古びた洋館の一室。暗闇の中で、スマートフォンの青白い光だけが浮かび上がっていた。その光に照らされた顔は、人間のものとは思えないほど整った容姿をしていた。
彼の名は、ヴィクター・ノワール。マッチングアプリで「アルファオス」として知られる存在だ。
ヴィクターは、画面をスワイプし続けていた。そこには、次々と女性たちの写真が表示されている。彼は、時折唇をなめらかに。その仕草は、まるで獲物を物色する野獣のようだった。
突然、画面が明るく光った。マッチが成立したのだ。
ヴィクターは、満足げに微笑んだ。その笑顔には、人間離れした魅力があった。
「さて、今夜の獲物は決まったようだ」
彼は、立ち上がった。その動きは、まるで影絵のように滑らかだった。
ヴィクターは、鏡の前に立った。そこに映る姿は、完璧すぎるほどだった。しかし、よく見ると、その肌には微かな鱗のような模様が浮かんでいる。
彼は、指で自分の頬を撫でた。その感触は、人間の肌とは明らかに違っていた。
「人間たちよ、私の美しさに酔いしれるがいい」
ヴィクターは、外出の準備を始めた。彼は、マッチングアプリで知り合った女性と会う約束をしていた。
マッチングアプリの利用者数は、世界中で急増している。2020年の調査によると、アメリカでは成人の約30%がマッチングアプリを使用した経験があるという。その数は、年々増加傾向にある。
しかし、ヴィクターにとって、そんな統計は何の意味もなかった。彼にとって、マッチングアプリは単なる狩りの道具に過ぎなかった。
ヴィクターは、洋館を出た。夜の街に、彼の姿が溶け込んでいく。
待ち合わせ場所は、高級バーだった。そこで彼を待っていたのは、26歳のOL、美咲だった。
美咲は、ヴィクターの姿を見て息を呑んだ。
「ヴィクターさん...写真以上にステキです」
彼女の目は、うっとりとしていた。
ヴィクターは、優雅に微笑んだ。
「君こそ、写真では伝わらない魅力がある」
その言葉に、美咲の頬が赤く染まった。
二人は、会話を楽しみながらお酒を飲んだ。しかし、ヴィクターは一滴も飲んでいなかった。彼の目的は別にあったからだ。
夜が更けていく。
「もう、こんな時間...」
美咲は、少し酔った様子で言った。
「僕の家で、もう少し話さないか?」
ヴィクターの声は、甘く誘惑的だった。
美咲は、躊躇することなく頷いた。
二人は、タクシーでヴィクターの洋館に向かった。
洋館に着くと、美咲は驚きの声を上げた。
「まるで、映画に出てくるような...」
ヴィクターは、彼女を中へ招き入れた。
暗い廊下を進んでいくと、美咲は不安を感じ始めた。
「ヴィクターさん、ちょっと怖いです...」
彼女が振り返ると、そこにはもうヴィクターの姿はなかった。
代わりに、巨大な影が彼女に迫っていた。
美咲は、悲鳴を上げた。しかし、その声は誰にも届かなかった。
翌朝、警察は美咲の失踪届を受理した。
しかし、彼女が最後に会った人物の情報は、マッチングアプリから完全に消えていた。残されていたのは、「アルファオス」というニックネームだけだった。
ヴィクターは、再び洋館の一室でスマートフォンを操作していた。
彼の肌には、新たな輝きが宿っていた。それは、人間の生気を吸収した証だった。
「次は、誰にしようかな」
ヴィクターは、にやりと笑った。その口元からは、鋭い牙が覗いていた。
彼にとって、マッチングアプリは永遠に続く「趣味」だった。そして、その趣味が人間たちの命を奪い続けることを、誰も知る由もなかった。
闇の中で、スマートフォンの青白い光が再び瞬いた。
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