時間は錯綜し、空間は歪み、現実は抽象化された。

これは、パブロ・ピカソが宇宙を再構築した後の世界の物語である。

「これは...とうもろこしか?」

主人公のZ-23は、自分の手の中にある黄色い物体を不思議そうに眺めていた。しかし、それは普通のとうもろこしではなかった。粒は立方体で、葉は三角形。まるでキュビスムの絵画から飛び出してきたかのようだ。

Z-23の住む世界は、かつて「地球」と呼ばれていた場所だった。しかし今や、それは「とうもろこし宇宙」と呼ばれている。

西暦2345年、人類が宇宙開発に行き詰まっていたとき、一人の科学者が驚くべき発見をした。パブロ・ピカソの絵画に宇宙の真理が隠されているというのだ。

その科学者は、ピカソの作品をAIに解析させ、そこから新たな物理法則を導き出した。そして、その法則に基づいて宇宙を再構築するプログラム「ピカソ・コード」を開発したのである。

プログラムが起動された瞬間、世界は一変した。

物質は分解され、再構築された。
時間は線形ではなくなり、過去・現在・未来が交錯するようになった。
そして何より、全ての存在が「とうもろこし」を基本単位として再構成されたのだ。

「おい、Z-23!何をぼんやりしている!」

声の主は、Z-23の上司であるキューブ長官だった。その姿は完全な立方体で、表面にはピカソの「アヴィニョンの娘たち」が投影されている。

「申し訳ありません、長官。この世界の構造について考えていたのです」

「なに?まだそんなことを考えているのか?我々の任務は、この宇宙の秩序を維持することだ。余計なことを考えるな」

Z-23は黙って頷いた。しかし、その心の中では疑問が渦巻いていた。

なぜ全てがとうもろこしなのか?
なぜピカソなのか?
そして、この世界の外には何があるのか?

Z-23は、禁じられた「古書」を密かに読んでいた。そこには、かつての世界の姿が記されている。丸い地球、青い空、緑の草原...全てが懐かしく、同時に不思議に思えた。

ある日、Z-23は驚くべき発見をした。

自分の体内に、通常のとうもろこし構造とは異なる「粒」があったのだ。それは、完全な球体だった。

「これは...オリジナルの世界の名残?」

Z-23は、その球体を大切に隠した。そして、同じような「異物」を持つ者を探し始めた。

彼の探索は、やがて地下組織「球体同盟」との出会いをもたらした。

「ようこそ、Z-23。我々は、この歪んだ世界を元に戻そうとしている」

組織のリーダー、球体Xがそう語った。その姿は完全な球体で、色とりどりに輝いていた。

「どうすれば元に戻せるんです?」

「ピカソ・コードを解読し、逆回転させればいい。しかし、それには莫大なエネルギーが必要だ」

Z-23は決意した。世界を元に戻すため、球体同盟に加わることにしたのだ。

しかし、その行動は当局の目を引いてしまう。

「Z-23、お前を反逆罪で逮捕する」

キューブ長官が、部下を引き連れてZ-23の前に立ちはだかった。

「長官、この世界はおかしいんです!我々は本来、もっと自由な形をしていたはずだ!」

「黙れ!ピカソの意思に逆らうことは許されない」

Z-23は逃げ出した。彼は地下迷路を駆け抜け、球体同盟の秘密基地にたどり着いた。

「急げ!当局が迫っている!」

球体Xの指示で、一同はピカソ・コードの解読を急いだ。

そのとき、衝撃的な事実が明らかになった。

ピカソ・コードの中心には、巨大なとうもろこしの絵があった。それは、ピカソが晩年に描いた未発表の作品だったのだ。

「これが全ての始まり...」

球体Xが呟いた。

しかし、それと同時に、キューブ長官率いる部隊が基地に突入してきた。

「観念しろ、反逆者ども!」

銃撃戦が始まった。しかし、この世界では銃弾もとうもろこしの形をしている。それは、狙った場所に真っすぐ飛ばず、奇妙な軌道を描いて飛んでいった。

混乱の中、Z-23は決断した。

「ピカソ・コードを、このとうもろこしに直接入力します!」

彼は、自分の体内にある球体を取り出し、それをコードの中心にあるとうもろこしの絵に押し付けた。

すると、世界が揺れ動き始めた。

とうもろこしの建物が溶け、立方体の空が歪み、三角形の地面が波打つ。

そして...

「あれは...地球?」

遠くに、青い球体が見えた。

しかし同時に、新たな問題が発生した。

世界の崩壊と再構築が始まったのだ。

「どうすれば...」

Z-23が途方に暮れていると、キューブ長官が近づいてきた。

「お前、本当にやってしまったな」

「長官...」

「実は私も、球体を持っていたんだ」

そう言って、キューブ長官は自身の中から球体を取り出した。

「みんな、球体を集めるんだ!それが、新しい世界を作る鍵になる!」

キューブ長官の呼びかけに、周囲の人々も次々と自身の中から球体を取り出した。

それらの球体が集まると、驚くべきことが起こった。

球体が融合し、巨大な「種」となったのだ。

「これは...とうもろこしの種?」

Z-23が驚きの声を上げた。

その種は、崩壊していく世界の中心で輝き始めた。

そして、芽を出し、成長し始めた。

それは、とうもろこしでもあり、新しい宇宙でもあった。

ピカソによって再構築された世界は、今度は人々の意思によって新たな形に生まれ変わろうとしていたのだ。

Z-23たちは、その新しい世界に吸い込まれていった。

「これが...本当の姿なのかもしれない」

Z-23の最後の言葉が、新しい宇宙に響いた。

そして、全てが白くなった。

・・・・・・

気がつくと、Z-23は美術館にいた。

目の前には、ピカソの絵画が飾られている。

「奇妙な夢を見た気がする...」

彼は首を傾げながら、絵画をじっと見つめた。

すると、絵の中のとうもろこしが、ほんの少し動いたような気がした。

Z-23は微笑んだ。

この世界も、別の誰かの夢の中なのかもしれない。
そう思いながら、彼は次の展示室へと歩を進めた。