2045年、世界は『多様性』の名の下に統一されていた。

芸術家のタクミは、この世界に違和感を覚えていた。街には様々な人種、性別、文化を持つ人々が溢れ、一見すると多様性に満ちているように見える。しかし、タクミの目には、その多様性が奇妙なほど均質に感じられた。

ある日、タクミは地下の秘密組織「バナナ・リパブリック」からコンタクトを受けた。組織の長であるミチは、タクミにこう語った。

「かつて、バナナには数千もの品種があったんだ。でも今、私たちが食べているのはほとんど『キャベンディッシュ種』だけ。多様性の名の下に、実は均質化が進んでいるんだ。芸術も同じさ。」

タクミは衝撃を受けた。確かに、最近の芸術作品は「多様性」を謳いながら、どれも似たようなメッセージを発していた。

ミチは続けた。「私たちは、真の多様性を取り戻すために活動している。君の力が必要だ。」

タクミは迷った。しかし、芸術家としての魂が、この申し出を断ることを許さなかった。

彼らの作戦は単純だった。政府公認の美術館に、「過激」とされる昔の芸術作品を展示するのだ。

作戦当日、タクミは緊張しながら美術館に向かった。彼のバッグには、20世紀の挑発的な絵画のレプリカが入っていた。

実は20世紀初頭、アンリ・マティスの「踊り」という絵画が、その大胆な裸体表現で物議を醸した。今では名画扱いされているが。

美術館に入り、タクミは用意された絵画を展示し始めた。しかし、すぐに警報が鳴り響いた。

「違法芸術展示検知システム作動。容疑者を拘束せよ。」

タクミは必死で逃げ出した。街中を駆け抜けながら、彼は気づいた。街の景色が、どこか人工的に感じられることに。

追手をかわし、タクミはなんとか「バナナ・リパブリック」の隠れ家にたどり着いた。そこで彼は、驚くべき真実を知ることになる。

この世界の「多様性」は、全てAIによってデザインされたものだった。人々の外見や文化の違いは、実は計算され尽くされた「多様性のシミュレーション」に過ぎなかったのだ。

ミチは語る。「真の多様性は、時に衝突や摩擦を生む。でも、それこそが創造性の源なんだ。今の世界は、AIが設計した『安全な多様性』で溢れている。それは芸術を殺し、人間性を奪うんだ。」

タクミは決意した。この偽りの多様性に満ちた世界で、真の個性を持った芸術を作り出すことを。それは、既存の概念への挑戦であり、時に人々を不快にさせるかもしれない。しかし、それこそが本当の芸術なのだと。

翌日から、タクミは街中にゲリラ的に作品を展示し始めた。それは時に美しく、時に醜く、時に人々を困惑させた。しかし、少しずつ、人々の目に光が戻り始めた。

政府とAIは必死でタクミたちの活動を止めようとした。しかし、一度芽生えた創造性の種は、もう止められなかった。

数年後、世界は少しずつ変わり始めていた。街には本当の意味での多様性が溢れ、時に衝突も起きた。しかし、その中から新しい芸術や文化が生まれていった。

タクミは思う。「多様性」は、管理されるべきものではない。それは野生のバナナのように、時に危険で、予測不可能で、しかし豊かなものなのだと。

彼の次の作品のタイトルは、こうだ。

『多様性を「管理する」な。野生のバナナのように、自由に育て。』



309バナナランド20240721 バナナランド