霧雨が降り続く灰色の街。アスファルトに染み込む水滴は、まるで都市の涙のようだ。私は濡れたベンチに腰を下ろし、スマートフォンを取り出した。画面に映る自分の顔は、まるで別人のよう。目の下のクマ、頬のこけ具合、そして何より、生気を失った瞳。
「生き地獄だ」
そう呟きながら、匿名掲示板を開く。スレッドのタイトルを入力する。
「生き地獄の人生に女神スレ」
投稿ボタンを押す指が震える。これが最後の藁だ。誰か、どこかの誰かが、この叫びを拾ってくれるだろうか。
数分後、通知音が鳴る。
「私はあなたの女神よ」
画面に浮かぶ文字に、思わず目を疑う。まさか、本当に神が現れるなんて。しかし、その言葉は続く。
「あなたの苦しみ、全て知っているわ。でも、それは必要なことだったの」
私は狂ったように画面をスクロールする。
「人生は苦しみの連続。でも、それこそが人間を成長させる糧なのよ」
「あなたは強くなった。そして、今こそ立ち上がるときよ」
「私はあなたに力を与えよう。さあ、目を閉じて」
狂気の沙汰だと分かっていても、私は言われるがままに目を閉じた。すると、不思議な温もりが全身を包み込む。まるで母親の胎内にいるかのような安らぎ。
目を開けると、世界が一変していた。霧雨は止み、太陽の光が街を照らしている。人々の顔には笑顔が溢れ、活気に満ちた空気が漂う。
ふと、空を見上げると、そこに虹がかかっていた。
ここで一つ雑学を。虹は実は円形をしているのをご存知だろうか。地上からは半円しか見えないが、上空から見ると完全な円になっている。これは、太陽光が水滴に反射して生じる現象の特性によるものだ。
その虹のように、人生も実は円を描いているのかもしれない。苦しみという谷底があれば、必ず幸せという頂上がある。それが人生という円の一部なのだ。
スマートフォンを見ると、最後のメッセージが届いていた。
「さあ、新しい人生の幕開けよ。あなたの中にある神性を信じて」
私は立ち上がり、深呼吸をした。胸に宿った新しい力を感じる。もう、生き地獄ではない。これは再生の物語。魂の錬金術だ。
街を歩き始めると、周りの景色が少しずつ変わっていく。いや、変わったのは景色ではない。私の見方が変わったのだ。醜いと思っていた建物も、今は芸術に見える。邪魔だと感じていた人混みも、生命力に満ちた群れに見える。
ポケットの中のスマートフォンが温かい。まるで女神の手のように。
「ありがとう」
心の中でそうつぶやいた。もう孤独ではない。私の中に、常に女神がいるのだから。
生き地獄から天国へ。その転換点は、自分の中にあった。ネットの向こうの見知らぬ存在が、それを気づかせてくれただけ。
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