした。そして、また太郎に投げ返した。

こうして、地球人と火星人の奇妙なキャッチボールが始まった。

日々、二人は火星のじゃがいもを使ってキャッチボールを続けた。言葉は通じなくとも、球を投げ合う中で、二人の間に不思議な絆が生まれていった。

太郎は赤い石の子にフォームを教え、赤い石の子は太郎に火星の風の読み方を教えた。地球とは異なる重力、大気、風。それらすべてが、二人のキャッチボールに影響を与えた。

時には、強風でじゃがいもが遠くに飛ばされることもあった。そんな時は二人で笑いながら追いかけた。時には、じゃがいもが潰れてしまうこともあった。そんな時は、悲しそうな顔を見合わせた後、また新しいじゃがいもを探した。

月日は流れ、太郎の火星滞在期間も残りわずかとなった。

ある日、太郎は赤い石の子に、自分が地球に帰らなければならないことを、身振り手振りで伝えようとした。赤い石の子は最初、理解できない様子だったが、やがてその意味を悟った。

赤い石の子の目に、悲しみの色が浮かんだ。

その夜、太郎は眠れずにいた。窓の外の火星の風景を眺めながら、赤い石の子とのキャッチボールを思い出していた。

「野球がしたくて火星に来たわけじゃない。でも、ここで見つけたのは、野球以上に大切なものだった」

太郎は静かに呟いた。

翌日、太郬が赤い石の子と会う時間になっても、彼は現れなかった。太郎は心配になり、いつもの場所まで探しに行った。

そこで太郎は、驚くべき光景を目にした。

赤い石の子が、他の火星人たちと一緒に、火星のじゃがいもでキャッチボールをしていたのだ。彼らは不器用ながらも、楽しそうにじゃがいもを投げ合っていた。

太郎は思わず笑みがこぼれた。そして、彼らの輪の中に入っていった。

言葉は通じなくとも、キャッチボールを通じて、彼らは心を通わせた。太郎は火星人たちにフォームを教え、火星人たちは太郎に新しいじゃがいもの投げ方を教えた。

その日の夕暮れ時、キャッチボールを終えた後、赤い石の子は太郎に何かを差し出した。それは、火星の岩で作られた、バットのような形の棒だった。

太郎は感動のあまり、言葉を失った。赤い石の子は、太郎が地球に帰ることを理解し、そしてその別れの贈り物を用意していたのだ。

太郎は赤い石の子を抱きしめた。二人の目には、涙が光っていた。

帰還の日、太郎は火星製のバットを大切に抱えながら、地球行きの宇宙船に乗り込んだ。窓越しに見える火星の地表で、赤い石の子たちが手を振っている。太郎も手を振り返した。

「さようなら...いや、また会おう」

太郎は心の中でそう誓った。

宇宙船が火星を離れ、地球に向かって飛び立っていく。太郎は窓から火星を見つめ続けた。赤い惑星が小さく遠ざかっていく中、太郎の心の中では、火星のじゃがいもでのキャッチボールの思い出が、暖かく光り続けていた。

地球に帰還した後、太郎は自伝を書いた。『火星のじゃがいもでキャッチボール』。その本は、地球と火星の架け橋となり、多くの人々の心を動かした。

そして何年か後、地球と火星の交流プログラムが始まった時、真っ先に名乗り出たのは太郎だった。彼は、あの火星製のバットを大切に抱えて、再び赤い惑星に向かった。

火星に降り立った太郎を、赤い石の子たちが出迎えた。彼らの手には、地球から送られた本物の野球ボールがあった。

太郎は微笑んだ。

「さあ、本物のキャッチボールを始めよう」

こうして、火星で新たな物語が始まった。それは、じゃがいもから始まり、ボールへと進化した、二つの世界を繋ぐ物語。

火星の空に、地球人と火星人の笑い声が響き渡る。赤い大地の上で、二つの世界の友情が、ボールとともに行き交う。

これは、単なる野球の話ではない。

これは、理解と友情の物語。

言葉や文化の壁を越えて、心と心が通じ合う物語。

そして何より、これは希望の物語。

宇宙という広大な舞台で、異なる世界の存在が互いを理解し、尊重し合える。そんな未来への希望を示す物語。

火星のじゃがいもから始まったこの物語は、やがて銀河系全体に広がっていくかもしれない。

そう、宇宙のどこかで、誰かが誰かに球を投げている。

それが、新たな理解と友情の始まりとなるのだ。

101火星へ行こう2

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