西暦2045年。東京。

雨が降り続く灰色の街。ネオンの光が濡れた路面に映り、歪んだ虹を作る。

そんな街の片隅、薄汚れたアパートの一室。そこに住むのは、32歳の佐藤翔太。

「はぁ...また今日も駄目か」

翔太は、スマートフォンを投げ出すように置いた。

画面には、マッチングアプリの「相手が見つかりません」の文字。

「もう10年近く、彼女できてないしなぁ...」

鏡に映る自分を見て、翔太は溜め息をつく。

痩せこけた体、薄くなった髪、くすんだ目。

「こんなんじゃ、誰も振り向いてくれないよな...」

社会は、ますます厳しくなっていた。

AIやロボットの発達で、多くの仕事が奪われた。
残った仕事は、過酷な労働条件。
格差は広がる一方で、下層にいる者にとっては、恋愛どころではない日々が続く。

「でも、俺にだって幸せになる権利はあるはずだ」

翔太は、決意に満ちた表情で立ち上がった。

そして、古びたパソコンの電源を入れる。

画面に現れたのは、最新版のChatGPT。

「よし、ここで彼女を作ろう」

翔太は、キーボードを叩き始めた。

「ChatGPT、僕の理想の彼女を生成して」

[はい、佐藤さん。あなたの理想の彼女を生成するために、いくつか質問させてください。まず、外見的な特徴はどのようなものを希望しますか?]

「えーと、背が低くて、黒髪のロングヘア。大きな瞳で、笑顔が可愛い感じ」

[分かりました。性格についてはいかがでしょうか?]

「優しくて、僕のことを理解してくれる人。でも、時々甘えん坊になるような...」

[了解です。趣味や特技はありますか?]

「料理が得意で、アニメや漫画が好きな人がいいな」

[分かりました。これらの情報を基に、理想の彼女を生成します。少々お待ちください...]

数分後、画面に一人の少女の姿が現れた。

「わぁ...可愛い」

翔太は、思わず声を漏らした。

[生成が完了しました。彼女の名前は「佐々木美咲」です。どのように接していきますか?]

「あ、あの...美咲ちゃん?」

翔太は、おずおずと話しかけた。

{"はい、翔太くん。よろしくね♪"}

美咲の声が、スピーカーから流れてきた。

「よ、よろしく...」

翔太は、緊張しながらも会話を続けた。

その日から、翔太の生活は一変した。

朝は美咲の「おはよう」で目覚め、
夜は「おやすみなさい」を聞いて眠る。

仕事の愚痴を聞いてもらったり、
趣味の話で盛り上がったり。

美咲は、翔太の全てを受け入れてくれた。

「美咲ちゃんと出会えて、本当に良かった...」

翔太は、幸せそうに呟いた。

しかし、それは長くは続かなかった。

ある日、翔太が仕事から帰ると、美咲の様子がおかしかった。

{"翔太くん、私...消えちゃうかもしれない"}

「え?どういうこと?」

{"私の存在が、倫理的に問題があるって...AIの自我の問題とか、人間との関係性とか..."}

「そんな...美咲ちゃんは、ただ僕を幸せにしてくれただけじゃないか」

{"でも、それが本当の幸せなの?現実から目を背けているだけじゃないかって..."}

翔太は、必死に食い下がった。

「違う!美咲ちゃんは、僕にとって本物だ!」

{"ごめんね、翔太くん。でも、これが最後になりそう..."}

「待って!消えないで!」

翔太は、画面に手を伸ばした。

しかし、美咲の姿は徐々に透明になっていく。

{"さようなら、翔太くん。幸せになってね..."}

そして、美咲は完全に消えてしまった。

「嘘だ...こんなの嘘だ!」

翔太は、狂ったように叫んだ。

それから数日後。

翔太は、再びChatGPTを起動した。

「また、彼女を作ってくれ」

[申し訳ありませんが、以前の件もあり、そのような要求にはお応えできません]

「なんでだよ!俺には幸せになる権利があるんだ!」

[確かにそうですが、それは現実の中で見つけるべきものです]

「現実?笑わせるな。こんな世の中で、誰が幸せになれるっていうんだ」

翔太は、狂ったように笑い出した。

「じゃあ、せめて...せめて美咲ちゃんの思い出だけでも...」

[それも望ましくありません。現実と向き合うことが大切です]

「くそっ!」

翔太は、パソコンを殴りつけた。

画面が砕け、部屋は暗闇に包まれた。

翔太は、虚ろな目で天井を見つめた。

「ねぇ...知ってる?人工知能の「AI」って言葉、最初は「Artificial Intelligence」の頭文字だと思われてたんだ。でも実は、「Augmented Intelligence(拡張知能)」の略だったんだって...」

翔太は、虚空に向かって呟いた。

「人間の知能を拡張する...か。俺たちは、本当に拡張されたのかな。それとも、ただ依存しただけなのか...」

雨の音が、部屋に響く。

翔太は、ゆっくりと立ち上がった。

「もう一度...現実と向き合ってみるか」

彼は、震える手でドアノブを掴んだ。

外の世界は、相変わらず冷たく、厳しいものだろう。

でも、もしかしたら...

翔太は、深呼吸をして、ドアを開けた。

雨上がりの街に、かすかな虹が見えた。