東京の片隅にある小さな居酒屋。その薄暗い照明の下で、六人の男女が向かい合って座っていた。合コンの始まりだ。
中央に座る男、吉田信二は、地方自治体の中堅職員。彼の右隣には、同僚の山田美咲が座っている。左には、大学時代の友人で今は民間企業に勤める佐藤健太がいる。
対面には、それぞれの友人が座っている。皆、期待と緊張が入り混じった表情を浮かべている。
信二は、グラスに注がれた生ビールを一口飲んだ。苦みが舌の上に広がる。彼は、少し体を前に乗り出した。
「みなさん、こんな素敵な出会いの場を設けていただいて、本当にありがとうございます」
彼の声は、どこか公式の挨拶のようだった。周りの人々は、少し戸惑いながらも頷いた。
「実は、私には皆さんにお伝えしたいことがあります」
信二の目が、妙に輝いた。
「それは、公金チューチューのやり方です」
場の空気が、一瞬で凍りついた。
美咲が、慌てて信二の袖を引っ張った。
「ちょっと、信二さん。何言ってるの?」
しかし、信二は意に介さず続けた。
「公金チューチュー、つまり公金の不正流用。これこそが、現代社会を生き抜くための必須スキルなんです」
対面に座る女性の一人が、困惑した表情で尋ねた。
「え、それって違法じゃ…」
「いいえ、違法ではありません。なぜなら、それは既に社会に根付いた慣習だからです」
信二の口調は、まるで大学の講義のようだった。
日本の公務員の給与は、実は世界的に見ても高水準だ。OECDの調査によると、日本の公務員の平均年収は民間企業の平均を上回っている。
しかし、信二の話はそんな事実とは無関係に続いていく。
「公金チューチューの基本は、名目です。例えば、架空の出張旅費を請求する。または、実際には行われていない会議の経費を計上する。重要なのは、それらしい理由を作ることです」
信二は熱心に話し続けた。周りの人々は、半ば呆れ、半ば興味深そうに彼の話を聞いていた。
「そして、チューチューした資金の使い方も重要です。それを使って、合コンでモテる術を身につけるのです」
彼は、にやりと笑った。
「高級レストランで食事をする、ブランド物を身につける、はたまた整形手術を受ける。可能性は無限大です」
美咲は、顔を両手で覆った。健太は、呆れたように天井を見上げた。
対面の男性の一人が、おそるおそる口を開いた。
「でも、それって結局バレるんじゃ…」
「バレません」信二は断言した。「なぜなら、誰もが同じことをしているからです。それが、この国の闇の真実なんです」
彼の言葉は、まるで哲学者の格言のように響いた。
しかし、それは同時に、この国の病巣を露呈させるものでもあった。
合コンの場は、奇妙な沈黙に包まれた。
信二は、まるで何事もなかったかのように、ビールを一気に飲み干した。
「さあ、楽しい夜はこれからです。公金チューチューの恩恵を、存分に味わいましょう」
彼の言葉に、誰も反応しなかった。
しかし、不思議なことに、その場にいた全員の心の奥底で、何かが共鳴していた。それは、この歪んだ社会への諦念か、それとも密かな憧れか。
合コンは、予想外の方向に進んでいった。
信二の奇妙な告白は、逆説的にも場の雰囲気を和らげた。人々は、彼の話題に触発され、社会の矛盾や個人の欲望について、思いがけない深い会話を交わし始めた。
夜が更けていく中、彼らは気づいていた。
この歪んだ「モテる」方法の裏に潜む、現代社会の空虚さを。
そして、その空虚さを埋めようとする人間の哀れさを。
合コンは終わり、人々は別れを告げた。
しかし、信二の言葉は、彼らの心に深く刻まれていた。
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