霧雨が降り注ぐネオン輝く街。人々の欲望と絶望が入り混じる空気の中、俺は彼女のことを思い出していた。
美咲。俺の後輩で、かつてはストーカーまがいの執着を見せていた女だ。顔は可愛いのに、どこか陰のある目つき。そして、異常なまでの独占欲。
「先輩は私のものです」
そう言って、俺の周りの女をことごとく追い払っていった。正直、恐ろしかった。だが同時に、彼女の純粋すぎる想いに、どこか心惹かれるものがあったのも事実だ。
そんな美咲が、ある日突然姿を消した。
「もう、こんな私じゃダメだって分かったの」
残されたメッセージはそれだけ。俺は安堵と寂しさが入り混じる複雑な気持ちを抱えながら、日々を過ごしていた。
それから1年後。彼女が帰ってきた。
「お久しぶりです、先輩」
艶やかな黒髪、洗練された立ち振る舞い、そして人を惹きつける眼差し。かつての面影はあるものの、まるで別人のようだった。
「美咲...?お前、どうしたんだ?」
「ちょっとね、自分をアップグレードしてきたの」
彼女の口から語られたのは、驚愕の事実だった。
美咲は、最新のAI技術を駆使した「パーソナリティ・リモデリング・プログラム」を受けていたのだ。ChatGPTの進化系AIを用いて、自身の性格や行動パターンを徹底的に分析し、「理想の女性像」へと作り変えたのだという。
「もう、あんな痛い子じゃないわ。今の私は、誰からも愛される存在」
その言葉通り、美咲の周りには常に人が集まっていた。男女問わず、皆が彼女に惹きつけられていく。
俺は複雑な気持ちだった。確かに、今の美咲は魅力的だ。でも、どこか人工的で、かつての彼女の影は微塵も感じられない。
実は人間の性格は、20%ほど遺伝的要因で決まるとされています。残りの80%は環境要因。つまり、努力次第で大きく変われる可能性があるんです。美咲の変貌は、ある意味でこの理論の極端な実践と言えるかもしれません。
ある夜、俺は美咲と二人きりで飲むことになった。
「先輩、私のこと、どう思う?」
艶めかしい声で囁かれ、俺は戸惑った。確かに魅力的だ。でも、この完璧すぎる美咲に、どこか違和感を感じずにはいられなかった。
「正直、分からない。お前は本当に美咲なのか?」
その瞬間、彼女の表情が一瞬だけ歪んだ。
「私は...私は...」
突如、美咲が崩れ落ちた。そして、彼女の体から異様な光が漏れ始めた。
「システムエラー。パーソナリティ・マトリックス崩壊。オリジナル人格再起動」
機械的な声とともに、美咲の体が激しく痙攣する。そして、数分後。
「せ、先輩...?」
目の前にいたのは、かつての美咲だった。怯えた表情で、俺を見つめている。
「やっぱり...私じゃダメなんですね。こんな欠陥品の私じゃ...」
俺は思わず彼女を抱きしめていた。
「違う。お前はお前だ。完璧じゃなくていい。欠点だらけでいい。そんなお前が、俺は好きだ」
美咲は驚いた表情を浮かべた後、涙を流し始めた。
「先輩...私、もう一度やり直していいですか?今度は、AIの力なんか借りずに...」
俺は頷いた。
街に霧雨が降り注ぐ。ネオンの光が、二人の姿をぼんやりと照らしている。人工的な完璧さを追い求めた末に、不完全な人間の温もりの尊さに気づいた夜。これが俺たちの新たな始まりになるのかもしれない。
そして翌日。
「先輩のスマホ、勝手に見ちゃいました♡ LINEの女の子全員ブロックしておきましたからね♡」
...まぁ、変わるのに時間はかかるだろう。これもまた、人間の味なのかもしれない。
完璧を求める社会の中で、不完全な人間らしさを受け入れること。それこそが真の「アップグレード」なのかもしれない、そんなことを考えながら、俺は彼女の手を握り締めた。
コメント