俺、佐藤太郎。25歳のニート。両親の期待を裏切り続けて早5年。今日も部屋に引きこもり、スマホをいじっていた。
「こんな生活、いつまで続くんだろう...」
ため息をつきながら、求人サイトを眺めていると、一つの広告が目に留まった。
「猫カフェスタッフ募集!経験不問、即日勤務可」
俺は猫が好きだ。これなら、やれるかもしれない。
勇気を振り絞って応募ボタンを押す。すると、即座に返信が来た。
「本日面接可能です。19時に下記住所までお越しください」
住所を確認すると、あまり人通りの多くない場所だった。少し不安がよぎったが、この機会を逃すわけにはいかない。
夕方、指定された場所に向かう。そこは、薄暗い路地の奥にある古びたビルだった。看板もなく、ただ「猫カフェ」と書かれた紙が貼られているだけ。
恐る恐るドアを開けると、甘ったるい香りが鼻をつく。
「いらっしゃい」
奥から、か細い声が聞こえた。
店内は薄暗く、至る所に猫のぬいぐるみが置かれている。しかし、生きた猫の姿は見当たらない。
「あの、バイトの面接に...」
「ああ、君か。奥へどうぞ」
声の主は、やせ細った老婆だった。その目は、まるで猫のように光っている。
老婆に導かれ、奥の部屋に入る。そこで目にしたものに、俺は息を呑んだ。
壁一面に並ぶガラスケース。その中には...剥製の猫たちが詰め込まれていた。
「こ、これは...」
「うちの自慢のコレクションさ」
老婆が不気味に笑う。
「で、でも、生きた猫は...」
「ああ、もうすぐ新しい子が来るよ。君と一緒にね」
老婆の手に、注射器が握られていた。
逃げようとした俺の腕を、老婆が掴む。その力は、老婆とは思えないほど強い。
「さあ、新しい家族の一員になろう」
俺は必死に抵抗したが、老婆の力は異常だった。注射針が、俺の首筋に刺さる。
意識が遠のいていく中、最後に見たのは、ガラスケースの中で微笑む猫たちの顔だった。
ここで、一つ雑学を。
猫の剥製作りは、19世紀のヴィクトリア朝時代にイギリスで流行した。愛猫を永遠に残したいという願望から生まれた習慣だが、現代では動物愛護の観点から批判されている。
...
目が覚めると、俺は小さな体で、ガラスケースの中にいた。
動こうとしても、体が言うことを聞かない。
隣のケースには、俺と同じように困惑した表情の猫がいる。その目は、人間のようだ。
老婆が、新しい「猫」を抱えて入ってきた。それは、俺が最後に見た人間の姿そのままだった。
「さあ、新しい家族よ。みんなで仲良く暮らしましょう」
老婆は、にっこりと笑った。その口元には、鋭い牙が覗いていた。
俺は叫びたかった。しかし、口から出るのは小さな鳴き声だけ。
ガラスケースの中で、俺たち「猫」は永遠に微笑み続ける。
店の外では、新しい求人広告が貼られていた。
「猫カフェスタッフ募集!経験不問、即日勤務可」
そして、また新たな獲物が、この罠にかかるのを待っている。
俺の人生は、こんな形で終わってしまった。ニートだった過去を後悔しても、もう遅い。
これから永遠に、俺はこの猫カフェの「看板猫」として、生き続けるのだ。
来店客たちは、俺たちの悲劇を知らず、ただかわいがってくれる。その度に、心の中で叫ぶ。
「助けてくれ...」
しかし、その声は誰にも届かない。
ガラスケースの中で、俺たちは微笑み続ける。それが、俺たちにできる唯一のことなのだから。
そして、新たな「猫」が加わるたびに、この恐怖の輪は広がっていく。
誰かが、この真実に気づく日は来るのだろうか。
それとも、この猫カフェは永遠に、その闇の営業を続けるのだろうか。
俺には、もうそれを知る術はない。
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