僕の名前はタマ。地球で生まれた普通の三毛猫だ。そう、地球でね。でも今、僕は火星にいるんだ。信じられないだろう?
それがね、人間たちが火星に移住を始めてから10年。最近では火星観光も流行っているらしい。そんな中、火星初の猫カフェがオープンすることになったんだ。
「火星に来たら、地球の思い出に浸れる猫カフェを」というコンセプトだって。
で、僕はそこでバイトすることになった。正確には、僕の飼い主のケンが火星移住を決めて、僕も一緒に連れてこられたんだけどね。
火星に着いた日、僕は思わず「ニャーーー!」と叫んでしまった。重力が地球の3分の1しかないんだ。まるで、ふわふわの綿菓子の上を歩いているみたい。
猫カフェの名前は「Earthian Meow(アーシアン・ミャオ)」。内装は地球の風景写真でいっぱいだ。富士山、エッフェル塔、グランドキャニオン...懐かしいな。
僕の仕事は、お客さんと戯れること。簡単でしょ?でも、これが意外と難しいんだ。
だって、お客さんたちは全身宇宙服。撫でてもらっても、あの分厚い手袋じゃ気持ち良くないんだよね。それに、宇宙服の匂いが気になって仕方ない。
ある日のこと。常連のお客さん、アキラさんが来店した。
「やあ、タマ。今日も可愛いね」
アキラさんは、僕の頭を撫でようとする。でも、うっかり力を入れすぎたらしい。
「ミャオッ!」
僕は、天井まで飛び上がってしまった。そう、火星の重力だとちょっとした力で簡単に宙に浮いちゃうんだ。
「ごめん、ごめん!大丈夫かい?」
アキラさんは慌てて僕を捕まえようとするけど、それがまた難しい。宙に浮かぶ僕と、動きの鈍い宇宙服のアキラさん。まるでスローモーションの追いかけっこだ。
他のお客さんたちも、この珍場面に大笑い。そうこうしているうちに、僕はゆっくりと床に降りてきた。
「ふう、驚いたよ。火星に来て半年経つけど、まだこの重力に慣れないな」
アキラさんが言う。そうか、人間も大変なんだな。
でも、こんな珍事があるからこそ、お客さんたちは楽しんでくれるんだ。地球とは違う、ちょっと変わった猫カフェ体験。
そんな「Earthian Meow」での日々は、毎日が冒険だった。
ある時は、火星の砂嵐で店が揺れて、僕たち猫スタッフ全員が宙を舞ったこともあった。まるでふわふわの毛玉の雲だ。お客さんたちは大喜び。でも、店長は青ざめていたっけ。
また、火星の夜は極端に寒くなる。でも、そのおかげで僕たち猫はお客さんたちの膝の上で丸くなって眠るのが日課になった。宇宙服越しでも、その温もりが伝わってくるんだ。
「火星まで来て猫と触れ合えるなんて、幸せだね」
そんな言葉を、よく耳にする。
僕たち猫は、地球から遠く離れた火星で、人間たちに安らぎを与える存在になっていたんだ。
ある日、店長が興奮して飛び込んできた。
「みんな、聞いてくれ!火星猫が誕生したんだ!」
えっ、火星猫?
そう、火星移住計画の一環で、火星生まれの猫を作る計画があったらしい。そして、ついに成功したというのだ。
数日後、その火星猫がうちの店にやってきた。名前はマーズ。真っ赤な毛並みで、目はオレンジ色。まるで火星そのものみたいだ。
マーズは、僕たち地球猫とは少し違っていた。重力への適応力が高く、驚くほど高く跳べるんだ。お客さんたちは、マーズのアクロバティックな動きに釘付けになった。
でも、マーズには地球の匂いがしない。懐かしい、あの土の香り。草の香り。海の香り。マーズには、それがないんだ。
ある夜、僕はマーズに聞いてみた。
「ねえ、マーズ。地球に行ってみたいと思わない?」
マーズは首をかしげた。
「地球?どんなところなのかな。でも、ここが僕の家だよ。火星が僕のすべてなんだ」
そうか。マーズにとっては、ここが当たり前の世界なんだ。
その時、僕は思った。僕たち地球猫は、火星に来ても地球の思い出を持ち続けている。でも、マーズのような火星生まれの生き物たちが増えていけば、いつかは本当の意味で「火星文化」が生まれるんだろう。
そして、遠い未来。火星から地球に行った猫たちが、「火星の思い出に浸れる猫カフェ」を作る日が来るのかもしれない。
僕は、マーズの頭をそっと撫でた。
「ミャオ(これからもよろしくね)」
マーズも「ニャー(うん!)」と返事をした。
火星の夜空に、遠く地球が青く輝いている。僕たちの物語は、まだ始まったばかり。これからどんな冒険が待っているんだろう。
僕は、マーズと一緒に窓の外を見つめた。赤い砂漠の向こうに、新しい世界が広がっている。
「さあ、明日も頑張ろう。火星一の猫カフェのために!」
僕とマーズは、尻尾を絡ませて眠りについた。明日はきっと、また新しい出会いが待っている。
ミャオ。おやすみなさい、地球のみんな。火星から愛を込めて。
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